2020年4月22日 (水)

正しき国家観に回帰し、日本国を道義国家として新生せしめねばならない


多くの人々にとってすでにご理解の事と思うが、国家について少し書いてみたい。

国家には本来、道義的正統性がなければない。しかし今日の世界には道義的正統性を継承し保持していない国家があることも事実である。しかしだからと言って、国家を否定することはできない。むしろ、国家の悪しき側面をできる限り抑制することが大切になってくるのである。そのためには国家はただ人間の共同生活を営むための装置・権力機構であるという考え方を持たないことが大切だと思う。

 人間が共同生活を営む国家という共同体には、「精神的共同体」という側面と「利益共同体」という側面がある。「精神共同体」とは共同生活を営む人間がお互いにいたわり合い助け合い愛し合い信じ合うという精神的「結び」によって成立する共同体と言っていい。一方、「利益共同体」とは人間が物質的・経済的な利益を共同して獲得し分配する共同体と言っていい。

 人間自身にも、精神的なやすらぎや信頼や安穏や道義精神を追い求める側面とともに、物質的利益や肉体的快楽を追い求め悪事を行う側面があるのと同じである。

 また、人間というものは残念ながらお互いに愛し合い信じ合い協力し合うだけではなく、他人より優位に立ちたがり、他者を憎み闘争し果ては殺し合うこともある。

 憎悪や闘争を抑制しつつ国家という共同体を秩序あるものとして成り立たせるには、強制力を持った権力機構が必要になって来る。

 ただし、この権力機構もその存立の基本をただ「力」に置くだけでなく、道義的正統性というものがなければならない。それは国家の尊厳性と言い換えてもいい。それがないとただ国家は国民と対立する暴力機構と化してしまうおそれがある。

 ともかく、国家も人間と同様に、できる限り利益追求のみに走らず、共同の道義精神に基づく立国(国の成立)につとめるべきである。そして、ただ利益のみを追求する営利至上主義国家ではなく道義国家の確立を目指さなければならない。

また力によって国民抑圧するだけの権力国家であってはならない。国家とは単なる力の支配装置ではなく、その基礎にはその国に生きる国民が等しく正しいと信ずる価値・精神的道統というものがなければならない。

 「くに(国)」という言葉がある。「国のために尽くす」とか「国を愛する」という場合の「国」とは、「精神共同体」=道義国家たる「国」である。
一方、「国に税金を取られる」とか「国に対して訴訟を起こす」という場合は「権力機構」としての「国」である。

 今日この「国」という言葉が非常に混乱して使われている。「大して国民のためにもならないのに沢山の税金を取るような国を愛することは出来ないし、そんな国に尽くすことは出来ない」という考えを持つ人がいる。

 我々国民が愛するべき国、尽くすべき国とは、単なる権力機構でもないし利益共同社会でもない。信頼と正義と愛と真心によって結ばれた精神的道義的共同体なのである。

 日本国民は道義感覚が優れていると思う。しかし、愛国心を喪失し、自分さえ良ければ他人はどうなってもいいなどという利己的な精神に冒されているように見える人がいることも事実である。

 幾億人と存在する人間というものにもそれぞれ個性があるように、国家というものも、世界の多くの国々にはそれぞれに個性があり特殊性がある。

 日本という国には民族的個性がある。と言うよりもむしろ民族的個性を離れて国家は存立し得ない。日本という国そして日本人という民族の主体的歴史性、風土、信仰精神の意義を正しく把握してこそ、正しき国家観を持つことができるとおもう。

 人間の道義精神・道義に則った生活の実現も、そして道義国家・人倫国家の回復も、抽象的な「人類普遍の原理」などによって実現し得るものではない。それは今日の日本を見れば明らかである。道義精神は、それぞれの国の歴史伝統・民族信仰の中から培われるものである。

 倫理・道義とか信仰精神というものは、それぞれの民族精神としてのみ表現されてきている。民族的歴史性・個性を通して表現されない「人類普遍の原理」などというものはあり得ない。たとえあると錯覚しても、それは抽象的な観念に過ぎない。

その意味において「人類普遍の原理」だなどと言って欧米民主主義思想を基本原理としている「現行占領憲法」は無国籍憲法なのである。そもそも道義精神や政治思想には「人類普遍の原理」などというものはあり得ない。 

 宗教上の神や仏もそれぞれの宗教教団やそれぞれの宗教の発生した地域の特殊な個性ある神・仏として信じられてきている。ユダヤ教・キリスト教・回教という一神教ですらそれぞれ個性ある神となっている。仏教も真言宗・日蓮宗・浄土宗・浄土真宗・禅宗等々それぞれ個性ある仏を拝んでいる。

 日本という国家にも日本の長き歴史の中から生まれてきた立国の精神というものがある。

 日本という国は、日本民族の生活と自然環境・風土の中からの生成して来た。日本民族の生活の基本は稲作である。日本人の主食は米である。

 稲作に欠かすことのできない自然が太陽であり大地である。その太陽と大地を神として拝んだ。その太陽の神が天照大神である。また大地の神は国津神として祭られた。また稲穂そのものも神の霊が宿っているものとして尊んだ。

 天照大神をはじめとする天津神・国津神および稲穂の霊をお祭りされ、国民の幸福と五穀の豊饒を祈られる祭り主が、「すめらみこと」即ち日本天皇であらせられる。

 そして天照大神は太陽神であるのみならず、天皇の御祖先であると信じられた。天照大神は「日本国に沢山稲を実らせなさい」という御命令を与えられてその御孫神であられる邇邇藝命を地上に天降らせられた。その邇邇藝命の生みの御子が神武天皇であらせられ、大和橿原の地に都を開きたまい、初代天皇に御即位あそばされた。

