2020年12月24日 (木)

田中忠雄先生の思い出

私は、学生時代、生長の家の政治運動に熱心に参加してゐました。当時の生長の家は今とは全く違って、『大日本帝国憲法復元』を強く主張してゐました。私は「憲法復元が本当に実現できるのか、どうしたら実現できるのか」を聞きたいと思って、生長の家本部にあった生長の家政治局、生長の家政治連合本部に、田中忠雄会長を訪ね、そのことを質問しました。

田中忠雄氏は、「帝国憲法復元は、自衛隊がクーデターでも起さなければ無理だ」と言われました。私は、生長の家の最高幹部が谷口総裁とは異なる意見を持ってゐることに大変驚きました。田中先生はその時、「君は少し教条主義的ではないか」と言われました。

田中氏はその頃、左翼学生の暴力闘争を評して「彼等はキツネ憑きならぬイデオロギー憑きである」と批判されてゐました。つまりある思想や主張を頑なに信じ込み、反対する者を暴力的に攻撃することに大きな批判を持ってゐたのであります。私にもその傾向があると言われたのだと後になって分かりました。田中氏は若き頃左翼運動の参加し治安維持法違反で二年間獄に入っておられましたので、「イデオロギー憑き」の危険性を自己の体験として分かっておられたのでしょう。

田中忠雄氏は、禅の専門家でしたが、そればかりではなく、日本の國體、伝統についても深い見識を持った方でした。田中氏の著書は今でも読んで色々学んでゐます。

私は『大日本帝国憲法』が、日本の國體と伝統を正しく成文化した憲法と思っています。田中氏も同じ思いであったと思います。しかし『帝国憲法復元』をどうやって実現するのかがわかりません。総理大臣が宣言するとか衆参両院で決議するなどということは現状では全く無理です。この課題をどう解決するかが問題であると思います。

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2020年11月20日 (金)

明治天皇の大御心と『大日本帝国憲法』

『大日本帝国憲法』の明治天皇の「告文」には、「皇祖
皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト為シ外ハ以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ永遠ニ遵行セシメ益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ」(皇祖天照大御神、皇宗歴代天皇の遺訓を明らかにして、『皇室典範』と『大日本帝国憲法』を成立し、条章を明らかに示し、皇室においては子孫が前例からはずれないようにし、臣民が天皇の統治を補佐する道を広め、永遠にこの憲法を守り、ますます国家統治の基を強固にして、日本国の民の生活の慶福を増進するべきである)と示されている。

 

『大日本帝国憲法』は、歴代天皇の国家統治の精神を成文化したものであり、天皇の国家統治の目的は国民の幸福を実現し増進するために制定されたといふことをお示しになっているのである。そして天皇国家統治の理想を実現するために国民すべてが、ご協力申し上げることか大切であると示されているのである。

 

さらに、『憲法発布の勅語』において明治天皇は、「惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ」(皇祖皇宗は、我が臣民の協力と補佐によりわが帝国を初め、造り、そして永遠に続いてきた。これはわが神聖なる皇祖皇宗の威徳と、臣民が忠実勇武にして国を愛し公に殉じたことにより、この光輝あるこの国の歴史の実績をのこしたのである)。

 

「国家統治ノ大権ハ朕ガ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝ウル所ナリ。朕及ビ朕ガ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循ヒ、之ヲ行フコトヲ愆(あやま)ラザルベシ」(国家統治の大権は朕がこれを皇祖皇宗より継承し、これを子孫に伝へるのである。朕及び朕の子孫は将来この憲法の条章に従ひ、日本国を統治することに誤りのないやうにすべきである)と示されている。

 

わが大日本国は君民一体であり、日本国は、天皇の神聖権威と国民の忠誠心および勇武によって成り立ってゐるとお示しになってゐる。天皇は専制君主ではなく、また、独裁者でもなく、憲法の条章に従って国家統治されるといふことを明らかにお示しになっているのである。

 

『大日本帝国憲法』は実に日本の伝統に則った世界の誇るべき素晴らしい成文憲法である。『現行占領憲法』とは比較にならない。私は、『現行占領憲法』を改正するのではなく、『大日本帝国憲法』を復元することが正しい道であると信じる。

 

 

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2020年11月12日 (木)

