2019年5月27日 (月)

和平救國路線をとった汪兆銘の再評価は未だに行なわれていない

昭和四十年代後半にはじめて台湾を訪問した時、ホテルで讀んだ國民党の機関紙『中央日報』が、汪兆銘のことを汪逆精衛、陳公博のことを陳逆公博、毛沢東のことを毛匪沢東、葉剣英のことを葉匪剣英と書いていたのを讀んで驚いた。わが國の戦時中の教科書でも足利尊氏を足利逆尊氏、大杉栄のことを大杉匪栄とは書かなかった。戦後の日本人の多くは、左は毛沢東萬歳、右は蒋介石萬歳だった。そして汪兆銘を無視した。また、台湾独立運動にも非協力的だった。

李登輝氏によって台湾の民主化は實現したが、和平救國路線をとった悲劇の政治家汪兆銘の再評価は日本においても支那においても未だに行なわれていない。『反清復明・滅満興漢』が辛亥革命のスローガンだった。満州は支那ではない。無主の地を開拓し殖産興業・民生安定の實を挙げたのは日本だった。満州事変と満州建國は日本の支那に対する侵略ではない。東條英機元総理を侮辱する銅像が海南島に建てられても、政府もマスコミも一切抗議しない。

以前、米沢を旅行した時、明治維新の際、薩摩に対して『官軍の名を借りて暴虐を行なっている』と抗議し、ついに梟首の刑に処せられた雲井龍雄の旧居址を訪ねた。そこには「憂國志士雲井龍雄遺蹟 中華民國行政院長梁鴻志 昭和十三年建碑」と刻まれた石碑が立っていた。

梁鴻志は、昭和十三年に南京に樹立された中華民國維新政府行政院長をつとめた政治家である。その年、来日した時に、この石碑の文字を書いたと思われる。汪兆銘が昭和十五年に國民政府還都を行なった時、合流して監察院長となり、汪氏逝去後は立法院長となった。戦後、漢奸として裁かれ、昭和二十一年銃殺刑に処せられた。梁鴻志はまるで自分の最期を予感したかのように、同じように叛逆者として死刑に処せられた雲井龍雄という人物のために筆をとったのである。なんとも悲しくも不思議な因縁と言わざるを得ない。梁鴻志は単なる親日家ではなく、深く日本の歴史と道統を理解していた人であったと思われる。

雲井龍雄は、『討薩之激』という文章で、「薩摩多年譎詐萬端、上は天幕を暴蔑し烈侯を欺罔し…薩族の兵東下以来、過ぐる所の地、侵掠せざるなく、…人の鶏牛を盗み、或は婦女に淫し発掘殺戮残酷極まる。…これ今上陛下をして桀紂の名を負はしむるなり」と書いている。

汪兆銘・梁鴻志なども、決して祖國を裏切ったのでなく、わが國と協力し和平することが祖國のためになると信じたのであろう。雲井龍雄・江藤新平・汪兆銘・梁鴻志など、歴史上叛逆者・逆賊として葬られた人物の真の姿をもう一度見直す必要がある。

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2019年3月 1日 (金)

日韓併合は「侵略」「植民地支配」ではなかった

 

韓国は江華島条約(明治八年)から日韓併合(同四十三年)に至るまでの歴史を、一貫して日本の計画的意図に基づく侵略と見ているが、このような史観は我々日本人には到底受け入れることはできない。明治の父祖が心血をそそいだのは、欧米列強からいかにして祖国の独立を守り抜くかということであった。

 

そして隣接する朝鮮とその周辺がロシア・支那など強大国の支配下に入ることは日本の安全を脅かされるものとされた。日本自体が朝鮮半島へ進出すべきだというのではなく、朝鮮が第三国の属国にならないようにするというのが、『朝鮮独立』を目指した明治前半期の日本の対朝鮮政策であった。日本が国運を睹して戦った日清、日露両戦争が韓国の独立保全を目的として戦われたことは両戦争の「宣戦の詔書」に明らかに示されている。

 

 日韓併合以前の朝鮮は混乱の極にあった。李王朝は専制政治・封建体制だった。勢道政治(一族政治)などの言葉も残っている。日韓併合前の朝鮮即ち李王朝政府は名のみのものであって、その実力は全く失われ、当時の朝鮮は独立国家の体をなしていなかった。

 

 日露戦後、韓国は「日韓協約」により我が国の保護国とされ、伊藤博文が初代統監に就任した。伊藤博文の真の意図は韓国を名実伴う独立国にすることにあった。韓国皇太子・李王垠殿下は伊藤博文を追慕して「伊藤は『自分は今、韓国を立派な国に建て直すために懸命の努力を払っておりますが、殿下はやがて韓国の帝位にお就きになる方ですから、それに相応しい御修行にお励みになりますように』と常々申していた」と語ったという。

 

 しかしそうした伊藤公の真摯な心を韓国民は理解することができず、ついにハルピン駅頭において伊藤公は安重根の銃弾によって暗殺され、日韓併合の至るのである。安重根の遺書を見れば彼がいかに誤った情報に基づいて伊藤公を殺したかは明らかである。

 

 日韓併合に対して、韓国側は「日帝三十六年の植民地支配」として非難攻撃しているが、日韓併合は決して植民地支配ではなかったし、単なる領土拡張政策でも侵略でもなかった。それは、明治四十三年八月二十九日の『韓国併合に付下し給へる詔書』に「民衆は直接朕が綏撫の下に立ちて其の康福を増進すべし産業及貿易は治平の下に顕著なる発達を見るに至るべし」と仰せられ、また、大正八年三月一日の独立運動事件の後に出された『総督府官制改革の詔書』に、「朕夙に朝鮮の康寧を以て念と為し其の民衆を愛撫すること一視同仁朕が臣民として秋毫の差異あることなく各其の所を得其の生に聊(やすん )じ斉しく休明の沢を享けしむることを期せり」と宣せられたところに示されている。

