2017年10月12日 (木)

この頃詠みし歌

母上が護り来たりし小さき御堂に如意輪観世音鎮座まします

 

古き町に七十年を生きて来て町を歩めば知り人多し

 

時計の針が二時を指して今日もまた我の一日(ひとひ)は終らむとする

 

流れゆく雲の間に煌々とまんまる月は光り放てり

 

父と子がバスを待つ姿眺めつつ我に子無きをさみしみてをり

 

たらちねの母の面影浮かび来るこの静か夜を一人過ごせば

 

たらちねの母の面影今日もまたやさしくわれを護りたまへり

 

秋の夜は静かなりけりものを書くわが筆の音さらさらと鳴る

 

亡くなりし人を偲ぶと集ひ来し人々もまた老いにけるかな

 

ビルの上に朱色の半月浮かびをり神秘の世界に誘ふ如く

 

若くして身罷りし友の面影はまだくっきりと眼裏(まなうら)にあり

 

慈しみ深きわが母思ひ出し胸迫りくる日々にしありけり

 

若き日に命を懸けて戦ひし父を思へば胸迫りくる

 

上野山休日の午後は賑はひて幼な児たちの声溢れゐる

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2017年10月 4日 (水)

この頃詠みし歌

幼き日より上り下り來し大給坂の勾配次第に険しくなりゆく

 

秋となり父母の眠れる菩提寺に参り行く日が近づきにけり

 

真言宗智山派信徒のわが家に大日如来像鎮座まします

 

車椅子に乗り行く人が電柱に邪魔されることは何とかならぬか

 

佳き人の便りの言葉有難くわが胸の内に深く刻まむ

 

神の前に座して祈ればおのづから新しき力湧きて来るなり

 

提灯は並びてをれど雨の降る祭りの夜は静かなりけり

 

担ぎ手は雨に濡れつつ歩みをり嵐近づく根津の祭礼

 

高きタワーは雲に隠れて姿無し嵐近づく東京の空

 

佳き母子のことを思へりやまと歌の道歩み行く尊き母子を

 

父の道祖父の道を歩み行く母子の姿は尊かりけり

 

やまと歌のことを語れるわが声は初秋の夜の部屋に響けり

 

友ら集ふ熱海の夜に熱唱す「元禄名槍譜俵星玄蕃」

 

七十歳になりても高らかに熱唱す高校時代に憶へたる歌

 

重き身を支へる我の足二本恙なくあれと歩む日日(にちにち)

 

賑はへる街を一人歩みなばチャイナの言葉の喧しきかな

 

病みし友の前に坐りて語らへる時に命の永久(とことは)を祈る

 

わが家の墓清めつつ安らかに眠りたまへとただに祈れり

 

雨の降る坂道下り老夫婦が営む酒房にたどり着きたり

 

谷中寺町古き床屋の御主人と幼き日のことなど語らひてをり

 

古来稀なる年齢となれど我はしも日の本の國に生きてゆくなり

 

秋の日の青山霊園の墓前祭自決せし人の御霊を慎み拝す(清水清博士墓前祭)

 

志篤き人々集ひ来て清水澄博士の御霊拝ろがむ

 

友の情け身に沁みにつつ丁寧に手紙を書けば心足らひぬ

 

カラスも雀も姿の見えぬこの頃はいよいよ都は無機質となる

 

窓の外にマンション建設のクレーン見ゆ圧迫感といふ言葉そのもの

 

母の押す乳母車に乗る幼子とすれ違ひつつ幸を祈れり

 

道を行く母と子を見ればこの國の永久の平和を祈る心涌く

 

地震といふ恐ろしきものが何時来るかと思ひつつ過ごす日本人我

 

民進党の左翼分子を放逐するが小池と前原の策略なりしか

 

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2017年9月30日 (土)

今日詠みし歌

民進左派を排除すると宣言せし小池百合子は正しい思ふ

 

安保憲法を踏み絵となしてサヨク分子を排除することは正しかりけり

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2017年9月12日 (火)

この頃詠みし歌

上野山の彼方に根岸の町あれど越えて行くことのなき日々過ごす

 

山のあなたに幸ひ住むと言はるれど山越えて行くことのなき日々(ひび)

 

逝きませる父母(ちちはは)の声がよみがへる静かなる夜を一人過ごせば

 

シャワー浴び身を清めたる後にして祝詞唱へる日々(にちにち)の朝

 

他人のこと責めたるをみな今日は何と糾弾の庭に立ちて苦しむ

 

にょっきりと雲の中より顔を出す黄色の満月目にさやかなり

 

政争と醜聞続く日々ながら国会議事堂の姿雄々しき

 

義理の叔父腹違ひの兄を殺せし男ミサイル打ち上げ喜びでゐる

 

