« 千駄木庵日乗十一月十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十七日 »

2020年11月16日 (月)

新型コロナウイルスの猖獗に伴ふ我々日本人の反省

新型コロナウイルスの猖獗は何時まで続くのだらうか。完全に収まるのは不可能といふ人もゐる。来年以降も続くと考へねばならい。

しかしこの未曽有の新型コロなウイルスの猖獗がある程度おさまった後、違った世の中が生まれるのではないか。またさうあってほしい。

歌人の大辻隆弘氏は、「アイザック・ニュートンはが万有引力の法則を発見したのは、ペスト禍でケンブリッジ大学が閉鎖されていた時期だった。湯川秀樹博士が中間子理論の端緒をつかんだのは室戸台風で大学が休みの夜だった。世界の見方を変えるような新しい知見は、一見無意味な空き時間から産み出される。若者はそこから何かを確実につかみ出して来る。…必ず、彼らなりの新しい何かを見出して来るに違いない」と論じてゐる。(『日経新聞本年【令和二年】五月十七日号』)。

現代社会は異様な社会である。金銭と快楽を追ひ求める人たちが多い。毎日毎日を刹那的に生きてゐる人々そして夜遅くまで遊び呆ける若者たちがうようよしてゐる。テレビなどを見てもそれを煽ってゐるとしか思へない。これはまことに困った現象である。地球環境の問題も、国際政治の対立も、国内政治の混迷、家庭崩壊もさうしたことが原因なのではなからうか。

『禍(わざはひ)転じて福を為す』といふ諺があるように、感染症や伝染病の流行が社会を変え、モラルが向上すれば良いと思ふ。

保田與重郎氏は「わが國の古神道の祭祀が、静寂を旨とし、森厳を好んだ、…古神道の祭祀が静寂の極致を演出してゐる點は、非常に遥かな悠遠の神代に、我々の遠つ御祖によって、早くもつくり出された文明である。これば實に獨自の文明の相である。我國人の美や情緒の淵源も、この時に發するのである」(『文學』の威厳)と論じてゐる。

新型コロンウイルスの猖獗に伴ふ我々日本人の反省は、静寂を旨とし森厳を大切なものとしてきた我が国神道精神に回帰することによって実現するのではないか。その意味でも全国の神社への参詣と祭祀が大切になってくると考へる。 

すでに何回か書いたが、日本の神々は、近年はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を発揮する畏怖すべき生命であり靈であるといふことである。無限の可能性を持つと言ひ換へてもいいと思ふ。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災ひをもたらす。今日の新型コロナウイルスの感染拡大はこれにあたると思はれる。

『古事記』の「身禊」の条には、「悪(あら)ぶる神の音なひ、狭蠅(ばへ)なす皆満ち、萬の物の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記され、「天の岩戸」の条には、「高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち、萬の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記されてゐる。自然の中に神や精靈が生きてゐるといふ信仰である。

日本民族には、自然を敬ひ、愛すると共に、自然を畏れる素直な心がある。近代以後、科學技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精靈として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまった。それを是正するために、自然を征服しようとか、自然を造り替へようなどといふ文字通り神をも恐れぬ考へ方を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければならない。

つまり、神々を祭る心の回復が大切である。「草木がものをいふ」といふ日本の伝統的信仰精神に回帰しなければならない。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができる。

|

« 千駄木庵日乗十一月十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十七日 »