2017年8月12日 (土)

ノンフィクション作家の河添恵子氏の「メディアが伝えないトランプ政権の本懐」と題する講演内容

四月二十三日に開催された『第六十一回主権回復記念国民大会』におけるノンフィクション作家の河添恵子氏の「メディアが伝えないトランプ政権の本懐」と題する講演内容は次の通り。

 

「習近平の訪米・米中会談には習近平派が出かけた。王毅などの外務省の役人以外は殆ど秋以降に中心に上がってくる人々ばかりで、江沢民派は一人もいない。習近平は北朝鮮をコントロールできない。去年、習近平は軍を改編した。瀋陽軍区を含む。山東省は何故か北部戦区の飛び地になっている。北朝鮮対策。瀋陽軍区が北朝鮮と一緒に核開発をしてきた。

 

習近平は東部軍区しかコントロールできない。旧満洲国の関東軍のノウハウは旧ソ連と北朝鮮に移った。その北朝鮮の技術と瀋陽軍区は結託。吉林省には朝鮮族自治区がある。その人たちの多くが朝鮮戦争に出兵。

 

張徳江全国人民代表大会常務委員会委員長は金日成総合大学に二年間留学。江沢民派。劉雲山政治局常務委員・中国共産党中央党校校長は内モンゴルを握っていた。江沢民派。張高麗政治局常務委員・副首相は江沢民派。習近平と王岐山はこの人たちを粛清しようとしている。張徳江は敵だから米中会談に連れて行かなかった。

 

習近平は、金正恩に会ったこともなく、会う気もない。江沢民派以外は北朝鮮との関係は持っていない。徐才厚は前立腺癌で獄死。殺されたに近い。周永康は終身刑。機密を北朝鮮に漏らした。周永康は「習近平は金正恩が制御不能なので金正男と張成沢による傀儡政権を作ろうとして金正男と張成沢を支援している」ことを金正恩にばらしてしまった。北朝鮮と中国の指導者は会うとハグすることになっていた。鄧小平と金日成、江沢民と金正日はハグした。今はしない。

 

クリントン時代は中国とズブズブ。IT技術を中国に横流しした。アメリカから中国東北部に核技術が行った。一九九〇年代のクリントンは軍事的機密・半導体技術が中国に相当流れてしまった。オバマ政権後期最後の一年、アメリカにある中国系の北朝鮮と深い関係のある企業は摘発。アメリカと習近平中国は、江沢民系列企業と北朝鮮を潰そうとしている。習近平は自分に核が飛んでくる可能性があるのでアメリカに何とかしてほしいと言いに行った。(米中会談)

 

トランプはロシアに近い政権になる。ティラーソン国務長官は親プーチン派。エクソンモービルの最高経営責任者をしていたので中国のこともよく分かっている。イヴァンカ・トランプはこどもがいっさいのときから中国語を学ばせている。ベビーシッターは中国人。

 

陳紅梅はケネディからクリントンまで八代の大統領の米中関係の顧問を務めた。中国は女性を使うのがうまい。中国は陳紅梅に非常に助けられた。彼女の叔父は廖承志。

 

中国の政治の中枢に入っている人の大部分は客家。鄧小平、リー・クアンユー、李登輝は客家。蔡英文は客家とのハーフ。客家は世界にネットワークを持っている。中国の内部抗争には外部の金が使われる。鄧小平はヨーロッパのユダヤ系に助けられて中国のトップになった。毛沢東をバックアップしたのはソ連。蒋介石をバックアップしたのはアメリカ。蒋介石は英語がしゃべれない。機密の話は英語が喋れる宋美齢が行った。写真をうつす時も宋美齢が真ん中に立ち蒋介石は横に立つ。

 

中国は共産党が一番上にあり、その下に軍がある。要するに軍閥国家。習近平はその軍と戦っている。北朝鮮と軍がつながっている。だから習近平はアメリカに命乞いに行った。令計劃は胡錦濤の金魚の糞。機密を弟の令完成に送った。令計劃は刑務所」。

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2017年7月19日 (水)

松本彧彦氏(日台スポーツ・文化推進協会理事長)による「日台草の根交流の五十年」と題する講演内容

四月一日に開催された『アジア問題懇話会』における松本彧彦氏(日台スポーツ・文化推進協会理事長)による「日台草の根交流の五十年」と題する講演内容は次の通り。

 

「大學時代に『六〇年安保』を経験。政治に関心を持った。自由主義が良いか、社会主義か良いかを考え、自由主義か良いと思った。大学で法律を学び、卒業後、東京都の公務員になった。ヨーロッパの都市行政を視察。ベルリンの壁が出来た三年後。東ベルリンに行って、西ベルリンに帰ってきた。命懸けだった。撃たれる可能性があった。そして、自由が大事だと実感した。西へ逃げて来た人たちの話を聞き、自由を守るために戦うことを決意し、自由民主党本部に入った。青年局に入った。海部俊樹青年局長の下で働いた。

 

佐藤総理は海部に『自分の後、中華民国との関係がどうなるか分からない。自民党青年局が中心となって台湾との交流をしたらどうか』という話があった。海部が小渕恵三に指示して、日華青年親善協会が出来た。小渕氏が会長となり私が事務局長を務めた。一九六七年五十数名で訪台。九月に佐藤総理も台湾に行った。当時の台湾は反共一色。中国青年反共救国団という組織があった。『反攻大陸』のポスターが町中に貼ってあった。救国団のトップは蒋経国。国防部長となった蒋経国は十一月に公賓として来日。海部と蒋経国との話し合いで、毎年春秋の二回、青年がお互いに訪問し合うこととなった。佐藤総理、田中幹事長も歓迎してくれた。