わが歌をほめてくれたる人の顔遠き過去より甦り来る

 

祭礼の提灯並ぶ根津の町ほのかなる光り人をなごます

 

下町の祭りの宵は提灯が並び灯れる道のゆかしさ

 

夜の更けに佳き人の面影浮かびきて燃ゆるが如きわが心かも

 

目薬をさして眠らむ今日もまた一日パソコンに向かひ過ごせば

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2017年9月 3日 (日)

この頃詠みし歌

くっきりと三日月浮かぶ夏の空

 

政敵をみな監獄にぶち込みし習近平の笑顔醜し

 

北朝鮮の核には一切抗議せぬ「反核反戦」の欺瞞を厭ふ

 

パソコンが起動するのを待つ時のいら立つ心を如何にとやせむ

 

仰ぎ見る空に月が浮かびゐてとことはの光放ちてぞゐる

 

夏の夕べビール呑みつつ青年と共に語らふひと時ぞ良し

 

青年と思ひてゐしに年齢が四十歳と聞きて驚く

 

雷鳴が轟く夕べ空を覆ふ雲の中より稲妻光る

 

古き町の古き酒房の御主人は三代目にして我と同年

 

國のため命捧げし人々の御霊鎮まる靖國の宮

 

東京を日本全土を焼き尽くせしアメリカの蛮行を忘れざるべし

 

同胞を飢ゑと寒さで殺戮せしロシアの蛮行を忘れざるべし

 

祈り深く日の本の國をしらしめすわが大君のみ姿尊し

 

大君が終戦を迎へたまひたる奥日光の地に今日来たるかも

 

瀧つ瀬を眺めて立てば遠き日の旅甦る幻のごとく

 

昔見たる華厳の瀧は今日もなほ水落続く時間止まりて

 

昔日の旅の思ひ出よみがへる華厳の瀧の前に立ちつつ

 

広くひろがる湖の上に一艘の船浮かびゐて動かざりけり

 

一艘の船が浮かべる湖に夏の雨降る静かなる時

 

湖面には波一つ立たぬ静けさは眺める我の心なごます

 

露天風呂につかりてをれば山の雨静かに降り来る朝(あした)なりけり

 

鶯の声聞こえ来る高原を一人歩めばさやかなるかも

 

高原の道を行きなば木々の命がわれの命をさきはへにけり

 

熊避けの鈴鳴らしつつ行く人と挨拶交はしすれ違ひたり

 

久しぶりに谷水の音を聞きてをり夏の夕べの静けさの中

 

島津伊達の灯篭立ちゐる東照宮 外様大名の屈服の印

 

覇者の驕り勝者の贅をつくしたる東照宮の社殿を仰ぐ

 

食べ物の文句ばかりいふ老婦人 その傍らの夫君はあはれ

 

山男湯に入り来る夏の朝

 

大陸にながく戦ひ帰り来て家族養ひ父は生きたまふ

 

久しぶりに大日論が照り映えて夏の大空すがしかりけり

 

日の本は神の国なり日章旗ひるがへりゐる空清々し

 

日の御旗ひるがへりゐる夏の空

 

雨あがり日のさす朝(あした) 窓ガラス拭き終はりたる後のすがしさ

 

夏の夜はビール飲み干すことが良し美女の前ならなほさらの事

 

部屋中をゴキブリ一匹走り回るゴキブリといふ名のあはれさ背負ひ

 

出で来たるゴキブリを見て幼子の如くに驚く気の弱き我

 

声高に皇室を誹謗する人にこらへかね激情のままに怒鳴りつけたり

 

変節といふ言の葉が浮かび来る土岐善麿の歌を詠みつつ

 

変節といふ言の葉か浮かび来る宮澤俊義の憲法論読み

 

今もまだ生きゐます如き父母の動画を見ては涙さしぐむ

 

ベランダで迎へ火を焚く父母の動画を見つつ手を合はせをり

 

佳き人の歌集を詠みて言霊の清らかさをぞしみじみと思ふ(福永眞由美さま歌集『花吹雪』)

 

息子の如き思ひするなる二人の甥 今日も元気で過ごしゐるなり

 

健やかになりたる友が傍らに座して酒酌むことのよろしさ

 

怒りやすきわが性(さが)何とかならぬかと思ひつつ一人酒を呑みをり

 

改修工事転居入居繰り返される築三十年のわが住むマンション

 

ローンをば払ひ終はれば老朽化激しくなりぬわが住むマンション

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2017年8月10日 (木)

この頃詠みし歌

肉体の衰へ知らず生きて行け生きて行けとぞ自()に言ひ聞かす

 

再びは逢ひ得ぬ友の多ければ人との縁(えにし)のはかなさを思ふ

 

エレベーターで何時も会ひたる老婦人 施設に移りしと聞くはさみしき

 