 日本国家の存立の精神的中核はこのような信仰精神にあり、日本という国家は天皇を祭祀主とする信仰共同体なのである。ゆえに日本国は天皇国といわれるのである。正しき国家観に回帰し、日本国を道義国家として新生せしめねばならない。

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2020年1月16日 (木)

「人権尊重」を全てに優先させることがかえって人権を蹂躙し人の尊厳性を奪う

 「天賦人権思想」の土台である西洋の國家観は、人民と國家とを対立する存在としてとらえ、國家権力の干渉を出来るだけ排除し、個人の自由を確保することを目指している。たしかに権力によって個人の自由や権利が理不尽に抑圧され蹂躙されることはあってはならない。

しかし、人は余程の例外を除いて一人では生きていけない。人は、多くの人間との関係性・共同生活があってはじめて生存できる。「人」は、自分自身であるとともに他者でもありさらには共同生活を営む場の全体のことでもある。それは「人」という言葉は、「人を馬鹿にするな」と言う場合は自分自身のことであり、「人の物を取る」と言う場合は「他者」のことであり、「人聞きが悪い」と言う場合は世間のことであることによっても分かる。

 人間が人間として生活するためには、多くの人々によって成立する共同体が必要不可欠なのである。したがって共同体としての國家をいたずらに敵視したり、國家を破壊すれば人間が幸福になると考えるのは誤りである。國家は人間の生きる場であり、人間が生きるためになくてはならぬ共同体である。

『現行憲法』第十三条には「すべて國民は、個人として尊重される」と書かれていて、歴史のある共同体の秩序の中に生きてそれを次の世代にのこすという大切なことが無視され書かれていない。

日本の「家」は破壊されつつある。それは相続の問題によく現れている。『現行憲法』には、人権を歴史と傳統および共同体とのつながりで捉えるという思想がきわめて希薄である。それどころか『現行憲法』は、「國家のみならず家族・家庭は人権の敵だ」とする考え方が生まれる土壌となった。そして現実に家庭と國家の崩壊が起こりつつある。

「基本的人権の尊重」という原理によって本当に戦後日本の國民一人一人の人権が尊重され守られて来たかというと決してそうではない。むしろ國民の人権が侵害され、教育は荒廃し、犯罪は増加し、國民の共生が著しく損なわれてきた。

「人権尊重・個の尊重」を全てに優先させることはかえって人権を蹂躙し、個人の尊厳性を奪うことになる。それは、今日のわが國の現象を見れば明らかである。

今日の日本の教育荒廃・家庭崩壊・凶悪犯罪の増加の根本原因は、「自分さえよければ他人はどうなっても構わない」という観念が蔓延しているところにある。これは「個の尊重」「人権尊重」を絶対視して、共同体・家族・家庭と個人との共生を軽視してきた結果である。

「個人の権利」のみを強調する『現行占領憲法』の規定によって、祖先を敬い親に孝行するという日本國民道徳の基本が無視され忘却されている。個としての人間の権利の擁護・尊重の思想がかえって人権のみならず生命の安全すら危殆に瀕せしめる状況を生み出している。

人権尊重の思想によって起ったフランス革命やロシア革命の後、それらの國民の人権が蹂躙されたのと同じである。

人権尊重・人権擁護と國防・治安維持とは全く相対立するものだとして、戦後半世紀以上にわたって、國防や治安維持のための有効な施策が講じられて来なかった。その結果として、北朝鮮による我が國民拉致を未然に防止できなかったという最大の人権侵害の悲劇も起った。また、人権尊重ということを目標として政治運動によって学校長など公教育関係者が自殺に追い込まれるというもっとも悲惨な人権侵害が起こっている。

戦後日本は「國家は人権擁護の敵である」という思想に支配されてきた。そして國家以前に人権があるのだから、人権擁護のためには國家は窮極的には否定されるべきであるという思想が幅をきかして、欲望充足のため権利の濫用、他者の権利や共同体の安全を無視する「自由の濫用」となった。

戦後日本が「國家」という観念を極力否定して来たがゆえに、今日、「國民」という言葉よりも「市民」という言葉が使われることが多い。わが國民に「國民としての意識」がなくなり、國籍不明の「市民という意識」が幅を利かせ、國家に対する責任と義務と奉仕が否定されつつある。「市民」とは、國籍も祖先も歴史も傳統も喪失した人々のことにほかならない。つまり「非國民」である。
 
國民意識の喪失とは歴史と傳統の喪失と同意義である。國民意識は、國の傳統・歴史・形・共通の規範を認識している。傳統・歴史・形・共通の規範(道義精神)の中で人権・自由が真に生かされる。傳統・歴史・形・共通の規範を欠いた裸の人間の権利とは欲望の充足であるに過ぎない。

真に國民の自由と権利を尊重するためには、人権とは何か、人権擁護とは如何なることなのかを、考え直すべきである。國民の自由や権利は尊重されなければならないが、権利の乱用を防止し、他人の権利の尊重・他者との共生や公共の福祉・共同体の維持と正しく調和させなければならない。
 
『現行占領憲法』の履き違えた「平和論」と誤った「人権思想」が、今日の混迷の根本原因である。わが國を弱体化せんとして押し付けられた『亡國憲法』・偏向教育・低俗にして偏向したマスコミの三つが、今日の凄まじいまでの道義道徳の頽廃・人権侵害・人命軽視の元凶である。

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2019年9月23日 (月)

