2018年2月17日 (土)

この頃詠みし歌

一本の原稿書き終へやすらへる時に一本の煙草吸ひたり

 

母を亡くせし友と二人で酒酌めば語り合ふことの多き夜なり

 

父母(ふぼ)の遺影のやさしき笑みを朝晩に仰げば心やすらぎにけり

 

時は過ぎ世は移ろへどわが道をただ素直にぞ歩みゆくべし

 

知り人とすれ違ひたれどお互ひに知らぬ顔せし地下鉄ホーム

 

老俳優夫妻が仲良く茶房より出で来るを見し昼下がりの銀座(坂田藤十郎・扇千景夫妻)

 

人間國宝と参議院議長が連れ立ちて歩む姿の好ましきかな()

 

戦ひの日々なればなほわが情念燃え立たしめて生きねばならず

 

逝きませる父母(ちちはは)を思ふわが心歳月を経ていよゝ深まる

 

今宵また酒房へと急ぐわが足は文字通り浮き足立ちにけり

 

三輪山の神のことなど書きてゐる夜は静かに静かに更けてゆくなり

 

三輪山の神のことなど學びつつ日の本の國は神の國と信ず

 

一心にもの書き続けし一日に満足をして眠りにつかむ

 

叔父と兄を殺せし男の妹と握手し喜ぶ韓國大統領

 

北も南もどうしようもない國ならば善隣友好などある筈もなし

 

天地の神が護らすわが國は苦難乗り越え永久に栄える

 

日の本の民とし生きる喜びに今日の青空澄みわたりたり

 

「東京行進曲」今も続けり あなた地下鉄私はバスで帰路に着きたり

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2018年2月 6日 (火)

この頃詠みし歌

 

 

移り行く季節と共に生きる我 肉体も心も恙なくあれ

 

會者定離人生別離足るといふ言葉この頃頻りにわが胸に浮かぶ

 

杖つきて散歩してゐし老人の姿に会はぬこの頃さみし

 

お互ひに自らの意志を示さざる二人の会話を酒が取り持つ

 

進駐軍磨きといふは見事なりわが履く靴はピカピカとなる

 

無くなりし三信ビルの思ひ出を靴磨き屋さんと語らひてゐる

 

入水してこの世を去りし人のこと偲びつつ人麿のことを思へり(西部邁氏逝去)

 

意志強き人なりしかな多摩川に身を投じたる西部邁氏()

 

雪降りて静かなる街となりにけり人も車も音立てず行く

 

雪止みて朝日照れれば家々の屋根はきらきらと白く輝く

 

肉体と精神を強くあらしめて生きてゆくよりすべなかるべし

 

蝋燭に火をつけ仏壇を拝むこと 今日のひと日のけじめなりけり

 

(もだ)しつつ酒酌みてゐし青年が突如饒舌となりて驚く

 

消え残る雪を避けつつ道歩む滑らぬやうに転ばぬやうに

 

汪兆銘陳公博を忘れるなかれとしきりに思ふ今宵なりけり

 

なべての人の心慰むる如くにも満月は中天に煌々と照る

 

博物館の展示物とは思はずに仁和寺の御仏を拝がみまつる(『特別展 仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―』参観)

 

御仏のあまた並べる博物館今此処このまま極楽浄土か()

 

昨日の夜は月食なりしと聞きし時見ざりしことを悲しみにけり

 

空を仰ぎ欠けてゐなければ今日は中止かと家に籠りしことの口惜しさ

 

父母(ちちはは)の眠るみ墓辺を覆ひたる雪を除きぬうかららと共に

 

父母の眠れる墓所に子も孫も曾孫も来たりて拝ろがみにけり

 

わが父とわが母が眠る墓所(はかどころ)拝みてやすらふわが心かな

 

雪を踏み先祖の眠る墓に向かふ節分の日のやすらけき心

 

己が主張譲らざりければなほさらに喉(のみど)渇きてコーヒーを啜る

 

朝夕に手を合はせ祈ることをしもやすらぎとして日々を過ごせる

 

雲の合間に見え隠れする月影を仰ぎて今日も家路を急ぐ

 

雲間より月影現はれ街を照らすことのよろしも混濁の夜に

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2018年1月17日 (水)

