2017年10月15日 (日)

國防に関してはわが國は法治國家ではない

 

『現行占領憲法』第九条には「1・日本國民は、正義と秩序を基調とする國際平和を誠実に希求し、國権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、國際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2・前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。國の交戦権は、これを認めない」と書かれてゐる。

 

この条文を素直に讀めば、『現行占領憲法』は自衛権・國防軍の存在を否定してゐると解釈するのが至当である。

 

憲法学の専門用語の解釈ではどうかは知らないが、ごく当たり前の國語の解釈を以てすれば、國家防衛即ち自衛戦争は最重要な「國権の発動」である。北朝鮮や共産支那などからの武力侵略は最も悪質なる「國際紛争」である。これを阻止するために「國権の発動たる戦争」「武力による威嚇又は武力の行使」を行ふのは國家として当然の権利だ。それを一切否定する『現行憲法』第九条第一項が亡國条文であることは明白だ。

 

従って、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。國の交戦権は、これを認めない」といふ第二項は、國家の存立を根底から否定する条文である。「前項の目的」とは「國際紛争を解決する手段」のことであり、それは「侵略戦争」を意味するから、自衛のための戦力は否定してゐないといふ解釈は『現行占領憲法』の「前文」の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というまったく他力本願の精神に立脚すれは全く成り立たない。

 

『現行憲法』は「戦勝國による日本占領基本文書」であり、二度と再びわが國が米英支ソといふ戦勝國に対して立ち向かふことのないようにすることを目的として押しつけられたのだから、「交戦権」も「戦力」も「陸海空軍」も持つことを許されなかったのである。

 

しかし、その後の國際関係に変化によりアメリカの意向で創設され、現実にわが國に存在する自衛隊は、立派な「陸海空軍」であり、武力の行使又は威嚇を行ふ実力組織であり、戦力も交戦権も保持してゐる。「戦力」「交戦権」を持たない「軍」はあり得ない。

 

そして、この自衛隊といふ名称の「陸海空軍」によって、わが國の安全と独立が守られてゐる。この事実は、自衛隊が違憲であるか否かに関はらず、厳然たる事実である。そしてそのことは、「國民大多数の合意になってゐる」と言はれる。『現行占領憲法』が如何に現実を無視してをり、空文となってゐるかは火を見るよりも明らかである。

 

吉田茂内閣総理大臣(当時)は、昭和二十一年六月に國會で「第九条第二項において、一切の軍備と國の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したのであります」と述べた。これが『現行占領憲法』の立法意志であり、まともな解釈である。

 

『現行占領憲法』第九条を素直に讀めば、「自衛のためであらうと戦争はしない」「一切の戦力・陸海空軍は持たない」といふ意味であることは明白だ。前述した通り「前文」の精神に立脚すればそれは当然である。

 

第九条がある限り誰が見ても陸海空軍である自衛隊は「陸海空軍」と見做されないのである。「交戦権」を否定されてゐるのに事実上「陸海空軍」があるといふのは全くの矛盾である。

 

したがって、「現行憲法」がある限り、自衛隊は憲法上「國軍」として認知されず、何時までも誰かが言った「違憲合法」といふ絶対矛盾の存在であり続けなければならない。つまり國防に関してはわが國は法治國家ではないのである。こんな憲法は根底から否定されなければならな

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2017年10月11日 (水)

石川県護国神社に建立されてゐる『大東亜聖戦大碑』『清水澄博士顕彰之碑』について

 

石川県護国神社境内には『大東亜聖戦大碑』が建立されてゐる。平成十二年八月四日の建立である。草地貞吾元陸軍大佐(関東軍参謀作戦班長)の書。高さ十二㍍。『銘』には草地氏の

 

「大東亜 おほみいくさは 万世の 歴史を照らす 鏡なりけり」

 

といふ歌が刻まれてゐる。背面には「八紘為宇」と刻まれてゐる。

 