現代日本においても強靱にして自由な日本民族の傳統的な文化感覚を発揮して、危機的状況を打開していかなければならない


笹川良一氏は生前、「世界は一家、人類は兄弟」という標語を宣傳してゐた。そしてその一方で、「戸締り用心、火の用心」といふ標語の宣傳してゐた。世界が一家・人類は兄弟なら戸締りはいらないはずなのだが、さうはいかないといふのが現實なのである。さういふ意味で、『東アジア共同体』『國連中心主義』『友愛の海』などといふ現實離れした考へ方は實に以て危険千万である。

鳩山由紀夫前総理等によっていまだに唱へられてゐる「東アジア共同体論」は、EUが引き金になって、東アジアにおいて構想されてゐる地域共同体構想であり、共産支那を含めた東アジア地域を統合したブロック経済によって、米國、欧州共同体に匹敵する地域連合を成立させようとする概念であった。つまり「日本・韓國・支那とアセアン(東南アジア諸國連合)諸國をメンバーとして経済統合・政治・安全保障・文化的・外交的一体化を進める」といふことのやうである。インド・オーストラリア・ニュージーランド果てはアメリカまで含めるといふ意見もあった。こんな「共同体」建設き不可能であることは自明である。

全世界の國家がさうであるように、東アジアにおいても大陸國家と半島國家・海洋國家とに分けられる。支那は大陸國家であり、朝鮮は半島國家であり、日本や東南アジア各國は海洋國家である。戦争が起こる確率が高いのは、半島國家である。大陸國家・半島國家・海洋國家が「共同体」を形成することはきはめて難しいといふか、不可能に近い。 

日本と支那が「共同体」を形成することは、日本が大陸との関係を今日以上に深めることである。これまでの歴史で、日本が大陸に進出して成功したためしはない。

戦前は、軍事的・政治的に大陸に深入りして、ソ連中共の謀略に引っかかり、泥沼の戦ひとなって日米戦争にまで進み敗北した。戦後は、経済的に深入りして、金と技術をまきあげられ、共産支那を軍事大國にしてしまひ、かへってわが國の安全と独立が脅かされてゐる。

日本が危機的状況に陥ったのは、今が初めてではない言ふまでもない。といふよりも日本の歴史は外圧の危機との戦ひの歴史であった。飛鳥・奈良時代も、江戸時代末期も、今日と同じやうな危機に遭遇した。そしてわが國はその危機を乗り切った。飛鳥・奈良時代にも、儒教や佛教をはじめとした外来文化・文明が怒涛の如く日本に流入してきた。日本は、さうした言はば当時のグローバリズムの波に呑みこまれることなく、たくみに対峙しつつ、日本独自の文化と政治を確立し、自立した國家を作り上げた。そして、平安時代といふ長きにわたる平和の時代を招来せしめた。

日本の歴史の中で長期にわたって続いた平和な時代が二つある。平安時代の三五〇年と江戸時代の二五〇年である。これほど長期にわたって平和を持続させた國家は世界史的にも日本だけであるといふ。その基礎を築いた時代が、飛鳥・奈良時代であった。

また、江戸時代末期にも、同じような危機に際會したが、明治維新を成し遂げ、日本の独立を守り、近代化を遂げた。

つまり、わが國の歴史は、今日で言ふグローバリズムと対峙し、それを克服し、國家民族の独立と栄光を維持し発展させてきた歴史なのである。その最大の要因は、天皇・皇室を祭祀主と仰いで國の統一と安定を確保するといふ強靭なる日本國體精神である。

日本民族がグローバリズムの波に呑みこまれることなく、外来文化・文明を自由に柔軟に受け容れ、自己のものとしさらに発展させた基盤の中核が、天皇・皇室のご存在である。

わが國の建國の精神は、「八紘爲宇」の精神である。これは、世界は色々な民族・國家が連帯し共存する一つの家であるといふ精神である。また近代日本の父と仰がれる明治天皇御精神は、「四海同胞」の精神である。これは、世界の民は兄弟であるといふ精神である。日本は本来的に言葉の真の意味における平和國家である。

日本はその傳統信仰の靈的精神の偉大なる包容力によって、よく他國の宗教・文化・文明を取り入れてそれを融和せしめ洗練して、強靱にして高度な日本文化として開花せしめる力を持ってきたのである。

世界各國各民族にはそれぞれ傳統精神・傳統文化を保持してゐる。世界各國は、各民族の個性・立場・歴史・傳統を尊重し合ひ、真の意味の平和な世界を實現しなければならない。 現代日本においても、この強靱にして自由な日本民族の傳統的な文化感覚を発揮して、危機的状況を打開していかなければならない。日本の伝統的な「祭祀の精神」はそれが可能であると信ずる。

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2019年7月11日 (木)

今こそ山鹿素行の精神を学ぶべきである

元禄十五年十二月十五日未明、赤穂浪士による吉良邸討ち入りが行われた。艱難辛苦を乗り越えて主君の仇を討った行為は、武士の鑑として歴史的に高く評価されてきた。三波春夫氏の「俵星玄蕃」は、赤穂浪士の討ち入りをテーマとした歌である。私は、発売された直後、昭和三十九年の高校時代にこの歌を覚えた。以来、年末になると、忘年会などでよくこの歌を歌わせていただいてきた。

赤穂城にも十年ほど前に高砂市の同志・松本均氏と共に行ったことがある。もちろん、高輪泉岳寺にも数回参詣させていただいた。元禄時代から四百年くらい経過しているのに、今でも、赤穂浪士のことは忘れなれていない。『鉄道唱歌』に「高輪泉岳寺 四十七士の墓所 雪は消えても消えのこる 名は千載の後までも」と歌われている通りである。