 

 従って、朝鮮、台湾、樺太を外地と呼ぶことはあったが、植民地と呼ぶことは政府によって排された。事実、民法、刑法を始め大半の法律は内地と同一内容で施行され、各種の開発や公共事業も進み、医療衛生制度や教育制度も整備され、内地の政府民間の負担も相当の額に達した。そして乱脈だった李朝末期の韓国社会を正し法治社会をもたらした。これは欧米列強の植民地支配・愚民政策・搾取行為とは全く異なるものであった。

 

 また日韓併合と同時に多くの朝鮮人が雪崩を打って日本に来た。二百万人近くやって来た。その上毎年何十万という朝鮮人が出稼ぎに来た。日本の方が朝鮮の植民地になったと言っても過言ではない。

 

 日本統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、韓国が惨めだった状況から一足飛びに近代化したことは歴史的真実である。日本が韓国統治において一方的な収奪したというのは大きく事実に反する。

 

 もちろん、韓国人の独立運動も国内外において続けられたが限定されたものであった。韓国人の多くは日本統治体制に協力し、多くの有為な韓国人青年が日本軍将校として志願した。日本に協力し日韓融合に努めた多くの青年達が、韓国が独立した後、大統領・首相・閣僚・参謀総長・企業家・高級官僚・学者をはじめとする国家指導者となった。こうした事実を否定することはできないし、否定することはかえって韓国人の誇りを傷つけることとなる。

 

 国際条約というのは、同等の力があるところが結ぶとは限らない。過去においてもまた今日においても完全に対等関係で結ばれた条約などありはしない。「日米安保条約」も日米両国が完全に対等な関係で締結されている条約ではない。しかし「日韓併合条約」は法的に有効に成立している。

 

 そもそも「日韓併合条約」は、十九~二十世紀の弱肉強食・優勝劣敗の時代において、日本、ロシア、支那三国間パワーバランスの中で、欧米列国もこれをすすめ、支持したものであり、当時韓国内に百万人の会員がいた一進会が韓国皇帝、韓国首相、日本統監宛に併合嘆願書や韓国十三道からの併合嘆願書と共に、皇帝の御沙汰書により内閣も一人を除く全員が賛成して実現したのである。

 

 また当時の国際法では政府代表に直接明白な強制がない限り、正当対等に成立したものとされた。日韓併合は法的形式的に有効に成立しており、国際法上無効などということは金輪際あり得ない。「日韓併合条約」は国際法上有効であったという原則は断じて譲ってはならない。また日本の韓国統治は西洋諸国の行った植民地統治とは全く異なるものであった。これは感情論ではない。

 

 韓国側の国民感情からの主張はあったとしても、過去の歴史的事実を今日ただ今の価値観・倫理観・国際常識・国際法から全てを否定しさるのは歴史の隠蔽であり、時代錯誤である。歴史を直視すべきは日本ではなく韓国である。

 

 もちろん、当時の日本が朝鮮半島および朝鮮民族の為のみに利他的に朝鮮を併合・統治し近代化したと主張するものではない。朝鮮の為という面もあったが、その半面日本は日本の国益のため、日本の独立維持と安全のために朝鮮半島を併合した側面もある。

 

しかし、日本の国益のための朝鮮併合・統治であったから、朝鮮の利益は全く無かったというのは誤りである。そうした主張は、アメリカが朝鮮戦争に参戦したのは共産主義の侵略阻止というアメリカの国益のためという側面もあったから韓国のためには一切役立っていないというのと同じ議論であり、きわめて一方的である。歴史は学問であり政治外交問題ではない

 

韓国は、自分たちと完全一致する歴史認識以外はすべて「ゆがんだ歴史認識」「妄言」「暴言」であるとして、これを抹殺せんとし続けてきた。

 

日本には日本の歴史があり、父祖が心血をそそいだ光輝ある歴史は、我々自身がは守り抜かねばならない。韓国には韓国の歴史観と立場があるように、日本にも日本の歴史観と立場がある。それを認め合うことが日韓友好の第一歩である。これを忘却し蹂躙しているのが、今日の韓国である。

 

 日本のしたことは全て罪悪行為であったとして卑屈に謝罪することは、百害あって一利なしである。韓国側は韓国自身の考えている歴史認識のみを「正しい歴史認識」として日本に一方的に押しつけるだけであって、日本側の歴史認識はほとんど無視される。そもそも共通の歴史認識を日韓両国が持つことは不可能である。わが国は正々堂々わが国の歴史認識を韓国のみならず全世界に向けて主張し続けることが大切である。一歩も退いてはならない。

 

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2019年2月14日 (木)

わが国は朝鮮半島に対して如何に向き合ひ如何に対処すべきか

 

今後、わが国は朝鮮半島に対して如何に向き合ひ如何に対処すべきかについて、葦津珍彦氏は次の如くに論じてゐる。

 

「日韓両民族が、一視同仁の聖天子の兄弟たるべき時代は消え去ってしまった。…仲のわるい隣邦の外国人にすぎなくなった。日本人の道義も失はれ、金権の外に考へない気風に汚染されている。韓国人は自ら国を亡ぼしてしまった歴史を、ことさらに抹殺して、日本をただ悪者にして、公正の歴史をゆがめて、対日請求のやくざ集団のような思想にとりつかれている。ここでは、はっきりと日韓は別国とわり切って、冷徹な国家対国家の国際公法の『理性』に立ち、相和すべき理があれば和するが、対決すべき理があれば同志を拒否し対決するとの原点に戻って、初めから、出直す外にあるまい。その対等対決の中から、自らにして兄弟の情のわき出るを切望するが、心にもない特殊、非情理な、拵え事のだらだら回想情操論は一旦打ち切った方がいい。今の條件で日本天皇と親しむ者には親しみ、敵対する者には敵対するがいい。異国人相手の交際からの出直しだ」(『朴鐡柱君悲痛の生涯』・「朴鐡柱大人を偲ぶ」所収)