桑木崇秀氏(陸軍軍医としてインパール作戦に参加。ビルマ英霊顕彰会副会長)はこの大碑の意義について、「大東亜戦争が英霊のお蔭で白色人種の植民地を解放し、万民平等の世界をつくった―――そのことを日本人は世界に誇るべきであるのに、日本は侵略戦争をした、アジアに迷惑をかけたなどと謝罪ばかりしている。広島でも、国際法無視のアメリカの原爆にやられたのに、『二度と過ちは繰り返しません』などと、まるで日本が悪かったように反省している。…こうした日本の空気を、日本人の心を一新しようというのが、この聖戦大碑建立の意義であろう」(平成十二年八月二十五日 『戦友連』三七九号)と述べてゐる。

 

すぐそばに『清水澄博士顕彰之碑』建てられてゐる。

清水澄博士は、明治元年金沢市に生まれ、東京帝国大学法科を卒業後、学習院大学教授となり、明治三十八年法学博士の学位取得し、宮内省、東宮御学問所の御用掛を拝命された。大正天皇、昭和天皇に御進講され、行政裁判所長官、枢密院顧問官を経て、敗戦後、最後の枢密院議長に任ぜられた憲法学者である。

 

「碑文」には大要次のやうに記されてゐる。

「憲法学者清水澄博士(金沢市東山三丁目御出身)は占領軍司令部が強制した日本国憲法施行の日、日本国の天皇制(原文のまま)の将来を憂慮され、幽界よりわが國體の護持と皇室の御安泰、今上陛下の御在位を祈願しようと自決を決意され、憂国の至誠極まる所、汨羅(べきら)の淵に身を投じた楚の国の忠臣屈原の故事に倣い、九月二十五日、熱海の錦ヶ浦の波涛に愛国赤心の躯幹を投ぜられた。敗戦日本の正気阻喪の惨状は正視するに耐え難いものが連続的に生起した。博士はわが國の伝統・文化の変革し行く姿を見、祖国の将来を憂慮され、ことに建国以来、国の生命、民族の中心として連綿と存在する皇室の上に思いをいたされ、身の置き処が無かったのである。東京の青山墓地に眠る博士の墓石に記された嗣子虎雄氏の碑文の中に『ケダシソノ生涯ハ君國ニ対スル忠誠ノ念ヲモッテ終始シ』とある如く、博士の衷情はただ一つ祖国の道義を万代に堅持せんがための至情以外の何ものでもなかった。新憲法下ここに三十年、博士の憂慮された如く、この間政治 経済 文化 その他あらゆる分野において、正統の道義は地に落ち、全て自己中心の個人主義の思想が瀰漫し、国の伝統と民族の歴史に背反すること夥しく、まさに祖国の危機と言わざるを得ない。この亡国的惨状打開の途は、国の歴史と伝統に基づく民族の正気の恢弘、維新以外にあり得ない。云々 昭和五十二年九月 林屋亀次郎」。

 

汨羅は支那湖南省北部を流れる湘江の支流。江西省修水県の西南を源とし、西流して湘水に入る。

林屋亀次郎氏は、明治十九年金沢市生まれ。昭和五十五年逝去。昭和二十二年以来、参議院議員を三期務められた。

 

 清水澄博士の『自決ノ辞』には次のやうに記されてゐる。

「新日本憲法ノ發布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル團体及個人アリタリ其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ或ハ戦争責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ我國ノ將來ヲ考ヘ憂慮ノ至リニ堪ヘズ併シ小生微力ニシテ之ガ對策ナシ依テ自決シ幽界ヨリ我國體ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈願セント欲ス之小生ノ自決スル所以ナリ而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ択ビタルハ楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ

元枢密院議長  八十翁 清水澄  法學博士  昭和二十二年五月 新憲法実施ノ日認ム

追言 小生昭和九年以後進講(宮内省御用係トシテ十数年一週ニ二回又ハ一回)シタルコト従テ龍顔ヲ拝シタルコト夥敷ヲ以テ陛下ノ平和愛好ノ御性質ヲ熟知セリ従テ戦争ヲ御賛成ナカリシコト明ナリ」。

 

今日、「碑文」に書かれた憂慮すべき状況は愈々益々深刻になってきてゐる。憲法改正が現実の問題として論じられて来てはゐるが、肝心要の國體については、欧米の権力国家観・契約国家論に基づく『国民主権』といふ日本國體に合致しない『原理』を踏襲するのでは、真の「憲法改正」でもないし「自主憲法制定」でもない。