 

一九七一年は、中華民国にとって運命の年。アルバニア案が採択され、中華民国は国連を脱退。一九七二年、ニクソン訪中。上海コミュニケ発表。中華民国は四面楚歌。八十五歳の蒋介石の最後の総統選挙・国民大会代表選挙が行われ、五撰された。恩人である蒋介石に祝意を表するため訪台。陽明山の中山楼の投票所で外国人として初めて最前列で投票を視察。行政院副院長となった蒋経国と単独会見。『難局をどう指導していくのか』と質問。蒋経国は『国家の存亡は外圧に左右されることはない。国民の気持が一つにまとまっている事だ。本省人・外省人と言っている時ではない』と語った。それまでは十八の閣僚ポストで本省人は一つだったが、一気に六人になった。その一人が李登輝さん。農政担当の閣僚になった。蒋経国はジャンパーを着て各地を視察。直接国民に接触した。蒋経国は暗い、怖いイメージがあったが、親しまれる指導者になった。

 

一九八八年、蒋経国が逝去。日華議員懇談会が弔問。灘尾弘吉・藤尾正行、青嵐会が行った。麻生太郎さんは通夜の前の日に行った。吉田茂と蒋介石が親しかったので、麻生氏は蒋介石の孫の蒋孝武と挨拶。柩を乗せた自動車は総統府、国民党本部前を巡回。道は立錐の余地なし、私は総統府のそばにいた。沿道にいた一般の人たちが泣いていた。蒋経国は晩年、『半世紀以上台湾にいたので私も台湾人』と演説。私は本省人にも友人が多いが、蒋経国の悪口を聞いたことがない。蒋介石とは違う。

 

昭和四七年に佐藤首相退陣、田中政権誕生、日中国交回復。田中政権の人事は、大平・三木・中曽根・田中の四派中心。石田博英が党三役と同等の全国組織委員長になる。私はその補佐をするようになった。日中国交回復について台湾の理解を得るべく台湾に政府特使を派遣することとなった。当時の中華民国駐日大使の彭孟緝は強硬で、受け入れられないと言ってきた。蒋経国に伝手のある国会議員無し。私は瀬田の大平邸に呼ばれ、『松本君は蒋経国に付き合いがあるよね。蒋経国とのパイプが見つからない。特使を受け入れてもらえない。椎名悦三郎先生に特使をお願いする』と大平は言った。椎名氏に自民党副総裁の身分で訪台してもらうことになった。石田博英全国組織委員長に話をした。石田氏は『国家の大事に関わるのは国会議員でも一度あるかないかだ』と言われ、逃げられなくなった。対日関係で重要な役目を果たしていた張群総統府秘書長(後に総統府資政)は、若い頃蒋介石と二人で日本に留学していた。蒋介石の懐刀。張群先生には一度もお会いしたことが無かった。

 

昭和四十七年九月八日特使秘書として公用旅券で訪台。宇山厚駐中下華民国日本大使に会った。宇山氏は『私の立場で会えるのは外交部長』と言った。そこで救国団の蒋経国に張群への橋渡しを頼むことにした。宋時選、李煥、王昇が蒋経国側近の三羽烏。その中の宋時選とコンタクトを取ると、『九月十二日に総統府に行きなさい』と言われた。総統府で張群と会った。緊張した。日本語で話し合った。私は『青年の交流に配慮願いたい。特使を受け入れてもらいたい』と言った。『松本君の言うことは理解した。日本の青年と仲良くしたことを思い出した。今後も交流を続けて下さい』と言われた。これは大丈夫だという印象だった。宇山大使に伝えた。九月十三日沈昌煥外交部長から宇山大使に『特使受け入れ』の通告があった。当時三十二歳の一介の青年の私と、当時八十三歳の張群とは、おじいさんと孫の対面。

 

九月十七日、椎名特使一行が訪台。松山空港のロータリーは数千人のデモ隊がいた。戒厳令下の官製デモ。午後二時のJALで到着。クライスラーが十四台チャーターされた。椎名特使や椎名派の秋田大助氏など高齢者が多かった。私は七号車に乗った。浜田幸一氏、中村弘海氏と一緒。ものすごい警備だったがデモ隊に囲まれた。フロントガラスが破られた。ハマコーさんが『松ちゃん、我慢しろ』と言った。民権東路から中山北路を右折して、円山大飯店着いた。嚴家淦、張群、何応欽が椎名特使に会った。

 

十八日に椎名氏が『外交を含めて従来の関係を維持する』と発言すると皆どよめいた。和やかな雰囲気になった。翌十九日羽田に着いた。羽田東急ホテルで記者会見。北京に行っていた小坂善太郎氏が深夜に周恩来首相に呼び出された。『外交関係を含めてという発言があった。二つの中国を認めるのか』と質問された。その日のうちに情報が周恩来に入っていた。

 