 

全く同感である。日本と韓国とは近親でも身内でもない。異文化・異民族であることをもっと確認すべきだ。当たり前のことだが、日本と韓国とは別の国であり別の民族である。地理的には近隣でも文化的・民族的には決して近隣国家ではない。

 

また、アジア・東洋で一括りにすることはできない。アジア諸国家・諸民族には文化・歴史・宗教などに大きな違ひがある。それぞれ個性がある。

 

全世界の国家がさうであるやうに、東アジアにおいても大陸国家と半島国家・海洋国家とに分けられる。支那は大陸国家であり、朝鮮は半島国家であり、日本や東南アジア各国は海洋国家である。戦争が起こる確率が高いのは、半島国家であるといふ。大陸国家・半島国家・海洋国家が「共同体」を形成することはきはめて難しいといふか、不可能に近いと考へる。

 

かつて「東アジア共同体」という言葉が流行った。日本と支那が「共同体」を形成するといふことは、日本が大陸との関係を今日以上に深めるといふことである。これまでの歴史で、日本が大陸に進出して成功したためしはない。

 

「大西郷の精神」「大アジア主義」は今日においてこそもっとも大切である。何故なら今の日本は、幕末・明治のわが國以上に、外国から侮りを受け、政治は乱れに乱れてゐるからである。そしてアジアにおいて中華帝国主義の暴虐が吹き荒れてゐるからである。

 

日本民族は誇りを回復し、かつて白色人種の世界支配からアジア・アフリカを救ったように、今日においてはアジアにおける最大の覇権国家・軍国主義国家たる共産支那のアジア侵略支配策謀を粉砕するために努力しなければならない。

 

ただし、近代日本の大陸および朝鮮半島との関係史に学ぶことは、支那大陸・朝鮮半島に、政治的経済的軍事的に深入りしてはならなといふ事である。

 

國史を省みるとわが國が支那大陸に深入りするとろくなことがなった。亡國の危機に至る事さへあった。特に昭和前期の日本は、軍事的・政治的に大陸に深入りし、ソ連・中共の謀略に引っかかり、泥沼の戦ひとなって日米戦争にまで進み敗北した。

 

戦後の「日中友好」「日韓友好」も同じ誤りを繰り返した。「日韓基本条約締結」「日中國交回復」以後、経済的に深入りして金と技術を支那や韓国に投入し、共産支那を軍事大國にしてしまった。また韓国も日本に対して竹島を占拠し続け反日策謀を繰り返してゐる。その結果、主権と安全と独立が脅かされてゐる。北朝鮮に対しても朝鮮総連を通じて事実上の経済支援を行ったが、今日わが国の核攻撃の恫喝を行ってゐる。

 

支那と朝鮮が日本にとって福澤諭吉が言った「悪友」であることは今日ますます事実として明らかになってゐる。今日のアジアにおいて、「殘忍酷薄を事とし、己を利するは野蠻」な国は、支那と北朝鮮である。支那朝鮮がこれ以上理不尽にわが国を圧迫して来たら、破邪の剣を振ふより致し方ないのである。「支那・朝鮮の公正と信義に信頼して自国の生存と安全を保持しようと決意した」などと呑気なことは言ってゐられないのである。

 

今日における、「大アジア主義」とは支那・朝鮮との関係の「謝絶」であり、台湾、ベトナム、フィリッピン、オーストラリア、アメリカといふ海洋国家との連携である。

 

中華帝国主義国家の膨張・侵略を防がねばならない。支那・朝鮮がわが國の隣國であるからとて、何をされても、ニコニコ笑って「大人の対応」とやらをするべきではない。「悪友」の侵略・不法行為から、わが國の独立と主権を守るために、わが國の尊皇攘夷精神を発揮して「處分す可きのみ」である。

 

わが國は、自國の力を強めると共に、アメリカや東南アジア諸國との連帯を深めて、中華帝國主義とそれに事大する暴虐南北朝鮮に対処すべきである。これはすぐに戦争を開始するといふ意味ではなく、国防体制をより増強して侵略から祖国を守り祖国を守るといふことである。

 

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2019年2月13日 (水)

日韓関係について

 

事大主義(じだいしゅぎ・小が大に事(つか)えること)が韓国の歴史的外交姿勢である。強い方に着く。近代史の限っても、支那・ロシア・日本・アメリカそして最近は支那に事えている。新羅・高麗・李朝など朝鮮半島に生まれた王朝の多くは、支那大陸の中原を制した国家に対して事大してきた。朴正煕は「自律精神の欠如」としてこれを批判していた。真の王朝を大中華、自国を小中華として喜んでいた。

漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた迎恩門とは、支那皇帝の臣下であり、冊封国であった李氏朝鮮の歴代の王が、明代および清代の支那皇帝の使者を迎えるための門である。迎恩門とは恩のある支那皇帝の使いが通る門という意である。

 

崔基鎬氏によると、迎恩門は朝鮮国王が三跪九叩頭の礼によって明代および清代の支那からの使者を迎えた場所である。その迎恩門に隣接して建てられていた慕華館は、清の使節団が滞在する建物である。慕華館とは字面を見ても明らかだが『中華を慕う館』という意である。

 

かくの如く李氏朝鮮は、支那の属国であった。韓国は弱いものをいじめる。事大主義は今も生きてゐるのだから日本は韓国に強き対処した方がいい。韓国に対して強く出た方がいい。

 

韓国は、血縁集団の集合体である。宗族とは男子単系血族で構成される同姓血縁集団であるという。全州李氏・慶州金氏とかいうのがある。この相続が男系の子孫を確保するために他の異姓の血縁集団と婚姻関係を結ぶ。

 

しかし、女性は婚姻によって他家に移っても、宗族の系図(族譜)に名が記されることがない。女性は男子単系血族の子孫を生む<道具>に過ぎない。従って、父系祖先の祭祀には通常、女性は参加できない。いわんや祭祀主になることはできない。

