2020年8月30日 (日)

暴力革命政党日本共産党を叩き潰せ!

以前、衆議院本会議で安倍晋三総理は、日本維新の会の議員から共産党が提唱する野党連合政権に関連し、「共産党が破壊活動防止法の調査対象となっている理由」について質問を受けた。

安倍総理はこれに対し、「現在においても、いわゆる“敵の出方論“に立った暴力革命の方針に変更はないものと認識」と答弁した。さらに安倍総理は、共産党が過去に「暴力主義的破壊活動を行った疑いがある」とした。

日共の志位和夫委員長はこれに反発し「全く根も葉もない誹謗中傷をやることに対して断固として私は抗議をし、また総理に答弁の撤回を求めたい」と語った。

 志位委員長は、党の綱領に「平和的な手段で議会の多数を得て社会変革を進める」と明記されていると強調。野党連合政権に対して「まともな批判ができない」とも指摘しました。さらに立憲民主、共産両党は、安倍晋三総理の答弁を撤回するよう自民党に求めた。共産の穀田恵二国対委員長は記者団に「事実に基づかない誹謗(ひぼう)中傷は許せない」と述べた。

共産党が結党以来暴力革命運動を肯定し、実行して来たのは明々白々たる事実である。これを否定することは共産党がいかに嘘つき政党であるか、黒を白と言いくるめる邪悪なる政党であるかを自ら証明する行為だ。共産党の体質は全く変わっていないのである。

 共産党の志位和夫は、記者会見で「(暴力革命路線は・注)党が分裂した時期に一方の側がとった誤った行動があった」としつつ「党の方針として破壊活動を行使、実行したことはない」と述べた。

さらに「権力側の出方によっては非平和的手段に訴える」との理念とされる敵の出方論に関しては「革命のプロセスで平和的な革命を追求していくという立場からのもので、暴力革命とはまったく無縁だ」と強調した。

穀田氏は敵の出方論について記者団に、「民主主義を破壊した行為に対し、民主主義の世論で抑えるということを総称して言っている」と説明した。

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だった。北朝鮮・共産支那・ソ連の韓國武力侵攻と同時期に日本國内で朝鮮総連と共に武力闘争を展開したのが日本共産党である。昭和二十五年の北朝鮮・共産支那・ソ連による韓國侵略開始即ち朝鮮戦争の勃発・コミンフォルム批判以後、日共はわが國内で凄まじい武装闘争を展開し、武装闘争・火炎ビン闘争を実行して北の侵略を支援した。また白鳥警部射殺事件、大須騒擾事件などを引き起こすなど暴力的破壊活動を展開した。共産党員の多くは、「中核自衛隊」「山村工作隊」として、火焔ビンや時限爆弾などで武装して破壊活動を起した。さらに、日共が朝鮮総連と一緒になって、平事件・皇居前メーデー事件・吹田事件などの数多くの騒擾事件・集団暴力事件を起した。

ソ連や共産支那の指令に基づいて、日本共産党が日本國内で暴力革命路線を突っ走ったのは、日本に駐留してゐた米軍が、ソ連・中共・北朝鮮による韓國侵略(朝鮮戦争)を阻止できないやうにするための後方撹乱の役割を担ったのだ。つまり、日共はソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった。その罪は永遠に消し去ることはできない。日共・朝鮮労働党・支那共産党は同根であると言ふよりも全く同じ組織なのだ。
ソ連共産党の指導者・レーニンは、「プロレタリア独裁とは、直接に暴力に依拠し、どんな法律にも束縛されない権力のことである。プロれタリアートの革命的独裁とは、ブルジョアジーに対するプロレタリアートの暴力によって戦いとられ支持されるところのどんな法律にも束縛されない権力でもある」と論じた。

これが共産主義革命思想の根幹なのである。共産党は、「リベラル」どころか「自由」とは圧殺する政党であることは明白である。人間が本来的に享受すべき「自由」を圧殺する思想・システムが共産主義なのである。法の支配も三権分立も立憲政治も根底から否定されるのだ。

共産主義集団の指導者、共産主義国家の独裁者が、反対者に対して苛酷にして残虐なる弾圧・粛清を行ってきているのは、かかる理論に基づくのである。習近平も金正恩もその典型である。

共産党は、「党が分裂した時期に一方の側がとった誤った行動があった」としつつ「党の方針として破壊活動を行使、実行したことはない」などと言っている。しかしこれは、暴力革命闘争を実行した責任を徳田球一氏だけにかぶせただけのことだ。むしろ当時の共産党の徳田派は主流派であり圧倒的多数を占めていたのだ。徳田死去後もながく中央委員会議長を務めた野坂参三もその一人であった。

しかも暴力革命路線に積極的に加担しになかったという宮本顕治も、「日本革命の平和的発展の可能性を提起することは、根本的な誤りとなる。従って、議会を通じての政権獲得の理論も同じである」(共産党機関誌『前衛』昭和二十五年五月)と書いて暴力革命を扇動したのだ。

ともかく志位と穀田は大ウソつきであり、こういう大ウソつきはまたまた暴力革命路線に帰り実行する危険が大いにある。だから破壊活動防止法の監視団体なのだ。こんな政党をかばい、共闘しようという立憲民主党は断じて許してはならないし、このような政党が連立政権を組むことは絶対に阻止しなければならない。

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2020年8月 9日 (日)

第二次大戦の最大侵略國はロシア・ソ連であった

第二次世界大戦の結果、最も利益を獲得したのはソ連である。アジアにおいてもヨーロッパにおいてもソ連は、その勢力範囲を飛躍的に拡大した。ソ連を護りソ連の國家戦略に協力するための謀略をわが國において行なったのがリヒャルト・ゾルゲであり、尾崎秀實であり、朝日新聞である。 

