2018年10月11日 (木)

深谷隆司氏の主張

深谷隆司氏の主張を紹介します。

四宮正貴

 

20181007

 

776回「ノーベル平和賞とは?」

 

 深谷隆司の言いたい放題第776

 

 「ノーベル平和賞とは?」

 

 今年のノーベル平和賞が誰になるのか気になっていた。マスコミ等の事前の予測で韓国の文大統領、北朝鮮の金委員長、更に米のトランプ大統領の名前まで上がっていたからだ。

 

 文大統領が北朝鮮にのめりこんでいく姿は、やはり同胞意識としてやむを得ないとは思うものの、肝心の核廃絶が進まなければ何の意味もない。いままで何度も北に騙されて、結果的に核保有国にしてしまったのは歴代韓国大統領ではなかったか。

 

 おまけに、真実に反する慰安婦問題を喧伝し、世界に慰安婦像を拡散させている。最近では主権の象徴ともいうべき自衛隊の艦旗「旭日旗」にまでいちゃもんをつける。旭日旗を「戦犯旗」と言う韓国の主張は一分の理もない言いがかりだ。 

 

 国内法で掲揚が義務付けられ、国際法上でも国の軍隊に所属する船舶を示す「外部標識」、しかも半世紀以上にわたって行なわれており、国際的な慣行として確立している。

 

 日本は5日に行なわれる予定の韓国での国際観艦式への護衛艦派遣を見送った。当然の事だが政府の毅然たる姿勢を評価したい。同盟国に対して平気で主権侵害を行う大統領に平和賞などとんでもないことだ。

 

 金委員長などは論外だ。北朝鮮当局による拷問、公開処刑、外国人拉致、意思表示の権利剥奪、強制収容所では裁判もせず処刑されているという。300万人以上の餓死者を出した問題も含め、人権問題が国連でしばしば取り上げられ、決議案も採択されている。どこをとっても平和賞に価する筈もない。

 

 トランプ氏は日替わりメニューで何を考えているのかわからない。大統領選挙時は日本バッシングが目立ったが、安倍総理と親しくなって最近は良好な関係だ。しかし、6月の日米首脳会談では「真珠湾攻撃を忘れないぞ」と二国間通商交渉を迫ったりする。

 

 中国の習主席を友人だといいながら、中国製品に多大な関税をかけ、中国も報復処置で対抗、今や米中貿易戦争は世界経済に悪影響を与えている。

 

 北朝鮮問題でも金委員長を「チビのロケットマン」「狂った男」と言ったかと思うと、シンガポールのセントーサ島で史上初の米朝首脳会談を開くと、いかにも親しげな態度をとる。

 

 朝鮮半島の「終戦協定」を「平和協定」にするという動きに対しても賛意を示す。そうなれば38度線は対馬海峡まで広がり、日本の脅威は高まる一方だ。

 

 幸いノーベル平和賞はコンゴの医師とIS被害女性に決まったが、平和賞に関しては今までに首を傾げたくなるような人物に与えられ、不信感はぬぐえない。

 

 一方、京都大学の本庶佑特別教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。本当に嬉しい。

 

 2000年以降、日本人のノーベル賞受賞者は18人に達した。実証主義である科学の分野で、このような成果を挙げた事は本当に見事だ。日本人の素晴らしさに改めて感動している。

| | トラックバック (0)

安倍総理に望む

 

 自民党は、野党時代、「政府主催で建国記念の日を祝う式典を開催する」という公約を掲げた。自民党が政権を奪還し、「日本を取り戻す」を政治理念とする安倍晋三氏が総理総裁となり、愈々政府主催の建国記念の日奉祝式典が行われると期待していたが、今日に至るまで実現していない。これは一体どうした事か。

 

「戦後七十年談話誤れる歴史観」「建国記念の日の政府主催行事の不実行」「靖国神社総理参拝の不実行」は公約違反などという生易しい問題ではない。まさに「日本を取りもどす」即ち国家再生・維新断行の根本問題の一つである。

 

野党に政権を取らせてはならないが、安倍政権の根本姿勢のおかしさは厳しくこれを批判しなければならない。

 

安倍晋三総理は、総理就任後、「戦後レジームからの脱却」ということをあまり主張なくなった。「レジーム」とは体制の事だ。七〇年代、活発に展開された民族派学生運動の中心スローガンは、「戦後体制打倒」「ヤルタポツダム体制打倒」であった。安倍氏のブレーンには、民族派学生運動で活躍した人たちがいる。

 

「真正保守」という言葉がある。本物の保守という意味であろう。偽物の保守とは現状維持・戦後体制維持勢力だ。真正保守とは一言で言えば「國體護持」である。それはあるべき日本の眞姿の回復と言い換えてもいい。そしてその日本の眞姿の回復はそのまま現状の革新なのである。「維新とは復古即革新である」と言われる所以である。「復古」の「古」とは時間的過去のことではない事は言うまでもない。日本のあるべき姿、天皇国日本の眞姿の事である。

 

今日、日本國體・日本の眞姿を隠蔽しているのが「戦後レジーム」「戦後体制」である。「戦後体制打倒」「戦後レジームからの脱却」とは、つまりは「維新」という事である。安倍氏は残りの任期中、このことをしっかりと自覚し「戦後レジーム」からの脱却の道を正しく歩んでもらいたい。

| | トラックバック (0)

