2019年5月20日 (月)

十年前の私の憂慮は現実のものとなった。


平成二十一年十二月四日即ち今から十年前の「千駄木庵日乗」に小生は次のようなことを書いている。

「自民党の谷垣総裁は、先頃、靖国神社に参拝した。今日は、自主憲法制定に意欲を示した。自民党は野党になってややまともになったという感がある。しかし、民主党との違いを出すためだけのためで、政権を取ったら、また元に戻るというのでは困る。

もともと谷垣氏は宮沢喜一・加藤紘一などと同じ宏池会だから、いわゆるリベラル派に属すると思っていたが、そうではなかったのであろうか。そうなら大いに結構である。

自民党結党以来、鳩山一郎初代総裁・岸信介三代総裁は、自主憲法制定を目指していたが、池田勇人・佐藤栄作両氏が、『憲法は定着した』などと言って、自主憲法制定を顧みなくなった。これが今日の混迷の原因の一つである。

それにしても、民主党政権の混迷ぶりにはあいた口がふさがらない。普天間基地問題での鳩山氏のブレ方もひどい。

三党連立はあとどのくらい持つのであろうか。政界の混迷だけならまだいいが、国家民族の行く手が危うくなることを憂える」。

私の憂慮は当った。自民党は、政権を奪還したら、安倍総理はただの一回も靖国神社に参拝していない。建国記念日に政府主催行事を行うと公約していたがそれも実現していない。憲法問題もしなくても良い、否、してはならない「加憲」「一部改正」で事を済まそうとしている。まさに自民党は与党に戻ったら、国家基本問題に対する姿勢も元に戻ってしまったのである。安倍氏は真正保守の政治家として期待されていたのにまことに残念だ。

また、鳩山由紀夫の沖縄政策の誤りが今日の混迷の原因になっている。

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2019年5月17日 (金)

国会議員と言論の自由

二、三日前に書いたことと矛盾するというお叱りを受けるかもしれませんが、国会議員には「言論の自由」はないのでしょうか。あの程度の発言で「議員を辞職しろ」などと決議するのはおかしい。七十四年間も領土を不法不当に奪ったまま返そうとしないロシアという國と戦争をしてでも取り返すべしという主張は否定すべきでないし、そういう発言をしたからといって、「議員辞職しろ」などと迫るのはまさに「言論の自由」の否定であり圧迫であると思いますが如何でしょうか。議員の資質の低下を責める資格のある議員が一体何人いるのかと思います。辻元清美などは存在そのものが議員辞職してもらいたい人だと思います。私たち一般庶民の先祖の御墓ですら、他人が勝手に電飾し、イルミネーションで飾り立てるなどというのは絶対に許し難いことです。ましていわんや、神聖君主日本天皇の御陵にそのようなことしたらどうかなどと不敬発言をした男こそ、大阪市長及び公党の代表を辞任すべきであります。

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2019年3月 8日 (金)

国民の心に沁みついてゐる「国家=悪」といふ観念を払拭することが大切である

安倍晋三総理は、その著『美しい国』で「戦後日本は六十年前の戦争の原因と敗戦の理由をひたすら国家主義に求めた。その結果、戦後の日本人の心性のどこかに、国家=悪という方程式がビルトイン(四宮註・小生にとってはまことに聞き慣れない言葉であるが、辞書によると、内蔵されていること、はめ込むこと、作り付けであること、といふ意。コンピュータ用語らしい)されてしまった。だから、国家的見地からの発想がなかなかできない。いやむしろ忌避するような傾向が強い。戦後教育の蹉跌のひとつである。」と論じてゐる。

 

 戦後日本において、欧米の国家思想が滔滔と流れ込んできた。国家を権力機構と見なし、「国家権力は本来悪であり、これを出来得るかぎり制限して、人民の権利を拡張しなければならない。また、君主と人民は対立関係にあり、君主制を打倒して人民が権力を掌握することが歴史の進歩である」「國家は人間を束縛するものであり侵略戦争を起こすものである。だからいづれは無くなってしまった方が良いし、國家の力は押さえた方が良いし、國家の言ふことは聞かない方が良い」といふ思想が蔓延した。今日それは続いてゐる。

 

日本国はいかなる國であるのか、そしていかなる国であるべきかを正しく把握してゐないと、即ち正しき国家観が確立されてゐないと、正しい『憲法』への回帰は行ひ得ないし『国歌・国旗』への正しい態度も養へない。

