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2020年10月 5日 (月)

「祭祀」の精神が、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となる

 あの世に生きている死者の靈を祭り報恩感謝の誠を捧げると共に、現世に生きる者たちを護りたまえと祈ることがわが傳統信仰として今日まで生き続けている。こうした日本民族の傳統的死生觀から、よみがえりの信仰・七生報國の志が生まれてきた。また、仏教の輪廻転生思想受容の下地にもなった。
 
先祖の靈魂は、お盆や正月や春秋のお彼岸に子孫のいる家へ帰って来るという信仰が今日にも年中行事として生きている。肉體の「死」を人間の全存在の消滅とは考えず、祖靈・死者の魂を身近に感じているのがわが民族の死生觀である。

ともかく、祖靈・死者の魂を尊びこれをお祭りすることは、日本民族の傳統信仰の基本であり、道義心・倫理觀の根幹である。

わが國民は、鎮守の神を敬い、亡くなった祖先の御靈を崇め、その御加護を祈ってきた。これが我々日本民族の生活の土台であった。

 内閣総理大臣が、靖國神社に公式参拝し、戦没者の靈に対して感謝の誠を捧げ、國家の安泰と世界の平和を祈ることは、道義が頽廃し、様々の面で混迷の極にあるわが國の再生・改革のためにまことに大切な行事である信ずる。

わが国の伝統精神における最も大切な行事は祭祀である。「祭祀」とは神に奉仕し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。さらに、「祭祀」は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の実践である。つまり人と自然の本来の姿を回復する行事が祭りである。
 
わが国民が祭りが好きであるということは、日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのがわが国民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができる信じ続けてきている。この「祭祀」の精神が、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。

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