2017年10月18日 (水)

立憲民主・社民・共産を政治の世界から排除すべし

すでこの欄に掲載した主張をまとめたものですが、本日私が行ったこの度の総選挙に関する私の考えを語ったスピーチの草稿を掲載します。

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偏向メディアは、共産・社民両党を繰り返し「リベラル」と報道している。「リベラル」という言葉は、定義が全く曖昧だ。独裁専制国家共産支那・北朝鮮を結果的に利する立場を取る政治勢力・政治家を「リベラル」と呼ぶ全く間違っている。

 

「リベラル」とは一体何なのか。共産党の志位も小池も「リベラル」という言葉を口にしないと思う。

 

社会主義・共産主義は、国民の自由を圧殺し、権力による統制国家・専制独裁国家を建設した思想である。実際にロシア・共産支那・北朝鮮などの社会主義・共産主義国家はそういう国家である。

 

中国共産党・朝鮮労働党は、世界の中でもっとも「自由」を圧殺している政党である。日本共産党・社民党は中国共産党・朝鮮労働党と同根である。この二つの政党は、戦後一貫して北朝鮮・共産支那と「友好関係」「兄弟関係」にあり続けてきた。だから自民党政権やアメリカに対しては激しく非難攻撃しても、共産支那・北朝鮮の独裁政治、強権政治・民衆圧迫・軍事侵略についてはあまり批判しない。偏向メディア・共産党・社民党(旧社会党)は、戦後一貫して共産支那・北朝鮮の手先であったが、今もそうなのである。まさに排除すべきである。

 

リベラル=自由を圧殺する社会主義共産主義政党を「リベラル」などと言うのは全く間違っている。と言うよりも偏向メディアに巣食っている共産主義者・社会主義者の謀略・情報操作である。

 

報道によると、枝野幸男氏は「私は日本国民の生活の安心、立憲主義、民主主義、自由な社会を守っていくために立憲民主党を結成することを決意した」と語った。

 

てあるならば立憲民主党は、「民主主義、自由な社会」を破壊する左翼全体主義集団すなわち共産・社民とは共闘できないどころか、これを敵として戦わねばならないはずである。しかし、そうではないのは、立憲民主党も共産・社民と同質なのである。 

 

「保守」「革新」という区別があるが、これも定義がまことに曖昧だ。「保守」と言っても「現状維持」戦後体制擁護」という「保守」と、「國體護持」「戦後体制打倒」という「保守」がある。

 

近年は「真正保守」という言葉が出てきた。「天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体日本の國體」を守るのが真の保守である。それを「真正保守」と言うと思う。また、歴史問題で自虐的な思想を抱いていないことも大切である。

 

国防問題や外交問題でまともなことを言っている政治家でも、肝心要の國體や歴史問題で、全く期待を裏切るようなことを言う人がいる。実に困ったことである。

 

尊皇精神を保持し、日本の傳統精神を重んじる政治家は、国防・安保・教育・憲法などのことでも正統な主張をする。ところが、尊皇精神が希薄で、日本の傳統精神について正しい理解がなく、歴史観もおかしい人は、他の事でもおかしな主張をする。また権力型政治家が多い。

 

今度の選挙について言えば、いろいろ不満はあっても、國體護持政党を支持する以外にない。亡国政党・利敵政党に政権を取らせてはならないと考える。

 

また国難に対処する国家体制の強靭化ということを考えれば、ブームや風に乗って政治家になろうという人たちに政権を委ねることはできない。となると、やはり自民党に入れるしかない。

 

小池百合子さんが、民進左派を排除したことを高く評価する。

しかし、小池さんが衆議院議員にならないのだから、小池さんが代表を務める政党が政権を掌握しても、小池さんが総理大臣になることはできない。防衛大臣・外務大臣にもなることはできない。また小池新党で当選する人々がどういう人たちか全くわからないし、政治経験が未熟な人も多いであろう。それでは、国難の時期に強力なる政府を作ることはできない。

 

従って、今度の選挙で小池新党に票を入れることは出来ない。色々不満はあっても、自民党に入れるしかない。

 

ともかく立憲民主・社民・共産を政治の世界から排除することが大切である。

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2017年10月 6日 (金)

天皇中心帰一の國體精神と國難打開

 