國體の眞姿を回復して現状の日本の「悪」「穢れ」を祓ひ清めることが復古即革新即ち維新である。


世界各地の神話では、人類最初の男女神は人間を生んでゐる。しかし、日本神話では始源の男女二神たる伊耶那岐命・伊耶那美命はまず國を生んでゐる。ここに日本神話の大いなる特質がある。日本神話においては神が最初に生んだものが國なのである。しかも創造したのではなく生んだのである。また人は神の子孫であるとされてゐる。神と國・神と君主・神と民とは親子関係にあるのである。故に、日本國においては神と國と民とがその根源において一体なのである。そして神と國と民とを精神的に統合し一体化する御存在が天照大神の生みの御子であり、君主であり、祭り主であらせられる日本天皇なのである。

ところがキリスト教の神話においては神が最初に創造したものが人間であるとされてゐる。「創造する」といふことは創造者と被創造者との間は絶対的に隔絶しているといふことである。しかも神によって創造された人間は原罪を背負ふ。神と隔絶し原罪を背負った罪人である人間同士が契約を結び、かつその罪人である人間の中で武力・権力が優越してゐる者が君主となって國を治めるといふのである。故に、國家は人工的な存在であり本来罪を背負ってゐる。また本来罪人である國民同士の信頼関係は希薄である。君主も國民を力で強制することによって國家を治めるのである。

このキリスト教の國家観・人間観が西洋國家法思想・法思想の根幹となってゐる。だから国家と国民、君主と国民は契約を結ばねばならない。その契約書、言ひ換へると「権力の制限規範」が「憲法」といふことになるのである。『現行占領憲法』かかる思想が基盤になってゐるのである。

このやうに日本と外國との國家観・君主観の違いは大変大きい。そのことを端的に示したのが、北畠親房の『神皇正統記』冒頭の「大日本は、神國なり。天祖始めて基を開き、日神長く統を傳へ給ふ。我が國のみ此の事あり。異朝には其の類無し。此の故に神國といふなり。」といふ文章である。

日本天皇の御本質そして日本國の本質とは全く異なる西洋から発した思想を基本原理としてゐるのが『現行憲法』なのである。國民主権・主権在民論は、祭祀主日本天皇を君主と仰ぐ君民一体のわが國體を隠蔽し破壊する規定である。つまり『現行占領憲法』は國家の存立の基本を破壊もしくは否定せんしてゐるのである。 

今日において成文憲法を無くすことが不可能であるならば、一日も早く『現行占領憲法』の無効を確認し、日本國體に則った正しき憲法を回復すべきである。憲法を正しくすれば萬事が解決するといふわけではないが、正しき憲法の回復が日本國の政治と文化など全ての面の混迷を救ふ大きな手立てである。天皇を祭祀主と仰ぐ清浄なる道義國家たる我が國の姿こそ「國體」なのである。この國體の眞姿を回復して現状の日本の「悪」「穢れ」を祓ひ清めることが復古即革新即ち維新である。

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2020年11月 4日 (水)

國體と近代成文憲法

成文法以前の存在であるところの天皇中心の日本国体は成文法で規定する必要はなく、成文憲法には国の政治組織について規定するのみでよいといふ論議がある。

言ひ換へれば成文憲法には國體については規定せず、政体のみについて規定すれば良いといふのである。そして『大日本帝国憲法』に対しても疑問を呈する人もいる。

例へば、中川剛氏は「君主主権も不敬罪もヨーロッパ大陸の産物である。憲法を持つこと自体が、英米にはじまるものである。明治憲法はじつは極端なほど欧化政策の結果であった。明治憲法下の天皇制はむしろ伝統をねじ曲げるものだった。近代国家としての体裁を整えるための、たてまえとしての性格の強かった明治憲法であるから、憲法が制定されたからといってただちに、天皇が西欧の絶対君主なみの統治権を掌握したわけではなかった。天皇は制度とは別に、依然として国民的つながりの中心としての文化的存在でありつづけた。政治的天皇と文化的天皇の二重性をそこに認めることができる」(『憲法を読む』)と論じてゐる。

