2017年10月18日 (水)

日本人の自然信仰

 

日本人にとって自然とは、対立するものでも、征服するものでも、造り替えへるものでもなかった。自然を神々として拝ろがみ、自然に随順し、自然の中に抱かれて生活してきた。自然の摂理に歯向かふ時、人間は自然の報復を受けるといふことを体験的に知ってゐた。報復と言って悪ければ、摂理に逆らふことによって害を受けることを知っていた。日本人は古来、自然を畏敬し、順応しつつ生きて来た。

 

菅原道真は

このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

と詠んだ。

 

伴林光平は

度會の 宮路に立てる 五百枝杉 かげ踏むほどは 神代なりけり

と詠んだ。

 

藤原俊成は

雪降れば 嶺の真榊 うづもれて 月に磨ける 天の香具山

と詠んだ。

 

かうした自然を神として拝ろがむ精神を回復することが今最も大切である。その上で、科学技術の発展を期するべきである。

 

日本神道は、天神地祇を祀る祭祀宗教であるが、神の偶像を拝むといふことはない。何処の神社にお参りしても、その神社の御祭神の神像を拝むといふことはない。日本神道は自然神・祖霊神そのものを拝むからである。

 

祭祀は、現代に生きる神話である。祭祀は、原初・始原への回帰であり、天地宇宙開闢への回帰である。それがそのまま新生となり革新となる。決定的な危機に際して、「原初の神話」を繰り返すことによってこれを打開する。

 

個人の生存も共同体の存立も「肇(はじめ)の時」「始原の時間」への回帰が大切である。個人も共同体も年の初めに新たなる希望と決意を燃やす。祭祀とはその「肇の時」「原初への回帰」の行事である。

 

日本の伝統信仰は自然神秘思想であることは間違ひないが、全てを神や仏といふ絶対者の支配に任せ、科学的思考・合理的思考を拒絶するといふ考へ方ではない。むしろ日本民族は実際生活においては、きはめて合理的・科学的な生活を営んできた。

 

近代科学技術文明による自然破壊・人間破壊の危機を救済するには、稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀国家・信仰共同体を今日まで保持しつつ、西洋文化・文明を受容し、それを発展せしめ、もっとも発達した工業国なった日本の精神伝統が大きな役目を果たすと考へる。

 

 

 

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2017年10月12日 (木)

「清明心」は神話時代以来わが國の重要な道徳観念

 

「清明心(清く明らかなこと・きよらけくあきらけき心)」は、神話時代以来わが國の重要な道徳観念である。日本人は、「あいつは悪い奴だ」といはれるよりも、「あいつは汚い奴だ」といはれる方を厭ふ。天照大神は、高天原に上ってきた須佐之男命に「しかあらば、汝が心の清く明きは何をもって知らむ」と仰せられた。須佐之男命は、ご自分の「清明」を証明するために「うけひ」をされた。

 

また、天照大神が天の岩戸からお出ましになり、その御光が天下に輝きわたった時、八百萬神が一斉に「天晴れ、あな面白、あな楽し、あな清明(さや)け、おけ」と唱へて、高天原みな笑ったと、『古語拾遺』に記されてゐる。日本國民は古来、「清けく明けく」(清明心)を最高の価値として来たのである。

 

 天智天皇は

 

「渡津海の豐旗雲に入り日さし今夜の月夜清明(あきらけく)こそ」

(海空に、豊かに旗の如くたな引く雲、それに入り日がさしてゐる。今夜の月夜は明らかなことであらう。)

 

と詠ませられてゐる。「清々しい」といふほどの心にこの「清明」の文字をあてた御心が大事である。「清明心(汚れなく・清く・くもりなく・明らけき心)」にあこがれ「くらき心」「きたなき心」を嫌った心が日本人の心である。神道が禊祓を大切な行事とするのもこの精神によるのである。

 

「清明心」「清き心」の傳統は、日本の倫理思想の中に力強く生きてゐる。そしてそれは、絶対尊皇精神と一体の倫理観であった。日本武尊の御事績を拝すればそれは明らかである。

 

和辻哲郎氏は、「上代人は、全体性の権威を無限に深い根源から理解して、そこに神聖性を認めた。そして神聖性の担い手を現御神や皇祖神として把握した。従って全体性への順従を意味する清明心は、究極において現御神や皇祖神への無私なる帰属を意味することになる。この無私なる帰属が、権力への屈従ではなくして柔和なる心情や優しい情愛に充たされているところに、上代人の清明心の最も著しい特徴が看取せられるべきであろう。」(『日本古代文化』)と論じておられる。