ソ連は、わが國と締結してゐた『日ソ不可侵中立条約』を一方的に踏みにじり、日本及び満州に侵攻して来た國である。そして、多くの日本國民を殺戮し、強姦し、数十萬同胞をシベリアに拉致し、強制労働を課して十数萬人を殺した國である。且つ、南樺太全千島といふわが國固有の領土を奪った國である。

このやうな悪逆非道の國から、一九六四年に『ソ連邦英雄』の称号を与へられたゾルゲとその手先の尾崎を、われわれ日本國民は永遠に許してはならないのである。

尾崎の罪の深さはわが國においてソ連のためにスパイを行なったことだけではない。彼は、わが國を戦争へと追ひ込む謀略活動を行ひ、わが國を未曾有の敗戦に導いた要因を作った民族の裏切り者である。尾崎秀實は、近衛内閣嘱託といふ立場を利用して、わが國の世論や近衛内閣の政策決定に影響を与へ、支那事変・日米開戦を煽動し、わが國を敗戦へと導いた。

これは、レーニンの「社會主義の勝利にいたるまでの基本原則は資本主義國家間の矛盾対立を利用して、これら諸國を互ひにかみ合はすことである。」(一九二〇年十一月、モスクワ共産党細胞書記長會議)といふ戦略、そして一九三五年にモスクワで開催された『第七回コミンテルン大會』において決定された「米英と日独といふ資本主義國家同士を戦はせて、双方とも疲弊させ、ソ連への圧迫を排除して上で、米英を打倒してソ連の世界制覇を實現する」といふ戦略に基づくものであった。

さらに昭和七年(一九三二年)八月~九月のコミンテルン第一二回総會が行なった決議は、米英仏日独といった『帝國主義列強』を互ひに対立させ、戦争に追ひ込め、といふ戦略指令であった。日本について言へば、①日本を米國との戦争へ追ひ込め、②日本がソ連を攻撃するのを阻止せよ、といふことが書かれてゐたといふ。

ソ連共産党の謀略機関も、ソ連政府の外交機関も、この目標に向けて一斉に活動した。ゾルゲ機関は、日本の政治中枢や軍部へ浸透を図って米國との対決路線に追ひ込み、また、マスコミにも、反米英を主軸とした排外主義(『鬼畜米英』)を吹き込んだ。一方、米國内でも、ソ連の手先によって排日機運の盛り上げが工作されてゐた。

ソルゲと尾崎などのコミンテルンのエージェントたちは、当時わが國内で澎湃と湧き起こって来てゐた「國家革新」「東亜解放」といふ正義の主張をたくみに利用して、日本がソ連よりもアメリカ・イギリスを主敵とし、ソ連と戦ふよりも「米英を撃つべし」といふ世論を煽った。『革命の祖國・ソ連』を守る為に日本を「北進」させてはならず、そのために「南進論」を煽ったのである。また、日本と蒋介石政権の和平を図る動きを妨害したのもゾルゲと尾崎である。その協力者が、第一次近衛内閣の書記官長・風見章であった。風見章は戦後何と左派社会党の国会議員になった。そして「日ソ友好」に狂奔した。彼は革新的共産主義者だったのである。この点で近衛文麿の責任は實に大きい。

わが國と蒋介石政権が全面戦争に突入した原因である西安事件も蘆溝橋事件も、ソ連と中共の謀略であったことは今日明らかになってゐる。張作霖爆殺事件もその真の下手人はソ連であるといふ説がある。

かくて、日本軍部の進路は米英との対決以外になくなり、日本がナチスドイツと呼応してソ連を挟撃する恐れもなくなった。ゾルゲ機関を駆使したソ連共産党の謀略は完全に成功したのである。そしてソ連は大戦終了後、ヨーロッパにおいてもアジアにおいても即ちユーラシア大陸において大幅に領土と勢力圏を拡大したのである。第二次大戦の最大侵略國はロシア・ソ連であった。

今日においても、侵略国家ロシア、共産支那の手先になってわが国内で蠢動してゐる協力者が存在する。

ともかく昭和二十年八月九日は、旧ソ連即ち今日のロシアによる侵略か開始された日である。そして南樺太全千島が奪われ、多くの日本人同胞が殺戮された。さらに支那大陸・北朝鮮の共産化し、その惨禍は今日唯今に及んでいるのである。このことを我々日本人は永遠に忘れてはならない。

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2020年7月27日 (月)

日本共産党の「日本國體論」は全く間違っている


日本共産党の「日本國體論」は全く間違っている

「日本國體」とは「日本は祭祀主であらせられる天皇を君主と仰ぐ神々のいますの国」ということである。日本国民は八百万の神々の子孫であるから、「天皇中心の神の国」という國體を守ることは、国民を守ることである。そもそも、日本天皇と日本国民は対立する権力関係にあるのではない。天皇と国民とは、民の平安と五穀の豊饒そして世界の平和を祈って行われ<天皇の祭祀>を基とした信仰的一体関係にある。

 共産党はこのような天皇を中心とした伝統的な信仰共同体即ち日本國體を破壊しようとしている。森総理の國體発言は当たり前のこと・歴史上の事実を述べたのである。

 日本國體とは、天皇を中心とした精神的信仰的生命的な共同体のことである。単なる「国家の体制」のことではない。「体制」とは、「ものの組み立てられた状態」という意であり、単に組織、機構、機関、組織、システムのことである。つまり、「国家の体制」とは、無機的な権力機構としての国家組織のあり方、即ち統治権力の運用する仕方に関する形式のことである。これは「政体」と表現すべきであって、國體を「国家の体制」と表現するのは絶対的な誤りである。