しかし、『大日本帝国憲法』は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって明文化したものである。

葦津珍彦氏は「帝国憲法制定の歴史について、これを伊藤博文とか、井上毅等の官僚政治家が、西欧(とくにドイツ、プロシャ、バイエルンなど)の憲法をまねて起案し制定したもののように解釈する学者が多い。しかしそれは非常に浅い皮相の見解であって、全く日本国民の政治思想史を無視したものといわねばならない。この近代憲法ができるまでの歴史条件としては、少なくとも弘化・嘉永ころからの激しい政治思想の展開を見なければならない。黒船が日本に対して開国をせまって来たころから、徳川幕府がそれまでの独裁専決の政治原則に自信を失って、外交政策については『会議』によって国是を固めようとすることになってきた。この会議政治の思想が生じてきたことは、そののちの政治思想に決定的な波紋を生じた。」(『近代民主主義の終末』)と論じておられる。

 『大日本帝国憲法』の起草に当たった井上毅は「御国の天日嗣の大御業の源は皇祖の御心の鏡持て天か下の民草をしろしめすという意義より成立したるものなり。かゝれば御国の国家成立の原理は、君民の約束にあらずして一の君徳なり。国家の始は君徳に基づくといふ一句は日本国家学の開巻第一に説くべき定論にこそあるなれ」「わが国の憲法は欧羅巴の憲法の写しにあらずして即遠つ御祖の不文憲法の今日に発達したるなり」(『梧陰存稿』)と論じている。

正論である。君主と民とは相対立しており国家は君と民、あるいは民同士の契約によって成立するといふ西洋法思想・国家観は、日本の国体観念・天皇観とは全く異質なものであると井上毅は説いてゐるのである。

井上毅は「君徳」と言ってゐるが、日本天皇は人としての「徳」よりももっと深い「祭り主としての神聖権威」、日本伝統信仰の言葉で言えば「御稜威」(みいつ)によって国家を統治したもうのである。御稜威とは天皇の有される神霊の威力といふべきものである。

折口信夫氏は「御稜威」について、「みいつといふ語の語根いつといふ語は、稜威といふ字をあてる…いつのちわき・いつのをたけびなどといふ風につかってゐます…天子に傳り、これが内にある時は、その威力が完全に発現するところの権威の原動力なる魂の名でありました。」(『神々と民俗』)「天子には天皇霊といふべき偉大な霊魂が必要であって、これが這入ると、天子としての立派な徳を表されるものと考へられてゐました。その徳をみいつといふ語で表してゐます。…これは天皇靈の信仰上の名稱でした。」(『鳥の聲』)と論じておられる。

歴代天皇は歴聖一如の「御稜威」によって国家を統治して来られたのである。

我が日本はどのような闘争や激動があっても、日本という国が分裂し破壊し尽くされてしまうということ無く、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。ここが日本という国の有難さである。

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2020年10月27日 (火)

。 「現行占領憲法」の欠陥を根本的に否定し、日本國體精神を根幹にした正統憲法に回帰しなければならない。

日本國體とは相容れない「國民主権」といふ原理は全面的に否定されるべきである。

 

憲法を論じるにあたって最も重要な前提は、西洋成文憲法は「権力に対する制限規範である」といふことである。イングランド最悪の王と言はれるジョン王と諸侯との間で結ばれた『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、『國王も法の下にある』といふ原則=『法は王権に優越する』といふ法治主義を確立したとされる。

 

「権力は放っておくと濫用されるので、為政者の手を縛る必要がある。その為に成文憲法が必要とする」といふ考へ方である。これが西洋成文憲法の根底にある思想である。このやうな由来・本質を持つ成文憲法が、神話時代からの悠久の歴史を有する日本國體を規定すること自體誤りであり不自然なことである。

 

これまで何回も論じてきたことだが、そもそも天皇は政治的権力は有しないのであるから、『権力の制限規範』である憲法、「国権の最高機関」である国会の制限も干渉も受ける御存在ではない。国政の関する権能を有しないといふ事は権力者ではないといふことである。従って「権力者」ではあらせられない天皇は、「権力の制限規範」たる憲法を超越した御存在であり、憲法が天皇を制約することがあってはならないのである。

 

したがって、三権の一つであり「国権の最高機関である」と規定されてゐる國會が、権力者であらせられない「天皇の御位」即ち「皇位」について議論し決定することは、憲法が「権力の制限」である以上、出来ないのである。

 

日本天皇の國家統治の本質は、権力・武力による國家・國民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。むしろ、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが國の建國以来の天皇を祭祀主就仰ぐ祭祀国家としての國體であり歴史である。

 

