2017年11月14日 (火)

天皇國體と成文憲法

西洋成文憲法は「権力に対する制限規範」であるという。イングランド最悪の王と言われるジョン王と諸侯との間で結ばれた『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、『国王も法の下にある』といふ原則=『法は王権に優越する』といふ法治主義を確立した、とされる。「権力は放っておくと濫用されるので、為政者の手を縛る必要がある。その為に成文憲法が必要とする」という考え方である。これが西洋成文憲法の根底にある思想である。

 

しかし、日本天皇の国家統治の本質は、権力・武力による国家・国民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。むしろ、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが国の建国以来の國體であり歴史である。また、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の法である。天皇が成文法の下にあるなどといふ事は絶対にあり得ない。また、わが國の最高の成文憲法は、「天壌無窮の御神勅」である。

 

日本国は信仰共同体であり国民が契約を結んで人工的に作った国ではない。そして祭祀主である天皇は国民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。これが日本肇国以来の国柄であり國體である。

 

西洋憲法思想では、前述したように、「憲法は権力に対する制限規範である」され、権力は放っておくと濫用されるので為政者の手を縛る必要から成文憲法が必要であるとされる。このような性格を持つ成文憲法によって、神話時代より悠久の歴史を有する祭祀国家・日本を規定すること自体不自然なことなのである。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。また西洋の国家観である「国家法人説」とは相容れないのである。

 

わが日本は国家の本質と君主たる天皇の御本質が建国以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律論的に言えば、不文法によって定まっているということである。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立国の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく国家観や成文憲法によって立国の基本即ち日本國體を隠蔽したり破壊してはならない。

 

換言すると、天皇及び皇室そしてそれを中心とする日本國體は、成文憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法などの権力機関で制定された法律は、國體及び皇室にかかわることに干渉することはできないのである。

 

「現行占領憲法」は、その法思想・理念もアメリカの押し付けであるから、「マグナ・カルタ」を起源とする西洋成文憲法思想に貫かれている。日本天皇は、権力を濫用して国民を苦しめるジョン王などの西洋専制君主とは全くその本質を異にする。「現行憲法」は、わが國體とは相容れない。

 

また、「祭祀國家日本の祭祀主・天皇」に関する神聖なる事柄は、世俗の法律問題・政治問題ではない。即ち決して『現行憲法』が規定する「政治権力作用としての國政」ではない。政治権力や成文法によって、「祭祀國家日本の祭祀主・天皇」を規制し拘束し奉るようなことがあってはならない。

 

わが國においては、成文法が基となって國體が成立するのではない。國體が基となって成文法が成立するのである。

 

天皇は、権力や成文法を超越された神聖なるご存在である。従って、天皇陛下の「詔」は、臣下國民が従ひ奉るべき絶対の「法」である。今上陛下の昨年八月二十二日の「玉音」はまさに「詔」である。安倍晋三内閣総理大臣をはじめわが國の政府・政治家はこの事を正しく認識し、陛下の大御心にこたへ奉るべきである。

 

繰り返し言ふ。成文憲法及び成文法そしてそれに基づく政治権力機関は、天皇國日本の道統を破壊したり否定した制約したり隠蔽する権限は全くないのである。むしろ天皇國日本の道統に即した憲法及び法律そして権力機関であらねばならないのである。

 

戦勝國によって押し付けられた『占領憲法』の制約下に、上御一人日本天皇を置き奉る事があっては絶対にならない。天皇の「詔」「大御心」が最高最尊の「法」である。「成文憲法」は「権力の制限規範である」と言はれる。であるならば、「國政に関する権能を有しない」とされる天皇が、『現行占領憲法』の制約を受けることはあり得ない。

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2017年10月29日 (日)

正統性のない「現行占領憲法」に立脚した「立憲主義」は國を危うくする

 

 

先日も書いたが、立憲民主党の「国民との約束」という文章には「アジア、そして世界の中で、国際協調にもとづく、日本の安全保障に関する基本姿勢を守ります。2015年に強行採決された違憲の安保法制の問題をうやむやにしたままに、理念なき憲法改正が叫ばれています。専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪とは、徹底的に闘います。現下の安全保障環境を鑑み、領域警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法の強化をめざします。基本的人権の尊重、立憲主義、民主主義といった原則は、決して揺るがしません」と書かれている。

 

今日わが國で施行されてゐる憲法がまっとうな憲法、正統性のある憲法なら「立憲主義」は肯定される。しかし、『現行占領憲法』は最初から正統性などなかった。『現行憲法』が『大日本帝國憲法』を改正したものだなどといふこと自體が欺瞞だからである。天皇の統治大権が占領軍の隷属の下にあった占領期間中の改憲は「摂政を置くの間之を変更することを得ず」といふ『帝國憲法』の条項に明確に違反してゐる。 『現行占領憲法』は、日本を永久に弱體化しておくために戦勝國=アメリカ占領軍が日本に押しつけた憲法である。

 

