« 千駄木庵日乗九月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十一日 »

2020年9月10日 (木)

村上正邦氏の御冥福を心より祈らせていただきます。

村上正邦氏が逝去された。心よりご冥福を祈らせていただきます。

村上正邦氏に初めてお会いしたのは、小生が高校生の頃であったと記憶する。半世紀以上昔である。その頃、村上氏は、故玉置和郎氏の秘書をしておられた。精悍で元気の良い方であった。小生が所属していた生長の家が、玉置和郎氏を支持して参院選を戦った。その頃玉置氏は三木武夫氏の派閥に属し、早川崇という参院議員の系列に属していたと思う。

玉置氏と村上氏は拓殖大学の同窓で、村上氏は玉置氏の秘書ではあったが兄貴分と弟分の関係であったように思う。そして二回目の選挙で玉置和男氏は全国区第三位で当選し、大活躍された。

その後、村上正邦氏も自民党候補として参院全国区に立ち、当選した。そして長い間参院議員として獅子奮迅の活躍をされ、谷口雅春師はもとより生長の家の幹部からも信頼された。

日本の伝統を守り、皇室を尊重するという「真正保守」の立場に立ち「国旗国歌法制定」「優生保護法改正」「皇室関連の奉祝行事」などで長年にわたって多大の貢献をされた。

そして囹圄の身になるという苦難に遭遇されたが、若輩の私がこんなことを言うのは失礼の極みであるが、そのことによって益々人物が大きくなられたように思う。村上氏の国を思う心、皇室尊崇の念はますます篤いものがあった。

人生後半で苦難に遭われたが、八十八歳まで元気に活躍された。そして日本の行く末を憂えられ、今日の自民党に対して苦言を呈されていた。

村上氏の事務所で月に一回くらい、勉強が行われていたことを懐かしく思い出す。その勉強会の講師には、与野党を問わず、また政治家ではない人も含め実に色々な方が来られて講演をされ、村上氏の人脈の幅広さを実感した。

心よりご冥福を祈ります。

|

« 千駄木庵日乗九月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十一日 »