2018年8月18日 (土)

最近の警察について

大阪府警富田林署で今月12日夜、署の面会室で弁護士と接見した容疑者が逃走。今日に至るまで逮捕されてゐない。しかも報道によると、この容疑者は、これまで四回も逮捕歴があり、今回の逃走中もひったくりを繰り返していると言うという。早く逮捕しにいと何をしでかすが分からない危険がある。

 

広島県警広島中央署(広島市中区)で昨年(平成二十九年)5月、保管されていた詐欺事件の証拠品の現金8572万円が盗まれた事件もいまだに解決されてゐない。額が余りにも大きすぎるのに一年以上経過しても事件が解決しないと言うのは一体どういうことか。内部犯行なか、外部から侵入されて盗まれたのかさえ発表されていない。

 

以上二つの事件は、今日の警察に何か大きな欠陥があるのではないとか思える事件だ。

 

警察に関わることで、次元が異なるがやはり指摘しておかねばならない事がある。

 

小野次郎氏(高いので有名な寿司屋『数寄屋橋次郎』主人・小野次郎氏とは別人)という警察官僚がいる。東大法學部卒業後、警視庁教養課長、鹿児島県警察本部長、警察庁暴力団対策第一課長、内閣総理大臣秘書官(小泉内閣発足時)を歴任したエリートである。

 

何とこの人、日本共産党機関紙『しんぶん赤旗日曜版』本年(平成三十年)五月二十日号の一面に登場し、「秘書官 首相と一体 利害関係者との面会理解できない」というコメントを寄せている。

 

公安調査庁の「ホームページ」によると、「日本共産党は,第5回全国協議会(昭和26年〈1951年〉)で採択した「51年綱領」と「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」に基づいて武装闘争の戦術を採用し,各地で殺人事件や騒擾(騒乱)事件などを引き起こしました。その後,共産党は,武装闘争を唯一とする戦術を自己批判しましたが,革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方によるとする『いわゆる敵の出方論』を採用し,暴力革命の可能性を否定することなく,現在に至っています。こうしたことに鑑み,当庁は,共産党を破壊活動防止法に基づく調査対象団体としています」と書かれている。

 

暴力革命を捨てていない政党の機関紙に元警察官僚がコメントを寄せるというのは許される事なのであろうか。

 

ちなみにこの小野次郎氏は、鹿児島県警本部長時代の平成十一年に、「西郷隆盛を暗殺しようとした男」「郷土に刃を向けた男」「自分を抜擢した恩人である西郷さんを死地に追いやった人物」として、鹿児島県人に長く批判され忌み嫌われてきた初代警視総監・川路利良の銅像を鹿児島県警本部前に建立した人物である。

| | トラックバック (0)

2018年8月 7日 (火)

種子法(主要農作物種子法)廃止に抗議し、同法復活と併せて必要な施策を求める要望書

種子法(主要農作物種子法)廃止に抗議し、同法復活と併せて必要な施策を求める要望書

 

 今年(平成三十年)四月、安倍内閣によって種子法(主要農作物種子法)が廃止された。この種子法は、米麦大豆などの主要農作物の種子の生産と普及を国と県が主体になって行うことを義務付けた法律である。この法律のもとで、これまで国が地方交付税等の予算措置を講じ、県が種子生産ほ場の指定、生産物審査、原種及び原原種の生産、優良品種の指定などを行うことによって、良質な農作物の安価で安定的な供給に寄与してきた。

 

 しかし、安倍首相は、この種子法が、民間企業の公正な競争を妨げているとの理由で、突如廃止を言い出し、国会での十分な審議も経ぬまま、昨年三月可決成立させてしまった。

 

 今後種子法廃止によって、外資を含む種子企業の参入が加速し、種子価格の高騰、品質の低下、遺伝子組み換え種子の流入による食物の安全性への不安、長年我が国が税金による研究開発で蓄積してきた種子技術の海外流出、県を主体にすることで維持されてきた種子の多様性や生態系、生物多様性への影響など、数多くの弊害が危惧されている。

 

 こうした懸念を受けて、「種子法廃止法案」では、付帯決議として「種苗法に基づき、主要農作物の種子の生産等について適切な基準を定め、運用する」「主要農作物種子法の廃止に伴って都道府県の取組が後退することのないよう、・・・引き続き地方交付税措置を確保し、」「主要農作物種子が国外に流出することなく適正な価格で国内で生産されるよう努める」「消費者の多様な嗜好性、生産地の生産環境に対応した多様な種子の生産を確保すること。・・・特定の事業者による種子の独占によって弊害が生じることがないように努める」ことなどが記されているが、どれも努力義務で法的強制力はないばかりか、早くも政府は、この付帯決議の主旨に逆行する政策を推し進めている。

 

 特に、政府が種子法廃止の翌月に成立させた、「農業競争力強化支援法」には、「種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進する」とあり、我が国が長年、税金による研究開発で蓄積してきた「種苗の生産に関する知見」を民間企業に提供することが記されている上に、この「民間事業者」には国籍要件がないため、海外のグローバル種子企業に種子技術が流出し、生物特許による種の支配を通じて我が国の農業がコントロールされかねない。なかでも、世界最大のグローバル種子企業であるモンサントが販売する遺伝子組み換え(GM)種子は、発がん性など、安全性が疑問視されており、国民の健康に及ぼす被害は計り知れない。