 

平田篤胤は、「抑我が皇神の道の趣きは、清浄を本として汚穢(ケガレ)を悪(キラ)ひ、君親には忠孝(マメ)に事(ツカ)へ、妻子(メコ)を恵みて子孫を多く生殖(ウミフヤ)し、……家の栄えむ事を思ふぞ、神ながら御傳(ミツタ)へ坐(マ)せる真(マコト)の道なる。」(『玉襷』)と論じてゐる。

 

「清明心」は「まごころ」といはれる精神であり、中世神道においては「正直」と称せられるものである。偽善や嘘を嫌ふ心である。無私の心であり我執なき無我の心である。

 

西洋精神が自我を拡張し、自我を確立することを根本とするのとは対照的に「無我」を根本とするのである。無我・無私となられて神を祭られる天皇は、「清明心」の根源者であらせられ、体現者であらせられるのである。ゆへにこそ「現御神・現人神」と仰がれるのである。そして現御神日本天皇に対し奉り無私となって仕へまつる國民の精神と行動も「清明心」なのである。

 

明治天皇は

 

さしのぼる朝日のごとくさはやかにもたまほしきは心なりけり

 

あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな

 

と詠ませられてゐる。この御製の大御心こそ清明心であると拝する。

 

村岡典嗣氏は「まごゝろといひ、大和心といふものには、一味もののはれと通ずるところがある。而してこれまた、現人神にます天皇を對象とすることに於いて、重なる存在をはじめに有した丹き心本来の性格であった。……正統記に、儒教的の有徳王君主の思想を少なくとも絶對的に否定しつべき積極的主張の十分でなかったことを、感ぜざるを得ざらしめる。これは國学者の立場からせば、所謂漢意を去りえなかったのである。天皇は天皇にまします故に貴く、善悪の論を離れて絶對に尊びまつるべしといふのは、合理主義以上のまた以外の至情である。丹き心の根柢にはこの情味がある。この事は、國学をまって、始めて明瞭なる自覺を以て發揮せられたところである。されば親房以後近世の日本的儒学者の間に於いては、就中、山鹿素行の如き、頗る日本精神の主張に於いて、一層の進歩を示したとはいへども、未だこの點國学ほど純粋ではなかった憾みがある。而してこは、國学の古典学を有しなかった爲である。」(『日本思想氏研究第四』)と論じてゐる。

 

わが國における「尊皇精神」「忠義」とは、現御神日本天皇に対する絶対的な仰慕の心・恋闕の心をいふのである。一切の私心なく天皇にまつろひ奉ることそのことが最高の道義なのである。それを「清明心」といふのである。

 

「丹(あか)き心」とは、「赤心(せきしん)」であり、誠実、偽りのない心、まごころ、美しい心、きれい心、清い心、まことの心である。すなはち日本精神の骨髄たる「清明心」である。

 

古代における「清明心」(誠実、偽りのない心、まごころ、美しい心、きれい心、清い心、まことの心)は、中古時代には『源氏物語』において「もののあはれ」と表現され、中世においては『神皇正統記』などにおいて「正直」と表現され、近世においては本居宣長などによって「やまとこころ」と表現され受け継がれた。 

わが國の「もののふの道」は、『古事記・萬葉』の歌々を見ても明らかな如く、日本の中核的な伝統精神から発した。上御一人・現御神に対する恋闕が根幹である。

 

大東亜戦争後、日本弱体化を目的として押し付けられた誤れる「平和主義」を脱却して、「ますらをの道」「もののふの道」に回帰すべきである。それこそが、共産支那や北朝鮮の軍事的政治的恫喝からわが国を守り抜き真の平和を確立する方途であると確信する。

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2017年10月 1日 (日)

日本傳統信仰とは稲作生活から発した自然と人間の共生の精神

 我が國には神話時代(神代)以来の傳統精神がある。日本傳統精神とは、生活の中の中から自然に生まれた精神で、天神地祇崇拝(祖先と自然の霊を尊ぶ心)を基本とする。そこから明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・神人合一観(すべてに神を観る心)・天皇仰慕の心・まつりの心などが生まれた。それは古代日本の稲作生活から発した大自然と人間の共生の精神である。

