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2020年11月25日 (水)

千駄木庵日乗十一月二十五日

午前は、諸事。

午後は、明日からの入院の準備など。二週間ほど入院します。

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伝統と革新第三十七号 令和二年十月下旬発行

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伝統と革新37号目次原稿
37号/令和2年   目次

 

特集
皇室は危機にさらされているのか?
占領憲法と政治家・官僚の軛の下に置かれた皇室

 

・巻頭言
憲法の根本問題                       四宮正貴
・時事インタビュー
守ろう領土・主権・海洋国家
北方領土・竹島・尖閣諸島と憲法改正について語る        有村 治子
・インタビュー
新政権が抱える宿題                    長島 昭久
アジア外交と憲法改正、そして皇位継承への道づくり
安倍政権から菅新政権への課題              田久保忠衛
激変する世界で戦略的外交を発展させ、皇室の存在を
 確固たるものにせよー

 

天皇のあり方の本質を踏まえない憲法論議は方向性を誤る    高乗正臣

 

・聞き書き
男系の皇統維持のため、旧宮家から男子を養子に    百地 章
皇室祭祀の位置付けを巡って                茂木 貞純
・佐藤優の視点 
村上正邦先生を偲んで                      佐藤 優
南朝の里を訪ねた想い出

 

日本国憲法と題する文章と
天皇を戴く我が国の精神と國體             西村眞悟
『天皇の制度と日本共産党の立場』(志位和夫著)を読んで 筆坂秀世

 

世界の中の天皇                         田中英道
武漢コロナウイルスで見えた
我が国の独自性と今後の課題              永江 太郎
なぜ「天皇の永続」を願うか~世界の視野から      東郷茂彦
菊と刀の栄誉が最終的に帰一する根源が、天皇である  荒谷 卓
~天皇と三島由紀夫についての一考察~
御歌所の再興と令和の「勅撰和歌集」撰進         中澤 伸弘
三島由紀夫と天皇論                      玉川 博己
「和」を支へる「承詔必謹」の道理             金子 宗徳
~その歴史的背景と現代的意義

 

・石垣島便り31
東南アジア戦没者慰霊に思う                    中尾秀一

 

「やまと歌の心」                         千駄木庵主人

 

保守を任じるも「ハレ」と「ケ」が
わからなくなった現代の位相                  木村三浩
    
・憂国放談 第八回
コロナ禍に問われる日本人の死生観             犬塚 博英

 

取り扱い書店様一覧
「伝統と革新」バックナンバー一覧
編集後記 

 

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祖靈崇拝と自然崇拝が天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台

 日本民族は古来、祖靈と自然を神と崇め、祭って来た。わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台、言い換えれば日本國體の根幹を成している。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。

 わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められている神であらせられる天照大神は、皇室の祖先神であると共に、自然神である太陽神である。

 稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生きて来たので、自然を神と崇めた。また、祖先から稲の種と水田と農耕技術という恵み祖先から傳えられたので、祖先に感謝する思いが強かった。

 『日本書紀』に、天照大神は、邇邇藝命の天孫降臨に際し、「吾が高天原に所御(きこしめ)す齋庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を以て、亦吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし」と命令されたと記されている。これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示している。と共に、日本民族の生活の基本である稲作が、太陽の恵みと祖先から傳えられた農耕技術によって支えられていることを示している。

 皇祖神と太陽神が一體であるということは、わが民族の傳統信仰が祖靈崇拝と自然崇拝であることを端的に示している。これを<敬神崇祖>という。

 日本民族は、神に対して常に祭りを行ってきた。「まつり」は、日本民族の精神傳統・日本文化の原点である。「まつる」という言葉の原義は、「お側で奉仕し服従する」「何でも仰せ事があれば承りその通り行う」「ものを献上する」「ものを奉る」というほどの意であるという。

 何のために、神のお側で奉仕し、神にものを献上するのかと言うと、神に靈力を発揮して頂くためであるという。神の御前に献上する「もの」は単なる「物質」ではなく、祭りを行う者たちの<まごころの結晶>であり<象徴>である。これを「神饌」という。

 天照大神が邇邇藝命に御命令になった米作りの成果として献上される米は、「神饌」の代表的存在である。神饌を神に献上することが「まつろう」ということである。天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを「まつる」という。

 天皇が行われる祭祀はまさに天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを御報告申し上げる重要なみ祭りなのである。

 このように、<敬神崇祖>というわが國の國民道徳の基本は、神學・教義という<抽象概念>として継承されて来なかった。それは、上は天皇から下万民に至る日本民族の生活の中の<神祭り><祭祀>という行事によって、古代より今日まで傳えられて来た。靖國神社の戦没者への祭祀は、そうした古来よりの日本民族の道義精神の典型である。

國のために身命を捧げた人々の鎮魂は傳統信仰たる神社祭式によるのがあるべき姿である。

 「神道祭式=祭り」は、信仰共同體國家日本の根幹として悠久の歴史を経てきており、今日なお國民一般に根強くそして盛んに行われている信仰行事である。國のために身命を捧げた人々の御靈を慰靈し鎮魂するのは、日本國の傳統信仰たる神社祭式によるのがあるべき姿である。

 世界各國もその國のために命を捧げた人々の御靈を慰靈する方式はその國の國民の大多数が信じる宗教の儀式に依っている。

 祖國のために身を捧げた人々の御靈を靖國神社に神として祭りを行うことは、わが國の神話時代からの傳統に基づく慰靈・鎮魂である。一宗教法人・宗教団體による宗教行事ではない。

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2020年11月24日 (火)

千駄木庵日乗十一月二十四日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後は、資料整理・原稿執筆など。

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新嘗祭の意義

新嘗祭とは、新穀をまず神前に捧げてお祭りし感謝の報告をした上で、これを神よりの賜りものとして食する祭儀である。収穫感謝のお祭りであると共に、神のみたま・生命力を身に體して生命を養い強化する祭儀である。

宮中においては、毎年陰暦十一月中の卯の日に行はれると承る。その年の新穀を諸神に供へ、天皇ご自身も食されると承る。

「天孫降臨の神話」を拝して明らかなように、日本の神の最高のご命令は「稲穂を實らせよ」といふことである。天つ神は皇孫・邇邇藝命に稲穂をお持たせになって天降らしめられた。しかもその稲穂は、天照大神が御自ら高天原で収穫された「斎庭の稲穂」である。だから、祭祀には稲穂を實らせたことをご報告する意味で、必ず「稲穂」を神に献上するのである。

高天原の稲を地上に移し植えて日本國を「豊葦原の瑞穂の國」とするのが、天皇のご使命であり民族の使命であるといふことである。

これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示している。神々の米作りの手振り・くらしを、地上に生きる人々が神習ふといふ信仰である。神々の理想を地上において實現することである。その中心者が天照大神の「生みの子」であらせられる天皇なのである。

つまり、天皇は神意現成の祭祀主であり君主であらせられる。「高天原を地上に」「今を神代に」というのがわが國の國家理想である。こんなすばらしい國は世界に日本しかない。これを萬邦無比の國體という。

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千駄木庵日乗十一月二十三日

午前は、諸事。

午後は、書状執筆・原稿執筆・資料整理。

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2020年11月22日 (日)

『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは、重大なる國體隠蔽、激しく厳密・厳格に言えば「革命」「國體破壊」への道を切り開くもので

天皇・皇室を「現行占領憲法」「皇室典範」などの現行成文法によって規制し奉ることは、断じてあってはならない。

中川八洋氏は、「傳統や慣習は”法”であるから、法律の上位にあって、この”法”に背理する法律についてはそれを無効にすることができる。英國のE・コーク卿が理論化した”法の支配”とは、このような、『傳統・慣習・先例・過去の判例、その他のコモン・ローは、國王の勅令に対しても、國會で採択された法律に対しても、優位する憲法原理』のことである。…日本も、英國と同じく、この古来より先蹤の積み重ね──古法──を”法”としてきた。井上毅は、これをしばしば”古格”とか”旧慣”とも称し、この”旧慣の尊重”の重要性を説き、西洋の法律をやたらに模倣する、当時の同僚や部下の法律家を諌めた。」(『皇統断絶』) と論じてゐる。

「國王といへども法の下にあるといふのが『法の支配』の原点である」といふ考へ方がある。これは、イギリスの法思想であるといふ。かかる法思想は、「王は力によって人民を支配する権力者であり、本来、国民と対立する存在である」とする西洋國家の考へ方であって、わが國には通用しないし、通用させてはならない。

一方、小室直樹氏は、「『大日本帝國憲法』第三条に、『天皇ハ神聖ニシテ侵スへカラス』とある。伊藤博文は、これを説明して、『天皇を、誰も非難したり批判したりすることはできない』(『天皇は指斥言義(しせきげんぎ)の外に在(あ)るものとす』(『憲法義解』)と言っている。即ち、政府も、裁判所も、一般國民も、天皇のいかなる責任をも追及することはできない。もちろん、法的責任を追及することはできない。天皇は、法の上にある。)(『天皇恐るべし』)と論じてゐる。

しかし、天皇は法の上におられるとか下におられるとかではなく、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」なのである。わが國においては、現御神日本天皇の「勅」(みことのり)が絶対にして最高の法である。わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を傳へる『のりごと』である。法(のり)は宣(のり)である。天皇の上に「法」があるのではなく、天皇の宣命(おほせごと・大御心)が法なのである。

そもそもコモン・ロー(common law)とは、大陸法系と区別された英米法系に属する法制のことであり、特にイギリス普通法裁判所の判例法として歴史的に発達してきた一般國内法のことであるといふ。日本と英國とは國體・歴史・傳統・風俗・習慣がまったく異なるのであるから、英國の法思想をそのまま日本に取り入れることは出来ない。

 天皇が祭りを執行され、神の御心をお知りになり、臣下は天皇がお知りになった神の御心に基づきそれを実現するために実際の政治を行ふといふのがわが國の古来からの「まつりごと」のあり方である。これが「しろしめす」といふ天皇統治の実相である。これを「祭政一致」といふ。天皇が祭祀を執行されて神意をうかがひ、臣下がその神託(のりごと)に基づいて政治を行ふといふのが祭政一致の姿である。

古来、我が國では、宮廷其他の法律・命令はすべて「のり」といふ語で表されてゐて、「のりと」と法律・命令とは根本は同じである。御歴代の天皇は神のご意志をよくお知りになって神のご意志を実現させることを使命とされる。祭り主・日本天皇が、神を祭る時にうかがった神の意志を告げることを『ノル(告る・宣る)』といふ。「ノル」は名詞にすると「ノリ」であり、「法」を「ノリ」といふのは、祭り主たる天皇が「告る・宣る」ことがすなはち法となるからである。