 

安倍晋三氏は「国家」について次のやうに論じてゐる。「そもそも、人間はひとりで生きているわけではないし、ひとりで生きられない。その人の両親、生まれた土地、その人が育まれた地域のコミュニティ、そして、それらをとりまいている文化や伝統や歴史から、個人を独立させて、切り離すことなどできないのだ。人は、『個』として存在しているように見えるが、その実体は、さまざまなものとつながっていて、けっして『個』ではない。国もまた、同じだ。人が生まれて成長して年をとっていくうえで、切り離せないものとして存在しているのである。ここでいう国とは統治機構としてのそれではない。悠久の歴史を持った日本という土地柄である。そこに私たちは慣れ親しんだ自然があり、祖先があり、家族がいて、地域のコミュニティがある。その国を守るということは自分の存在の基盤である家族を守ること、自分の存在の記録である地域の歴史を守ることにつながるのである」。

 

さらに安倍氏は、「天皇」について「日本の歴史は、天皇を縦糸にして織られてきた長大なタベストリー(四宮註・これまた聞き慣れない言葉であるが、辞書によると、羊毛や絹、麻などを材料として、絵模様を織り出した綴織(つづれおり)のこと)だといった。日本の国柄をあらわす根幹が天皇制である。」と論じてゐる。正しい見解である。

 

国とか国家といふ言葉には色々に意味がある。司馬遼太郎氏は、「英語で古代以来、自然にそこにある国をネーション(nation)と言い、憲法を柱にして法で構築された国家はステイト(state)と呼ばれる」(『風塵抄』)と述べてゐる。

このほか、カウントリー(countryといふ言葉もある。これは故郷とか生国といふ意味だといふ。

 

我々が限り無く愛する日本國とはいかなる國であるのだらうか。「國家」といふ言葉は「漢語」であるが「やまとことば」には「クニ」といふ言葉がある。この「クニ」といふ言葉は「懐かしい故郷」といふ意味で用いられる場合がある。「あなたクニはどこですか?」「クニの父さん、母さん」と言ふ時は、故郷といふ意味である。英語でいふと「country」である。ところが「クニに税金を取られる」という時の「クニ」は、行政機構・権力組織のことである。英語でいふと「state」である。

 

「母國」とか「祖國」とかいふ言葉で表現される一定の広がりを持った土地の上に自然に生まれた共同體が、我々が懐かしく思ふ「國」である。その基本は夫婦であり子であり孫である。すなはち「家」である。「國」と「家」は一體である。ゆゑに「國家」といふ言葉が生まれたのではなかろうか。

 

我々が愛する國とはやはり「懐かしい故郷」としての國家であり、権力機構としての國家ではない。税務署や警察署を懐かしく思ひ愛着を抱く人はそんなに多くはないだらう。そこを職場にしてゐる人以外は皆無に近いと思ふ。

 

権力機構としての國家を否定することは或いは可能かもしれない。例へば「腐敗堕落した官僚や自民党が好き勝手なことをしてゐるから税金なんか納めない」と主張し、それを實行することは可能である。(勿論それによって権力機構から制裁を加へられるだらうが…)しかし、「父祖の國」「母國」と表現されるところの「國」に生まれ育ち生きてゐる事實は否定できない。

 

わが國のやうに建国以来三千年の歴史を持つ國においては、無理に英語を用いて定義を分けなくても「国家とは悠久の歴史を持ち、日本国民が生まれ生活してきたところ」といふのが自然の観念である。

 

西洋の国家観は、ある特定の地域の内部で物理的暴力による支配機構といふ事らしい。国家は個人の抑圧装置としてゐる。個人にとって国家とは本質的に敵である。このやうな国家観で日本国の国柄を規定してはならない。

 

國家を否定し、國家を破壊する運動を展開してきたのが共産主義革命運動である。これは、マルクスの「我々が國家を持つのは資本主義においてのみである」「國家は少数者による多数者に對する支配と搾取の體制」「國家は人間疎外の装置」といふ思想による。これは國家を権力機構・支配統制組織としてのみとらへた考へ方である。

 

 しかし、共産主義國家こそ、多数者による少数者の搾取を行ひ、人間疎外の装置として國民を圧迫し苦しめてきたことは、旧ソ連・共産支那・北朝鮮を見れば明らかである。権力無き社會の實現を目指して戦った共産主義勢力は、その結果として強大にして残虐無比な権力國家を作りあげた。


