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2020年7月19日 (日)

総務大臣という閣僚が靖国神社に参拝するといふ大変尊い行事を、靖国神社側が断ることがあっていいはずはない。


『朝日新聞』令和二年四月十八日の報道によると、高市早苗総務大臣が、四月二十一年四月二十一日からの靖國神社例大祭に参拝しようとしたら、何と「新型コロナウイルスの感染拡大防止のため」という理由で、靖国神社側から参拝を断られたという。この報道が真実なら、靖国神社の姿勢と対応は理解に苦しむ。

高市総務相が靖国神社に参拝することによって、「新型コロナウイルス」の感染が拡大するなどということはどう考えてもあり得ない。否、それどころか政府閣僚が靖國神社の御神霊に参拝し、英霊に対して感謝と慰霊の誠を捧げ、「新型コロナウイルス」の感染が拡大の防止を祈願することは、まことに大事なことである。これを神社側が断るなどということかあっていいはずがない。

祖霊と自然に宿る神々を拝ろがむ日本の傳統的信仰精神が、罪穢れや災厄を祓い清めるのである。神社の神々への祭祀が自然を破壊し人の命を軽んずる現代を救済する原理となる。

わが國の麗しい山河、かけがへのない道統を重んじ、日本の傳統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識を回復しなければならない。

我が國は神話時代(神代)以来の傳統精神すなはち日本國民の歩むべき道といふものがある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし自然の中に神の命そして國のために命を捧げた英霊、祖先を尊ぶ心である。つまりきはめて自然で自由で大らかな精神なのである。

我々日本民族の祖先が有した人生や國家や世界や宇宙に対する思想精神は、神とか罪悪に関する考へ方が、全て祭祀といふ實際の信仰行事と不可分的に生まれてきた。

抽象的な論理や教義として我が國傳統信仰の精神即ち神道を理解することはできない。我が國においては生活そのものの中に傳統信仰が生きてゐるのである。

『鎮守の森』には、神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来たからである。『鎮守の森』ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精靈が生きてゐると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来た。

わが國の傳統信仰における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である。祭祀が自然を破壊し、人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。日本傳統精神の価値は今日まことに大切なものとなってゐる。

「神道祭式=祭り」は、信仰共同體國家日本の根幹として悠久の歴史を経てきており、今日なお國民一般に根強くそして盛んに行はれてゐる信仰行事である。総務大臣という閣僚が靖国神社に参拝するといふ大変尊い行事を、靖国神社側が断ることがあっていいはずはない。

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