2020年9月23日 (水)

荒ぶる神は祭祀によって鎮めることができる

「神」は、人知では計り知れない靈妙なる存在である。日本人は古代より祭祀や祈りの対象とされるかしこき存在を「神(かみ)」と言った。

本居宣長は、日本の神々を「人はさらにも云はず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其餘(そのほか)何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微(かみ)とは云うなり(すぐれたるとは、尊きこと善きこと功(いさを)しきことなどの、優れるたるのみを云に非ず、悪(あし)きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり…)」(『古事記傳』)と定義してゐる。

日本の自然の神々は、近年はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を発揮する畏怖すべき生命であり靈であるといふことである。無限の可能性を持つと言ひ換へてもいい。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災ひをももらたすと古代日本人は信じた。今日の新型コロナウイルスの感染拡大はこれにあたると思はれる。

『古事記』の「身禊」の条には、「悪(あら)ぶる神の音なひ、狭蠅(ばへ)なす皆満ち、萬の物の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記され、「天の岩戸」の条には、「高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち、萬の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記されてゐる。

自然の中に精靈が生きてゐるといふ信仰である。日本民族には、自然を敬ひ、愛すると共に、自然を畏れる素直な心があった。「萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち」は、文學的には擬人的表現と言はれるが、古代日本人は、嵐の音も、草木の音も、海の音も、素直に「神の声」と信じたのである。

近代以後、科學技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精靈として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまった。自然を征服しようとか、自然を造り替へようなどといふ文字通り神をも恐れぬ考へ方を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければならない。つまり、神々を祭る心の回復が大切である。「草木がものをいふ」古代日本の信仰精神に回帰しなければならない。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができるのである。

折口信夫氏は、「我々の古文獻に殘った文學は、しゞまの時代の俤を傳へて居る。我々の國の文學藝術は、最初神と精靈との對立の間から出發した。…神の威力ある語が、精靈の力を壓服することを信じたからである。…神代の物語として,語部(かたりべ)の傳へた詞章には、威力ある大神隱れ給ふ時、木草・岩石に到るまで、恣に發言した。さうして到る處に其聲の群り充ちたこと、譬へば五月蠅(さばへ)の様であったと言ふ。而も亦威力ある大神の御子、此國に來臨あると、今まで喚きちらした聲がぴったりと封じられてしまったとある。神威を以て妖異(およづれ)の發言を封じたのである。」(「日本文學における一つの象徴」)と論じ、『六月(みなづき)の晦(つごもり)の大祓』の「荒ぶる神等をば神問(かむと)はしに問はしたまひ、神掃(はら)ひに掃ひたまひて、語(こと)問ひし磐ね樹立(こだち)、草の片葉(かきは)も語止(ことや)めて、天(あめ)の磐座(いはくら)放れ、天の八重雲をいつの千別(ちわ)きに千別きて、天降(あまくだ)し依さしまつりき」といふ一節を引用してゐる。

日本民族は、自然に刃向ひ対決し、自然を破壊すると、自然から災ひを受けること体験から學んだ。自然を畏敬し、自然に順応して生活することが大切であることを知った。自然を畏敬し、自然に順応するといふことは、自然の神、自然の精靈たちを畏れるだけではなく、祭祀によって神や精靈たちを祓ひ清め鎮めた。

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2020年9月19日 (土)

新型コロンウイルスの猖獗に伴う我々日本人の反省


新型コロナウイルスの猖獗は何時までつづくのだろうか。完全に収まるのは不可能だとかもしれない。来年以降も続くと考えねばならい。

しかしこの未曽有の新型コロンウイルスの猖獗がある程度おさまった後、違った世の中が生まれるのではないか。またそうあってほしい。

歌人の大辻隆弘氏は、「アイザック・ニュートンはが万有引力の法則を発見したのは、ペスト禍でケンブリッジ大学が閉鎖されていた時期だった。湯川秀樹博士が中間子理論の端緒をつかんだのは室戸台風で大学が休みの夜だった。世界の見方を変えるような新しい知見は、一見無意味な空き時間から産み出される。若者はそこから何かを確実につかみ出して来る。…必ず、彼らなりの新しい何かを見出して来るに違いない」と論じてゐる。『日経新聞本年【令和二年】五月十七日号』。