 

 上述の通り、安倍首相は、種子法が民間企業の公正な競争を妨げているとの理由で廃止したが、すでに政府は、平成十九年(二〇〇七年)に行われた規制改革会議・地域活性化ワーキング・グループの民間議員から、同様の指摘がなされたのに対して、「本制度が(民間による)新品種の種子開発の阻害要因になっているとは考えていない。」と答弁している。ところがその後、認識を変えたのは、規制改革推進会議の強い政治的圧力が負荷されたためである。すなわち、平成二十八年(二〇一六年)九月に行われた規制改革推進会議の農業ワーキング・グループで「民間企業も優れた品種を開発してきており、国や都道府県と民間企業が平等に競争できる環境を整備する必要がある」という提言がなされ、さらに翌十月には、「関連産業の合理化を進め、資材価格の引き下げと国際競争力の強化を図るため」、「戦略物資である種子・種苗については、国は国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する。そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する」として突如廃止の決定がなされたのである。

 

 問題なのは、この種子法廃止を決定した規制改革推進会議は、単なる首相の一諮問機関に過ぎないにも関わらず、公共政策の決定に関して不当に過大な影響力を及ぼしている事である。特に同会議を構成するメンバーは、一部の大企業やグローバル資本の利益を代弁した民間議員であり、農業問題に関しては「素人」を自称しており、食糧安保や国土保全といった農業の持つ多面的機能への視点が欠落している。従来、農業問題に関しては、農水省が設置し、農業問題の専門家からなる「農政審議会」が審議したが、安倍内閣が創始した内閣人事局制度のもとで、各省が官邸に従属しているとも言われている。

 

 さらに問題なのは、この規制改革会議による種子法廃止は、農協の解体を始めとする、安倍内閣による一連の新自由主義的な農業改革の一環であり、その背景には、アメリカ政府やグローバル企業による外圧の存在があることである。我が国における農業分野での規制改革は、アメリカがクリントン政権以降の「年次改革要望書」のなかで繰り返し要求して来たが、平成二十四年(二〇一二年)に第二次安倍内閣が発足すると、この動きは加速した。平成二十六年(二〇一四年)一月に安倍首相がスイスのダボス会議で規制改革を国際公約した同年五月、在日米国商工会議所(ACCJ)は、「JAグループは、日本の農業を強化し、かつ日本の経済成長に資する形で組織改革を行うべき」との意見書を提出すると、それに歩調を合わせたかのように、政府は「規制改革実施計画」を閣議決定して農協改革を強行した。ACCJはアメリカ政府と企業の代弁機関であり、彼らの狙いは、農業での規制緩和による米国企業の商機拡大と、農協が有する360兆円もの金融資産の収奪に他ならない。このような米国政府やACCJによる外圧は、我が国に対する内政干渉であり主権侵害である。

 

 前述したように、安倍首相は、種子法の存在が、民間企業による公正な競争を妨げ、我が国農業の国際競争力を損なっているとしたが、現状の政府による農家への過少保護政策(例えば、農業所得に占める政府の直接支払割合(財政負担)は、我が国が15・6%に過ぎないのに対して、アメリカは26・4%であるものの、小麦は62・4%、コメは58・2%にも上る。さらにフランスは90・2%、イギリスは95・2%、スイスは94・5%にも及び、欧米に比して極端に低い)を差し置いてそのような主張をするのは全くの筋違いである。

 

 古来、我が国は、「葦原の瑞穂の国」と称され、農業、とりわけ自国民の主食を生み出す稲作を立国の根幹に据えてきた。そのことは、天照大神が天孫瓊瓊杵尊の降臨に際して、皇位の御徴である三種の神器と共に、「斎庭の稲穂」を授けられ、いまも今上陛下は、毎年の新嘗祭において、新米を天照大神に捧げられ、五穀豊穣を感謝されていることにも象徴的に示されている。特に安倍首相は、平成二十四年(二〇一二年)の政権奪還時に、「ウォール街の強欲資本主義」に対して「瑞穂の国の資本主義」を掲げながら、いまでは新自由主義的な農業改革を推進し、その一環である種子法廃止は、「瑞穂の国」を破壊する売国的所業である。

 

以上の趣旨に基づき、安倍首相に対して以下の通り要望する。

 

一、安倍首相は、速やかに種子法を復活し、優良で安価な農作物の安定供給を確保すること。また、先般野党が共同提出した種子法復活法案を成立させること。

 

一、安倍首相は、アメリカやグローバル企業の利益を代弁した規制改革推進会議を即刻廃止すること。

 

一、安倍首相は、二〇一三年に生物特許を禁止したドイツの例に倣い、遺伝子組換え種子に対する生物特許を禁止すること

 

一、安倍首相は、家畜飼料を含む全ての遺伝子組み換え食品への表示を義務化し、意図しない混入率をEU並の0・9%(我が国は5%)未満へと厳格化すること。

残念ながら我が国では「消費者基本法」において、消費者に必要な情報が提供される権利が保障されているにもかかわらず、調味料など、組み換え遺伝子とそれによって生成したタンパク質が含まれない食品への表示義務はなく、主な原材料(重量の多い順で上位三位以内、かつ全重量の5%以上)にしか表示義務がない。また遺伝子組み換え作物の最大の用途である家畜飼料にも表示義務がない。

