2018年4月 9日 (月)

この頃詠みし歌

兄と叔父を殺せし男宗主国に行きて愛想を振りまきてゐる

 

我が髪を整へてくれる理髪師が我と同年であれば親しも

 

新芽吹く銀杏の巨木を仰ぎつつ我の命も燃え立たんとす

 

白き花瓶に白き薔薇あり春の朝

 

独善と自尊の心とは違ふぞと繰り返し自らに言ひ聞かせゐる

 

後水尾帝の力強き宸翰を拝しつつ朝廷圧迫の幕府を厭ふ(『寛永の雅 江戸の宮廷文化戸遠州・仁清・探幽』展参観)

 

忍の一字は強き御意志の発露なり 後水尾帝の宸翰謹しみて拝す()

 

ベートーベンの曲に励まされ掃除する春の朝(あした)の爽やかさかな

 

次第々々に新緑の葉が大きくなる銀杏の街路樹の命尊し

 

うら若き乙女が運び来たりけるうどんを食せば心楽しき

 

四月といふ明るき季節に今日もまた街を歩けば心楽しき

 

もっと父と語らひの時を持てば良かりしと思へど詮無し逝きたまひければ

 

咲き満ちし桜の花も散り果ててまた来年も咲き盛るを待つ

 

この国の季節の移りの美しさ春は桜木秋は紅葉

 

明るくも楽しく生きたまひしわが母を思ひ出すなり思ひ出すなり

 

懐かしき母の面影今日もまた浮かび来たりて悲しみの増す

 

新緑がややに増え来し春四月我も新たなる命を生きむ

 

明日もまた仕事に精出し過ごさむと思ひて寝床に入り行くなり

 

散り果てし桜の樹には若葉萌え命を誇るごとくに光る

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2018年3月30日 (金)

この頃詠みし歌

 

安倍総理よ辞めてくれるな耐えに耐えてこの難局を乗り越えてくれ

 

改竄も忖度もそんなことはどうでもいい亡国野党は滅びざるべからず

 

国会前で蠢く輩汚らはしき地獄の亡者のごとくに見ゆる

 

ともかくも今の野党に政権を握らせてはならぬと強く思ふも

 

わが叫びわが思ひをば表白すやまと歌にはなるもならぬも

 

憶良の歌讀みつつ思ふますらをは名をし立つべしとふるひ立つなり

 

汚れたる世を清め祓はんと立ちしますらをを偲ぶ春の夜

 

温かき春の夕べに遠つ世のますらをの歌をしみじみと讀む

 

街角に友と語らひ友を待つ麹町三丁目に春の風吹く

 

自転車に乗りたる友が来たりけり無事に着きたることのよろしさ

 

朝早く起き出でてビルの背後より出で来し太陽を拝ろがみまつる

 

母に手を引かれて歩む幼子を見つつ思へり亡き母のこと

 

門を閉じしお寺の前を通り行く日暮しの里の夜の静けさ

 

若き日の思ひ出の人は今は亡くその兄君と語り合ひをり

 

春の雨降り続く街に佇みてやがて来るなるバスを待ちをり

 

京の都に幾度か通ひしそのかみを思ひ出すなり春雨の夜

 

日の岡と百万遍といふ地名懐かしくも思ひ出さるる

 

若さとは良きものなりと思ふなり爽やかに語る青年を見て

 

明るくも語る青年の父君は我より年下と聞きて驚く

 

煙草吸ふなといふ世の中なれば自ずからマッチも少なくなりにけるかな

 

友どちの明るき笑顔を見て嬉し憂さ多き世を共に生きれば

 

遠き日の父の面影浮かび来て愈々悲し別れといふは

 

若き日の恋蘇へるこの頃に命の炎燃え立つ如し

 

気恥ずかしき思ひするなり七十を過ぎて相聞の歌を詠むとは

 

志篤き二人の友と共に酒酌み交はす団子坂下

 

菩提寺の先祖の墓を洗ひ清め拝ろがむ時の静かなる心

 

父母と共に来りし菩提寺に父母の墓拝まんと一人来たれり

 

空覆ふ枝垂れ桜を見上げたり日暮しの里の古き御寺で

 