現代社会は異様な社会である。金銭と快楽を追い求める人たちが多い。毎日毎日を刹那的に生きてゐる人々そして夜遅くまで遊び呆ける若者たちがうようよしてゐる。テレビ番組を見れは、そうしたことは一目瞭然だ。これは誠に困った現象であった。地球環境の問題も、国際政治の対立も、国内政治の混迷、家庭崩壊もそうしたことが原因なのではなかろうか。

『禍(わざわい)転じて福を為す』という古いことわざがあるように、感染症や伝染病の流行が社会を変え、モラルが向上すれば良いと思う。

保田與重郎氏は「わが國の古神道の祭祀が、静寂を旨とし、森厳を好んだ、…古神道の祭祀が静寂の極致を演出してゐる點は、非常に遥かな悠遠の神代に、我々の遠つ御祖によって、早くもつくり出された文明である。これば實に獨自の文明の相である。我國人の美や情緒の淵源も、この時に發するのである」(『文學』の威厳)と論じてゐる。

新型コロンウイルスの猖獗に伴う我々日本人の反省は、静寂を旨とし森厳を大切なものとしてきた我が国神道精神に回帰することによって実現する。その意味でも全国の神社への参詣と祭祀が大切になってると考える。

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2020年9月17日 (木)

日本の神々の偉大さと日本の傳統の素晴らしさに感激するほかはない。 

式子内親王御歌

 後白河法皇の第二皇女であらせられる式子内親王は、賀茂神社の「齋院」(賀茂神社に奉仕する未婚の皇女)になられた。式子内親王は實に十一年間の長きにわたって賀茂神社の祭祀に奉仕された。

 式子内親王が、齋院として最も重大な賀茂祭り(陰暦四月中の酉の日)の前日、賀茂神社の北にあるみあれ野というところに仮屋を建て、潔齋のために一夜泊まる儀式をされた日の思い出を歌われた御歌が、

 忘れめや 葵を草に 引き結び 仮寝の野辺の  露のあけぼの
 (忘れようとしても忘れられはしない。葵を草枕の草として結んで、旅寝をする野辺に、一夜が明けてゆく、この露の置く 曙の姿は、というほどの 意。)

 という歌である。初夏の曙の空と、涼しい露に濡れた野の草とが、清々しく神々しい祭事の雰囲気と一つになっていることを感動的に詠んでいる。この御歌は中世の代表的歌集『新古今和歌集』に収められている。

 後白河天皇も御退位の後出家され、式子内親王御自身も落飾して承女法という法名を名乗られた。このように皇室が佛教への帰依を厚くされていた時代であっても、天皇の祭祀及び皇室の祭事は、日本の文化傳統及び信仰共同體日本の中核を成す行事として、絶える事なく続けられていたのである。

 平安前期に制度的に整えられたといわれている皇室祭祀は、佛教の影響を排除した。孝謙・称徳女帝のように大嘗祭に僧侶を参列させたという例外はあるが、基本的には佛教を関与させなかった。大嘗祭の行われる年には、十一月に入ると「僧尼不浄の輩」の参内を許さないという傳統があった。僧尼を不浄とするところに日本の皇室祭祀の純粋性を保とうとする意志が厳然としている。それでいて退位した後出家されて僧となられる天皇様も多くおられたのである。

 また、皇祖神を祀る伊勢の神宮は、傳統的に佛教を拒否し続け、僧尼を忌むという傳統がある。そのため僧形をした者は社殿に近づくことは許されず、さらに五十鈴川を渡ることさえ許さないという規制が行われた。それでいて、戦國時代以来出来なくなっていた伊勢の神宮の式年遷宮の復興のために守悦(後に皇室より慶光院という号を賜る)という僧尼が全國に募金の旅を行い、皇室及び徳川家康が感動し、式年遷宮復興の大きな端緒となった。