幕末期における現御神信仰・尊皇精神の興起は、勤皇の志士たちのみならず、一般庶民においても旺盛であった。伊勢の皇大神宮への民衆の集団参拝(いはゆる御蔭参り)が行はれ一般庶民の皇室の御祖先神に対する信仰が大きく復活してきてゐた。天保元年(一八三〇)には、御蔭参り参加者が閏一月から八月までで五百萬人に達したといふ。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないといふことが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君萬民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないといふことが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君萬民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

 

西欧列強の日本侵略から日本を守りぬくためには、全國的な統一國家建設が絶対必要条件であった。封建的各藩の分立を廃して統一國家を建設しなければならない。國家の中心を正しく確立しなければならない。もっともっと強力な國家統一・國家体制強化の牽引力が必要であった。この牽引力は、単に権力・軍事力に依拠するのでは駄目である。もともと戦國時代の武士の覇権争いの勝者・覇者にすぎなかった徳川氏は、その力を喪失してしまへば、國を支配者たるの地位も失ふのである。

 

「東照大権現」などと徳川家康の神聖性を強調しても、たかだか二百余年前に天海といふ僧侶によってつくりあげられた宗教的権威・疑似神話ではとても全國民的に精神的統一の中心とはなり得なかった。全國民が真に日本民族としての運命共同意識を強く保持し燃え立たせ得る精神的な基盤に依拠しなければならない。さうした精神的基盤は、神代以来の神聖権威の体現者・保持者であらせられる日本天皇への尊崇の念即ち尊皇精神であらねばならない。

 

和辻哲郎氏は、「明治維新は尊皇攘夷という形に現わされた國民的自覚によって行われたが、この國民的自覚は日本を神國とする神話の精神の復興にもとづき、この復興は氏神の氏神たる伊勢神宮の崇拝に根ざしている。原始社会における宗教的な全体性把捉が高度文化の時代になお社会変革の動力となり得たというような現象は、実際、世界に類がないのである。」「(註・明治維新で)封建制度は再び顛覆せられた。中央集権的國家は再び形成せられた。永い封建制度の間を通じて権力なき権威であった天皇の権威は、依然として将軍の権力よりも上にあり、依然として國民の全体性を表現するものである、ということが明白に示された。原始的な信仰は決して死んではいなかった。」(『風土』)と論じてをられる。

 

皇祖神たる天照大御神は伊勢皇大神宮に祀られると共に、天皇がその地上におけるご代理=現御神としての役目を果たされた。

 

日本民族精神の基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。日本國民の國を愛する心の特質は、「尊皇攘夷」「尊皇愛國」といふやうに萬邦無比といはれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一体であるところにある。今日の外患の危機も、日本國民が、天皇中心帰一の國體精神を正しく体得し、強い愛國心を持つことによって打開できると確信する。

 

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2017年8月16日 (水)

許し難い祖国解体を目的とする偽装運動

昨日も書きましたが、偏向マスコミや似非平和運動屋たちは、日本・アメリカなどの戦争行為・歴史問題・人権問題に対しては、根掘り葉掘りあることないことがなり立てますが、旧ソ連・共産支那・北朝鮮の戦争行為・歴史問題・人権問題に対しては、そのようなことはしません。左翼勢力が支那大使館や朝鮮総連に対してデモを行ったことなど一回もありません。彼らの平和運動・人権運動・歴史問題への取り組みは、支那北朝鮮の手先として祖国解体を目的とする偽装運動なのであります。

彼らは日本軍の戦時中のことを野良犬のように嗅ぎ回って問題にします。ところソ連ロシアによるわが同胞殺戮・強姦・シベリアへの拉致・十万人以上の大量殺戮、満洲・朝鮮北部・樺太千島侵略、そして共産支那の自国民虐殺、チベット・東トルキスタン・内蒙古侵略支配はあまり問題にしません。こういう者共を売国奴と言わずして何と言うのでしょうか。

戦後のいわゆる「反戦反核平和運動」そしてテレ朝・朝日新聞・NHKなどの反日メディアは、ずっとそういう姿勢を貫いてきました。断じて許し難いと思います。

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2017年5月 1日 (月)

今日思ったこと

偏向メディアがどう批判しようと、民進党がどう攻撃しようと、安倍内閣の支持率は下がらないし、民進党の支持率は上がらない。

 

テレビで垣間見る大阪の学校法人経営者夫妻の言動は、「恭儉己レヲ持」してもいないし、「徳器ヲ成就」してもいない。こういう人物が経営する学校法人が、幼児に「教育勅語」を暗唱させる資格はないと思う。

 