九月二十五日、田中・大平・二階堂が訪中。日華国交断絶。この日の夜、私は泣いた。蒋経国、張群の顔を思い出した。眠れなかった。これから民間人として交流しなければならないと決意した。一九七三年二月の旧正月の前に台湾に行った。在留邦人の安否が心配だった。日系企業の財産没収の噂があった。一切そんなことはないことが分かった。第二の『以徳報怨』の指示を蒋経国が出したのだと想像した。飛行機の中で石原裕次郎に会った。『中山北路で喫茶店を経営している。潰されるかと思ったが、石一つぶつけられなかった』と言っていた。

 

昭和五十二年、三木内閣で石田博英が運輸大臣になった。秘書官となった私は日本が協力した台湾の職業訓練センター開所式に大臣の名代として出席。断交後初めての公務員の訪台だった。その後、『友好の桜』植樹を開始。八田與一記念公園・霧社などに桜を植樹、台北マラソンへの日本人ランナー派遣、バシー海峡戦没者慰霊式など各種文化交流を今日まで推進してきた。台湾との友好は日本の国益。若い人々が交流してもらいたい」。

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2017年7月 4日 (火)

ブレット・スティーブンス氏(ウォール・ストリート・ジャーナル 論説室副委員長)による講演内容

三月二十三日に開催された「笹川平和財団 日米交流事業主催 講演会『アメリカ第一主義』とリベラルな国際秩序の将来」におけるブレット・スティーブンス氏(ウォール・ストリート・ジャーナル 論説室副委員長)による講演内容は次の通り。

 

「ウッドロウ・ウィルソンは一九一七年四月、第一次世界大戦にアメリカを導入。しかし勝利は無駄なものになった。空疎な国際連盟が生まれた。アメリカは世界から遊離してはいけない。平和のためにはたまには力を用いなければならない。より高い次元を目指すものでなければならない。広い心を持って事に臨むのは犠牲ではなく投資。保護主義に戻ることはできない。

 

アメリカは世界の国々を守るために何十万の軍を各地に置いた。アメリカの力は敵を抑止し友好國を安心させた。集団安全保障をロシア・中国が拒否権を持つ国連に任せたら空疎なものになる。我々の利益を見出すのは深いところで価値観に基づく。アメリカの政治的理想が望むべきものと思われる世界を作ろうとした。

 

トランプにイデオロギーはあるのか。トランプの登場はどのような意味があるのか。私は彼が大統領選に出ると言った時から嫌いだった。彼はまぐれの産物。選挙制度というまぐれによって勝ったのだ。大統領として長続きしないと言われる。しかしトランプの抬頭は運命づけられていた。トランプはグローバリズムに反対する新しい形。トランプはムッソリーニのような人物。しかし、アメリカがファシズムになると言っているのではない。アメリカには三権分立・メディア・裁判の独立がある。しかし一九三〇年代の政治に似ていることを否定してはいない。

 

大衆の力によって大統領になったとトランプは言いたいのだ。敵を作ることによって権力の強化を正当化する。エリート・ブルジョアにショックを与える。大衆迎合政治。トランプは愚かではない。目的があり一貫性がある。知性と知性偏重を混同してはならない。リベラルな国際的秩序を下支えしてきた根拠が弱くなっている事をトランプは知っている。アメリカ第一主義を蘇生させたい。移民を貴重な人材資源とは見ず、テロの温床だという近視眼的見方をしている。

 

トランプがNATO支持と言っているのは安心材料。メルケルとはうまくいかない。アメリカの安保に依存してきた国々は他の方法を考えてもらわねばならない。

 

アメリカの変化は迅速。グローバリズムは大きく後退してきている。経済が失望した世代のニーズにこたえていない。インチキなポピュリズムのホラに共感している。

 

北京・ピョンヤンの独裁者はますます厚かましくなっている。無秩序な世紀に現在我々は生きている。今までのリベラル体制がいかに人を傷つけて来たかを知るべし。絶望した人々がヨーロッパに押し寄せてきている。過剰なリベラルな政策を考え直さねばならない。リベラルな国際秩序が何故それぞれの国に繁栄をもたらすのかの答えを出さねばならない。

 

アメリカが自由な世界の安全を保つことに努力してきたことで何故アメリカが繁栄して来たかを考えるべし。振り子は最終的にリベラリズムに戻って来る。自由の砦・平和の可能性を信じる必要あり、希望は残っている。リベラリズムをどうやってトランプ支援者に受け入れてもらうかが問題。

 

ニクソンドクトリン、レーガンドクトリンはあったが、トランプ主義はない。彼は思想家ではない。オバマ政権とトランプ政権とは共通性がある。北朝鮮はアメリカ大統領にとって遠い問題。トランプが介入主義をとると思うのは間違え。

 

日本にとって大事なのは強力なリッチな国であること。民主的国家の中で長きにわたって尊敬されている。日本は抑制することはない。韓国とどのようなことが協力できるかを考えるべし。中国からの侵略に対する砦・壁になるべし。

 

パレスチナの問題はシリアの問題に比べて小さくなっている。クルド人・タミール人・チベット人は国家を作りたいと思っている。グローバルの中でどう重要なのか。エルサレムに大使館を移動させる問題はローカルなストーリーになっている。

 

トランプ政権は個人崇拝に陥っている。カリスマ的リーダーの登場は感情的つながり。合理的意義を乗り越えてしまう。トランプの演説を聞いて感動する人はたくさんいる。トランプは相手の欠点をよく知っている。個人のレベルではない。ヒラリー攻撃、制度機構、メディアに対しても蹴っ飛ばすほど良いと思った。メディア攻撃は効果的であった。真実は政治的権力者が作る。それが全体主義への道」。