日暮里の古き御寺の花の下弘法大師像拝ろがみまつる

 

多くの人が櫻を愛でつつ歩みゐる谷中霊園春盛りなり

 

光りあまねく御墓辺を照らす春の午後桜の花は咲き盛るなり(金玉均氏墓前祭)

 

上海でむごき最期を遂げにける人の御墓辺に今日集ひたり()

 

韓国の惨き歴史を偲びつつ金玉均氏の御墓辺に立つ()

 

無惨なる最期を遂げし志士の墓に友ら集へる晴れし春の日()

 

天つ日が輝き照らすベランダに立ちて眺むる春の千駄木

 

諏訪台の桜の花を遠望し春来たれるを喜びてをり

 

たまきはるわが命常に燃やしめて生きてゆくなりこの現世(うつしよ)

 

咲き盛る桜の花のたもとにぞ澤正の墓は屹立しゐる(谷中霊園)

 

櫻の花咲き満ちる苑に眠りゐる人々の御霊やすらへる如し()

 

慶喜公の御墓辺に来てこの国の大き維新の歴史を偲ぶ

 

徳川慶喜謹慎の建物に咲き盛る桜の花に歴史を偲ぶ

 

夕つ方根津の谷への下り来て酒房にやすらふひと時ぞ良し

 

父母(ちちはは)の遺影を仰ぎお休みと言ひてベッドに入る日々

 

坂下り神田川のほとりに来りなば満開の桜かがよひてゐる

 

満開の桜並木の下を行き命さきはふわが身なりけり

 

神田川川面に花びら浮かべつつ流れ行くなり春の夕暮れ

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2018年3月13日 (火)

この頃詠みし歌

たまきはる命を生きて七十一年いよいよ強く生きたしと思ふ

 

ものを書かむと机に向かふ時にしも列車の音が風に乗り来る

 

静かなる夕べの神域に入りゆきて神を拝ろがむ時のかしこさ(根津神社参拝)

 

古き町の小さき教會昔のままの姿なりけることのよろしさ

 

家出でて夕暮の町を歩み行く 目指すは何時もの居酒屋一軒

 

温かきうどんを食するこの夕べ我はともかく大食漢にて

 

昇り来し中坂の上の神苑に白梅薫る湯島天神

 

白梅の咲き薫る庭を経巡りて春の来たるを喜びてをり

 

天満宮人満ち溢れ春来たる

 

女坂下り行きつつ梅めでる

 

やはらかき春の陽射しを身に浴びて四方(よも)を眺むる屋上庭園

 

やはらかき春の陽射しの中に立ちいよゝ目覚める新しき戀

 

切れ味の悪き鋏と格闘し袋切り裂く朝(あした)なりけり

 

父の故郷徳島眉山を訪ねし日の晴れわたる空今も忘れず

 

父の友と共に食せし名物の菓子の名前は忘れたりけり

 

鳴門の海見晴るかすホテルで父と共に食せし鯛の刺身懐かし

 

あの頃の父はまだまだ健やかに故郷(ふるさと)の友と語らひてをり

 

覚悟して暗き川にぞ入り行きし人の魂天に昇れり

 

守護靈の導きたまふを祈りつつ静かなる夜をもの書きてゐる

 

雨風の激しき夕べ買ひ物に出で来し道にたたら踏みたり

 

ひねもすをやまと歌のこと書き過ごす春の嵐の吹くを聞きつつ

 

春雨の降り続く日は家に籠りひたすらものを書き続けたり

 

青年の如くに生きんと自らに言ひ聞かせたり鏡を見つつ

 

一日を恙なく過ごせし喜びを神に感謝に床に就きたり

 

(えにし)ある人々集ひ逝きませる小田村先生に花捧げたり(故小田村四郎先生告別式)

 

小雨降る町を歩みて佳き人の告別式會場に着きにけるかも()

 

またお一人昭和の御代のみいくさ戦ひし方が世を去りたまふ()

 

多くの人が参り来たれど告別の式てふものは悲しかりけり()

 

幼き日の父母との思ひ出よみがへり涙さしぐむ我にしありけり

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この頃詠みし歌

混迷の政治状況を見据えつつ亡国野党滅びよと思ふ

 