 

日本傳統精神は文献的には「記紀」と「萬葉集」に示されている。そしてそれを常に実践されているお方が祭祀主・日本天皇である。日本の傳統精神・生活・文化の基本・核は天皇の祭祀である。

 

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし自然の中に神の命を拝む心・祖先を尊ぶ心である。きわめて自然で自由で大らかな精神である。日本人は、あるがままの自然に素直に随順し、人間と自然は相対立する存在とは考えないで、人間が自然の中に入り、人と自然とは生命的に一体であるとの精神に立つ。

 

再生と循環は自然の思想である。古代日本人は自然の再生と循環の中に共に生きて来た。日本人は、人の命も自然の命も永遠に共生し循環し続ける事を実感してきた。しかるに今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。自然破壊は何としても是正されなければならない。

 

日本傳統信仰は、人の命と自然の命を神聖なるものとして拝ろがむ精神である。祭祀という神人合一の行事はその實践である。その最高の祭り主・日本傳統信仰の體現者が日本天皇であらせられる。

 

わが國の神は天津神、國津神、八百万の神と言われるように、天地自然の尊い命であり、先祖の御霊である。日本傳統精神すなわち「日本人が歩むべき道」とは「日本の神々の道」である。したがって、伊耶那岐命・伊耶那美命・天照大神をはじめとする日本の神々を祭られる日本天皇が、日本の道を体現されている方であると信じてきた。つまり「日本の道」は実体の無い抽象的な教義として継承されてきたのではなく、<天皇の祭祀>という現実に生きた行事によって継承されてきているのである。

 

わが國の傳統精神における最も大切な行事は祭祀である。「祭祀」とは神に奉仕し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。さらに、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の実践である。つまり人と自然の本来の姿を回復する行事が祭りである。そしてそれは、明るく平和的な行事である。

 

わが國民が祭りが好きであるということは、日本人が本来明るい平和的精神を持っているということである。日本民族は本来的に残虐でもないし、厭世的でもなければ逃避的でもない。また排他的でもない。それがわが國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができると信じ続けてきている。この「祭祀」の精神が、戦争・闘争テロが繰り返され、自然は破壊され、人の命は軽視される現代を救済し打開する原理となると確信する。

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2017年9月29日 (金)

森の宗教が砂漠の宗教を救う

 

自然破壊・民族闘争・宗教戦争は、日本伝統精神すなわち明朗心・清明心・慈しみの心・むすびの心・神人合一・すべてに神を観る心・天皇仰慕の心・まつりの心・自然及び祖霊を神として拝む心によってこそ救済できる。一言で言えば、森の宗教が砂漠の宗教を救うのである。

 

わが国の神は天津神、国津神、八百万の神と言われるように、天地自然の尊い命であり、先祖の御霊である。 

 

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。わが国の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。

 

それは鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られたのである。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 

さらに、海の彼方にも理想の国・麗しい国があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

我が国伝統信仰すなわち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」という。

 

その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

 

日本伝統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。それは日本民族の実際生活から生まれて来た信仰なのである。特定の預言者や絶対神の代理人と称する人が説き始めた教条・教義に基づく信仰ではない。ここが神道と教団宗教との根本的相違である。つまり、わが国伝統信仰=神道はまことに大らかにして包容力旺盛な信仰なのである。

 

だからこそ、わが国伝統信仰の祭り主であらせられる日本天皇は、仏教や儒教をも尊ばれた。わが国において仏教典を講義され、仏教寺院を建立されたのは、聖徳太子であられる。聖武天皇は、日本仏教の中心寺院として東大寺を建立され、さらに全国に国分寺・国分尼寺を建立された。わが国において仏教は、皇室を通して広まったと言っていいのである。日本伝統信仰は外来仏教や儒教を大らかに融合してきた。

 

わが日本民族は、今日の混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に国家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

 

わが国の麗しい山河、かけがえのない道統を重んじ、日本の伝統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖国日本への限り無い愛と、国民同胞意識を回復しなければならない。

 

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2017年9月22日 (金)

天照大御神の御神體・八咫鏡の意義

 

三種の神器の一つである八咫鏡は、伊勢の神宮に御神體として祀られ、草薙剣は熱田神宮に御神體として祀られ、八坂瓊曲玉は宮中に傳へられてゐる。

 