 國體とは、日本国の国柄・国の本質のことを言う。三潴信吾氏は、「國體とは、各国家の国柄、品格のことをいふのであって、その国の成立事情によって定まる」「我が国にあっては、皇祖を日の神(天照大神)と仰ぎ、その和魂を継承されつつ、一切の天神地祇、八百万神々を祭り、これといよいよ一心同体たらせ給ふ天皇が、御代々を通じて御一人(一系)として天下を治ろしめすといふ國體を保有してきた」「政体とは、政治権力の組織制度のことを云ふ。」(『國體と政体について』)と述べられている。

 小森義峯氏は、「國體とは、平たくいえば、『くにがら』という意味である。その国をその国たらしめている、その国の根本的性格をいう。」「皇祖天照大神と霊肉共に『万世一系の天皇』を日本国の最高の権威(権力ではない)の座に頂き、君民一体の姿で民族の歴史を展開してきた、という点に日本の国柄の最大の特質がある。」(『正統憲法復元改正への道標』)と述べておられる。   
         
 「國體」と同じ意義の「国柄」という言葉は、萬葉の代表歌人・柿本人麿が文武天皇の大御世(西暦七〇七年頃)に「讃岐の狹岑(さみね)の島に石の中の死(みまか)れる人を視て」詠んだ長歌に使われている。
 
それには、「玉藻よし 讃岐の國は 國からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月とともに 滿(た)りゆかむ 神の御面(みおも)と 繼ぎ來(きた)る……」と歌われている。「(玉藻よし)讃岐の國は國柄のせいか、見ても飽きることがなく、神のみ心によってか、かくも貴い。天地と日と月と共に完全円満である神の御顔として、太古から傳えてきた……」というほどの意である。
 
これはわが國の傳統的な自然観に基づく國土讃歌である。「國からか」は國そのものの性格のせいかという意。「から」は人柄の「柄」と同意義である。「神からか」は、日本の國土は伊耶那岐命と伊耶那美命がお生みになったという神話に基づいた表現で、神の御性格のままにという意である。
 
「神の御面」は、神のお生みになった日本の國土は神のお顔だということ。この表現は、「四國は体は一つ、顔は四つ」という日本神話の傳承に基づく。『古事記』國生み神話の、「次に伊予の二名(ふたな)の島を生みたまひき。この島は身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。かれ伊予の國を愛比売(えひめ)といひ、讃岐の國を飯依比古(いひよりひこ)といひ、粟の國を、大宜都比売(おほげつひめ)といひ、土左の國を建依別(たけよりわけ)といふ」という傳承を歌っている。ここに自然を神として拝ろがむ人麿の神話意識が表白されている。日本人にとって『神代』は遠く遥かな過去の時代のことではなく『今』なのである。
 
さらに柿本人麿は、輕皇子(かるのみこ・後の第四二代・文武天皇)がの安騎野(あきのの・奈良県宇陀郡大宇陀町一帯の山野)へ行幸された時に、
 「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子(みこ) 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせすと……」(やすらけくたいらけく四方八方を御統治あそばされるわが大君、高く照らすわが日の神の皇子は、神様であるままに、神様らしく振る舞はれるべく……という意)
と歌った。

 「やすみしし わが大君」は、萬葉仮名では「八隅知之」と書かれてゐる。「四方八方を知る」といふ意である。「天皇は空間的に日本國の四方八方をしろしめしたまふ」といふことである。或いは、「安見知之」とも書く。これは「やすらけくこれを見、知る」といふ意で、「天皇は空間的にたいらけくやすらけく日本國をしろしめしたまふ」といふことである。

 「高照らす 日の皇子」は、「高く照っておられる日の神の皇子」といふ意である。これは、日の神であらせられる天照大神が、生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせたまひて天の下を統治せよと御命令になって以来、邇邇藝命の子孫である天皇が日本國を統治されてゐるといふ時間的事実をいった言葉である。
 つまり、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句表現は、現御神として日本國を時間的に空間的に統治される天皇の御本質を、神話的・詩的に美しく表現した言葉なのである。かうした表現は、『日本書紀』の歌謡の中に現れ、『古事記』では景行天皇記の日本武尊の御歌の中に「高光る 日の御子」といふ言葉がある。

 天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は太陽神を祭られる<天皇の祭祀>である。

 このような古事記・萬葉以来の我が国の精神伝統が、「日本は祭祀主であらせられる天皇を君主と仰ぐ神々のいますの国」とする「國體」「国柄」なのである。戦前も戦後も、さらに古代以来今日に至るまで日本國體は変わっていない

 共産党が主張する「國體とは戦前の天皇主権の国家体制を表す言葉で、治安維持法のキーワードだった」という主張は全く誤りである。『帝国憲法』の何処にも「天皇に主権がある」などとは書かれていない。そもそも、「国家の意思を最終的に決定する権力」という意味での「主権」なる概念と言葉は、天皇中心の神の国である日本には全くそぐわないのである。 

 戦前も戦後もさらに言えば古代以来今日に至るまで、「日本は祭祀主であらせられる天皇を君主と仰ぐ神々のいますの国であることは明白であり、戦前の國體と戦後の國體とは本質的には変わっていない。
 『終戦の御詔勅』に「茲に國體を護持し得て」と示されているように、わが国は大東亜戦争の敗れた後も、天皇中心の國體は護持された。

 戦前の國體論の代表的なものは、文部省思想局で編まれ、昭和十二年三月三十日に文部省から発行された『國體の本義』であろう。編纂委員は、山田孝雄・久松潜一・佐久知荘一・山本勝市・井上孚麿の各氏ら当時の国文学・国史学・憲法学などの権威であり、学問的価値のある文献である。

 その冒頭に「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の國體である」とある。これは記紀・萬葉以来のわが國體の道統を端的に表現している。そしてそれは今日においても全く変わっていないのである。