この頃詠みし歌

おほつもごり美味し美味しと蕎麦食す

 

多くの人が参り来にける籠神社我もはるばると参り来にけり

 

海岸をひた走りくバスに乗り丹後の國で新春を祝ふ

 

限りなく打ち寄せる波この浜の彼方に常世のあるを信ぜん

 

浦島太郎の祭れる宮の宮司殿講談師の如く滔々と語る

 

初詣の賑はひの中に我もゐて新しき年を生きゆかんとす

 

車窓より見ゆる満月どこまでもわが乗る列車について来るなり 

 

煌々と照る満月を車窓より眺めつつ行く旅は楽しき

 

日々をたゞ自らを励まし生きてゆく吾を守らせ天地の神

 

友の声健やかにしも聞こえきてあな嬉しもよ新春の電話

 

晴れわたる新春の空 日の本の永久の平和を祝す如くに

 

久方の天に照り映える満月の光わが身にしんしんと降る

 

満月の隅無き光に照らされてベランダに立つ時のすがしさ

 

雨止みて空は明るく晴れわたりあな嬉しくも洗濯物干す

 

西の空に日の沈む見ゆ眩しくも朱色に光るその姿はや

 

渡辺はま子逝きて幾歳(いくとせ)今日も聴くサンフランシスコのチャイナタウンを

 

一日を忙しなく過ごせし夜にしも一人もの書くことの楽しさ

 

お互ひにボタンはあると脅し合ふ國の狭間にわが国はある

 

久しぶりに来たりし店のつけめんを美味し美味しと食す喜び

 

裸木となりたる銀杏春を待つ

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2018年1月 4日 (木)

この頃詠みし歌

 

七十二年の歳月経て今もなほ戦(いくさ)に敗れし傷は癒えざり

 

劣化といふ言葉身に沁むわが祖国敗戦の痛手今に続きて

 

幾度も参り行きたる神やしろで禍事起りしことの悲しき

 

中華帝国暴虐朝鮮に対峙するわが日の本は強く雄々しく

 

若き友の明るき笑顔を見て嬉し禍事続く日々なればなほ

 

天津日を仰ぎ見る時ふつふつとわが心身の力湧き来る

 

起き出でて朝日を仰ぐ時にしも命の力甦り来る

 

久しぶりの友の電話で佳き人の訃報告げられ悲しみ深し(小田村四郎先生御逝去)

 

靖國の宮居を共に歩みつつ語らひし日の懐かしきかな()

 

風に舞ふ銀杏の黄葉は道に落ち人に踏まれて冬深みゆく

 

散り行ける銀杏の黄葉をさみしみつつまた来年の春を待たなん

 

今日一日(ひとひ)家にこもりて仕事するこの営みを積み重ねゆく

 

若き女性の靴磨き屋に磨かれ靴で歩めば足取り軽し

 

朝な朝な天津祝詞を唱へまつる清(すが)しきつとめに命さきはふ

 

光満つる日の本の国の民と生き天地の神々を拝ろがみまつる

 

暗き坂道下り来たれば酒房並ぶ根津の谷へと行き着きにけり

 

戦争にもならず徴兵制にもならぬなり平和安全法制成立して二年

 

亡国野党偏向メディアの悪宣伝この国を覆ひゐること厭はしき

 

昔の乙女が腰が痛いと嘆きつつ若き日のことを語りゐるなり

 

邪魔者は親族と言へども皆殺す若き独裁者未だ滅びず

 

遠き世の帝のみ歌讀みにつつわが日の本の歴史を偲ぶ(崇徳上皇御製集)

 

讃岐の地で神あがりまししすめろぎの悲しき御歌を畏みて読む()

 

友どちと酒酌み交はし過ごす冬の夜は心に沁みて楽しかりけり

 

忙しなき歳末の夕べに参り来し根津の宮居は静かなりけり

 

お札納めに参り来りし根津の宮灯りに照らされ赤く浮かべり

 

朱色なる社殿は灯りに照らされてほのかに浮かぶ美しさかな

 

若き友と語らへる時四十年前の若き我がよみがへり来る

 