また、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の法である。天皇が成文法の下にあるなどといふ事は絶対にあり得ない。また、わが國の最高の成文憲法は、「天壌無窮の御神勅」である。

 

日本國は信仰共同體であり國民が契約を結んで人工的に作った國ではない。そして祭祀主である天皇は國民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。霊的魂的に一體の関係にある。これを「君民一體の國柄」と言ふ。これが日本肇國以来の國柄であり國體である。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。

 

長谷川三千子氏は、「どの民族にも、その民族にとってもっともふさはしい自然な心のはたらかせ方がある筈だ──このことが、この一条(『玉かつま』の「からごゝろ」という一条)を貫く宣長の基本的考へであり、この一条のすべての言葉は、この基本の考へ方から発せられてゐると言ってよい」「元来が『これは人類普遍の原理である』といふ言ひ方は、或る一つの文化が他の文化に、自分たちのものの見方を押しつけようとするときの決まり文句であるが、それを日本人は疑はぬばかりか、自らの言葉として繰り返してゐる。これこそが『漢意』といふ名の文化的倒錯の構造である、と宣長は見抜いてゐるのである」「漢意は単純な外国崇拝ではない。それを特徴づけてゐるのは、自分が知らず知らずの家に外国崇拝に陥ってゐるといふ事実に、頑として気付かうとしない、その盲目ぶりである」(『からごころ』)と論じておられる。

 

戦後日本は、アメリカから押し付けられた「憲法三原理」を「人類普遍の原理」として有難く押し戴いてきた。これを根本的に反省しなければならない。日本人には日本人の「心のはたらかせ方」がある。これを回復しなければならない。それは排他独善といふことではない。日本人にとってどんな考へ方がまともなのか、日本の国柄に合致してゐるのかを考へ、日本人らしさを正しく自覚することである。『現行占領憲法』の三原理である国民主権論・似非平和主義・欲望民主主義はまさに日本の國の国柄に合はない思想である。

 

戦後日本・現代日本の混迷の原因の大きなものに「國家の統治體制の基礎を定める法・國家の根本法」と定義されてゐる憲法が大きな欠陥を持ってゐるところにある。

 

「現行憲法」の最大の欠陥は、その原理にある。『現行占領憲法』の三原理の一つとされる「國民主権・主権在民」といふ思想は、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。祭祀國家であり君民一體の國柄であるわが日本にはまったく適合しない思想であり、革命=國體破壊につながる思想である。

 

「國民主権論」「主権在民論」は「人類普遍の原理」を詐称してゐるがさうではない。欧米における革命・政治変革から生まれてきた思想であり、日本國體とは相容れない思想である。「國民主権」といふ原理は全面的に否定されるべきである。

 

憲法は改正すればいい、新しい憲法を作ればいいといふことではない。「現行占領憲法」の欠陥を根本的に否定し、日本國體精神を根幹にした正統憲法に回帰しなければならない。

 

 

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2020年10月23日 (金)

日本國體とは祭祀主と仰ぐ精神的信仰的共同体


 日本國體とは、天皇を祭祀主と仰ぐ精神的信仰的共同体のことである。単なる「国家の体制」のことではない。「体制」とは、「ものの組み立てられた状態」という意であり、単に組織、機構、機関、組織、システムのことであ。つまり、「国家の体制」とは、無機的な権力機構としての国家組織のあり方、即ち統治権力の運用する仕方に関する形式のことである。これは「政体」と表現すべきであって、國體を「国家の体制」と表現するのは誤りである。

 國體とは、日本国の国柄・国の本質のことを言う。三潴信吾氏は、「國體とは、各国家の国柄、品格のことをいふのであって、その国の成立事情によって定まる」「我が国にあっては、皇祖を日の神(天照大神)と仰ぎ、その和魂を継承されつつ、一切の天神地祇、八百万神々を祭り、これといよいよ一心同体たらせ給ふ天皇が、御代々を通じて御一人(一系)として天下を治ろしめすといふ國體を保有してきた」「政体とは、政治権力の組織制度のことを云ふ。」(國體と政体について)と述べられている。

 小森義峯氏は、「國體とは、平たくいえば、『くにがら』という意味である。その国をその国たらしめている、その国の根本的性格をいう。」「皇祖天照大神と霊肉共に『万世一系の天皇』を日本国の最高の権威(権力ではない)の座に頂き、君民一体の姿で民族の歴史を展開してきた、という点に日本の国柄の最大の特質がある。」(正統憲法復元改正への道標)と述べておられる。           

