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2020年9月21日 (月)

信仰心・宗教心とは、特に日本においては、敬神崇祖の心が基本である

信仰心・宗教心とは、特に日本においては、敬神崇祖の心が基本であると思う。

昨日、新型コロナウイルスの猖獗に伴う我々日本人の反省は、静寂を旨とし森厳を大切なものとしてきた我が国神道精神に回帰することによって実現する。その意味でも全国の神社への参詣と祭祀が大切になってくると考える、と書いた。

少し私の意見を追加したいと思う。神仏に祈りを捧げるために神社仏閣に赴き参拝することは大切である。しかし、神仏に対しては静謐なる祈りと祭りを心がけねばならないと思う。

全国の神社仏閣が、現在大きな祭礼や法要を中止または延期してゐるのはそのためなのであろうか。だとしたらそれは正しい。

私は大分以前から思ってゐたことなのであるが、靖国神社に参拝する国会議員の人々が、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」と名乗っていたことに違和感を抱いていた。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という悪いこと法律違反も大勢でやってしまえば構わないという言葉を連想させるからである。

神仏への祈りと祭祀は集団で行うことも大切である。祭祀を基本とする日本伝統信仰=神道は共同体信仰である。しかしそれは共同体に対する神のお守りを祈念することが根柢にあるのであって、みんなでやらないと批判される咎められるという性格の事では絶対ない。

戦後日本は国民の多くが貧困や病苦に苦しめられていたので、神と佛に健康と豊かさを与えたまえと祈ることは致し方のないことであった。そして戦後宗教はそうした庶民の願いを実現すべく努力した。現世利益とはそういう事であろう。

しかしそれは宗教の本来のそして唯一の目的ではない。やはり、静かに心を鎮めて神を祭り佛に祈ること本来の信仰のあり方であろう。新型コロナウイルス猖獗や戦乱など人類の危機的状況を根本的に打開するためにもそのことは大切であると思う。

私は、信仰心・宗教心とは、特に日本においては、敬神崇祖の心が基本であると思う。日本伝統信仰たる神道そして先祖伝来の宗教を信仰することが大切であると思う。具体的に言えば、地域の産土の神社と先祖代々の菩提寺に眠る祖霊・靖國の英霊への感謝・報恩の心が基本であると思う。その上で。多くの宗教者の説いてきたことを学び、生活に生かすべきであると思います。

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