老婦人が二度と見ることなしとつぶやきて天橋立を眺めゐるなり

 

多くの人が参り来にける籠神社我もはるばると参り来にけり

 

煌々と照る満月を車窓より眺めつつ行く旅は楽しき

 

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2017年12月12日 (火)

この頃詠みし歌

 

日日(にちにち)をやまと歌をば詠み継ぎてわが心常に新たなるかも

 

母の使ひし湯上りタオルを懐かしみ大切にして我も使ひゐる

 

マッチといふ物が少なくなりにける禁煙時代は今盛りなり

 

煙草をば一日三本しか吸はぬこと決めて過ごせばやや太りたり

 

わが母と上野寛永寺に参りし日 昨日の如くに思ひ出さるゝ

 

生きてゐませし父母の面影 永久(とことは)にわが眼裏に浮かび来るかな

 

稻祭るわが日の本の道こそは世界平和の礎となれ

 

高天原より天降り来し稲の穂を命の糧とする畏さよ

 

品格だの忖度だのといふ言葉 飛び交ひてゐる混迷の国

 

若き日に語らひにける歌人(うたびと)がこの世を去りしと聞きて悲しき

 

主義主張我と異なれど人柄の良き人なりき岩田正氏

 

久しぶりに見に来たりける書道展わが国の文化は滅びずにあり

 

怒りの念沸々と湧く今宵なり深き祈りで魂(たま)を鎮めむ

 

力無き歌を詠むことを拒絶してわが魂の雄叫びをこそ

 

蕎麦食し楽しく語らひ帰り来し夜に恐ろしきニュースを見たリ

 

恐ろしき禍事起りし師走の夜テレビ報道を食ひ入るやうに見る

 

人を救ふが宗教といふに争ひの根源となることに悲しき

 

この国を護りたまへと祈りたり護国の英霊のみ前に立ちて

 

國のため命捧げしますらををまつる宮居に今日額づきぬ

 

神ながら魂ちはへませ英霊のみ前に額づきかく唱へたり

 

過ぎし日に共に酒酌み語らひし友の遺影に花献じたり(『早雪忌』)

 

今日もまた佳き人と逢ひ語らへばわが心静かに満たされてをり

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2017年11月30日 (木)

この頃詠みし歌

 

佳き人に早く逢ひたいと思ひつつ恋歌を讀む我にしありけり

 

一つの仕事なし終ヘし後のくつろぎにチョコレートを一つ口に入れたり

 

父と母の遺影拝みて床に入るが日々の習ひとなりにけるかも

 

年賀状の整理をしつつこの一年逢へざりし友のことを思へり

 

維新以来百五十年の講演を聞きてをり彦根藩邸の跡所にて(憲政記念館『呉竹会』講演会)

 

万延元年江戸幕府崩壊の序章なり大老井伊は桜田門外に斃る

 

議事堂の前を歩めば警官がいぶかしげに我を見つめゐるなり

 

国会正門前に立ちゐる警官が我に今晩はと声かけにけり

 

大いなる人が描きし大いなる霊峰富士の絵を眺めゐる(横山大観画『日出処日本』)

 

二人の友と鍋つつきつつ語らへる晩秋の夜の楽しくもあるか

 

鍋奉行の指示に従ひ食しつつ語らひてをり晩秋の一夜

 

笑顔にて我に真向ふをみなごを人妻ゆゑに我戀ひめやも

 

焦土と化せし七十二年前を思ひつつ今この国の平和を祈る

 

幼児が列なし登校する姿見つつ祈れりこの国の平和

 

今日初めて電車の中で若者に席を譲られ苦笑ひせり

 

有難うとお礼を言へば若者は爽やかな笑みを我に向けたり

 

人と自然への慈しみの心に満ち溢れし玉堂の絵は見事なるかな(『没後六十年記念 川合玉堂ー四季・人々・自然』展)

 

大き自然の景色の中に描かれし人の姿のいとほしきかな()

 

日の本の国の榮を祈りたり新嘗を祝ふみまつりの庭(『新嘗を祝ふ会』)

 

大祓の詞を友らと唱へつつわが日の本の榮を祈る()

 

國汚す者共なべて祓ひ清め大日の本を蘇へらせたまへ()