 

右、強く要望する。

 

平成三十年七月二十六日

 

安倍首相に種子法復活と併せて必要な施策を求める有志一同

(千葉県浦安市当代島一―三―二九アイエムビル5F)

 

(代表)

折本龍則

坪内隆彦

小野耕資

 

(賛同者)

稲村公望

加藤倫之

四宮正貴

高橋清隆

田母神俊雄

西村眞悟

原嘉陽

福永武

前澤行輝

三浦楓

三浦夏南

南出喜久治

村上利夫

 

 

 

 

 

内閣総理大臣 安倍晋三

| | トラックバック (0)

2018年6月 8日 (金)

内憂外患という言葉があるが、今日の日本はまさにこの言葉通りの状況となっている

 内憂外患という言葉があるが、今日の日本はまさにこの言葉通りの状況となっている。

 

 「国軍のない国家は背骨のない豚である」といわれているが、わが国は国軍がないだけではなく、アメリカの軍事力の補完作用しか果たし得ない自衛隊すら邪魔者扱いされている。共産支那という軍事大国、北朝鮮という無法国家・国際テロ国家のすぐそばに位置するわが日本は、常に核攻撃を含む軍事侵略の危機にさらされている。危機における最大の福祉は国防である。しかるに国民にその意識が乏しい。

 

 今日の日本において最も必要なのは、「国軍建設」と「占領憲法破無効確認」と「核武装」である。この三つを「国家意志」「国民の総意」として確立しなければならない。しかし、今日の日本は強い「国家意志」を持っていない。

 

 また、「国家意志」は国民に正確な情報がないと形成されない。ところが国民に正確な情報を伝達すべきマスコミにその意志がない。それどころか、「偏向メディア」は、欺瞞的な平和と民主主義・反戦平和思想に毒され、実質的の敵性国家の手先の役割を果たしてゐる。

 

立憲民主党などの亡国野党は、共産支那・北朝鮮によるわが国に対する軍事的圧迫に対して、何ら具体的方策を示していない。そればかりではなく、テロ防止・治安維持・国家防衛のための法整備・国防安保体制強化に対して狂気の如く反対してきた。のみならず、そしてモリカケ問題・閣僚の失言などに関してまるで天地がひっくり返るような大騒ぎし、安倍総理夫妻や自民党政府を糾弾し、「一強体制を撃ち破る」とか言って、政府攻撃に終始している。全く国家の安全よりも政府転覆の方が大事なのである。

 

我々は北朝鮮、共産支那という外敵そして亡国野党偏向メディアという内なる敵に対して、毅然として戦いを挑まねばならない。

 

それは安倍政権を擁護するためではない。国家民族の安全を守るためである。日本が核武装していれば北朝鮮も支那も日本に軍事的恫喝を加えることはできないのである。日本の核武装を急ぐべきだ。それが達成できるまでは、アメリカとの協力しか日本の安全を守る方策は残念ながら無いのである。

 

立憲民主・共産両党を含めた連合政権ができたら、日本はどうなるのであろう。対外関係だけに限っても、支那と北朝鮮による我が国への軍事的政治的圧迫をはねのけることはできなくなる。志位和夫・蓮舫・小沢一郎・福島瑞穂・辻元清美・山尾志桜里・小川敏夫・長妻昭などという輩が政府閣僚になっている姿を想像するだけでゾッとする。国民はそのことを理解しているので、あれほど安倍自民党が非難攻撃されても、野党の支持率は低迷したままなのであろう。

 

日本国の政治が混迷し不安定になれば、日本は支那の属国になり、軍事的政治的支配下に置かれることとなる。

 

真正保守という言葉がある。これは現状維持という意味の保守ではなく、日本の国柄、伝統、歴史を守るという意味である。「現行占領憲法」の原理を墨守し戦後体制を容認する立場こそ「守旧派」である。真の保守とは言うまでもなく「國體護持」である。

| | トラックバック (0)

2018年5月31日 (木)

日本國體精神と危機打開

 

わが日本は、共産支那の中華帝國主義・アメリカ覇権主義・北朝鮮の暴虐が渦巻く狭間にあって、祖国の独立と安全を守るために必死になって戦はなければならない。

 

しかし、日本がかかる危機的状況に陥ったのは、今が初めてではない。飛鳥・奈良時代も、江戸時代末期も、今日と同じやうな危機に遭遇した。そしてわが國はその危機を乗り切った。

 

飛鳥・奈良時代は、儒教や仏教をはじめとした外来文化・文明が怒涛の如く日本に流入してきた。唐新羅連合軍の侵攻の危機もあった。日本は、日本はそんな波に呑みこまれることなく自立した国家を作り上げ、日本独自の文化と政治を確立した。そして平安時代といふ長きにわたる平和の時代を招来せしめた。

 

日本の歴史の中で長期にわたって続いた平和な時代は、平安時代の三五〇年と江戸時代の二五〇年である。これほど長期にわたって平和を持続させた国家は世界史的にも日本だけである。

 

