2019年7月 8日 (月)

わが國内に巣食ふ似非平和勢力の大罪


日本共産党は、あらうことか長い間、「朝鮮戦争をアメリカの侵略だった」などといふ根も葉もない嘘八百を並べ立ててゐた。

『日本共産党の四十五年』といふ書物(昭和四五年八月二五日・日本共産党中央委員會出版局発行)には「アメリカ帝國主義は、(一九五○年)六月二十五日、わが國を前進基地として朝鮮への侵略戦争をはじめました」とはっきり書いてゐる。

私の学生時代、即ち昭和四十年代前半、民主青年同盟といふ共産党の青年組織が学校の内外で活発な運動を展開してゐた。彼等は、北朝鮮を理想國家のやうに宣伝してゐた。そして北朝鮮の歌曲「イムジン河」を盛んに歌ってゐた。歯の浮くやうな北朝鮮礼賛の歌であった。また日本共産党は、北朝鮮を「地上の楽園」であるかのごとく宣伝し在日朝鮮人の北朝鮮帰國運動に全面的に協力した。

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だったのである。日共がソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀に協力した罪は永遠に消し去ることはできない。

そもそも日本共産党とは、ソ連に司令部のあった國際共産主義組織・ソ連による世界赤化侵略策謀組織=コミンテルンの日本支部として誕生した政党である。本来的にソ連の手先の政党であった。ソ連軍の後押しで朝鮮半島の北半分を占領して出来上がった傀儡國家=北朝鮮と同根・同質の政党なのである。

共産党が「正義の味方面」をして、わが國の防衛政策・外交政策を批判する資格は毛筋の横幅ほども無いのである。

共産主義國家(=共産支那・北朝鮮)・共産主義政党(=日本共産党)こそ暴力的威圧で自由な言論を攻撃する國家であり政党である。

社民党は、社会党時代から朝鮮労働党と「友党関係」にあり、北朝鮮礼賛を繰り返しその手先となってゐた。社民党・土井たか子は、拉致問題を無視してきただけではなく否定してきた。

社民党は、拉致の事実が明らかになった後も日本人拉致事件を「荒唐無稽」「新しく創作された事件」などと否定してゐた。そして社民党は機関紙で北朝鮮による拉致事件を、「(韓國)安企部の脚本、産経(新聞)の脚色によるデッチあげ」、「日本政府に北朝鮮への食糧支援をさせないことを狙いとして、最近になって考え出され発表された」などと主張し(平成九年七月号)、一貫して北朝鮮を擁護し続けてきた。

共産党・社民党は、北朝鮮の脅威について「話し合ひによる平和的解決」を主張してゐる。さう思ふのなら、志位なり福島なりが北朝鮮に行って、北朝鮮の核実験・ミサイル発射に抗議し、止めさせればいいではないか。

もしも日本共産党・社民党が本当に平和を望む政党ならば、そして対話を望む政党ならば、過去の歴史的関係から言って、社民党や共産党の党首は北朝鮮に乗り込んで、拉致された人々やその家族全員及び北朝鮮に行って悲惨な目に遭ってゐる日本人全員を救出すべきだったのである。

共産党や旧社會党・社民党のやうな政党の存在こそが日本國及び日本國民の安全と平和を脅かしてきたのだ。社民・共産両党そして立憲民主党内に巣食ふ旧社会党の連中が拉致問題に関してものを言ふ資格はない。また平和を主張する資格もないのである。

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2019年4月18日 (木)

ロシア・共産支那・北朝鮮による侵略と殺戮の歴史

『世界日報』昨年十一月十三日号に掲載された「ワシントン発ビル・ガーツの眼 トランプ氏共産主義の犠牲者を追悼」という記事によると、トランプ大統領は「共産主義犠牲者の国民的記念日の」昨年十一月七日、声明を発表、共産主義体制下での弾圧・抑圧で死亡した一億人の人々に哀悼の意を表明したという。

その記事には一九一七年のロシア革命について、独裁的共産主義思想による苦しみ、弾圧、死を目の当たりにした。中国では共産主義体制下、処刑、強制労働などで六五〇〇万が死亡した。ロシア・中国、キューバなどの共産主義政権下の弾圧で、九四〇〇万人が死亡した。共産主義政権下で発生した大量殺戮としては、ソ連時代にウクライナで発生した飢饉「ホロドモール」で一二〇〇万人が死亡した。三六年から三八年のスターリンの恐怖政治では、政敵と共に七〇万人の土地所有農民が「富農」として殺害された」と書かれている。

このほかにも、共産支那の「文化大革命」という名の毛沢東による大虐殺・殺戮で殺された人は何百万にのぼるか分からない。北朝鮮における金日成・金正日、金正恩による殺戮・粛清、そしてカンボジアのポルポトによる殺戮でどれだけに人が犠牲になったか分からない。