八咫鏡は、天照大御神が岩戸にお隠れになった時、石凝姥命(いしこりどめのみこと)がお造りした。天孫降臨後、天照大御神の神靈の依代(よりしろ)として宮中に安置され、垂仁天皇の時代に伊勢に移されたと傳へられる。伊勢神宮の御神體である。そして「形代」が、皇位継承のみしるしとして宮中賢所(かしこどころ)に鏡がまつられてゐる。

 

『日本書紀』には、天照大御神が天忍穂耳命(あまのほしほみみのみこと・邇邇藝命の父神)に「宝鏡」を授けて

 

「視此宝鏡、当猶視吾、可与同殿共殿、以為斎鏡」(この鏡を視まさむこと、まさに吾を視るがごとくすべし。ともに床(ゆか)を同じくし殿(おほとの)を共(ひとつ)にして、斎鏡(いはひのかがみ)とすべし)

 

と命じられたと記されてゐる。

 

『古事記』には、邇邇藝命が天降られる時、天照大御神が、三種の神器を副へて「これの鏡は、もはら我が御魂として、吾が前を拝(いつ)くがごと、斎(いつ)きまつれ」(この鏡こそはもっぱら私の魂として、私の前を祭るやうにお祭り申し上げよ)との御神勅を下されたと記されてゐる。

 

「八咫鏡」は、天照大御神の依代(よりしろ・神が顕現する時の媒體となるもの)として拝まれるのである。

 

『日本書紀』には、鏡を作って日の神の御像としたことが記されてゐる。鏡は三世紀代の古墳から発見されてをり、その頃には太陽神(日の神)祭祀に用いられてゐたと思はれる。太陽に鏡を向けると、その鏡は太陽と同じようにまぶしく光り輝くので、鏡は太陽神を象徴するのに最もふさわしいものであったと考へられる。

 

『古事記』には、天照大御神が天の岩屋戸にこもられた時、天照大御神に再び御出現していただくために、石凝姥命(いしこりどめのみこと)が八咫鏡を作り、真榊に取り付けて、さまざまな事をして喜び遊んだ。天照大御神が不思議に思はれて岩戸から外を覗かれた時、八咫鏡を示した。大神は、ご自分の姿がその鏡に映ったのでいよいよ不思議に思はれ、岩戸より少し出られた所を手力男命が御手を取って外にお引き出し申上げた、といふ神話が記されてゐる。

 

天の岩戸神話は、新嘗祭に発する本縁(事の起こり。由来や起源。縁起)譚であり、冬至の日に執り行はれた太陽復活祭であるといはれてゐる。

 

松前健氏は、「冬に衰える太陽の光熱の回復のため、その神の裔としての日の御子であり、且つその化身であると考えられた天皇に対して、そのたまふりを行なったのが趣意であろうということは、すでに定説化している。…冬至は、農耕民族においては、『古い太陽が死ぬ日』でもあったし、また『新しい太陽の誕生する日』でもあった。この衰弱死する古い太陽が磐隠りするアマテラスであり、このときふたたび生まれ出る新しい太陽が『磐戸を開いて出現する日の御子』である。」(『日本の神々』)と論じてをられる。

 

太陽復活祭たる天の岩戸開きは、新嘗祭・大嘗祭の原型と拝してよいと思ふ。ゆゑにその祭りは、神々の知力・呪力・體力・技術力・笑ひの力といふもろもろの力が結集されてをり、これ以上盛大な祭りはないといふほどの祭りである。天皇は、新嘗祭・大嘗祭を通して、日の神たる天照大神の神威を體現されるご存在と仰がれるのである。

 

鏡は太陽の光を反射させるので、太陽神も鏡に宿るとされたと思はれる。祭祀によって「高天原を地上へ」「今即神代」といふ信仰が実現する。その時に「鏡」が重要な役目を持つのである。

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2017年9月20日 (水)

皇祖たる日の神の神靈と稲穂の神靈とは一體である

 

伊勢の神宮御正殿の建築様式を「唯一神明造」と言ふ。弥生時代の高床式の穀倉形式である。素朴であり、何の豪華さもない。しかし、言ふに言はれぬ清浄さと威厳がある。日本文化の簡素さと清浄さを體現する建物である。日本人の信仰精神の結晶である。

 