 「國體」とほぼ同じ意義の「国柄」という言葉は、萬葉の代表歌人・柿本人麿が文武天皇の大御世(西暦七〇七年頃)に「讃岐の狹岑(さみね)の島に石の中の死(みまか)れる人を視て」詠んだ長歌に使われている。

 それには、「玉藻よし 讃岐の國は 國からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月とともに 滿(た)りゆかむ 神の御面(みおも)と 繼ぎ來(きた)る……」と歌われている。「(玉藻よし)讃岐の國は國柄のせいか、見ても飽きることがなく、神のみ心によってか、かくも貴い。天地と日と月と共に完全円満である神の御顔として、太古から傳えてきた……」というほどの意である。

 これはわが國の傳統的な自然観に基づく國土讃歌である。「國からか」は國そのものの性格のせいかという意。「から」は人柄の「柄」と同意義である。「神からか」は、日本の國土は伊耶那岐命と伊耶那美命がお生みになったという神話に基づいた表現で、神の御性格のままにという意である。

 「神の御面」は、神のお生みになった日本の國土は神のお顔だということ。この表現は、「四國は体は一つ、顔は四つ」という日本神話の傳承に基づく。『古事記』國生み神話の、「次に伊予の二名(ふたな)の島を生みたまひき。この島は身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。かれ伊予の國を愛比売(えひめ)といひ、讃岐の國を飯依比古(いひよりひこ)といひ、粟の國を、大宜都比売(おほげつひめ)といひ、土左の國を建依別(たけよりわけ)といふ」という傳承を歌っている。ここに自然を神として拝ろがむ人麿の神話意識が表白されている。日本人にとって『神代』は遠く遥かな過去の時代のことではなく『今』なのである。

 さらに柿本人麿は、輕皇子(かるのみこ・後の第四二代・文武天皇)がの安騎野(あきのの・奈良県宇陀郡大宇陀町一帯の山野)へ行幸された時に、
 「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子(みこ) 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせすと……」(やすらけくたいらけく四方八方を御統治あそばされるわが大君、高く照らすわが日の神の皇子は、神様であるままに、神様らしく振る舞はれるべく……という意)
 と歌った。

 「やすみしし わが大君」は、萬葉仮名では「八隅知之」と書かれてゐる。「四方八方を知る」といふ意である。「天皇は空間的に日本國の四方八方をしろしめしたまふ」といふことである。或いは、「安見知之」とも書く。これは「やすらけくこれを見、知る」といふ意で、「天皇は空間的にたいらけくやすらけく日本國をしろしめしたまふ」といふことである。

 「高照らす 日の皇子」は、「高く照っておられる日の神の皇子」といふ意である。これは、日の神であらせられる天照大神が、生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせたまひて天の下を統治せよと御命令になって以来、邇邇藝命の子孫である天皇が日本國を統治されてゐるといふ時間的事実をいった言葉である。

 つまり、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句表現は、現御神として日本國を時間的に空間的に統治される天皇の御本質を、神話的・詩的に美しく表現した言葉なのである。かうした表現は、『日本書紀』の歌謡の中に現れ、『古事記』では景行天皇記の日本武尊の御歌の中に「高光る 日の御子」といふ言葉がある。

 天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は太陽神を祭られる<天皇の祭祀>である。

 このような古事記・萬葉以来の我が国の精神伝統が、「我が国は天皇を祭祀主と仰ぐ神の国である」とする「國體」「国柄」なのである。

戦前も戦後も、さらに古代以来今日に至るまで日本國體は変わっていない。「國體とは戦前の天皇主権の国家体制を表す言葉で、治安維持法のキーワードだった」という主張は全く誤りである。「帝国憲法」の何処にも「天皇に主権がある」などとは書かれていない。そもそも、「国家の意思を最終的に決定する権力」という意味での「主権」なる概念と言葉は、天皇祭祀主と仰ぐ国である日本には全くそぐわないのである。 

 戦前も戦後もさらに言えば古代以来今日に至るまで、「日本は天皇を君主とする国である」ことは明白であり、戦前の國體と戦後の國體とは本質的には変わっていない。

 『終戦の御詔勅』に「茲に國體を護持し得て」と示されているように、わが国は大東亜戦争の敗れた後も、天皇中心の國體は護持された。また現行憲法にもきわめて不十分・不完全ではあるが國體を護持する規定が書かれている。