祭政一致のわが國の傳統においては、天皇の仰せごとは即ち神のご意志であり、民が守らなければならない「法」なのである。天皇の上に「法」があるなどといふことは絶対にあり得ないしあってはならない。

三潴信吾氏は、「我が御歴代の天皇の下における一切の認定法は、天照大御神と一体たり給ふ 天皇の大御心の発現であって、神定即人定と云ふべきもので、ここにわが國法の神聖性の根拠があり、従って又、そこに日本民族の尊皇遵法の根拠があるのである。」(『日本憲法要論』)と論じてゐる。

「天皇は『憲法』『皇室典範』よりも下位にある機関」などといふ説はまったくわが國體と相容れない。天皇國日本の「法」の尊厳性は、「天皇の仰せごと」といふことにある。天皇國日本においては憲法を含め全ての「法」の正統性は、天皇の神聖権威によるのである。なぜなら天皇は現御神であらせられるからである。天皇の正統性は憲法によるのではない。現御神日本天皇以上の権威は日本には存在しない。

『大日本帝国憲法』第七四条には、「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」(皇室典範の改正は、帝国議会の議を経る必要はない)と書かれている。

これについて伊藤博文はその著『憲法義解』の「憲法第七四條」の「註」で、「皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。而して君民相關かるの権義に非ざればなり」と論じている。

また明治天皇勅定の『皇室典範』六十二条には、「将来此ノ典範ノ条項ヲ改正シ又ハ増補スヘキノ必要アルニ当テハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ勅定スヘシ」と書かれている。

伊藤博文著の形をとる『皇室典範』の逐条解説書『皇室典範義解』(明治二十二年六月一日公刊)の「前文」には、「皇室典範は皇室自ら其の家法を条定する者なり。故に公式に依り之を臣民に公布する者に非ず。而して将来已むを得ざるの必要に由り其の条章を更定することあるも、また帝国議会の協賛を経るを要せざるなり。蓋し皇室の家法は祖宗に承け子孫に伝ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。また臣民の敢て干渉する所に非らざるなり。」と書かれている。さらに『皇室典範義解』の第六二條の「註」において「皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり」と言っている。


さらに明治二十一年五月二十五日から六月十五日にかけて、枢密院で『皇室典範』について審議が行われた。そこにおいて次のような発言があった。

井上毅(法制局長官・枢密院書記官長)「皇室典範を以て国会の議に附するときは、人民相集まりて、皇室の家格を妄議し、却て皇室の尊厳を冒瀆するに至る虞あり」と発言している。

山田顕義(司法卿)「皇室典範は特別重大の法典にして尋常の法律命令と混同すべきに非ず。故に別段の勅令を以て之を発布し、普く人民をして之を恪遵(忠実に守る意)せしめざるべからず。」

河野敏鎌(枢密顧問官)「(『皇室典範』を)公布するとも、別に議院の干渉を容るゝの虞毫厘もあることなし。如何となれば、向来皇室典範を改更することあるも、皇族幷(ならび)に枢密院に諮詢する等の明条(注・『皇室典範』第六二条)あるを以て、更に議院の容喙を許さゞればなり。」

以上のごとく、『皇室典範』は本来「勅定」であり、議会が干渉することはあってはならない。『皇室典範』を衆参両院において審議し改定することは、わが国の伝統を侵すこととなる。戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは、重大なる國體隠蔽、激しく厳密・厳格に言えば「革命」「國體破壊」への道を切り開くものである。

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千駄木庵日乗十一月二十二日

午前は、諸事。

午後は、資料整理。室内整理など。

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2020年11月21日 (土)

天皇の「國見」の意義

萬葉人は「見る」といふ言葉を大事にした。『萬葉集』には、「見ゆ」といふ表現を用いた歌が多い。柿本人麻呂が石見の國からの帰途、明石海峡を通過した時に、

「天離(ざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ戀ひ來れば明石の門(と)より大和島見ゆ」(二五五)と詠んだ。

瀬戸内海を航行して明石海峡にさしかかると彼方に金剛山地・葛城山脈が見える。その山の向かふが大和である。ああこれで故郷に帰って来たなあといふ感慨を歌った。

逆に大和を後にして石見に向ふ時に人麻呂は、

「ともし火の明石大門(おほと)に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず」と詠んだ。明石海峡に入って来て、後ろの方を見るともう故郷は見えなくなるなあ、といふ歌である。

萬葉人は「見る」といふ言葉を大事にした。「見る」といふ視覚が、人間が外界や環境を捉へるのに最大の感覚なのである。見ることによって環境を正しく捉へ対応することが出来る。「存在」は本質的に「見る」ことを前提にする。見えないものは存在しない。霊魂や魂は見えないが、肉眼では見えないだけであって、霊眼では見えると信じられた。

「見る」といふ言葉と感覚がいかに重要に考へられているかは、「味を見る」「触って見る」「やって見る」「話して見る」「嗅いで見る」といふやうに視覚以外の感覚を表現する場合にも「見る」といふ言葉が使はれることによっても明らかである。

従って、「見る」とは単に視覚の事だけではなく、対象物と一体になる、支配する、といふ意味も含まれる。上御一人の行はれる「國見」とはまさにそれである。


「國見」とは単に天皇が日本國の景色を眺められるといふのではなく、國土と一体となられ、國土を祝福し、そこに住む國民をの幸福を祈られる行事なのである。「國見」とはただ単に景色を眺めるのではなく、天皇が國を見渡して五穀の豊饒と民の幸福をお祈りし祝福する行事である。

 天皇が神聖なる天香具山に登られて「國見」をされることは、天皇が行はれる國土讃嘆の農耕儀礼・祭祀である。新しい年の始まりを知らせる「春のことぶれ」(春が来たことを広く知らせること)・天地一新の行事である。

祭祀主であり現御神である天皇が「國見」をされ祝福されることによって、國魂・國土が新たなる靈力を発揮し吹き返し新生する。國土が國が始まった時の若々しい命の姿に復元し新生し豊かな稔が約束されるのである。天皇が「國見」をされることによって國土の新生と五穀豊饒が實現する。

 つまり、「國見」は「天皇の祭祀」と同一の意義があり、天の神の地上における御代理即ち現御神(あきつみかみ)たる天皇が、國土に稲穂を豊かに實らせるといふ天の神から命じられた最大の御使命を實現するといふ天皇の統治にとって重大意味を持つ祭祀なのである。  

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千駄木庵日乗十一月二十一日

午前は近親者来宅。室内清掃。来週からの小生の入院・療養生活について相談、打ち合わせ。

午後からは、資料整理。

夕刻、動坂下にて、地元の方々と懇談。

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わが祖国 日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきている国である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである


明治天皇さまが十萬首に近い御製をお詠みになったことは、いかなる時代にあっても日本の傳統文化は、天皇・皇室によって正しく継承されることを証ししてゐる。皇室におかせられては、今日も、祭祀と和歌といふ日本伝統の核となるものを正しく継承されてゐる。

近代以後今日に至るまで、「勅撰和歌集」が編纂されなくなってゐるのは、わが國の國柄が正しく開顕せず、和歌文藝の道統が衰微してゐるといふことである。混迷する今日においてこそ、「勅撰和歌集」の撰進が行はれるべきである。

戦争直後の、戦勝国による皇室弱体化策謀は、六十有余年を経た今日、花開き実を結びつつあると言っても過言ではない。まことに由々しきことである。しかし、神の御加護は必ずある。これまでの国史を顧みても、「壬申の乱」「南北朝の争乱」など大変な危機的状況を克服してきた。日本皇室は永遠であり、皇統はまさに天壌無窮である。われわれ日本国民は、そのことを固く信じつつ、その信の上に立って、最近特に巧妙になってきた國體隠蔽・國體破壊の策謀を断固として粉砕していかねばならない。

日本伝統精神は、天皇の祭祀と神社の祭祀を通して、今もなおその生命を伝えられている。のみならず、現実に天皇及び御皇室の自然の命を慈しみたもう御精神と御行動そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食い止める大きな力となっている。

日本伝統精神を世界に発展させて、混迷せる現代世界を救済する役目をわが日本は背負っている。日本伝統信仰の精神が世界の國と民を永遠の平和と幸福に導く道である。

現代文明・文化は西洋文化・文明が主流となっている。現代文明とは、事物を科学の論理によって技術革新を行うようになった文明のことであるが、それは、経済至上・物質的豊かさ至上の社会を作り出した。そして、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊・人心の荒廃・経済の破綻そして民族紛争・宗教紛争を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかっている。

現代文明・文化の欠陥を是正し、新たなる文化を形成するには、欧米文化偏重から日本伝統文化へと回帰しなければならない。

わが日本おいては、これだけ科学技術が進歩し物質文明が豊かになっている今日においても、古代信仰・民族信仰が脈々と生きており、伊勢の神宮をはじめとした全国各地で神社で毎日のようにお祭りが行われている。

のみならず日本伝統信仰の祭り主であらせられる天皇は多くのみ祭りを厳修され、国家の平安・国民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられている。そしてその祭り主たる日本天皇は日本国家の君主として君臨あそばされている。このようにわが祖国日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきている国である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである。

現代日本の汚れを祓い清め、正しき国の在り方・日本人としての正しき姿を取り戻すことが維新である。日本は伝統と変革が共存し同一なのである。だから維新を<復古即革新>というのである。

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2020年11月20日 (金)

千駄木庵日乗十一月二十日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して資料整理など。

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明治天皇の大御心と『大日本帝国憲法』

『大日本帝国憲法』の明治天皇の「告文」には、「皇祖
皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト為シ外ハ以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ永遠ニ遵行セシメ益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ」(皇祖天照大御神、皇宗歴代天皇の遺訓を明らかにして、『皇室典範』と『大日本帝国憲法』を成立し、条章を明らかに示し、皇室においては子孫が前例からはずれないようにし、臣民が天皇の統治を補佐する道を広め、永遠にこの憲法を守り、ますます国家統治の基を強固にして、日本国の民の生活の慶福を増進するべきである)と示されている。

 

『大日本帝国憲法』は、歴代天皇の国家統治の精神を成文化したものであり、天皇の国家統治の目的は国民の幸福を実現し増進するために制定されたといふことをお示しになっているのである。そして天皇国家統治の理想を実現するために国民すべてが、ご協力申し上げることか大切であると示されているのである。

 

さらに、『憲法発布の勅語』において明治天皇は、「惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ」(皇祖皇宗は、我が臣民の協力と補佐によりわが帝国を初め、造り、そして永遠に続いてきた。これはわが神聖なる皇祖皇宗の威徳と、臣民が忠実勇武にして国を愛し公に殉じたことにより、この光輝あるこの国の歴史の実績をのこしたのである)。

 