神を祀る社殿のことを祠(ほこら)と言ふのは、穂倉(ほくら)に由来するといはれる。人々の生命の根源である稲などの穀物の収蔵庫は神聖視されたので、神のまします建物が穂倉の形になったのであらう。

 

稲作は、日本人にとって、天照大御神の「みこともち(御神勅)」によって天照大御神の「ことよさし(御委任)」を受けたところの神聖なる「なりはひ」である。稲作生活そのものが神聖なる行事なのである。

 

稲穂にとって太陽の光と温熱は、生命の原動力である。稲などの穀物は、太陽の光明温熱が無ければ発育しないので、自然に日の神祭祀と穀靈祭祀が二つながらに発展し、豊かにし、洗練され、高度化され、統一されて行ったと思はれる。

 

皇祖神たる日の神の神靈と、稲の命たる稲穂の靈(穀靈)とは一體となった。日靈・祖靈・穀靈は一體の関係にある。國民一人一人も、穀靈・日靈・祖靈の神靈に生かされてゐる。

 

日本民族の主食である稲穂の「ホ」とは、日であり火であり穂であるとされる。皇室の祖靈であらせられる火照命(別名・火須勢理命、邇邇藝命の御子) 火遠理命(別名・彦火火出見尊、邇邇藝命の御子)の「ホ」は、穂であり火であり日である。つまり、皇室の祖靈は稲穂の靈であり太陽神の靈であせられる。

 

天照大御神は、「以吾高天原所御斎庭之穂、亦當御於吾兒」(吾が高天原に所御(きこしめ)す斎庭の穂を以て、亦吾が兒(みこ)に御(まか)せまつるべし。わが高天原に造ってゐる神に捧げる稲を育てる田の稲穂をわが子にまかせやう)といふ神勅を下された。「日本國の統治者たる天皇は常に稲穂の豊饒を最高の使命とすべし」とご命令されたのである。

 

天照大御神は、日神・穀靈・皇祖神としての御神格を有せられる。ゆゑにその生みの御子たる天津彦彦火邇邇藝命も日神・穀靈を體現されるのである。高天原の主神たる天照大御神の「生みの御子」たる日本天皇が豊葦原瑞穂國の主であらせられると拝するのは、ごく自然な信仰である。

 

『日本書紀』には、物部大連尾輿と中臣連鎌子が、欽明天皇に奏上した言葉として、「我が國家(みかど)の、天下に王(きみ)とましますは、恒に天地社稷(あまつやしろくにつやしろ)の百八十神(ももあまりやそかみ)を以て、春夏秋冬、祭拝(まつ)りたまふことを事(わざ)とす。」と記されてゐる。

 

天皇は祭祀主として日本國を統治されるのである。天皇の神聖権威の根源は祭祀主たることにある。

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2017年9月15日 (金)

言靈の復活

一切の改革・変革の基本に、言靈の復興がなければならない。言葉が意志伝達の手段としか考へられなくなり、人間が言葉への畏れを無くした時、人氾濫し濫用された時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社会である。

 

言葉への畏れを喪失するといふことは、言葉を単なる情報伝達の手段と考へることである。「言葉は意志伝達の手段、人間の扱ふ道具だ」といふ観念が、國語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報伝達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いといふことになる。漢字制限はさういふ安易な便宜主義・目先の理由によって行はれたと考へる。

 

それは言靈の喪失である。現代ほど言靈が軽視されてゐる時代はない。文藝においてすら言靈を喪失してゐる。そして日本人の魂は、今、よすがなく彷徨ってゐるやうに思へる。さまよへる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言靈の復活が大切である。それは、言靈が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせる「やまと歌」の復活である。今日において、まさに、「國風文化」が復興しなければならない。

 

 「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が必要なのである。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来てゐる民族の共同精神を表白し訴へるものとしての和歌を詠んでゐる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが日本が再生した時代である。和歌の力といふものの偉大さを今こそ実感すべきである。

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天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家の本姿をより一層開顕することが現代の救済となる

 

日本人の伝統信仰において祭られる神は、自然に宿る神と祖霊神である。日本人の信仰の基本は「敬神崇祖」と言われる。「敬神」とは自然に宿る神を敬う事であり、「崇祖」とは祖霊を崇めることである。

 

わが國の神々は、天津神、國津神、八百萬の神と言われるように、天地自然の尊い命であり、先祖の御霊である。わが國伝統信仰は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一体となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。

