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2020年9月24日 (木)

「祟り」は、より高次の「善」「幸」を生じせしめる契機である

最近、祟り・怨霊といふことが問題になることが多くなった。日本伝統信仰・神話精神・神道精神は祟り神・怨霊についてどういふ信仰を持ってゐるであらうか。

わが國は今日唯今、新型コロナウイルスが猖獗してゐる。わが國においていはゆる伝染病が流行し多くの人々が犠牲になったのは、古代にさかのぼる。古代より、伝染病が流行し多くの人々が犠牲になった時には、神への祈りがささげられ祭祀が行はれた。

『古事記』と『日本書紀』に書かれてゐる大物主神に関する神話は、日本の神が「祟りの神」から「豊穣の神」「幸の神」に変身することを明らかに示してゐる。まさに「見直し、聞き直し、告り直し」の世界である。

『日本書紀』に書かれてゐる通り、大物主神は「我は是倭國の域(さかひ)の內に所居(を)る神、名を大物主神(おほものぬし)と爲(い)ふ」といふ神であられる。

その大物主神は、崇神天皇の御代において「祟りの神」として登場された。しかし、大物主神をお祭りするやうになると、「祟りの神」としての性格を全く無くされ、大和の國のみならず日本全國そして皇室の「守り神」「豊穣の神」としてご活動をされ続けられるである。

最初に「祟りの神」として登場されるのは、あくまでも大物主神に如何に大きな力があるかを示し、神としての活動開始の合図であるかのやうである。

小室直樹氏は、「人びとにまつられる日本の神は、もと祟りである。…祟らないように神社を作ってこれを祭る。そうすると、人に祟りをなす悪神は善神となり、人びとに幸福を授けるようになる。日本の神様は、みなこのタイプである」(『天皇恐るべし』)と論じてゐる。

大物主神だけでなく、菅原道真の御霊も然りである。最初は「祟り神」として登場されるが、祭りを行ふことによって、「天満大自在天神」といふ幸をもたらす神、善神、学問の神へと変身された。

折口信夫氏は、「たたり」について次のやうに論じてゐる。「『たゝる』といふ語は、…古い意義は神意現れると言ふところにある。允恭紀に淡路の島で狩りせられて、終に獲物がなかったので、占はれると、島の神祟りて曰はく、獣をとらせないのは自分の心だ。赤石の海底の眞珠を自分に獻ったら獸をとらせようと言うたとある。此文の卜うたら神が祟ったと言ふのは、今の祟るでない。…『たつ』と云ふ語は現れる・出るといふ意義が古いので、其から、出發・起居などの觀念が纏って來たのである。…(注・『月立つ』…『向ひの山に月たゝり見ゆ』といふ言葉は)月神の出現を示すのである。其が段々内的になって來て、神意の現れる事を示す語になる。…更にそこに、意義が固定すると…捉へ難きものゝ出現の意になる。『たゝり』は『たつ』の『あり』と複合した形で、後世風には『たてり』と言ふところである。『祟りて言ふ』は『立有而(たゝりて)言ふ』と言ふ事になる。神現れて言ふが内化した神意現れて言ふとの意で…古いものはやはり、人の過失や責任から『たゝり』があるのでなく、神がある事を要求する爲に、人困らせの現象を示す風であった」(「『ほ』・『うら』から『ほがひ』へ」)。

この折口説によると、「祟り」の語は、神の顕現を表はす「立有(たちあり)」=「立ち現れる」といふ意味であり、神が目の前に立ち顕れることを言ったといふ事である。それがいつしか、今のような、神仏や霊魂などが人間に災ひを与へること、また、その時に働く力そのものをいふようになってしまったのである。

本来「祟り」は、より高次の「善」「幸」を生じせしめる契機なのである。これは、明るい太陽のもとで生きてゐる日本人の明るい國民性による信仰精神であらう。

村岡典嗣氏は「(注・我國の神代伝説において)部分的にも全體的にも著しく看取せらるゝ哲理として存するものは、吉凶相生じて吉に歸する、換言すれば凶も又吉の爲に存するといふ見解である。…一貫して吉の力、生成の力の優越が示されてゐる。…人生や世界は凶悪あるにも拘らず、本格的にそを支配するものは吉善の力で、凶悪の存するのも畢竟は吉善の爲であり、凶悪は假で吉善こそ本質である」(『日本思想史研究④』)と論じてゐる。

日本には、絶対的悪神・悪魔はゐない。悪神は祭りを受けることによって善神となり、人間の罪穢れも禊祓ひによって清められる。

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