 

日本天皇は権力・武力を以って国家国民を支配される御存在ではない。また、天皇と国民は権力的対立関係にあるのではない。天皇と国民は精神的信仰的一体関係にある。これを君民一体の国柄といふ。主権が君主にあるとか国民にあるとかといふことは、わが國の國體には全く無関係なのである。したがって、「国民主権」などということを憲法に麗々しく憲法に記す必要はさらさらない。そのやうなことを記すことは天皇を権力者と仰ぎ奉ることになり、重大な國體破壊である。

 

『清水澄博士顕彰之碑』のすぐ近くに『大東亜聖戦大碑』が建立された事は実に意義深いことである。自虐史観の払拭=大東亜戦争の意義の恢弘と占領憲法破棄・正統憲法回復とは一体である。

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2017年9月24日 (日)

國民主権論は日本國體と絶対に相容れない

「現行占領憲法」に「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本國民の総意に基く」とあるところから、「大日本帝國憲法では、主権は天皇にあったが現行憲法で主権が國民に移った。ゆゑに天皇は君主ではない」といふ主張が蔓延してゐる。

 

「國民主権」といふ思想は、西洋の歴史における國王あるいは皇帝と人民との権利のぶつかり合ひの中から生まれた思想である。西洋の憲法の歴史とは、國王・皇帝と人民との権力争奪戦の歴史と言っても過言ではない。

 

ところが、日本國の君主であらせられる天皇と大御宝である日本國民とが権力闘争を行なふなどといふ歴史は日本にはなかった。日本國體は、君民一体であり、君と民とは信仰的にも精神的にも文化的にもそして政治的関係においても、闘争関係・対立関係にあった事はない。これを君民一体・君臣一如の國體と言ふ。わが國には君主に主権があるとか、人民に主権があるとかいふやうな発想は本来なかった。従って「國民主権」といふ日本の傳統と相容れない西洋概念を成文憲法に持ち込んではならない。

 

憲法學では「國民主権」といふ事自体「抗争的概念」とされてゐると言ふ。吉原恒雄氏は、「國民(人民)主権學説は十六世紀のキリスト教プロテスタント運動の過程で、第一階層である聖職者と第二階層である君主・貴族との権力争いの中で生まれたものだ。…支配力が衰えつつある聖職者側が君主を上回る権力を保有する論拠として構築したのが國民主権説である。…十七世紀に入ってこの國民主権學説は、第三階層と呼ばれたブルジョアジー(市民)が第二階層の君主・貴族に対抗する理論として利用されるようになる。…國民主権は人類普遍の原理どころか、特定の時代背景のもとに特定の意図を持って構築された理論であり、極めで特殊的゛なものである…統治原理は文化の霊の中核をなすものである。日本の現状は、國民主権という他國の守護神が成文法に入りこみ悪意と破壊の鬼になって暴れまわっている状況と言ってよい。それゆえ、憲法論議の中心は國民主権主義の検証でなければならない。」と論じておられる。(『祖國の青年』平成十一年六月号・「『國民主権』は憲法論議の前提か」)

 

この吉原氏の論は、今日のわが國において「天皇は君主でも元首でもない」などといふ暴論(憲法學界では永い間「天皇元首説」は少数説だったといふ)が罷り通ってゐる根本原因を鋭く言ひ当ててゐる。

 

戦後に押し付けられた米國製の憲法ではじめて「國民主権」などといふ言葉・概念が登場した。これは、天皇を君主と仰ぐ日本の國柄を隠蔽せしめ日本民族と國家を弱体化せんとする戦勝國アメリカの意図に基く。

 

「現行占領憲法」による日本國體の破壊を防ぐためには、「國民主権」を日本の傳統にでき得る限り近づけて定義することが必要であるとして、さういふ努力をしてゐる憲法學者もをられる。例へば、「主権の存する日本國民」の中に「天皇」が含まれるといふ議論がある。この議論は、天皇・皇族は國民なのか、憲法に保障される選挙権・被選挙権などの「國民の権利及び義務」が、天皇及び皇族にも適用されるのか、といふ大問題が起こってくる。わが日本の國體は「一君萬民」である。天皇が國民ではあらせられないことはあまりにも自明である。