「国家統治ノ大権ハ朕ガ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝ウル所ナリ。朕及ビ朕ガ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循ヒ、之ヲ行フコトヲ愆(あやま)ラザルベシ」(国家統治の大権は朕がこれを皇祖皇宗より継承し、これを子孫に伝へるのである。朕及び朕の子孫は将来この憲法の条章に従ひ、日本国を統治することに誤りのないやうにすべきである)と示されている。

 

わが大日本国は君民一体であり、日本国は、天皇の神聖権威と国民の忠誠心および勇武によって成り立ってゐるとお示しになってゐる。天皇は専制君主ではなく、また、独裁者でもなく、憲法の条章に従って国家統治されるといふことを明らかにお示しになっているのである。

 

『大日本帝国憲法』は実に日本の伝統に則った世界の誇るべき素晴らしい成文憲法である。『現行占領憲法』とは比較にならない。私は、『現行占領憲法』を改正するのではなく、『大日本帝国憲法』を復元することが正しい道であると信じる。

 

 

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千駄木庵日乗十一月十九日

午前は、病院に赴き。検査と治療を受ける。

午後、月刊『大吼』連載原稿(「萬葉集講義」など)脱稿・送付。資料整理。

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2020年11月18日 (水)

明治維新の基本精神は「復古即革新」「保守即変革」であった

わが国史上最大の変革であった明治維新はまさに国民の心の底に潜む伝統精神を呼び覚ましこれを核として変革を断行した変革であった。明治維新の基本精神は、「尊皇攘夷」即ち肇國以来の天皇を君主氏仰ぐ國體の本姿および日本民族の傳統信仰を回復して國家體制を革新し外國からの侵略を防ぐという精神である。それは復古即ち神代への回帰は現實の革新と一體であるという「復古即革新」の理念である。維新は革命ではないといわれる所以である。

こうした明治維新の根本精神は、『王政復古の大号令』と『五箇条の御誓文』に示されている。

明治天皇が慶応三年(一八六七)十二月九日に発せられた『王政復古の大号令』には、「諸事神武創業ノ始ニ原(もとづ)キ、縉紳(しんしん:公家)、武弁、堂上、地下(ぢげ)ノ別ナク、至当ノ公議ヲ竭(つく)シ、天下ト休戚(きゅうせき)ヲ同シク遊(あそば)サルヘキ叡慮ニ付キ、各(おのおの)勉勵、舊来ノ驕惰ノ汚習ヲ洗ヒ、盡忠報國ノ誠ヲ以テ奉公致スヘク候事。」と示されている。

明治天皇が慶応四年(一八六八)三月十四日、天神地祇に新しい國家の方針を誓はれた『五箇条の御誓文』には、「我國未曽有ノ変革ヲ為サントシ,朕躬(ちんみずから)ヲ以テ衆ニ先ンジ,天地神明ニ誓ヒ,大ニ斯國是ヲ定メ萬民保全ノ道ヲ立ントス。衆亦此旨趣ニ基キ協力努力セヨ」と示されている。
さらに、『五箇条の御誓文』の制定にあたって、明治天皇が神祇に捧げられた祭文中には、「今ヨリ天津神ノ御言寄(コトヨサシ)ノ随(ママ)に、天下ノ政ヲ執行(トリオコナ)ハムトシテ…」と示されてゐる。

天皇國日本の原初即ち神武創業に回帰することが明治維新の基本精神であった。明治維新は、神武創業への回帰、道統の継承、「祭政一致」の回復が第一義であった。そしてこうした伝統回帰の精神を基盤として、外国の文化・文明を大胆に取り入れた変革が行われた。

葦津珍彦氏は、「明治維新は日本の近代的統一国家を生み出した精神を、近代的ナショナリズムをよぶとすれば、その精神の基礎となったのは、日本民族の天皇意識(國體意識)であった」と論じている。


明治維新が力強く生き生きとして創造性に富む変革となった原因は「諸事神武創業ノ始ニ原カム」とする御精神と「我國未曽有ノ変革」といふ御自覚である。しかもこの二つの精神は、明治天皇の大御心として全國民に示された。復古の精神を基本に置きつつ自由大胆なる変革が断行できた。

神武建国に回帰せんとした明治維新は単なる政治変革ではなかった。日本の伝統への回帰を目指したのである。そして日本の道統への回帰がそのまま現状の変革になった。「維新とは復古即革新である」とはそういう意味である。

日本が、大胆に外来文化・文明を受容しながらも、傳統文化を喪失することなく日本の独自性を護ることが出来た強靭性を持っていたのは、天皇・皇室のご存在があったからである。近代化・文明開化においても、天皇・皇室が、積極的に外来文化・文明の受容を推進するご意志を示された。

明治天皇は明治維新の基本理念が示された『五箇条の御誓文』(明治元年三月十四日)において、
「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」
智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ」
と示された。

さらに、御製において
「よきをとりあしきをすてゝ外國におとらぬ國となすよしもがな」
「世の中の人におくれをとりぬべしすゝまむときに進まざりせば」
と詠まれた。

明治天皇は「皇基ヲ振起スヘシ」「あしきをすてて」と示されている。日本近代化にあたって、大いに欧米をはじめとして外國文化・文明を取り入れ學ぶとしても、それは無原則に取り入れるのでない。あくまでも、わが國の傳統に合致せずわが國の國柄を破壊する要素のある悪しき事はこれを排除するのである。
つまり、日本文化の独自性・傳統を維持しつつ外来文化文明を包摂して来たのである。「和魂漢才」「和魂洋才」はわが國の古代からの文化道統である。
日本傳統精神に回帰しつつ、徹底した大変革を行ったのが、明治維新の基本精神であった。まさに「復古即革新」「保守即変革」である。未曽有の危機にある現代においてこそ、この理念が継承されるべきである。

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千駄木庵日乗十一月十八日

午前は諸事。

午後は、資料整理など。

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2020年11月17日 (火)

共産支那はますます日本領土侵略・南シナ海侵略の牙を剥いて来ている

報道によると、十一月四日に公表された支那海警局の任務や権限を定めた法律の「草案」に「外国の船舶に対し、停船命令などに従わない場合は、武器の使用を認める」と規定されたという。
さらに、海警局の職責として「国家主権を脅かす行為を防ぎ排除する」ことや、「重要な島や岩礁ならびに排他的経済水域や大陸棚にある人工島や施設などの安全を守る」と明記、「外国組織や個人が中国の側の許可なしに建築物をたてた場合は強制撤去できるとした。

これは、わが国固有の領土尖閣諸島や、南シナ海に造成した人工島などを念頭に置いてゐるのだ。共産支那は、日本漁民や海上保安庁・海上自衛隊が尖閣諸島に上陸し、施設建設などの活動を行った場合、武力行使を行うと宣言したのである。

わが国海保のレポートによると、支那海警局は76ミリとみられる機関砲を備える満載排水量一万トン級の船を配備するなど装備の大型化や武装化を進めている。令和元年の時点で支那が保有する一千トン以上の船は130隻で、海保の66倍に上る。
この法案は年内にも成立するという。このように共産支那はますます日本領土侵略・南シナ海侵略の牙を剥いて来ている。そして戦闘力を強化し凶暴になってゐる。

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千駄木庵日乗十一月十七日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後は、資料の整理。明日行うスピーチの準備など。

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2020年11月16日 (月)

新型コロナウイルスの猖獗に伴ふ我々日本人の反省

新型コロナウイルスの猖獗は何時まで続くのだらうか。完全に収まるのは不可能といふ人もゐる。来年以降も続くと考へねばならい。

しかしこの未曽有の新型コロなウイルスの猖獗がある程度おさまった後、違った世の中が生まれるのではないか。またさうあってほしい。

歌人の大辻隆弘氏は、「アイザック・ニュートンはが万有引力の法則を発見したのは、ペスト禍でケンブリッジ大学が閉鎖されていた時期だった。湯川秀樹博士が中間子理論の端緒をつかんだのは室戸台風で大学が休みの夜だった。世界の見方を変えるような新しい知見は、一見無意味な空き時間から産み出される。若者はそこから何かを確実につかみ出して来る。…必ず、彼らなりの新しい何かを見出して来るに違いない」と論じてゐる。(『日経新聞本年【令和二年】五月十七日号』)。

現代社会は異様な社会である。金銭と快楽を追ひ求める人たちが多い。毎日毎日を刹那的に生きてゐる人々そして夜遅くまで遊び呆ける若者たちがうようよしてゐる。テレビなどを見てもそれを煽ってゐるとしか思へない。これはまことに困った現象である。地球環境の問題も、国際政治の対立も、国内政治の混迷、家庭崩壊もさうしたことが原因なのではなからうか。

『禍(わざはひ)転じて福を為す』といふ諺があるように、感染症や伝染病の流行が社会を変え、モラルが向上すれば良いと思ふ。

保田與重郎氏は「わが國の古神道の祭祀が、静寂を旨とし、森厳を好んだ、…古神道の祭祀が静寂の極致を演出してゐる點は、非常に遥かな悠遠の神代に、我々の遠つ御祖によって、早くもつくり出された文明である。これば實に獨自の文明の相である。我國人の美や情緒の淵源も、この時に發するのである」(『文學』の威厳)と論じてゐる。

新型コロンウイルスの猖獗に伴ふ我々日本人の反省は、静寂を旨とし森厳を大切なものとしてきた我が国神道精神に回帰することによって実現するのではないか。その意味でも全国の神社への参詣と祭祀が大切になってくると考へる。 

すでに何回か書いたが、日本の神々は、近年はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を発揮する畏怖すべき生命であり靈であるといふことである。無限の可能性を持つと言ひ換へてもいいと思ふ。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災ひをもたらす。今日の新型コロナウイルスの感染拡大はこれにあたると思はれる。

『古事記』の「身禊」の条には、「悪(あら)ぶる神の音なひ、狭蠅(ばへ)なす皆満ち、萬の物の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記され、「天の岩戸」の条には、「高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち、萬の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記されてゐる。自然の中に神や精靈が生きてゐるといふ信仰である。

日本民族には、自然を敬ひ、愛すると共に、自然を畏れる素直な心がある。近代以後、科學技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精靈として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまった。それを是正するために、自然を征服しようとか、自然を造り替へようなどといふ文字通り神をも恐れぬ考へ方を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければならない。

つまり、神々を祭る心の回復が大切である。「草木がものをいふ」といふ日本の伝統的信仰精神に回帰しなければならない。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができる。

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千駄木庵日乗十一月十六日

午前は諸事。

五個は、『政治文化情報』原稿執筆、脱稿、印刷所に送付。

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2020年11月15日 (日)

