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2020年7月17日 (金)

天皇・皇室は、「権力の制限規範」である憲法、「国権の最高機関」である国会の制限も干渉も受ける御存在ではない。

御厨貴氏は、『朝日新聞』令和二年七月九日号所載の「語るー天皇・官邸の板挟み」という文章で、次のように書いている。

「天皇の生前退位は、日本政治が近代史上初めて扱う課題です。眠れる獅子の感があった国権の最高機関である国会の議長から、『国会は有識者会議の下請け機関ではない』と批判される事態も生じました。まだすべてを明らかにはできませんが、会議のメンバー全員が天皇と首相官邸の対立に間で大変な経験をしました。平成の天皇は、ご自身一代限りの特例法ではなく、今後代々の生前退位を可能にする恒久法を作ってほしいとお考えだったのでしょう。色々なルートからそれが伝わってきました。ただ、会議の空気は緊急避難的な特例法しかないだろうというものでした。この問題で
私に会いたいと言ってくる方は大勢いましたが、丁重にお断りしました。ただ、長年お世話になっていて、どうしても断れない相手もいた。宮廷政治ならではの力学や作法を目の当たりにしました」と書いている。

この文章によると、皇室を敬う姿勢を示す自民政府及び安倍晋総理は、上御一人のご意向・ご意志に反して恒久法ではなく、特例法を制定したのである。このことは『現行憲法』が日本國體を完全に隠蔽し、恐れ多くも天皇陛下を政治権力者・国会及び政府の下位に立つ御存在にしているということを明らかにしたのである。

しかし、『現行占領憲法』第四条には、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」などと書かれている。

これを金科玉条にして、左翼勢力・國體破壊勢力は、天皇陛下の「ご発言」や「ご行動」を掣肘し奉ってきた。こうしたことは、自民党政府・自民党政治家も同じであるということだ。

今日まず行われるべきことは、『現行憲法』の「天皇条項」の廃止である。「天皇は日本国の統治者であらせられる」という國體の真姿を正しく謳った憲法に回帰するために最善の努力をすべきなのである。

畏れ多いことではあるが、憲法が、天皇陛下に対し奉り多くの制約を加え奉っている状況をそのままにして、天皇陛下及び皇族方の皇室制度について、政治権力などがあれこれ申し述べるのは許されない。政府及び国権の最高機関とされる国会の驕りがこういうところに表れている。厳しく批判しなければならない。

権力者ではあらせられない天皇・皇室は、「権力の制限規範」である憲法、「国権の最高機関」である国会の制限も干渉も受ける御存在ではない。

冒頭に述べたとおり、『現行占領憲法』には、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と書かれている。つまり、天皇は権力者ではあらせられないとされているのである。

したがって、天皇・皇室は、「権力の制限規範」である憲法、「国権の最高機関」である国会の制限も干渉も受ける御存在ではない。

歴代天皇が、國の平安・国民の幸福を神に祈られ、国の平安と国民の幸福のために無私のご精神で君主としてのおつとめを果たされてきたからこそ、日本国および日本国民の今日があるのである。

「國體護持」とはあくまでも感謝と報恩の国民の務めとしてそれを果たすということである。

そういう意味でも、「権力の制限規範」たる憲法や、権力機関である政府や国会などが、天皇皇室に対し奉り、制限も干渉してはならない。政府や国会が「皇室典範」を改定したり、「御譲位」についての特別立法を行った事は大いなる誤りであり國體隠蔽である。

つまり、日本国の君主であり現御神であらせられる日本天皇は、成文憲法によって規制せられる御存在ではない。まして戦勝国によって押し付けられた「占領憲法」下に置かれるご存在ではない。また、内閣、国会という権力機構によって規制される御存在でもない。

『現行占領憲法』下において、天皇に対し奉り、「祭祀、皇位継承、譲位」などへの国権の最高機関とされる国会の介入と規制、内閣という権力機構による「助言や承認」をすることはできないし、してはならない。

我々国民は、この事を明確に認識しなければならない。所謂憲法問題で最も重要なのは、「第一条」である。

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