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2020年7月15日 (水)

共産主義国家の歴史は、悲惨と混乱と自由圧殺、そして権力抗争と殺戮の歴史しかなかった。この歴史を否定することはできない。

昭和二十三年御徒町生まれの写真家杉本博司氏が、「日本経済新聞」令和二年七月九日号に「私の履歴書」を執筆し、次のように書いている。

「私は(一九七十年頃アメリカから・注)一度日本に戻り横浜から船で津軽海峡を横切り、ウラジオストクに着いた。そこからシベリア鉄道でモスクワへと向かったのだが、二日目に機関車が故障、立ち往生した揚げ句軍用機に乗せられた。暖房はなく、プロペラエンジンから暖気を取る太いチューブが通路に引きずり出され、乗客はそのチューブに張り付いて凍えないようにした。ほうほうの体でたどり着いたモスクワは暗かった。郊外の安ホテルで目を覚ますと人々が長蛇の列を成している。よく見るとリンゴを買うための列だ。私が一瞬夢みた共産主義の理想は全く機能していなかった。モスクワからチェコスロバキアと暗い旅は続いた。横浜を出て二か月ほど経っただろうか、ようやく西側のウイーンに着いた。その晩私は天井桟敷でモーツァルトのオペラ、ジョン・ドバンニを見た。そして自由と文明に触れる喜びを心から味わったのだ。コーヒーにケーキ、涙が出るほど美味しかった」と書いていた。

杉本博司氏は、共産主義に憧れを持ち、学生時代には、新左翼の学生運動に挺身したのだが、ロシアと東ヨーロッパへの旅で共産主義の実態を見て、学生時代に持っていた共産主義への憧れは、雲散霧消した。

理論理屈がいかに詳細を極め、説得力のありそうなことを書いていても、現実の共産主義国家の歴史は、悲惨と混乱と自由圧殺、そして権力抗争と殺戮の歴史しかなかった。この歴史を否定することはできない。

しかるにわが国には、未だに共産主義を否定できず、日本共産党などという政党を支持して麗しい國體・自由と繁栄を破壊せんとする愚かなる人々が残存している。

事実ほど強いものはない。このことをそういう人々は正しく認識してもらいたい。

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2020年7月 6日 (月)

、「天皇制廃止」を目指す日本共産党は、日本國體と絶対に相容れない政党であり、国民の自由と繁栄を奪う政党である


宇都宮は共産党と立憲民主が支持した。それだけでもこの弁護士を知事にしてはならないと思ってゐた。

当選するはずはないと思っていたが、宇都宮と山本が落ちて良かった。それでも不安が全くなかったわけではないので、投票に赴き母校の小学校の体育館で小池百合子氏に投票した。

日本共産党は、屁理屈をこねまわして自己を正当化することを得意とする政党である。そして歴史を改竄することを得意とする。

日本共産党は結党以来「君主制打倒」を党是としてきた政党である。志位の言う「天皇制に反対する立場」を取り続けてきた政党である。

共産党の「綱領」に「憲法上の制度であり、その存廃は将来、情勢が熟したときに国民の総意によって解決されるべきものだ」と書かれている。

つまり、「情勢が熟したら」、天皇を君主と仰ぐ建国以来の日本國體を破壊するのである。「解決」などと言う欺瞞的な言葉を使っているが、「廃止する」「打倒する」ということである。

それは共産党が「党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と主張していることによって明らかだ。

共産党は、「立憲君主制」を破壊し打倒し、「共和制」を樹立することを目的としている政党なのである。この事は全く変わりはない。

さらに共産党は、「今の天皇の父=昭和天皇は、明治憲法のもとで軍の統帥権をもつ元首として、侵略戦争と植民地支配を指導した戦争責任があった。このことをきっちり裁けずに戦後日本の政治がスタートしたために、『あの戦争は正しい戦争だった』という時代錯誤の潮流がいまだに幅をきかす。ここに、日本の政治の後進性があります」「(共産党は・注)ま戦後一貫して昭和天皇の戦争責任を追及してきました。昭和天皇の戦争責任は、今なお〝時効〟にできるものではありません」と主張している。

常に平和を望まれ、国民のため、国家のために命懸けで終戦の御聖断を下された昭和天皇様に対し奉り、このような不敬至極な考え方を持っているのが日本共産党である。このような政党に、「即位の大礼」はもちろん、天皇陛下が御親臨される「国会開会式」に出席する資格はない。

『日本共産党』の「綱領」にはさらに次のように書かれている。「天皇条項については、『国政に関する権能を有しない』などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。

日本共産党のみならず、これまで世界中の共産党および共産主義政治組織は、「君主制は資本主義体制の背骨である」としてこれを打倒することを目標としてきた。それは、ロシア革命においてロマノフ王朝を打倒し、皇帝一族を惨殺して以来の恐ろしき体質である。

しかし、共産主義革命が行なわれ、君主制が廃止された国では、君主制以上の独裁専制政治が行なわれた。ロシアでは共産革命の後、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ、プーチンという最高指導者による独裁専制政治が行なわれた。

支那も、清朝は打倒されたが、共産革命の後、毛沢東・鄧小平・江沢民・習近平による独裁専制政治が行なわれてきた。

ロシアや支那の君主制と、わが国の「天皇を祭祀主と仰ぐ日本國體」とは、全くその本質を異にしており、同列に論じることは出来ない。しかし、ロシアと支那は君主制打倒の後、党独裁の専制政治が行なわれたことは歴史的事実である。

北朝鮮は文字通り、「金日成王朝」と言われているように、金日成・金正日・金正恩三代の残酷・凶暴なる専制政治が行なわれている。北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」などという長ったらしい国名を付けているが、決して「人民が主人公の民主主義国家」ではなく、「金一族」のみが専横を極め「金一族」を批判する国民は迫害され粛清される国である。また、金一族を批判しなくとも国民多数が栄養失調で死んで行く国なのだ。

