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2020年7月15日 (水)

祇園祭の最も重要な行事である山鉾巡行・神輿渡御の中止について

祇園祭は、千百年の伝統を有する八坂神社の祭礼です。祇園祭はもっとも有名であり多くの人が集まると思ひます。古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、貞観十一年(八六九)に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行した時、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数六十六カ国にちなんで六十六本の鉾を立て、祇園の神を祀り、さらに神輿を送って、災厄の除去を祈ったことにはじまると言はれてゐます。

ところが今年は祇園祭の最も重要な行事である山鉾巡行・神輿渡御が、新型コロナウイルス対策の為に中止になりました。疫病除去の祭礼なのに、疫病が猖獗してゐるからと言って中止するのは何とも残念なことです。

すでに何回か書きましたが、日本の神々は、近年はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を発揮する畏怖すべき生命であり靈であるといふことです。無限の可能性を持つと言ひ換へてもいいと思います。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災ひをもたらします。今日の新型コロナウイルスの感染拡大はこれにあたると思はれます。
『古事記』の「身禊」の条には、「悪(あら)ぶる神の音なひ、狭蠅(ばへ)なす皆満ち、萬の物の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記され、「天の岩戸」の条には、「高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。萬の神の声(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす満ち、萬の妖(わざはひ)悉に発(おこ)りき」と記されてゐます。自然の中に精靈が生きてゐるといふ信仰です。

日本民族には、自然を敬ひ、愛すると共に、自然を畏れる素直な心があります。近代以後、科學技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精靈として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまひました。自然を征服しようとか、自然を造り替へようなどといふ文字通り神をも恐れぬ考へ方を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければなりません。つまり、神々を祭る心の回復が大切です。「草木がものをいふ」といふ日本の伝統的信仰精神に回帰しなければなりません。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができるのです。全国の神社仏閣は大いに祭祀・法要を行ひ、疫病退散を祈願すべきです。

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