こうした事實は、日本の文化感覺に柔軟さと強靱さの両面があることを明確に物語っている。日本という國はこうした不思議さで歴史を刻んできたのである。日本の神々の偉大さと日本の傳統の素晴らしさに感激するほかはない。 

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2020年9月10日 (木)

日本人は、肉体は滅びても、生命は永遠といふ信仰を持ってゐる

日本人にとって「死」とは虚無の世界への消滅ではない。生の世界と死の世界は絶対的に隔絶してゐない。人が死んでも、その魂をこの世に呼び戻すことができると信じてゐる。

本来日本人は、「死ぬ」と言はず「身罷る」「逝く」「神去る」「隠れる」と言った。「葬る」ことを「はふる」といふ。「はふる」とは羽振るである。魂が空を羽ばたいて飛んでいくといふことである。羽振りが良いとは勢ひがあるといふ意である。

日本武尊は薨去された後、その御霊は白鳥となって故郷に向かって飛んで行かれた。古代において鳥は霊魂を運ぶものと信じられた。肉体を離脱する霊魂の自由性・不滅性の最も原初的な信仰である。そしてその鳥が純白なのは、清らかさを好む日本人の生活感覚から生まれたのであらう。

「身罷る」「逝く」「神去る」「隠れる」といふ言葉は、肉体は滅びても生命・霊魂は生き続けるといふ信仰に基づく言葉である。今でも、丁寧な言ひ方をする時には「死んだ」とか「死ぬ」と言はない。「他界する」「昇天する」といふ。また、「亡きがら」「遺体」とは言っても「死体」とは言はない。

肉体の死は、人間そのものの消滅ではなく、現世から身を隠すことに過ぎない。だから、死後の世界を幽世(かくりよ)と言ひ、死後の人間を隱身(かくりみ)と言ふのである。

日本人は、古来、霊魂が遊離して肉体は滅びても人間が無に帰するといふことは無いと信じて来たのである。

柳田國男氏は、「日本人の死後の観念、即ち霊は永久にこの国土のうちに留まってさう遠くへは行ってしまはないといふ信仰が、恐らくは世の始めから、少なくとも今日まで、かなり根強くまだ持ち続けられて居る」(『先祖の話』)と論じてゐる。

死者の霊魂は、はるか彼方の他界に行ってしまふのではなく、この国土に留まって子孫を見守ってゐるは、わが国において永く継承されてきてゐる。それは、「ご先祖様が草葉の蔭から見守ってゐる」といふ言葉がある通りである。

この世を去った人の霊魂を身近に感じて来たのが日本人の伝統的祖霊観、生死観である。日本人が比較的死を恐れない強靭な精神を持ってゐるのは、かうした信仰が根底にあるからであらう。

魂が身体から遊離することが死である。それがために肉体人間は力を失ふ。死とは無に帰するのではない。勢ひがなくなることを意味する「しほれる」が「しぬ」といふ言葉の語源である。『萬葉集』の柿本朝臣人麻呂の歌「淡海(あふみ)の海(み)夕波千鳥汝(な)が鳴けば心もしぬに古(いにしへ)思ほゆ」の「しの」である。くたくたになってしまって疲れるといふ意味である。気力がなくなってしまったといふ意味である。

枯れるといふ言葉と同根の「から」が「亡骸」のからである。死とは命が枯れることであり、肉体から魂・生命が去ることである。死は消滅ではなく、生き返るのであり、甦るのである。日本伝統信仰には死はない。

死後の世界は近く親しく、いつでも連絡が取れるところである。だから草葉の陰から見守ってゐてくれるといふ言葉があるのである。お盆には先祖の御霊が帰って来るといふ信仰もある。生と死の区別は明白ではなく、人はこの世を去ってもまた帰って来るといふ信仰がある。死とは誕生・元服・結婚と同様の「生まれ変はりの儀式の一環」である。

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2020年7月19日 (日)