「國民主権」といふ日本の傳統的國家観とは相容れない思想・概念・言葉はわが國の憲法から排除しなければならない。

 

ゆゑに、「國民主権論」を第一とした「現行憲法三原理」を踏襲する憲法改定では、「自主憲法制定」にも「憲法改正」(「改正」とは間違ひや不十分な部分を直して良くするといふ意)にもならない。

 

西洋概念でありその「定義」も多義にわたってゐる「國民主権」なる概念をそのままにしたのでは、「自主憲法制定」「憲法改正」にはならない。わが國の成文憲法から「国民主権論」を排除しなければならない。従って、「現行占領憲法」を変えるのではなく、正統憲法たる「大日本帝国憲法」に回帰すべきなのである。

 

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2017年8月 3日 (木)

『現行憲法』の部分改正について

憲法はただ憲法を改正すればいい、新しい憲法を作ればいいといふことではない。『現行占領憲法』の欠陥を根本的に否定しなければならない。

 

『現行占領憲法』の最大の欠陥は、その原理にある。『現行占領憲法』の三原理の一つとされる「國民主権・主権在民」といふ思想は、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。祭祀國家であり君民一體の國柄であるわが日本にはまったく適合しない思想であり、革命=國體破壊につながる思想である。

 

「國民主権論」「主権在民論」は「人類普遍の原理」を詐称してゐるがさうではない。欧米における革命・政治変革から生まれてきた思想であり、日本國體とは絶対に相容れない思想である。

 

日本天皇の國家統治の本質は、権力・武力による國家・國民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。そして、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが國の建國以来の國體であり歴史である。

 

日本國は信仰共同體・祭祀國家であり國民が契約を結んで人工的に作った國ではない。そして祭祀主である天皇は國民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。精神的一體関係にある。これを「一君萬民・君民一體の國柄」といふ。これが日本肇國以来の國柄であり國體である。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした国民主権論や西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。

『占領憲法』第一条には「 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている。これは天皇の御地位そして日本國體は国民の多数意思によって廃絶できるという革命思想である。

 

さらに第九十八条には「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と書かれている。建国以来、上御一人が発せられた「詔勅」を否定していると解釈できる。

 

つまり『現行占領憲法』は「革命憲法」であり、「國體隠蔽憲法」なのである。このやうなものは根底から否定しなければならない。國会の三分の二以上の賛成、有権者の二分の一以上の賛成で、一部改正を行ふと、『現行占領憲法』は占領軍の押しつけではないといふことになる。第九条のみの部分改正だと、『現行占領憲法』の「革命思想」「國體破壊思想」を占領軍の押しつけではなく「国民の意志」として肯定することとなる。

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2017年7月28日 (金)

日本國體を隠蔽している「現行占領憲法」を否定すべし

『現行占領憲法』には「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている。

 

「象徴」という言葉は、天皇の空間的統一性・統合性をある程度表現してはいるが、天皇の時間的連続性・伝統性は全く表現されていない。言い換えると、「象徴」という表現は、何ゆえ天皇は国家国民を統合される御存在であるのかという理由が示されていないのである。

 

天皇は、日本國及び日本国民の歴史と傳統、そして日本国民の普遍意志=過去・現在・将来にわたる日本国民の伝統的な普遍意思を体現されるご存在である。天皇が日本国の本来の統治者・君主として仰がれてきたという事実と、天皇が日本国の歴史と傳統そして国民の普遍意志の体現者である事実とは、不可分の関係にある。

 

『現行憲法』の「天皇は象徴である」という規定は、この不可分の関係を無視し、あわせて日本伝統信仰(神道)の最高祭祀主としての天皇の地位と権能を否定し去っている。

 

『現行占領憲法』は、経過的暫定の制度として彼らの言う「天皇制」を承認し、やがては廃止を理想とした米国占領軍の意図を反映したものだからこういう規定になったのである。

 