大変畏れ多いことであるが、「天皇及日本國政府ノ國家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合國最高司令官ノ制限ノ下(「subject to」)ニ置カルルモノトス」(バーンズ回答・正しくは「隷属ノ下」と訳されるべきといふのが定説である)とされてゐる時期の「天皇のご裁可」「天皇による公布」は、天皇陛下が自由に表明された御意志即ち「大御心」によるものとは異なると私は考へる。

 

『占領憲法』は、十七世紀、十八世紀の欧米の市民革命の基礎理論であった「社會契約論」に立脚してゐる。

 

中川剛氏は次のやうに論じてゐる。「日本國憲法が、一七・一八世紀の欧米の市民革命の理論的基礎となった社會契約論に立脚して起草された。…アメリカの独立宣言や連邦憲法が、当時の革命思想であった社會契約論によって起草されたため、占領軍総司令部の憲法案起草者にとっても、社會契約の考え方が基本枠組みとして採用され…憲法の基本原理についてさえ、傳統にも文化にも手がかりを求めることができず外國の理論に典拠を探さなくてはならないという恐るべき知的状況が出現するに至った」(『憲法を読む』)

 

國の生成・成り立ちが欧米とは全く異なり、市民革命も経験してゐないわが日本國に、西洋國家思想たる「社會契約論」を基礎にした憲法が押し付けられたのである。この一点を以てしても『現行占領憲法』に正統性がないことは明白である。

 

日本の國家観と西洋國家観とは根本的に異なる。日本國は、「数多くの個としての人間」が寄り集まって契約を締結して人為的・人工的に作った権力機構・契約國家(これを「國家法人説」と言ひ換へてもいいと思ふ)とはその本質が全く異なる。「國家法人説」を日本國に当て嵌めることはできない。

 

「國家法人説」とは、國家を法的な主體としての法人と考へる理論である。そして「法人」とは「自然人以外で法律上の権利義務の主體となることができるもの。一定の目的の下に結合した人の集団あるいは財産についてその資格が認められてゐる集団」とされてゐる。

 

つまり、國家は人間が集まって文字通り人為的に作られたといふのが西洋の國家観である。國家とは、社団法人や財団法人のやうに多くの人々が一定の目的のために契約を結び人為的に造られたものだといふのが「契約國家論」「國家法人説」なのである。

 

天皇中心の信仰共同體たる日本は断じてそのやうな國家ではない。日本といふ國家の本質は、権力者が國民を支配するための機関すなはち権力國家ではないし、日本國の君主たる天皇は、武力や権力を以て國民に命令を下す権力者ではない。また、日本國は多数の個人が契約を結んで造った國ではない。さらに、征服や革命によって人為的に成立した國家でもない。日本國は古代において自然に「生まれた」國である。日本といふ國家は、人の魂が結び合って生まれてきた生命體なのである。日本民族の農耕を中心とする傳統的生活の中から培はれた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命體が日本國なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本傳統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言ふ「祭祀的國家」としての日本なのである。

 

「むすび」の語源は、「生()す」である。「草が生す」「苔が生す」といわれる通りである。つまり命が生まれることである。故に母から生まれた男の子を「むすこ」(生す子)といひ、女の子を「むすめ」(生す女)といふのである。「むすび」とは命と命が一體となり緊密に結合するといふことである。米のご飯を固く結合させたものが「おむすび」である。そして日本傳統信仰ではその米のご飯には生命・魂が宿ってゐると信じてきた。

 

「庵を結ぶ」という言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合はせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」という。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立しているのである。日本國土は、伊邪那岐命と伊邪那美命との「むすび」によって生成されたのである。

 

我々はまず以て「國家観」を正しく確立しなければならない。日本と欧米とは歴史・文化・宗教・社会構造・人間関係を異にしているのだから、日本國の憲法は近代西欧流の國家法人説・國家暴力装置説などの「國家観」を基礎にしてはならない。

 

日本天皇の國家統治の本質は、天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。そして、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制する。それがわが國の建國以来の國體であり歴史である。

 

日本國は信仰共同體・祭祀共同體であり、天皇はその祭祀主である。従って、天皇は國民と対立し、國民を力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。信仰的・精神的一體関係にある。これを「君民一體」といふ。これが日本肇國以来の國柄であり國體であり歴史である。祭祀國家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本國の特質であり尊厳性なのである。これを「萬邦無比の日本國體」と言ふ。

 

日本に憲法を押し付けたアメリカ合衆國は、一七七六年七月四日に独立を宣言して「社會契約論」「國家法人説」を基礎して「人為的に造られた國」である。

「生まれる」と「造られる」とでは絶対的な違ひがある。「生む」は日本傳統信仰の「國生み」観念であり、「造る」はキリスト教の「天地創造」の観念である。伊耶那岐命・伊耶那美命は日本國土をお生みになったのであり、キリスト教の神(ゴッド)は人間を造ったのである。キリスト教の神はなぜか國家は造らなかった。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想・國家法人説や、人間不信を基盤とした國民主権論や西洋近代の成文法、そしてさうした思想が基礎になってゐる『現行占領憲法』の「國家観」とは基本的に相容れないのである。『現行占領憲法』に正統性がない最大の理由はここにある。その上、『現行占領憲法』は戦勝國アメリカの占領下に、強制的に押し付けられた憲法である。従って、この『現行占領憲法』には内容的・思想的にも、制定過程においても全く正統性がないのである。