さらにソ連による満洲・樺太・チェコ侵入侵略、共産支那によるベトナム・チベット・韓国侵略侵入、・北朝鮮による韓国侵略侵入による犠牲者もどれぽとの数になるか分からない。

二十世紀はまさに共産主義といふ妖怪が多くの人類を殺戮し、自由を奪ひ、地獄に突き落とした世紀だったのである。それは今日においても全く変わっていない。支那もロシアも北朝鮮も、国民に犠牲を強い、対外侵略の牙をむいているのだ。

日本国内にいまだに「似非進歩主義」「マルクス・レーニン主義」の呪縛から脱出できていない者たちが数多く残存する。そしてロシア・共産支那・北朝鮮は、日本への軍事的圧迫を強めている。その手先となって動くのが、こうした連中である。

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2019年3月26日 (火)

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だった

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だった


北朝鮮・共産支那・ソ連の韓國武力侵攻と同時期に日本國内で朝鮮総連と共に武力闘争を展開したのが日本共産党である。昭和二十五年の北朝鮮・共産支那・ソ連による韓國侵略開始即ち朝鮮戦争の勃発・コミンフォルム批判以後、日共はわが國内で凄まじい武装闘争を展開し、武装闘争・火炎ビン闘争を実行して北の侵略を支援した。また白鳥警部射殺事件、大須騒擾事件などを引き起こすなど暴力的破壊活動を展開した。共産党員の多くは、「中核自衛隊」「山村工作隊」として、火焔ビンや時限爆弾などで武装して破壊活動を起した。さらに、日共が朝鮮総連と一緒になって、平事件・皇居前メーデー事件・吹田事件などの数多くの騒擾事件・集団暴力事件を起した。


ソ連や共産支那の指令に基づいて、日本共産党が日本國内で暴力革命路線を突っ走ったのは、日本に駐留してゐた米軍が、ソ連・中共・北朝鮮による韓國侵略(朝鮮戦争)を阻止できないやうにするための後方撹乱の役割を担ったのだ。つまり、日共はソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった。その罪は永遠に消し去ることはできない。日共・朝鮮労働党・支那共産党は同根であると言ふよりも全く同じ組織なのだ。


日本共産党はあらうことか長い間、「朝鮮戦争はアメリカによる侵略だった」などといふ嘘八百を並べ立ててゐた。『日本共産党の四十五年』(昭和四五年八月二五日・日本共産党中央委員會出版局発行)には「アメリカ帝國主義は、(一九五○年)六月二十五日、わが國を前進基地として朝鮮への侵略戦争をはじめました」とはっきり書いてゐる。


日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だったのである。また、日本共産党が戦後一貫して、朝鮮労働党の日本における窓口だった。


また、「在日朝鮮人の祖國帰還運動」にも日共は積極的に協力した。日本共産党と北朝鮮は、昭和三十四年、在日朝鮮人の北朝鮮への「集団帰還事業」を、わが國政府に働きかけ実現させた。これによって、約九万八千人の在日朝鮮人(約七千人の日本人を含む)が北に永住帰國した。


そして、「集団帰還事業」について宮本顕治書記長(当時)は、朝鮮労働党第四回大會で帰國熱を煽った。つまり、日本共産党は多くの在日朝鮮人を地獄に送り込んだ。


七〇年代初頭、北朝鮮の國家保衛部は、九万八千人の在日朝鮮人帰國者たちを粛清の対象にした。絶え間ない監視と罪状の捏造によって、金日成父子冒瀆、反動宣伝煽動罪、スパイ罪をかぶせ、七三年から八〇年の間に、全帰國者の約二割を処刑、もしくは政治犯収容所送りにしたといふ。


帰國事業では、日本共産党の有力者が、全國の「帰國協會」で「事務局長」を務め、地方党員が実働部隊となって在日朝鮮人を帰國させ、政治的には「北朝鮮に社會主義國の建設を」と宣伝した。


在日朝鮮人の北朝鮮への帰國に決定的な役割を果たしたのは日本共産党であった。共産党は自らが犯した犯罪行為に対して何の謝罪も行なってゐない。のみならず、悲惨極まる状況に陥ってゐる帰國者の救援・救出にもソッポを向き、かへってそれを妨害して来た。


昭和四十年代前半、つまり小生の學生時代、共産党の青年組織・民青の青年學生は、北朝鮮を理想國家・天國のやうに宣伝してゐた。共産党こそ北朝鮮問題で歴史的に拭ひ去ることのできない大きな罪を犯したのである。日本共産党は、長い間「暴力革命」を肯定し、火焔ビン闘争・武装闘争を行ひ、多くの人々を殺傷した歴史を持つ。