ただし、総理夫人の脇の甘さと、閣僚の資質の劣化は批判されなくてはならない。

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2017年4月19日 (水)

日本は強靭にそして柔軟に生きて行くことが大切

今日はからりと晴れあがり、気温も高く、初夏到来と言った感じです。桜の花も散り果て、銀杏の葉は青々と大きくなりつつあります。四季の変化というのは本当に不思議です。

 

わが国は、湿度が高く、緑が多く、水も清らかです。台風が来て多くの被害をもたらしますが、地上の穢れを祓い清める働きをします。そして台風一過の晴天に恵まれます。さらに、火山の噴火や地震がよく起ります。

 

日本人は自然を敵とすることなく、自然とよく調和して生きてきました。台風や地震などの自然の猛威に対してすらそれによく耐え忍んで生きてきました。

 

このようなわが國の風土が、日本人の柔軟にして強靭な精神力そして清潔さを好む性格を生んだと思います。

 

大東亜戦争の敗北という建国以来の大きな苦難を経験しましたが、短期間で力強く復興を遂げました。これも日本人が風土の中から培ってきた力によるものと思います。日本人は自然と対立し自然を憎むということはあまりないと思います。

 

終戦の時は、「敗戦」を「終戦」、「占領軍」を「進駐軍」、「隷属の下」を「制限の下」などと言い換えました。そして敗者の悲哀をいくらかでも払いのけたと思います。これは、神話の世界からの伝統である「告り直し」「言い直し」「聞き直し」であると思います。

 

また、戦争ではアメリカから大変な仕打ちを受けましたが、戦争が終わってしまえば、それほど深く憎んだり敵対したりしませんでした。それが日本人の長所でもあり、短所でもあると思います。

 

ともかく、これからも、わが日本は強靭にそして柔軟に生きて行くことが大切だと思います。

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2017年4月13日 (木)

今日思ったこと

日本という国は何という国でしょう。国家的危機であるというのに、一学校法人の不祥事で大騒ぎ、そしてスケート選手の引退でも大騒ぎしています。これはメディアの姿勢が全くおかしいからです。

 

民進党は、学校法人問題で、安倍政権を責め立て、政治を混乱させて、政権を奪取せんとしているのであります。しかし、そうは問屋がおろさず、民進党の支持率は低迷したままです。また都議会では離党議員が相次いでいます。国会でも、長島昭久氏が離党しました。

 

社民・共産両党を含めた連合政権ができたら、日本はどうなるのでしようか。対外関係だけに限っても、支那と北朝鮮による我が国への軍事的政治的圧迫をはねのけることはできなくなります。民進・社民・共産の連立政権は何としても阻止しなければなりません。

 

日本国の政治が混迷し不安定になれば一番喜ぶのは誰かを本当に真剣に考えるべきであります。日本は支那の属国になり、軍事的政治的支配下に置かれることとなります。志位・辻元・福島などという輩が政府閣僚になっている姿を想像するだけでゾッとします。

 

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2017年4月11日 (火)

長島昭久氏の民進党離党について

長島昭久氏が民進党を離党しました。長島氏は「保守政治家」であることを強調していました。

一体保守とはどういうことを意味するのでしょうか。現状維持という意味なら、近年は守旧派とか抵抗勢力という言葉があります。

 

真正保守という言葉があります。これは現状維持という意味の保守ではなく、日本の国柄、伝統、歴史を守るという意味で使われております。私は現行憲法の原理を墨守し戦後体制を容認する立場こそ「守旧派」だと思います。真の保守とは言うまでもなく「國體護持」です。

 

長島昭久氏は、「伝統と革新」第十九号(平成二七年五月発行)に置いて小生のインタビューに答え、「『保守の真髄は何か』と問われれば、私は皇室を尊ぶということ、この一点に尽きる…一番の大本となるのは、神話を含めて、天皇、皇室を尊ぶということです。…日本および日本人の大本は皇室だという信念こそ、保守の真髄だと思っています」と語りました。

 

「國體護持」という正統なる信念と思想を持っている長島氏には、日共という國體破壊勢力と選挙共闘するなどということはとても耐えられなかったのでしょう。今回の長島氏の民進党離党は快挙です。

 

前原誠司氏も『伝統と革新』第二〇号(平成二七年初月発行)に於いて、小生の質問に答えて「日本人と日本の骨格を成ししているのが皇室だと思いますし、皇室のない日本というのはやはり考えられない。日本の心、伝統、文化、日本人の拠り所が皇室だと私は思います」と語りました。