 

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『第四回日本學講座』における平井正修全生庵住職による「山岡鐡舟居士と武士道」題する講演内容

三月十一日に開催された『第四回日本學講座』における平井正修全生庵住職による「山岡鐡舟居士と武士道」題する講演内容は次の通り。

 

「今年は、山岡鐡舟居士没後百三十回忌。来年は、江戸無血開城百五十年。靖国神社は官軍のみしか祀られていない。時の政府の事情で幕府は賊軍、薩長は官軍と言われた。賊軍と言われた人々も國を憂い、その志で散って行った。山岡先生はそういう志士たちを多くご覧になった。山岡先生は官軍・賊軍に関係なく、命を落とした全ての人々の菩提を弔いたいということで全生庵を明治十六年に建立した。

 

全生庵の寺名は、明治七年に山岡鐡舟居士が鎌倉建長寺開山蘭渓道隆禅師自筆の全生庵という額を人から貰いこれを書斎に掛けて愛蔵していたことによる。明治十三年山岡鐡舟居士が一寺建立を発願し、寺域を道友国泰寺越叟和尚のすすめにより谷中の現在地に選定した。ところが計らずも この土地が七百年前、道隆禅師が江戸に漂着し九死に一生を得て、全生庵という庵室を作って閑居していた旧跡であるということが分かった。居士も奇縁に感じ、明治十六年、全生庵を寺号とし、居士邸から曾て江戸城の守本尊であった葵正観世音の霊像を遷して本尊とした。私は七代目住職の責を汚している。

 

明治時代になり封建時代の倫理規範としての武士道ではなくなり、すべての日本人が実践して行くものとして説かれている。山岡鐡舟居士が説く武士道の根源は無我の境に達するということである。『開悟せよ、すればすべての苦悩は一瞬のうちに消えてゆく』と言っておられる。勝海舟は『鐡舟は明鏡の如く一点の曇りも無かった。物事に誤ることは無かった。無口であったが、人をして反省せしめた』と言った。鏡はただ目の前にあるものをそのまま映す。目の前に物が無くなれば鏡の中にも物が無くなる。人間の心とは本来そういうもの。しかし、人間には『心』というものがある。自分の鏡に傷があると相手に傷がついているように見える。唯目の前にあるものを素直にまっさらに映すことを無我と表現した。

 

素直になるのは難しい。『修身二十則』は、鐡舟十五歳の時に自分の身を修めて行くために書いた。一番目の『嘘を言うべからず』は難しい。言うは易く行うは難しい。山岡という人はただただひたすらに愚直にこれを守った人。『先祖を大切にする』『親や先生の言うことを聞く』という事も体で実行するのがどれだけ難しいか。

 

山岡鐡舟は、同時代の勝海舟のような政治性・先見性、西郷隆盛のような英雄性とは少し異なる。愚直・正直で一生を過ごした。剣禅書の達人と言われる。その三つのうちの一つでも究めるのは凡人には難しい。ただただひたすら努力の結集である。坂本龍馬は鐡舟の一歳上。

 

鐡舟は幕末志士と同世代。六百石(長谷川平蔵は四百石)。殿様と言われる身分。父は飛騨高山の郡代をしていたので、鐡舟は幼少期飛騨で過ごした。両親から可愛がられ、周りからも若様と言われて育った。父六十歳、母二十六歳の時に生まれた。母は後添え。母は塚原磯は、常陸国鹿島神宮神職・塚原石見の二女。先祖に塚原卜伝がいる。父は小野派一刀流。

 

母が『忠孝』について話された。鐡舟は『母上はそれを実践されているのですか』と聞くと、母は『しがない女には実践できぬ。お前は生涯をかけて実践するように』と言われた。

 

弘法大師流入木道(じゅぼくどう)五十二世の岩佐一亭に書を学び、十五歳で五十二世を受け継ぎ、一楽斎と号す。また、父が招いた井上清虎より北辰一刀流剣術を学ぶ。

 

父に『武士の家に生まれ死地に赴かねばならない時がある。その時、不動心にならねぎならぬ。不動心であるには禅が一番』と諭され、禅を始めた。二十歳の時に請われて山岡家の養子となる。貧乏をした。家に畳が三枚しかなかった。何も食わぬ日が一カ月に半分位と語っている。最初の子は、奥さんの父が出ないのでなくなった。酒は欠かさなかった。一晩に六升から七升呑んだという。そんな貧乏の中でも剣禅書に精進。

 

一八五三年、ペリー来航。維新までわずか十五年。幕府は雪崩のように崩れて終焉を迎えて行く。物事とはこういうものかもしれない。何か一つの事でガタガタといってしまう。山岡はひたすら剣禅書に励んだ。世の中は風雲急を告げる。

 

清河八郎と共に尊皇攘夷運動を始める。清河八郎は出羽国田川郡清川村(現・山形県東田川郡庄内町)庄内藩郷士・齋藤豪寿の子。江戸で剣と学問を教える塾を開いた。文久三年二月、第十四代将軍・徳川家茂上洛の際、その前衛として浪士組を率いて上洛。鐡舟も深く関わった。清河は暗殺され、鐡舟はその責め負い、閉門蟄居。

 