かうした歴史を考へれば、日本共産党などのサヨクが今日「防衛体制強化」に反対してゐるのは、彼らが今日においても、共産支那や北朝鮮のアジア及び日本への軍事侵略に協力し加担するためであることは自明である。


今回の日共委員長・志位和夫による安倍総理の発言と批判そして、明治天皇御製冒瀆もその目的は、日本の防衛力を弱体化し、ロシア・北朝鮮・支那による日本・アジア侵略を援護するためなのである。


志位は、あらうことか、明治天皇御製、そして安倍総理の発言を「日本國憲法の平和主義に真っ向から反する」などと非難したが、共産主義思想、共産主義独裁専制國家、共産主義政党・集団こそ、この百数十年間、世界・アジアそしてわが國の平和・自由・繁栄を根柢から破壊して来た。


今回の志位和夫による安倍総理への非難発言は、日共の体質・本性が未だにアジアにおける侵略者であるロシア・共産支那・北朝鮮の手先である事を証明した。


日本共産党討滅が急務である。そしてその同調者・協力者を糾弾すべきである。特に、自民党に籍を置いてゐた元政治家が日共機関誌『赤旗』に登場してゐるのは許し難い。ロシア、南北朝鮮、共産支那の軍事的・政治的圧迫に際會し、領土を奪取されてゐるわが國は、今こそ「大和心」を興起しなければならない。

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2019年3月15日 (金)

人民の權利を主張し國家を敵視する共産主義がかえって國家權力の暴虐を招いた

「國民」という言葉を使わず「市民」という言葉がよく使う人が多くなった。愛國心が希薄になってきた何よりの証拠である。特に戦後世代の人々は、國家とか民族よりも個人の人權の方がよっぽど大切だと考えているようだ。戦後教育がそういうことを教えてきたのだから当然の成り行きである。

 

戦後教育において、「國家」とは英語のStateの訳語として用いられた。つまり西洋の國家觀に基づいて「國家」というものが教育されてきたのである。Stateとは權力支配組織の意である。この權力支配組織としての國家からの自由を求めるのが近代民主主義であるとされてきた。 

 

「市民」という言葉の根底には、國家と國民とが対立する関係にあるという思想がある。そういう思想を抱いている人は、「國民」という言葉は読んで字の如く「國の民」という意味であり國家の束縛を受けるように感じられるから使いたくないのであろう。

 

國家の束縛を嫌い、國家と國民とは対立すると考えている人の言う「國家」とは權力機構・支配機構のことである。國家の中には階級対立があり、國家主權と國民の人權及び自由とは矛盾し合い、國家權力と國民とは対立し戦わねばならないとする。そしてできるだけ國家權力は制限すべきであるとする。

 

こうした國家觀の根柢に、マルクス・レーニン主義・共産主義の國家觀がある。共産主義者は、「權力國家」はいずれ死滅し、やがて自由で平等な理想社会を作るなどと主張した。しかし、現実には、かつてのソ連や現在の共産支那や北朝鮮などを見ても分かるように、共産主義者が國家權力を掌握した國家ほど國家權力が不断に増大し強大になり、國民の權利を蹂躙し自由を束縛している。それどころか、旧ソ連でも共産支那でも北朝鮮でもむカンボジア何千万という人々が共産党國家權力によって殺戮された。

 

人民の權利を主張し國家を敵視する共産主義思想が、かえって國家權力の暴虐を招いたのである。なぜそういうことになったのか。それは西洋的な國家觀・國民觀に誤りがあるからである。とりわけ、國家を國民と対立する權力機構としてとらえ、國家が死滅することによって人間の自由・平等・幸福が実現するなどという思想は空理空論であり、根本的に誤っている。

 

人間の權利・自由は共同體國家の中でこそ守られる。人間は、よほど特殊の場合を除いて、たった一人では生きるなどということはあり得ないし、不可能である。人間は、多くの人々が助け合い、いたわり合ってこそ生きて行ける。つまり人は、人間関係の中にあってこそ、人として生きて行けるのである。

 

多くの人々が助け合って生きている場を共同體という。そうした有機的生命體としての共同體が成長発展したものが正しい意味の國家である。國家があってこそ人間は生きて行けるのである。人間がこの世に生きている以上、共同體國家はなくてはならない存在である。

 

国家を否定する共産主義者が国家現力を肥大化させ強化して「人民」を苦しめているのが、旧ソ連=ロシアであり支那であり北朝鮮である。日本共産党が国家権力を掌握すると、日本も必ずそういう国家になる事は火を見るよりも明らかである。

 

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2019年3月14日 (木)

國體破壊を目的とする日本共産党

國體破壊を目的とする日本共産党

 

日本共産党は、大正十一年(一九二二)七月十五日、ソ連の世界侵略共産化のための謀略組織であるコミンテルン日本支部として結成された組織であり、本来ソ連の手先なのである。「自主独立」などということは口が裂けても言えないのだ。