 

その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

 

自然を大切にし自然の中に神の命を拝ろがむ心、そして祖先を尊ぶ心が日本人の基本精神である。それはきわめて自然で自由で大らかな精神である。

 

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。わが國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。我が民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。それは鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られたのである。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山・阿蘇山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

わが國の麗しい山河、かけがえのない道統を重んじ、日本の伝統的な文化を大切なものとする姿勢、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識をより一層深めるべきである。我が國は神話時代(神代)以来の伝統精神すなわち日本國民の歩むべき道がある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。

 

わが國の伝統信仰における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である。

 

天皇は日本国の祭祀主として、新嘗祭、春季皇霊祭、秋季皇霊祭などの多くの祭祀を行わせられている。そしてその祭祀は、自然に宿る神々と皇祖皇宗のご神霊へのお祭りである。天皇は、敬神崇祖の最高の実行者であらせられるのである。

 

祭祀は、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。日本伝統精神の価値は今日まことに大切なものとなっている。天地自然に神の命が生きているという信仰が日本の伝統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。天皇を祭祀主とする信仰共同体が日本國の本姿である。天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家の本姿をより一層開顕することが現代の救済につながり、道義の頽廃が根本原因である現代の様々な危機的状況を打開する唯一の方途である。

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2017年9月14日 (木)

教義・教条を排するという日本民族の柔軟な態度が、日本文化の発展の基礎である

日本人は、人としての自然な情感・感性・驚きというものは大切にするが、そうしたものから遊離した超越的な『真理』『論理』『原理』と称するものを設定しない。なぜなら超越的な『真理』『論理』『原理』と称するものは、作り事であり、嘘や独善と隣合わせであると直感するからである。

 

土井晩翆氏作詩の『星落秋風五丈原』に「嗚呼鳳遂に衰へて/今に楚狂の歌もあれ/人生意気に感じては/成否を誰かあげつらふ」とあり、三上卓氏作詩の『昭和維新青年日本の歌』には「功名何ぞ夢の跡/消えざるものはただ誠/人生意気に感じては/成否を誰かあげつらふ」とあるように、日本人は物事を「あげつらふ」ことを嫌った。「あげつらふ」とは、物事の善し悪しについて意見を言い合うことであり、欠点・短所などを殊更に言い立てることである。それは人生や宇宙そして自然そのものを歪曲する危険があると考えたからである。

論理とか哲学とか教義(イデオロギー)というものは宇宙や人生や世界や歴史に対する一つの解釈であり絶対のものではないのである。

 

しかし、それは日本の伝統的な精神を論理化しないということであって、日本に哲学や思想がなかったということではない。萬葉歌人の柿本人麿にしても近世の俳人松尾芭蕉にしても、彼らの偉大なる思想精神は、詩によって表現されている。

 

このことについて保田與重郎氏は、「芭蕉は…自ら感得した詩人の思想を、思想の言葉で語ることはしていない。これは芭蕉のみでなく、わが國の思想の深さを描いた文章の常である。…最も深いものを、日本の思想として語った人々が、我國では詩人であった。…日本の道は、思想としてかういふ形に現れるものだからである。」(野ざらしの旅)と論じておられる。

 

 古代日本精神を今日まで文献的に伝えているのは『古事記』『日本書紀』『萬葉集』である。これらの文献は、『聖書』『コーラン』『仏典』『論語』のような教義・教条が書き記されている文献ではない。日本の神々と日本国の歴史が叙述され魂の表白たる歌が収められているのみである。日本人があくまでも真実を尊び人間の感性を重んじ抽象的な論議や理論を重んじなかった証拠である。

 

近世の国学者・平田篤胤はその著『古道大意』において、「古ヘ儒佛ノ道、イマダ御国へ渡リ来ラザル以前ノ純粋ナル古ノ意(ココロ)古ノ言(コトバ)トヲ以テ、天地ノ初ヨリノ事実ヲ素直ニ説広ヘ、ソノ事実ノ上ニ真ノ道ノ具ツテイル事ヲ明アムル学問デアル故ニ、古道学ト申スデゴザル」「真ノ道ト云フモノハ教訓デハ其旨味ガ知レヌ、仍テ其古ノ真ノ道ヲ知ベキ事実ヲ記シテアル其ノ書物ハ何ジヤト云フニ、古事記ガ第一デゴザル」と述べている。

