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2020年10月 7日 (水)

維新とは神の回復であり、信仰共同体日本・祭祀國家日本の回復である

明治二十三年十月三十日に渙発された『教育勅語』にし示された「我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」の「皇祖」は伊邪那岐命伊邪那美命二神及び天照大神の御事であり、「皇宗」は神武天皇の御事である。「國ヲ肇ムル」とは、國生み及び天孫降臨と神武建國の御事である。「國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」と示されてゐる以上そのやうに拝するのが自然である。しかし、『教育勅語』渙発に際して、さうしたことに否定的な見解を示した人がゐた。

新田均氏はその著において大要次のやうに論じてゐる。「『教育勅語』発布後文部省は解説書を井上哲次郎(注・東京大学教授。哲学者)に依頼した。井上の草案では、勅語の『皇祖』は『天照大御神』、『皇宗』は『神武天皇』であると説明していた。井上(注・井上毅。大日本帝國憲法制定に参画、法制局長官となり、『教育勅語』など詔勅・法令を起草。枢密顧問官・文相などを歴任。)は文句をつけて『皇祖は神武天皇、皇宗は歴代天皇』とするよう求めた。彼は、君臣関係の力点を、神話よりも、神武建國以降の『歴史』に置こうとしたのだと言えよう。」(『「現人神」「國家神道」という幻想』)

葦津珍彦氏は次のやうに論じてゐる。「勅語には『皇祖皇宗』の道とあり『祖先』の遺風とある。これをもって、皇祖皇宗を初めとして各地の神社の民族祖神の『神靈』の意と解すれば、勅語は神道の強力な一拠点となり得る。明治天皇の勅語としては、かく解するのは決して無理ではない。しかしそれを神宮神社の『神靈』と結びつけることには『神道を國教化するもの』としての強い反抗の底流があった。その反抗の強力なことを知ってをればこそ、井上毅は、とくに厳重な前提条件として尊神とか敬神とか『神靈』を意味する語を絶対に避けねばならないとし、神靈存否の論は、各人の解釈に任せて、勅語そのものの関知せざるところとした。この明治的合理主義官僚が、神社局の思想となる時には、『神靈については当局は関知せず』として、神道独自の精神を放棄して、一切の合法的宗教、哲学との妥協にのみ神経を労して、神宮神社をもって、歴史的偉人の記念堂(モニュメント)と同視して、神道精神を空白化することになる。」(『國家神道とは何だったのか』)

新田氏によると加藤玄智(大正・昭和期の宗教学者)は「わが國明治以来教育界の通弊は、その實証主義、科学萬能主義で在り、それに加ふるに,迎合外交と追随教育の幣は、教育勅語に仰せられた皇祖皇宗を解するに、単なる人間としての祖宗、すなわち人祖人宗に外ならないものとして、これを解し奉ってをった。…」と批判していたといふ。加藤玄智の批判は正しいと思ふ。

「皇祖」を神武天皇のみし、「肇國」を神武建國のみとすることは、『天壌無窮の御神勅』の否定につながる考へ方であり、神話の精神を隠蔽するものである。日本國體は神話を基礎とするのだから、神靈への信を無視し否定した國體精神・國家主義は真の國體精神ではない。

神霊への信仰を排除し神社を歴史的偉人の記念堂のごときものとするのは、明らかに傳統信仰の隠蔽であり、祭祀国家の破壊である。今日の「靖国神社を排除した國立戦没者追悼施設建設」につながる思想である。ここに葦津氏のいふ「明治的合理主義官僚」の日本傳統信仰に対する無理解といふ大きな欠陥が表れてゐる。かうしたことが、祭祀國家・皇道國家日本の本姿を晦ませて日本を覇道化させた原因だと言ひ得る。

従って、村上重良氏らの「國家権力が神道を人民支配のイデオロギーとするためのバイブル・経典が『教育勅語』であった」といふ主張は誤りである。むしろ國家権力による神道精神の隠蔽が行はれたことが近代日本の過誤の根本原因であったと考へる。

神靈への信を忘れ天皇を祭り主と仰ぐ信仰共同体から遊離した國家至上主義は誤りである。維新とは神の回復であり、信仰共同体日本・祭祀國家日本の回復である。宗教対立・宗教戦争が繰り返され、宗教裁判・魔女狩り・聖戦といふ名のテロが行はれてきてゐる一神教の世界では、まったく考へられないことだらうが、神社神道・日本傳統信仰は、佛教あるいはキリスト教ですら共存させる寛容さ・柔軟さそして強靭さを持ってゐる。それが日本人の当たり前の宗教感覚であり、信仰文化であった。

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