 

結党以来、「天皇制打倒」を叫んできた日共が、何故今ごろになって、「天皇制は憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」などということを言い出したのか。それは言うまでもなく、天皇・皇室を敬愛している圧倒的多数の国民を騙すための方便である。

 

日本共産党という共産主義革命を目指す政党が「君主制」を肯定することは絶対にありえない。われわれは決して騙されてはならない。

 

日共の「綱領」をよく読めばそれは明らかである。「綱領」には、「憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」と書かれている。つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまでは廃止しない」と当たり前のことを言ったまでのことである。共産党は権力を掌握したら、いわゆる「天皇制」を否定した「共産主義憲法」を制定するのである。共産党が「天皇中心の日本國體」を容認したわけでは絶対にない。

 

それは、「綱領」の『前文』に「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義及び人間平等の原則と両立するものではなく…民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と明確に書かれていることによっても明らかである。

 

共産主義革命によって君主制が打倒された国々は、民主主義も人間平等もまったく実現していない。それどころか、独裁専制政治による差別虐待の体制になっている。

 

ロシア十月革命の後、共産主義・ソ連の世界侵略による殺戮の歴史が開始された。我が國及びアジアにおけるその手先が日本共産党などの日本国内の共産主義革命集団である。

 

日本共産党は、国際共産主義運動の指導組織と言ふよりも、世界共産化・ロシアの世界侵略の謀略組織たるコミンテルン日本支部として大正十一年(一九二二年)に創立したのである。日共は創立当初から大侵略国家ソ連の手先であり出先機関なのである。

 

繰り返して言う。日共はソ連・共産支那・北朝鮮などの共産主義独裁国家・全体主義国家と同根の政党であり本質は全く同じである。日共はソ連の世界共産化謀略組織「コミンテルン日本支部」として創立した政党であり最初から共産主義侵略國家の手先なのだ。

 

それは日本共産党自身が「日本共産党は、一九二二年(大正十一年)七月十五日、コミンテルンと片山潜の援助のもとに創立されました」(『日本共産党の四五年』)「日本共産党は、…十月革命の影響のもとに、創立されました」(日本共産党中央委員会出版局一九七三年発行『共産主義読本』)と書いてゐる通りだ。

 

日共の最高指導者だった野坂参三も宮本顕治も、同志を死地に追いやり、そしてリンチを加へて死に至らしめた。

 

前述した通り、共産主義革命によって君主制が打倒された国々は、民主主義も人間平等もまったく実現していない。それどころか、独裁専制政治による差別虐待の体制になっている。この事実を見れば、共産党の主張は全く誤りであることは明白である。

日本共産党機関紙『しんぶん赤旗日曜版』本年二月二十六日号に次のようなことが書かれている。

 

「日本共産党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという制度は、民主主義、および人間平等の原則と両立しないと考えています。将来的には、天皇の制度のない民主共和生を展望していますが、その道のりはかなり長いものとなるでしょう。天皇の制度の存廃は将来、『国民の総意』によって解決されるべき課題だと考えています」。

 

つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまではできない」という当然至極のことを言っているのである。日本共産党は情勢が熟したら、天皇を君主と仰ぐ建國以来の日本國體を破壊することを目指す政党なのである。「その道のりはかなりながい」などと欺瞞的なことを言っているが、「廃止する」「打倒する」ことを目指しているのである。共産党は権力を掌握したら、彼らは言う「天皇制」を否定した「共産主義憲法」を制定するのである。

 

共産革命によって君主制が打倒された國々は、民主主義も人間平等もまったく實現していない。それどころか、独裁専制政治による差別虐待の体制になっている。

 

共産主義革命が起こり、君主制が廃止された國では、君主制以上の独裁専制政治が行われた。ロシアでは共産革命の後、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフなどの党最高指導者による独裁専制政治が行はれた。共産国家に限らず、「共和政体」の國が「自由で民主的で明るい国である」などというのは大嘘であり幻想である。

 

支那も、辛亥革命で清朝は打倒されたが、共産革命の後、毛沢東・鄧小平・江沢民・習近平による独裁専制政治が行なわれてきている。

 

ロシアや支那の君主制と、わが國の「天皇中心の國體」とは、全くその本質を異にしており、同列に論じることは出来ない。しかし、ロシアと支那は君主制打倒の後、共産党独裁の専制政治が行われたことは歴史的事實である。

 

北朝鮮は文字通り、「金日成王朝」と言われてゐるやうに、金日成・金正日・金正恩といふ三代にわたる残酷・凶暴なる専制政治が行はれてゐる。北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和國」などといふ長ったらしい國名を付けているが、決して「人民が主人公の民主主義國家」ではなく、金一族のみが専横を極め金一族を批判する人々は迫害され粛清される國である。また、金一族を批判しなくとも國民が栄養失調で死んで行く國なのだ。