今日もまた参り来たりし観音堂 鬱蒼として夏の葉繁る

 

父母を思ひ出しつつ参拝す 父母が守り来し小さき御堂を

 

赤き薔薇萎れて醜くなりにけり買ひ求めしより三日目にして

 

道に逢ふ笑顔の幼子これからの生き行く道の幸を祈れり

 

おいしい物を贈りくれたる友の顔 菩薩の如く浮かび来るかも

 

久しぶりに電話にて聞く友の声 明るく弾むその声ぞ良し

 

夏の日の夕暮れ時を歩み行く何時もと同じ街眺めつつ

 

挨拶を交はす人も今日は無く夕暮時の街を歩めり

 

とてもとても和歌とはいへぬしろものを讀むに堪へがたき『角川短歌』

 

一日の務めはたして夜の更けに机に向かひ日記つけゐる

 

今日もまた恙なく過ごせば父母(ちちはは)の遺影に向かひ手を合はせたり

 

われをしも護りたまへる父母(ちちはは)の御霊に向かひ経誦するかも

 

大いなる神の御手に護られて日日(にちにち)過ごす有難さかな

 

明日もまた酷暑の中で仕事して佳き一日を過ごさんと思ふ

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2017年8月 1日 (火)

この頃詠みし歌

 

朝の光身に浴びにつつベランダで窓拭きをれば心清々し

 

迎へ火を焚きゐる夫婦の姿眺め谷中寺町の夕暮れを行く

 

汗拭ひ部屋の掃除をする時は自づからにわが身も清まる思ひ

 

何時も来る美術館より見ゆるなる桜田門の歴史を偲ぶ(桜田門外の変)

 

討ち取られし直弼の首 日本の維新変革の始まりの時()

 

水戸藩士宗家の大番頭討ち取りて尊皇の大義貫きにけり()

 

灯台の下の岸壁に腰下ろし海眺めつつお握りを食す(足摺岬)

 

生命の力は強し夏草は烈日の下に伸びてゆくなり

 

(こぼ)たれし家の跡には夏草が茫々(ばうばう)と生へて命を誇る

 

アメリカ人の父子が楽しげに酒酌みて語らひてをり根津の酒場で

 

ベランダに転がりし雹を頬張ればかき氷の如き味がするなり

 

ベランダに叩きつけられし雹を拾ひ口に入れたり幼子の如く

 

母と二人で相撲中継を見てゐたる思ひ出悲し去年の今頃 (大相撲夏場所)

 

相撲を見ることもなくなりし夕つ方一人煙草を燻らしてゐる

 

ニコライの鐘の音聞きつつ信号を待つ時の間の心地良さかな

 

祈り終へ眠りにつかんとする時の静けさの中に我はゐるなり

 

七十年生き来てなほも生きんとす力強くも生きんとするなり

 

夏の夜空飛行機の灯りが進みをり人々を乗せて何処に行くか

 

美辞麗句連ねられゐる憲法の前文を讀むことの空しさ

 

敗戦国の自虐的歴史観と「平和主義」にしがみつく人の多きを嘆く

 

まやかしの「平和主義」にしがみつく輩は侵略国の手先とぞ知れ

 

安全と生存すらも外国にゆだねる國が何処にぞある

 

片山哲が住みゐし家の跡所(あとどころ)ルノアールといふ茶房となりぬ

 

学生時代にボーイをしたる茶房にて今日は静かに書を讀みてゐる

 

はるばると訪ね行きたる町にして道に迷へる子羊われは

 

何時見ても心やすらぐその姿 悲母観音像を今日も仰げり(東京藝大美術館にて)

 

若き夫婦が営む店で焼き鳥を食しつつ呑むチューハイ美味し

 

朧月を見上げてをれば後ろより隣人夫妻が声かけてくる

 

宮柊二氏の歌集を讀みつつ大陸に戦ひし父のことを偲べり

 

自衛隊の制服を着て午前五時に家を出る父を見送りし日々

 

時は経てど母を思ふ心は絶えるなし懐かしきかもその面影は

 

母上の終(つひ)の声を聞き得ずに永久の別れとなりしさみしさ

 

百歳までは生きたまふなりと信じゐし母を思へば胸迫りくる

 

父母(ちちはは)の位牌を清め安置せる日曜の朝の静かなる心

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2017年7月26日 (水)

昨日と今日詠みし歌

この頃詠みし歌

 

出て行けと怒鳴り声あげるバカ議員 お前こそ国会から出て行くが良し

 

醜き顔さらして大声をはりあげる議員の姿見るに堪え難し

 

アメリカよりお押しつけられし『平和憲法』反米主義者が擁護を叫ぶ

 

侵略国家の手先となりてまやかしの『平和憲法』にしがみつく輩

 