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2017年10月26日 (木)

立憲民主党の憲法論について

立憲民主党という政党が出来た。この政党の「綱領」には「一. 自由と民主主義に立脚した立憲主義を守る 私たちは、日本国憲法が掲げる『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』を堅持し、自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守る。象徴天皇制のもと、新しい人権、統治機構改革など時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民とともに構想する」と書かれている。

 

また「国民との約束」という文章には「アジア、そして世界の中で、国際協調にもとづく、日本の安全保障に関する基本姿勢を守ります。2015年に強行採決された違憲の安保法制の問題をうやむやにしたままに、理念なき憲法改正が叫ばれています。専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪とは、徹底的に闘います。現下の安全保障環境を鑑み、領域警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法の強化をめざします。基本的人権の尊重、立憲主義、民主主義といった原則は、決して揺るがしません。解散権の制約や知る権利など、この原則を深化するための憲法論議を進めます」と書かれている。

 

「立憲主義」とは、「政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠する」という考え方であるそうだが、その立てるべき憲法が問題である。似非憲法・占領憲法を肯定し、それを立て、それに制限されなければならないというでは、亡国への道を歩む、まさに「憲法護って國滅ぶ」である。

 

また、「憲法解釈を、政府が便宜的に、意図的に変更すれば、政府の憲法解釈ひいては憲法規範そのものへの国民への信頼が損なわれる」という意見がある。

 

しかし、憲法激変する情勢に応じて改正し変更することによって憲法に国家の規範法としての権威が確立される。『現行憲法』にはそれがない。

 

「憲法護って國滅ぶ」というのは、悪い憲法を遵守すれば国が滅びるということである。ならば悪い憲法を改正するか破棄するか無効にするしかない。押しつけ憲法を破砕し正統憲法に回帰することが真の「立憲主義」を実現する。

 

国防力増強が議論される時、必ず、戦争の悲惨さが強調される。沖縄戦、原爆の被害などが語られ、だから自衛隊は無くすべきだ日米同盟は無くせなどという主張が行われる。今日もも「戦争反対、憲法壊すな」というデモがあったが、戦争を防ぐために「安保法制」「集団的自衛権行使容認」が必要なのだ。

 

サンフランシスコ講和条約、第一次安保、第二次安保改定の時も、日本が戦争に巻き込まれるという議論があったが、巻き込まれなかった。むしろ平和が保たれてきた。日本が戦後ずっと平和だったのは「占領憲法」があったからではない。自衛隊と日米軍事同盟があったからである。それは現実が証明している。

 

共産支那の軍拡・侵略策謀、北朝鮮の核ミサイル開発などわが国の軍事的環境は極めて厳しくなっている。これに対処するには、米国との軍事同盟強化が必要である。

 

『現行憲法』の「前文」には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し…」「平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した」と書かれている。

 

わが國固有の領土南樺太・全千島を五十年間も占拠したままのロシア、そしてチベットを侵略支配し台湾及び尖閣諸島などのわが國固有の領土・領海を侵略せんとしている共産支那、わが国民多数を拉致しテロを行う北朝鮮、わが国固有の領土竹島を占拠し続ける韓国のどこに「公正と信義」という立派なものがあるというのか。

 

『現行憲法』の「平和主義」には、「日本の軍隊はかつて侵略戦争を行い、アジアの人々や日本國民を塗炭の苦しみに陥らせた。日本に軍隊や武力を持たせるとなにをするかわからない」という観念が根底にある。

 

この『前文』の精神に基づいて『現行占領憲法』第九条の「國権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、國際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。國の交戦権はこれを認めない」を読めば、『現行憲法』が自衛権・國防軍の存在を否定していると解釈するのが至当である。

 

平和の前提は、國家の独立・民族の自立である。國家の独立を維持し、民族の自立を守り、平和を維持し実現するために國防力・軍事力が不可欠である。         

 

國防戦争・自衛戦争まで悪として否定し、憲法に國防が明確に規定されてないという欺瞞的な状況を一刻も早く是正することが必要である。憲法を改めて、自衛隊を國軍として正しく規定し、國家には独立と安全を保つために自衛権・交戦権を有すると明確に憲法に規定すべきである。『現行占領憲法』がある限り日本は真の独立国家とはなりえ得ないし、国家国民の生存と平和は保てない。

 

こんな「憲法」とはいえない代物を根幹とする「立憲主義」などというものは徹底的に否定されなければならない。

 

歴代内閣は、「集団的自衛権は国際法上保有しているが憲法上行使は認められない」との立場をとって来た。その根拠は、昭和五十一年に法制局が示した「憲法九条で許容される自衛権の行使は日本を防衛するために必要最小限の範囲にとどまるべきで、集団的自衛権の行使はその範囲を超え許されない」という憲法解釈だ。こんな解釈は今日の国家的危機に際して、国の平和と独立を根底から脅かす。

 