 

前原氏も、真の保守政治家だと思います。

 

自民党の中にも國體観が正しく確立していない政治家がいます。「真の保守」と「守旧」「現状維持」との区別を明確にしなければなりません。國體護持こそ真正保守であり、この立場に立つ政治家が力を増すことを願います。そして國體破壊勢力を殲滅しなければなりません。明治維新の歴史を見ても明らかなように、真の保守とは真の革新であります。

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2017年4月 5日 (水)

日本共産党はソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略に加担してきた

 

金正恩の暴虐ぶりはとどまるところを知らない。日本共産党・社民党・民進党左派などの亡国野党は、政府自民党やアメリカに対する非難攻撃は熱心だが、共産支那や北朝鮮の暴虐に対しては全く口をつぐんでゐる。

 

日本共産党は、あらうことか長い間、「朝鮮戦争はアメリカの侵略だった」といふ嘘八百を並べ立ててゐた。

 

『日本共産党の四十五年』といふ書物(昭和四五年八月二五日・日本共産党中央委員會出版局発行)には「アメリカ帝國主義は、(一九五○年)六月二十五日、わが國を前進基地として朝鮮への侵略戦争をはじめました」と書いてゐる。

 

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だったのである。また、日本共産党は戦後一貫して、朝鮮労働党の日本における窓口であった。

 

また、「在日朝鮮人の祖國帰還運動」にも積極的に協力した。日本共産党と北朝鮮は昭和三十四年、在日朝鮮人の北朝鮮への「集団帰還事業」をわが國政府に働きかけ實現させた。これによって、約九万八千人の在日朝鮮人(約七千人の日本人を含む)が北に永住帰國した。

 

この「集団帰還事業」について宮本顕治書記長(当時)は、朝鮮労働党第四回大會で帰國熱を煽った。つまり、日本共産党は多くの在日朝鮮人を地獄に送り込んだのだ。

 

七〇年代初頭、北朝鮮の國家保衛部は、九万八千人の在日朝鮮人帰國者たちを粛清の対象にした。絶え間ない監視と罪状の捏造によって、金日成父子冒瀆、反動宣伝煽動罪、スパイ罪をかぶせ、七三年から八〇年の間に、全帰國者の約二割を処刑もしくは政治犯収容所送りにしたといふ。

 

帰國事業では、日本共産党の有力者が、全國の「帰國協會」で「事務局長」を務め、地方党員が實働部隊となって在日朝鮮人を帰國させ、政治的には「北朝鮮に社會主義國の建設を」と宣伝した。

 

在日朝鮮人の北朝鮮への帰國に決定的な役割を果たしたのは日本共産党であった。しかるに日本共産党は自らが犯した犯罪行為に対して何の謝罪も行なってゐない。のみならず、悲惨極まる状況に陥ってゐる帰國者の救援・救出にもソッポを向き、それを妨害して来た。共産党は、昭和四十年代前半くらいまでは、北朝鮮を理想國家・天國のように宣伝してゐた。

 

日本共産党は拉致問題に関しても、平成十二年十月五日の党首討論で、不破哲三委員長(当時)らが「政府は拉致の確たる証拠を示してゐない」とか「確たる物証がなく状況証拠だけだ」などと述べた。拉致された人々は北朝鮮におり、拉致したのは北朝鮮なのである。「確たる物証」は北朝鮮にはあっても日本國内にあるはずがない。わが國の警察の捜査が及ばない北朝鮮の國家ぐるみの犯罪について、わが國の治安当局が「確たる証拠を示す」ことは殆ど不可能である。不破氏がこんなことを言ったのは、共産党が北朝鮮を擁護し拉致問題解決の意志が無かった何よりの証拠である。

 

 日本共産党は、昭和二十五年に、北朝鮮による韓國侵略=朝鮮戦争が起った時、日本において武装闘争・火炎ビン闘争を展開し、北の侵略を支援したのだ。また白鳥警部射殺事件、大須騒擾事件などを引き起こすなど暴力的破壊活動を展開した。これを後方攪乱と言う。

 

共産党員の多くは、「中核自衛隊」「山村工作隊」として、火焔ビンや時限爆弾などで武装して破壊活動を起した。さらに、日共が朝鮮総連と一緒になって、平事件・皇居前メーデー事件・吹田事件などの数多くの騒擾事件・集団暴力事件を起したことは歴然たる事実である。

 