鳥羽伏見の戦いに敗れた徳川慶喜は海路江戸に帰って寛永寺に蟄居。官軍との交渉がうまくいかなかった。信のおける人物を官軍大本営に使者を立てた。最初は高橋泥舟。江戸の旗本御家人はまだ戦をしていないので、薩長何するものぞという意気があった。泥舟の推薦で慶喜の命により、鐡舟が大本営に派遣された。勝海舟の西郷隆盛宛ての書状を預かった。益満休之助も共に行った。『朝敵まかり通る』と行って敵中突破。

 

西郷より条件が提示された。鐡舟は『慶喜公備前岡山藩お預けだけは呑めぬ。島津公一人を敵に渡して臣が生き残ることが君臣の情として出来るか』と言った。西郷は『慶喜公の事は私一人が責任を以て引き受ける』と言った。この時に隆盛は山岡を高く評価した。『大西郷遺訓』の『命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也』は山岡を評した言葉。

 

明治五年から十年間、侍従として明治陛下にお仕えした。慶喜公が明治陛下に拝謁できない時に明治陛下にお仕えするのは畏れ多いと固辞した。しかし『あなたこそ』と言われて侍従になった。京都で公卿女官に囲まれていた天皇を、国家元首・大元帥の陛下として御教導申し上げた。竹橋事件の時、明治陛下は山岡の佩刀をご自分の護り刀とされ非常の備えとされた。明治陛下は『この刀があれば山岡がいてくれるのと同じだ。心配することはない』と仰せになった。明治陛下にとって山岡はかけがえのない存在であった。山岡が病気になった時、何回もお見舞いの勅使が差遣された。山岡か亡くなった時。葬列が皇居の前に止められ、明治陛下は高殿から見送られた。

 

武士道とは武士社会の道徳ではない。身分とは関係なく日本人たるべきものが皆行うべき道である。仁義礼智信全てを貫く大道。根柢にあるものは『無我』。無我の境地に立つと、親に対しては孝、君に対しては忠になる。海舟が言ったように鐡舟は明鏡のような人だった。そういう境地が鐡舟の武士道。東日本大震災における日本人の行動に外国から称讃の声が寄せられた。我々日本人の奥底にはいまだに武士道が脈々と生き続いてゐると私は考えている」。

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2017年7月 1日 (土)

田久保忠衛杏林大学名誉教授による「トランプ政権下 日米関係の今後を考える」と題する講演内容

二月二十に開催された『アジア問題懇話会』における田久保忠衛杏林大学名誉教授による「トランプ政権下 日米関係の今後を考える」と題する講演内容は次の通り。

 

「アメリカは、アメリカ第一主義・保護主義・孤立主義で内に向かっていくのではないか。国際機関になるべく関係しないようになる。EUから脱退したイギリスはその大きな傾向。アメリカと欧州で起こっていることは共通点がある。トランプはイギリスのEU脱退に賛成。

 

オバマの失敗で全てトランプの方に向いてしまった。オバマドクトリンは何もしないドクトリン。二期目は何もコミットメントしなかった。『世界の警察官にならない』と言ってシリアに介入しなかった。その結果、シリア系難民が出来てドイツに入ってきた。難民の玉突きの一発はオバマが何もしなかったこと。オバマが何もしなかったことが今日の混乱を招いた原因。

 

アメリカの戦後の大統領、トルーマンからニクソンまで、良いか悪いかは別として、自由民主主義・人権という普遍的価値を掲げて前進し血を流してきた。日本は血を流していない。『金は要らない血を流せ』と言われたらどうするのか。

 

この前の大統領選くらいみっともない大統領選は見たことなし。政策論争があっただろうか。クリントンは罪が深い。国務長官の時、メールを公私の別なく何万通使用した。クリントンファウンデーションの基金にどういうお金が入っているのか明らかになる前に選挙が始まってしまった。公私の区別が無かった。この巨大なしこりが残っている。

 

トランプ政権の政治的不安定は当分続くと思っている。政権移行チームに娘・娘婿・次男・三男の五人の親族を入れた。娘婿が大統領特別顧問。ユダヤ系不動産業者。ホワイトハウスは混乱。ケネディは末弟を司法長官にした。

 

政策は親露反中になると皆が言っている。トランプは『自分が尊敬する人物はプーチン』と言った。大統領補佐官は『人類にとって最大の敵は国際テロリスト。テロとの戦いでロシアと手を結ぶ』と言った。アメリカは反中国で一致しているというのはどうかなと思う。トランプは日本と中国をうまく操ろうとしている。トランプは中国に対してやわらかいシグナルの方を多く出している。トランプは同盟国と敵対国の差別がない。

 

安倍さんは『独立自尊の道義国家』を唱えれば良い意味で日本第一になる。日本のモラルを高らかに掲げると宣言したらいい」。

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2017年5月21日 (日)

浅川公紀筑波学院大学教授による「トランプ政権スタート」と題する講演内容

二月十八日に開催された『アジア太平洋交流学会』における浅川公紀筑波学院大学教授による「トランプ政権スタート」と題する講演内容は次の通り。

 

「日本は何処の国も大切にするが、台湾が好き。台湾は日本にとって友人であり大切な国。トランプ政権がスタートして一か月。トランプはクリントンよりは良いという感覚がアメリカ国民にはあった。クリントンは国務長官・ファーストレディをやったが信頼できなかった。クリントン夫妻は高い講演料を取る。中国からも金をもらっているということが広まっている。アメリカ国民にはなじめない。それに比べるとトランプの方がまあ良いということ。