国家の自然権としての『自衛のための武力行使』は、個別的か集団的かを問わず認められている。認められないのは、国家による一方的な侵略のための武力行使である。

 

「似非憲法」「占領憲法」「亡国憲法」を基礎にした『立憲主義』は頭から否定しなければならない。

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2017年10月15日 (日)

國防に関してはわが國は法治國家ではない

 

『現行占領憲法』第九条には「1・日本國民は、正義と秩序を基調とする國際平和を誠実に希求し、國権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、國際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2・前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。國の交戦権は、これを認めない」と書かれてゐる。

 

この条文を素直に讀めば、『現行占領憲法』は自衛権・國防軍の存在を否定してゐると解釈するのが至当である。

 

憲法学の専門用語の解釈ではどうかは知らないが、ごく当たり前の國語の解釈を以てすれば、國家防衛即ち自衛戦争は最重要な「國権の発動」である。北朝鮮や共産支那などからの武力侵略は最も悪質なる「國際紛争」である。これを阻止するために「國権の発動たる戦争」「武力による威嚇又は武力の行使」を行ふのは國家として当然の権利だ。それを一切否定する『現行憲法』第九条第一項が亡國条文であることは明白だ。

 

従って、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。國の交戦権は、これを認めない」といふ第二項は、國家の存立を根底から否定する条文である。「前項の目的」とは「國際紛争を解決する手段」のことであり、それは「侵略戦争」を意味するから、自衛のための戦力は否定してゐないといふ解釈は『現行占領憲法』の「前文」の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というまったく他力本願の精神に立脚すれは全く成り立たない。

 

『現行憲法』は「戦勝國による日本占領基本文書」であり、二度と再びわが國が米英支ソといふ戦勝國に対して立ち向かふことのないようにすることを目的として押しつけられたのだから、「交戦権」も「戦力」も「陸海空軍」も持つことを許されなかったのである。

 

しかし、その後の國際関係に変化によりアメリカの意向で創設され、現実にわが國に存在する自衛隊は、立派な「陸海空軍」であり、武力の行使又は威嚇を行ふ実力組織であり、戦力も交戦権も保持してゐる。「戦力」「交戦権」を持たない「軍」はあり得ない。

 

そして、この自衛隊といふ名称の「陸海空軍」によって、わが國の安全と独立が守られてゐる。この事実は、自衛隊が違憲であるか否かに関はらず、厳然たる事実である。そしてそのことは、「國民大多数の合意になってゐる」と言はれる。『現行占領憲法』が如何に現実を無視してをり、空文となってゐるかは火を見るよりも明らかである。

 

吉田茂内閣総理大臣(当時)は、昭和二十一年六月に國會で「第九条第二項において、一切の軍備と國の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したのであります」と述べた。これが『現行占領憲法』の立法意志であり、まともな解釈である。

 

『現行占領憲法』第九条を素直に讀めば、「自衛のためであらうと戦争はしない」「一切の戦力・陸海空軍は持たない」といふ意味であることは明白だ。前述した通り「前文」の精神に立脚すればそれは当然である。

 

第九条がある限り誰が見ても陸海空軍である自衛隊は「陸海空軍」と見做されないのである。「交戦権」を否定されてゐるのに事実上「陸海空軍」があるといふのは全くの矛盾である。

 

したがって、「現行憲法」がある限り、自衛隊は憲法上「國軍」として認知されず、何時までも誰かが言った「違憲合法」といふ絶対矛盾の存在であり続けなければならない。つまり國防に関してはわが國は法治國家ではないのである。こんな憲法は根底から否定されなければならな

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2017年10月11日 (水)

石川県護国神社に建立されてゐる『大東亜聖戦大碑』『清水澄博士顕彰之碑』について

 

石川県護国神社境内には『大東亜聖戦大碑』が建立されてゐる。平成十二年八月四日の建立である。草地貞吾元陸軍大佐(関東軍参謀作戦班長)の書。高さ十二㍍。『銘』には草地氏の

 

「大東亜 おほみいくさは 万世の 歴史を照らす 鏡なりけり」

 

といふ歌が刻まれてゐる。背面には「八紘為宇」と刻まれてゐる。

 

桑木崇秀氏(陸軍軍医としてインパール作戦に参加。ビルマ英霊顕彰会副会長)はこの大碑の意義について、「大東亜戦争が英霊のお蔭で白色人種の植民地を解放し、万民平等の世界をつくった―――そのことを日本人は世界に誇るべきであるのに、日本は侵略戦争をした、アジアに迷惑をかけたなどと謝罪ばかりしている。広島でも、国際法無視のアメリカの原爆にやられたのに、『二度と過ちは繰り返しません』などと、まるで日本が悪かったように反省している。…こうした日本の空気を、日本人の心を一新しようというのが、この聖戦大碑建立の意義であろう」(平成十二年八月二十五日 『戦友連』三七九号)と述べてゐる。

 