三島由紀夫氏は、天皇のご本質について「天皇は、われわれの歴史的連続性、文化的統一性、民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴」(『反革命宣言』)「われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すもの」(『反革命宣言補註』)「国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇」(『文化防衛論』)と論じてゐる。

 

『現行占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇の尊厳性を隠蔽している。天皇が、日本国及び日本国民を統合される御存在であるのは、天皇が歴史的伝統性・時間的連続性を継承され体現される御存在であるからである。「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」といふ規定は、天皇のご本質の半面しか表現していない。天皇の空間的統一性は表現されているが、歴史的伝統性・時間的連続性が表現されていないのである。

 

さらに言えば、『現行占領憲法』は『国生み神話』『天壌無窮神勅』、『萬葉集』に歌われた伝統的國體精神を全く継承してゐない。

 

『現行占領憲法』は最も大切な『大日本帝国憲法』の第一条から第三条までの國體条項を抹消した。さらに、『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

 

ゆえに、『大日本帝国憲法』を改正した憲法であるとする『現行占領憲法』は、『大日本帝国憲法』の改正限界を大きく超えて國體の基本を隠蔽してしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

 

『現行占領憲法』は國家の存立の基本を隠蔽しているのであるからこれを全面否定しなければならない。

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2017年7月25日 (火)

『大日本帝国憲法』は肇国以来の日本國體を成文化した憲法

 

わが日本は国家の本質と君主たる天皇の御本質が建国以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律的に言えば、不文法によって定まっているということであろう。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立国の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく成文憲法によってこの立国の基本を覆したり破壊してはならない。

 

 三潴信吾氏は、「法思想上には、不文憲法主義と成文憲法主義とがある。…(成文憲法主義は・注)ローマ法思想の流れを汲み、君主(統治者)と人民(被統治者)との間、又は各人相互の間の不信、性悪観に基づくものである…近代のヨーロッパに於ける成文憲法の制定も、マグナ・カルタ以来の歴史が示す如く、専制君主と人民との間の不信感に発した、人権保障の約束証文に由来するものであって、これは権力國家観への移行の段階に於いて現はれたものである。」「憲法の基盤となる立國法とは、國体法とも称されるが、不文憲法として、成文憲法のある場合にも、必ずその基礎を成すものである。…立國法はその國の立國と同時に、その成立事實と不可分に存立するものであって、立國の精神的または道徳的理想を根幹として、その國の最も基本的な伝統的秩序を樹立するものである。」「憲法はその國の統治権力作用の拠って立つべき立國の理想目的に抵触したりそれを支へる人類普遍の原理を侵すことはできない。」(日本憲法要論)と論じておられる。

 

 つまり天皇及び皇室そしてそれを中心とする日本国体は憲法などの世俗 的な法律を超越しており、憲法などの法律は、皇室にかかわることに干渉することはできないのである。

 

 日本国は信仰共同体であり国民が契約を結んで人工的に作った国ではない。そして祭祀主である天皇は国民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。こうした日本の基本的国柄は成文憲法が制定される以前即ち明治初期以前から確立している。

 

 信仰共同体日本においては成文憲法は「第二の規定」である。西洋の契約思想や人間不信を基盤とした成文法に神話の時代に発生し悠久の歴史を有する日本国体を規定すること自体不自然なことなのかも知れない。

 

 西洋の国々の君主は人民を征服し武力と権力によってこれを支配服従せしめていた存在であった。そして君主と人民は相対立存在であった。だから、主権が君主にあるとか人民にあるとかという君主と人民の対立概念が出て来るのである。こういう日本に全くなじまない西洋概念で日本国体を規定すること自体無理なのである。

 

 近代日本に於ける成文憲法たる「大日本帝国憲法」の制定においてはこのことを考慮し、第一条から第三条において立国の基本(即ち不文法に定められた日本国体の基本・天皇中心の信仰共同体日本の本姿)を明らかに規定した。

 

 しかし、日本天皇が日本国の君主・統治者であらせられるのは、日本の伝統信仰・歴史的な国体観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではない。

 