 

トランプは差別用語を使うがアメリカの真実がその演説の中にある。少数民族差別・人種差別をしてはいけないのは分かっている。トランプ支持の人たちは怒れる白人。白人層の恵まれない人々、学歴の無い人々が『トランプは俺たちを救い上げてくれる』と思いトランプに投票した。ニューヨークに住んでいる専門家はそれが読めなかった。トランプはメディアに不信感を持っている。政策的には不公平不公正を正さねばならないという意識が強い。

 

多国間で物事を決めるのではなくアメリカにとって有利でなければならないということで、TPP離脱の大統領令を出した。トランプは就任演説で理念と理想を語ることはなかった。単純明解だった。『アメリカ労働者と家族の利益』という言葉を使った。『アメリカファースト』を明確に打ち出した。『ワシントンは栄えたが、国民はその利益を共有しなかった』『ワシントンから権力を国民に奪い返す』『経済の基本原則はアメリカ製品を買い、アメリカ国民を雇う』『アメリカを再び偉大な国にする』『保護こそが偉大な繁栄と強さにつながる』と言った。

 

クリントンはオバマの考えを引き継いで現状維持。トランプは現状変革。そのためのキーワードが『アメリカファースト』。『アメリカファースト』を保護主義と訳してしまうと語調が強すぎる。アメリカ経済と貿易はアメリカ産業と労働者を守り保護する。外交安保はアメリカ本土を守る。イスラム主義者がアメリカに入って来るのはとんでもないということになる。米国本土と米国民の生命と安全を直接脅かすイスラム過激派・テロリズムとの戦いを最優先する。

 

大統領令を連発することによって自分の考えを明らかにし、どんどん進めていきたい。大統領令は議会を通した法律と同じ力がある。日本と同じ感覚で見ない方がいい。アメリカの行政権は大統領一人にある。閣僚は大統領の子分にすきない。大統領の行政権はそれだけ強い。

 

高額の国境税を課す。TPB離脱は大統領令で可能。ナフタ(注・北米自由貿易協定)は議会が承認しているので大統領令で離脱することが出来ない。トランプはオバマレガシーを評価したくない。トランプは『国民皆保険は止めたい。オバマケアはお金がかかりすぎる。もっと良質でさらに安い保険制度を作ろうとしている』と言った。国民皆保険は、制度は作ったがうまく稼働していない。オバマレガシーはどんどん改める。

 

イスラム過激主義への戦いをする。ホワイトハウスのホームページで『力による平和』と言っている。オバマは世界の警察官にならないと言った。トランプも選挙の時に同じことを言った。警察官をどう解釈するかが問題。トランプはアメリカの外交の中心課題として『力による平和』を言っている。国防予算を増やし、米軍を強化する。そこがオバマとは違う。アメリカ国民を第一に、アメリカ経済の繁栄を守るために、国防予算を増加。イスラム国及び他のイスラム過激派テロ組織の撃代が最優先課題。アメリカ国民に資するとなれば軍事力を行使する。シリアに地上軍を派遣するという議論もある。

 

『日米首脳会談』は破格の待遇。安倍総理は異例の厚遇を受けた。就任前にも、安倍さんはトランプに会った。日米首脳会談の宣言と記者会見は、日本にとって良いものであった。これだけの厚遇はこれまでなかった。日米同盟はアジア太平洋における平和・繁栄・自由の礎。『日米安保条約』の第五条を尖閣に適用が大事。このことを共同宣言に入れたのは重要。安倍さんの真面目さがアメリカに伝わった。経済面での日米協議が頻繁に行われるであろう。自由で公正な貿易のルールに基づき、日米間や地域の経済関係を強化する。トランプは多国間の協議は不得手。共和党は多国間の提携・経済協力は中国への抑止力になる事は分かっている」。

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2017年5月20日 (土)

『躍進日本!春風の会』における二階俊博自民党幹事長の講演内容

 

 

二月九日に開催された『躍進日本!春風の会』における二階俊博自民党幹事長の講演内容は次の通り。

 

「トランプ新政権とどう対峙するか。誰もが分からないテーマ。会談が終わってみなければわからない。日米両国は基本的価値観を共有している。日米両国は自由民主主義・人権・法の支配を共有している。日米同盟関係は深い信頼に基づき、日本外交の基軸。日米同盟関係をどう守っていくかが重要課題。アジア太平洋の安定は日米両国共通の願い。トランプは何を言うが予測できない。それに対してどう対峙していくかが大きなテーマ。日米安保体制強化、日米同盟の抑止力を強化させるのが大事。新しいガイドライン、新安保体制の下で日米同盟をさらに進めて行く。新ガイドラインに基づく取り組み、切れ目のない対応が重要。熊本地震の時、自衛隊と米軍が円満な共同運営・協力を実施し大きな評価を得た。トランプとの関係は、戦後の日米の絆の上で語られるべし。

 

国防長官の訪日で、地域の安定のための日米連携で一致したのは大きな成果。安倍総理は、『マティス国防長官が就任の後、最初の訪問国として日本を選んだことを高く評価する』と発言したが、全くその通り。北朝鮮は共通の課題。『日米安保条約第五条』(注・各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する)が重要。同盟関係の重要性を共有しつつ日米の揺るぎない関係を世界に発信することを期待している。国民の期待が総理の肩にかかっている。総理自身意気軒高。必ず成功するであろう。日本は国際的に大きな責任を負っている。首脳会談はもっと頻繁に行うべし。粘り強く決意を持って行きたいと思う。日米同盟は他の模範になるくらいの話し合いの成果をあげる事を期待する。

