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2020年9月 7日 (月)

維新とは、霊の復活である。神代への回帰である。

維新とは、霊の復活である。神代への回帰である。明治維新が神武創業への回帰であった。現代維新は神代の回帰であるべきである。天孫降臨に回帰しなければならない。それは「神勅」の実現であり、神の復活であり、神話の再興である。今即神代の実現であり、高天原を地上への実現である。明治維新は王政復古だった。今日の維新は神政復古である。

神代への回帰こそ最高の理想である。天津日嗣日本天皇の実相顕現であり、神国日本・神の子人間の実相顕現である。天の岩戸開きである。

かかる考へ方は、神がかりであり、情緒的であり、観念的であるとの批判もあらうが、体制変革の根本に神への回帰が無ければ、砂上の楼閣である。いくら国家機構を変革し法律や権力を更新しても、様々な悪しき事象が無くならないことは現実と歴史が証明している。『大日本帝国憲法』といふ國體精神に則った理想的な憲法があっても、維新変革が必要だったのである。法律や制度を整えへるだけでは真の維新は成就しない。

わが国においては、国家変革即ち維新と信仰精神・神話の精神は不離一体である。大化の改新、建武中興、明治維新においては、神国思想・國體信仰がその中核にあった。昭和維新運動も然りである。政治制度の変革の根底に信仰精神が無ければならない。それは、日本伝統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。

日本国は単なる西洋的権力国家ではない。契約国家でもない。神が生みたまふた神の国である。別の言ひ方をすれば、天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体であり祭祀国家である。その眞姿を開顕することが即ち維新である。


昭和維新は反近代・近代の超克の戦ひであった。今日においても、近代の悪弊は正されてゐない。それどころか、近代科学技術文明、近代政治体制が大きな矛盾をきたし、人類をそして日本を苦しめてゐる。今こそ近代の超克が目指されなければならない。

明治以来の欧化主義によって日本の近代を遂げ、国家と国民が物質的経済的の発展したことは事実である。しかし、その弊害たるや今や民族の存亡に関わるところまで来てゐる。国家・家庭が破壊され、自然も破壊され、人間生活も根底から破壊されようとしてゐる。これを打開するのは、日本伝統精神の復興しかない。

近代西洋の科学技術至上主義、営利至上主義、悪しき意味の人間中心主義が、世界を破壊へと導いてゐる。日本は、日本伝統精神によってこの危機を克服し打開して、祖国をそして世界を救済する使命を有するのである。

これは神がかりでもないし、空論でもない。天地共に栄える豊穣の国の実現である。太陽の恵み、地の恵みによって国民すべてが麗しく明るく生きる日の本の国の実現である。

神国日本の祭り主であり、天壌無窮の神勅を継承され実現される天皇への帰一が、尊皇精神であり、忠であり、国家の理想実現である。

愛郷と言ひ、社稷と言ふも、その根底に天地の神々がゐます。科学技術至上・営利至上の日本から、道義国家日本・天地自然の神々が生きたまふ國への回帰は、道義の中心者、天地自然の神々への祭祀者・日本天皇への中心帰一、神聖権威への仰慕の心によって実現する。

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