 

支那韓国の最高の徳目は「孝」。そして儒教の「孝」とは単に両親を大切にすることではなく、両親と祖先への孝であり、家系を継ぐべき男子を生むことが大切である。

 

日本人が「忠」を大切にするのは非血族を含む「家」の存続を大切にするからだと呉善花氏は言う。わが国皇室には「姓」はない。

 

日韓併合は侵略搾取だったのか、近代化促進だったのか。韓国民の反日感情は永遠に解消されないのか。

 

日本と韓国は、文化的・宗教的相違点と相似点を正しく考究する必要がある。私は、日韓にはあまり相似点はないと思う。我が国と韓国の関係は近親憎悪と言う人もいるが本当に「近親」なのか。我が国と韓国とでは儒教・仏教の受容の態度も異なる。

 

日本はキリスト教を受け容れなかったが、韓国は受け容れている。キリスト教徒が多いのは何故か。しかも韓国にはオカルト的なキリスト教が多いのはどういうことか。

 

多神教であり自然を神として拝み、八百万の神を拝むため、一神教が浸透しなかった日本と、一神教を信ずる人が多い韓国とは基本的に信仰精神・文化感覚が異なると思う。日本は包摂・包容の文化であり、韓国は排他・独善の文化である。

 

呉善花さんは、「韓国には日本の神社や神道というクッション(媒介)がないため、日本のように、多神教の持つエネルギーを現代市民社会のより高度な発展へと向かう力に変えることができていない」「韓国の多神教の伝統は、日本のようにクッションを通して市民社会の無意識層に浸透しているものではなく、市民社会とは別個に、田舎、あるいは前近代的な場においてだけ、各地に細々と生きているにすぎない。この点日本と大きく事情が異なっている。韓国は儒教、キリスト教という外来の器に自前のシャーマニズムを流し込んでゆくが、日本は神道という自前の器に外来の宗教を受け入れ飲み込んでしまうのである」と述べている。(『續スカートの風』)

 

また「日本語の文字には漢字、カタカナ、ひらがながあって、どんな外国語の受け入れにも対応できるようになっている。受け入れを身上とする日本文化ならではのものと言えるだろう。漢字で中国大陸から入った文化用語や形式的な言葉に対応させる。またカタカナで主に欧米からの外来語に対応させる。そして、平仮名によって固有語をそのまま残すことができる」と論じている。(『續スカートの風』)

 

儒教は、「怪力乱神を語らず」という思想があるが、韓国にシャーマニズムが残っているのは何故か。

 

最近の日本に「ヘイトスピーチ」「レイシズム」が起きていると言うが、憎悪表現・人種差別は韓国の方がひどいのではないか。

 

反日・嫌韓は無くならないのか。無くす手立てはないか。日本人は、韓国とは異文化・異民族であることをもっと確認すべきだ。日本と韓国とは近親でも身内でもない。別の国であり別の民族である。地理的には近隣でも文化的・民族的には決して近隣国家ではない。相当の違いがある。つまり日本は韓国に深入りしない方が良いのである。

 

アジア・東洋で「ひとくくり」にするのも誤りである。アジア諸国家・諸民族には大きな違いがある。それぞれ個性がある

 

日本人そして日本文化は排他的ではないのに、韓国のそれは何故排他的なのか。

 

日本近代は開国攘夷、韓国近代は鎖国攘夷であった。韓国が近代化できなかった原因は何処にあるのか。

 

韓国政治家の、天皇陛下に対する許し難い侮辱発言、さらに、反日デモ隊が、天皇陛下やわが国政治家の人形を路上で焼いたりして侮辱するは許し難い。この事で、「日韓友好」などという事は金輪際あり得ない。

 

竹島問題は取られたら取り返せばいいだけの事である。今の日本にその決断と実行力がないだけの事である。

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2019年1月23日 (水)

「日韓併合」を謝罪する必要は全くないー朝鮮は日本の植民地ではなかった

 

日本による韓國併合は、当時の日本にとって万止むを得ざる選択であったと共に、当時の韓國政府との正式な交渉のもとに行はれたことである。しかも、併合後韓國は、近代化を遂げ、あらゆる面で併合以前よりも発展し、國民は豊かになった。そして継承され護られるべき韓国の傳統文化は保護された。わが國は、韓國・朝鮮を一方的に侵略し支配したのではない。従って韓國に対してわが國政府が百年の区切りの年だとか言って謝罪する必要は全くない。

 

朝鮮併合を『植民地支配』と言うのは大きな間違いである。朝鮮は日本の植民地ではなかった。九州・四國と同じに考えられた合邦國家であった。だから朝鮮総督府は内閣に直属していた。

 

明治天皇の『韓國併合に付下し給へる詔書』(明治四十三年八月二十九日)に、「(朝鮮の注)民衆は朕が綏撫の下に立ちて其の康福を増進すべし。産業及び貿易は治平の下に顕著なる発達を見るに至るべし。而して東洋の平和は之に依りて愈々其の基礎を鞏固にすべきは朕の信じて疑はざる所なり」と示されている通り、わが國には韓國・朝鮮を植民地する考えは全くなかった。

 

わが國が朝鮮半島において植民地搾取を行ったと言うなら、『数字』を根拠とするべきである。朝鮮統治三十六年間、朝鮮総督府の財政予算の一五~二0%は日本中央政府から補助を受けていた。『日本は朝鮮半島の土地を収奪し、人の命を収奪した』と言うが、日本統治時代に朝鮮の土地の利用価値・生産価値を高め、三十七年間の自然・社會環境の整備によって人口を倍増せしめた。

 

朝鮮、台湾、樺太を外地と呼ぶことはあったが、植民地と呼ぶことは政府によって排された。事実、民法、刑法を始め大半の法律は内地と同一内容で施行され、各種の開発や公共事業も進み、医療衛生制度や教育制度も整備され、内地の政府民間の負担も相当の額に達した。そして乱脈だった李朝末期の韓国社会を正し法治社会をもたらした。これは欧米列強の植民地支配・愚民政策・搾取行為とは全く異なるものであった。日本統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、韓国が惨めだった状況から一足飛びに近代化したことは歴史的真実である。