 

多くの議員をアメリカに派遣し、日米同盟の深化を内外に知らしめることが大事。間断なく両国の協力関係を海外に理解して頂ける形でやっていきたい。議員外交が重要。議員のアメリカ訪問を党を挙げてバックアップしたい。話し合いの場を作るのが大事。経済関係もウィンウィンの関係を構築し、お互いが協力し、両国に大きな利益をもたらす。トランプのインフラ・エネルギー分野重視は、日本にとってもチャンス。先端技術、・地球規模の課題では日米両国が協力するところはまだまだ沢山ある。TPPの戦略的意義についてアメリカに腰を据えて主張していきたい。政府に任せて観覧席で見ていようと言う態度は許されない。議員外交でバックアップすることが大事。

 

国土強靭化、自然災害の防止が大事。熊本地震、鳥取地震、糸魚川大火災が起った。人間として、自民党議員として、重要な職責を担っている。糸魚川大火災で焼け出された人々が、『このままの状態で年を越さねばならない、協力してもらいたい』とお願いしたら、十三人の国会議員が糸魚川に行った。ところが切符が無い。隣の県に一泊して糸魚川に入った。自然災害は忘れた頃にやって来るではなく、この頃は忘れない頃にやって来る。国土強靭化というテーマに取り組んでいる。何よりも重要なのは教育であり訓練。自民党の中に国土強靭化調査会を設置。百回もやった。これをバネにして国土強靭化に努力したい。災害から一人でも多くの命を救うことが我々の目的。アメリカも中国も周辺諸国も大事。仲良くして行く方策を模索して行かねばならない。アメリカと中国を大事にし、バランスを考えて行かねばならない」。

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2017年5月16日 (火)

『憲法懇話会』における高乗正臣・慶野義雄両氏の報告

二月四日に開催された『憲法懇話会』における報告は次の通り。

高乗正臣平成国際大学名誉教授が「今上天皇の攘夷問題と天皇の在り方の本質」と題して報告し、「生前譲位の問題は、陛下は随分前からあたためておられたと承る。一代限りの特例法は避けるべきだと思った。その場しのぎで法律を変えるとなると、皇位が不安定になる可能性がある。明確な基準と手続を確立すべし。本来私は譲位には否定的。五百歩譲っても『皇室典範』改正が必要。摂政の要件を広げて、摂政制度を活用すべし。『国事行為の臨時代行に関する法律』に「高齢」を加えればいい。有識者会議のスタンスと私は異なる。天皇の本来のあり方と本質とは何かを国民も政治家もしっかり議論していかないといけない。トランプ現象でアメリカは完全に分断されたと思う。大統領制は脆弱で不安定な政治制度であることが明らかになった。韓国大統領の不祥事を見てもそう思う。自然に生成してきたわが國體・天皇のあり方がいかに政治の安定、国家の統一に資するものであるかが分かる。巧まざる統合を達成する。このような天皇のあり方を、政治的に利用したり変形してはならない。明治元年(一八六八)年に新政府が発表した『政体書』(注・政治組織ならびに綱領を沙汰攻め太政官布告記)に『天下の権力、総てこれを太政官に帰す、則政令二途出るの患無らしむ。太政官の権力を分つて立法、行法、司法の三権とす、則偏重の患無らしむるなり』と書かれている。『天下の権力は天皇に帰する』とは書かれていない。鎌倉時代以降、政治権力は幕府が担ってきた。幕府レベルのものは太政官が引き継げばいいということか。本来、政治権力は、この『政体書』に書かれていることが日本の伝統ではなかったか。近代立憲国家ではどうしても『元首』になる。西洋の君主にはどう考えても日本天皇の在り方に近いものは無い。ローマ、ドイツ、イギリスの君主に、天皇に近いものは無い。他国の君主と比べようのない日本独自の天皇の在り様があるのだから、西洋流に変形し、政治的作為的にいじることに慎重であるべし。陛下の御地位をめぐって、侃侃諤諤の議論が行われるのは如何なものか。天皇の本来の在り方を変えるのではないかと危惧する」と語った。

 

慶野義雄平成国際大学教授が、『憲法改正と美意識』と題して報告し、「明治維新で確立した原則を崩しかねない事態になってきた。『大日本帝国憲法』と『皇室典範』はお互いに干渉せずが、日本の近代法の大原則。宮中・府中の別が大事。祭政分立を絶対に忘れてはいけない。国民主権だからと言って、国会で侃侃諤諤の論議をしていいのか。『憲法第九条』は昭和天皇の発案だと言う人がいる。天皇陛下の御心を勝手に忖度している人がいる。皇后陛下は深い國體へのご理解があられるのではないか。皇后陛下は『生前退位という言葉を聞いて大変ショックを受けました』と言われている。最大限のマスコミ批判。『深い悲しみを覚えました』と仰せになっている。一般国民が論議すべきではない。露骨な政治の話になってしまった。憲法の第一条に『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く』とあり、第四条に『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない』とあるのは大矛盾。政治的機能には尊厳的機能と政治的機能がある。天皇は高度な政治的機能・尊厳的機能を有する。第一章と第四章は大矛盾。天皇は、ステイト・国務に関しては憲法に書いてあることのみを行う。『大日本帝国憲法』第四条『天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ』と同じ。『現行憲法』の英文の原文には、『ガハメントに関する力を持たない』と書かれている。『統治』には二つの意味がある。シラシメスとウシハクの二つである。ウシハクがガバメント。政府あるいは行政に関する権力については、『憲法』に書いてあること以外はやってはいけないと書いてある。不親政の伝統が生まれた。シロシメス行為が憲法の第一条に書かれている」と語った。 