 

静かなる初冬の午後に枯れ落ち葉踏みつつ歩み御佛を拝がむ

 

父母が護り来たりし観音堂われも日日参り来るなり

 

諏訪の神祀れる宮に七五三の幼児の姿愛らしきかな(日暮里諏方神社)

 

道灌殿の物見の丘に今日立ちて林立するビルを眺めゐるかな

 

仰ぎ見る巨木に命漲りて冬空の下に雄々しくぞ立つ

 

ニャオニャオと鳴き声立ててついて来る猫のいとしも下町の路地

 

人懐こい猫多くゐるを喜びつつ今日も歩めり千駄木谷中

 

大陸に戦ひ戦後を生き抜きて我を育てし父を偲ぶも

 

父母の恩といふ言の葉が幾度もよみがへり来て今日もよみがへりる

 

最早逢ふこと叶はざる人が多くなることのさみしさをかみしめてをり

 

若き友と語らふ夕べ我もまだ老いずに生きんと秘かに思ふ

 

それぞれの表情を持つ人々とすれ違ひつつ街歩み行く

 

当たり前のことを歌に詠むこともわが魂のなぐさめとする

 

亡き父ともっと語らひてゐれば良かりしと今さら悔いても詮方もなし

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2017年11月17日 (金)

この頃詠みし歌

 

行く秋を惜しむ心で見上げれば老木は小さき青葉付けゐる

 

逝きにし人の名を読みあげる僧の声聴きつつ一人一人の面影偲ぶ(『憂國烈士之碑追善供養之儀』)

 

街角に立ち待ちをれば手を振りて懐かしき人が我に近づく

 

天地の恵みに生かされる喜びを大空仰ぎ身に沁みて思ふ

 

銀座四丁目に照りゐし半月今はまた上野広小路の上に照りゐる

 

街の中に鎮まりませる神やしろ夕闇の中に参るかしこさ(東京大神宮)

 

富士見町の道を歩めば懐かしき毛呂清輝氏の面影浮かぶ

 

富士見町の古きビルにて教へを受けし毛呂先生を偲ぶ夕暮

 

久しぶりに来たりし街に酔ひにける若者たちの声朗らなり

 

過ぎ去りし時を思へり今宵また月は夜空に煌々として

 

明るき乙女國憂ひて立つ時に友ら集ひて拍手を贈る(『赤尾由美さんを励ます會』)

 

区役所の最上階に愛國の士ら集ひ来し秋の夜楽し()

 

小學校中學校で『君が代』を歌ひし記憶なきが口惜しき

 

日教組の偏向教育受けし我 尊皇愛國の論を唱ふる

 

美しき人の面影目に浮かぶわが恋心未だ衰へず

 

夕暮の寺町歩めば知り人とすれ違ひたり挨拶もなく

 

床屋にて耳を切りますかと言はるれど耳なし芳一になりたくはなし

 

耳の中の毛を切りますかといふ意味と言はれて安堵す行きつけの床屋

 

上野山の美術館にて仰ぎ見し『日出処日本』に胸迫りくる(『東京藝術大學創立百三十周年記念特別展 皇室の彩』にて)

 

大観と光雲こそは日の本の近代美術の大いなる二人()

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2017年11月13日 (月)

この頃詠みし歌

佳き人の便りの言葉有難くわが胸の内に深く刻まむ

 

神の前に座して祈ればおのづから新しき力湧きて来るなり

 

提灯は並びてをれど雨の降る祭りの夜は静かなりけり

 

担ぎ手は雨に濡れつつ歩みをり嵐近づく根津の祭礼

 

佳き人の便りの言葉有難くわが胸の内に深く刻まむ

 

神の前に座して祈ればおのづから新しき力湧きて来るなり

 

やまと歌のことを語れるわが声は初秋の夜の部屋に響けり

 

友ら集ふ熱海の夜に熱唱す「元禄名槍譜俵星玄蕃」

 

七十歳になりても高らかに熱唱す高校時代に憶へたる歌

 

重き身を支へる我の足二本恙なくあれと歩む日日(にちにち)

 

賑はへる街を一人歩みなばチャイナの言葉の喧しきかな

 