「忠臣蔵」とも言われ、芝居や歌や映画にこれほど多く題材になっている事件もめずらしいではないか。それだけ日本人の心情に合う事件だったということであろう。

赤穂藩士に大きな思想的感化を与えた人物は、山鹿素行である。江戸時代において、尊皇思想を鼓吹した人物であり、幕末の勤皇の志士にも大きな影響を与えた。徳川初期の儒学者・兵学者である山鹿素行は、一君万民の正統思想を説き、日本の皇統の正統性と政治の理想が古代において実現されていたと論じた『中朝事実』といふ歴史書を著した。これは日本の特質を儒教思想によって論じているという。「中朝」とは世界の中心に位置する朝廷の意で、日本は神国であり天皇はご子孫であるとの意見が開陳されている。

支那は自国を「中華・中国・中朝」とし、外国をことごとく野蛮な国と断じている。素行は、その「中華・中国・中朝」は実に日本であるとして、書名を『中朝事実』としたのである。つまり山鹿素行は、日本国を支那と同等あるいは上位に置き、国粋思想を支那の学問を借りて論じたのである。

日本民族は今こそ民族の誇りを取り戻さなければならない。正しい國體観と歴史精神を回復しなければならない。

山鹿素行の『中朝事實』は徳川時代初期に著されたもので、「日本は神國なり、天皇は神聖なり」という思想が根幹にあり、後世のいわゆる日本主義思想に大きな影響を与えた。

平泉澄氏は次のように論じている。「山鹿素行先生は…日本こそ他國にすぐれたる國であり、正しく中華といひ、中國といひ、中朝といふべき國であるとして、ここに日本の歴史を述べて、これに題して中朝事實といはれたのであります。…中朝事實こそは、長く外國の學問に耽り、外國の思想に惑ひたる後に、一朝目覺めて日本を發見し、日本の偉大に驚歎し、ここに眞の學問として日本學を樹立組織せんとしたる先哲の偉大なる足跡といふべきであります」(『日本學叢書 中朝事實』解説)と。

山鹿素行は我が日本こそ文化概念としての「中國」であって、支那は「中國」にあらずとの前提に立っている。『中朝事實』には「皇祖高皇産霊尊、遂に皇孫天津彦彦火瓊瓊杵命を立てて、葦原中國の主(きみ)と爲さんと欲(おぼ)す。…是れ、本朝を以て、中國と爲すの謂(いひ)なり」「本朝の 神代、既に 天御中主尊有り、二神(ふたはしらのおほんかみ)國の中の柱(みはしら)を建つれば、則ち、本朝の中國たるや、天地自然の勢なり」と記されている。

共産支那は今日、日本の経済協力によって急速な経済近代化・経済建設が進行したにもかかわらず「恩を仇で返す」という言葉そのままにその経済力をベースに、露骨に軍事力増強の「富國強兵」策を取り、わが国に対して軍事的圧迫、侵略策謀を行っている。

支那共産政権は、「戦前の日本は侵略國家だった。そして日本に軍國主義が復活しつつある」と攻撃しているが、共産支那こそ、アジア最大の侵略國家であり、軍國主義國家である。

これに対して、戦後ずっと「占領憲法」に呪縛され、「富國強兵」とは正反対の政策を採り続けてきたわが國は、「中華帝國」の広域支配下に組み入れられてしまう危険がある。

支那こそ、真の侵略国家であり、他民族蔑視国家である。支那に対する誤れる劣等意識や贖罪意識は払拭し、断固たる姿勢で臨まねばならない。今こそ山鹿素行の精神を学ぶべきである。

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2019年2月25日 (月)

人間は共同體國家を離れては生存することができない

 

「國民」という言葉を使わず「市民」という言葉がよく使う人が多くなった。愛國心が希薄になってきた何よりの証拠である。特に戦後世代の人々は、國家とか民族よりも個人の人權の方がよっぽど大切だと考えているようだ。戦後教育がそういうことを教えてきたのだから当然の成り行きである。

 

戦後教育において、「國家」とは英語のStateの訳語として用いられた。つまり西洋の國家觀に基づいて「國家」というものが教育されてきたのである。Stateとは權力支配組織の意である。この權力支配組織としての國家からの自由を求めるのが近代民主主義であるとされてきた。 

 

「市民」という言葉の根底には、國家と國民とが対立する関係にあるという思想がある。そういう思想を抱いている人は、「國民」という言葉は読んで字の如く「國の民」という意味であり國家の束縛を受けるように感じられるから使いたくないのであろう。

 

國家の束縛を嫌い、國家と國民とは対立すると考えている人の言う「國家」とは權力機構・支配機構のことである。國家の中には階級対立があり、國家主權と國民の人權及び自由とは矛盾し合い、國家權力と國民とは対立し戦わねばならないとする。そしてできるだけ國家權力は制限すべきであるとする。

 

こうした國家觀の根柢に、マルクス・レーニン主義・共産主義の國家觀がある。共産主義者は、「權力國家」はいずれ死滅し、やがて自由で平等な理想社会を作るなどと主張した。しかし、現実には、かつてのソ連や現在の共産支那や北朝鮮などを見ても分かるように、共産主義者が國家權力を掌握した國家ほど國家權力が不断に増大し強大になり、國民の權利を蹂躙し自由を束縛している。それどころか、旧ソ連でも共産支那でも北朝鮮でもむカンボジア何千万という人々が共産党國家權力によって殺戮された。