また、江戸時代末期にも、同じような危機に際会したが、明治維新を成し遂げ、日本の独立を守り、近代化を遂げた。

 

わが国の歴史は、外圧と対峙し、それを克服し、国家民族の独立と栄光を維持し発展させてきた歴史である。

 

その最大の要因は、天皇・皇室を祭祀主と仰いで國の統一と安定を確保するといふ強靭なる日本國體精神である。日本民族が外圧を除去し、外来文化・文明を自由に柔軟に受け容れ、自己のものとしさらに発展させた基盤の中核は、天皇・皇室のご存在である。

 

ナショナリズムとは、外國からの圧力・干渉を排して國家の独立を維持する思想および運動と定義される。運命共同體意識と言ひ換へても良いと思ふ。これは、國家民族の危機の時に澎湃として沸き起こってくるものであり、ごく自然な感情である。危険視したり不潔であるとすることはできない。わが國の歴史を回顧すれば明らかなことであるが、國民の強烈なナショナリズムの沸騰が、民族の独立を守り國家の存立を維持した。

 

言ふまでもないが、ナショナリズムは日本にだけ存在するものではない。世界各國に共通して勃興し存在する。その國・民族・共同體が危機に瀕した時に興起する國家防衛・独立確保の主張と行動である。

ナショナリズムは、歴史意識・傳統信仰と深く結びついてゐる。といふよりも不離一體である。自己の意識の中に民族の歴史を蘇らせることによって、ナショナリズムが形成される。國家的危機に際會した時、それを撥ね退けんとしてその國民がその國の歴史意識・傳統精神を根底に置いて運命共同體意識を結集し、勃興する精神と行動がナショナリズムである。民族の歴史を國民一人一人の精神の中で甦らせ、自己の倫理観・道義観の基本に置くことによって民族の主體性が形成される。

 

わが國が、西欧列強の侵略・植民地支配を受けることなく独立国家として近代化を遂げ発展し得たのは、「尊皇攘夷」を基本思想とした明治維新といふまさに「有史以来未曾有の大変革」を行ったからである。そしてそれが成功した根本的原因は、わが國は肇國以来、天皇を神聖君主と仰ぐ國體観・國家観が確立されていたからである。

 

冒頭に述べたとおり、今日わが國は外圧の危機が顕著になってゐる。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識を回復する以外に無い。今こそ、日本民族の國體精神・歴史意識・傳統精神を我々一人一人の精神の中で甦らせ、國民一人一人の倫理観・道義感の基本に置き、日本民族精神・日本的ナショナリズムが勃興すべき時である。

| | トラックバック (0)

2018年5月26日 (土)

深谷隆司氏の主張

深谷隆司氏の主張をご紹介いたします。

 

            〇

 

761回「伝聞で馬鹿騒ぎ、危機感ゼロの国会」

 

 深谷隆司の言いたい放題第761

 

 「伝聞で馬鹿騒ぎ、危機感ゼロの国会」

 

 近頃の国会の様子を見ると、政治そっちのけで、ひたすら安倍総理追及だけで終始しているように思える。

 

 米朝会談さえどうなるかわからない緊迫した状況の中、政治家に危機感が感じられない。

 

 北朝鮮の金委員長の微笑み外交は一瞬にして変わる。一つ間違えば、存亡をかけた最大の被害を蒙るのは日本である。

 

 そもそも北朝鮮は核実験はやめると言っているが廃絶とは言っていない。

 

 大陸間弾道弾ICBMはやめるがノドン、スカッドをやめるとも言っていない。ICBMの飛距離は5,500kmでアメリカ本土に届く。ノドンは1,500km、スカッドは1,000kmで日本に届く。しかも、ノドン300基、スカッドは800基もあって、いずれも日本に向けてセットされているのだ。

 

 一触即発の危機について国会でどれだけ議論されたのか。日米同盟が唯一の防衛という現状について真剣な議論がされたのか。驚くほどの国会の怠慢ではないか。

 

 愛媛県の新たな文書で、野党の攻勢は一層強まっている。公文書ではない、一職員のただのメモで鬼の首でも取ったような大騒ぎ、あきれるばかりである。

 

 しかも、加計学園が今治市に話した事を県が聞いてメモしたもので、伝聞の又伝聞なのである。まるで伝聞ゲームではないか。

 

 安倍首相が、その平成27225日に加計孝太郎理事長と会って、「そういう新しい獣医大の考えはいいね」と言ったというのだが、安倍首相は理事長に会ってもいないと否定している。

 

 首相官邸の入邸記録は廃棄されて無いが、報道各社の官邸への来客を記録する「首相動静」欄を見ると、25日分に加計氏の名前は無い。ホテルなどでの密会という野党議員がいるが、獣医学部新設がなんら問題になっていなかった頃の事で、ことさら会うことを隠す必要はない時期なのだ。

 

 しかも、それから4ヵ月後の27630日に、安倍内閣は獣医学部新設に関わる厳しい4条件を閣議決定している。「獣医大いいね」の言葉と全く矛盾している話である。当時国家戦略特区担当だった石破茂地方創生担当相の影響で、その名前をとって「石破4条件」と呼ばれている。「誰がどのような形でも現実に参入は困難という文言にした」と獣医師会の会議録に、石破大臣が述べたとも書かれている(石破氏は否定)。これも伝聞なのである。