 

朝鮮半島の歴史は、「中華帝國」への隷属の歴史であった。文化的にも政治的にも軍事的にも支那の属國であり続けた。しかし、日清戦争の後の「下関条約」(明治二十八年)で、「清國は、朝鮮が完全無欠なる独立自主の國であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮國から清國に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。(第一条)」事となった。すなわち、朝鮮は日本のお陰で支那からの独立を獲得したのだ。

 

ところが、日本が「三國干渉」に屈服したため、「日本弱し」と見た李氏朝鮮は、今度はロシアに接近しその属國となった。國王の高宗はロシア大使館で政務を執るという状況であった。こうした朝鮮の体質を「事大主義」(『以小事大』(小を以て大に事〈つか〉へる)と言う。強い者を背景に弱い者をいじめるという体質である。「事大主義」は、李氏朝鮮建國以来の國策であった。

 

日本に併合される以前の韓國は、ある時はロシアの属國となり、またある時は支那の属國になるという体たらくで、とても独立國と言える状況ではなかった。また國内の改革・近代化も全く進まず、経済的に破綻に近い状態にあり、権力者は腐敗し、政争を繰り返していた。そして國民は疲弊し李朝の圧政に苦しんでいた。  

 

そのままの状況で推移すれば、朝鮮半島は、きわめて不安定になる。これはわが國にとって重大な脅威である。そこで、日露戦争に勝利した日本は、当時の韓國政府との正式な交渉のもとに、ロシアの属國であった朝鮮を併合したのである。当時の國際感覚では当然の成り行きであり、文字通り致し方の無い選択であった。

 

日本の韓国統治は西洋列強がアジア・アフリカなどに対して行った「植民地支配」とは全く異なる。断じて謝罪する必要はない。

 

韓國や北朝鮮は、日本が謝罪すればするほどますます居丈高になって過去のことを責め立てて来る。一体今まで、日本は韓國に対して、そして支那に対して何回「謝罪」してきたのか。そしてそれによって日韓関係・日支関係が良くなったのか。断じて否である。何回謝罪しても、友好関係は確立していない。わが国政府は、謝罪などせず、竹島奪還・拉致問題の解決など韓国・朝鮮に対する正当な要求を毅然として行うべきである。

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日本は大陸国家・半島国家の悪逆非道から祖国を守らねばならない

 

全世界の国家がさうであるやうに、東アジアにおいても大陸国家と半島国家・海洋国家とに分けられる。支那は大陸国家であり、朝鮮は半島国家であり、日本や東南アジア各国は海洋国家である。戦争が起こる確率が高いのは半島国家だといふ。

 

これまでの歴史を顧みると、わが国は朝鮮半島や支那大陸に進出すると手ひどい目に遭ってゐる。成功したためしはない。戦前は、軍事的・政治的に大陸に深入りして、ソ連中共の謀略に引っかかり、泥沼の戦ひとなって日米戦争にまで進み敗北した。戦後は、支那大陸に経済的に深入りして、金と技術をまきあげられ、共産支那を軍事大国にしてしまひ、かへってわが國の安全と独立が脅かされてゐる。

 

朝鮮半島についても同じことが言へる。朝鮮半島と支那大陸に深入りすることは日本にとって利益にはならない。実際、近代日本は、半島と大陸に深入りしすぎて、結局亡国への道を歩んだ。近代どころではない、古代日本の白村江の戦ひの敗北、豊臣秀吉の朝鮮出兵の失敗を見てもそれは明らかである。我々は歴史に学ばねばならない。

 

近年の日本も支那大陸・朝鮮半島に政治的経済的に深入りしすぎてきた。日本のお蔭で経済発展した支那韓国は、日本に牙を向けて来てゐる。日本はまづ自らの主体性を正しく確立しなければならない。

 

わが国は北の脅威に韓国と共に対処する必要はない。韓国の防衛は韓国自身と韓国の同盟国アメリカに任せればいい。日本はアメリカを後方支援すれば良い。ともかく敵対国家韓国と軍事的協力などする必要はさらさらない。

 

韓国が北朝鮮・支那に侵略支配されようと、わが国が韓国に軍事的支援をする必要はない。韓国は北朝鮮に侵略され統一国家になったら、日本に侵略の牙を向けて来るのは火を見るよりも明らかである。

 

大陸・半島に軍事的経済的政治的にあまりにも深入りしたことによって、亡国の道を歩んだのだ。歴史を繰り返してはならない。

 

わが国が共産支那や南北朝鮮から祖国を守るためには核武装が必要である。日本傳統精神を興起せしめ道義国家日本の真姿を回復し、アジアの平和のために貢献することは大切であるが、それは支那朝鮮と妥協したり、言ひなりになることではない。

 

もちろん、四海同胞・八紘爲宇・アジアナショナリズム・アジア解放の理想は正しいが、「アジアは一つ」ではあっても、各民族・各国家はそれぞれ全く異なる文化と歴史と民族性を持ってゐることをはっきりと認識し、海洋国家(台湾・ベトナム、マレーシア、フィリッピン、インドネシア、インド、オーストラリア、ニュージーランドそしてアメリカ)と協力して大陸国家・半島国家の悪逆非道から祖国を守らねばならない。

 

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2019年1月21日 (月)

いはゆる「従軍慰安婦」とは虚構であり嘘八百である

中川八洋氏はその著書で、「第二次大戦における戦場でのレイブ事件の発生率については、日本軍は他国に比して際立って少ない。まさしく称讃されるべき世界第一級の模範軍であった。…戦場の『敵国』女性を保護する政策を立派に遂行した。その成果であった。また、慰安婦がすべて民間の純粋な『市場』において集められた点でも世界の範であった。…『従軍置屋』をもって、『日本のみがなした野蛮な制度』とするのは歴史的事実に反する。日本を中傷するための悪意ある嘘である」