また、共産主義社會の實現を目指し反國家闘争を繰り返してきた日本國内の共産主義勢力は、仲間内で恐るべき闘争を繰り返し互ひに殺し合ってきた。

 

國家否定を目的とする左翼革命勢力こそ、権力國家の建設を目指し、外國の権力國家の侵略に協力してきた。戦後日本における「反國家・國家破壊の思想と行動」は惨禍しかもたらさなかったと言って良い。その残り滓が共産党であり立憲民主党の中にゐる。

 

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2019年2月 4日 (月)

『半本茂氏を偲ぶ会』に出席して思ったことを

本日行われた『半本茂氏を偲ぶ会』に出席して思ったことを記します。

 

半本茂氏は、金沢市の御出身で、昭和三年のお生まれ。海軍兵学校に入校、在学中に終戦を迎えられた。

 

戦後は慶應義塾大学に学ばれ、卒業後、三上卓氏の門下となり、維新運動に挺身。相当機密に属する事にも関係されていたと承る。

 

特に昭和から平成の御代にかけて、偏向教科書是正運動に邁進され、多大な成果を挙げられた。

 

旧臘十二月七日に逝去された。

 

海軍兵学校御出身の方には何人か存じ上げているし、お世話になった方がおられる。共通しているのは、姿勢正しく・言語明瞭な方が多かったということである。厳しい訓練を承けられたのだから当然であろう。

 

戦争を体験され、戦後復興の真っただ中で努力された先輩方がどんどんこの世を去られているのは本当の寂しい。理論理屈よりも体験に根差したいろいろなことを教えて頂くことができなくなった。

 

小生が二十歳代から謦咳に接することができ、色々学ばせていただいた旧軍関係の方々は、有末精三、藤原岩市、草地貞吾、板垣正、杉田一次、佐々木武雄の各氏である。

 

特に、藤原岩市、板垣正、草地貞吾の三先生には、親しくご教導を頂いた。

 

藤原岩市氏は、F機関長としてインド独立を目指して英軍と戦ったインド国民軍の支援に当たられた。戦後、英軍により厳しい処遇をされた。藤原氏はそのことはあまり語りたがられなかった。余程悔しい思いをされたのであろうと拝察する。

 

板垣正氏は、板垣征四郎陸軍大将の御子息であり、シベリアに抑留された。帰国後、遺族会運動に挺身され、参議院議員を務められた。大変な人格者で、政治家を引退された後も、運動の先頭に立たれた。

 

草地貞吾氏は、関東軍主任参謀として終戦を迎え、シべリアに抑留された。いくら人民裁判にかけられ吊るし上げされ、箱牢というのに入れられても、ソ連に妥協せず、協力しなかったので、何と理不尽にも昭和三十一年まで帰国することができなかった。実際抑留中に草地氏等ソ連に屈服しない人々を迫害したのは、ソ連に協力する元日本兵だったという。草地氏は、帰国後、国士舘、京都産業大学などにつとめられ、若者の教育に当たられた。国史・國體學に造詣が深く、且つ、人格も高潔であられたので多くの人々から慕われ、教えを受ける人も多かった。関東軍参謀時代は、瀬島龍三の上司だったが、小生がいくら水を向けても瀬島批判は言われなかった。立派であった。

 

杉田一次氏が、「東條さんは満州で匪賊を討伐はしたくらいで、実際の戦争は知らなかったろう」と言われたのが印象に残っている。

 

佐々木武雄氏は終戦時に平沼赳夫・鈴木貫太郎両指氏邸を焼き討ちした人である。戦後、大山量士と名乗り「アジア友の会」を結成しアジアからの留学生を支援する運動を展開。なんと、鈴木貫太郎氏の御子息鈴木一氏の支援を受けた。晩年は文字通り好々爺であられた。

 

激動の昭和と言われるが、ともかく、大正・昭和初期の生れた方は厳しい戰爭と食糧難そして経済的逼迫の時代を生き抜いてこられたのである。小生の両親もその世代の人である。昨日は、菩提寺に行き、御墓参りをしたので、そのことが余計に思い起こされた。

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2019年1月11日 (金)