日共の武装闘争は、北朝鮮の韓国侵略に対する後方支援であったのである。さらに言えば、ソ連・共産支那北朝鮮による日本侵略支配を目的としてゐたのである。

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2017年3月14日 (火)

マスコミによるいじめ。魔女狩りについて

日本人の悪い癖は、ある特定の一人の人物を、みんなで寄ってたかって悪の権化として裁き、あることないこと暴き立てて糾弾し、責め苛むことである。マスコミは、マイクやカメラを突き付けてそういう人を追い回す。市中引き回しの刑の現代版である。しかもテレビは繰り返しその映像を垂れ流し的に興味本位に放送する。そういうテレビ映像を見て育った子供たちが学校で特定の子供を寄ってたかって苛めるのである。

 

「いじめ」とは、小學生・中學生の専売特許ではない。「戦後民主主義・平和主義」の「守り手」・「弱者の味方」を以て任ずるマスコミは、「知る権利」「知らせる義務」とやらを振り回し、カメラやマイクを持って「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象となっている特定の人物を追ひかけ回し、特定人物を責め苛む。これまで、かういふやり方でどれだけ多くの人々が血祭りにあげられ、「魔女狩り」の対象になってきたであろうか。小學生・中學生のいじめは、大人のこうしたやり方を真似しているに過ぎないのである。

 三島由紀夫氏は言う。「われわれは戰後の革命思想が、すべて弱者の集團原理によって動いてきたことを洞察した。…不安、嫌惡、嫉妬を撒きちらし、これを恫喝の道具に使ひ、これら弱者の最低の情念を共通項として、一定の政治目的へ振り向けた集團運動である」(『反革命宣言』)と。

 

革命思想のみならず、戦後日本全体を覆ってきた精神が、「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」である。自分よりも富める者・幸福に見える者を憎み、嫉妬し、これを引きずり下ろそうという精神が國民に横溢している。それを煽り続けているのがメディアである。

 

「本是神州清潔の民」と言われるように、日本人の潔癖さは日本民族の優れた体質である。しかし、それが単に、嫉妬であり、自分よりも幸福そうな人を引き摺り下ろそうという精神に堕してしまってはならない。

 

われわれは、「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の精神を払拭し、祓い清めなければならない。そして、日本精神の真の清明、闊達、正直、道義的な高さを回復しなければならない。

 

 

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2017年3月11日 (土)

日本伝統信仰・伝統文化・伝統精神を現代の価値として再生せしめるべし

 戦後日本は、ひたすら経済一辺倒でやってきた。エコノミックアニマルなどと罵られながらも、世界第二位の経済大国に発展した。その陰で、伝統・文化・道義・道徳は二の次となった。むしろ、戦前に謳歌された尊皇愛国・滅私奉公は国民を戦争に駆り立てた邪悪なる思想だとして排除された。

 

 しかし今日、その経済大国の地位・経済的優位性も揺らいでいる。日本の大きな強みだった「物づくり」の伝統が傾き、生産コストの安い海外に生産拠点が移された。このまま推移すれば、日本の社会はさらに空洞化する。

               

 今こそ、日本伝統精神と経済・政治・軍事を総合的にとらえるべき時である。日本ならではの独自の文化伝統を活用すべき時である。

 

 大和魂・武士道精神をはじめ和歌などの日本伝統文芸・神道という伝統信仰・伝統文化・伝統精神を現代の価値として再生せしめ、これらをハイテク技術製造業といった経済活動そして政治・外交・軍事そして何よりも教育と合体させるべきだ。それによって、他の国々に追随を許さない高度国民国家が建設される。それが、わが国が政治的・経済的に力強さを回復する切り札である。

                            

 とにかく国家存立の基本は伝統精神であり道義である。それが国家・国民の真の発展と繁栄の基盤だ。

 

 日本の固有のみの、伝統文化・伝統精神を現代に生かすことが大切である。「グローバリズムとは外にあるものを受け入れて順応し行くこと」だそうだがそれは建国以来の日本がやってきたことである。何も二十一世紀になって始めたことではない。

 

しかし、外から入ってくるものに摂取するということは、無原則に外来文化文明法令れ独自の伝統を捨て去ることではない。日本伝統精神をしっかり確立した上に外来文化文明を咀嚼し同化させてきたのが日本である。日本独自の文化伝統の中にむしろ普遍性があるのである。今日、日本から、その日本の文化伝統文化を世界に発信していくべきである。

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