 

共産主義体制とは、プロレタリア独裁=共産党独裁=党最高指導者専制という政治である。「君主制度の國は民主的でなく國民の自由は奪はれ、國民は差別されるが、共産主義國家は民主的であり國民平等の社會が實現する」という共産主義者の主張は全く大嘘である。共産主義体制の國こそ、國民の自由と繁栄は奪はれ、共産党幹部以外の國民は差別され虐げられる反民主的な専制國家になるのだ。それはまさに「歴史的必然」である。

 

日本共産党は「國民の総意」を強調しているが、共産党の言う「国民の総意」とは、「國民の多数の意思」のことである。国民の意志によって君主制を廃絶することができるというのは革命思想である。國體否定に賛成する議員が國會の三分の二以上の多数を占め、國體否定に賛成する國民が國民投票をした人の過半数を占めるに至った場合には、國體は廃絶されるというのはまさに「革命」である。

 

『現行占領憲法』に日本國體と絶対に相容れない「國民主権論」が取り入れられ、天皇の御地位が「国民の総意に基づく」と書かれている。これは単なる戦勝国の拠る日本弱体化などという生易しい事ではない。『現行占領憲法』は「革命思想」を第一章に置いているという事である。近年の天皇・皇室に関するいろいろな動きを見て、『現行占領憲法』が日本國體破壊の導火線であることが明瞭になったのである。

 

ともかく、「天皇制廃止」を目指す日本共産党は、日本國體と絶対に相容れない政党であり、国民の自由と繁栄を奪う政党である。共産党は「国民が主人公の政治を実現する」などと宣伝しているが、共産主義国家とは、共産党の独裁者が主人公になり、国民は永遠に虐げられる社会であることをわれわれは正しく認識すべきである。

 

 

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2019年2月10日 (日)

尾崎秀實・風見章の謀略工作について

大東亜戦争・第二次欧州大戦の結果、最も利益を獲得したのはソ連である。アジアにおいてもヨーロッパにおいてもソ連は、その勢力範囲を飛躍的に拡大した。ソ連を護りソ連の國家戦略に協力するための謀略をわが國において行なったのがリヒャルト・ゾルゲであり、尾崎秀實である。 

 

ソ連は、わが國と締結してゐた『日ソ不可侵中立条約』を一方的に踏みにじり、日本及び満州に侵攻して来た國である。そして、多くの日本國民を殺戮し、強姦し、数十萬同胞をシベリアに拉致し、強制労働を課して十数萬人を殺した國である。且つ、南樺太全千島といふわが國固有の領土を奪った國である。

 

このやうな悪逆非道の國から、一九六四年に『ソ連邦英雄』の称号を与へられたゾルゲとその手先の尾崎を、われわれ日本國民は永遠に許してはならないのである。

 

尾崎の罪の深さはわが國においてソ連のためにスパイを行なったことだけではない。彼は、わが國を戦争へと追ひ込む謀略活動を行ひ、わが國を未曾有の敗戦に導いた一つの要因を作った民族の裏切り者である。尾崎秀實は、近衛内閣嘱託といふ立場を利用して、わが國の世論や近衛内閣の政策決定に影響を与へ、支那事変・日米開戦を煽動し、わが國を敗戦へと導いた。

 

これは、レーニンの「社會主義の勝利にいたるまでの基本原則は資本主義國家間の矛盾対立を利用して、これら諸國を互ひにかみ合はすことである。」(一九二〇年十一月、モスクワ共産党細胞書記長會議)といふ戦略、そして一九三五年にモスクワで開催された『第七回コミンテルン大會』において決定された「米英と日独といふ資本主義國家同士を戦はせて、双方とも疲弊させ、ソ連への圧迫を排除して上で、米英を打倒してソ連の世界制覇を實現する」といふ戦略に基づくものであった。

 

さらに昭和七年(一九三二年)八月~九月のコミンテルン第一二回総會が行なった決議は、米英仏日独といった『帝國主義列強』を互ひに対立させ、戦争に追ひ込め、といふ戦略指令であった。日本について言へば、①日本を米國との戦争へ追ひ込め、②日本がソ連を攻撃するのを阻止せよ、といふことが書かれてゐたといふ。

 

ソ連共産党の謀略機関も、ソ連政府の外交機関も、この目標に向けて一斉に活動した。ゾルゲ機関は、日本の政治中枢や軍部へ浸透を図って米國との対決路線に追ひ込み、また、マスコミにも、反米英を主軸とした排外主義(『鬼畜米英』)を吹き込んだ。一方、米國内でも、ソ連の手先によって排日機運の盛り上げが工作されてゐた。