言霊の復活が世の乱れを正す大いなる方途である

日本人は神代以来、日本国は「言霊」によって護られる国であると信じて来た。言葉ほど大切なものはない。言葉は人間の心を表現する。言葉のない生活は考へられない。言葉は、共同体において生活する人と人とを結合させ、人と人との間をつなぎ相互に理解を成立させる。言葉は、人間生活そのものを体現し、共同体は基本的に言葉によって成立する。

「言葉の乱れは世の乱れ」といはれる。今の日本は乱れてゐる。乱世である。その原因は、言葉の乱れが重大な要素になってゐると考へる。

日本民族は古来、言葉を大切にし、言葉には不可思議にして靈的な力があると信じ、言葉を神聖視してきた。『萬葉集』の歌に「言霊」といふ言葉がある。「言霊」とは言語精霊、言葉に宿る霊力のことである。古代日本人は言葉に精霊が宿ってゐると信じ、言霊即ち言葉に内在する霊的力が人間生活に大きな影響を与へると信じた。

古代のみならず今日の日本人の多くは、言葉に宿る神秘的な力によって禍福が左右されると信じるのみならず、「言霊」によって護られ栄えゆく国が日本国であると信じてゐる。日本人は、言葉に霊が宿ると信じ、言葉を唱へることによってその霊の力が発揮されると信じてゐる。故に、日本人は言葉を慎み、畏敬する。

神道で「祝詞」を唱へ、仏教で経文・経典を読誦し題目や念仏を唱へるのは、それらの言葉に神秘的にして不可思議な力が宿ってゐると信ずるからである。
「祝詞」は人間が神への訴へかけた言葉であり、「歌」も人間の魂の他者への訴へである。「祝詞」にも「歌」にも魂が込められてゐる。祝詞を唱へ歌を歌ふと、そこに宿る言霊が発動し偉大なる力を発揮すると日本人は信じた。神・人・天地自然にまでその力が及ぶのである。これが「言霊の幸はふ」といふことである。神に対してだけでなく、恋人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが日本文藝の起源である。

折口信夫氏は、「(言霊信仰とは)古くから傳ってゐる言葉の持ってゐる霊力・魂といふものを考へてゐるのであり、それが言霊、つまり言語の精霊である。祝詞には勿論これがあると信じてゐた。…言葉そのものに威力・霊魂があると考へた。それが言霊である。それは唱辭(トナヘゴト)以外、…抒情詩其他のものゝ上に皆あると信じたのである。古い物語を語るとその内の霊魂が動き出す、歌を歌ひかけると、その歌のうちにひそんでゐる霊魂が働きかけると信じてゐたのである」(『古代人の信仰』)と論じてゐる。

他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。「うた」の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。神に自分の心・神への願ひ事を訴へることが歌の起源である。

「言霊の幸はふ國」といはれるわが國においては、「祝詞」や「歌」は何よりも大切な神への捧げものとされた。日本文藝の起源は、神への訴へかけである。「やまとうた・和歌」は神聖な文藝であると考へられてゐた。

『萬葉集』に歌はれた「言霊の幸はふ國」とは、言葉の霊が栄える国、言葉の霊の力によって生命が豊かに栄える国といふ意である。「いふ言(こと)の恐(かしこ)き國」とは、言葉におそるべき力が宿る国であるといふ意である。「言擧せぬ國」とは、多弁を慎む國といふ意である。言葉が大切であればこそ、多弁を慎むのである。私が最も心しなければならないことである。

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総務大臣という閣僚が靖国神社に参拝するといふ大変尊い行事を、靖国神社側が断ることがあっていいはずはない。


『朝日新聞』令和二年四月十八日の報道によると、高市早苗総務大臣が、四月二十一年四月二十一日からの靖國神社例大祭に参拝しようとしたら、何と「新型コロナウイルスの感染拡大防止のため」という理由で、靖国神社側から参拝を断られたという。この報道が真実なら、靖国神社の姿勢と対応は理解に苦しむ。

高市総務相が靖国神社に参拝することによって、「新型コロナウイルス」の感染が拡大するなどということはどう考えてもあり得ない。否、それどころか政府閣僚が靖國神社の御神霊に参拝し、英霊に対して感謝と慰霊の誠を捧げ、「新型コロナウイルス」の感染が拡大の防止を祈願することは、まことに大事なことである。これを神社側が断るなどということかあっていいはずがない。

