2019年4月27日 (土)

来年一月に行われる台湾総統選挙について

本日開催された『アジア問題懇話会』における福島香織氏(ジャーナリスト)による「米中新冷戦構造と台湾―そして日本の対応は―」と題する講演はとても勉強になった。講演を聞き来つつ、小生は次のようなことを考えた。

来年一月十一日に行われる台湾総統選挙で、国民党が勝利する可能性が高いと言う。そうなるといわゆる「中台統一」という名の共産支那による台湾併合の危険が物凄く高まる。習近平は自分の権力基盤の強化にあせっているので、共産支那は相当無理をしてでも台湾併合を実行するだろう。

わが日本にとって最も憂慮すべきなのは、台湾という島国が共産支那の軍事基地になるということである。中華民国陸海空三軍が、「中国人民解放軍」という名の支那アジア侵略軍の指揮下に入るということである。

アメリカは、軍高官に外省人(支那人)が多い台湾軍による軍事情報の共産支那への漏えい、武器の支那への譲渡若しくは売却を今でも警戒しているという。

蒋介石は亡くなった時、「堅守民主陣容」「光復大陸國土」という遺訓を遺した。そして蒋介石は「反攻大陸」を願い続けた。今の国民党はそうした遺訓をすべて無視して、中共と手を結び、事実上の第三次国共合作をしている。まさに台湾は共産支那の支配下に置かれようとしているのである。

然るに日本は対南北朝鮮に比較すると、台湾に対する関心は薄い。特に問題なのは、自民党・公明党に「親中派」が多いということだ。公明党は党を挙げて「親中」だし、自民党は二階幹事長・福田元首相という大物が親中派である。自民党政府も、メディアも、共産支那によって不当に拘束されている多数の日本人の解放要求を全く行わない。沈黙を決め込んでいる。そして国民大多数もこの事に全く無関心である。

来年一月の総統選挙に国民党が勝利し、中台統一が実現すると、台湾は支那の一部になる。つまり中華人民共和国台湾省になるのだ。台湾は共産支那の軍事基地となり、支那は太平洋に自由に軍事進出できるようになる。そして共産支那の「太平洋を米中で二分割する」の野望を達成するのである。そうなったら日本はどうなるのか。

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2019年3月 2日 (土)

日本人は、民族自決の大義の上から、共産支那による「台湾統一」という名の台湾侵略支配を阻止し、台湾独立を支持しなければならない

 

明治天皇御製

 

「新高の 山の麓の 民草も 繁りまさると 聞くぞ嬉しき」

 

台湾人はかつては、天皇の民であり、帝国臣民であった。また今日は東亜同胞である。私は台湾人に対して、無上の親近感と敬意と感謝の念を持っている。

 

その台湾人数万人を虐殺したのが、蒋介石国民党の軍隊である。台湾人は、台湾にやって来た支那人・国民党の暴虐と圧政に抗し、大和魂を奮い立たせて、支那人と戦い、虐殺されたのである。それが二・二八事件の本質である。私は、台湾独立が正義であると信じる。

 

現在および将来の日台関係とアジア情勢を考える時、日台の絆は、政治・軍事・文化・経済などあらゆる面で強固なものにしなければない。

 

「台湾独立とは一体どういうことか」という定義が問題である。台湾独立の定義・概念は、台湾人の台湾建設につきると思う。今日台湾はいまだに「中華民国」を名乗り「中華民国憲法」を持っている。これでは真の独立とは言えない。それどころか、共産支那の武力侵攻に「国内問題だ」という正当性を与えてしまう。

 

今、台湾に生活している二千万人の人々の運命共同意識が台湾の民族意識ということになる。台湾国内のエスニックの対立が融合の方向にあるのは良いことである。しかし、支那大陸に呑み込まれてしまうことを台湾人が望むとはとても思えない。事実、台湾人意識の方が支那人意識より圧倒的に強い。台湾が独立をすることによって、支那の台湾併吞を防ぐことが出来るのである。やはり台湾独立が正義である。

 

民族とは「言語、地域、経済生活、及び文化の共通性のうちにあらわれる精神の共通性・運命共同意識を基礎として、時間的経過の中で歴史的に構成された人々の堅固な運命共同体である」といわれている。民族と人種とは異なる。台湾人と支那人は、歴史・伝統・文化・言語・基本的生活様式・運命共同体意識が異なっている。台湾人は支那人とは異なった民族である。ゆえに、台湾は民族自決の原則にしたがって支那の支配下から独立するべきなのである。