この頃詠みし歌


少年時代に知り合ひし友は還暦を過ぎにけるなりと我に語りき

日本学術会議などといふ組織この国にあらずとも良し

またしてもつまらなき事を大仰にとり上げて騒ぐメティアと野党

半月が高々と照る道を行くこの静かなるひと時の幸

大いなる力を我に与へたまへあと四十年は生き抜かんかな

生きることに執着はあらずと決しきれず今日も生き行く力の限り

御煎餅を買ひて今宵も街を歩み行き後は佃煮屋を目指すばかりぞ

上野なる映画館の帰りには必ずゆきしとんかつや双葉

遠き日に見たる映画を思ひ出す父の恩愛の身に沁みにつつ

古きお店の元気なる老夫人と語らへば母上のことが思ひ出さるる

あれほどの健やかにおはせしわが母は悲しくもこの世から去りたまひたり

悲しくてさみしくて悔しくてならぬことなりは母上がこの世から去りたまひしは

南無大師遍照金剛と唱ふれば心身ともに力甦る


一週間ぶりに傘を持たずに家を出る秋雨よりも秋晴れが佳し

たどり着きし麻生台の上朋あり遠方より来たるとは吉田茂の書

国士評論家の力強き話を聞きにつつ秋の日の午後を過ごしつるかな

世の中はどんどん変はり行く如しコロナウイルス猖獗と共に

老人二人が隣席に座りつつモツの煮込みを食しゐるかな

老人などと詠んでは見たが我と年齢の違ふ人には非ず

うれしくも久方ぶりに亡き母と夢の中で語り合ひたり

明るき女性がおせち料理のことなどを話しゐるなる江戸の晩秋

日暮里も谷中も人々は皆明るく楽しく過ごしゐるごとし

訪ね行きし友はすでに世を去りてそれその息子が店守りゐる

少年時代に知り合ひし友は還暦が過ぎたと我に語りぬ

賑はへる酒房で友と語らひし晩秋の空に浮かぶ半月

半月が高々と照る道を行くこの静かなるひと時の幸

生きることに執着はあらずと決しきれず今日も生き行く力の限り

御煎餅を買ひて今宵も街を行き次は佃煮屋を目指すばかりぞ

古き佃煮屋の元気なる老婦人と語らへば亡き母のことが思ひ出さるる

悲しくてさみしくて悔しくてならぬ母上がこの世から去りたまひしは

遠き日に見たる映画を思ひ出す父の恩愛身に沁みにつつ

上野なる映画館の帰りには必ず行きしとんかつ屋双葉

とんかつ屋双葉も無くなり昭和史の代も遠くなりたりと思ふさみしさ

東京には古代の遺跡は多くあり本郷彌生町はわが隣町

何としても乗り越えねばならぬ山ありでのっしのっしと進み行くのみ

刺身二皿食して足らへる酒房を出でそら見上げれば煌々の月

何時か来るわが人生の終焉を待ちてはをらねど覚悟は忘れず

多くの友はあちらこちらが悪いとて体調不善を歎きゐるなり

よちよち歩きの妹の姿を思ひ出す今は六十九歳になりてをれども

元気なる飴屋のご主人今日もまた並べある商品のことを滔々と語る

久しぶりに開きし歌集佳き歌の収められあれば心楽しき(保田與重郎歌集)

昔歩きし山の辺の道を懐かしみ佳き人の歌集を繰り返し讀む(同)

美しきやまとの国の山川を静かに清く歌ひたまへり(同)

何とまあ美しきしらべもあるかなと保田與重郎の歌を讀みをり

諏訪台の紅葉を眺めこの年も残り少なくなりしと思ふ

ともかくも日々を静かに平らかに生きて行くべし病みたる我は

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千駄木庵日乗十一月十五日

午前は、諸事。

午後は、『政治文化情報』原稿執筆。

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歴史は繰り返す

歴史は繰り返すと言はれる。今日の日本も幕末当時と同じやうに、内憂外患交々来たるといった状況になってゐる。日本人の英知と行動力によって、この厄介な状況を正しく克服し、乗り切り、発展していかねばならない。

屈辱的な戦勝国支配体制はまだまだ打倒されてゐない。これを克服し乗り切るためには、祖国日本の回復、日本の道統の回復、日本国家・日本民族の総合的力量の回復が断行されねばならない。そして真の独立と自由を回復しなければならない。

そのためには、アメリカとの関係、支那との関係をどうするか、日本の対米自立は実現可能か、共産支那の我が国に対する圧迫をどう撥ね退けるか、これが今の日本にとって極めて重大な課題である。戦後日本の「吉田ドクトリン」「護憲安保体制」を続けるわけにはいかない。

今日わが日本そして日本国民は、共産支那・ロシア・南北朝鮮の圧迫に押し潰されないために、確固たる祖国愛・国家意識を回復しなければならない。

アメリカ覇権主義そして中華帝國主義さらには北朝鮮の暴虐の渦中にあって、わが日本は、祖国の独立と安全を守るために必死になって戦はなければならない。にもかかはらず、残念ながら、国民の多くは日本の傳統精神、國體精神を忘却し、内部から破壊されつつある。

今日の日本も内憂外患を除去するために、明治維新の精神に回帰し、明治維新と同じように、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」の理念を基本とした大変革即ち平成維新を断行しなければならない。日本は、「尊皇攘夷」「神武創業への回帰」といふ明治維新の理想に回帰すべきである。

幕末期の『黒船来航』は、グローバリズムの威力だと言はれてゐる。確かにさうであらう。その時、日本国民は朝野を上げて「国家意識」に目覚め、「尊皇攘夷」の精神で国家を確信し、その後、「尊皇開国」の精神で近代化を遂げ、危機を乗り切った。今の日本人も、明治維新そして遠くは大化改新に学ばねばならない。

国家的危機が迫る今日こそ日本がさらなる飛躍を遂げる機会である。明治維新・大化改新と同じやうに、国家的危機が迫る状況の今日こそ、祖国日本が飛躍しさらなる発展を実現する機会である。

明治維新において、わが国は國民の同胞意識・連帯感、そして外敵に抗するナショナリズムの中心に天皇を仰いだ。徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰して國難を打開した。

現代における維新も、基本原理は全く変らない。国内の反国体勢力を一掃し、天皇帰一の國體を明らかにして、外圧の危機を打開しなければならない。全国民が真に日本民族としての運命共同意識を強く保持し燃え立たせ得る精神的な基盤に依拠しなければならない。さうした精神的基盤は、神代以来の神聖権威の体現者・保持者であらせられる日本天皇への尊崇の念即ち尊皇精神である。

わが民族は、今日の混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違ひない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に国家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

わが国の麗しい山河、かけがへのない道統を重んじ、日本の伝統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖国日本への限り無い愛と、国民同胞意識を回復しなければならない。

「傳統精神」「國體精神」「神話の精神」は、急速な科学の進歩と世界の統合化やグローバル化によって人類の中に吸収されて消滅することはあり得ない。歴史的に形成されてきた傳統精神は永遠に生き続ける。天皇がその体現者であられる日本傳統精神が現代の危機を打開し将来の日本及びアジアそして地球の救済の力となり得る。

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この頃詠みし歌

南無大師遍照金剛と唱ふれば心身ともに力甦る

佛の力我に湧き来て秋深し

一週間ぶりに傘を持たずに家を出る秋雨よりも秋晴れが佳し

たどり着きし麻生台の上朋あり遠方より来たるとは吉田茂の書

国士評論家の力強き話を聞きにつつ秋の日の午後を過ごしつるかな

世の中はどんどん変はり行く如しコロナウイルス猖獗と共に

老人二人が隣席に座りつつモツの煮込みを食しゐるかな

老人などと詠んでは見たが我と年齢の違ふ人には非ず

うれしくも久方ぶりに亡き母と夢の中で語り合ひたり

明るき女性がおせち料理のことなどを話しゐるなる江戸の晩秋

日暮里も谷中も人々は皆明るく楽しく過ごしゐるごとし

訪ね行きし友はすでに世を去りてそれその息子が店守りゐる

少年時代に知り合ひし友は還暦が過ぎに我に語りぬ

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千駄木庵日乗十一月十五日

午前は、近親者来宅。室内清掃。

午後からは、『伝統と革新』編集の仕事。

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2020年11月13日 (金)

わが國體精神・天皇の国家統治の精神は、民の幸福実現を最高の目標としてゐる

わが國體精神・天皇の国家統治の精神は、民の幸福実現を最高の目標としてゐる。国民の幸福の実現こそが天皇の統治の目的である。わが国においては、古代より国民を「おほみたから(大御宝)」ときた。民を尊ぶことが天皇の御統治の基本である。日本伝統信仰おいては、人は神の分け御霊であり、人間は本来神の子として尊ばれるべき存在である。

歴代天皇は、すべて国民の幸福を祈られ、「おほみおや(大御親)」としての仁慈の大御心を以て「おほみたから」であるところの国民に限りない仁政を垂れたもうてきた。

近代に於いてのみならず、古代日本においても、国民のために政治が天皇の統治によって実現していた。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されてゐる。

「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒(こ)ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ」。

天皇が国民の幸福を祈られる祭祀を執行され、国民は天皇の大御宝であるといふ事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるといふ体制が真に確立する時、国民のための政治即ち真の民本政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。天皇のまつりごとにこそ、真の民本政治なのである。

天皇は常に国民の幸福を祈られ、天皇統治とは国民の意志をお知りになることが基本である。わが國は天皇が民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされる君民一体の国柄である。

「天皇の國家統治」とは、天皇が精神的・文化的に國家と國民を統合される事を言ふ。日本天皇の國家統治とは、天皇が権力や武力によって國家國民を屈従させることではないし、天皇が國民の意志を全く無視し蹂躙して恣意的に権力を行使するといふ事でもない。

「天皇の國家統治」とは、天皇が精神的・文化的に國家と國民を統合される事を言ふのであり、天皇が日本國の統治者であるとは、天皇が日本國の傳統・文化そして歴史的永続性を体現され日本國民の統合を体現される御存在であるといふ事である。天皇が日本國及び日本國民を統合され統治される御存在であることは建國以来の道統である。

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千駄木庵日乗十一月十三日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。『政治文化情報』の原稿執筆。

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2020年11月12日 (木)

國體の眞姿を回復して現状の日本の「悪」「穢れ」を祓ひ清めることが復古即革新即ち維新である。


世界各地の神話では、人類最初の男女神は人間を生んでゐる。しかし、日本神話では始源の男女二神たる伊耶那岐命・伊耶那美命はまず國を生んでゐる。ここに日本神話の大いなる特質がある。日本神話においては神が最初に生んだものが國なのである。しかも創造したのではなく生んだのである。また人は神の子孫であるとされてゐる。神と國・神と君主・神と民とは親子関係にあるのである。故に、日本國においては神と國と民とがその根源において一体なのである。そして神と國と民とを精神的に統合し一体化する御存在が天照大神の生みの御子であり、君主であり、祭り主であらせられる日本天皇なのである。