共産主義体制とは、プロレタリア独裁=共産党独裁=党最高指導者専制という政治である。「君主制度の国は民主的でなく国民の自由は奪われ、国民の差別されるが、共産主義国家は民主的であり国民平等の社会が実現する」というのはまったく大ウソである。共産主義体制の国こそ、国民の自由と繁栄は奪われ、共産党幹部以外の国民は差別され虐げられる反民主的な専制国家なのだ。

もしわが国において戦争直後、共産革命が成功していたらどうなっていたか。徳田球一が独裁者となり、共産党による専制政治が行なわれ、悲惨な国となっていたであろう。そしてその後、徳田と野坂参三と宮本顕治による凄惨な権力闘争が繰り広げられ、数多くの人々が粛清され、殺され、収容所に送られたであろう。そればかりではなく、そうした権力闘争に旧ソ連や共産支那や北朝鮮が介入し、内乱となり、日本国の独立すら失われた可能性もある。ともかく、今日の日本のような自由民主体制と繁栄は実現しなかったことは火を見るよりも明らかである。

日本共産党は、大正十一年(一九二二)七月十五日、ソ連の世界侵略共産化のための謀略組織であるコミンテルン日本支部として結成された組織であり、本来ソ連の手先なのである。「自主独立」などということは口が裂けても言えないのだ。

結党以来、「天皇制打倒」を叫んできた日共が、何故今ごろになって、「天皇制は憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」などということを言い出したのか。それは、最近急激に低下している国民の共産党への支持を回復するためであり、他の野党共闘をやりやすくするための方便である。

日本共産党という共産主義革命を目指す政党が「君主制」を肯定することは絶対にありえない。われわれは決して騙されてはならない。それは「綱領」をよく読めばそれは明らかである。「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまでは廃止しない」と当たり前のことを言っているだけである。共産党は権力を掌握したら、いわゆる「天皇制」(私はこういう言葉は使いたくない)を否定した「共産主義憲法」を制定するのである。共産党が「天皇を君主と仰ぐ日本國體」を容認したわけでは絶対にない。

それは、「綱領」の『前文』に「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義及び人間平等の原則と両立するものではなく…民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と明記されていることによって火を見るよりも明らかである。

ともかく、「天皇制廃止」を目指す日本共産党は、日本國體と絶対に相容れない政党であり、国民の自由と繁栄を奪う政党である。共産党は「国民が主人公の政治を実現する」などと宣伝しているが、共産主義国家とは、共産党の独裁者が主人公になり、国民は永遠に虐げられる社会であることをわれわれは正しく認識すべきである。

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2020年7月 4日 (土)

共産支那・北朝鮮と同根の日本共産党を排撃すべし

 この度施行された「国家安全法」による香港市民への弾圧迫害をみても明らかになった通り、共産政権は国民の自由とか民主とか政府批判は一切認めない。日本共産党は、共産支那や北朝鮮という専制国家と同根である。

昭和二十五年に、北朝鮮による韓國侵略=朝鮮戦争が起った時、日共は日本において武装闘争・火炎ビン闘争を展開し、北の侵略を支援したのだ。また白鳥警部射殺事件、大須騒擾事件などを引き起こすなど暴力的破壊活動を展開した。これを後方攪乱と言う。

共産党員の多くは、「中核自衛隊」「山村工作隊」として、火焔ビンや時限爆弾などで武装して破壊活動を起した。

さらに、日共が朝鮮総連と一緒になって、平事件・皇居前メーデー事件・吹田事件などの数多くの騒擾事件・集団暴力事件を起したことは歴然たる事実である。

日本共産党は、あろうことか長い間、「朝鮮戦争をアメリカの侵略だった」などという嘘八百を並べ立てていた。

『日本共産党の四十五年』という書物(昭和四五年八月二五日・日本共産党中央委員會出版局発行)には「アメリカ帝國主義は、(一九五○年)六月二十五日、わが國を前進基地として朝鮮への侵略戦争をはじめました」とはっきり書いている。

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だったのである。また、日本共産党が戦後、一貫して、朝鮮労働党の日本における窓口だったのである。

また、「在日朝鮮人の祖國帰還運動」にも日共は積極的に協力した。日本共産党と北朝鮮は、昭和三十四年、在日朝鮮人の北朝鮮への「集団帰還事業」を、わが国政府に働きかけ実現させた。これによって、約九万八千人の在日朝鮮人(約七千人の日本人を含む)が北に永住帰国した。

そして、「集団帰還事業」について宮本顕治書記長(当時)は、朝鮮労働党第四回大會で帰國熱を煽った。つまり、日本共産党は多くの在日朝鮮人を地獄に送り込んだのである。

七0年代初頭、北朝鮮の国家保衛部は、九万八千人の在日朝鮮人帰国者たちを粛清の対象にした。絶え間ない監視と罪状の捏造によって、金日成父子冒瀆、反動宣伝煽動罪、スパイ罪をかぶせ、七三年から八〇年の間に、全帰国者の約二割を処刑、もしくは政治犯収容所送りにしたという。

帰国事業では、日本共産党の有力者が、全国の「帰国協会」で「事務局長」を務め、地方党員が実働部隊となって在日朝鮮人を帰国させ、政治的には「北朝鮮に社会主義国の建設を」と宣伝した。

在日朝鮮人の北朝鮮への帰国に決定的な役割を果たしたのは日本共産党であった。共産党は自らが犯した犯罪行為に対して何の謝罪も行なっていない。のみならず、悲惨極まる状況に陥っている帰国者の救援・救出にもソッポを向きかえってそれを妨害して来たのである。

