« 「忠孝一本の國民精神」を命懸けで表白した松陰の辞世歌 | トップページ | 德川幕府による朝廷圧迫の実態 »

2021年1月23日 (土)

吉田松陰の根本精神は絶対尊皇思想である

松陰は、「本邦の帝皇、或は桀紂の虐あらんとも、億兆の民は唯だ当に首領を並列して、闕に伏し号泣して、仰いで天子の感悟を祈るべきのみ。」(安政三年「斎藤生の文を評す」『丙辰幽室文稿』所収。本邦の帝皇に、あるいは桀王や紂王のやうな残虐な行為があったとしても、億兆の民はただ頭を並べて、天子の宮殿の門の前に伏し、号泣して、祈るべきのみである、という意)と論じている。

この絶対尊皇思想は、山崎闇斎の思想に通じるものがある。村岡典嗣氏は、「(注・尊皇思想の近世における)最も代表的なものを山崎闇斎を祖とする垂加神道の所説とする。曰く、日本の天皇は、支那に比すれば天子ではなく天そのものに當る。…儒教でいへば、大君の上に天帝があり、勅命の上に天命がある。しかるに我國では、大君なる天皇は即ち天帝であり、勅命はやがて天命である。されば君不徳にましまして、無理を行はれるといふやうなことがあっても、日本では國民たるものは決してその爲に、天皇に背き奉りまた怨み奉るべきではないことは、恰も天災がたまたまあったとて、ために支那に於いて、天帝に背き、また天帝を怨むべきではないとされるのと同様である、と。…これこそまさしく、わが國民精神の中核を爲した絶対尊皇思想である。」(『日本思想史研究・』)と論じている。

 日本における変革は、天皇を原基として行われて来た。天皇國日本の本来的あり方への回帰即ち日本國體の明徴化が、そのまま現実の変革となるというのが、わが國維新の本質である。

また、政治変革によって権力の移動は行われても、天皇の國家統治は決して変らない、言い換えると政体変革はあっても國體変革は絶対にあり得ないというのが、日本の道統である。その根底には、まさに天孫降臨・日本肇國以来、日本國民の心の奥底にあり続けた「天皇信仰」がある。

安政六年十月二十日付の「諸友に語(つ)ぐる書」には「聖天子宵衣旰食(せういかんしょく・朝早く起き日暮後遅く食事をとる、即ち君主が國事に精励される意)、夷事を軫念(しんねん・天子が心を痛めること)したまひ、去年来の事、豈に普率(普天率土・全世界)の宜しく傍観坐視すべき所ならんや。是れ宜しく今日天子の為めに死すべし」と書いている。

「天子の御為に命を捧げる」といふ尊皇精神・勤皇精神の極を説いている。吉田松陰の根本精神は絶対尊皇思想であった。

|

« 「忠孝一本の國民精神」を命懸けで表白した松陰の辞世歌 | トップページ | 德川幕府による朝廷圧迫の実態 »