「一九五〇年に朝鮮戦争が始まると米軍は日本の横浜、大阪(のち奈良)、小倉の三カ所に日本人女性の売春婦(慰安婦)を集めた米軍管理の『センター』を設置した朝鮮の戦場から一定期間ごとに交代で米軍の兵隊が送られてきた」「一九四五年八月十五日の停戦と九月二日の敗戦の日以降、米軍約四十万人が日本に上陸したが、『従軍置屋』も売春婦も伴っていなかった。このため、GHQも命令したし、また日本政府側も日本の一般女子の貞操を強姦から守るべく、占領軍用の売春施設を全国規模で設置した」

「置屋が従軍して移動する制度は…国際的には普遍的である。何ら非難されるべきものではない。むしろ戦場や占領地における強姦を防止し性病をより減少せしめる成果においてそれ相応に評価されねばならない。売春の是非という問題だけに論点を視野狭窄させて、『従軍置屋』制度を非難するとすれば、その方が非人間性に基づいた非難である。非難されるべきは、満洲や東欧やドイツでなしたロシア(ソ連)軍のような残虐極まる強姦の問題である。…日本軍の『従軍置屋』制度について真赤な嘘をもって難詰しながら、この満洲や東ヨーロッパやドイツでのロシア軍によって生じた二十世紀最悪のレイプ被害に対しては一切の言及もしない、日本の『従軍慰安婦』キャンペーンを専門とする弁護士たちは、果たして人間なのだろうか。人格喪失のデマゴーグたちである」(『歴史を偽造する韓国』)と論じてゐる。

 

このやうに、「従軍慰安婦実在説」は成立しない事は今日明らかになっている。「強制連行」といふ事実がない以上、「慰安婦」と言はれる人々は戦地に出張営業した「娼婦・売春婦」であり、官・軍が営業を認可した「公娼」だったのである。

 

「女子挺身隊の名で戦場に強制連行され日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦」は全く存在しなかった。実際、戦地に出張した朝鮮人娼婦・売春婦の殆どが、親に売られたり、朝鮮人の民間業者(女衒)の手で転売されたりした女性たちである。

 

「従軍慰安婦問題」でわが國を責め立ててゐるわが國内外の勢力は、「人権感覚」に基づいてゐるのではない。虚構・嘘八百による日本断罪である。「慰安婦強制連行」という挙行・嘘八百を材料にして「反日策謀」を広める反日国家、そしてわが国内の反日勢力の意図があるのである。

 

ソ連の崩壊――東西冷戦の終結によって、それまで社会主義を礼賛し日本の共産化を呼号してきた勢力は、「目標」を失った。それに代はる目標あるいは自己の存在証明が、「慰安婦強制連行プロパガンダ」などの「反日的歴史問題」の「追及」になったのだ。このような虚構の「反日プロパガンダ」を断固として撃破しなければならない。

 

問題は日本の近現代史を悪逆非道と描き出す『朝日新聞』などの反日メディア、亡国野党などの反日勢力の存在である。わが国の歴史を汚し、旧軍人を侮辱することは天人共に許さざる行為である。

 

いはゆる「従軍慰安婦」とは、相当の報酬を得てゐた特殊職業婦人(俗にいふ売春に携はる女性)のことで、勿論、わが国政府及び軍に強制されたものではなかった。

 

軍は戦地での強姦暴行事件が起こるのを未然に防止するために、業者にこの種の女性の募集を委託した。従って性病防止などのため管理面で軍が関与したことはあっても、日本軍が強制連行したことはあり得ない。

 

韓国や日本国内の「反日勢力」は「従軍慰安募集」を、不当に歪曲し、誇大化して「強制連行」などと大々的に報道し、キャンペーンを張ったのである。その結果、内外の多くの人は「強制連行」があたかも歴史的真実であると信じ、日本軍及び日本政府が行ったかのやうに思い込んだ。そして、女性の人権を蹂躙した人道的犯罪を、日本軍が犯したと妄信されてしまった。

 

公表された「慰安婦」関係の記録文書には、朝鮮半島出身者に関する文書に「強制」「強要」「甘言」があった「事実」を示す記録は一件もなかった。「従軍慰安婦」問題はでっち上げであったのである。虚構の「反日プロパガンダ」を撃破しなければならない

 

 

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2019年1月20日 (日)

わが国は、悪逆非道の韓国に対し竹島からの撤退と謝罪と賠償、李承晩ライン問題の謝罪と賠償、日本人の個人資産返還・戦後賠償返還を韓国に要求すべきだ

わが国は、悪逆非道の韓国に対し竹島からの撤退と謝罪と賠償、李承晩ライン問題の謝罪と賠償、日本人の個人資産返還・戦後賠償返還を韓国に要求すべきだ

 

これまでの日韓関係について考へてみたい。韓國は、わが國の主権回復を承認する「サンフランシスコ講和条約」が発効する直前の昭和二七年一月十八日、韓國が海洋資源を独占し、領土を拡張するため、突如、島根県・竹島を取り込んで、一方的に公海上に引いた軍事境界線・排他的経済水域「李承晩ライン」を引いた。そして、日本漁船を締め出すと共に竹島を強奪した。これは、國際法上全く不当不法な行為であった。

 

韓國警備艇は、「李承晩ライン」の外側を航行中の日本漁船までも襲撃し、無辜の日本漁民を拉致して釜山港へ連行し、残虐な拷問を加へ、自白を強要し、一方的な判決を言ひ渡し劣悪な環境下で拘束した。さらに日本漁船を多数強奪した。

 

