2019年11月21日 (木)

日本伝統精神の今日的意義

「旅は生ける学問なり」といふ言葉がある。徳富蘇峰氏の著書『吉田松陰』の中にある言葉である。まさしくその通りである。文献で分かったつもりでも、實際に神話伝説や歴史に登場する土地に行くと新たなる発見があり、歴史の真實が分かることが多い。

大和の国を旅すると、日本国の生成がまことに麗しい歴史であることを實感します。日本は神々への祭りと祈りが国家生成の根本になってゐる。

神国日本といふのは決して嘘ではない。神国日本とは「神々の御加護とお導きのもとに生まれた国が日本である」といふことだと思ふ。日本国民はそのことに感謝し、有り難く思ふことが大切である。傲慢になったり排他的になってはならないと思ふ。また、日本天皇の国家統治は祭祀と一體である。祭政一致とは神を祭り神に祈りつつ政治を行ふということである。

大和の国を旅すると、神話の世界が今日唯今の日本の国土に中に生き生きと生きてゐるといふことを実感する。まさに「今即神代・神代即今」である。神話とは遥か遠い昔の傳説ではない。今日唯今の生きてゐるのである。太古の祭りが今日も皇室祭祀そして日本各地の神社の祭祀に継承されてゐる。

日本各地の多くの神社に参拝し、自然を愛で、日本国生成の歴史と精神を體感し、日本民族は神々を尊び、祖先を敬ひ、自然と共に生活する、極めて平和的な民族であることをあらためて實感する。日本精神・大和心とは本来、絶対平和精神である。

現代は精神的にも物質的にも大きな困難に直面してゐる。各地で民族紛争・宗教紛争が起こり、資源が枯渇し、自然破壊が進み、人類は不幸への道を歩んでゐるといっても過言ではない。

この根本原因は、砂漠に生まれ、神と人間が隔絶した関係にあり、自然を人間の対立物ととらへ、一つの神・一つの教義を絶対視して他を排除する一神教的思想を淵源としてゐる西洋の文化・文明にあると考へられる。共産主義独裁思想もその亜流である。これを根本的に是正すべき時に来てゐる。

そのためには、自然と共に生き稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀国家・信仰共同體を今日まで保持しつつ、外来文化・文明を受容し、それを昇華洗練せしめた日本の精神傳統が大きな役目を果たすと考へる。

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