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2020年8月 9日 (日)

日本國體を破壊して共産党が政権を掌握した時こそ、日本国が専制独裁国家になってしまうのである。

志位和夫日本共産党委員長は、「(天皇の制度・注)は、何よりも『世襲』にもとづく制度であり、それ自体が人間の間に差別や身分的秩序をつくりだす制度であるという点で、『民主主義および人間平等の原則』と両立するものではありません」(令和元年六月発行『天皇の制度と日本共産党の立場』)と語っている。


日本共産党という共産主義革命を目指す政党が「君主制」を肯定することは絶対にありえない。それは「綱領」を読めばそれは明らかである。「綱領」には、「憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」と書かれている。つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまでは廃止しない」と当たり前のことを言ったまでのことである。共産党は権力を掌握したら、共産党の言う「天皇の制度」を否定した「共産主義憲法」を制定する。

それは、「綱領」の『前文』に「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義及び人間平等の原則と両立するものではなく…民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と明記されていることによっても明らかである。

しかし、共産主義革命によって君主制が打倒された国々は、民主主義も人間平等もまったく実現していない。それどころか、独裁専制政治による差別虐待の体制になっている。このことはソ連・共産支那・北朝鮮を見れば火を見るよりも明らかなことである。この事実を見れば、共産党の主張は全く誤りであることは明白である。

日本共産党のみならず、これまで世界中の共産党および共産主義組織は、「君主制は資本主義体制の背骨である」としてこれを打倒することを目標としてきた。これは、ロシア革命においてロマノフ王朝を打倒し、皇帝一族を惨殺して以来の恐ろしき体質である。「君主制打倒」「天皇制廃止」こそ、日本共産党の基本姿勢なのである。

日本共産党は、今日においても、天皇を君主と仰ぐ日本國體の破壊を目指してゐる。それは日本共産党の指導者・不破哲三が、「私たちは、目標としては民主主義の精神、人間の平等の精神に立って、天皇制をなくす立場に立ちます。これをどうして實現するかといえば、主権者である國民の多数意見が、その方向で熟したときに、國民の総意で解決する、ということです。これが、天皇制の問題を解決してゆく、道理ある方法だと考えて、今度の綱領に明記したわけであります」「日本の國の制度、政治の制度の問題としては、一人の個人が『日本國民統合』の象徴になるとか、あるいは一つの家族がその役割をするとか、こういう仕組みは民主主義にもあわないし、人間の平等の原則にもあわないと考えています。ですから将来の日本の方向として、どういう制度をとるべきかということをいえば、天皇制のない民主共和制をめざすべきだというのが日本共産党の方針であって、この点に変わりはありません」(平成十六年の日本共産党創立八十一周年記念講演)と述べていることによって明白である。

日本共産党の「綱領」にも、「(象徴天皇制は・注)憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に國民の総意によって解決される」と書かれている。

つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまではできない」といふ当然至極のことを言ったまでのことである。日本共産党は情勢が熟したら、天皇を君主と仰ぐ建國以来の日本國體を破壊することを目指す政党である。この事には何に変はりはない。「解決」などと言ふ欺瞞的な言葉を使ってゐるが、「廃止する」「打倒する」といふことである。共産党は権力を掌握したら、いはゆる「天皇制」を否定した「共産主義憲法」を制定するのである。

それは、「綱領」の「前文」に「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『國民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義及び人間平等の原則と両立するものではなく…國民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の實現をはかるべきだとの立場に立つ」と主張してゐることによって明らかだ。

志位和夫は、「綱領がのべているように、現制度は何よりも『世襲』にもとづく制度であり、それ自体が人間の間に差別や身分的秩序をつくりだす制度であるという点で、『民主主義および人間平等の原則』と両立するものではありません」と語っている。

権力者の世襲、厳しい国民の間の差別及び身分的秩序を基本とした独裁専制政治が行われ、多くの国民が苦しみに喘いでいるのは、北朝鮮・共産支那などの共産国家である。この事実を志位は全く無視している。

天皇を君主と仰ぐ日本國體を破壊して共産党が政権を掌握した時こそ、日本国が専制独裁国家になってしまうのである。

『日本共産党』の「綱領」には次のように書かれている。「天皇条項については、『国政に関する権能を有しない』などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。

共産主義革命が行なわれ、君主制が廃止された国では、君主制以上の独裁専制政治が行なわれた。ロシアでは共産革命の後、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフという党最高指導者による独裁専制政治が行なわれた。

支那も、共産革命の後、毛沢東・鄧小平・江沢民・習近平による独裁専制政治が行なわれてきている。

ロシアや支那の君主制と、わが国の「天皇中心の國體」とは、全くその本質を異にしており、同列に論じることは出来ない。しかし、ロシアと支那は君主制打倒の後、党独裁の専制政治が行なわれたことは歴史的事実である。

北朝鮮は文字通り、「金日成王朝」と言われているように、金日成・金正日・金正恩三代の残酷・凶暴なる専制政治が行なわれている。北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」などという長ったらしい国名を付けているが、決して「人民が主人公の民主主義国家」ではなく、「金一族」のみが専横を極め「金一族」を批判する国民は迫害され粛清される国である。また、金一族を批判しなくとも国民多数が栄養失調で死んで行く国なのだ。

共産主義体制とは、プロレタリア独裁=共産党独裁=党最高指導者専制という政治である。「君主制度の国は民主的でなく国民の自由は奪われ、国民は差別されるが、共産主義国家は民主的であり国民平等の社会が実現する」というのはまったく大ウソである。共産主義体制の国こそ、国民の自由と繁栄は奪われ、共産党幹部以外の国民は差別され虐げられる反民主的な専制国家なのである。

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