すぐそばに『清水澄博士顕彰之碑』建てられてゐる。

清水澄博士は、明治元年金沢市に生まれ、東京帝国大学法科を卒業後、学習院大学教授となり、明治三十八年法学博士の学位取得し、宮内省、東宮御学問所の御用掛を拝命された。大正天皇、昭和天皇に御進講され、行政裁判所長官、枢密院顧問官を経て、敗戦後、最後の枢密院議長に任ぜられた憲法学者である。

 

「碑文」には大要次のやうに記されてゐる。

「憲法学者清水澄博士(金沢市東山三丁目御出身)は占領軍司令部が強制した日本国憲法施行の日、日本国の天皇制(原文のまま)の将来を憂慮され、幽界よりわが國體の護持と皇室の御安泰、今上陛下の御在位を祈願しようと自決を決意され、憂国の至誠極まる所、汨羅(べきら)の淵に身を投じた楚の国の忠臣屈原の故事に倣い、九月二十五日、熱海の錦ヶ浦の波涛に愛国赤心の躯幹を投ぜられた。敗戦日本の正気阻喪の惨状は正視するに耐え難いものが連続的に生起した。博士はわが國の伝統・文化の変革し行く姿を見、祖国の将来を憂慮され、ことに建国以来、国の生命、民族の中心として連綿と存在する皇室の上に思いをいたされ、身の置き処が無かったのである。東京の青山墓地に眠る博士の墓石に記された嗣子虎雄氏の碑文の中に『ケダシソノ生涯ハ君國ニ対スル忠誠ノ念ヲモッテ終始シ』とある如く、博士の衷情はただ一つ祖国の道義を万代に堅持せんがための至情以外の何ものでもなかった。新憲法下ここに三十年、博士の憂慮された如く、この間政治 経済 文化 その他あらゆる分野において、正統の道義は地に落ち、全て自己中心の個人主義の思想が瀰漫し、国の伝統と民族の歴史に背反すること夥しく、まさに祖国の危機と言わざるを得ない。この亡国的惨状打開の途は、国の歴史と伝統に基づく民族の正気の恢弘、維新以外にあり得ない。云々 昭和五十二年九月 林屋亀次郎」。

 

汨羅は支那湖南省北部を流れる湘江の支流。江西省修水県の西南を源とし、西流して湘水に入る。

林屋亀次郎氏は、明治十九年金沢市生まれ。昭和五十五年逝去。昭和二十二年以来、参議院議員を三期務められた。

 

 清水澄博士の『自決ノ辞』には次のやうに記されてゐる。

「新日本憲法ノ發布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル團体及個人アリタリ其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ或ハ戦争責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ我國ノ將來ヲ考ヘ憂慮ノ至リニ堪ヘズ併シ小生微力ニシテ之ガ對策ナシ依テ自決シ幽界ヨリ我國體ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈願セント欲ス之小生ノ自決スル所以ナリ而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ択ビタルハ楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ

元枢密院議長  八十翁 清水澄  法學博士  昭和二十二年五月 新憲法実施ノ日認ム

追言 小生昭和九年以後進講(宮内省御用係トシテ十数年一週ニ二回又ハ一回)シタルコト従テ龍顔ヲ拝シタルコト夥敷ヲ以テ陛下ノ平和愛好ノ御性質ヲ熟知セリ従テ戦争ヲ御賛成ナカリシコト明ナリ」。

 

今日、「碑文」に書かれた憂慮すべき状況は愈々益々深刻になってきてゐる。憲法改正が現実の問題として論じられて来てはゐるが、肝心要の國體については、欧米の権力国家観・契約国家論に基づく『国民主権』といふ日本國體に合致しない『原理』を踏襲するのでは、真の「憲法改正」でもないし「自主憲法制定」でもない。

 

日本天皇は権力・武力を以って国家国民を支配される御存在ではない。また、天皇と国民は権力的対立関係にあるのではない。天皇と国民は精神的信仰的一体関係にある。これを君民一体の国柄といふ。主権が君主にあるとか国民にあるとかといふことは、わが國の國體には全く無関係なのである。したがって、「国民主権」などということを憲法に麗々しく憲法に記す必要はさらさらない。そのやうなことを記すことは天皇を権力者と仰ぎ奉ることになり、重大な國體破壊である。

 

『清水澄博士顕彰之碑』のすぐ近くに『大東亜聖戦大碑』が建立された事は実に意義深いことである。自虐史観の払拭=大東亜戦争の意義の恢弘と占領憲法破棄・正統憲法回復とは一体である。

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2017年9月24日 (日)

國民主権論は日本國體と絶対に相容れない

「現行占領憲法」に「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本國民の総意に基く」とあるところから、「大日本帝國憲法では、主権は天皇にあったが現行憲法で主権が國民に移った。ゆゑに天皇は君主ではない」といふ主張が蔓延してゐる。

 

「國民主権」といふ思想は、西洋の歴史における國王あるいは皇帝と人民との権利のぶつかり合ひの中から生まれた思想である。西洋の憲法の歴史とは、國王・皇帝と人民との権力争奪戦の歴史と言っても過言ではない。

 