 さらに、成文法以前の存在であるところの天皇中心の日本国体は成文法で規定する必要はなく、成文憲法には国の政治組織について規定するのみでよいという論議もある。言い換えれば成文憲法には國體については規定せず、政体のみのについて規定すればよいというのである。

 

 例えば、中川剛氏は「君主主権も不敬罪もヨーロッパ大陸の産物である。憲法を持つこと時代が、英米にはじまるものである。明治憲法はじつは極端なほど欧化政策の結果であった。明治憲法下の天皇制はむしろ伝統をねじ曲げるものだった。近代国家としての体裁を整えるための、たてまえとしての性格の強かった明治憲法であるから、憲法が制定されたからといってただちに、天皇が西欧の絶対君主なみの統治権を掌握したわけではなかった。天皇は制度とは別に、依然として国民的つながりの中心としての文化的存在でありつづけた。政治的天皇と文化的天皇の二重性をそこに認めることができる。」(憲法を読む)と論じている。

 

 ただ「大日本帝国憲法」は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したというのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって名文化しようと努力したものと言える。ともかく井上毅・伊藤博文などの先人たちは、日本の国体を根幹としつつ近代成文憲法を実に苦心して作りあげたのである。『大日本帝国憲法』は決してドイツから輸入した翻訳憲法ではなかった。

 

『大日本帝国憲法』は肇国以来の日本國體を成文化した憲法であり、國體条項である

「第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス

第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」

 

に日本國體精神が明確に示されていると考える。

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2017年7月23日 (日)

天皇の御稜威と「大日本帝国憲法」

「大日本帝国憲法」は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したというのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって名文化しようと努力したものといえる。

 

 葦津珍彦氏は「帝国憲法制定の歴史について、これを伊藤博文とか、井上毅等の官僚政治家が、西欧(とくにドイツ、プロシャ、バイエルンなど)の憲法をまねて起案し制定したもののように解釈する学者が多い。しかしそれは非常に浅い皮相の見解であって、全く日本国民の政治思想史を無視したものといわねばならない。この近代憲法ができるまでの歴史条件としては、少なくとも弘化・嘉永ころからの激しい政治思想の展開を見なければならない。黒船が日本に対して開国をせまって来たころから、徳川幕府がそれまでの独裁専決の政治原則に自信を失って、外交政策については『会議』によって国是を固めようとすることになってきた。この会議政治の思想が生じてきたことは、そののちの政治思想に決定的な波紋を生じた。」(近代民主主義の終末)と論じておられる。

 

 「大日本帝国憲法」の起草に当たった井上毅は「御国の天日嗣の大御業の源は皇祖の御心の鏡持て天か下の民草をしろしめすという意義より成立したるものなり。かゝれば御国の国家成立の原理は、君民の約束のあらずして一の君徳なり。国家の始は君徳に基づくといふ一句は日本国家学の開巻第一に説くべき定論にこそあるなれ」「わが国の憲法は欧羅巴の憲法の写しにあらずして即遠つ御祖の不文憲法の今日に発達したるなり」(梧陰存稿)と論じている。

 

 君主と民とは相対立しており国家は君と民、あるいは民同士の契約によって成立するなどという西洋法思想・国家観は、日本の国体観念・天皇観とは全く異質なものであると井上毅は説いているのである。

 

 ただし、井上毅はここで「君徳」と言っているが、日本天皇は人としての「徳」よりももっと深い「祭り主としての神聖権威」日本伝統信仰の言葉で言えば「御稜威」(みいつ)によって国家を統治したもうのである。御稜威とは天皇の有される神霊の威力というべきものである。

 

 折口信夫氏は「御稜威」について、「みいつといふ語の語根いつといふ語は、稜威といふ字をあてる…いつのちわき・いつのをたけびなどといふ風につかってゐます…天子に傳り、これが内にある時は、その威力が完全に発現するところの権威の原動力なる魂の名でありました。」(神々と民俗)「天子には天皇霊といふべき偉大な霊魂が必要であって、これが這入ると、天子としての立派な徳を表されるものと考へられてゐました。その徳をみいつといふ語で表してゐます。…これは天皇靈の信仰上の名稱でした。」(鳥の聲)と論じておられる。

 