祖霊と自然に宿る神々を拝ろがむ日本の傳統的信仰精神が、罪穢れや災厄を祓い清めるのである。神社の神々への祭祀が自然を破壊し人の命を軽んずる現代を救済する原理となる。

わが國の麗しい山河、かけがへのない道統を重んじ、日本の傳統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識を回復しなければならない。

我が國は神話時代(神代)以来の傳統精神すなはち日本國民の歩むべき道といふものがある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし自然の中に神の命そして國のために命を捧げた英霊、祖先を尊ぶ心である。つまりきはめて自然で自由で大らかな精神なのである。

我々日本民族の祖先が有した人生や國家や世界や宇宙に対する思想精神は、神とか罪悪に関する考へ方が、全て祭祀といふ實際の信仰行事と不可分的に生まれてきた。

抽象的な論理や教義として我が國傳統信仰の精神即ち神道を理解することはできない。我が國においては生活そのものの中に傳統信仰が生きてゐるのである。

『鎮守の森』には、神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来たからである。『鎮守の森』ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精靈が生きてゐると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来た。

わが國の傳統信仰における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である。祭祀が自然を破壊し、人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。日本傳統精神の価値は今日まことに大切なものとなってゐる。

「神道祭式=祭り」は、信仰共同體國家日本の根幹として悠久の歴史を経てきており、今日なお國民一般に根強くそして盛んに行はれてゐる信仰行事である。総務大臣という閣僚が靖国神社に参拝するといふ大変尊い行事を、靖国神社側が断ることがあっていいはずはない。

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2020年7月15日 (水)

祇園祭の最も重要な行事である山鉾巡行・神輿渡御の中止について

祇園祭は、千百年の伝統を有する八坂神社の祭礼です。祇園祭はもっとも有名であり多くの人が集まると思ひます。古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、貞観十一年(八六九)に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行した時、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数六十六カ国にちなんで六十六本の鉾を立て、祇園の神を祀り、さらに神輿を送って、災厄の除去を祈ったことにはじまると言はれてゐます。

ところが今年は祇園祭の最も重要な行事である山鉾巡行・神輿渡御が、新型コロナウイルス対策の為に中止になりました。疫病除去の祭礼なのに、疫病が猖獗してゐるからと言って中止するのは何とも残念なことです。

すでに何回か書きましたが、日本の神々は、近年はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を発揮する畏怖すべき生命であり靈であるといふことです。無限の可能性を持つと言ひ換へてもいいと思います。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災ひをもたらします。今日の新型コロナウイルスの感染拡大はこれにあたると思はれます。
『古事記』の「身禊」の条には、「悪(あら)ぶる神の音なひ、狭蠅(ばへ)なす皆満ち、萬の物の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記され、「天の岩戸」の条には、「高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち、萬の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記されてゐます。自然の中に精靈が生きてゐるといふ信仰です。

日本民族には、自然を敬ひ、愛すると共に、自然を畏れる素直な心があります。近代以後、科學技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精靈として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまひました。自然を征服しようとか、自然を造り替へようなどといふ文字通り神をも恐れぬ考へ方を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければなりません。つまり、神々を祭る心の回復が大切です。「草木がものをいふ」といふ日本の伝統的信仰精神に回帰しなければなりません。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができるのです。全国の神社仏閣は大いに祭祀・法要を行ひ、疫病退散を祈願すべきです。

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2020年7月12日 (日)

日本民族の光明精神

日本の神々は、特に神代の神々は明るく大らかで神罰を与へることはない。またその後の時代に出現された神々の中に、人間を祟る神がをられたが。それらの神々も、祭る側の神祭り・鎮魂などによって、國土・人間を護る神々に変貌される。三輪山の大物主神、全國の天満宮の御祭神・菅原道真、神田明神に祀れてゐる平将門などはさうした神々であられる。