ところが、日本國の君主であらせられる天皇と大御宝である日本國民とが権力闘争を行なふなどといふ歴史は日本にはなかった。日本國體は、君民一体であり、君と民とは信仰的にも精神的にも文化的にもそして政治的関係においても、闘争関係・対立関係にあった事はない。これを君民一体・君臣一如の國體と言ふ。わが國には君主に主権があるとか、人民に主権があるとかいふやうな発想は本来なかった。従って「國民主権」といふ日本の傳統と相容れない西洋概念を成文憲法に持ち込んではならない。

 

憲法學では「國民主権」といふ事自体「抗争的概念」とされてゐると言ふ。吉原恒雄氏は、「國民(人民)主権學説は十六世紀のキリスト教プロテスタント運動の過程で、第一階層である聖職者と第二階層である君主・貴族との権力争いの中で生まれたものだ。…支配力が衰えつつある聖職者側が君主を上回る権力を保有する論拠として構築したのが國民主権説である。…十七世紀に入ってこの國民主権學説は、第三階層と呼ばれたブルジョアジー(市民)が第二階層の君主・貴族に対抗する理論として利用されるようになる。…國民主権は人類普遍の原理どころか、特定の時代背景のもとに特定の意図を持って構築された理論であり、極めで特殊的゛なものである…統治原理は文化の霊の中核をなすものである。日本の現状は、國民主権という他國の守護神が成文法に入りこみ悪意と破壊の鬼になって暴れまわっている状況と言ってよい。それゆえ、憲法論議の中心は國民主権主義の検証でなければならない。」と論じておられる。(『祖國の青年』平成十一年六月号・「『國民主権』は憲法論議の前提か」)

 

この吉原氏の論は、今日のわが國において「天皇は君主でも元首でもない」などといふ暴論(憲法學界では永い間「天皇元首説」は少数説だったといふ)が罷り通ってゐる根本原因を鋭く言ひ当ててゐる。

 

戦後に押し付けられた米國製の憲法ではじめて「國民主権」などといふ言葉・概念が登場した。これは、天皇を君主と仰ぐ日本の國柄を隠蔽せしめ日本民族と國家を弱体化せんとする戦勝國アメリカの意図に基く。

 

「現行占領憲法」による日本國體の破壊を防ぐためには、「國民主権」を日本の傳統にでき得る限り近づけて定義することが必要であるとして、さういふ努力をしてゐる憲法學者もをられる。例へば、「主権の存する日本國民」の中に「天皇」が含まれるといふ議論がある。この議論は、天皇・皇族は國民なのか、憲法に保障される選挙権・被選挙権などの「國民の権利及び義務」が、天皇及び皇族にも適用されるのか、といふ大問題が起こってくる。わが日本の國體は「一君萬民」である。天皇が國民ではあらせられないことはあまりにも自明である。

「國民主権」といふ日本の傳統的國家観とは相容れない思想・概念・言葉はわが國の憲法から排除しなければならない。

 

ゆゑに、「國民主権論」を第一とした「現行憲法三原理」を踏襲する憲法改定では、「自主憲法制定」にも「憲法改正」(「改正」とは間違ひや不十分な部分を直して良くするといふ意)にもならない。

 

西洋概念でありその「定義」も多義にわたってゐる「國民主権」なる概念をそのままにしたのでは、「自主憲法制定」「憲法改正」にはならない。わが國の成文憲法から「国民主権論」を排除しなければならない。従って、「現行占領憲法」を変えるのではなく、正統憲法たる「大日本帝国憲法」に回帰すべきなのである。

 

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2017年8月 3日 (木)

『現行憲法』の部分改正について

憲法はただ憲法を改正すればいい、新しい憲法を作ればいいといふことではない。『現行占領憲法』の欠陥を根本的に否定しなければならない。

 

『現行占領憲法』の最大の欠陥は、その原理にある。『現行占領憲法』の三原理の一つとされる「國民主権・主権在民」といふ思想は、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。祭祀國家であり君民一體の國柄であるわが日本にはまったく適合しない思想であり、革命=國體破壊につながる思想である。

 

「國民主権論」「主権在民論」は「人類普遍の原理」を詐称してゐるがさうではない。欧米における革命・政治変革から生まれてきた思想であり、日本國體とは絶対に相容れない思想である。

 

日本天皇の國家統治の本質は、権力・武力による國家・國民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。そして、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが國の建國以来の國體であり歴史である。

 

日本國は信仰共同體・祭祀國家であり國民が契約を結んで人工的に作った國ではない。そして祭祀主である天皇は國民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。精神的一體関係にある。これを「一君萬民・君民一體の國柄」といふ。これが日本肇國以来の國柄であり國體である。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした国民主権論や西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。

『占領憲法』第一条には「 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている。これは天皇の御地位そして日本國體は国民の多数意思によって廃絶できるという革命思想である。

 

さらに第九十八条には「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と書かれている。建国以来、上御一人が発せられた「詔勅」を否定していると解釈できる。

 

つまり『現行占領憲法』は「革命憲法」であり、「國體隠蔽憲法」なのである。このやうなものは根底から否定しなければならない。國会の三分の二以上の賛成、有権者の二分の一以上の賛成で、一部改正を行ふと、『現行占領憲法』は占領軍の押しつけではないといふことになる。第九条のみの部分改正だと、『現行占領憲法』の「革命思想」「國體破壊思想」を占領軍の押しつけではなく「国民の意志」として肯定することとなる。