今の検察・警察はおかしい

拘置所に冷暖房が無いなんて許されるのか。法務省には人権擁護局というのがあったと思うが何を考えているのか。容疑者或は被疑者は有罪が確定しているわけではない。ヤメ検の弁護士が以前「被疑者の人権何て頭の片隅にも考えたことはなかった」と語っていた。自白しないとずっと留置場や拘置所に拘束するというのは明らかに拷問であり、虐待だ。厚生労働省の村木さんの時は証拠の捏造まで行われた。今の検察・警察はおかしい。

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2018年12月19日 (水)

今こそ日本民族の本来的な清明心・尊皇精神に立脚した大和魂を発揮して國難に当たるべき時である

村田清風の歌

 

「しきしまの 大和心を 人問はば 蒙古のつかひ 斬りし時宗」

 

村田清風(天明三年【一七八三】五月二六日―安政二年【一八五五】五月二六日)は長州家老。藩政改革の中心人物。長州藩が雄藩として明治維新を主導する基礎を築きあげた。吉田松陰をはじめ多くの人々が清風に教へを乞ふたといふ。七十三歳で死去。

 

ペリー来航の時、長州藩で要職をつとめてゐた清風は、高まる外圧の危機に対処するため、海防の重要性を認識し、農民町人の武装を積極的に奨励し、やがて農民漁民による警備隊が創設する。これは高杉晋作による奇兵隊に継承される。この歌はさうした時期に詠まれたと考へられる。北條時宗が弘安二年、わが國に朝貢(日本が貢ぎ物を差し出して元の属國になること)を求めて来た蒙古の使者を博多で斬った。この時宗の行為を「大和心」の典型であるとして讃へた歌である。蒙古の使者を北条時宗が斬った戦闘心・攘夷精神を「大和魂」と表現した。つまり、どんな大國を相手としても死を恐れないでこれを討つといふ精神即ち戦闘的な大和心を歌ひあげたのである。

 

この歌に表白された「攘夷の志」は、吉田松陰、高杉晋作、木戸孝允らに受け継がれ、長州藩革新派を輩出する原動力となったと思はれる。また、この歌の根底には、幕府の軟弱外交への批判がある。

 

この歌は申すまでもなく、近世の國學者・本居宣長の歌

 

「敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花」

 

から「本歌取り」した歌である。「本歌取り」とは和歌で,古歌の語句・発想・趣向などを取り入れて新しく作歌する手法のことである。

 

 本居宣長の歌は、「大和心とはどういふものかと人に問はれたら、朝日に美しく映える山桜だと答へやう」といふほどの意である。

 

日本傳統精神は、「やまとごころ」「大和魂」といふ言葉で表現される。日本民族固有の精神、または、儒教・仏教などが入ってくる以前からの、日本人本来の物の見方・考へ方、即ち日本の傳統的精神のことを大和心或いは大和魂と言ふ。

 

神の生みたまひし美しい國に生まれた日本人は、美しいものを見たら素直に「美しい」と感動する。その「素直な心」「そのままの心」「純真無垢の心」「無我の心」が、日本民族固有の精神である。これを「大和心」と言ふ。それは、理智・理屈・理論ではない。一切の先入観を取り除いた精神である。「大和心」即ち日本傳統精神は、純粋な感性である。嘘の無い心即ち「真心」である。

 

本居宣長は、朝日に映える山桜花を理屈なしに美しいと感じた純粋な感受性を、神の生みたまひし國に生まれた日本人のみが持つ素直にして純粋なる心即ち大和心であると歌った。

 

美しく咲き、美しく散っていく桜の花を日本人が好むといふことは、日本人が死を恐れない心を持ってゐることを意味する。その死を恐れない心・潔く散って行く精神・散華の美を尊ぶ心が、戦闘的な大和心を生む。つまり、理屈なしに素直に國のため大君のために命を捨てるといふ純粋なる精神が大和心なのである。

 

大和心・大和魂には、大らかで明るい精神と、戦闘的な精神とがあると思ふ。大らかで明るい大和心・大和魂は、日本民族の持つ包容力・美しさを愛する心である。和魂漢才・和魂洋才の「和魂」は日本民族の大らかにして強靱なる包容力のことであらう。一方、戦闘的な大和心・大和魂は、勇武の心・桜の花に象徴される散華の心(潔く散る精神)、死を厭はない精神である。

 