 

人民の權利を主張し國家を敵視する共産主義思想が、かえって國家權力の暴虐を招いたのである。歴史の皮肉というほかはない。なぜそういうことになったのか。それは西洋的な國家觀・國民觀に誤りがあるからである。とりわけ、國家を國民と対立する權力機構としてとらえ、國家が死滅することによって人間の自由・平等・幸福が実現するなどという思想は空理空論であり、根本的に誤っている。

 

人間の權利・自由は共同體國家の中でこそ守られる。人間は、よほど特殊の場合を除いて、たった一人では生きるなどということはあり得ないし、不可能である。人間は、多くの人々が助け合い、いたわり合ってこそ生きて行ける。つまり人は、人間関係の中にあってこそ、人として生きて行けるのである。

 

多くの人々が助け合って生きている場を共同體という。そうした有機的生命體としての共同體が成長発展したものが國家である。國家があってこそ人間は生きて行けるのである。人間がこの世に生きている以上、共同體國家はなくてはならない存在である。

 

個人の自由や幸福はできるだけ実現されなければならないが、人間は、道義を重んじ、他者を愛しいたわり、他者と協力する心があると共に、道義を忘れ、他者を憎み迫害し、他者と競争する心があるので、しばしば他人の自由や幸福と衝突する。その場合各自の自由や權利そして幸福の追求を調整しなければならない。その役目を果たすのが國家なのである。國家というものを權力機構であるとか、階級支配の道具であるとして一方的にこれを否定し、死滅に追いやろうとするのは不可能である。

 

國家は、國民の道義心を基本として、國民同士の愛と信頼と協力を促進せしめる役割を果たすと共に、國民の道義心の忘却による、憎悪と不信と闘争を抑止する役割を担う。個の尊重とか人間の權利とか自由というものも、共同體國家の中においてこそ守られるのである。

 

つまり、人間は共同體國家と一體であり、人間は共同體國家を離れては生存することができないのである。そしてその共同體は、人間の生活の場であり、人間は文化を創造し、言語や信仰や道義心を持つ。だから、そこに生きている人々の信仰、文化、言語、そしてその共同體が存在する場所・気候・風土によって個性ができる。ゆえに世界に個性を持った共同體國家が多数存在しているのである。

 

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2018年10月31日 (水)

浅薄なる國體論の横行は是正されるべきである

 

最近『国体論 菊と星条旗』(白井聡氏著)、『丸山眞男と戦後日本の国体』(池田信夫氏著)というように「国体」を書名にした著作が刊行されている。白井氏の著書は友人に勧められて讀んだ。池田氏の著書は未読である。白井氏の本は「戦後の国体」「戦前の国体」ということが書かれている。池田氏の著書も書名を見ても分かる通りそういう分け方をしているのであろう。しかし、「國體」には戦前も戦後もない。肇国以来継承されてきた日本国の本来の姿・国柄を「國體」と言うのである。白井・池田両氏は、國體を単に「國家体制」という意味でとらえているのである。

 

三潴信吾氏は、「國體は、我国にあっては、如何なるものであるかといふと、約言すれば、(一)、祭政一致 (二)、萬世一系の天皇の統治 (三)、君民一体 といふことができる。」(『祭祀大権の本質及び統治大権との関係について』)

 

「國體とは、自主的普遍我たる国家の本質が、各国家の成立事実に立脚して各国家毎に、如何様に体現されて居るかといふことであって、各国家の國體の軽重は、その、国家の本質の体現の程度によって判定される。その要点は、国家の自主性、普遍性の確立保障にある。しかして、これを観察し得る最も重要なる中核点は、実に、国家人格の自主表現人たる元首の地位の本質にあり、具象的には、元首定立の態様に於て之を見ることができる。」(『祭祀大権の本質及び統治大権との関係について』)

 

「國體とは、各国家の国柄、品格のことをいふのであって、その国の成立事情によって定まる」「我が国にあっては、皇祖を日の神(天照大神)と仰ぎ、その和魂を継承されつつ、一切の天神地祇、八百万神々を祭り、これといよいよ一心同体たらせ給ふ天皇が、御代々を通じて御一人(一系)として天下を治ろしめすといふ國體を保有してきた」(『國體と政体について』)「政体とは、政治権力の組織制度のことを云ふ。」(國體と政体について)と述べられている。

 

小森義峯氏は、「國體とは、平たくいえば、『くにがら』という意味である。その国をその国たらしめている、その国の根本的性格をいう。」「皇祖天照大神と霊肉共に『万世一系の天皇』を日本国の最高の権威(権力ではない)の座に頂き、君民一体の姿で民族の歴史を展開してきた、という点に日本の国柄の最大の特質がある。」(正統憲法復元改正への道標)と述べておられる。

 

こうした國體観をいかにして今の若者たちに分りやすく説くか、そして納得してもらうかが、今後の課題である。

 

日本天皇と日本国民は対立する権力関係にあるのではない。天皇と国民とは、天皇が民の平安と五穀の豊饒そして世界の平和を祈って行われる祭祀を基とした信仰的一体関係にある。したがって、「天皇を中心とした神の国」と「民の国」とは全く矛盾しないのである。

 

 

日本國體とは、天皇を中心とした精神的信仰的生命的な共同体のことである。単なる「国家の体制」のことではない。「体制」とは、ものの組み立てられた状態という意であり、単に組織、機構、機関、組織、システムのことである。したがって、「国家の体制」とは、無機的な権力機構としての国家組織のあり方即ち統治権力の運用する仕方に関する形式のことである。これは「政体」と表現すべきであって、伝統的な日本國體を「国家の体制」と表現する間は誤りである。國體とは、日本国の国柄・国の本質のことを言う。