声高に『平和』を叫ぶ共産党 支那と北鮮の手先なりけり

 

すぐ隣の暴虐国家に公正と信義があると誰が思ふや

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2017年7月13日 (木)

この頃詠みし歌

忙しなく日々を過ごせど日に二回神仏の前に座するかしこさ

 

鬱蒼と茂れる樹木の中に立つ御堂にゐます尊き御仏

 

今日もまた靖國神社に多くの人が参り来れり梅雨空の下

 

書を讀みつつ夜を過ごせば入り来し虫が頭にとまりゐるなり

 

わが母校の体育館で投票を終へて眺める校歌の掲示

 

久しぶりに来たりし母校で口ずさむ校歌の歌詞の懐かしきかな

 

幼き日に覚えし校歌 七十歳となりても忘れずに口ずさみゐる

 

投票日の夜空の半月 朧なるその姿にぞ心休まる

 

都にぞ住みゐる我はこの何年蛙の声を聞きしことなし

 

部屋の中を飛び回りゐし虫一匹 朝が来たればむくろとなりぬ

 

ただただに一人の世界にひたるべし人多く乗りし地下鉄車内

 

眼つむりて静かなる心にならんとす地下走り行く電車の中で

 

神々しき光放ちて冴えかえるまんまる月を仰ぎ見るかな

 

憂きことを忘れんとして仰ぎ見るまんまる月はさやかなりけり

 

炎天の昼間は過ぎて夜の空に冴えかえるなるまんまるの月

 

朱色なる光りを放つ満月はスカイツリーの横にくっきりと浮かぶ

 

シャワー浴び身を清めたる後にして神棚拝ろがむ時清々し

 

母子二人われを見送る夕つ方 とこしなへに幸多かれと祈る

 

為すべき事為し終へし後のくつろぎに一本の煙草吸ひにけるかも

 

今日もまた為すべき事を為し終へて眠らんとすることの嬉しさ

 

常にして我を守らす神仏に手を合はせたり就寝の前

 

もののふの道を論ずる時あれど剣太刀をば振りしことなし

 

わが父より与へられたる木刀は昭和一新刀と名付けられをり  

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2017年6月30日 (金)

この頃詠みし歌

 

 

あれほどに明るく健やかなりし母 誤嚥が死をば招きし悔しさ

 

もっともっと多くのことを語らひて父母と過ごせば良かりしものを

 

父母の写真仰ぎ見て今日の生活が終らんとする静かなる時

 

父母(ちちはは)はわが誦する般若心経 心安らかに聴きてをはすか

 

長き日々ベッドに横たはりゐし父母(ちちはは)を思へば悲しみ甦り来る

 

            〇

 

机の中の要らない物を捨てにつつ過ぎ去りし日々を思ひ出しをり

 

昨日も今日もうまき牛肉食しつつ ダイエットといふ言葉かみしめる

 

醜き顔のをみながが怒鳴り声あげる国会審議見るにうとまし

 

みっともない顔をさらすなとがなり立てる女性議員を見つつ思へり

 

子を持たぬ我故なほに街で会ふ幼児(をさなご)たちをいとしと思ふ

 

シュプレヒコールがなり立てゐる人々を避けて歩めり議員会館前

 

路地を歩みあじさいの花に出逢ひたり今日のひと日の喜びとして

 

激しき言葉発する時はわが口より火焔吹き出でるごとくに思ふ

 

原稿を書き終へしばしくつろげる夜は静かに更けてゆくなり

 

下駄履きて街を歩けば身は軽く心も軽く思ほゆるかな

 

ものを書くといふ言葉は使ひ得ず ただ一日をキー叩きゐる

 

頭上より雀の鳴き声聞こえ来て命あるものの尊さを知る

 

金色の大日如来と白色の観音像の並び立つ仏壇の前に幸を祈れり

 

吸殻のたまりたる灰皿を見つめつつ今日のひと日を顧みるなり

 

本に挟まれし写し絵を見て遠き日に元気でゐたる友を偲べり

 

日々(にちにち)の暮らしに悔いが多ければ昇り来る太陽に身をさらすなり

 

佳き友に囲まれて語るこの夕べ梅雨の日ながらさやかなるかな

 

三十一文字(みそひともじ)に我の心を訴へて止まぬ日日(にちにち)力新たなり

 

逢ひ得ざりし人の短歌を讀みにつつ遥か吉野の山河を思ふ

 

朝刊がポストに入れられる音を聞き今日の仕事は終はらむとする

 

時を惜しみ仕事してをればあせるなともう一人の自分が言ひ聞かせゐる

 

あまりにも激しき感情を持つ時は詠まんとすれど歌にはならず

 

迷ひ迷ひてたどり着きたる店に入り冷たきビールを呑み干しにけリ

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