下條正男氏は要旨次のやうに論じてゐる。「李承晩ラインを引き竹島を強奪したのが、何故一月十八日であったのか。二月二十八日に始まる日韓国交正常化交渉を韓国側に有利に進めるためである」「李承晩ラインは一方的に公海上に引いた線である。日本漁船が二百隻以上拿捕され、三千人以上の日本漁民が拿捕された。昭和二十八年二月四日には、漁労長が射殺された」「日韓の国交正常化交渉で一番大きな問題は、朝鮮半島に残された日本人の個人資産の処置であった。その個人資産は、当時の韓国経済の八〇%に当るという。韓国側はこの事を日本側に持ち出されたら困る。日本人の個人資産を日本側の搬出させないために韓国側が外交カードとして使ったのが、拿捕し拉致し不当に抑留した日本漁民たちの身体と生命である。竹島問題、李承晩ライン、個人資産問題で日本が譲歩すれば、漁民を解放しようというのである」(『竹島の現状と日韓の主張』・「虎ノ門道場ブックス・知っていますか、日本の島」所収)

 

韓国は北朝鮮に負けず劣らずまさに「人さらひ国家」である。北朝鮮の日本人拉致と何ら変はりはない。韓国は戦時中の「徴用」を「強制連行」などと批判するが、自分たちこそ、強制連行・拉致・不当拘束の本家本元なのである。

 

さらに韓国は、『日韓基本条約』踏み躙り、いはゆる従軍慰安婦問題で、日本を責め立て、補償を要求し、日本側も十億円の金を出すことにした。韓国が「日韓基本条約」を踏み躙るのなら、わが国も正々堂々日本人の個人資産返還を韓国に求めるべきだ。

 

昭和四十年に「日韓基本条約」「請求権・経済協力協定」「日韓漁業協定」が締結されるまでの間、韓國の不法行為により投獄された日本漁民は三九二九人にのぼり、拿捕時の攻撃による死傷者は四十四人、物的被害総額は当時の金額で約九十億円にも上る。

 

にもかかはらず、韓國は現在に至るまで謝罪も補償も一切してゐない。わが國政府は、韓國政府に対して「李承晩ライン」問題について謝罪と賠償を強く求めるべきである。

 

韓国が「日韓基本条約」を踏み躙るのなら、日本人の個人資産返還・戦後賠償返還を韓国に求めるべきだ

 

強調しておかなければならないことは韓国が日本に対する「請求権」を放棄したのは、わが国が韓国に対し、朝鮮半島に投資した日本資本及び日本人の個別財産の全てを放棄すると共に、膨大な額の援助を行ふことになったからである。韓国は無償で対日請求権を放棄したのではない。

 

昭和四十年六月に、日韓両国政府が調印した『日韓基本条約』と同時に締結された付随協約の一つである『日韓請求権並びに経済協力協定』は、第一条が日本から韓国に対して経済協力が行われるための手順規定、第二条が日韓両国間の請求権問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」規定、および、第三条が日韓両国間で「この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争」を解決するための手順規定となってゐる。

 

この「協定」に基づき、日本は、韓国との正式国交開始と同時に、当時世界最貧国のひとつであった韓国に対し、合計五億米ドル(無償三億米ドル、有償二億米ドル)及び民間融資三億米ドルの経済協力支援を行った。当時の韓国の国家予算は三・五億米ドル程度、日本の外貨準備額は十八億米ドルであったことから、その額の膨大さが推し量れる。

 

韓国は、この日本からの経済協力金を原資として、国内のダムや高速道路を整備し、「漢江の奇跡」を成し遂げたのである。

 

これについて金完燮氏は「その著『親日派のための弁明』で、「日本としては、遅れた朝鮮半島を譲りうけ、四〇年間にわたって大規模な投資をし教育を施し、近代的な制度を導入して膨大な産業基盤を建設したあげく、金を受けとるどころか賠償金まで支払わなければならなかったのは、さぞ無念なことだったろう」「日本の立場からすれば、朝鮮に残した莫大な財産を強奪され、数多くの日本人が殺害され追放された被害に対してなんらの賠償も要求できなかったうえに、大幅に譲歩しながら締結した協定について、韓国側がこれに反する言動を延々とくりかえしているのだから、韓国人はいくら与えてもつぎつぎと無理難題を吹っかけてくるおかしな集団と受けとるだろう」と。

 

韓国が「日韓基本条約」を踏み躙るのなら、わが国も日本人の個人資産返還・戦後賠償返還を韓国に求めるべきだ。

 

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2019年1月 7日 (月)

ロシア・支那・朝鮮はまともな国ではない

ロシア・支那・朝鮮という三つの國の歴史や現実を色々考えてみると、この三つの國は、わが国とは基本的の異なる国柄と歴史を持つであると思う。基本的に、国民の生命・自由民主政治・議会政治・民権・他国との平和的関係というものを全く無視する国であるということだ。

 

これはこの三つの國の建国以来の長い歴史が生み出した極めて不幸にして悲惨な事実なのである。専制政治、独裁政治しか経験した事がない國である。それは、この三つの國に生まれ生活する国民にとってはきわめて不幸なことであるばかりでなく、近隣国家にとってもきわめて迷惑なことなのである。

 

わが国は、この三つの國とはまともな外交関係を構築することができない事を正しく認識すべきだ。近代以後の歴史そして現実を見てそれは火を見るよりも明らかなことだ。

 

つまり、ロシア・支那・朝鮮はまともな国ではないということである。私はそう断定しても間違いではないと思う。否、断定すべきであると思う。

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2018年12月30日 (日)

韓国とまともな外交関係を確立することはできない

 

韓国とまともな外交関係を確立することはできないと考える。

 

事大主義(じだいしゅぎ・小が大に事(つか)えること)が韓国の歴史的外交姿勢である。強い方に着く。近代以後では、支那・ロシア・日本・アメリカそして今は支那に事えた。

 

新羅・高麗・李朝など朝鮮半島に生まれた王朝の多くは、大陸の中原を制した国家に対して事大してきた。朴正煕は「自律精神の欠如」としてこれを批判していたがその娘は確実に継承した。