 

ソルゲと尾崎などのコミンテルンのエージェントたちは、当時わが國内で澎湃と湧き起こって来てゐた「國家革新」「東亜解放」といふ正義の主張をたくみに利用して、日本がソ連よりもアメリカ・イギリスを主敵とし、ソ連と戦ふよりも「米英を撃つべし」といふ世論を煽った。『革命の祖國・ソ連』を守る為に日本を「北進」させてはならず、そのために「南進論」を煽ったのである。また、日本と蒋介石政権の和平を図る動きを妨害したのもゾルゲと尾崎である。その協力者が、第一次近衛内閣の書記官長・風見章であった。風見章は戦後何と左派社会党の国会議員になった。そして「日ソ友好」に狂奔した。彼は戦前から確信的共産主義者だったのである。

 

わが國と蒋介石政権が全面戦争に突入した原因である西安事件も蘆溝橋事件も、ソ連と中共の謀略であったことは今日明らかになってゐる。張作霖爆殺事件もその真の下手人はソ連であるといふ説がある。

 

かくて、日本軍部の進路は米英との対決以外になくなり、日本がナチスドイツと呼応してソ連を挟撃する恐れもなくなった。ゾルゲ機関を駆使したソ連共産党の謀略は完全に成功したのである。

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2019年2月 9日 (土)

日本共産党の本質

日本が日露戦争に勝利したことにより、帝政ロシア=ロシア帝国は衰退し、共産革命(いはゆる十月革命)か起こった。これでロシアの世界侵略の野望が途絶えたかといふと決してさうではなかった。ロシアとって代ったソ連は「国際共産主義運動=世界赤化、万国の労働者団結せよ」を合言葉・スローガンにして世界侵略支配の野望を益々たぎらせた。

 

そして、共産主義・ソ連の世界侵略による殺戮の歴史が開始された。我が國及びアジアにおけるその手先が日本共産党などの日本国内の共産主義革命集団である。

 

日本共産党は、国際共産主義運動の指導組織と言ふよりも、世界共産化・ロシアの世界侵略の謀略組織たるコミンテルン日本支部として大正十一年(一九二二年)に創立したのである。日共は創立当初から大侵略国家ソ連の手先であり出先機関なのである。

 

日共はソ連・共産支那・北朝鮮などの共産主義独裁国家・全体主義国家と同根の政党であり本質は全く同じである。日共はソ連の世界共産化謀略組織「コミンテルン日本支部」として創立した政党であり最初から共産主義侵略國家の手先なのだ。

 

それは日本共産党自身が「日本共産党は、一九二二年(大正十一年)七月十五日、コミンテルンと片山潜の援助のもとに創立されました」(『日本共産党の四五年』)「日本共産党は、…十月革命の影響のもとに、創立されました」(日本共産党中央委員会出版局一九七三年発行『共産主義読本』)と書いてゐる通りだ。

 

さらに、日本共産党創立時にその準備段階から参画し、中央委員となり、綱領作成に携った鍋山貞親氏は、その著書『共産党をたたく一二章』において、「日本の共産党は、一九二二年に成立して以来、四十四年近くの長きにわたりソ連に完全従属して来たことは、否み得ぬ事実である。党の憲法ともいうべき綱領を、よく顧みるがよい。一九二二年、創立した時の綱領はモスクワ製である。ニコライ・ブハーリンが書いて、日本に与えたものだ。次いで第二回目の綱領、いわゆる二七年テーゼもソ連製である。…第三回目の綱領、天皇制打倒を真向うにふりかざしたそれは、文字通りモスクワ製であり、しかも一方的押しつけである。…時を経て、一九五一年に打ち出された第四回目の綱領はどうか。この綱領は端的な暴力革命を指示した点で、有名なのだけれど、これまたモスクワ製である」「革命のための綱領を押しつけるだけではない。それに基づく活動に必要な資金をまかなわれてきたことも事実である。…世間一般が共産党をしてソ連の手先だと見たのも、決して見当ちがいではなかったのである」と。

 

ロシア十月革命直後の二年間で粛清・処刑された人々は一百万人と言はれる。そしてアジア・東欧・アフリカなど全世界における共産主義革命侵略闘争による犠牲者は一億七千万人に上ると推計されている。(ニューヨーク市立大学アルバート・ウィークス教授の推計)共産支那の「文化大革命」といはれる毛沢東による政敵粛清・自国民虐殺、ガボジアのポルポトによる人民虐殺を加えるともっともっと多くなるであらう。

 

志位和夫は安倍氏の発言を「日本国憲法の平和主義に真っ向から反する」などと非難したが、共産主義思想、共産主義独裁専制国家、共産主義政党・集団こそ、この百数十年間、世界・アジアそしてわが国の平和・自由・繁栄を根柢から破壊して来たのである。共産主義独裁専制国家及び集団組織の最高権力者は人殺しである。

