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2020年11月15日 (日)

この頃詠みし歌


少年時代に知り合ひし友は還暦を過ぎにけるなりと我に語りき

日本学術会議などといふ組織この国にあらずとも良し

またしてもつまらなき事を大仰にとり上げて騒ぐメティアと野党

半月が高々と照る道を行くこの静かなるひと時の幸

大いなる力を我に与へたまへあと四十年は生き抜かんかな

生きることに執着はあらずと決しきれず今日も生き行く力の限り

御煎餅を買ひて今宵も街を歩み行き後は佃煮屋を目指すばかりぞ

上野なる映画館の帰りには必ずゆきしとんかつや双葉

遠き日に見たる映画を思ひ出す父の恩愛の身に沁みにつつ

古きお店の元気なる老夫人と語らへば母上のことが思ひ出さるる

あれほどの健やかにおはせしわが母は悲しくもこの世から去りたまひたり

悲しくてさみしくて悔しくてならぬことなりは母上がこの世から去りたまひしは

南無大師遍照金剛と唱ふれば心身ともに力甦る


一週間ぶりに傘を持たずに家を出る秋雨よりも秋晴れが佳し

たどり着きし麻生台の上朋あり遠方より来たるとは吉田茂の書

国士評論家の力強き話を聞きにつつ秋の日の午後を過ごしつるかな

世の中はどんどん変はり行く如しコロナウイルス猖獗と共に

老人二人が隣席に座りつつモツの煮込みを食しゐるかな

老人などと詠んでは見たが我と年齢の違ふ人には非ず

うれしくも久方ぶりに亡き母と夢の中で語り合ひたり

明るき女性がおせち料理のことなどを話しゐるなる江戸の晩秋

日暮里も谷中も人々は皆明るく楽しく過ごしゐるごとし

訪ね行きし友はすでに世を去りてそれその息子が店守りゐる

少年時代に知り合ひし友は還暦が過ぎたと我に語りぬ

賑はへる酒房で友と語らひし晩秋の空に浮かぶ半月

半月が高々と照る道を行くこの静かなるひと時の幸

生きることに執着はあらずと決しきれず今日も生き行く力の限り

御煎餅を買ひて今宵も街を行き次は佃煮屋を目指すばかりぞ

古き佃煮屋の元気なる老婦人と語らへば亡き母のことが思ひ出さるる

悲しくてさみしくて悔しくてならぬ母上がこの世から去りたまひしは

遠き日に見たる映画を思ひ出す父の恩愛身に沁みにつつ

上野なる映画館の帰りには必ず行きしとんかつ屋双葉

とんかつ屋双葉も無くなり昭和史の代も遠くなりたりと思ふさみしさ

東京には古代の遺跡は多くあり本郷彌生町はわが隣町

何としても乗り越えねばならぬ山ありでのっしのっしと進み行くのみ

刺身二皿食して足らへる酒房を出でそら見上げれば煌々の月

何時か来るわが人生の終焉を待ちてはをらねど覚悟は忘れず

多くの友はあちらこちらが悪いとて体調不善を歎きゐるなり

よちよち歩きの妹の姿を思ひ出す今は六十九歳になりてをれども

元気なる飴屋のご主人今日もまた並べある商品のことを滔々と語る

久しぶりに開きし歌集佳き歌の収められあれば心楽しき(保田與重郎歌集)

昔歩きし山の辺の道を懐かしみ佳き人の歌集を繰り返し讀む(同)

美しきやまとの国の山川を静かに清く歌ひたまへり(同)

何とまあ美しきしらべもあるかなと保田與重郎の歌を讀みをり

諏訪台の紅葉を眺めこの年も残り少なくなりしと思ふ

ともかくも日々を静かに平らかに生きて行くべし病みたる我は

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