歴代天皇には「人」としての徳がいかにあられようと歴聖一如の「御稜威」によって国家を統治したまうのである。今上天皇におかせられても、大嘗祭を執行されて現御神となられ御稜威を保持されていることは言うまでもない。昭和天皇もしかりである。つまり「昭和二十一年元旦の詔書」において、天皇が神格を否定され『人間宣言』をされたなどということは、「みまつり」という厳粛なる事実によって否定されるのである。

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2017年7月11日 (火)

『占領憲法』について

戦後日本は「国民主権」「人命尊重」「人権擁護」「平和」を絶対的価値、最高の目標としてきた。それは『現行占領憲法』の基本原理となっている。しかし、戦後七十二年を経過して、人権が侵害され、人命が軽視され、国民の平和が侵される残虐無比の事件が日常茶飯事になるというまったく逆の結果を生み出した。

 

「人権擁護」とか「人命尊重」とか「平和」とかがいくら麗々しく憲法の原理として書かれていても、それは空念仏にすぎなかった。むしろそういう原理に基づく戦後教育は、自分さえよければ良いという観念を養い、他人や国のために尽くす、親に孝養を尽くすという人倫の根本を忘却せしめた。そして、己の権利のみを主張する精神が横溢した。こうしたことが今日の日本を作り出した。

 

今日の日本を混迷に陥れている根本原因である『現行占領憲法』の「国民主権」という國體破壊思想、「恒久平和主義」といふ名の侵略誘発の敗北思想、「基本的人権の尊重」という欲望民主主義・利己思想という三原理に要約される「戦後精神」を徹底的に祓い清めなければならない。日本國の根幹を揺るがせ、日本国民の道義心を低下せしめている『現行憲法』の三原理を肯定したままで一部の条項を変えるだけの「改憲」では駄目である。

 

戦勝國によって押し付けられた理念であり、わが國の國體と合致せず、戦勝國に対する敗戦国日本の詫び証文である現行占領憲法前文に書かれた「三原則」を訂正しないのでは、憲法改正でも自主憲法制定でもない。「現行占領憲法」の「三原理」を継承しつつ憲法改正が行われると、日本を混迷に陥れた「三原則」が戦勝国の押し付けではなく、國民の意志によってこれを憲法理念とすることとなる。まさに亡國のはじまりである。

 

今日、「現行憲法」の「三原理」が「不磨の大典」のように論じられている。近年各方面から出された「改憲草案」はそのほとんどが「現行憲法」の「三原理」を継承している。

しかし、「現行憲法」の「主権在民論」こそ、日本の國體を隠蔽し破壊する元凶である。「現行憲法」の「平和主義」こそ、日本の国防体制確立を阻害し日本国をして他国の属国たらしめる元凶である。「現行憲法」の道義精神不在の「人権論」こそ、国民の頽廃の元凶である。「現行憲法三原理」の否定なくして「憲法改正」にも「自主憲法制定」にもならない。

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2017年7月 2日 (日)

『現行占領憲法』改正では駄目。

「現行占領憲法」は、「大日本帝国憲法」の第一条から第三条に成文化された最も大切な國體法を抹消した。「占領憲法」は、「大日本帝国憲法」には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

 

 「大日本帝国憲法」を改正した憲法であるとする「現行占領憲法」は、「大日本帝国憲法」の改正限界を大きく超えて國體の基本を隠蔽してしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

 

 成文憲法が国家の存立の基本を破壊もしくは否定するのであれば、これを否定しなければならない。「現行占領憲法」はまさしくそういう憲法である。

 

『現行占領憲法』に日本國體と絶対に相容れない「国民主権論」が取り入れられたことは、単なる「日本弱体化」などではない。近年の「皇室典範改定」「天皇御譲位」に関する論議や実際の動きを見ていて、『現行占領憲法』が日本國體破壊の導火線であったと思い知った。『皇室典範』が『憲法』の下位法となり、衆参両院で改定できるようになったことは、重大なる國體破壊である。

 

『現行憲法』には、第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。

 