改竄も忖度もそんなことどうでもよく亡国野党は滅びるが良し

 

安倍さんよ辞めてくれるな耐えに耐えこの難局を乗り越えてくれ

 

テレビ朝日朝日新聞はこの世より無くなることを祈る日々(にちにち)

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2018年2月28日 (水)

この頃詠みし歌

 

興味なき冬季五輪のニュースばかり流れるテレビに辟易したり

 

偏屈と言はるるも良し たかが運動会何故(なにゆゑ)こんなに大騒ぎする

 

どんどんと高きビル立つ皇居前 丸の内マンハッタン計画すでに成就す

 

大皇居(おほみかど)見おろすピルの林立に憤りの思ひとどめ難しも

 

何時の間にか三菱地所のせしことを許し難しと思ふこの頃

 

甥っ子が生きゐる姿に頑張れよと常に励ます子の無き我は

 

鋭き眼(まなこ)の人多ければ寒々し大手町地下街の雑踏を行き

 

急ぎ足で行き交ふ人々の中を行くゆっくりと行く大手町地下街

 

神宮の森に入れば千早振る神の御稜威につつまれる思ひ

 

剣道の稽古してゐる幼児(をさなご)の姿たのもしき神宮の森

 

君を崇め夷(えみし)攘へと詠みたまふ松陰先生のみ歌尊し

 

寒き宵に弓張月がかそけくも浮かびゐるなる千駄木の空

 

月見れば常に心は鎮まりぬ荒々しく時は過ぎて行くとも

 

父母(ちちはは)の深きみ愛をかがふりて長き歳月我は生き来し

 

自らの力は限りあるものを神の護りと恵みを祈る

 

年年歳歳人同じからずといふ言葉悲しく切なく浮かび来るなり

 

米印豪と手を組み支那に対せよといふ論議否定し難し

 

冬の日は高く昇らず西方に傾きてゆくことのさみしさ

 

歳月はとどまることはなけれとも中天の月煌々と照る

 

わが筆はさらさらと鳴る 心込め文(ふみ)書きてゐる夜のしじまに

 

魂の燃え上がる時煌々と天上に照る月のさやけし

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2018年2月17日 (土)

この頃詠みし歌

一本の原稿書き終へやすらへる時に一本の煙草吸ひたり

 

母を亡くせし友と二人で酒酌めば語り合ふことの多き夜なり

 

父母(ふぼ)の遺影のやさしき笑みを朝晩に仰げば心やすらぎにけり

 

時は過ぎ世は移ろへどわが道をただ素直にぞ歩みゆくべし

 

知り人とすれ違ひたれどお互ひに知らぬ顔せし地下鉄ホーム

 

老俳優夫妻が仲良く茶房より出で来るを見し昼下がりの銀座(坂田藤十郎・扇千景夫妻)

 

人間國宝と参議院議長が連れ立ちて歩む姿の好ましきかな()

 

戦ひの日々なればなほわが情念燃え立たしめて生きねばならず

 

逝きませる父母(ちちはは)を思ふわが心歳月を経ていよゝ深まる

 

今宵また酒房へと急ぐわが足は文字通り浮き足立ちにけり

 

三輪山の神のことなど書きてゐる夜は静かに静かに更けてゆくなり

 

三輪山の神のことなど學びつつ日の本の國は神の國と信ず

 

一心にもの書き続けし一日に満足をして眠りにつかむ

 

叔父と兄を殺せし男の妹と握手し喜ぶ韓國大統領

 

北も南もどうしようもない國ならば善隣友好などある筈もなし

 

天地の神が護らすわが國は苦難乗り越え永久に栄える

 

日の本の民とし生きる喜びに今日の青空澄みわたりたり

 

「東京行進曲」今も続けり あなた地下鉄私はバスで帰路に着きたり

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2018年2月 6日 (火)

この頃詠みし歌

 

 

移り行く季節と共に生きる我 肉体も心も恙なくあれ

 

會者定離人生別離足るといふ言葉この頃頻りにわが胸に浮かぶ

 

杖つきて散歩してゐし老人の姿に会はぬこの頃さみし

 

お互ひに自らの意志を示さざる二人の会話を酒が取り持つ

 

進駐軍磨きといふは見事なりわが履く靴はピカピカとなる

 