ところがキリスト教の神話においては神が最初に創造したものが人間であるとされてゐる。「創造する」といふことは創造者と被創造者との間は絶対的に隔絶しているといふことである。しかも神によって創造された人間は原罪を背負ふ。神と隔絶し原罪を背負った罪人である人間同士が契約を結び、かつその罪人である人間の中で武力・権力が優越してゐる者が君主となって國を治めるといふのである。故に、國家は人工的な存在であり本来罪を背負ってゐる。また本来罪人である國民同士の信頼関係は希薄である。君主も國民を力で強制することによって國家を治めるのである。

このキリスト教の國家観・人間観が西洋國家法思想・法思想の根幹となってゐる。だから国家と国民、君主と国民は契約を結ばねばならない。その契約書、言ひ換へると「権力の制限規範」が「憲法」といふことになるのである。『現行占領憲法』かかる思想が基盤になってゐるのである。

このやうに日本と外國との國家観・君主観の違いは大変大きい。そのことを端的に示したのが、北畠親房の『神皇正統記』冒頭の「大日本は、神國なり。天祖始めて基を開き、日神長く統を傳へ給ふ。我が國のみ此の事あり。異朝には其の類無し。此の故に神國といふなり。」といふ文章である。

日本天皇の御本質そして日本國の本質とは全く異なる西洋から発した思想を基本原理としてゐるのが『現行憲法』なのである。國民主権・主権在民論は、祭祀主日本天皇を君主と仰ぐ君民一体のわが國體を隠蔽し破壊する規定である。つまり『現行占領憲法』は國家の存立の基本を破壊もしくは否定せんしてゐるのである。 

今日において成文憲法を無くすことが不可能であるならば、一日も早く『現行占領憲法』の無効を確認し、日本國體に則った正しき憲法を回復すべきである。憲法を正しくすれば萬事が解決するといふわけではないが、正しき憲法の回復が日本國の政治と文化など全ての面の混迷を救ふ大きな手立てである。天皇を祭祀主と仰ぐ清浄なる道義國家たる我が國の姿こそ「國體」なのである。この國體の眞姿を回復して現状の日本の「悪」「穢れ」を祓ひ清めることが復古即革新即ち維新である。

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千駄木庵日乗十一月十二日

午前は、病院に赴き、検査と診察を受ける。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事(校正)。

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2020年11月11日 (水)

日本国家論

日本という国家は人の魂が結び合って生まれてきた生命体なのである。日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培われた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命体が日本国なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。そして祭祀国家日本の祭祀主が、上御一人日本天皇であらせられるのである。

我々はまず以て「国家観」を正しく確立しなければならない。言うまでもなく日本と欧米とは歴史・文化・宗教・社会構造・人間関係を異にしているのだから、日本国を近代西欧流の国家法人説・国家暴力装置説などの「国家観」によって論じてはならない。

近代以後のいわゆる「西洋化」そして大東亜戦争以後のいわゆる「民主化」(その実態は日本伝統破壊)によって、信仰共同体としての日本の本当の姿即ち日本國體が隠蔽され、麗しい祖国日本を、単に権力関係・契約関係・社会経済関係によって成り立った法人であり機構であると考えるようになってしまった。「現行占領憲法」は実にそういう思想によって作られているのだ。今日の日本の政治腐敗・自然破壊・教育荒廃などの様々な矛盾の根本原因は実にここにあると考える。

日本国は人為的に作られた法人国家ではない。我が日本は自然に生まれてきた国であって、人為的に作られた国ではない。「生まれる」と「作られる」とでは絶対的な違いがある。日本は古代において自然に「生まれた」国である。ところがアメリカや旧ソ連や中華人民共和国は一定の目的を持って高々数十年から百年くらい前に人為的に作られた国である。

「生む」は日本伝統信仰の観念であり、「作る」はキリスト教の観念である。伊耶那岐命伊耶那美命は日本国土をお生みになったのであり、キリスト教の神(ゴッド)は人間を作ったのである。キリスト教の神はなぜか国家は作らなかった。国家は神によって造られた人間が集まって文字通り人為的に作られたと言うのが西洋の考え方である。日本の国家観と西洋国家観の違いは実にここから発すると考えられる。

日本国は、数多くの個としての人間が寄り集まって人為的に契約を締結して作った権力機構・政治形態としての国(これを「国家法人説」と言い換えてもいいと思う)とはその本質が全く異なるのである。

「国家法人説」とは、国家を法的な主体としての法人と考える理論で、いわゆる「天皇機関説」の基礎をなす理論とされている。また「法人」とは「自然人以外で法律上の権利義務の主体となることができるもので、一定の目的の下に結合した人の集団あるいは財産についてその資格が認められている集団」と定義される。

国家とは、社団法人や財団法人のように多くの人々が一定の目的のために契約を結び人為的に造られたものだというのが「国家法人説」なのである。

天皇中心の信仰共同体としての日本は断じてそのような存在ではない。「国家法人説」を日本国に当て嵌めることはできない。

日本人は、豊かな自然に包まれて、様々な階層の人々も、「和」「むすび」を基本として生きてきた。そして信仰共同体としての国家が生まれた。その「和」「むすび」は人と人との間柄のみならず、人と自然の関係もしかりであった。

わが日本はどのような闘争や激動があっても、日本という国が分裂し破壊し尽くされてしまうということ無く、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。ここが日本という国の有難いところである。

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千駄木庵日乗十一月十一日

午前は、諸事。

午後は、今夜行う『萬葉集』講義の準備。

午後六時半より駒込地域文化創造館にて『萬葉古代史研究会』開催。小生が、舒明天皇御製などを講義。質疑応答。

帰途、出席者と懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2020年11月10日 (火)

日本天皇の國家統治と和歌は不二一体である

 

他國の君主は、文藝作品を創作することはあまりないのではないだらうか。日本天皇は、単なる政治権力者、軍事的覇者であらせられず、日本國の祭祀主、文化史の継承の中心者であらせられるのである。

 

天皇の統治をやまとことばで「しろしめす」「しらしめす」と申し上げる。「しろしめす」「しらしめす」とは、「知る」の尊敬語で、お知りになる、承知してをられる、おわかりでゐらっしゃるといふ意である。「しらしめす」は、「しらす」(「知る」の尊敬語)に、さらに尊敬の補助動詞「めす」の付いた言葉である。

 

また、「きこしめす」とも申し上げる。「きこしめす」は「きく(聞く)」の尊敬語「きこす」に「見る」の尊敬語から転じた「めす」が付いて一語となった言葉で、聞きあそばす、お聞きになるといふ意である。

 

天皇は、神の御心のままに國を治められると共に、臣下・民の心を良くお知りになり、お聞きになって、この國を統治あそばされるのである。

 

そして、天皇と民の心をつなぐものが「やまとうた」=和歌である。天皇は御製によってその御心を民に示したまひ、民もまた歌を捧げることによって民の心を天皇にお知りいただくのである。その傳統は、毎年行はれる「新年歌會始」に継承されてゐる。

 

天皇統治と「やまと歌」は切り離し難く一体なのである。君民一体の國柄は和歌によって保たれてきた。神代の昔より、今日に至るまで、高下貴賎の区別なく継承されて歌はれて来た文藝が和歌である。かかる優雅にして清らかなる君民一体の國柄は他の國には見られない。

 

小田村寅二郎氏は、「遠い遠いところに居られるやうに感じてゐた御歴代の天皇がたが、御歌を拝読するわれわれの目の前に、身近にお姿を現され、お聲をかけてくださるやうな気さへしてくる。『詩歌』とはまことに不思議なものであり、とくに『和歌』を介しての作者と読者とは、時空の隔たりを超えて心一つに通ひ合ふことができさうである。」(『歴代天皇の御歌』はしがき)と論じてゐる。

 

天皇・皇室は、神代以来、祭祀を継承されると共に、和歌の道を連綿として継承されてきた。そもそも和歌の起源は、皇室のご祖先であられる神代の神々のお歌に遡る。わが國の文藝(歌・物語)の起源は祭詞から発生した。わが國は祭祀國家であり、天皇はわが國の祭祀主であらせられる。天皇の國家統治は、祭祀と和歌がその基本である。

 

天皇主宰のもとに行はれる「勅撰和歌集」の撰進が、和歌の継承に不可欠であった。今日、「勅撰和歌集」が撰進されなくなってゐるのは、わが國の國柄が正しく開顕してゐないといふことである。

 

日本文化の主体性の核が「天皇・皇室」である。天皇を日本文化の中心と仰いで帰一し、天皇を日本傳統信仰祭祀主として仰ぐ精神は、日本文化・日本傳統信仰の主体性の核であると共に、外来文化・外来信仰受容の核でもあったのである。

 

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千駄木庵日乗十一月十日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後は、『伝統と革新』編集(校正)。明日行う『萬葉集』講義準備など。

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第108回 日本の心を学ぶ会

明治天皇の御聖徳と明治日本の栄光
 講演「明治の精神と『大日本帝国憲法』」

11月3日は文化の日です。もともとこの日は明治天皇の誕生日で明治時代は天長節として祝日に定められていました。大正時代は天長節が大正天皇のお誕生日である8月31日に移り11月3日はいったん平日になりました。しかし記念日を定めて明治天皇の遺徳とその御代を顕彰しようという国民運動が広がり約2万人の署名が帝国議会に提出されました。そして明治天皇崩御から15年後の昭和2年に11月3日は明治節として復活しました。

幅広い国民の願いがかなった結果定められた記念日といえるでしょう。
しかし日本を占領したGHQは明治節を廃止しました、現在は現行占領憲法が「公布」された日として「憲法」が重視している「自由と平和を愛し、文化を進める」ことを趣旨とした記念日になっています。GHQは天皇の影響力を弱め日本の国体を隠ぺいする思惑を持ってこのような政策を行いました。この思惑は現在、実現しつつあります。この日がかつて明治節だったことや明治天皇のお誕生日だったこと。なにより明治という時代がどのような時代でかつての日本人がどのようにその時代を生きたのかわからなくなりつつあります。

そこで今回の勉強会では明治天皇の御聖徳と明治日本の栄光について学び、かつての日本人がこの日を明治節と定めて何を後世に伝えたかったのか考えてみたいと思います。

【日 時】令和2年11月29日 午後6時30分から

【場 所】文京シビックセンター 三階会議室C

文京区春日1-16-21 東京メトロ後楽園駅・丸の内線(4a・5番出口)南北線(5番出口)徒歩1分、都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線(文京シビックセンター連絡口)徒歩1分、JR総武線水道橋駅(東口)徒歩9分

【演 題】「明治の精神と『大日本帝国憲法』」
【講 師】四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

【司会者】林大悟

【参加費】資料代1000円終了後、近隣で懇親会(2千円くらいの予定です)