 

さらにいえば、明朝において、台湾は明の領土でなかったことは明代の地図に明らかであるし、明朝はオランダの台湾占領と領有に同意している。また清朝においても、台湾は清の植民地であり移住民の島であったに過ぎない。明治六年、わが国の沖縄漁民が台湾に漂着して台湾先住民(いわゆる高砂族)に捕らえられて殺害されたことについて、日本政府は、清国に問責すると、清国政府は「台湾は王化(注・清の皇帝の影響下にあること)の地ではなく、その民は化外(注・清の影響下の外)の民である。……その乱暴あるいは無礼に対して責任を負うことはできない」と陳述した。

 

日清戦争後、「下関条約」によって台湾は日本に割譲された。そして終戦まで五十一年間日本が統治した。この間台湾は近代化が行われ発展を遂げた。

 

本来なら、台湾は大東亜戦争終結時において独立を獲得すべきだったのだ。しかしそうはならなかったところに最大の悲劇がある。一九四三年十二月一日、ルーズヴェルト米大統領、チャーチル英首相、蒋介石中華民国総統による『カイロ宣言』に、「満洲、台湾及び澎湖島のような日本が清国人から盗取した全ての地域を中華民国に返還する」と書かれたことにより、戦争終結後、蒋介石軍が台湾に入って来て、台湾を「支那領」にしてしまった。

 

しかし、この『カイロ宣言』は戦勝国同士がその分け前を談合した勝手な取り決めに過ぎず、国際法上何の効力もない。第一、台湾は日本が清国から盗取したものではない。日清戦争の結果、条約に基づいて割譲を受けたのである。つまり、国際法上も、台湾は中華民国や中華人民共和国の領土ではないのである。

 

一九四七年二月二十八日に起こった密輸タバコ取締りに端を発した反国民党暴動・「二・二八事件」は、台湾人の「反支那感情」「反国民党感情」の爆発である。台湾人たちは勇敢に戦い、最初は優勢のうちに戦いを進めた。「汚職の一掃・台湾人の自治拡大要求」を根幹とした要求を国民党に突きつけた。ところが、三月八日、大陸から約一万三千人以上の国民党軍応援部隊(戦争直後に来た兵隊たちと違ってアメリカ式の装備を付けた精鋭部隊)が台湾に上陸し、無差別の機関銃掃射を行った。また、事件に参加した者は勿論、多くの台湾人有識者・知識人・指導者などが逮捕・拷問・虐殺された。国民党軍による殺戮の犠牲者は、国民党政権側の発表によっても、その数・二万八千人となっているという。実際には、四万とも五万とも言われている。

 

大陸を追い出されて台湾にやって来た中華民国政府は亡命政権であり、台湾人にとっては外来政権であった。台湾は、戦後五十年間、「中華民国」という名の亡命政権・外来政権の残忍な植民地支配下にあったのである。今日「統一」という名の共産支那の台湾侵略支配が現実のものとなれば、「中華人民共和国」という名の新たなる外来政権による植民地支配の始まりとなるのである。

 

ともかく二・二八事件とその後の暴虐なる恐怖政治によって、台湾人から「支那は日本の統治から台湾を『解放』してくれたわが祖国」という感情は雲散霧消し、「我々は支那人ではない」「支那人にはなりたくない」という自覚が強くなった。ナショナリズムは外部からの圧力を排して民族の独立を勝ち取ろうとする国民的規模の精神と行動である。二・二八事件とその後の長期にわたる国民党政権による植民地支配という歴史が、台湾人ナショナリズムを勃興させたのである。

 

二・二八事件以来今年で七十一年を経過した。この間に台湾人は、「台湾は支那とは全く異なった民族であり国家である」という国民的規模の台湾人ナショナリズム・台湾民族精神が強固に確立された。台湾人のナショナリズムは、今日、将来の台湾独立・建国へ向けて強固になっている。我々日本人は、民族自決の大義の上から、共産支那による「台湾統一」という名の台湾侵略支配を阻止し、台湾独立を支持しなければならない。

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2018年11月27日 (火)