昭和四十年代前半、共産党の青年組織・民青の青年學生は、北朝鮮を理想國家・天國のように宣伝していた。共産党こそ北朝鮮問題で歴史的に拭い去ることのできない大きな罪を犯したのである。

拉致問題に関しても日本共産党は、平成十二年十月五日の党首討論で、不破哲三委員長(当時)らが「政府は拉致の確たる証拠を示していない」とか「確たる物証がなく状況証拠だけだ」などと述べた。拉致された人々は北朝鮮におり、拉致したのは北朝鮮なのである。「確たる物証」は北朝鮮にはあっても日本国内にあるはずがない。わが国の警察の捜査が及ばない北朝鮮の国家ぐるみの犯罪について、わが国の治安当局が「確たる証拠を示す」ことは殆ど不可能である。
 
日本政府に「証拠を示せ」と迫ること自体無理な話であり、こんなことを言うのは共産党が北朝鮮を擁護し拉致問題解決の意志が無かった何よりの証拠である。

そもそも日本共産党とは、ソ連に司令部のあった國際共産主義組織・ソ連による世界赤化侵略策謀組織=コミンテルンの日本支部として誕生した政党である。本来的にソ連の手先の政党であった。ソ連軍の後押しで朝鮮半島の北半分を占領して出来上がった傀儡國家=北朝鮮と同根・同質の政党なのである。

日本共産党は、長い間「暴力革命」を肯定し、火焔ビン闘争・武装闘争を行ない、多くの人々を殺傷した歴史を持つ政党である。特に昭和二十五年のコミンフォルム批判・朝鮮戦争勃発以後、日共は凄まじい武装闘争を展開した。ソ連や共産中国の指令に基づいて、日本共産党が暴力革命路線を突っ走ったのは、日本に駐留していた米軍が、ソ連・中共・北朝鮮による韓国侵略(朝鮮戦争)を阻止できないようにするという、後方撹乱の役割を担うためであった。

つまり、日共はソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった。その罪は永遠に消し去ることはできない。

さらに言えば、長年党首(第一書記・中央委員会議長・名誉議長)を務めた野坂参三はスターリン独裁体制下のソ連のスパイとなり、同志であった山本懸蔵を死地に追いやったとして齢百歳にして共産党を除名された。

同じく長年共産党の最高指導者(書記長・幹部会委員長・中央委員会議長)として君臨した宮本顕治は、同志であった小幡達夫をリンチし死地に追いやったとして懲役刑に処せられた。野坂も宮本も金日成・金正日父子と同類項の人物だったのである。

また、北朝鮮労働党と友党関係にあり、暴力革命を志向し、実際に数多くの武装闘争を行なったのが日本共産党という政党なのである。日共は、国民の自由と生存権を圧殺している金正日独裁政権と同質なのである。共産主義国家(=共産支那・北朝鮮)・共産主義政党(=日本共産党)こそ「暴力的威圧で自由な言論を攻撃する」する国家であり政党である。共産党や旧社會党・社民党ような政党の存在こそが日本國及び日本國民の安全と平和を脅かしてきたのだ。

日本共産党が日本の軍事力強化、日米軍事協力の強化に反対するのは、共産支那や北朝鮮の軍事侵略に協力し加担するためである。日本共産党撲滅が急務である。

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2020年7月 1日 (水)

日本共産党の本質

日本が日露戦争に勝利したことにより、帝政ロシア=ロシア帝国は衰退し、共産革命(いはゆる十月革命)か起こった。これでロシアの世界侵略の野望が途絶えたかといふと決してさうではなかった。ロシアとって代ったソ連は「国際共産主義運動=世界赤化、万国の労働者団結せよ」を合言葉・スローガンにして世界侵略支配の野望を益々たぎらせた。

そして、共産主義・ソ連の世界侵略による殺戮の歴史が開始された。我が國及びアジアにおけるその手先が日本共産党などの日本国内の共産主義革命集団である。

日本共産党は、国際共産主義運動の指導組織と言ふよりも、世界共産化・ロシアの世界侵略の謀略組織たるコミンテルン日本支部として大正十一年(一九二二年)に創立したのである。日共は創立当初から大侵略国家ソ連の手先であり出先機関なのである。

日共はソ連・共産支那・北朝鮮などの共産主義独裁国家・全体主義国家と同根の政党であり本質は全く同じである。日共はソ連の世界共産化謀略組織「コミンテルン日本支部」として創立した政党であり最初から共産主義侵略國家の手先なのだ。

それは日本共産党自身が「日本共産党は、一九二二年(大正十一年)七月十五日、コミンテルンと片山潜の援助のもとに創立されました」(『日本共産党の四五年』)「日本共産党は、…十月革命の影響のもとに、創立されました」(日本共産党中央委員会出版局一九七三年発行『共産主義読本』)と書いてゐる通りだ。

さらに、日本共産党創立時にその準備段階から参画し、中央委員となり、綱領作成に携った鍋山貞親氏は、その著書『共産党をたたく一二章』において、「日本の共産党は、一九二二年に成立して以来、四十四年近くの長きにわたりソ連に完全従属して来たことは、否み得ぬ事実である。党の憲法ともいうべき綱領を、よく顧みるがよい。一九二二年、創立した時の綱領はモスクワ製である。ニコライ・ブハーリンが書いて、日本に与えたものだ。次いで第二回目の綱領、いわゆる二七年テーゼもソ連製である。…第三回目の綱領、天皇制打倒を真向うにふりかざしたそれは、文字通りモスクワ製であり、しかも一方的押しつけである。…時を経て、一九五一年に打ち出された第四回目の綱領はどうか。この綱領は端的な暴力革命を指示した点で、有名なのだけれど、これまたモスクワ製である」「革命のための綱領を押しつけるだけではない。それに基づく活動に必要な資金をまかなわれてきたことも事実である。…世間一般が共産党をしてソ連の手先だと見たのも、決して見当ちがいではなかったのである」と。