 

プーチンはこれまで、反対派粛清・暗殺を指令した。金正恩は気に入らない人間は自分の叔父でも残虐なる方法で殺している。習近平は、形だけの裁判は行うが、敵対者・邪魔な者を監獄に放り込んでいる。ロシア・支那・北朝鮮の独裁者は根本的にさういう体質を持ってゐる。日共の最高指導者だった野坂参三も宮本顕治も、同志を死地に追いやり、そしてリンチを加へて死に至らしめた。

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2019年1月30日 (水)

志位和夫はソ連のスパイの甥っ子である

私は昨日の本欄において、安倍総理が施政方針演説で、明治天皇御製について語った事に対して、志位和夫日本共産党委員長が、「日本国憲法の平和主義に真っ向から反するものだと強く抗議したい」と非難したことを強く批判した。

 

志位和夫の祖父は、何と陸軍中将・志位正人である。その息子で、大東亜戦争時の日本軍第三方面軍参謀(少佐)でシベリア抑留後は外務省職員でありKGBのスパイだった志位正二は志位和夫の伯父である。つまり志位和夫はソ連のスパイの甥っ子なのである。

 

佐々淳行氏の著書『私を通り過ぎたスパイたち』という本によると、志位和夫の伯父・志位正二は、シベリア抑留後の昭和二十三年四月にソ連諜報員となる誓約を行い、モンゴルのウランバートルにあった「第7006俘虜収容所」において朝枝繁春、瀬島龍三、種村佐孝らとともに諜報員、共産主義革命のための特殊工作員としての訓練を受ける。帰国後は、GHQ参謀第二部(2)に勤めた後、外務省アジア局調査員となり、二重スパイとして活動、ラストポロフ(ソ連の職業的諜報員、中佐)に日本の再軍備や米軍関係情報を約四十回にわたって提供、六五万五千円を報酬として受け取っていた。ライトポロフが亡命した後、志位正二も日本警察に自首したが、不起訴になる。その後ソ連東欧貿易会などに勤務し、シベリア開発の専門家になった。昭和四十八年、シベリアのハバロフスク上空を飛行中の日航機内で自殺した。死因は脳溢血とされ事件性は否定されたが、「御用済み」となってKGBに消されたとのうわさは絶えなかった。

 

ともかく、志位和夫という男は、根っからの筋金入りの反日本主義者であり、國體破壊を目指す逆賊であることは確かである。まさに志位和夫は共産主義革命思想の申し子であり、ソ連の手先なのだ。

 

志位和夫に、アメリカの「民主主義思想・平和思想・人権思想」を三原理とする「現行占領憲法」に依拠して安倍氏を批判する資格などありはしないのである。ましていわんや、明治天皇御製に対し奉り、「日露戦争のさなかに戦意高揚のために使われた」などと言うのは不敬千万である。志位和夫は今日においてもまさにロシアの手先であることを証明した発言である。

 

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2019年1月29日 (火)

明治天皇の御聖徳を汚す志位の発言を糾弾する。日共の逆賊体質は何ら変わっていない。

安倍総理が、本日の「施政方針演説」で、

 

明治天皇御製

「しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」

 

を拝し奉り、「日本人は幾度となく大きな困難に直面した。しかし、そのたびに力を合わせることで乗り越えてきた」とし、少子高齢化や激動する国際情勢など直面する課題に立ち向かう決意を訴えたことに対して、日共の志位委員長は、「1904年に詠んだ歌で、日露戦争のさなかに戦意高揚のために使われた歌だ。日本国憲法の平和主義に真っ向から反するものだと強く抗議したい」などと言った。文字通りの難癖であり、明治天皇の御聖徳を汚す発言である。断じて許し難い。

 

明治維新の後、わが国はロシアや清などの大国を相手に自国の独立を維持するために、懸命に戦った。そして、日清日露両戦争に勝利し、独立を維持した。

 

日共はソ連・共産支那・北朝鮮などの共産主義独裁国家・全体主義国家と同根の政党であり本質は全く同じである。日共はソ連の世界共産化謀略組織「コミンテルン日本支部」として創立した政党であり最初から共産主義侵略國家の手先なのだ。

 

共産主義独裁専制国家の最高権力者は人殺しである。プーチンはこれまで、反対派粛清・暗殺を指令した。金正恩は気に入らない人間は自分の叔父でも残虐なる方法で殺している。習近平は、形だけの裁判は行うが、敵対者・邪魔な者を監獄に放り込んでいる。ロシア・支那・北朝鮮の独裁者は根本的にそういう体質を持っている。

 