人間は神の分霊であって原罪などといふものを背負ってはおらず、罪を犯し魂と心が汚れてゐても、禊祓を行ひ、神を祀り、神に祈れば浄められるといふのが、日本伝統信仰・日本神道の信仰であると私は理解してゐる。

日本の伝統信仰が基本的に清らかで明るく楽しく大らかであることは、天岩戸神話に明らかである。天照大神の御出現を仰ぐと、そのみ光りは六合に照りわたり、もろもろの神たちの喜びは天地どよもすほどであったといふ。

「まつり」とは厳粛なる行事ではあるが、堅苦しい難行苦行ではない。明るく楽しく清らかな行事である。神人融和・神人合一の状態は明るく面白いのである。

「阿波礼、阿南於毛志呂、阿南多乃之、阿南佐屋気、於気於気(あはれ、あなおもしろ、あなたのし、あなさやけ、おけおけ)」

これは、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で神々が歌い踊って喜ぶ場面の掛け声である。『古語拾遺』(平安時代の神道資料)に見られる。

日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「まつり」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふ言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。

日本人は本来厭世的でもなければ逃避的でもない。それが日本人の國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができると信じ続けてきてゐる。戦後復興もかうした日本人の心のあり方によって成し遂げられたと思ふ、

また「さやけ」といふ言葉には、日本人の清潔好きといふ感覚が表現されてゐる。だから禊祓ひは神道の重要行事なのであらう。

面白く楽しく清らかな行事が「まつり」なのである。ここに日本神道=日本傳統信仰の特質がある。

出雲井昌氏は、「『古事記・神代』を繰り返し読んで驚きました。…古代日本人が発見した神、信じていた神々は、どこまでも明るい神々でした。その代表格が天照大神、太陽神です。…悠久の昔から未来永劫に大宇宙を照らし続けて、恵みを与えて下さいます。一点の曇りも無いお日様です。あいつは悪人だから照らしてやらないとは申されません。…『天岩戸』のお話では、天照様は天にのぼってきた須佐之男様が、ひどい悪さを働いた時でも、少しも咎めずに〝天の岩戸〟に入られて、全ての罪はみずから出たことと、ひたすらご自身を省みられました。…『日本神話』に出てくる神々は、天之御中主神から伊邪那岐神、伊邪那美神、大國主神、少名毗古那神、八百万、神々すべて、神罰を与える神は、ただの一柱もおられません」(『日本神話の知恵』)と論じてをられる。

日本人は、如何に世が乱れ、悪が栄えてゐても、必ず光明と平和の世が蘇へると信じて来たし、また現実の歴史もさうなった。また如何なる罪穢も禊祓により浄められると信じてきた。神代の神話も、善悪美醜が生ずるが、やがては一切善・美に還る。悪は善に、醜は美に勝つことはない。これはわが國の神話の精神、日本伝統信仰の基本であると共に、歴史的真実である。日本傳統信仰は、天皇の祭祀と神社の祭祀を通して、今もなほ継承されてゐる。のみならず、現實に天皇及び御皇室の自然の命を慈しみたまふ御精神と御行動、そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食ひ止める大きな力となってゐる。

科學技術が進歩し物質文明が豊かになってゐる今日においても、日本には古代信仰・民族信仰が脈々と生きてゐる。伊勢の皇大神宮をはじめとした全國各地の神社で毎日のようにお祭りが行はれてゐる。のみならず日本傳統信仰の祭り主であらせられる天皇は多くのみ祭りを厳修され、國家の平安・國民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられてゐる。そしてその祭り主たる日本天皇は日本國家の君主であらせられる。これは世界に誇るべき日本國體の素晴らしさである。

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2020年7月11日 (土)

日本伝統信仰の他界観


日本人にとって他界とは、高天原とか、海神(わたつみ)の神の宮(竜宮)とか、黄泉の国です。熊野の海の彼方が他界の入り口と信じたのです。海も空も「アマ」と読み、両方とも他界のことで、海の彼方に他界があるというのは水平思考です。