台湾の選挙結果を見て

台湾の中間選挙の結果は民進黨の惨敗となった。そして次の総統選挙で国民党が政権に復帰する可能性が大であるという。

 

第三次国共合作はもうできている。台湾軍部が未だに国民党の軍隊であるとすれば、支那軍の侵略と戦うことはない。共産支那軍の軍事侵略に「国民党の軍隊」が協力する危険さえ皆無ではない。台湾政府の官僚に国民党員が多いとすれば、台湾軍の将官クラスも国民党員がまた圧倒的に多いのではないか。共産支那の台湾侵略・併呑が成功し、台湾が中華人民共和国台湾省になる危険がある。

 

私は、台湾が民主化したら、すぐ独立すると思っていた。しかしそれは安易な考えだった。そうはならなかった。

 

台湾で問題なのは、未だに憲法が「中国製」(中華民国憲法)であり国歌も「中国製」(青天白日満地紅旗)であることである。これでは何時までたって支那の軛から脱することはできない。

 

一日も早く「中華民国体制」を打倒しなければならない。また地名も中山北路・南京東路・林森北路など大陸や国民党に由来する地名がつけられている。国名・国歌・地名などはすぐ変えられると思うだが、民進党政権下でも変えられることはなかった。

 

台湾の安全は日本の安全に直結する。台湾独立は外来者統治を終わらせ、台湾人たちが自分たちの憲法体制と法体系をもって台湾の問題を解決することである。台湾の独立とは台湾における戦後体制打倒である。日本が「講和条約」によって独立したように、台湾も完全独立を果たさねばならない。根本的には、し、台湾人の自覚と決意にかかっている。

 

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2018年8月29日 (水)

台湾独立について

 

台湾が中華人民共和國の一つの省になったら日本はどうなるかという悪夢を仮定して考えると、わが国が台湾に対していかなる姿勢に立つべきかが明確になる。台湾は日本が放棄しただけで、「中華民國」「中人民共和國」に渡したわけではない。『日中共同声明』でわが国政府は、「台湾が中國の領土だということを十分に理解し尊重する」と日本は言っている。しかし、「台湾が中國の一部であると承認する」とは言っていない。

 

 

 

國民党は戦後日本が引き揚げた後、日本人が孜孜営営と築いた財産を接収し、自分たちものにした。二・二八事件及びその後の大粛清によって、日本統治時代生まれの台湾各界の指導者は、殆ど虐殺された。二・二八事件の時、国民党は、鎮圧部隊(第二十一師団)を派遣し、同部隊は台湾上陸後、大虐殺を行った。三万人以上が殺されたという。殆どが知識人と大学生、高校生ばかりだった。『二・二八事件』大虐殺は、基本的には支那人の台湾人に対する『知識人狩り』であり、台湾のエリート階層に対しての殲滅戦争であった。その後ながく続いた白色テロもその延長だ。

 

 

 

日本統治時代は、法治社会はほぼ出来上がり、裁判は公平に行われていた。しかし、外来支那人支配時代は、蒋介石・経国父子の人治政治であり、白色テロによる強権政治であった。

 

台湾人は有史以来、ずっと外来支配者(オランダ・鄭成功一族・清朝・日本・蒋介石政権)に統治されつづけてきた。この運命からの解放、脱出への願望が、戦後、支那人との文化摩擦と『二・二八事件』という共同の歴史記憶を通じて、反中華の民族意識を生み出し、国民党=支那人の統治によって台湾人の民族意識を再確認したのである。

 

 

 

台湾は完全独立を達成できないでいる。国旗は青天白日旗、国歌は三民主義を讃える歌である。何よりも憲法が「中華民国憲法」なのだ。つまりいまだに戦後の占領体制下にあると言っていい。

 

台湾独立は外来者統治を終わらせ、台湾人たちが自分たちの憲法体制と法体系をもって台湾の問題を解決することである。台湾の独立とは台湾における戦後体制である。日本が「講和条約」によって独立したように、台湾も完全独立を果たし、日本などの国々と和平条約を結ばなくてはならない。

 

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2018年3月 5日 (月)

台湾独立論

 民族とは「言語、地域、経済生活、及び文化の共通性のうちにあらわれる精神の共通性・運命共同意識を基礎として、時間的経過の中で歴史的に構成された人々の堅固な運命共同体である」といわれている。民族と人種とは異なる。台湾人と支那人は、歴史・伝統・文化・言語・基本的生活様式・運命共同体意識が異なっている。台湾人は支那人とは異なった民族である。ゆえに、台湾は民族自決の原則にしたがって支那の支配下から独立するべきなのである。