この記録は小生のメモによるもので不完全です。文責は小生にあります。

 

千駄木庵主人曰く。憲法は、「権力の制限規範」であると言う。であるならば、権力者ではあらせられない天皇は、「権力の制限規範」たる憲法を超越した御存在であり、憲法が天皇を制約することがあってはならない。『現行憲法』には、天皇は「国政に関する権能を有しない」と書かれている。であるならば、三権の一つであり立法機関である国会が権力者であらせられない天皇の御位即ち「皇位」について議論し決定することはできない。国権の最高機関たる国会が、権力者ではあらせられない天皇の「御地位」について干渉したり何事かを決めることはあってはならない。

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2017年4月30日 (日)

笹川平和財団主催ジョージ・ナッシュ博士講演会 米国における保守主義とポピュリズム』におけるジョージ・ナッシュ氏の講演内容

二月一日に行われた『笹川平和財団主催ジョージ・ナッシュ博士講演会 米国における保守主義とポピュリズム』における開催。ジョージ・ナッシュ氏の講演内容は次の通り。モデレーターは会田弘雄青山学院大学教授。

 

「日本に来たのは初めて。刺激的な意見交換ができた。信じられないタイミングでここに立っている。アメリカ大統領就任二週間。アメリカの保守主義は絶望的に分断されていると言うが果たしてそうなのか。どうしてこのようになったのか考えるべし。

 

アメリカの近代的保守主義は一枚岩であったことはない。思想的連合体であった。一九四〇年代、ニューディール以後のアメリカは社会主義に漂流していた。冷戦時代が始まり、好戦的反共主義が生まれた。共産主義と戦わねばいけないという信念が植えつけられた。反共というイデオロギーは殆どの人が共有することができた。共産主義は自由や信仰の敵であるとした。ゴールドウォーター上院議員を送り込んだ。

 

八〇年代には多くの人々がレーガン革命に参加した。近代的リベラリズムによって頽廃がもたらされたとした。共和党は宗教的右派の考えをとり入れた。

 

世界の人々はアメリカに移動している。留学生の八〇%は中国から来ている。百万人の移民を合法的に受け入れている。一千百万人の移民が入って来ている。このペースは加速化している。

 

想像もできなかったトレンドが出来ている。ポピュリズムはエリートへの反乱と定義できる。ポピュリズムは思想的に左翼。普通の人々の政治判断の方が信頼できる。アメリカにおけるホピュリズムと軌を一にしているのが通信機器の発達。インターネット、スマホによって人民の力が強くなっている。

 

トランプは軍の経験、公職の経験のないはじめての大統領。ポヒュリストに人気が出た。彼を好きでなかった人も投票した。緊張した今の状況を見ると、アメリカ人は能力を失いつつあると思う。経済が高度成長すれば、政治的不安感・緊張が緩むかもしれない。

 

トランプが成功した理由はアウトサイダーだったから。アメリカファーストは孤立主義ではない。アメリカは国益を考えて強くあるべきと言った。外国での戦争に巻き込まれないようにする。アメリカと戦争をしたくないと思わせるようにする」。

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2017年4月18日 (火)

黄文雄拓殖大学日本文化研究所客員教授による「日本を中心とした対米中印露の情勢」と題する講演内容

一月二十一日に開催された『アジア太平洋交流学会』における黄文雄拓殖大学日本文化研究所客員教授による「日本を中心とした対米中印露の情勢」と題する講演内容は次の通り。

 

「日本に来たのは五十数年前。東京オリンピックの前に日本に来た。四十年間編集の仕事をした。空手と柔道を学んだ。年を取ると足が弱くなる。今、ジョギングをしている。四十分歩いている。日本は技術を持っている。日本人の核アレルギーがどうにもならない。如何に核を上回る兵器を開発できるか。反日勢力が日本を支配。

 

文明と文化の対立が起っている。鈴木大拙の『日本的霊性』が参考になる。物理学には天地人の考え方無し。神道に力を入れるべし。漢字仮名混じりの文章が明治維新成功の原因。全てのシステムを変えないと中国の未来は無い。魯迅は『漢字を滅ぼさねば中国は滅ぶ』と言っている。自然科学と社会科学は中国では発展しない。宋と元の時代にペストで人口の三分の二が死んだ。

 

日本は積極的に世界に関わるべし。トランプ登場はいいチャンス。日本第一主義・ヤマトイズムで出て行くべし。日本もアメリカも『台湾は中国の一部』とは認めていない。『中国の主張について理解し尊重する』と書いているだけ。中国はアパホテルという民間に対してまでああいうことをする。中国への反発が大きくなる。司馬遼太郎は李登輝との対談では『台湾文化には中国・日本・欧米の文化が入っている』と言った。台湾は博士号取得者が多い。理工系と弁護士と歯医者が多い」。

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