天上に他界があるというのは垂直思考です。

日本には両方あって、天照大神のご命令で瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から地上に天降って来るのは、理想郷が天にあると信じたからです。海の彼方にも理想郷があると信じ「海神(わだつみ)信仰」「龍宮信仰」が生まれました。その水平思考が仏教と融合して西方極楽浄土思想が受け容れられました。

大和朝廷のある大和盆地から東へ向かうと伊勢になる。その日の出る方向に天照大神をお祀りしたのが伊勢神宮です。垂直思考は北から、水平思考は南から来たというのが定説になっています。

『萬葉集』に「東歌」があります。東国地方の庶民か詠んだ歌です。今日のわれわれの観念からすると東国は関東以東ですが、古代日本では鈴鹿山脈よりも東が東国というのが定説なのです。岐阜、静岡、長野も東国でした。

「吾妻」の語源は日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の物語に由来しています。日本武尊が船で浦賀水道を渡ろうとしたとき嵐になって弟橘媛(おとたちばなひめ)が海に身を投げて嵐を静めた。その後、碓井峠にさしかかった日本武尊は東南の方角の浦賀水道を眺めながら、弟橘媛を恋しがられて「吾嬬(あづま)はや」(わが妻よ)、と呼びかけられた。これが「吾妻」の語源なのです。

小生が居住する文京区にも日本武尊の遺跡が多いのです。湯島には日本武尊と弟橘姫を祀った妻恋神社がありますし、根津に鎮座する根津神社は須佐之男命お祀りするために日本武尊が創始したと伝えられます。

駒込という地名も日本武尊が辺りを見渡して「駒込み(混み)たり」と言ったことに由来する。馬がいっぱいいるという地名伝説です。

近代化が行き詰まって、昔ながらのものに回帰していくことが、人々の心に安らぎを与えています。生命尊重、自然保護、公害追放と言っても、政治には限界があります。生けとし生けるものが神の現れであるという、古代からの信仰に回帰することが大切です。日本仏教は、「山川草木国土悉皆成仏」「草木成仏」の思想があります。これは仏教と日本古代信仰が融合して生まれた思想であります。

『記紀』や『萬葉集』を学び、全国の古い神社仏閣に参拝し、且つ、その風土に親しむことは実に大切であり意義あることです。


死後の世界は、まだ行ったこともなく見たこともないが、やがては必ず行くことになる「他界」であります。従って人が死んだことを「他界した」というのです。それは平安時代の歌人・在原業平が

「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(最後には行かなくてはならない死出の旅路だとは思っていたが、それが昨日今日と差し迫っているとは思わなかった、というほどの意)

と詠んでいる通りです。そして死んだ人は草葉の蔭から生きている人を見守ったり祟ったりするのであります。ということは、死後の世界と現世は遮断していないで交流し連動しているということです。

それは『古事記』に記されている伊耶那岐命と伊耶那美命の黄泉国(よみのくに)の神話を拝すれば明らかです。 

日本人は基本的に、人間は、肉体は滅びても魂はあの世で生き続けるという信仰を持っています。死後の世界は、次第に理想化・光明化されていき、神々の住みたもう世界と信じられるようになりました。

古代日本人は生活全般が信仰心を基本としていた。天地万物に神や霊が宿っており、森羅万象は神や霊の為せるわざであると信じていました。だから「他界」にももちろん神や霊が生きていると信じました。しかし、反面、穢れた他界も想定された。そこには鬼や妖怪や魑魅魍魎が住んでいると信じられました。
 
すばらしい聖なる世界・清らかな他界は高天原と呼ばれ、穢れた他界・恐ろしき他界は夜見の国・根の国と呼ばれました。これが後に仏教の輪廻転生の倫理観と結合し、西方極楽浄土及び地獄の思想が多くの日本人に信じられるようになったのであります。

春秋二回のお彼岸は今日、仏教行事のように思われていますが、本来的には日本人の他界信仰・祖霊信仰から生まれた日本固有行事なのであります。春と秋の昼と夜の長さが同じ日に「あの世」から「この世」へ祖先の霊が訪ねてくると信じてきたのです。「彼岸」とは向こう岸という意味であり、日本人の他界(よその世界・まだ行くことのできぬ世界)観念とつながるのです。