この二つの「大和心」は別なものではなく、清明心(清らかで明るい心)・純粋な心・素直な心・そのままの心として一つである。それは日本民族の本来的持ってゐる清らかなる魂であり素直な精神である。

 

近世國學は、明治維新の基本原理・精神的思想的基盤であった。わが國には、対外的危機感が傳統精神の復活・回帰の熱望を呼び覚ます歴史がある。明治維新がその典型である。現代もさうした時期である。今こそ日本國民全体が日本民族の本来的な清明心・尊皇精神に立脚した大和魂を発揮して國難に当たるべき時である。近世國學者が外圧の危機に中で行ったやうに、古代日本の歴史精神として今日まで傳へられてきてゐる「道」を學び、今日において明らかにすることによって、現代の危機を打開することが大切である。

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2018年10月11日 (木)

深谷隆司氏の主張

深谷隆司氏の主張を紹介します。

四宮正貴

 

20181007

 

776回「ノーベル平和賞とは?」

 

 深谷隆司の言いたい放題第776

 

 「ノーベル平和賞とは?」

 

 今年のノーベル平和賞が誰になるのか気になっていた。マスコミ等の事前の予測で韓国の文大統領、北朝鮮の金委員長、更に米のトランプ大統領の名前まで上がっていたからだ。

 

 文大統領が北朝鮮にのめりこんでいく姿は、やはり同胞意識としてやむを得ないとは思うものの、肝心の核廃絶が進まなければ何の意味もない。いままで何度も北に騙されて、結果的に核保有国にしてしまったのは歴代韓国大統領ではなかったか。

 

 おまけに、真実に反する慰安婦問題を喧伝し、世界に慰安婦像を拡散させている。最近では主権の象徴ともいうべき自衛隊の艦旗「旭日旗」にまでいちゃもんをつける。旭日旗を「戦犯旗」と言う韓国の主張は一分の理もない言いがかりだ。 

 

 国内法で掲揚が義務付けられ、国際法上でも国の軍隊に所属する船舶を示す「外部標識」、しかも半世紀以上にわたって行なわれており、国際的な慣行として確立している。

 

 日本は5日に行なわれる予定の韓国での国際観艦式への護衛艦派遣を見送った。当然の事だが政府の毅然たる姿勢を評価したい。同盟国に対して平気で主権侵害を行う大統領に平和賞などとんでもないことだ。

 

 金委員長などは論外だ。北朝鮮当局による拷問、公開処刑、外国人拉致、意思表示の権利剥奪、強制収容所では裁判もせず処刑されているという。300万人以上の餓死者を出した問題も含め、人権問題が国連でしばしば取り上げられ、決議案も採択されている。どこをとっても平和賞に価する筈もない。

 

 トランプ氏は日替わりメニューで何を考えているのかわからない。大統領選挙時は日本バッシングが目立ったが、安倍総理と親しくなって最近は良好な関係だ。しかし、6月の日米首脳会談では「真珠湾攻撃を忘れないぞ」と二国間通商交渉を迫ったりする。

 

 中国の習主席を友人だといいながら、中国製品に多大な関税をかけ、中国も報復処置で対抗、今や米中貿易戦争は世界経済に悪影響を与えている。

 

 北朝鮮問題でも金委員長を「チビのロケットマン」「狂った男」と言ったかと思うと、シンガポールのセントーサ島で史上初の米朝首脳会談を開くと、いかにも親しげな態度をとる。

 

 朝鮮半島の「終戦協定」を「平和協定」にするという動きに対しても賛意を示す。そうなれば38度線は対馬海峡まで広がり、日本の脅威は高まる一方だ。

 

 幸いノーベル平和賞はコンゴの医師とIS被害女性に決まったが、平和賞に関しては今までに首を傾げたくなるような人物に与えられ、不信感はぬぐえない。

 

 一方、京都大学の本庶佑特別教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。本当に嬉しい。

 

 2000年以降、日本人のノーベル賞受賞者は18人に達した。実証主義である科学の分野で、このような成果を挙げた事は本当に見事だ。日本人の素晴らしさに改めて感動している。

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安倍総理に望む

 

 自民党は、野党時代、「政府主催で建国記念の日を祝う式典を開催する」という公約を掲げた。自民党が政権を奪還し、「日本を取り戻す」を政治理念とする安倍晋三氏が総理総裁となり、愈々政府主催の建国記念の日奉祝式典が行われると期待していたが、今日に至るまで実現していない。これは一体どうした事か。