 戦前の國體論の代表的なものは、文部省思想局で編まれ、昭和十二年三月三十日に文部省から発行された『國體の本義』であろう。編纂委員は、山田孝雄・久松潜一・佐久知荘一・山本勝市・井上孚麿の各氏ら当時の国文学・国史学・憲法学などの権威であり、学問的価値のある文献である。

 その冒頭に「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の國體である」とある。これは記紀・萬葉以来のわが國體の道統を端的に表現している。そしてそれは今日においても全く変わっていないのである。

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2020年10月18日 (日)

日本国の憲法は、欧米の国家観、政治思想、即ち権力国家思想を払拭し、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家日本の本姿が正しく書かれてゐるべきである

日本民族の歴史的一貫性、理想、道義、倫理性、傳統を継承し体現するのが真の國家である

いはゆる自由民主体制は、國民一人一人の高い倫理精神が土台になってゐなければならない。さうでなければ、闘争・破壊・腐敗が蔓延し、國民の幸福は實現しない。世界の多くの国家はそういう状況に陥っている。

ドイツの哲学者ヤスパースは、「自由というものは、神とも道とも涅槃とも、大きな充實した空とも、本然の存在とも呼ばれる超越的存在を私たちが経験する場所としてのみあり得ます」と語ったといふ。(昭和二十七年日本ヤスパース協会への「年頭の辞」・武藤光朗氏著『革命思想と實存哲学』より引用)

道義精神・倫理観のない國家は、権力組織に過ぎない。日本民族の歴史的一貫性、理想、道義、倫理性、傳統を継承し体現するのが真の國家である。さういふ國家に対してこそ、愛國心・國家意識が湧く。愛國心・國家意識は、共に懐かしむことができる歴史意識、傳統精神、道義精神、神話を持つことによって育まれる。

わが日本國民の生活は本来、精神的にも物質的にも、悠久の太古より継承された歴史・傳統・祭祀・信仰に積み重ねの上に形成されてゐる。グローバル化時代などと言はれてゐる今日こそ、その事を正しく認識すべきである。祭祀國家日本の本姿開顕、信仰共同体へ回帰してこそ、真の自由・真の民主政治が實現し國民の幸福が達成できる。

わが國は、ある特定の時代に人為的に作られた國家ではない。神話時代より継承されてきた神聖なる國である。「成文憲法」には、この事が正しく書かれてゐなければならない。

日本の國生み神話は、無名の大地の生成ではなく、國土の生成であるところに大きな意義がある。伊耶那岐命・伊耶那美命による國土生成の神話は、大八島國といふ統一した國土が生まれる物語である。そしてその中心の神が、天照大御神であり、天照大御神の靈統の継承者・地上における御代理が日本天皇である。

日本國民の天皇に対する帰属意識は、権力・武力に対する恐れに基づくのではない。従って、西洋傳来の「成文憲法」が「権力への制限規範」であるのならば、さうした「成文憲法」に権力者では本来あらせられない天皇に関する「条項」があること自体不自然と言へる。現御神・祭祀主であらせられる天皇陛下の御本質への回帰が第一であり天孫降臨・神武建國以来の道統を開顕する事が最も大切である。皇室の御事及び憲法はそこから考へねばならない。

即ち、日本国の憲法は、欧米の国家観、政治思想、即ち権力国家思想を払拭し、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家日本の本姿が正しく書かれてゐるべきである。

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2020年10月17日 (土)

日本神話に示された國體精神


天皇と国民と国土は霊的・魂的に一体の関係にある
「国生み神話」は、日本国の祭祀的統一の歴史が物語られてゐる。日本国家の神話的起源思想の特色は、国家成立の三要素たる君主、国土、人民が、生命的・血統的に一体であるところにある。即ち「皇祖神たる天照大神」と「大八島(国土)」と「国民の祖たる八百万神」が、伊耶那岐命・伊耶那美命から生れ出た「はらから」といふ精神にある。

『古事記』の「国生み神話」に、伊耶那岐命は伊耶那美命に「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(註・かれ。だからの意)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に、刺し塞(ふた)ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまふたと語られてゐる。