ロシア十月革命直後の二年間で粛清・処刑された人々は一百万人と言はれる。そしてアジア・東欧・アフリカなど全世界における共産主義革命侵略闘争による犠牲者は一億七千万人に上ると推計されている。(ニューヨーク市立大学アルバート・ウィークス教授の推計)共産支那の「文化大革命」といはれる毛沢東による政敵粛清・自国民虐殺、ガボジアのポルポトによる人民虐殺を加えるともっともっと多くなるであらう。

共産主義思想、共産主義独裁専制国家、共産主義政党・集団こそ、この百数十年間、世界・アジアそしてわが国の平和・自由・繁栄を根柢から破壊して来た。共産主義独裁専制国家及び集団組織の最高権力者は人殺しである。

プーチンはこれまで、反対派粛清・暗殺を指令しきたという。金正恩は気に入らない人間は自分の義理の叔父でも腹違いの兄でも残虐なる方法で殺している。習近平は、形だけの裁判は行うが、敵対者・邪魔な者を監獄に放り込んでいる。ロシア・支那・北朝鮮の独裁者は根本的にさういう体質を持ってゐる。日共の最高指導者だった野坂参三も宮本顕治も、同志を死地に追いやり、そしてリンチを加へて死に至らしめた。

習近平独裁体制下の共産支那は、香港の『一国二制度』を根底から否定した。そして香港住民の自由な活動に対する弾圧を一層激しく残虐に開始した。これが共産党の本質である。日本共産党も決して例外ではない。

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2020年6月26日 (金)

私達は、ロシアの侵略国家としての本質を見抜き、断乎として領土奪還の運動を展開していくべきである

言うまでもなく南樺太全千島は、わが国固有の領土である。しかし、ロシアは北方領土を日本に帰す意思はさらさらないと考えるほかはない。

軍事的に周辺諸国を圧迫し、さらにウクライナ南部クリミア半島を軍事力で併合したことで国民の支持を回復したのである。プーチンはこれに味を占め、北東アジアにおいても同じことを繰り返そうとしているのである。

ロシアの独裁者は他国を侵略し、「ロシアの強さ」を国民に示すことによって独裁体制を強化してきた歴史がある。帝政ロシアの皇帝ニコライ二世は、第一次大戦への参戦を決めた時、国民的人気は絶頂に達した。さらにニコライ二世は、満洲・朝鮮そしてわが国に対する侵略を開始した。それが日露戦争である。

日露戦争に敗れた後、革命が起こり、ニコライ二世は惨殺され、ロマノフ王朝は滅びた。スターリンも、「日ソ不可侵条約」を踏み躙り日本への侵略を開始し、南樺太全千島を手に入れた。そして、「日露戦争の仇をとった」と言ったと伝えられる。スターリンまた、フィンランドや東欧諸国を侵略支配し、その独裁体制を強化した。ソ連・ロシアはそういう体質の国である。

わが国は、共産支那・北朝鮮そしてロシアの核攻撃の標的になっているのである。愈々以て、自主防衛体制の強化即ち核武装を断行しなければならない。支那・北朝鮮・ロシアから核攻撃されようとしたら、それを抑止し反撃する体制を確立すべきである。

私達は、ロシアの侵略国家としての本質を見抜き、断乎として領土奪還の運動を展開していくべきである。さらに、ロシアという侵略国家が、いざと言うときには、核兵器を使う国であることは明白である。ロシアと国境を接し、領土を奪われているわが国は、ロシアからの核攻撃を抑止するために、核武装をしなければならない。核武装こそが、自主防衛体制の確立である。

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2020年2月16日 (日)

日本共産党は、長い間「暴力革命」を肯定し、火焔ビン闘争・武装闘争を行ない、多くの人々を殺傷した政党である

日本共産党とは、ソ連に司令部のあった國際共産主義組織・ソ連による世界赤化侵略策謀組織=コミンテルンの日本支部として誕生した政党である。本来的にソ連の手先の政党であった。ソ連軍の後押しで朝鮮半島の北半分を占領して出来上がった傀儡國家=北朝鮮と同根・同質の政党なのである。

日本共産党は、長い間「暴力革命」を肯定し、火焔ビン闘争・武装闘争を行ない、多くの人々を殺傷した歴史を持つ政党である。特に昭和二十五年のコミンフォルム批判・朝鮮戦争勃発以後、日共は凄まじい武装闘争を展開した。ソ連や共産中国の指令に基づいて、日本共産党が暴力革命路線を突っ走ったのは、日本に駐留していた米軍が、ソ連・中共・北朝鮮による韓国侵略(朝鮮戦争)を阻止できないようにするという、後方撹乱の役割を担うためであった。

つまり、日共はソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった。その罪は永遠に消し去ることはできない。

さらに言えば、長年党首(第一書記・中央委員会議長・名誉議長)を務めた野坂参三はスターリン独裁体制下のソ連のスパイとなり、同志であった山本懸蔵を死地に追いやったとして齢百歳にして共産党を除名された。

同じく長年共産党の最高指導者(書記長・幹部会委員長・中央委員会議長)として君臨した宮本顕治は、同志であった小幡達夫をリンチし死地に追いやったとして懲役刑に処せられた。野坂も宮本も金日成・金正日父子と同類項の人物だったのである。

また、北朝鮮労働党と友党関係にあり、暴力革命を志向し、実際に数多くの武装闘争を行なったのが日本共産党という政党なのである。日共は、国民の自由と生存権を圧殺している金正日独裁政権と同質なのである。共産主義国家(=共産支那・北朝鮮)・共産主義政党(=日本共産党)こそ「暴力的威圧で自由な言論を攻撃する」する国家であり政党である。共産党・立憲民主党左派のようの存在こそが日本國及び日本國民の安全と平和を脅かしているのだ。