 

 さらにいえば、台湾は今まで「支那の一部」ではない。明朝において、台湾は明の領土でなかったことは明代の地図に明らかであるし、明朝はオランダの台湾占領と領有に同意している。また清朝においても、台湾は清の植民地であり移住民の島であったに過ぎない。明治六年、わが国の沖縄漁民が台湾に漂着して台湾先住民(いわゆる高砂族)に捕らえられて殺害されたことについて、日本政府は、清国に問責すると、清国政府は「台湾は王化(注・清の皇帝の影響下にあること)の地ではなく、その民は化外(注・清の影響下の外)の民である。……その乱暴あるいは無礼に対して責任を負うことはできない」と陳述した。

 

 日清戦争後、「下関条約」によって日本統治下にはいった。そして終戦まで五十一年間日本が統治した。この間台湾は近代化が行われ発展を遂げた。

 

 本来なら、台湾は大東亜戦争終結時において独立を獲得すべきだったのだ。しかしそうはならなかったところに最大の悲劇がある。一九四三年十二月一日、ルーズヴェルト米大統領、チャーチル英首相、蒋介石中華民国総統による『カイロ宣言』に、「満洲、台湾及び澎湖島のような日本が清国人から盗取した全ての地域を中華民国に返還する」と書かれたことにより、戦争終結後、蒋介石軍が台湾に入って来て、台湾を「支那領」にしてしまった。

 

しかし、この『カイロ宣言』は戦勝国同士がその分け前を談合した勝手な取り決めに過ぎず、国際法上何の効力もないのである。第一、台湾は日本が清国から盗取したものではない。日清戦争の結果、条約に基づいて割譲を受けたのである。つまり、国際法上も、台湾は中華民国や中華人民共和国の領土ではないのである。

 一九四七年二月二十八日に起こった密輸タバコ取締りに端を発した反国民党暴動・「二・二八事件」は、台湾人の「反支那感情」「反国民党感情」の爆発である。台湾人たちは勇敢に戦い、最初は優勢のうちに戦いを進めた。「汚職の一掃・台湾人の自治拡大要求」を根幹とした要求を国民党に突きつけた。ところが、三月八日、大陸から約一万三千人以上の国民党軍応援部隊(戦争直後に来た兵隊たちと違ってアメリカ式の装備を付けた精鋭部隊)が台湾に上陸し、無差別の機関銃掃射を行った。また、事件に参加した者は勿論、多くの台湾人有識者・知識人・指導者などが逮捕・拷問・虐殺された。国民党軍による殺戮の犠牲者は、国民党政権側の発表によっても、その数・二万八千人となっているという。実際には、四万とも五万とも言われている。

 

 大陸を追い出されて台湾にやって来た中華民国政府は亡命政権であり、台湾人にとっては外来政権であった。台湾は、戦後五十年間、「中華民国」という名の亡命政権・外来政権の残忍な植民地支配下にあったのである。今日「統一」という名の共産支那の台湾侵略支配が現実のものとなれば、「中華人民共和国」という名の新たなる外来政権による植民地支配の始まりとなるのである。

 

 ともかく二・二八事件とその後の暴虐なる恐怖政治によって、台湾人から「支那は日本の統治から台湾を『解放』してくれたわが祖国」という感情は雲散霧消し、「我々は支那人ではない」「支那人にはなりたくない」という自覚が強くなった。ナショナリズムは外部からの圧力を排して民族の独立を勝ち取ろうとする国民的規模の精神と行動である。二・二八事件とその後の長期にわたる国民党政権による植民地支配という歴史が、台湾人ナショナリズムを勃興させたのである。

 

 二・二八事件以来今年で七十一年を経過した。この間に台湾人は、「台湾は支那とは全く異なった民族であり国家である」という国民的規模の台湾人ナショナリズム・台湾民族精神が強固に確立された。台湾人のナショナリズムは、今日、将来の台湾独立・建国へ向けて燃え盛っているのである。我々日本人は、民族自決の大義の上から、共産支那による「台湾統一」という名の台湾侵略支配を阻止し、台湾独立を支持しなければならない。

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