 

漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた迎恩門とは、支那皇帝の臣下であり、冊封国であった李氏朝鮮の歴代の王が、明代および清代の支那皇帝の使者を迎えるための門である。迎恩門とは恩のある支那皇帝の使いが通る門という意である。

 

崔基鎬氏によると、迎恩門は朝鮮国王が三跪九叩頭の礼によって明代および清代の支那からの使者を迎えた場所であるという。

 

その迎恩門に隣接して建てられていた慕華館は、清の使節団が滞在する建物である。慕華館とは字面を見ても明らかだが『中華を慕う館』という意である。かくの如く李氏朝鮮は、支那の属国であった。

 

それだけ、支那に追従してきた韓国は血縁集団の集合体である。宗族というのは男子単系血族で構成される同姓血縁集団である。

 

全州李氏・慶州金氏とかいう氏がある。この相続が男系の子孫を確保するために他の異姓の血縁集団と婚姻関係を結ぶ。しかし、女性は婚姻によって他家に移っても、宗族の系図(族譜)に名が記されることがない。女性は男子単系血族の子孫を生む<道具>に過ぎない。従って、父系祖先の祭祀には通常、女性は参加できない。いわんや祭祀主になることはできない。かかる風習というか悪弊は、支那の儒教思想と同じである。

 

支那韓国の最高の徳目は「孝」である。そして儒教の「孝」とは単に両親を大切にすることではなく、両親と祖先への孝であり、家系を継ぐべき男子を生むことが大切である。

 

日本人が「忠」を大切にするのは非血族を含む「家」の存続を大切にするからだと呉善花氏は言う。

 

韓国民の反日感情は、これからますますひどくなるであろう。なぜなら日本を強国ではないと甘く見てゐるからである。

 

日本と韓国は、文化的・宗教的相違点の典型は、キリスト教に対する態度である。儒教・仏教の受容の態度も異なる。

 

日本はキリスト教を全面的に受け入れなかったが、韓国は受け入れている。キリスト教徒が多い。しかもオカルト的なキリスト教が多い。

 

多神教、自然を神として拝み、八百万の神を拝むため、一神教が浸透しなかった日本と、一神教を信ずる人が多い韓国とは基本的に信仰精神・文化感覚が異なると思う。日本は包摂・包容の文化であり、韓国は排他・独善の文化である。

 

呉善花さんは、「韓国には日本の神社や神道というクッション(媒介)がないため、日本のように、多神教の持つエネルギーを現代市民社会のより高度な発展へと向かう力に変えることができていない」「韓国の多神教の伝統は、日本のようにクッションを通して市民社会の無意識層に浸透しているものではなく、市民社会とは別個に、田舎、あるいは前近代的な場においてだけ、各地に細々と生きているにすぎない。この点日本と大きく事情が異なっている。韓国は儒教、キリスト教という外来の器に自前のシャーマニズムを流し込んでゆくが、日本は神道という自前の器に外来の宗教を受け入れ飲み込んでしまうのである」と述べている。(『續スカートの風』)

 

さらに呉善花さんは、「日本語の文字には漢字、カタカナ、ひらがながあって、どんな外国語の受け入れにも対応できるようになっている。受け入れを身上とする日本文化ならではのものと言えるだろう。漢字で中国大陸から入った文化用語や形式的な言葉に対応させる。またカタカナで主に欧米からの外来語に対応させる。そして、平仮名によって固有語をそのまま残すことができる」と論じてゐる。(『續スカートの風』)

 

儒教は、「怪力乱神を語らず」という思想があるが、韓国にシャーマニズムが残っており大いに怪力乱神を語り信じてゐる。

 

最近の日本に「ヘイトスピーチ」「レイシズム」が起きていると言うが、憎悪表現・人種差別は韓国の方がひどい。それは繰り返される反日デモを見れば明らかである。

 

韓国の反日そう簡単に無くならない。しかるに日本人には、韓国及び韓国人に対してのみならず支那及び支那人に対して妙な親近感を持つ人がいる。韓国・支那は異文化・異民族であることをもっと確認すべきだ。日本と韓国とは近親でも身内でもない。別の国であり別の民族である。地理的には近隣かも知れないが、精神的文化的には近隣ではない。

 

小沢一郎は、平成二十年七月十五日の記者会見で、竹島が日本の固有の領土であることを日本の教科書の明記することに関して、「(竹島について)日韓両国で考え方の違いがあり、しっかり話をすべきだ。それを避けておいて教科書に載せるとか載せないというたぐいは筋道が違う」と政府を批判した。

 

竹島はわが国の領土なのだから、その事を教科書に記載するために、韓国と話し合いをする必要は全くない。にもかかわらず小沢がこのようなことを言ったのは、彼が「竹島は日本固有の領土ではない」と考えているからである。

 

さらに小沢一郎は、平成二十一年十二月、ソウルの国民大学で、「日本人の若者は漠然と他人に寄生し寄生虫として生きているとんでもない害虫だ」「もともと日本人の親達もどうかしている。日本人は動物にも劣る民族といっても過言ではない」「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」「(日本の古代歴史についても)韓半島南部の権力者が日本の国家を樹立したもの」「日本は騎馬民族に征服された」「天皇・皇室は騎馬民族の子孫だ」などと言った。まともな日本人なら、外国に行ってこんな発言は絶対にしない。

 

小沢一郎は、習近平来日の時にも、天皇陛下・皇室を蔑にする許し難い言動を行った。彼には祖国愛も尊皇精神もないと断じざるを得ない。小沢一郎が帰化した人だと言うわけではない。また、私は、帰化した人・在日韓国朝鮮人だからと言ってその人を差別したり頭から嫌ったりするべきではないと思う。しかし、帰化した人であろうとなかろうと、日本天皇及び日本国に忠誠心を持たないばかりか、冒瀆する人々は断じて許してはならないと考える。以上の小沢の発言は永遠に忘れてはならない。

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