日本共産党撲滅が急務である。そしてその同調者・協力者を糾弾すべきである。特に、自民党の籍を置いていた元政治家が日共機関誌『赤旗』に登場しているのは許し難い。

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2020年2月15日 (土)

暴力革命政党日本共産党を厳しく監視せよ

二月十三日、衆議院本会議で安倍総理は、日本維新の会の議員から共産党が提唱する野党連合政権に関連し、「共産党が破壊活動防止法の調査対象となっている理由」について質問を受けた。

安倍総理はこれに対し、「現在においても、いわゆる“敵の出方論“に立った暴力革命の方針に変更はないものと認識」と答弁した。さらに安倍総理は、共産党が過去に「暴力主義的破壊活動を行った疑いがある」とした。

日共の志位和夫委員長はこれに反発し「全く根も葉もない誹謗中傷をやることに対して断固として私は抗議をし、また総理に答弁の撤回を求めたい」と語った。

 志位委員長は、党の綱領に「平和的な手段で議会の多数を得て社会変革を進める」と明記されていると強調。野党連合政権に対して「まともな批判ができない」とも指摘しました。さらに立憲民主、共産両党は、安倍晋三総理の答弁を撤回するよう自民党に求めた。共産の穀田恵二国対委員長は記者団に「事実に基づかない誹謗(ひぼう)中傷は許せない」と述べた。

共産党が結党以来暴力革命運動を肯定し、実行して来たのは明々白々たる事実である。これを否定することは共産党がいかに嘘つき政党であるか、黒を白と言いくるめる邪悪なる政党であるかを自ら証明する行為だ。共産党の体質は全く変わっていないのである。

 共産党の志位和夫は、13日の記者会見で「(暴力革命路線は・注)党が分裂した時期に一方の側がとった誤った行動があった」としつつ「党の方針として破壊活動を行使、実行したことはない」と述べた。

さらに「権力側の出方によっては非平和的手段に訴える」との理念とされる敵の出方論に関しては「革命のプロセスで平和的な革命を追求していくという立場からのもので、暴力革命とはまったく無縁だ」と強調した。

穀田氏は敵の出方論について記者団に、「民主主義を破壊した行為に対し、民主主義の世論で抑えるということを総称して言っている」と説明した。

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だった

北朝鮮・共産支那・ソ連の韓國武力侵攻と同時期に日本國内で朝鮮総連と共に武力闘争を展開したのが日本共産党である。昭和二十五年の北朝鮮・共産支那・ソ連による韓國侵略開始即ち朝鮮戦争の勃発・コミンフォルム批判以後、日共はわが國内で凄まじい武装闘争を展開し、武装闘争・火炎ビン闘争を実行して北の侵略を支援した。また白鳥警部射殺事件、大須騒擾事件などを引き起こすなど暴力的破壊活動を展開した。共産党員の多くは、「中核自衛隊」「山村工作隊」として、火焔ビンや時限爆弾などで武装して破壊活動を起した。さらに、日共が朝鮮総連と一緒になって、平事件・皇居前メーデー事件・吹田事件などの数多くの騒擾事件・集団暴力事件を起した。

ソ連や共産支那の指令に基づいて、日本共産党が日本國内で暴力革命路線を突っ走ったのは、日本に駐留してゐた米軍が、ソ連・中共・北朝鮮による韓國侵略(朝鮮戦争)を阻止できないやうにするための後方撹乱の役割を担ったのだ。つまり、日共はソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった。その罪は永遠に消し去ることはできない。日共・朝鮮労働党・支那共産党は同根であると言ふよりも全く同じ組織なのだ。

ソ連共産党の指導者・レーニンは、「プロレタリア独裁とは、直接に暴力に依拠し、どんな法律にも束縛されない権力のことである。プロれタリアートの革命的独裁とは、ブルジョアジーに対するプロレタリアートの暴力によって戦いとられ支持されるところのどんな法律にも束縛されない権力でもある」と論じた。

これが共産主義革命思想の根幹なのである。共産党は、「リベラル」どころか「自由」とは圧殺する政党であることは明白である。人間が本来的に享受すべき「自由」を圧殺する思想・システムが共産主義なのである。法の支配も三権分立も立憲政治も根底から否定されるのだ。

共産主義集団の指導者、共産主義国家の独裁者が、反対者に対して苛酷にして残虐なる弾圧・粛清を行ってきているのは、かかる理論に基づくのである。習近平も金正恩もその典型である。
 
共産党は、「党が分裂した時期に一方の側がとった誤った行動があった」としつつ「党の方針として破壊活動を行使、実行したことはない」などと言っている。しかしこれは、暴力革命闘争を実行した責任を徳田球一氏だけにかぶせただけのことだ。むしろ当時の共産党の徳田派は主流派であり圧倒的多数を占めていたのだ。徳田死去後もながく中央委員会議長を務めた野坂参三のその一人であった。

しかも暴力革命路線に積極的に加担しにかったという宮本顕治も、「日本革命の平和的発展の可能性を提起することは、根本的な誤りとなる。従って、議会を通じての政権獲得の理論も同じである」(共産党機関誌『前衛』昭和二十五年五月)と書いて暴力革命を扇動したのだ。

ともかく志位と穀田は大ウソつきであり、こういう大ウソつきはまたまた暴力革命路線に帰り実行する危険が大いにある。だから破壊活動防止法の監視団体なのだ。こんな政党をかばい、共闘しようという立憲民主党は断じて許してはならないし、このような政党が連立政権を組むことは絶対に阻止しなければならない。

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