安倍晋三氏は、いろいろ批判すべきところはあっても、命懸けで国務に挺身していると思う。私にはそう思える。しかし、全体主義国家、独裁国家の指導者とは全く異なる。

 

日本が支那やロシアの属国にならないための戦い=日清・日露戦争は正しかったし、正義の祖国防衛戦争であった。

 

志位は安倍氏の発言を「日本国憲法の平和主義に真っ向から反する」などと非難したが、共産主義思想、共産主義独裁専制国家、共産主義政党・集団こそ、この百数十年間、世界・アジアそしてわが国の平和・自由・繁栄を根柢から破壊して来た。

 

本日の志位の発言は、日共の逆賊政党である体質・本性は何ら変わっていない事を証明した。日共を一日も早く討滅しなければならならない。

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2018年11月 9日 (金)

日本共産党の本質

 

 

日本共産党・社民党・立憲民主党などの亡国野党は、政府自民党やアメリカに対する非難攻撃は熱心だが、共産支那や北朝鮮の暴虐に対しては全く口をつぐんでゐる。

 

日本共産党は、あらうことか長い間、「朝鮮戦争はアメリカの侵略だった」といふ嘘八百を並べ立ててゐた。

 

『日本共産党の四十五年』といふ書物(昭和四五年八月二五日・日本共産党中央委員會出版局発行)には「アメリカ帝國主義は、(一九五○年)六月二十五日、わが國を前進基地として朝鮮への侵略戦争をはじめました」と書いてゐる。

 

 日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だったのである。また、日本共産党は戦後一貫して、朝鮮労働党の日本における窓口であった。

 

また、「在日朝鮮人の祖國帰還運動」にも積極的に協力した。日本共産党と北朝鮮は昭和三十四年、在日朝鮮人の北朝鮮への「集団帰還事業」をわが國政府に働きかけ實現させた。これによって、約九万八千人の在日朝鮮人(約七千人の日本人を含む)が北に永住帰國した。

 

この「集団帰還事業」について宮本顕治書記長(当時)は、朝鮮労働党第四回大會で帰國熱を煽った。つまり、日本共産党は多くの在日朝鮮人を地獄に送り込んだのだ。

 

七〇年代初頭、北朝鮮の國家保衛部は、九万八千人の在日朝鮮人帰國者たちを粛清の対象にした。絶え間ない監視と罪状の捏造によって、金日成父子冒瀆、反動宣伝煽動罪、スパイ罪をかぶせ、七三年から八〇年の間に、全帰國者の約二割を処刑もしくは政治犯収容所送りにしたといふ。

 

帰國事業では、日本共産党の有力者が、全國の「帰國協會」で「事務局長」を務め、地方党員が實働部隊となって在日朝鮮人を帰國させ、政治的には「北朝鮮に社會主義國の建設を」と宣伝した。

 

在日朝鮮人の北朝鮮への帰國に決定的な役割を果たしたのは日本共産党であった。しかるに日本共産党は自らが犯した犯罪行為に対して何の謝罪も行なってゐない。のみならず、悲惨極まる状況に陥ってゐる帰國者の救援・救出にもソッポを向き、それを妨害して来た。共産党は、昭和四十年代前半くらいまでは、北朝鮮を理想國家・天國のように宣伝してゐた。

 

日本共産党は拉致問題に関しても、平成十二年十月五日の党首討論で、不破哲三委員長(当時)らが「政府は拉致の確たる証拠を示してゐない」とか「確たる物証がなく状況証拠だけだ」などと述べた。拉致された人々は北朝鮮におり、拉致したのは北朝鮮なのである。「確たる物証」は北朝鮮にはあっても日本國内にあるはずがない。わが國の警察の捜査が及ばない北朝鮮の國家ぐるみの犯罪について、わが國の治安当局が「確たる証拠を示す」ことは殆ど不可能である。不破氏がこんなことを言ったのは、共産党が北朝鮮を擁護し拉致問題解決の意志が無かった何よりの証拠である。

 

 日本共産党は、昭和二十五年に、北朝鮮による韓國侵略=朝鮮戦争が起った時、日本において武装闘争・火炎ビン闘争を展開し、北の侵略を支援したのだ。また白鳥警部射殺事件、大須騒擾事件などを引き起こすなど暴力的破壊活動を展開した。これを後方攪乱と言う。

 

共産党員の多くは、「中核自衛隊」「山村工作隊」として、火焔ビンや時限爆弾などで武装して破壊活動を起した。さらに、日共が朝鮮総連と一緒になって、平事件・皇居前メーデー事件・吹田事件などの数多くの騒擾事件・集団暴力事件を起したことは歴然たる事実である。

 

日共の武装闘争は、北朝鮮の韓国侵略に対する後方支援であったのである。さらに言えば、ソ連・共産支那北朝鮮による日本侵略支配を目的としてゐたのである。

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