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

この告知文は主催者が作成しました。

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今日いただいたメールへのご返事

小生の体調を心配して下さったごく親しい友に送ったメールを掲載します。
              〇
ご心配をおかけいたし申し訳ございません。

安倍晋三(シンゾー)さんは総理を辞めたら多少元気になりましたが、寒くなりますと私の心臓(シンゾー)はいつもよりも元気が無くなります。

充分に自重いたしたいと思っております。ただ萬葉講座と日本の心を学ぶ会と毎月の雑誌は生きている証しですので、休むわけにまいりません。

有難うございました。

四宮正貴拝

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朝日新聞がバイデン支持なので小生はトランプ支持である。

朝日新聞・テレ朝はバイデン支持である。「バイデン次期大統領」とデカデカと報道している。

私は基本的に朝日新聞・日本共産党・立憲民主党の主張には反対することにしている。この三つは真正日本を破壊しようとしているからだ。したがって私はトランプ支持である。

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2020年11月 9日 (月)

「一君萬民の國體の開顕」「公議を竭す政治の實現」を目指した明治維新の精神を今日回復することが大切である

「一君萬民の國體の開顕」「公議を竭す政治の實現」を目指した明治維新の精神を今日回復することが大切である

以下は何回か書いたことですが大変重要と思うので再度掲載させていただきます。
臣下國民に敬神尊皇の思ひが希薄になったことが今日の政治の混乱の最大原因
今日のわが國の議會政治は、とても「公議を竭(つく)」してゐるとは言へない。また健全に機能してはゐない。政党間・政治家同士の醜い権力闘争が繰り返されてゐる。國會中継を見ればわかる通り、相手を議論で打ち負かし、相手の言葉の揚げ足を取り、自分の意見に従はせようとすることに汲々としてゐる。

かうした事の根本原因は、わが國の道統である「尊皇精神」「天皇へのかしこみの心」が、政治家にも國民にも官僚にも希薄になってゐるからにほかならない。

後藤田正晴氏は、「國務大臣などの政治家は天皇の臣下ではない」といふ意識の持ち主であった。後藤田氏は平成十二年十二月五日号の『日本経済新聞』で、中央省庁の再編に関するインタビューに答へて、「まず大臣といふ名前を変えたらどうか。誰の臣下ですか?。行政の長なんだから『長官』でいい」と述べた。

これは、天皇を君主と仰ぐ建國以来のわが國體を否定し、『現行占領憲法』体制下においてもわが國は立憲君主制であるといふ自明の理を否定する許し難い発言である。社民党・共産党・極左分子がこのやうな発言をするのならまだしも、警察庁長官・内閣官房長官・自治大臣・内閣副総理を歴任し、官僚・政治家の頂点、即ち政治権力の頂点に立ったと言っていい人物が、このやうな発言をしたのである。

肇國以来今日に至るまでわが國の歴史を貫き、将来にも継続する無私の御存在・倫理的御存在が天皇である。天皇は、倫理道義の鏡として祭祀主として君臨されてゐる。

新渡戸稲造氏がその著『武士道』において、「我々にとりて天皇は、法律國家の警察の長ではなく、文化國家の保護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもうのである」と論じてゐる。

「天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもう」日本天皇は、権力や武力の暴走、権力者の私欲による権力と武力の行使を制限し抑制される権威をお持ちになる。天皇は権力や武力と無縁の御存在ではない。むしろ権力や武力に対して道義性を与へられる。中世・近世・近代を通じて武家権力や軍に対してさういふおはたらきをされた来た。その事を『大日本帝國憲法』は「天皇は統治権の総攬者」と表現したのだと考へる。

閣僚は、天皇の臣下ではないなどといふ主張は、かうした日本の正しい伝統を根底から否定する考へ方である。片岡啓治氏が「明治維新で求められた新時代とは、その後の現實に起こるような西欧化による近代の形成ではなかった」といふ指摘を思ひ起こさざるを得ない。 

わが國の傳統的倫理・道義は、〈神に対する真心の奉仕〉〈神人合一の行事〉である祭祀として継承されてきた。日本人の實際生活において行じられる祭祀そのものが倫理精神・道義感覚の具体的な現れである。信仰共同体國家日本の祭祀の中核は「天皇の祭祀」である。したがって、日本國家の祭祀主であらせられる天皇は、日本道義精神・倫理観念の体現者であらせられる。

江戸時代中期の不世出の國学者・思想家・詩人賀茂真淵は、「…さて臣たちも神を崇めば、心の内に、きたなき事を隱す事を得ず、すめらぎを恐るれば、みのうえに、あしきふるまひをなしがたし、よりて、此の二つの崇みかしこみを、常わするまじきてふ外に、世の治り、身のとゝのはんことはなきをや」(『賀茂翁遺草』)と説いてゐる。

議會政治は、多数決を基本とする。多数決を誤りなく機能させるためには、國民及び國民によって選出された議員が、権力闘争や利害の対立を抑制し、道義精神、理性を正しく発揮しなければならない。「人間は政治的動物だ」などと言って、道義道徳・理性を忘却してはならない。

日本の傳統の継承者であらせられ、常に神々を祭り、國民の幸福を神に祈られている神聖君主・日本天皇へのかしこみの心を國民全体が持つことが、日本の全ての面での安定の基礎である。

臣下國民に敬神尊皇の思ひが希薄になったことが今日の政治の混乱の最大原因である。現代日本は、肝心要の「一君萬民の國體」が隠蔽されてゐるのである。これは、『現行占領憲法』にその大きな原因がある。

しかしわが國には、國家的危機を傳統の復活・回帰によって打開して来た歴史がある。現代もさうした時期である。わが國の傳統の根幹は「天皇中心の國體」である。

「天皇中心の國體」とは、「神話の世界以来の信仰に基づき一系の血統と道統を保持し継承される天皇による國家統治」といふことである。そして天皇の國家統治は、権力・武力による人民支配ではなく、祭祀主としての宗教的権威による統治(統べ治める)である。それは信仰共同体國家たる日本独特の國柄である。「一君萬民の國體の開顕」「公議を竭す政治の實現」を目指した明治維新の精神を今日回復することが大切である。

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千駄木庵日乗十一月九日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。水曜日に行なう『萬葉集』講義の準備など。

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2020年11月 8日 (日)

わが國體精神・天皇の国家統治は、民の幸福実現を最高の目標としている


我々は日本を亡國の淵から救い、立て直すために、「戦後民主主義」そして『現行占領憲法』を根底から否定しなければならない。

「戦後民主主義」の否定は、日本の伝統的國家観・政治思想の復興によって行われる。言い換えると、日本國體精神が「戦後民主主義」否定の原理なのである。

日本國は決して「占領軍や共産主義勢力が目指した民主國家」になってはならない。日本國は天皇國である。「戦後民主主義」(欧米民主主義思想)は決して善でも正義でも真理でもない。日本にとって百害あって一利無き亡國思想である。

欧米民主主義を建国以来理想として来た国がアメリカであるが、そのアメリカにおいて近年まで制度として黒人差別が行われてゐた。また奴隷制度も建国以来、長い間続けられてゐた。そして今日も混迷をくり返している。

国家を権力機構とみなし、君主と人民は対立する関係にあるとする「戦後民主主義」(欧米民主主義思想)と「天皇制」との結合などということは全く必要のないことであるし、また不可能なことなのである。

しかし、わが國體精神・天皇の国家統治は、民の幸福実現を最高の目標としている。国民の幸福の実現こそが天皇の統治の目的である。わが国においては、古代より国民を「おほみたから(大御宝)」ときた。民を尊ぶことが天皇の御統治の基本である。日本伝統信仰おいては、人は神の分け御霊であり、人間は本来神の子として尊ばれるべき存在である。

歴代天皇は、すべて国民の幸福を祈られ、「おほみおや(大御親)」としての仁慈の大御心を以て「おほみたから」であるところの国民に限りない仁政を垂れたもうたのである。

近代に於いてのみならず、古代日本においても、国民のために政治が天皇の統治によって実現していた。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されている。

『日本書紀』には、「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒(こ)ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ」と記されてゐる。

天皇が国民の幸福を祈られる祭祀を執行され、国民は天皇の大御宝であるという事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるという体制が真に確立する時、国民のための政治即ち民主政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。天皇のまつりごとにこそ、真の民本政治なのである。

天皇は常に国民の幸福を祈られ、天皇統治とは国民を意志をお知りになることが基本である。わが國は天皇が民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされる君民一体の国柄である。これこそ真の民本政治でなくして何であろうか。

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千駄木庵日乗十一月八日

午前は、諸事。

午後からは在宅して、『政治文化情報』原稿執筆など。

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萬葉古代史研究會

萬葉古代史研究會

四宮正貴が講師となり『萬葉集』を勉強する會が開かれております。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。 

日時 十一月十一日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館
豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 「東京メトロ南北線 駒込駅」四番出口より徒歩一分 「JR山手線 駒込駅」(北口)より徒歩二分

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』

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2020年11月 7日 (土)

明治維新の目的、明治日本の精神は、明治天皇が渙発された御詔勅、御製、『大日本帝国憲法』に明確に示されている


明治維新の断行によって、日本国は各藩並立の幕藩体制を超克して、天皇中心の統一國家の真姿に回帰することによって外國の侵略から祖國を守る体制を確立した。つまり、幕末の祖國の危機に際して、日本民族は自然に、日本國家・民族としての一体感・運命共同意識中心に古代からの國家の統一者である天皇を仰いだのである。國民の同胞意識・連帯感、そして外敵に抗するナショナリズムの中心には天皇がゐまさねばならなかったのである。明治維新後の近代日本における「一君萬民」の國體明徴化そして皇軍創設は、かかる精神に基づくのである。

片岡啓治氏は明治維新について、「新しい時代を開くとは、日本の太古に還ることだったのである。…古代に還るとは、決して古くさい死物を復活させるというようなことではなく、王と民とが一体となって睦あい、政(まつりごと)と祭(まつり)とが一つに溶けあい、一君のもとに萬民が平等に暮らす、そのような社會への復帰が夢みられたのであり、そのような世の中をよみがえらせるためにこそ、〈世直し〉が求められたのであった。…そこで求められた新時代とは、その後の現實に起こるような西欧化による近代の形成ではなかったのである」(『維新幻想』)と論じた。

外圧の危機が主なる原因となって断行された明治維新といふ未曾有の大変革は、一君萬民の日本國體の開顕と一体であった。そして明治天皇が神々に誓はれた『五箇条の御誓文』の精神を体して、明治維新の大変革が行はれた。

廃藩置県、身分制度撤廃、徴兵制實施、『大日本帝國憲法』発布などの維新後の大変革・大建設事業は、明治天皇の勅命によって行はれた。わが國に天皇・皇室といふ御存在がなかったならば、明治維新といふ大変革は實現しなかった。日本の傳統の体現者たる祭祀主・日本天皇の御聖徳によって、有史以来未曾有の変革が行はれたのである。また、「諸事神武創業之始ニ原」くこと、即ち一君萬民の國體の開顕が新時代の変革そのものなのである。我國においては、「一君萬民」の國體精神、天皇の御存在こそが維新変革の中心であり原基なのである。