 

日本國家の存立の精神的中核は、天神地祇を尊崇し稲穂を大切にする信仰精神であり、日本という國家は<天皇を祭祀主とする信仰共同體>なのである。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。浅薄なる國體論の横行は是正されるべきである。

 

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2018年10月28日 (日)

日本民族の愛国心・ナショナリズムの特質

 

吉本隆明氏は、「『ナショナリズム』というとき、ひとによってさまざまにかげりをこめて語られる。社会学・政治学の範疇では、世界史が資本制にはいってから後に形成された近代国家そのものを単元として、社会や政治の世界的な諸現象をかんがえる立場をさしている。しかし、『ナショナリズム』という言葉が、世界史の尖端におくればせに登場した国家・諸民族によってかんがえられるばあい、民族至上主義・排外主義・民族独立主義・民族的革命主義などの、さまざまなかげりをふくめて語られる。そこでは、すでに規定そのものが無意味なほどである。さらに、これが、日本の『ナショナリズム』として、明治以後の日本近代社会に起こった諸現象について語られるとき、天皇制的な民族全体主義、排外主義、超国家主義、侵略主義の代名詞としての意味をこめて、怨念さえ伴われる。」(『日本のナショナリズム』・「現代日本思想体系 ナショナリズム」所収論文)と論じてゐる。

 

日本のナショナリズムは明治になってから発生し発達したものではない。「辞書」によると「國民國家」とは、「同一民族または國民といふ意識によって形成された中央集権國家」「領域内の全住民を國民といふ単位に纏め上げて成立した國家そのもの」といふ定義である。近代以後においてかういふ國家が成立したといふのが定説になってゐるやうである。「神國思想」「尊王思想」の継承の歴史を見て明らかな通り、わが國においては、近代以後に「同一民族または國民といふ意識によって形成された國家」が建設されたのではない。江戸時代以前と言うよりも古代以来、においてもわが國は日本民族による統一國家體制は確立してゐた。

 

安倍晋三氏は、「現在の國家の形を、一般にネーションステート(國民國家)と呼ぶ。これはもともと近代のヨーロッパで生まれた概念だ。…日本で國民國家が成立したのは、厳密にいえば明治維新以後ということになるが、それ以前から、日本という國はずっと存在してきた。」(『美しい國へ』)と論じてゐる。

 

西洋列強の日本に対する圧迫が強まった時、これを撥ね除けるために藩といふ地域そして士農工商といふ身分制度を乗り越えて、天皇を中心とした日本國家・民族の一體感・運命共同意識を醸成して外敵に当たらうとした。それが明治維新である。しかし、明治維新以前に於いてもわが國が、天皇を君主と仰ぐ統一國家であったし、天皇中心の國體精神に回帰することによって、國難を打開し変革を行ってきた。

 

和辻哲郎氏は「シナ古代に典拠を求めていた尊皇攘夷論は、日本人が欧米の圧迫によって日本を一つの全體として自覚するとともに、その鋒(ほこさき)を幕府の封建制に向け、武士社會成立以前の國民的統一を回復しようとする主張に変わって行った。…日本第一期以来の天皇尊崇の感情が…國民的統一の指導原理となった。…王政復古の達成は、松陰処刑後わずかに八年目のことであった。」(日本倫理思想史)と論じてをられる。

 

和辻氏の言ふ「武士社會成立以前の國民的統一の回復」=王政復古が、わが國における『近代國民國家の成立』であったのである。そしてその根底にあった思想は、和辻氏の言ふ「日本第一期以来の天皇尊崇の感情」である。日本ナショナリズムが古代からの日本傳統精神が原基となってゐることは明らかである。

 

 わが國における攘夷とは、時代を無視した頑なな排外思想ではない。吉田松陰をはじめ多くの維新の先人たちは世界の状況・時代の趨勢を正しく把握しやうとしてゐた。松陰は敵たるアメリカを認識せんとしてアメリカ渡航を実行しやうとした。吉田松陰が安政三年三月二十七日夜、金子重輔と一緒に下田来泊のペリーの米艦にて米國に渡航せんとしたことは、攘夷とは排外・鎖國を専らとするのではなく、日本が外國の支配下に入ることを拒み、独立を維持するために、外國の進歩した文物を學ぶことを要するといふ開明的な考へ方であった。維新後の開國政策の下地はこの頃からあった。古来、わが國が外國文化・文明を柔軟に包摂して来たのは、日本民族の根底に強靭なる傳統信仰があったからである。

 

日本民族の國を愛する心の特質は、「尊皇愛國」といふ言葉もあるやうに、萬邦無比といはれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一體であるところにある。日本人における愛國心は、日本人一人一人が静かに抱き継承してきた天皇を尊崇しさらに麗しい日本の自然を愛するごく自然な心である。

 

日本人にとって愛する祖國とは本来的には天皇の御代すなはち『君が代』なのである。これが日本の愛國心の特質である。ゆえに『國歌・君が代』こそ最大の愛國歌といふことができる。

 

日本における愛國心とは「恋闕心」(「みかどべ」を恋ふる心)であり「麗しき山河即ち自然を慈しむ心」である。どちらも「愛」の極致である。

 

そして、防人が「大君の命かしこみ」と歌って以来、蒙古襲来の時は日本神國思想が勃興し、幕末において欧米諸國のアジア侵略を脅威と感じた時も『尊皇攘夷』が叫ばれ、明治以来大東亜戦争に至るまでの内外の危機に際して勃興したのも國體精神である。日本における愛國心・ナショナリズムは尊皇精神・國體観念と一體である。