無くなりし三信ビルの思ひ出を靴磨き屋さんと語らひてゐる

 

入水してこの世を去りし人のこと偲びつつ人麿のことを思へり(西部邁氏逝去)

 

意志強き人なりしかな多摩川に身を投じたる西部邁氏()

 

雪降りて静かなる街となりにけり人も車も音立てず行く

 

雪止みて朝日照れれば家々の屋根はきらきらと白く輝く

 

肉体と精神を強くあらしめて生きてゆくよりすべなかるべし

 

蝋燭に火をつけ仏壇を拝むこと 今日のひと日のけじめなりけり

 

(もだ)しつつ酒酌みてゐし青年が突如饒舌となりて驚く

 

消え残る雪を避けつつ道歩む滑らぬやうに転ばぬやうに

 

汪兆銘陳公博を忘れるなかれとしきりに思ふ今宵なりけり

 

なべての人の心慰むる如くにも満月は中天に煌々と照る

 

博物館の展示物とは思はずに仁和寺の御仏を拝がみまつる(『特別展 仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―』参観)

 

御仏のあまた並べる博物館今此処このまま極楽浄土か()

 

昨日の夜は月食なりしと聞きし時見ざりしことを悲しみにけり

 

空を仰ぎ欠けてゐなければ今日は中止かと家に籠りしことの口惜しさ

 

父母(ちちはは)の眠るみ墓辺を覆ひたる雪を除きぬうかららと共に

 

父母の眠れる墓所に子も孫も曾孫も来たりて拝ろがみにけり

 

わが父とわが母が眠る墓所(はかどころ)拝みてやすらふわが心かな

 

雪を踏み先祖の眠る墓に向かふ節分の日のやすらけき心

 

己が主張譲らざりければなほさらに喉(のみど)渇きてコーヒーを啜る

 

朝夕に手を合はせ祈ることをしもやすらぎとして日々を過ごせる

 

雲の合間に見え隠れする月影を仰ぎて今日も家路を急ぐ

 

雲間より月影現はれ街を照らすことのよろしも混濁の夜に

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2018年1月17日 (水)

この頃詠みし歌

おほつもごり美味し美味しと蕎麦食す

 

多くの人が参り来にける籠神社我もはるばると参り来にけり

 

海岸をひた走りくバスに乗り丹後の國で新春を祝ふ

 

限りなく打ち寄せる波この浜の彼方に常世のあるを信ぜん

 

浦島太郎の祭れる宮の宮司殿講談師の如く滔々と語る

 

初詣の賑はひの中に我もゐて新しき年を生きゆかんとす

 

車窓より見ゆる満月どこまでもわが乗る列車について来るなり 

 

煌々と照る満月を車窓より眺めつつ行く旅は楽しき

 

日々をたゞ自らを励まし生きてゆく吾を守らせ天地の神

 

友の声健やかにしも聞こえきてあな嬉しもよ新春の電話

 

晴れわたる新春の空 日の本の永久の平和を祝す如くに

 

久方の天に照り映える満月の光わが身にしんしんと降る

 

満月の隅無き光に照らされてベランダに立つ時のすがしさ

 

雨止みて空は明るく晴れわたりあな嬉しくも洗濯物干す

 

西の空に日の沈む見ゆ眩しくも朱色に光るその姿はや

 

渡辺はま子逝きて幾歳(いくとせ)今日も聴くサンフランシスコのチャイナタウンを

 

一日を忙しなく過ごせし夜にしも一人もの書くことの楽しさ

 

お互ひにボタンはあると脅し合ふ國の狭間にわが国はある

 

久しぶりに来たりし店のつけめんを美味し美味しと食す喜び

 

裸木となりたる銀杏春を待つ

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2018年1月 4日 (木)

この頃詠みし歌

 

七十二年の歳月経て今もなほ戦(いくさ)に敗れし傷は癒えざり

 

劣化といふ言葉身に沁むわが祖国敗戦の痛手今に続きて

 

幾度も参り行きたる神やしろで禍事起りしことの悲しき

 

中華帝国暴虐朝鮮に対峙するわが日の本は強く雄々しく

 

若き友の明るき笑顔を見て嬉し禍事続く日々なればなほ

 

