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2021年1月16日 (土)

維新の戦いで命を国事に捧げた人々はその殆どがすぐれた詩歌を遺してゐます。しかし、維新で大きな活躍をした人でも、畳の上で亡くなった人は詩歌を遺してゐる人は少ないようです。 政治権力者政治的覇者は詩歌はあまりいい作品を遺さないのでしょう

結構忙しい毎日です。本日午前は、近親者来宅し、共に室内の清掃を行いました。
午後からは、資料整理、連載原稿の執筆です。明治維新の詩歌について書きました。
私が実感することは、維新の戦いで命を国事に捧げた人々はその殆どがすぐれた詩歌を遺してゐます。しかし、維新で大きな活躍をした人でも、畳の上で亡くなった人は詩歌を遺してゐる人は少ないようです。

例えば、山県有朋、德川慶喜は、維新史において大きな位置を占めた人ですが、詩歌は遺してゐません。私は、明治維新史の書籍をある程度読んでいます。(特に詩歌)しかしこの二人の詩歌作品は遺されてゐません。その理由についてはある程度私なりの考え方を持っています。いずれ書いてみたいと思っています。

徳川幕府の征夷大将軍も十五代も続いたのですが、漢詩をのこした人は居てもやまと歌をのこした人はいないようです。政治権力者政治的覇者は詩歌はあまりいい作品を遺さないのでしょう。徳川吉宗の子の田安宗武も歌学についての著書を遺してゐますが、実作はイマイチという感じであります。

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