 

「戦後七十年談話誤れる歴史観」「建国記念の日の政府主催行事の不実行」「靖国神社総理参拝の不実行」は公約違反などという生易しい問題ではない。まさに「日本を取りもどす」即ち国家再生・維新断行の根本問題の一つである。

 

野党に政権を取らせてはならないが、安倍政権の根本姿勢のおかしさは厳しくこれを批判しなければならない。

 

安倍晋三総理は、総理就任後、「戦後レジームからの脱却」ということをあまり主張なくなった。「レジーム」とは体制の事だ。七〇年代、活発に展開された民族派学生運動の中心スローガンは、「戦後体制打倒」「ヤルタポツダム体制打倒」であった。安倍氏のブレーンには、民族派学生運動で活躍した人たちがいる。

 

「真正保守」という言葉がある。本物の保守という意味であろう。偽物の保守とは現状維持・戦後体制維持勢力だ。真正保守とは一言で言えば「國體護持」である。それはあるべき日本の眞姿の回復と言い換えてもいい。そしてその日本の眞姿の回復はそのまま現状の革新なのである。「維新とは復古即革新である」と言われる所以である。「復古」の「古」とは時間的過去のことではない事は言うまでもない。日本のあるべき姿、天皇国日本の眞姿の事である。

 

今日、日本國體・日本の眞姿を隠蔽しているのが「戦後レジーム」「戦後体制」である。「戦後体制打倒」「戦後レジームからの脱却」とは、つまりは「維新」という事である。安倍氏は残りの任期中、このことをしっかりと自覚し「戦後レジーム」からの脱却の道を正しく歩んでもらいたい。

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2018年8月18日 (土)

最近の警察について

大阪府警富田林署で今月12日夜、署の面会室で弁護士と接見した容疑者が逃走。今日に至るまで逮捕されてゐない。しかも報道によると、この容疑者は、これまで四回も逮捕歴があり、今回の逃走中もひったくりを繰り返していると言うという。早く逮捕しにいと何をしでかすが分からない危険がある。

 

広島県警広島中央署(広島市中区)で昨年(平成二十九年)5月、保管されていた詐欺事件の証拠品の現金8572万円が盗まれた事件もいまだに解決されてゐない。額が余りにも大きすぎるのに一年以上経過しても事件が解決しないと言うのは一体どういうことか。内部犯行なか、外部から侵入されて盗まれたのかさえ発表されていない。

 

以上二つの事件は、今日の警察に何か大きな欠陥があるのではないとか思える事件だ。

 

警察に関わることで、次元が異なるがやはり指摘しておかねばならない事がある。

 

小野次郎氏(高いので有名な寿司屋『数寄屋橋次郎』主人・小野次郎氏とは別人)という警察官僚がいる。東大法學部卒業後、警視庁教養課長、鹿児島県警察本部長、警察庁暴力団対策第一課長、内閣総理大臣秘書官(小泉内閣発足時)を歴任したエリートである。

 

何とこの人、日本共産党機関紙『しんぶん赤旗日曜版』本年(平成三十年)五月二十日号の一面に登場し、「秘書官 首相と一体 利害関係者との面会理解できない」というコメントを寄せている。

 

公安調査庁の「ホームページ」によると、「日本共産党は,第5回全国協議会(昭和26年〈1951年〉)で採択した「51年綱領」と「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」に基づいて武装闘争の戦術を採用し,各地で殺人事件や騒擾(騒乱)事件などを引き起こしました。その後,共産党は,武装闘争を唯一とする戦術を自己批判しましたが,革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方によるとする『いわゆる敵の出方論』を採用し,暴力革命の可能性を否定することなく,現在に至っています。こうしたことに鑑み,当庁は,共産党を破壊活動防止法に基づく調査対象団体としています」と書かれている。

 

暴力革命を捨てていない政党の機関紙に元警察官僚がコメントを寄せるというのは許される事なのであろうか。

 

ちなみにこの小野次郎氏は、鹿児島県警本部長時代の平成十一年に、「西郷隆盛を暗殺しようとした男」「郷土に刃を向けた男」「自分を抜擢した恩人である西郷さんを死地に追いやった人物」として、鹿児島県人に長く批判され忌み嫌われてきた初代警視総監・川路利良の銅像を鹿児島県警本部前に建立した人物である。

