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2020年11月13日 (金)

わが國體精神・天皇の国家統治の精神は、民の幸福実現を最高の目標としてゐる

わが國體精神・天皇の国家統治の精神は、民の幸福実現を最高の目標としてゐる。国民の幸福の実現こそが天皇の統治の目的である。わが国においては、古代より国民を「おほみたから(大御宝)」ときた。民を尊ぶことが天皇の御統治の基本である。日本伝統信仰おいては、人は神の分け御霊であり、人間は本来神の子として尊ばれるべき存在である。

歴代天皇は、すべて国民の幸福を祈られ、「おほみおや(大御親)」としての仁慈の大御心を以て「おほみたから」であるところの国民に限りない仁政を垂れたもうてきた。

近代に於いてのみならず、古代日本においても、国民のために政治が天皇の統治によって実現していた。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されてゐる。

「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒(こ)ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ」。

天皇が国民の幸福を祈られる祭祀を執行され、国民は天皇の大御宝であるといふ事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるといふ体制が真に確立する時、国民のための政治即ち真の民本政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。天皇のまつりごとにこそ、真の民本政治なのである。

天皇は常に国民の幸福を祈られ、天皇統治とは国民の意志をお知りになることが基本である。わが國は天皇が民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされる君民一体の国柄である。

「天皇の國家統治」とは、天皇が精神的・文化的に國家と國民を統合される事を言ふ。日本天皇の國家統治とは、天皇が権力や武力によって國家國民を屈従させることではないし、天皇が國民の意志を全く無視し蹂躙して恣意的に権力を行使するといふ事でもない。

「天皇の國家統治」とは、天皇が精神的・文化的に國家と國民を統合される事を言ふのであり、天皇が日本國の統治者であるとは、天皇が日本國の傳統・文化そして歴史的永続性を体現され日本國民の統合を体現される御存在であるといふ事である。天皇が日本國及び日本國民を統合され統治される御存在であることは建國以来の道統である。

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