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2017年7月28日 (金)

日本國體を隠蔽している「現行占領憲法」を否定すべし

『現行占領憲法』には「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている。

 

「象徴」という言葉は、天皇の空間的統一性・統合性をある程度表現してはいるが、天皇の時間的連続性・伝統性は全く表現されていない。言い換えると、「象徴」という表現は、何ゆえ天皇は国家国民を統合される御存在であるのかという理由が示されていないのである。

 

天皇は、日本國及び日本国民の歴史と傳統、そして日本国民の普遍意志=過去・現在・将来にわたる日本国民の伝統的な普遍意思を体現されるご存在である。天皇が日本国の本来の統治者・君主として仰がれてきたという事実と、天皇が日本国の歴史と傳統そして国民の普遍意志の体現者である事実とは、不可分の関係にある。

 

『現行憲法』の「天皇は象徴である」という規定は、この不可分の関係を無視し、あわせて日本伝統信仰(神道)の最高祭祀主としての天皇の地位と権能を否定し去っている。

 

『現行占領憲法』は、経過的暫定の制度として彼らの言う「天皇制」を承認し、やがては廃止を理想とした米国占領軍の意図を反映したものだからこういう規定になったのである。

 

三島由紀夫氏は、天皇のご本質について「天皇は、われわれの歴史的連続性、文化的統一性、民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴」(『反革命宣言』)「われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すもの」(『反革命宣言補註』)「国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇」(『文化防衛論』)と論じてゐる。

 

『現行占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇の尊厳性を隠蔽している。天皇が、日本国及び日本国民を統合される御存在であるのは、天皇が歴史的伝統性・時間的連続性を継承され体現される御存在であるからである。「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」といふ規定は、天皇のご本質の半面しか表現していない。天皇の空間的統一性は表現されているが、歴史的伝統性・時間的連続性が表現されていないのである。

 

さらに言えば、『現行占領憲法』は『国生み神話』『天壌無窮神勅』、『萬葉集』に歌われた伝統的國體精神を全く継承してゐない。

 

『現行占領憲法』は最も大切な『大日本帝国憲法』の第一条から第三条までの國體条項を抹消した。さらに、『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

 

ゆえに、『大日本帝国憲法』を改正した憲法であるとする『現行占領憲法』は、『大日本帝国憲法』の改正限界を大きく超えて國體の基本を隠蔽してしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

 

『現行占領憲法』は國家の存立の基本を隠蔽しているのであるからこれを全面否定しなければならない。

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2017年7月25日 (火)

『大日本帝国憲法』は肇国以来の日本國體を成文化した憲法

 

わが日本は国家の本質と君主たる天皇の御本質が建国以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律的に言えば、不文法によって定まっているということであろう。故に成文憲法でそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立国の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく成文憲法によってこの立国の基本を覆したり破壊してはならない。

 

 三潴信吾氏は、「法思想上には、不文憲法主義と成文憲法主義とがある。…(成文憲法主義は・注)ローマ法思想の流れを汲み、君主(統治者)と人民(被統治者)との間、又は各人相互の間の不信、性悪観に基づくものである…近代のヨーロッパに於ける成文憲法の制定も、マグナ・カルタ以来の歴史が示す如く、専制君主と人民との間の不信感に発した、人権保障の約束証文に由来するものであって、これは権力國家観への移行の段階に於いて現はれたものである。」「憲法の基盤となる立國法とは、國体法とも称されるが、不文憲法として、成文憲法のある場合にも、必ずその基礎を成すものである。…立國法はその國の立國と同時に、その成立事實と不可分に存立するものであって、立國の精神的または道徳的理想を根幹として、その國の最も基本的な伝統的秩序を樹立するものである。」「憲法はその國の統治権力作用の拠って立つべき立國の理想目的に抵触したりそれを支へる人類普遍の原理を侵すことはできない。」(日本憲法要論)と論じておられる。

 

 つまり天皇及び皇室そしてそれを中心とする日本国体は憲法などの世俗 的な法律を超越しており、憲法などの法律は、皇室にかかわることに干渉することはできないのである。

 

 日本国は信仰共同体であり国民が契約を結んで人工的に作った国ではない。そして祭祀主である天皇は国民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。こうした日本の基本的国柄は成文憲法が制定される以前即ち明治初期以前から確立している。

 

 信仰共同体日本においては成文憲法は「第二の規定」である。西洋の契約思想や人間不信を基盤とした成文法に神話の時代に発生し悠久の歴史を有する日本国体を規定すること自体不自然なことなのかも知れない。

 

 西洋の国々の君主は人民を征服し武力と権力によってこれを支配服従せしめていた存在であった。そして君主と人民は相対立存在であった。だから、主権が君主にあるとか人民にあるとかという君主と人民の対立概念が出て来るのである。こういう日本に全くなじまない西洋概念で日本国体を規定すること自体無理なのである。