ところが、今日のわが國の議會政治は、とても「公議を竭」しているとは言へない。また健全に機能してはゐない。政党間・政治家同士の醜い権力闘争が繰り返されてゐる。國會中継を見ればわかる通り、相手を議論で打ち負かし、相手の言葉の揚げ足を取り、自分の意見に従はせようとすることに汲々としてゐる。

かうした事の根本原因は、わが國の道統である「尊皇精神」「天皇へのかしこみの心」が、政治家にも國民にも官僚にも希薄になってゐるからにほかならない。

明治維新の目的、明治日本の精神は、明治天皇が渙発された御詔勅、御製、『大日本帝国憲法』に明確に示されている。近代日本はこれによって出発し、力強く歩んで来た。このことを我々は深く学ぶべきである。これを復古即革新と言う。

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千駄木庵日乗十一月七日

午前は、近親者来宅。室内清掃。

午後からは、『伝統と革新』原稿校正など。

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2020年11月 6日 (金)

長州藩直目付長井雅楽の『航海遠略策』について

長州藩直目付長井雅楽は、文久元年(一八六一)五月に藩主毛利慶親に提出した建言書・『航海遠略策』で次のやうに論じてゐる。

 

 「…御國體相立たず、彼が凌辱軽侮を受け候ふては、鎖も真の鎖にあらず、開も真の開に之無く、然らば開鎖の実は御國體の上に之有るべく、…鎖國と申す儀は三百年来の御掟にて、島原一乱後、別して厳重仰せつけられ候事にて、其以前は異人共内地へ滞留差し免(ゆる)され、且つ天朝御隆盛の時は、京師へ鴻臚館(註・外國使節を接待した宿舎)を建て置かれ候事もある由に候へば、全く皇國の御旧法と申すにてもこれなく候はん。伊勢神宮の御宣誓に、天日の照臨する所は皇化を布き及し賜ふ可(べ)しとの御事の由に候へば、…天日の照臨なし賜へる所は悉く知す(註・統治する)可き御事にて、鎖國など申す儀は決して神慮に相叶はず、人の子の子孫たるもの、上下となく其祖先の志を継ぎ、事を述るを以て孝と仕り候儀にて、往昔神后三韓を征伐し賜ひ(註・神功皇后が朝鮮に遠征されたこと)候も、全く神祖の思し召しを継せ賜へる御事にて、莫大の御大孝と今以て称し奉り候。……仰ぎ願はくは、神祖の思し召しを継がせ賜ひ、鎖國の叡慮思し召し替られ、皇威海外に振ひ、五大洲の貢悉く皇國へ捧げ来らずば赦さずとの御國是一旦立たせ賜はば、禍を転じて福と為し、忽ち點夷(註・小さな外國)の虚喝(註・虚勢を張った脅かし)を押へ、皇威を海外に振ひ候期も亦遠からずと存じ奉り候…」。

 

大和朝廷の頃は、外國との交際も盛んであり、太陽の照るところは全て天皇の統治される地であるといふのが日本の神の御心であるから、鎖國政策は、日本の神の御心に反しており日本の伝統ではないから転換すべきである、そして、外圧といふ禍を転じて福と為し、天皇の御稜威を世界に広めるべきであると論じてゐる。天照大御神の神威を体し鎖國を止めて、海外への発展の道を開くべしといふ気宇壮大な主張である。鎖國は、八紘為宇のわが國建國の精神に悖るといふ正論である。この正論は明治維新の断行によって実現した。

 

この長井雅楽の文書は五月十二日に毛利慶親より三条愛(さねなる)に提出された。これに対して、孝明天皇は、

 

「六月二日長門藩主・毛利慶親の臣・長井雅楽を以てへたまひたる」と題されて、

 

國の風ふきおこしてもあまつ日をもとの光にかへすをぞ待つ

 

との御製を賜った。孝明天皇は決して頑なな攘夷論者・鎖國論者ではあらせられなかったことを証しする。わが國の主体性を確立したうえでの開國・海外発展・外國との交際は否定しておられなかったのである。

 

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千駄木庵日乗十一月六日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』原稿校正、記事の調整など。

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2020年11月 5日 (木)

「復古即革新」=維新とは、いにしえの理想の復興によって現在を新たならしめることである。  

 高崎正風作詞「紀元節」の歌に、

「天津日繼ぎの高御座 千代よろづ世に動きなき 基い定めしそのかみを 仰ぐけふこそ楽しけれ」

とある。この「天津日繼ぎの高御座」」(天津日嗣とも書く)とは、天の神の御子即ち日の御子のお座りになる高い御座所のことである。

 「天津日繼ぎ」とは、「高天原の天つ神から伝達された日(靈)を繼承される」ということである。日本天皇は天の神(天照大神・日の大神)の靈統を繼承され、神の御心のままに(神ながらに)日本國を治められるのである。

 平野孝國氏は「このツギの思想は、元来個人の肉体を超えて繼承される系譜と見てよい。ヨツギという形で後代まで変化しつつ残ったが、『宮廷のツギは日を修飾して、ヒツギと言ふ。日のみ子、或は日神の系図の義で、口だてによって風誦せられたものである』という折口信夫説(古代研究・國文学篇)が、本義に近いものである」(大嘗祭の構造)と論じておられる。つまり、皇位の繼承は肉体的な血統のみによるのではなく、日の神の神靈を繼承するという神代以来の信仰に基づくのである。

 さらに「高御座」について折口信夫氏は、「高御座とは、天上の日神の居られる場所と、同一な高い場所といふ意味である。…御即位式に昇られる高御座は、…天が下の神聖な場所、天上と同一な価値を持って居る場所、といふ意味である。天子様の領土の事を天が下、天子様の御家の事を天の帝(みかど)といふのは、天上の日の神の居られる処と、同一な価値を持って居るところ、といふ意味である。…高御座で下される詞は、天上のそれと全く同一となる。だから、地上は天上になる。天子様は、天上の神となる」(大嘗祭の本義)と論じておられる。

 天皇が高御座に昇られることによって、天皇は天上の神と一体になられ、地上の國がそのまま天上の國となるのである。別の言葉でいえば、今が神代になり神代が今になるのである。日本伝統信仰においては、天と地とが隔絶した存在とはとらえていないのである。高天原を地上に持ち来たし、日本國を高天原のように清らかにして神聖なる理想國にすることが天皇の御使命である。

 今上天皇におかせられても、神代以来の伝統を繼承され、御即位の大礼において天津日繼ぎの高御座にお立ちになった。これは天の神の御代理(現御神)の御地位にお立ちになったということを意味するのである。「御即位の大礼」は、天照大神が皇孫邇邇藝命を天津日繼の高御座に即け給い、神器を授け給ひ、神勅を下し給ひしことを、新たに繰り返す行事である。

 このように、天皇の國家御統治の御精神は、常に、新たなる國家の生命の甦り、言い換えると國家の新生・再生を常に希求されているのである。しかもこの新生・再生は、それまでの伝統を断絶して行われるのではない。無限の過去から無限の未来にわたるまで、天皇による日本國の新生・再生、命の甦りは繰り返されるのである。ここに日本天皇の國家と統治そして日本國體の特質がある。

 我が國國民は毎年毎年同じように春から始まって冬に終わる周期的な生活を営んでいる。四季の移り変わりが規則正しく周期的であるので、お祭りも、農漁業などのなりわいも、周期的に繰り返される行事が多い。春夏秋冬の一年の暦の一巡りで、冬が終わり元の春に戻り新たな出発が行われるのである。

 そして、我が國民は、暦の移り変わる時、即ち新たなる年を迎えた時に、生活も万物も全て再び新生するという感覚を持つのである。その時が旧暦の睦月一日すなわち紀元節の今日である。

 日本民族は、物事は周期的に新生を繰り返すという生活感覚を自然に持っていた。御歴代の天皇が、神武創業の精神=物事の初め・國家統治の理想(すなわち)に回帰することによって革新を断行するという維新の精神は、ここから発生してきた。

 だからこそ、維新は「復古即革新」といわれて来たのである。「復古」とは決して反動ではないし、回顧主義でもない。古きがゆえに良いというのではない。「復古即革新」とは、いにしえの理想の復興によって現在を新たならしめることである。  

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千駄木庵日乗十一月五日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。『政治文化情報』原稿執筆。書状執筆。『やまと新聞』連載原稿執筆・脱稿・送付。

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民主党政権より共和党政権の方が日本にとって良いことだ

日本に戦争を仕掛けたのは、民主党のルーズヴェルト、原爆を落としてのも民主党のトルーマン、朝鮮戦争でマッカーサーに北朝鮮を徹底的に叩くことを中止させたのもトルーマン。アイゼンハウワー、ニクソン、レーガンは比較的日本と友好的であり日本の国際的立場は良くなった。私の乏しい知識では以上のことが言えると思います。

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2020年11月 4日 (水)

國體と近代成文憲法

成文法以前の存在であるところの天皇中心の日本国体は成文法で規定する必要はなく、成文憲法には国の政治組織について規定するのみでよいといふ論議がある。

言ひ換へれば成文憲法には國體については規定せず、政体のみについて規定すれば良いといふのである。そして『大日本帝国憲法』に対しても疑問を呈する人もいる。

例へば、中川剛氏は「君主主権も不敬罪もヨーロッパ大陸の産物である。憲法を持つこと自体が、英米にはじまるものである。明治憲法はじつは極端なほど欧化政策の結果であった。明治憲法下の天皇制はむしろ伝統をねじ曲げるものだった。近代国家としての体裁を整えるための、たてまえとしての性格の強かった明治憲法であるから、憲法が制定されたからといってただちに、天皇が西欧の絶対君主なみの統治権を掌握したわけではなかった。天皇は制度とは別に、依然として国民的つながりの中心としての文化的存在でありつづけた。政治的天皇と文化的天皇の二重性をそこに認めることができる」(『憲法を読む』)と論じてゐる。

しかし、『大日本帝国憲法』は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって明文化したものである。

葦津珍彦氏は「帝国憲法制定の歴史について、これを伊藤博文とか、井上毅等の官僚政治家が、西欧(とくにドイツ、プロシャ、バイエルンなど)の憲法をまねて起案し制定したもののように解釈する学者が多い。しかしそれは非常に浅い皮相の見解であって、全く日本国民の政治思想史を無視したものといわねばならない。この近代憲法ができるまでの歴史条件としては、少なくとも弘化・嘉永ころからの激しい政治思想の展開を見なければならない。黒船が日本に対して開国をせまって来たころから、徳川幕府がそれまでの独裁専決の政治原則に自信を失って、外交政策については『会議』によって国是を固めようとすることになってきた。この会議政治の思想が生じてきたことは、そののちの政治思想に決定的な波紋を生じた。」(『近代民主主義の終末』)と論じておられる。