 

篤胤は、儒教や仏教という外来思想が日本に入り来る前の純粋なる古代日本の言葉を以て天地生成の起源からの事実を素直に記述し、その事実の上に立って日本民族固有の『道』を明らかにするのが古道(日本伝統精神を学ぶ学問)であり、日本伝統精神は「教義・教条」ではその真の意義を体得することはできず、古代以来の日本伝統精神を記してある書物の第一は『古事記』であると論じているのである。

 

さらに近世の国学者であり萬葉学者であった契冲はその著『萬葉代匠記怱釈』において「神道とて儒典佛書などの如く、説おかれたる事なし。舊事記、古事記、日本紀等あれども、是は神代より有りつる事どもを記せるのみなり。」と論じている。

 

つまり日本の伝統精神すなわち日本民族固有の『道』は事実の上に備わっており、一人の人物が書き表した教義書・経典に依拠しないというのである。抽象的・概念的な考え方に陥った教義万能・経典万能の思想から脱却し、日本人としての真心を以て祖先の歴史の真実を見てそれを戒めとしつつ自己の道徳意識を養成し、人間の真心をうたいあげた言の葉(即ち和歌)を学ぶことが、日本人一般の思想傾向である。

 

こういう教義・教条を排するという日本民族の柔軟な態度が、日本文化の発展の基礎であり、日本が古代以来仏教や儒教などの外国思想を幅広く受け入れて自己のものとし、さらにそれをより高度なものにし、さらに近代においては西洋科学技術文明を取り入れた原点である。

 

現代社会は、思想とか信仰というものが、人間の心性の中に深く根ざしたものとして把握されるのではなく、洗脳という形で個人の中に注入される<イデオロギー>と化している。共産主義革命思想はその典型である。それは人格破壊を招く機械的な洗脳という恐ろしさを持っている。

 

日本国民が、絶対的に有り難く承るべき言葉は、「天皇のご詔勅」である。また、おのづからに心にしみ入る言葉は、「天皇の大御歌」である。

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2017年9月10日 (日)

日本伝統精神の今日的意義

「旅は生ける学問なり」といふ言葉があります。徳富蘇峰氏の言葉です。まさしくその通りです。文献で分かったつもりでも、實際に歴史に登場する土地に行くと新たなる発見があり、歴史の真實が分かることが多いのです。

 

大和の国を旅しますと、日本国の生成がまことに麗しい歴史であることを實感します。神々への祭りと祈りが国家生成の根本になってゐます。神国日本といふのは決して嘘ではありません。神国日本とは「神々の御加護とお導きのもとに生まれた国が日本である」といふことだと思ひます。日本国民はそのことに感謝し、有り難く思ふことが大切であります。傲慢になったり排他的になってはならないと思ひます。また、日本天皇の国家統治は祭祀と一體であります。祭政一致とは神を祭り神に祈りつつ政治を行ふということであります。

 

大和の国を旅しますと、神話の世界が今日唯今の日本の国土に中に生き生きと生きてゐるといふことを実感します。神話とは遥か遠い昔の傳説ではありません。今日唯今の生きてゐるのであります。太古の祭りが今日も皇室祭祀そして日本各地の神社の祭祀に継承されてゐるのです。

 

日本各地の多くの神社に参拝し、自然を愛で、日本国生成の歴史と精神を體感し、日本民族は神々を尊び、祖先を敬ひ、自然と共に生活する、極めて平和的な民族であることをあらためて實感します。日本精神・大和心とは本来、絶対平和精神であります。

 

現代は精神的にも物質的にも大きな困難に直面してゐます。各地で民族紛争・宗教紛争が起こり、資源が枯渇し、自然破壊が進み、人類は不幸への道を歩んでゐるといっても過言ではありません。

 

この根本原因は、砂漠に生まれ、神と人間が隔絶した関係にあり、自然を人間の対立物ととらへ、一つの神・一つの教義を絶対視して他を排除する一神教的思想を淵源としてゐる西洋の文化・文明にあると考へられます。共産主義独裁思想もその亜流です。これを根本的に是正すべき時に来てゐます。

 

そのためには、自然と共に生き稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀国家・信仰共同體を今日まで保持しつつ、外来文化・文明を受容し、それを昇華洗練せしめた日本の精神傳統が大きな役目を果たすと考へます。

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