 

 どうやら加計学園も獣医師会も自分の都合いい内容を記録し、それが次々と伝わっていったということであるらしい。

 

 最近は中村時広という変な知事まで参戦し、職員を信じますと、前知事時代の職員のメモを次々と公表している。県自民党と不仲だとのことだが、ただの「出たがり屋」としか思えない。加戸守行前知事は獣医学部新設のため全力を尽くし、実に国内で52年ぶりに新設を実現させた愛媛県の功労者だが、後継知事なら感謝と敬意の念をもつべきではないか。

 

 一体、首相発言と伝聞とどちらを信じるのかということだが、一国の首相をことさら信じようとしない風潮は残念である。

 

 追求で息巻く野党は、これで審議日程を引き伸ばせると張り切っている。愚かな事だ。

 

 内外共に多くの問題を抱え、特に国家存亡の危機とも思える国際環境の中、いつまで不毛の議論を続けるつもりなのか、もういい加減にしろ!というのが多くの国民の本音ではないだろうか。

 

 

| | トラックバック (0)

2018年5月11日 (金)

誤まれる「戦後意識」を払拭すべし

 

「内憂外患」という言葉があるが、今日の日本はまさにこの言葉通りの状況となっている。日本がこのような状態になった根本原因はどこにあるのか。履き違えた「平和論」と誤った「人権思想」が横行しているところに今日の混迷の根本原因がある。

 

 わが国を弱体化せんとして押しつけられた「亡国憲法」、「偏向教育」、そして低俗にして偏向したマスコミこそが、今日の凄まじいまでの亡国的状況の元凶である。

 

また、「戦後」という言葉が七十年以上も続いている国は日本以外にない。わが国は、「大東亜戦争は日本の侵略戦争だった。日本に勝ったアメリカやソ連、そして迷惑をかけた朝鮮・中国とわが国とは対等の関係ではない」という「戦後意識」に苛まれ続けている。もういい加減にこうした「戦後意識」を払拭しなければ駄目である。

戦前の日本は悪いことしかしてこなかったという「歴史認識」を根本的に改めるべきである。このような日本になってしまったことを護国の英霊はどれほど悲しんでおられるであろうか。 

 

 戦争の残虐行為は付きものなのに、わが国がそれを行ったとして、半世紀もたってからギャアギャア糾弾するという「小さな正義」というよりも「間違った正義」(矛盾した言葉であるがこう言うしかない)によって、国民の祖国に対する誇りを喪失せしめられている。これが日本を駄目にする真の「巨悪」である。

 

 アメリカによる東京大空襲・広島長崎への原爆投下、ソ連による満洲・樺太・千島・シベリアにおけるわが国国民の大量殺戮こそが「残虐行為」「侵略行為」ではないのか。大東亜戦争で最も惨い「残虐行為」「侵略行為」を行ったのは、米ソである。

 

 戦勝国の日本弱体化政策が愈々その効き目を発揮し、わが祖国日本は今日亡国の危機に瀕している。国民も政治家もマスコミも自虐史観・東京裁判史観に呪縛され、自らの国の歴史を冒瀆し、祖国愛を喪失している。

 

 この国の新聞の言論犯罪は、虚偽、独断、独善、偽善、誤謬、作為、一方的主張などの上に成立しているのだが、朝日新聞はその代表格である。朝日新聞の大東亜戦争と現近代史に対する異論排除の一方的偏執的な捏造、歪曲、誇大化、煽動には、真実を追求しようという姿勢はない。

 

 真の自由で民主的な社会は、賢明な民衆と公正な報道感覚をもつメディアと有能な政治が三位一体となることで、あり得べき理想的な姿を示す。しかし、現実は、そういう国家とはなっていない。

 

 東亜解放・民族の自存自衛のための戦いであった大東亜戦争において貴き生命を捧げられた靖国の忠靈を正しく国家の手によってお祀りすることすら行われていない。

 

 自国の歴史を歪曲し捏造してまで、何が何でも自国を極悪非道の国たらしめたいと狂奔する勢力が跋扈している。我々は、祖国再生の決意を固め、こうした異常にして誤った風潮を根底から祓い清めなければならない。

 

 わが祖国は、東洋の君子国として思いやり深く、恥を重んじ、礼儀正しい国として世界に知られていたのである。真に正常なもの、正しいものを回復することが今日もっとも大切である。それがない限りこの国は亡国への道を歩むことになる。

 

| | トラックバック (0)

2018年5月 3日 (木)

國旗を冒瀆する警視庁・承前

昨日論じた警視庁による国旗冒涜問題の続きですが、平成二十年七月の「千駄木庵日乗」の記事を再掲載します。

 

                  〇

 

平成二十年千駄木庵日乗七月八日

畏友・藤田裕行氏から次のようなメールが送られて来た。

「警察庁が、洞爺湖サミットにおける『テロ』対策の演習を行った。その想定のテロリストは、『日の丸の鉢巻きをし、日の丸を掲げて、車両の窓から乗り出す』という姿であった。

その様子は、フジテレビに木村太郎氏、安藤優子氏のニュース番組で、先週か先々週の木か金に、ちょっと報道されたという。

 

『テロリスト』に対しての演習としては、各国の沿岸警備隊が参集して、相模湾であったかで、『テロ対策』の国際演習を行ったことがあるが、その際の『想定』での『テロリスト』は、髑髏マークの旗を掲げていた。これは、良いではないか。各国の沿岸警備隊(警察)も、文句はなかろう。

 

しかし、日本の警察庁が、『サミット』の警備における、想定『テロリスト』に、『日の丸の鉢巻き、日の丸の旗を掲げた、想定、テロリスト』とは、警察庁はどういうつもりだ!?