 『大日本帝国憲法』の起草に当たった井上毅は「御国の天日嗣の大御業の源は皇祖の御心の鏡持て天か下の民草をしろしめすという意義より成立したるものなり。かゝれば御国の国家成立の原理は、君民の約束にあらずして一の君徳なり。国家の始は君徳に基づくといふ一句は日本国家学の開巻第一に説くべき定論にこそあるなれ」「わが国の憲法は欧羅巴の憲法の写しにあらずして即遠つ御祖の不文憲法の今日に発達したるなり」(『梧陰存稿』)と論じている。

正論である。君主と民とは相対立しており国家は君と民、あるいは民同士の契約によって成立するといふ西洋法思想・国家観は、日本の国体観念・天皇観とは全く異質なものであると井上毅は説いてゐるのである。

井上毅は「君徳」と言ってゐるが、日本天皇は人としての「徳」よりももっと深い「祭り主としての神聖権威」、日本伝統信仰の言葉で言えば「御稜威」(みいつ)によって国家を統治したもうのである。御稜威とは天皇の有される神霊の威力といふべきものである。

折口信夫氏は「御稜威」について、「みいつといふ語の語根いつといふ語は、稜威といふ字をあてる…いつのちわき・いつのをたけびなどといふ風につかってゐます…天子に傳り、これが内にある時は、その威力が完全に発現するところの権威の原動力なる魂の名でありました。」(『神々と民俗』)「天子には天皇霊といふべき偉大な霊魂が必要であって、これが這入ると、天子としての立派な徳を表されるものと考へられてゐました。その徳をみいつといふ語で表してゐます。…これは天皇靈の信仰上の名稱でした。」(『鳥の聲』)と論じておられる。

歴代天皇は歴聖一如の「御稜威」によって国家を統治して来られたのである。

我が日本はどのような闘争や激動があっても、日本という国が分裂し破壊し尽くされてしまうということ無く、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。ここが日本という国の有難さである。

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千駄木庵日乗十一月四日

午前は、諸事。

午後からは、『政治文化情報』原稿執筆など。

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アメリカ大統領選の混乱を見ていて、あらためて、日本に生れた幸せをかみしめている。

アメリカ大統領選の投票が行われている。アメリカが北朝鮮や共産支那やロシアなどという独裁専制・恐怖国家は全く違う国であることは確かだ。

 

しかし、武装した集団が選挙監視と称して相手陣営を威嚇しているとか、暴動が起こるとか、果ては第二次南北戦争が起こるなどと言われている。

 

アメリカ合衆国は自由民主政治の理想国家であるかのように思われてきたが実はそうではなかった。そんなことは人種差別などを見ても以前から明らかだった。しかし、明るい民的にして自由な国であるということは多くの人々の共通認識であった。

 

特に日本は日米戦争の敗北した後、アメリカに占領され、いわゆる「民主化」と称する「アメリカ化」が行われた。これによってアメリカの政治制度こそが日本が目指すべき制度であると思いこまされた。そういう意識が学校教育でも教え込まれた。

 

何故アメリカ合衆国はこんなに混乱し、国家民族が分裂に危機に陥るのか。その原因を解明することは私にはできない。しかし、日本国がいかなる困難・国難に陥っても分裂することなく、滅亡することがなかったのは、国家の精神的中心に天皇・皇室がおわしますからである。

 

大東亜戦争の敗北の後、国が滅びなかったのも、西欧列強による侵略植民地化の危機に対して明治維新を断行して独立を維持できたのも、国家民族の中心に天皇がおわしましたからである。

 

私は今回のアメリカ大統領選の混乱を見ていて、あらためてそのことを思い、日本に生れた幸せをかみしめている。

 

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千駄木庵日乗十一月三日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後からは、資料整理、『伝統と革新』原稿執筆・校正。『政治文化情報』原稿執筆。

夕刻、動坂下にて、地元の友人たちと懇談。

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2020年11月 2日 (月)

天皇陛下と『皇室典範』

「國王といへども法の下にあるといふのが『法の支配』の原点である」といふ考へ方がある。これは、イギリスの法思想であるといふ。かかる法思想は、「王の権威と権力は神によって与へられた」とする西洋の「王権神授説」の考へ方であって、わが國には通用しないし、通用させてはならない。

わが國は権力国家ではなく祭祀国家であり、天皇は権力者ではなく祭り主である。わが國の國體は祭政一致である。天皇は法の上におられるとか下におられるとかではなく、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」(のり)なのである。

日本天皇が、神を祭る時にうかがった神の意志を民に告げることを『ノル(告る・宣る)』といふ。これがわが国の「法」(ノリ)の原点である。現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の「法」である。わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を民に傳へる『のりごと』である。「法(のり)」は「宣(のり)」である。天皇の上に「法」があるのではなく、天皇の宣命(おほせごと・大御心)が「法」なのである。わが國の法の尊厳性はそこから生まれる。

古来、我が國では法律・命令はすべて「のり」といふ語で表されてゐて、「のりと」と法律・命令とは根本は同じものである。

祭政一致のわが國の傳統においては、天皇の仰せごとは即ち神のご意志であり、民が守らなければならない「法」なのである。天皇の上に「法」があるなどといふことは絶対にあり得ないしあってはならない。

三潴信吾氏は、「我が御歴代の天皇の下における一切の認定法は、天照大御神と一體たり給ふ 天皇の大御心の発現であって、神定即人定と云ふべきもので、ここにわが國法の神聖性の根拠があり、従って又、そこに日本民族の尊皇遵法の根拠があるのである。」(『日本憲法要論』)と論じてゐる。

「天皇は『憲法』『皇室典範』よりも下位にある機関」などといふ説はまったくわが國體と相容れない。第一、現御神日本天皇は断じて「機関」ではあらせられない。

天皇國日本においては憲法を含め全ての「法」の正統性は、天皇の神聖権威による。なぜなら天皇は現御神であらせられるからである。天皇の正統性は憲法によるのではない。現御神日本天皇以上の権威は日本には存在しない。皇位継承など國體及び皇室に関する重要なことは、國家の権力機関である立法府・行政府で決めるべきではなく、最終的には、天皇陛下の大御心に遵ふべきである。


「皇位継承」「皇室典範改正」「天皇御譲位」について、「天皇・皇族から意見を聞くことは憲法に反する。象徴天皇制のいまの制度ではできない」というのが今日の通説になっているという。『現行占領憲法』第四条に、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されているのがその根拠になっている。

「皇位継承」「皇室典範』改定」は、日本国家を体現される御方の「御位」(みくらい)に関する事柄であり他の政治問題とは全く性格を異にする。皇位継承とは、『天津日嗣の高御座』の繼承である。普通一般の国家の国家元首・権力者交代とはまったく次元を異にする。

故に権力機構が多数決で決めてはならない。また、『天皇のご意志を伺はなくていい』などという議論は全く間違っている。日本の傳統の根幹に関わることなのであるから、日本の傳統の体現者であらせられる天皇の御意志に添い奉るべきである。

内閣・国会という権力機構が決定したことを、陛下に押し付け奉ることがあってはならない。「皇室典範」「皇位継承」「御譲位」という國體に関する根本問題について、「天皇の御意思」を全く無視するなどということがあっていいはずがない。

『現行占領憲法』第四条の「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と書かれているのは、『現行憲法』上、天皇は権力者ではあらせられないということである。であるならば、天皇は、「権力の制限規範」である「成文憲法」の制約を受けられないのである。天皇は、「成文憲法」を超越した御存在である。

天皇は権力者ではあらせられないし、申すも畏れ多いが、天皇は権力機関ではあらせられない。したがって「皇室典範」「皇位継承」「御譲位」という國體に関する根本的事柄について、権力機関たる国会や政府が干渉したり、何事かを決めることは本来出来ないのである。

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千駄木庵日乗十一月二日

午前は、諸事。

午後からは、『伝統と革新』原稿校正。資料整理など。

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絶対尊皇精神・勤皇精神の体現者・楠正成公

尊皇精神・勤皇精神の体現者が楠正成公である。日本国民の「楠公崇拝」即ち楠正成を尊崇する心とは、楠公の絶対尊皇の精神と行動に共感する心である。

久保田収氏は、「『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして、…奮戦し…中興の糸口をつくったこと…七生報国の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志をうけつごうとする決意とを生み出したのである。…天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎…の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている…強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである。」(『建武中興』)と論じてゐる。

足利高氏軍が兵を率いて九州から進攻して来た時、楠正成は、後醍醐天皇に「比叡山に行幸して頂き、正成も郷里の河内に馳せ下り、畿内の兵を以って淀の川尻をさし塞ぎ、物資の都への流入を断ち、敵を兵糧攻めにして苦しめ、その間に義貞と正成とで敵を挟撃すれば、必ず勝利を収めることができる」と献策した。

しかし、その献策は朝廷に容れるところとならなかった。『太平記』によると、正成は「討ち死にせよとの勅定ござむなれ。義を重し死を顧ぬは忠臣勇士の存る処也」と言って、五百余騎で兵庫に向ひ、見事に討ち死にした。

『太平記』は、楠公を讃嘆して、「智仁勇の三徳を兼て死を善道に守り、功を天朝に播(ほどこす)事は、正成ほどの者は未だ有らず」と書いてゐる。また、足利高氏側近の武将が書いたとの説がある『梅松論』でさへ、「賢才武略の勇士ともかやうの者をや申べきとて、敵も味方もおしまぬ者ぞなかりけり」と楠公をほめてゐる。

かかる楠公の絶対尊皇精神は、後世に大きな影響を与へた。
久保田収氏は次のごとく論じてゐる。「明治維新のために活動した多くの志士は、ほとんど例外なく楠公に対する感激と崇敬とを抱いていた。…松陰は『七生説』を作って、正成が七度人間と生まれて国賊を滅ぼすことを誓ったことについて、『楠公兄弟、たゞに七たび生れるのみならず、初めより未だ死せざるなり』といい、『是より其の後、忠孝節義の人、楠公に見て興起せざるものなし。…』となし…人々のこころが楠公に帰一した時に、明治維新は成就したのである。」(『建武中興』)

高山彦九郎・有馬新七・真木和泉守保臣など維新の志士たちの楠公仰慕の心は非常に強いものがあった。楠公の絶対尊皇精神が、明治維新の戦ひに挺身した志士たちの精神的基盤であったと言っても過言ではない。

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千駄木庵日乗十一月一日

午前は、諸事。

午後からは、『伝統と革新』原稿執筆、校正。資料整理。

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