 

大化改新・明治維新・大東亜戦争を見ても明らかなやうに、日本における変革や國難の打開は、必ず愛國心・尊皇心の興起と一體であった。

 

維新変革には悲劇と挫折を伴ふ。而して詩歌とは悲願と悲劇と挫折とを謳ひあげることによってその精神的・美的価値を高からしめる。神話時代における戦ひの神々すなはち須佐之男命・日本武尊の御歌を拝すればこの事は明らかである。

 

維新とは懸命なる戦ひであるが、単なる破壊や暴力ではない。「あはれ」で悲しいものであるが、半面、美しく歓喜に溢れたものでもある。

 

わが國の文學史とりわけ和歌の歴史に於いて、最も偉大なる時代は、國家の変革期である。変革期においてこそ偉大なる和歌が生まれる。日本最高最大の歌集『萬葉集』は大化改新・壬申の乱・奈良遷都といふ大変革を背景として生まれた。

 

伴信友は、日本傳統文藝たる和歌とは「其をりふしのうれしき、かなしき、たのしき、恋しきなんど、其をりふしのまごころのままにうたふ」と言ってゐる。そもそも愛國心・尊皇心は抽象的人工的な「理論」「理屈」ではなく、この日本に生を享け、日本に生きる者が抱く素直な感情であり自然な心である。さらに言へば日本人の「道」であり「まごころ」である。

 

愛國心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた。大化改新における『萬葉集』、平安時代の國風文化復興期における『古今和歌集』、明治維新における志士たちの述志の歌、日清戦争・日露戦争を戦った明治中期の和歌の勃興、そして大東亜戦争従軍将兵の歌を見ればそれは明らかである。 

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2018年9月26日 (水)

日本傳統文化へと回帰しなければならない

日本は外圧を排除するために変革を行なひ、それが成功し、発展した。大化改新、明治維新はさうした変革であった。大化改新は、白村江の戦ひがあっても、唐の文化や制度を取り入れ改革を行ひ、唐との対等関係を樹立した。明治維新は、攘夷が開国となり、鹿鳴館時代を現出した。それは攘夷のための開国であった。即ち西欧列強の侵略を排除するために、西欧文明を取り入れた。

 

 

欧米別けてもアメリカの科学技術による人間生活の進歩と発展を至上命題としてきた戦後日本、もっと言えば近代日本への反省が必要である。具体的にどうしたら良いのか。それには、自然の中に神を見る日本伝統信仰に回帰する以外にない。

 

ただし、アメリカにも大きな精神文明があった。それはキリスト教である。とくに、ウイリアム・ジェイムズの思想、ニューソートという新宗教がアメリカの発展に寄与した。禁欲を説いたカルヴァン主義への反発として一九世紀に生まれた運動で、新しいキリスト教である。原罪を否定し、人間は神の子であることを強調する。フィニアス・クインビーという心理療法家の治療方法が元になっている。ラルフ・ウォルドー・トライン、ウィリアム・ジェームズ、ラルフ・ワルド・エマーソン、ジョセフ・マーフィー、アーネスト・ホームズなどがいた。このアメリカのニューソート思想を光明思想と名付け日本に取り入れ、日本化した人が、生長の家の谷口雅春師である。今日殷賑を極めているいわゆる「成功哲学」や「自己啓発」のルーツの一つとされている。

 

東日本大震災・津波・原発事故によって、科学技術がいかに人間にとって万能ではなく、また人間を守りきることは出来ず、寧ろ人間に危害を加える危険があることが体験された。これをどうするか。

 

現代文明・文化は西洋文化・文明が主流となってきた。現代文明とは、事物を科学の論理によって技術革新を行うようになった文明のことであるが、それは、産業革命以来機械技術の発達と資本主義そしてそれに反発するものとしての共産主義の発展を促し、経済至上・物質的豊かさ至上の社会を作り出した。

 

そして、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊・人心の荒廃・経済の破綻そして民族紛争・宗教紛争を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかっている。現代文明・文化の欠陥を是正し、新たなる文化を形成するには、欧米文化偏重から日本傳統文化へと回帰しなければならない。

 

自然の生命の循環と全ての生きるものの相互扶助の不思議な原理を生活の中で體験する農耕民族たる日本民族の信仰精神が、世界の真の平和を作り出すであろう。

 

日本傳統信仰は、大自然を尊ぶ。それは、大自然から、人生を学び、生き方を学び、國の平和と人の幸福の道を学ぶ心である。山・川・海・風・樹木・石等々全ての自然に神の命が宿ると信じる。また、人の命は神の命であると信じる。一人一人が「命(みこと)」なのである。一人一人が「日子(ひこ・日の神の御子)」であり「日女(日の神の姫御子)」なのである。

 

日本人は、森羅萬象ことごとく神ならざるものはないと考えた。人も國土も神から生まれた、神が生みたもうたと考える日本民族の信仰は、神が人間と自然を造ったと考える西洋一神教の創造説とは全く異なる。神と人間と自然とは対立し矛盾した存在ではなく、調和し、融和し、一體の存在であると考える。こうした精神は排他独善の精神ではない。あらゆるものから学ぶべきものは学ぶのである。だからわが國は古来外来の文化を大らかに包容摂取してきた。

 

闘争戦争と自然破壊を繰り返す現代世界においてこそこの日本伝統精神が大きな役割を果たすと考える。一切の自然や人に神が宿るという大らかにして健全なる信仰精神たる日本傳統精神が、世界を救い、統合し融和して調和するのである。