このメールは、国会議員にも送信させて頂く。

 

私は、およそ、このような『テロ対策演習』は、異常である!!!と問題提起したい。(実は、血が逆流するかと、思ったほどである。)

 

これは、『異常』な感性だと私は素直に思う、警察庁は、いや、日本の国家のために働く、場合によっては、殉職も、国家指導者という要人警護に、自らの命を失うことも当然との立場にあるSPの方々は、直に演習に臨めるような演出なのか!?

 

せめて、国際演習で使われた(前述の)『髑髏マーク』の鉢巻きと旗では、不十分であったのか!!??

 

私は、異様なおどろおどろしい怨念のようなものすら、そこに感じたというのが、直な感想である。

 

 テロリスト対策の演習を、『サミット』前に、警察庁が実施することは、大いに結構。だが、なぜ、その『想定・テロリスト』が、『日の丸の鉢巻きをし、日の丸を掲げる』という演出が、必要であったのか!?なぜ国旗を『テロリスト』の『マーク』に使用しなければならないというような必然性が、あったのか!? 

 

私は、警察庁やその監督にある国家指導者に、このような『自虐的な行為』に、正気で取り組んだのでしょうか!?と、そう問質し、問題提起もしたいのである。」

           ○

全く正しい指摘である。テロは犯罪であり、テロリストは犯罪者であることは言うまでもない。その犯罪行為おこなうテロリストがなにゆえ、日本の国旗である「日の丸」の鉢巻きをし、「日の丸」を掲げる必要があるのか。これはわが国の国旗に対する重大な冒瀆である。北朝鮮や共産支那の警察がそうしたことをしたというのではない。わが国の警察がわが国の国旗を冒瀆したのである。絶対に許されざることである。警察庁長官・警察庁警備局長の責任は重大である。自分の國の国旗を冒瀆することは自分の国を冒瀆することである。自分の国を冒瀆する者どもに國の治安を守る資格はない。

 

 

平成二十年千駄木庵日乗七月九日

午後、警察庁の広報に電話をして、昨日の本欄で指摘した「警察庁が、洞爺湖サミット『テロ』対策の演習で、テロリストに想定した人物に国旗『日の丸の鉢巻きをし、国旗『日の丸』を掲げさせた』とのフジテレビの報道について、質問し抗議しようとしたら、広報の係官は、役職・姓名も名乗らず、「ご意見はご意見として承るが、回答はできない」の一点張り。

 

「回答の出来る人に電話をつなぎなさい」といっても実行しない。しかも同じ答えをテープレコーダーみたいに十回も二十回も繰り返すのみであった。こんなことなら、電話に係官がわざわざ出る必要はない。留守番電話にしておいて、「ご意見はご意見として承りますから、どうぞお話し下さい。回答はできません」と流しておけばいいのである。

| | トラックバック (0)

2018年5月 2日 (水)

國旗を冒瀆する警視庁

本日贈呈して頂いた日本国民党機関紙『しんぶん国民』に次のような記事が掲載されてゐた。

 

「四月十三日、東京江東区で、新たに配属された機動隊員が参加して暴徒制圧の警備訓練が行われた。訓練では『日本』『神風』と書かれた日の丸の鉢巻を巻いた男等が『暴徒役』となり機動隊に鎮圧されていた。この事について警視庁警備部に電話して『日の丸を軽視している』『一体どこの国の警察か』と抗議したら警備部の人物は、『それはあなたの主観でしょう。現にこうしたデモ行進が行われており、そこで暴徒化した人間を取り締まる訓練もあった』と言い訳にもならないぞんざいな返答をして、電話をガチャ切りにした。暴徒役に日の丸をつけさせるのは、日の丸に対する軽視・敵視と見られても仕方がない」(四宮要約)

 

国旗を日の丸持ったデモ隊が『暴徒化した』などということは全く聞いたことが無い。機動隊の取締り訓練で、「暴徒」の役を演じる機動隊員に「国旗」を持たせたり、日の丸の鉢巻きをさせたりする訓練は以前から行われている。

 

首都の治安を守る警視庁の訓練で、違法行為をする集団に、意図的に、国家の象徴たる神聖な「国旗」を持たせるのは許し難い。国旗を侮辱することは、天皇陛下を君主と仰ぐ日本国を侮辱することと同じである。

 

 交番などには祝祭日には国旗が掲げられており、警察は、他の官庁と比較すると、国旗・国歌を大事にしているように思えるのだが、こういうことが今で

も繰り返されるとなると、そうではないということになる。国旗を本当に大切に思っているのなら、暴徒制圧訓練の対象に「国旗」を持たせるなどということができるはずがない。

 