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2018年8月 7日 (火)

種子法(主要農作物種子法)廃止に抗議し、同法復活と併せて必要な施策を求める要望書

種子法(主要農作物種子法)廃止に抗議し、同法復活と併せて必要な施策を求める要望書

 

 今年(平成三十年)四月、安倍内閣によって種子法(主要農作物種子法)が廃止された。この種子法は、米麦大豆などの主要農作物の種子の生産と普及を国と県が主体になって行うことを義務付けた法律である。この法律のもとで、これまで国が地方交付税等の予算措置を講じ、県が種子生産ほ場の指定、生産物審査、原種及び原原種の生産、優良品種の指定などを行うことによって、良質な農作物の安価で安定的な供給に寄与してきた。

 

 しかし、安倍首相は、この種子法が、民間企業の公正な競争を妨げているとの理由で、突如廃止を言い出し、国会での十分な審議も経ぬまま、昨年三月可決成立させてしまった。

 

 今後種子法廃止によって、外資を含む種子企業の参入が加速し、種子価格の高騰、品質の低下、遺伝子組み換え種子の流入による食物の安全性への不安、長年我が国が税金による研究開発で蓄積してきた種子技術の海外流出、県を主体にすることで維持されてきた種子の多様性や生態系、生物多様性への影響など、数多くの弊害が危惧されている。

 

 こうした懸念を受けて、「種子法廃止法案」では、付帯決議として「種苗法に基づき、主要農作物の種子の生産等について適切な基準を定め、運用する」「主要農作物種子法の廃止に伴って都道府県の取組が後退することのないよう、・・・引き続き地方交付税措置を確保し、」「主要農作物種子が国外に流出することなく適正な価格で国内で生産されるよう努める」「消費者の多様な嗜好性、生産地の生産環境に対応した多様な種子の生産を確保すること。・・・特定の事業者による種子の独占によって弊害が生じることがないように努める」ことなどが記されているが、どれも努力義務で法的強制力はないばかりか、早くも政府は、この付帯決議の主旨に逆行する政策を推し進めている。

 

 特に、政府が種子法廃止の翌月に成立させた、「農業競争力強化支援法」には、「種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進する」とあり、我が国が長年、税金による研究開発で蓄積してきた「種苗の生産に関する知見」を民間企業に提供することが記されている上に、この「民間事業者」には国籍要件がないため、海外のグローバル種子企業に種子技術が流出し、生物特許による種の支配を通じて我が国の農業がコントロールされかねない。なかでも、世界最大のグローバル種子企業であるモンサントが販売する遺伝子組み換え(GM)種子は、発がん性など、安全性が疑問視されており、国民の健康に及ぼす被害は計り知れない。

 

 上述の通り、安倍首相は、種子法が民間企業の公正な競争を妨げているとの理由で廃止したが、すでに政府は、平成十九年(二〇〇七年)に行われた規制改革会議・地域活性化ワーキング・グループの民間議員から、同様の指摘がなされたのに対して、「本制度が(民間による)新品種の種子開発の阻害要因になっているとは考えていない。」と答弁している。ところがその後、認識を変えたのは、規制改革推進会議の強い政治的圧力が負荷されたためである。すなわち、平成二十八年(二〇一六年)九月に行われた規制改革推進会議の農業ワーキング・グループで「民間企業も優れた品種を開発してきており、国や都道府県と民間企業が平等に競争できる環境を整備する必要がある」という提言がなされ、さらに翌十月には、「関連産業の合理化を進め、資材価格の引き下げと国際競争力の強化を図るため」、「戦略物資である種子・種苗については、国は国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する。そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する」として突如廃止の決定がなされたのである。

 

 問題なのは、この種子法廃止を決定した規制改革推進会議は、単なる首相の一諮問機関に過ぎないにも関わらず、公共政策の決定に関して不当に過大な影響力を及ぼしている事である。特に同会議を構成するメンバーは、一部の大企業やグローバル資本の利益を代弁した民間議員であり、農業問題に関しては「素人」を自称しており、食糧安保や国土保全といった農業の持つ多面的機能への視点が欠落している。従来、農業問題に関しては、農水省が設置し、農業問題の専門家からなる「農政審議会」が審議したが、安倍内閣が創始した内閣人事局制度のもとで、各省が官邸に従属しているとも言われている。