伊耶那岐命が「国土(くに)を生みなさむ」と申されてゐるところに日本神話の素晴らしさがある。岐美二神は大地を創造されたのではなく、国土の生成されたのである。太古の日本人は劫初から、国家意識が確立してゐたのである。世界の他の国よりも我が国は国家観念が強かったといへる。

中西進氏は、「(世界各地の神話は・註)人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、国土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色で」(『天つ神の世界』)と論じてゐる。

岐美二神はお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて、国生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって国土が生成されたのである。国土ばかりではなく、日本国民の祖たる八百萬の神々も全て岐美二神の「むすび」よって生まれたのである。日本神話においては、天地が神によって創造されたのではない。日本国家は神の魂が結び合って生まれてきた生命体なのである。

日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培はれた自然と祖霊を神として拝む信仰が「神話」といふ形で語られてゐるのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが「祭祀国家」「信仰共同体」としての日本なのである。

「むすび」の語源は、「生(ム)す」である。「草が生す」「苔が生す」と言ふ。「ムス」とは命が生まれることである。故に親から生まれた男の子を「むすこ」(生す子)と言ひ、女の子を「むすめ」(生す女)と言ふ。

「むすび」とは命と命が一体となり緊密に結合することである。米のご飯を固く結合させたものが「おむすび」である。そして日本伝統信仰ではその米のご飯には生命・魂が宿ってゐると信じてきた。

「庵を結ぶ」といふ言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合はせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」と言ふ。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立してゐる。日本国土は、伊邪那岐命と伊邪那美命との「むすび」によって生成されたのである。
『古事記』にはさらに、「伊耶那伎大神…筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして、禊ぎ祓へたまひき。…左の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、天照大神」と語られてゐる。皇祖神であらせられる天照大神は、伊耶那伎大神から生まれた神なのである。

日本国の君主であらせられる天皇の祖先神たる天照大神も、日本国民の祖たる八百萬の神々も、日本国土も、伊耶那岐命・伊耶那美命から生まれた「はらから」なのである。

これがわが国太古からの君主観・国家観・人間観・自然観である。ここに日本神話の深い意義がある。神は、天地と人間を創造し、神と人とが契約を結ぶといふ『創世記』の神話と全く異なる。

村岡典嗣氏は、「(国家の神的起源思想の特色として・註)国家成立の三要素たる国土、主權者及び人民に對する血族的起源の思想が存する。即ち皇祖神たる天照大神や青人草の祖たる八百万神はもとより、大八洲の国土そのものまでも、同じ諾册二神から生れでたはらからであるとの考へである。吾人は太古の国家主義が実に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即国家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が国土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の国家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想史研究』四)と論じてゐる。村岡氏は「主権者」「元首」といふ言葉を使ってゐるが、「主権者」は権力者、「元首」は「head of state」(権力機構の頭首)といふ意味であり、天皇の御本質とは異なる。従って「統治者」「君主」「すめらみこと」と言った方が日本國體に合致する。

ともかく、国家成立の三要素たる国土・君主・国民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と国民と国土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。君主と国民は相対立して国家権力を争奪する関係ではない。生命的魂的に一体の関係にある。これを「君民一体の国柄」といふ。

日本は契約国家でもないし、権力国家でもない。わが国は、信仰的・祭祀的統一によって形成された祭祀国家・信仰共同体である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。かかる尊き国柄が、日本国家成立以来今日まで変ることなく続いて来てゐることは他国に例を見ない。だから「萬邦無比の日本國體」と言ふ。

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2020年10月15日 (木)

憲法を論ずる大前提

憲法をはじめとした成文法の正統性は、天皇を中心とする日本國體の上に立脚しているところにある。天皇の正統性は成文憲法に立脚するのでは断じてない。

わが日本國の國體は言うまでもなく、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家である。これに対し、實際の政治をどのような體制で行われているかを政體という。わが國は有史以来、天皇親政、摂関政治、幕府體制、立憲君主制という歴史を経てきた。しかしどのような政治體制であろうともこの根本には「天皇中心の祭祀國家」という不文法としての國體が厳然として続いていた。

 不文法=國體法とは憲法の一番基礎を成している部分であって、「立國の基本たる法」とも、「國家の根本法の根本法」とも定義づけることができる。これに対して政體法とは、國體法の基礎の上に定められた國家の統治組織や國家活動の原則や國民の權利義務などに関する基本的な定めを総称する。それは成文によって示されることが原則であろう。