 

 近代日本に於ける成文憲法たる「大日本帝国憲法」の制定においてはこのことを考慮し、第一条から第三条において立国の基本(即ち不文法に定められた日本国体の基本・天皇中心の信仰共同体日本の本姿)を明らかに規定した。

 

 しかし、日本天皇が日本国の君主・統治者であらせられるのは、日本の伝統信仰・歴史的な国体観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではない。

 

 さらに、成文法以前の存在であるところの天皇中心の日本国体は成文法で規定する必要はなく、成文憲法には国の政治組織について規定するのみでよいという論議もある。言い換えれば成文憲法には國體については規定せず、政体のみのについて規定すればよいというのである。

 

 例えば、中川剛氏は「君主主権も不敬罪もヨーロッパ大陸の産物である。憲法を持つこと時代が、英米にはじまるものである。明治憲法はじつは極端なほど欧化政策の結果であった。明治憲法下の天皇制はむしろ伝統をねじ曲げるものだった。近代国家としての体裁を整えるための、たてまえとしての性格の強かった明治憲法であるから、憲法が制定されたからといってただちに、天皇が西欧の絶対君主なみの統治権を掌握したわけではなかった。天皇は制度とは別に、依然として国民的つながりの中心としての文化的存在でありつづけた。政治的天皇と文化的天皇の二重性をそこに認めることができる。」(憲法を読む)と論じている。

 

 ただ「大日本帝国憲法」は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したというのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって名文化しようと努力したものと言える。ともかく井上毅・伊藤博文などの先人たちは、日本の国体を根幹としつつ近代成文憲法を実に苦心して作りあげたのである。『大日本帝国憲法』は決してドイツから輸入した翻訳憲法ではなかった。

 

『大日本帝国憲法』は肇国以来の日本國體を成文化した憲法であり、國體条項である

「第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス

第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」

 

に日本國體精神が明確に示されていると考える。

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2017年7月23日 (日)

天皇の御稜威と「大日本帝国憲法」

「大日本帝国憲法」は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したというのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって名文化しようと努力したものといえる。

 

 葦津珍彦氏は「帝国憲法制定の歴史について、これを伊藤博文とか、井上毅等の官僚政治家が、西欧(とくにドイツ、プロシャ、バイエルンなど)の憲法をまねて起案し制定したもののように解釈する学者が多い。しかしそれは非常に浅い皮相の見解であって、全く日本国民の政治思想史を無視したものといわねばならない。この近代憲法ができるまでの歴史条件としては、少なくとも弘化・嘉永ころからの激しい政治思想の展開を見なければならない。黒船が日本に対して開国をせまって来たころから、徳川幕府がそれまでの独裁専決の政治原則に自信を失って、外交政策については『会議』によって国是を固めようとすることになってきた。この会議政治の思想が生じてきたことは、そののちの政治思想に決定的な波紋を生じた。」(近代民主主義の終末)と論じておられる。

 

 「大日本帝国憲法」の起草に当たった井上毅は「御国の天日嗣の大御業の源は皇祖の御心の鏡持て天か下の民草をしろしめすという意義より成立したるものなり。かゝれば御国の国家成立の原理は、君民の約束のあらずして一の君徳なり。国家の始は君徳に基づくといふ一句は日本国家学の開巻第一に説くべき定論にこそあるなれ」「わが国の憲法は欧羅巴の憲法の写しにあらずして即遠つ御祖の不文憲法の今日に発達したるなり」(梧陰存稿)と論じている。

 

 君主と民とは相対立しており国家は君と民、あるいは民同士の契約によって成立するなどという西洋法思想・国家観は、日本の国体観念・天皇観とは全く異質なものであると井上毅は説いているのである。

 

 ただし、井上毅はここで「君徳」と言っているが、日本天皇は人としての「徳」よりももっと深い「祭り主としての神聖権威」日本伝統信仰の言葉で言えば「御稜威」(みいつ)によって国家を統治したもうのである。御稜威とは天皇の有される神霊の威力というべきものである。

 

 折口信夫氏は「御稜威」について、「みいつといふ語の語根いつといふ語は、稜威といふ字をあてる…いつのちわき・いつのをたけびなどといふ風につかってゐます…天子に傳り、これが内にある時は、その威力が完全に発現するところの権威の原動力なる魂の名でありました。」(神々と民俗)「天子には天皇霊といふべき偉大な霊魂が必要であって、これが這入ると、天子としての立派な徳を表されるものと考へられてゐました。その徳をみいつといふ語で表してゐます。…これは天皇靈の信仰上の名稱でした。」(鳥の聲)と論じておられる。

 

歴代天皇には「人」としての徳がいかにあられようと歴聖一如の「御稜威」によって国家を統治したまうのである。今上天皇におかせられても、大嘗祭を執行されて現御神となられ御稜威を保持されていることは言うまでもない。昭和天皇もしかりである。つまり「昭和二十一年元旦の詔書」において、天皇が神格を否定され『人間宣言』をされたなどということは、「みまつり」という厳粛なる事実によって否定されるのである。

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