 

 さらに問題なのは、この規制改革会議による種子法廃止は、農協の解体を始めとする、安倍内閣による一連の新自由主義的な農業改革の一環であり、その背景には、アメリカ政府やグローバル企業による外圧の存在があることである。我が国における農業分野での規制改革は、アメリカがクリントン政権以降の「年次改革要望書」のなかで繰り返し要求して来たが、平成二十四年(二〇一二年)に第二次安倍内閣が発足すると、この動きは加速した。平成二十六年(二〇一四年)一月に安倍首相がスイスのダボス会議で規制改革を国際公約した同年五月、在日米国商工会議所(ACCJ)は、「JAグループは、日本の農業を強化し、かつ日本の経済成長に資する形で組織改革を行うべき」との意見書を提出すると、それに歩調を合わせたかのように、政府は「規制改革実施計画」を閣議決定して農協改革を強行した。ACCJはアメリカ政府と企業の代弁機関であり、彼らの狙いは、農業での規制緩和による米国企業の商機拡大と、農協が有する360兆円もの金融資産の収奪に他ならない。このような米国政府やACCJによる外圧は、我が国に対する内政干渉であり主権侵害である。

 

 前述したように、安倍首相は、種子法の存在が、民間企業による公正な競争を妨げ、我が国農業の国際競争力を損なっているとしたが、現状の政府による農家への過少保護政策(例えば、農業所得に占める政府の直接支払割合(財政負担)は、我が国が15・6%に過ぎないのに対して、アメリカは26・4%であるものの、小麦は62・4%、コメは58・2%にも上る。さらにフランスは90・2%、イギリスは95・2%、スイスは94・5%にも及び、欧米に比して極端に低い)を差し置いてそのような主張をするのは全くの筋違いである。

 

 古来、我が国は、「葦原の瑞穂の国」と称され、農業、とりわけ自国民の主食を生み出す稲作を立国の根幹に据えてきた。そのことは、天照大神が天孫瓊瓊杵尊の降臨に際して、皇位の御徴である三種の神器と共に、「斎庭の稲穂」を授けられ、いまも今上陛下は、毎年の新嘗祭において、新米を天照大神に捧げられ、五穀豊穣を感謝されていることにも象徴的に示されている。特に安倍首相は、平成二十四年(二〇一二年)の政権奪還時に、「ウォール街の強欲資本主義」に対して「瑞穂の国の資本主義」を掲げながら、いまでは新自由主義的な農業改革を推進し、その一環である種子法廃止は、「瑞穂の国」を破壊する売国的所業である。

 

以上の趣旨に基づき、安倍首相に対して以下の通り要望する。

 

一、安倍首相は、速やかに種子法を復活し、優良で安価な農作物の安定供給を確保すること。また、先般野党が共同提出した種子法復活法案を成立させること。

 

一、安倍首相は、アメリカやグローバル企業の利益を代弁した規制改革推進会議を即刻廃止すること。

 

一、安倍首相は、二〇一三年に生物特許を禁止したドイツの例に倣い、遺伝子組換え種子に対する生物特許を禁止すること

 

一、安倍首相は、家畜飼料を含む全ての遺伝子組み換え食品への表示を義務化し、意図しない混入率をEU並の0・9%(我が国は5%)未満へと厳格化すること。

残念ながら我が国では「消費者基本法」において、消費者に必要な情報が提供される権利が保障されているにもかかわらず、調味料など、組み換え遺伝子とそれによって生成したタンパク質が含まれない食品への表示義務はなく、主な原材料(重量の多い順で上位三位以内、かつ全重量の5%以上)にしか表示義務がない。また遺伝子組み換え作物の最大の用途である家畜飼料にも表示義務がない。

 

右、強く要望する。

 

平成三十年七月二十六日

 

安倍首相に種子法復活と併せて必要な施策を求める有志一同

(千葉県浦安市当代島一―三―二九アイエムビル5F)

 

(代表)

折本龍則

坪内隆彦

小野耕資

 

(賛同者)

稲村公望

加藤倫之

四宮正貴

高橋清隆

田母神俊雄

西村眞悟

原嘉陽

福永武

前澤行輝

三浦楓

三浦夏南

南出喜久治

村上利夫

 

 

 

 

 

内閣総理大臣 安倍晋三

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