 天皇が日本國の祭祀主・君主であらせられるという國體法(不文法)は日本國建國以来不変である。

 歴史上、天皇の國家統治の實相が隠蔽された時期があった。しかし「承久の変」「正中の変」「建武の中興」「明治維新」というこれまで行われた日本の変革は、天皇の統治の實相を正しく顕現せしめる運動であった。

 この様な日本國の國體史・政體史を見てくれば、天皇及び皇室そしてそれを中心とする日本國體は、成文法としての憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文法は國體および皇室に干渉することはできないのである。

 わが日本は國家の本質と君主たる天皇の御本質が建國以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律的に言えば、不文法によって定まっているということである。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立國の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく成文憲法によってこの立國の基本を覆したり破壊してはならない。

 しかるに、「現行占領憲法」では、前文で「主權が國民にあることを宣言し」、第一条には「主權の存する日本國民の総意に基づく」という規定がある。これを根拠にして「日本は君主制の國ではないと」する意見がある。これは有史以来の國體を根本から否定する論議であるが、こういう議論が起こり得るところに「現行憲法」の重大欠陥がある。

 日本國の歴史と傳統すなわち不文法において、天皇中心の共同體を確立しているわが國で、成文憲法に共和制ともとれるような表現があるのは絶対に許されない。ゆえに「現行占領憲法」は根底から否定されなければならない。

日本國家の生成は記紀神話で伝えられている。記紀によると、國家成立の三要素たる國土・君主・國民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と國民の関係は、支配・被支配の関係ではない。

祭祀主たる天皇は、國民を支配し隷従させたのではなく、信仰的権威(これを御稜威という)によって統率し統一したのである。信仰共同體・祭祀國家は、単に理念的な存在もっと言えば架空にして抽象的な存在ではなく、海という大自然をめぐらし、その中において稲作を中心とする農耕を営み、村落共同體から民族共同體へと生成発展してきた存在なのである。

日本神話は天皇中心の日本國體を、「豊葦原千百秋之瑞穂國は、天照大御神生みの御子すなわち日本天皇の統治される國」と表現したのである。

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2020年10月14日 (水)

憲法の根本問題


近代成文憲法は欧米の政治思想・国家観を基礎にしており本来わが國體とは相容れないと思います。しかし、今更近代成文憲法を全面否定し絶縁することはまことに困難かと思います。

政府も国会も、皇室や日本の伝統よりも『現行憲法』の規定を重んじる姿勢を貫いているように思います。「憲法は権力の制限規範」とされています。日本天皇は、祭祀国家日本の祭祀主であらせられ、本来政治権力者ではあらせられません。『現行占領憲法』には、「第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と書かれています。歴史上も憲法上も権力者ではあらせられない日本天皇は、「権力の制限規範」である『現行憲法』によって規制される御存在ではあり得ないと思います。天皇・皇室は「憲法」を超越した御存在であると思います。

新しい元号は、新天皇が勅定されるのが伝統であります。しかし、令和の元号は、「天皇の事前許可を求めれば天皇の国政関与を禁じた憲法に反する」という考え方に基づき天皇の勅許をいただきませんでした。しかしそもそも元号の勅定は、天皇の権力行使ではないし、政治権力行為ではありません。「天皇の祭祀」の重要な事柄です。前述した通り天皇は権力者ではあらせられないのですから、権力の制限規範たる成文憲法に規制されません。臣下の権力機構たる政府が決めるということは、德川幕府でさえしなかった重大なる國體破壊であり伝統破壊でした。しかし現実にはこの度の御代替わりにおいてそういうことが行われたと私は思うのです。

「現行占領憲法」はまさに國體破壊・國體隠蔽の亡国憲法です。一刻も早く全面否定しなければなりません。「現行占領憲法」は「日本の歴史や伝統、わが国独自の国柄」についてはどこにも書かれていません。「現行占領憲法」はまさに無国籍・國體破壊・國體隠蔽の亡国憲法であると思います。一刻も早く改正か失効宣言が必要と思います。しかし、改正も失効宣言も文字通り「七十四年河清を待つ」難事です。しかも、先帝陛下も今上陛下の「憲法を守り」と繰り返し仰せになっています。非常に悩ましいことです。「承詔必謹」と我々の永年の主張である「現行憲法否定」とをどう考えればいいでしょうか。

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