警視庁警備当局は、国会への請願行進でも、国旗を捧持して行進することを禁じている。これもおかしい。国旗を奉持するのと、赤旗を立てるのとの一緒にしているのだ。しかも真正保守の人々の請願行進で参加者が手にする国旗は、

小さな紙製の国旗である。武器になる可能性は全くない。それても駄目だと言う。

 

国旗は、太陽をかたどっている。天照大御神は皇室の御祖先神であらせられると共に太陽神であらせられる。国旗を侮辱することは、すなわち、天照大神を侮辱し奉り、皇室を侮辱したてまつることであり、祖国を侮辱することだ。

 

昭和天皇の御製碑は、全国各地に建てられてゐる。鈴木正男先生の著書『昭和天皇のおほみうた』にその一覧表が掲載されてゐる。それによると、官庁の敷地内に、その官庁のことを詠ませられた御製碑が建てられてゐるのは、東京千代田区の警視庁のみである。

 

警視庁正面玄関には、昭和天皇が昭和五十六年一月十七日に「警視庁新館を見て」と題されて詠ませられた

 

「新しき 館を見つつ 警察の 世をまもるための いたつきを思ふ」

 

といふ御製碑が建てられてゐる。

 

昭和天皇のおかせられては、治安を守る警視庁及び警察官の労苦を嘉せられ、この御製を歌はれたと拝する。しかるに、その警視庁機動隊の「暴走族取締り訓練」において国旗を冒瀆してゐるのである。まことに由々しき事態と言わなければならない。

 

祖国日本の国旗に対するに対する畏敬の念のない権力者及び権力機構は、慎みのない横暴な権力行使をしたり腐敗したり不祥事を起こす。事実、最近そういう事象が頻発してゐる。

 

八年前の平成二十二年十二月、小生の尊敬する古賀俊昭東京都議会議員から、古賀議員が池田勝彦警視總監に提出した「平成二十三年版 警視廳機動隊暦の使用寫眞に潛む『国旗日の丸への敵意』に對する抗議書」が送られて来た。それには次のやうに書かれてゐる。

          ◎

「平成二十三年版警視廳機動隊曆の使用寫眞に潛む『國旗日の丸への敵意』に對する抗議書

警視總監池田克彦殿

毎年、警視廳は機動隊の多様な活動を示す寫眞を使用した曆を發行してゐる。例年通りに十二月に入り、翌年(平成二十三年)の曆を手にして私は、我が目を疑った。八月の頁に使はれてゐる寫眞は、今年八月十五日、東京九段の靖國神社周辺で強行された反日左翼分子・反天連(反天皇制運動連絡會の示威行進に、整然と抗議する都民國民を出動服姿の機動隊が物物しく威壓する光景のものであったからである。國難に一身を捧げられた英靈を慰靈する日に、有らう事か『侵略神社ヤスクニ解体』、『×印の國旗日の丸』等の看板や天皇陛下の骸骨人形を手に手に掲げた極めて異様な反日集團こそ、本來は警備對象とすべきであり、斯かる暴擧に對して國旗を手に秩序正しく抗議する人達が恰も惡事を働く暴徒であるかの如き印象と誤解を一般都民に與へる寫眞が使用されたのであり、怒りと驚きを禁じ得ない。しかも當該曆には、他の頁を探しても暴力によって公共の安全を脅かす左翼組織の不法活動に對する警戒状況を紹介する寫眞は一葉も見當らない。此は巷間指摘される如く、菅改造内閣で國家公安委員長に就任した反日活動家である岡崎トミ子氏に阿諛迎合する意識が警察機構内に釀成されてゐると見做す事も出來るのである。私は當日現場の状況を直接確認してゐるが、警視廳は明らかに『反天連』に対する警備よりも、國旗日の丸を持つ人達に對しては、鐡柵、車輛、機動隊員と三重の行動を規制する措置を行ふ等、國旗日の丸への敵意を感じさせる位、過剰にものであった。當該寫眞からは、國旗日の丸を掲げる事が恰も犯罪であるかのやうな印象と情報が都民國民に傳はる可能性大であり、到底黙視かる訣にはいない。因って、既に配布濟みの平成二十三年版機動隊暦を速やかに回収し、残部と倶に癈棄處分とすべきである。」

          ◎

さらに、古賀俊昭議員は、同年十二月六日に行はれた警視庁の暴走族取締り訓練における、国旗に対する不敬・冒涜行為についても「警視廳に今後の訓練での工夫と事の重大性の認識を求める抗議書」と題する次のような抗議文を提出した。

            ◎

「實戰さながらの訓練とは言へ、國旗を暴走族の紋章であるかの如く、國旗と暴走族を一體に結びつけるのは亂暴過ぎる。暴走族より惡質な所業であり斷固抗議する。平成二十二年十二月十日警視總監殿」 

           ◎

このやうに平成二十二年に警視庁の国旗冒瀆に対して厳しい批判が行われたのに、何の反省もなく八年を経過した今年もまた冒瀆行為が行われたのである。

 

治安維持を担当する官庁が、国旗に対して不敬・冒涜行為を働いているのだ。警視庁による国旗に対する不敬・冒涜行為は、今の日本が如何に劣化してゐるかを如実に示してゐる。治安維持機関が、国旗を冒瀆したのである。まさに日本国は危機に瀕してゐる。

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