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2020年7月10日 (金)

荒ぶる神は祭祀によって鎮めることができる

「神」は、人知では計り知れない靈妙なる存在である。日本人は古代より祭祀や祈りの対象とされるかしこき存在を「神(かみ)」と言った。

本居宣長は、日本に神々を「人はさらにも云はず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其餘(そのほか)何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微(かみ)とは云うなり(すぐれたるとは、尊きこと善きこと功(いさを)しきことなどの、優れるたるのみを云に非ず、悪(あし)きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり…)」(『古事記傳』)と定義してゐる。

日本の自然の神々は、近年はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を発揮する畏怖すべき生命であり靈であるといふことである。無限の可能性を持つと言ひ換へてもいい。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災ひをももらたすと古代日本人は信じた。今日の新型コロナウイルスの感染拡大はこれにあたると思はれる。

『古事記』の「身禊」の条には、「悪(あら)ぶる神の音なひ、狭蠅(ばへ)なす皆満ち、萬の物の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記され、「天の岩戸」の条には、「高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち、萬の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記されてゐる。

自然の中に精靈が生きてゐるといふ信仰である。日本民族には、自然を敬ひ、愛すると共に、自然を畏れる素直な心があった。「萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち」は、文學的には擬人的表現と言はれるが、古代日本人は、嵐の音も、草木の音も、海の音も、素直に「神の声」と信じたのである。

近代以後、科學技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精靈として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまった。自然を征服しようとか、自然を造り替えようなどといふ文字通り神をも恐れぬ考へ方を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければならない。つまり、神々を祭る心の回復が大切である。「草木がものをいふ」古代日本の信仰精神に回帰しなければならない。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができるのである。

折口信夫氏は、「我々の古文獻に殘った文學は、しゞまの時代の俤を傳へて居る。我々の國の文學藝術は、最初神と精靈との對立の間から出發した。…神の威力ある語が、精靈の力を壓服することを信じたからである。…神代の物語として,語部(かたりべ)の傳へた詞章には、威力ある大神隱れ給ふ時、木草・岩石に到るまで、恣に發言した。さうして到る處に其聲の群り充ちたこと、譬へば五月蠅(さばへ)の様であったと言ふ。而も亦威力ある大神の御子、此國に來臨あると、今まで喚きちらした聲がぴったりと封じられてしまったとある。神威を以て妖異(およづれ)の發言を封じたのである。」(「日本文學における一つの象徴」)と論じ、『六月(みなづき)の晦(つごもり)の大祓』の「荒ぶる神等をば神問(かむと)はしに問はしたまひ、神掃(はら)ひに掃ひたまひて、語問ひし磐ね樹立(こだち)、草の片葉(かきは)も語止(ことや)めて、天(あめ)の磐座(いはくら)放れ、天の八重雲をいつの千別(ちわ)きに千別きて、天降(あまくだ)し依さしまつりき」といふ一節を引用してゐる。

日本民族は、自然に刃向ひ対決し、自然を破壊すると、自然から災ひを受けること体験から學んだ。自然を畏敬し、自然に順応して生活することが大切であることを知った。自然を畏敬し、自然に順応するといふことは、自然の神、自然の精靈たちを畏れるだけではなく、祭祀によって神や精靈たちを祓ひ清め鎮めたのである。

日本傳統信仰は、天皇の祭祀と神社の祭祀を通して、今もなほ継承されてゐる。のみならず、現實に天皇及び御皇室の自然の命を慈しみたまふ御精神と御行動そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食ひ止める大きな力となってゐる。

科學技術が進歩し物質文明が豊かになってゐる今日においても、日本には古代信仰・民族信仰が脈々と生きてゐる。伊勢の皇大神宮をはじめとした全國各地の神社で毎日のようにお祭りが行はれてゐる。のみならず日本傳統信仰の祭り主であらせられる天皇は多くのみ祭りを厳修され、國家の平安・國民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられてゐる。そしてその祭り主たる日本天皇は日本國家の君主であらせられる。これが世界に誇るべき日本國體の素晴らしさである。

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