天皇は、主権者たる国民の総意によってその地位にあるのだから、国民の代表者たる衆参両院議員、そして議員によって指名され選出された内閣の決定に、天皇及び皇族は従わねばならない」という考え方が今日大手を振って歩いている。

 

「国民の総意」の「国民」について、現在の生きている日本国民ではなく、過去現在未来にわたる『日本国民』であるという説がある。「占領憲法」を出来得る限り『日本國體』に合致させようという解釈である。しかし、現実には、衆参両院議員の過半数に意思によって『皇室典範』が改定されてしまうのである。それどころではない。衆参両院議員の三分の二の意思によって、「天皇を君主と仰ぐ日本國體」すら廃絶される危険すらある。そんなことはあり得ないという意見もあるだろうが、可能性は皆無ではない。

 

まさに「諸悪の因は現行憲法」なのである。ともかく、国民主権論という國體破壊思想をわが国から祓い清めねばならない。

 

『現行占領憲法』に如何に亡國的なことが書かれていても、「現行憲法は戦勝國が無理矢理押しつけたものであり、正統なる憲法ではない」として全面的に否定する事ができた。しかし、『現行占領憲法の』の国民主権思想そして國體条項をそのままにして、第九条などを改正する、その「改正憲法」は、アメリカの押しつけではなく、「國民の意志」によって定められたこになる。

 

「現行占領憲法」無効確認・全面否定、「正統憲法」回復が正しいと信ずる。

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2017年6月25日 (日)

『占領憲法』の「前文」及び第九条を残したままの「憲法改正」は「改正」ではなく「改悪」である

『現行占領憲法』第九条を素直に讀めば、「自衛のためであろうと戦争は行わない」「一切の戦力・陸海空軍は持たない」といふ意味であることは明白だ。この第九条がある限り誰が見ても陸海空軍である自衛隊は「陸海空軍」と見做されないのである。「交戦権」を否定されてゐるのに事実上「陸海空軍」があるというふのは全くの欺瞞である。

 

したがって、「現行憲法」がある限り、自衛隊は憲法上軍として認知されず、何時までも誰かが言った「違憲合法」といふ絶対矛盾の存在であり続けなければならない。つまり國防に関してはわが國は法治國家ではないのである。こんな憲法は根底から否定されなければならない。

 

正々堂々「国家防衛」「国軍保持」を憲法に規定すべきである。自衛隊を國軍として正しく規定し、國家には独立と安全を保つために自衛権・交戦権を有すると明確に憲法に規定すべきである

 

自民党の「改憲草案」には「第9条の2(国防軍)1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と書かれ、『国防軍』が明記されてゐる。

 

今回の安倍総理のメッセージ・発言は現在の政治情勢下において一日も早く「憲法」に「国家防衛の實力組織」を明文化しようとの意思に基づく已むを得ざる選択であったらう。また「加憲」を主張する公明党に賛成してもらいたいための発言であらう。安倍総理の本心は「自主憲法制定」であると信ずる。であればこそ、正道を堂々と歩んで欲しいのである。

 

安倍総理の『現行憲法』の第九条をそのままにして、「自衛隊を「憲法」に明記すると言ふ主張は、一日も早く「自衛隊違憲論」の根拠をなくすための窮余の一策なのだらうが、このやうな欺瞞的「加憲」を行ふべきではない。

 

安倍氏は「政治は現実であり、結果を出していくことが求められる。党の改正草案にこだわるべきではない」と主張しているが、「結果を出していく」ことにこだわるあまり、「原則」を全くなおざりにするのは間違いであり、将来に大きな禍根を残す。

『占領憲法』の「前文」及び第九条を残したままの「憲法改正」は「改正」ではなく、「改悪」である。

『占領憲法』に如何に亡国的なことが書かれてゐても、「現行憲法は戦勝国が無理矢野押しつけたものであり、正統なる憲法ではない」として全面的に否定する事かできた。しかし、詫び証文である「前文」そして第九条の第一項第二項をそのままにして『憲法改正』を行ふと、この「詫び証文」及び「亡国条項」がアメリカの押しつけではなく、「国民の意志」になる。これこそまさに亡国への道である。「憲法守って國滅ぶ」といふ言葉がまさに現実のものとなるのである。

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