 

自由自在にして大らかなる日本傳統精神は、教条的で固定的な西洋思想・文化・文明に訂正と活性化を与える。

 

日本という國家には日本の長き歴史の中から生まれてきた立國の精神というものがある。日本國體精神・日本の道統に反する一切の事象を撃滅し、粉砕すべき事は緊急の課題である。真に日本を改革するためには、今こそ、天皇を変革の中核する「維新」即ち日本傳統精神・國體精神を勃興せしめ、それに基づく変革が断行されなければならない。

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2018年3月 6日 (火)

日本國の本質

 

 我々の愛する国家とは権力機構としての国家ではない。否定しても否定し切れないところの「父祖の國」「母國」と表現されるところの「共同生活を営む國」である。海といふ大自然をめぐらし、緑濃き山と清らかな河とを有する国、農耕を営み、優れた文化感覚を持つ国「日本」である。

 

 この麗しき国日本は、村落共同体から出発して、次第にその範囲を広め、「日本」といふ国家を形成した。その本質は、地縁・血縁によって結ばれただけでなく、稲作生活から生まれた祭祀を基本とする伝統信仰によって結合してゐる共同体である。その信仰共同体の祭り主が天皇(すめらみこと)である。

 

かかる日本国の生成を『日本神話』は「神が日本國を生みたまふた」と表現した。古代日本の統一は、日の御子(太陽神の子)たる天皇が行はれる祭祀を中心とし、その祭祀が地方の祭祀を次第に全國的に統一されることによって實現したのである。つまり、古代日本の統一(日本國の生成)は、祭祀的統一である。各部族間の武力闘争はあったにしても、外国のくらべるとはるかに少なく、その有限的にして相対的な勝利は、最終的には神への祭祀によって聖化された。

 

日本民族の生活の基本たる稲作に欠かすことのできない自然の恵みが、太陽であり大地である。日本民族は太陽と大地を神として拝んだ。その太陽の神が天照大神である。また大地の神は國津神として祭られた。また稲穂そのものも神の靈が宿ってゐるものとして尊んだ。そして、古代日本人は太陽神・天照大神を最も尊貴なる神として崇めた。

 

 天照大神をはじめとする天津神、大地の神である國津神、そして稲穂の靈をお祭りされ、國民の幸福と五穀の豊饒を祈られる祭り主たる天皇は、天照大神の御子即ち日の御子として國民から崇められた。天照大神は、太陽の神であると共に、皇室の御祖先神であると信じられた。そして、祭り主たる天皇を、稲作を営む古代日本人の共同體の統合と連帯の中心者として仰いだ。

 

歴史学によると、紀元三世紀の日本は既に大和朝廷によって統一されており、天照大神信仰・現御神日本天皇仰慕の心による中核とする信仰共同体としての国家の統一が成立してゐたとされる。

 

 祭祀主たる天皇は、「大化改新」によって北は東北から南は南九州に及ぶ統一国家体制が制度的・法的に確立する時期よりはるか以前から、天皇はわが國に君臨せられてゐたのである。

 

 日本国の本質は権力国家ではない。また、日本天皇は絶対専制君主ではあらせられない。日本國の本質は、「祭り主・天皇を中心にした國民の信仰的・精神的共同體」である。農耕生産の共同生活を営む人々の祭祀がその中核である。祭り主である天皇の祭祀が及ぶ範囲が広がって行って生成された國である。

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2018年1月13日 (土)

日本精神・日本主義について

 

日本精神とは、天皇仰慕の心・天神地祇崇拝の精神(祖先と自然の霊を尊ぶ心)・父母兄弟を尊ぶ心である。そこから明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・神人合一(すべてに神を観る心)・天皇仰慕の心・まつりの心などの倫理精神が生まれる。それは古代日本の稲作生活から生まれた。

 

日本精神を常に実践されているお方が祭祀主・日本天皇である。日本の伝統精神・生活・文化の基本・核は天皇の祭祀である。

 

和辻哲郎氏は、「大和魂と同じく、個々の日本人に宿るところの何らかの形而上的な実体を指す…或いは、漠然と気魄、気概といふ如きものを指すのかもしれない」論じている。

 

安岡正篤氏は「日本精神そのものは、日本として真に日本たらしめてゐるあるもの、これなくば日本及び日本人が、存立できないものであって、斯くの如きものは、概念的に説明できるものでない。冷暖自知(註・悟りが他人から教えられるものではなく、自分で会得するものであることにたとえる)する外はない」と論じている。

 

村岡典嗣氏は「日本精神はその本来の丹き心、又は正直の徹することに於いて、苟(いやし)くも人類の創造した一切の価値を摂取し、動かして、新たな文化を建設し、以て自己を実現し得る」と論じている。

 

日本精神・民族精神とは天皇を中心とする國體より発生し継承されてきた国民精神ということが出来る。天地生成・神武建国・八紘為宇の精神がその根底にある。

 

そういう精神を根幹として日本国をそして世界を変革しようとする行動的な主義が日本主義ということが出来る。それは自然に祖先から継承され生活の中に息づいている国を愛する心・郷土を思う心よりも戦闘的行動的である。

 

日本精神を実践し行動し実現する「主義」を日本主義という。一貫不変不動の日本精神を覚醒し、日本精神をその時代において実現せんとする主張であり政策であり主義である。日本主義とは、日本精神から噴出してきたところの現代日本を政治・経済・社会的に変革しようとする一つの行動原理と言い得る。

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