天津日を仰ぎ見る時ふつふつとわが心身の力湧き来る

 

起き出でて朝日を仰ぐ時にしも命の力甦り来る

 

久しぶりの友の電話で佳き人の訃報告げられ悲しみ深し(小田村四郎先生御逝去)

 

靖國の宮居を共に歩みつつ語らひし日の懐かしきかな()

 

風に舞ふ銀杏の黄葉は道に落ち人に踏まれて冬深みゆく

 

散り行ける銀杏の黄葉をさみしみつつまた来年の春を待たなん

 

今日一日(ひとひ)家にこもりて仕事するこの営みを積み重ねゆく

 

若き女性の靴磨き屋に磨かれ靴で歩めば足取り軽し

 

朝な朝な天津祝詞を唱へまつる清(すが)しきつとめに命さきはふ

 

光満つる日の本の国の民と生き天地の神々を拝ろがみまつる

 

暗き坂道下り来たれば酒房並ぶ根津の谷へと行き着きにけり

 

戦争にもならず徴兵制にもならぬなり平和安全法制成立して二年

 

亡国野党偏向メディアの悪宣伝この国を覆ひゐること厭はしき

 

昔の乙女が腰が痛いと嘆きつつ若き日のことを語りゐるなり

 

邪魔者は親族と言へども皆殺す若き独裁者未だ滅びず

 

遠き世の帝のみ歌讀みにつつわが日の本の歴史を偲ぶ(崇徳上皇御製集)

 

讃岐の地で神あがりまししすめろぎの悲しき御歌を畏みて読む()

 

友どちと酒酌み交はし過ごす冬の夜は心に沁みて楽しかりけり

 

忙しなき歳末の夕べに参り来し根津の宮居は静かなりけり

 

お札納めに参り来りし根津の宮灯りに照らされ赤く浮かべり

 

朱色なる社殿は灯りに照らされてほのかに浮かぶ美しさかな

 

若き友と語らへる時四十年前の若き我がよみがへり来る

 

老婦人が二度と見ることなしとつぶやきて天橋立を眺めゐるなり

 

多くの人が参り来にける籠神社我もはるばると参り来にけり

 

煌々と照る満月を車窓より眺めつつ行く旅は楽しき

 

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2017年12月12日 (火)

この頃詠みし歌

 

日日(にちにち)をやまと歌をば詠み継ぎてわが心常に新たなるかも

 

母の使ひし湯上りタオルを懐かしみ大切にして我も使ひゐる

 

マッチといふ物が少なくなりにける禁煙時代は今盛りなり

 

煙草をば一日三本しか吸はぬこと決めて過ごせばやや太りたり

 

わが母と上野寛永寺に参りし日 昨日の如くに思ひ出さるゝ

 

生きてゐませし父母の面影 永久(とことは)にわが眼裏に浮かび来るかな

 

稻祭るわが日の本の道こそは世界平和の礎となれ

 

高天原より天降り来し稲の穂を命の糧とする畏さよ

 

品格だの忖度だのといふ言葉 飛び交ひてゐる混迷の国

 

若き日に語らひにける歌人(うたびと)がこの世を去りしと聞きて悲しき

 

主義主張我と異なれど人柄の良き人なりき岩田正氏

 

久しぶりに見に来たりける書道展わが国の文化は滅びずにあり

 

怒りの念沸々と湧く今宵なり深き祈りで魂(たま)を鎮めむ

 

力無き歌を詠むことを拒絶してわが魂の雄叫びをこそ

 

蕎麦食し楽しく語らひ帰り来し夜に恐ろしきニュースを見たリ

 

恐ろしき禍事起りし師走の夜テレビ報道を食ひ入るやうに見る

 

人を救ふが宗教といふに争ひの根源となることに悲しき

 

この国を護りたまへと祈りたり護国の英霊のみ前に立ちて

 

國のため命捧げしますらををまつる宮居に今日額づきぬ

 

神ながら魂ちはへませ英霊のみ前に額づきかく唱へたり

 

過ぎし日に共に酒酌み語らひし友の遺影に花献じたり(『早雪忌』)

 

今日もまた佳き人と逢ひ語らへばわが心静かに満たされてをり

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