わが家の墓清めつつ安らかに眠りたまへとただに祈れり

 

古来稀なる年齢となれど我はしも日の本の國に生きてゆくなり

 

秋の日の青山霊園の墓前祭自決せし人の御霊を慎み拝す(清水澄博士墓前祭)

 

志篤き人々集ひ来て清水澄博士の御霊拝ろがむ()

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2017年10月29日 (日)

この頃詠みし歌

 

 

遠き日の和歌の浦への旅思ひ出す 山部赤人の歌を讀みつつ

 

夕空を 鳴きゆく鳥に何処へ行くかと心の中で問ひかけにけり

 

解禁となりたるといふ牡蠣を食す何があっても季節は巡る

 

贈られし松茸を食しこの国の自然の恵みの有難さを思ふ

 

置き忘れし老眼鏡を探し回る天下国家を論じゐる我

 

若き友に二人目の子が生()れしてふめでたき事を聞きてうれしき

 

父と子が同じ学問の道を行く姿尊き今日の会合(憲法懇話会)

 

佳き友が集へる今宵皆共に憲法のことなど語らひてをり()

 

何時もの道を何時ものやうに歩み行くことの嬉しも健やかなる日々

 

健やかな体に恵まれし喜びを父母(ふぼ)の御霊に感謝しまつる

 

佳き友の笑顔を見てはやすらぎぬ秋の雨しとしとと降る寒き夜

 

漸くに雨止みたれば傘を持たず街に出にけり煙草買はむと

 

秋の長雨続きいゐる夜窓を伝ふ雨だれを見て晴れやらぬ心

 

我が力湧き出るを感ず怒りの念沸々と湧くその時にこそ

 

何となく疎遠となりたる人の顔浮かび来てややにさみしき心

 

九頭竜といふ酒呑みて談笑す寒き夕べのカウンター席

 

水たまり避けつつ歩む雨の夜人生のまさにかくの如きか

 

喧噪の原宿駅前より入り来れば神宮の森に清き雨降る(明治神宮参拝)

 

緑濃き道眺めつつ歩み行く都の真中の清らけき道()

 

外つ國人が多く歩める神宮の参道を行く日本人我()

 

幼馴染みが座りゐる前の投票箱に一票を投じ帰り来にけり

 

独裁国家の手先の共産社民をばリベラルといふこの愚かさよ

 

愚かさにあらず情報操作なり偏向メディア許さざるべし

 

自民勝利は当たり前なりこの国を任すに足りる野党無ければ

 

この国の民は賢し愚かなる者等に政権を委ねることなし

 

疲れたる顔をせし都知事が元気なく語りゐる姿あはれなりけり

 

右でも左でもないといふ立憲は共産社民と縁を切るべし

 

選挙終り台風も去りて東京の大空は青く晴れわたりたり

 

偏向メディア亡国野党が攻撃をするとも自民党政権倒れざりけり

 

安倍政権が憎くてならぬか狂へる如く攻撃をする朝日新聞

 

古き樹木いまだ命は絶えざりき青葉を少しつけてゐるなり

 

昼食を抜く生活を送り始め三キロ痩せしことを喜ぶ

 

午後三時が一番腹が鳴る時刻それが過ぎれば夕食待つのみ

 

戦ひの道を歩めるわが友はややに白髪増えにけるかも(博友会)

 

自らの信念貫く友どちが静かに語る今日の会合()

 

丘の上の高校に通ひし遠き日を思ひ出すなり富士ケ嶺秩父

 

丘の上の運動場でサッカーをせし思ひ出に砂塵舞ひゐる

 

今日もまた共に語らひ酌み交はせし友と握手し別れ来にけり

 

軽き言葉発せし時は自らの心の動きを深く慎む

 

見上げれば秋の青空広らなり

 

國のため身を捧げたるもののふの御墓辺に立つ晴れし秋の日(来島恒喜氏墓所)

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2017年10月23日 (月)

今日詠みし歌

 

自民勝利 当たり前なり この国を 任すに足りる 野党なければ

 

疲れたる 顔をせし都知事が 元気なく 語りゐる姿 あはれなりけり

 

右でも 左でもないと いふ立憲は 共産社民と 縁を切るべし

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