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2020年5月31日 (日)

亡国野党・偏向朝日の倒閣の企みを阻止しなければならない

安倍政権に対しては大きな不満がある。欠点もある。歴史問題・憲法問題に対する姿勢はもう少ししっかりしてもらいたい。しかし、今の野党に政権を渡してはならないということは自明である。

国難の時期に、国家の基本政策・基本戦略を明らかにせず、政府攻撃、権力奪取ばかりを画策する亡国野党そして偏向メディアという国内の「反日勢力」に対する糾弾が大切である。

亡国野党と偏向メディアは、安倍総理夫妻や自民党政府を糾弾し、「安倍一強体制を撃ち破る」とか言って、政府攻撃に終始している。全く国家の安全よりも政府転覆の方が大事なのである。我々は北朝鮮、共産支那という外敵そして亡国野党偏向メディアという内なる敵に対して、毅然として戦いを挑まねばならない。

亡国野党の連合政権ができたら、日本はどうなるであろうか。対外関係だけに限っても、支那と北朝鮮による我が国への軍事的政治的圧迫を今以上に跳ねのけることはできなくなる。野党連立政権は何としても阻止しなければない。

日本人は、政治家など誰か一人の人物を極悪人に仕立て上げ、その人を断罪すればすべての物事が解決し、日本は良くなるという常軌を逸した異常な意識を持つことがある。

大東亜戦争敗北直後は、東條英機がその対象になった。「東條がいなかったら日本は戦争をしないで済んだ。戦争に負けて国民がこんなに苦しんでいるのは東條のせいだ」という風潮が横溢した。

講和が発効し造船疑獄が起こると、「吉田が悪い、吉田を倒せ」の大合唱。そして岸信介氏が日米安保改定を断行しようとすると、「元戦犯の岸はアメリカと一緒になってまた戦争をやる気だ」と批判し、岸内閣打倒のデモが国会を取り巻き乱入した。その後、岸氏の弟佐藤栄作氏の長期政権に飽きると、「官僚政治反対。庶民宰相が良い」のこれまた大合唱。「今太閤」と持ち上げられた田中角栄氏に対しても「田中金権政治批判」が巻き起こった。

その後は、中曽根・竹下・宮沢などが総理になったが、それほどの批判は起らなかった。時代が変わったのだろうか。

しかし、今の安倍晋三総理に対しては、野党やメディアなどから相当な非難攻撃が起っている。それがかつてのような内閣打倒にまで発展するかどうかまだわからない。しかし、日本人の悪い癖がまた復活してきたように思える。

そもそも安倍政権は、「日本を取りもどす」「美しい日本」を合言葉にして政権を掌握した。多くの保守勢力は安倍政権を支持した。

多くの政党が連立を組んだ政治がいかに駄目だったかは、細川連立政権が実証した

野党は、日本が、外交・国防安保・自然災害・新型コロナウイルスなどで大変な危機的状況にあるにもかかわらず、揚げ足取りと失言追及、つまらないスキャンダル追及に明け暮れてきた。メディアも同じだ。

今日もっとも大切な問題は、国家の安全と独立の維持である。そのためには憲法を正し、防衛体制を強化するべきなのである。

かつて民主党は「コンクリートから人へ」などと耳障りの良いことを言って政権を奪取したが、その直後に東日本大震災が起こり、国土が破壊され多くの犠牲者が出た。災害を出来得る限り食い止めるため國土をもっと整備し強靭化すべきだったのである。それを怠ったのが当時の民主党政権だったのだ。

民主党政権瓦解以後、民主党は、バラバラに分裂した。そしてまた最近になって、バラバラだった連中が政策も理念も異なるのに協力し共闘し政権を奪取ようとしている。だから政府への揚げ足取りや失言追及しかできない。

離合集散を繰り返し、外交・安全・経済・財政・福祉・教育そして肝心の憲法についての何等の政策も理念も政策も示し得ない現在の野党に政権を担う能力はない。

小沢一郎氏などは、「野党が大同団結すれば政権を奪取できる」と考えているようだが、社民・共産・立憲民主左派という革命勢力、國體破壊・自由圧殺政治勢力をも含めた野党による政権奪取実現したいということだ。こんなことを絶対に許してはならない。

そもそもついこの間分裂したばかりなのにまた「大同団結させる」などということ自体実に無責任であり、国民を愚弄することだ。数多くの政党が連立を組んだ政治がいかに駄目だったかは、細川連立政権が実証した。

志位和夫・蓮舫・福島瑞穂・辻元清美・山尾志桜里・小川敏夫・長妻昭などという連中が中枢を担う政権が誕生すれば、まさに日本は亡国である。こんな連中が政府閣僚になっている姿を想像するだけでゾッとする。そんな政権より安倍政権の方がましであることは火を見るよりも明らかである。

ともかく、今の野党に政権を渡してはならない。日本国の政治が混迷し不安定になれば一番喜ぶのは誰かを考えるべきである。

日本は共産支那の属国になり、軍事的政治的支配下に置かれることとなる。経済も福祉も停滞する。治安も今以上に悪くなる。

ともかく今の野党に政権を渡してはならない。日本国の政治が混迷し不安定になれば一番喜ぶのは誰かを考えるべきである。日本は支那の属国になり、軍事的政治的支配下に置かれることとなる。経済も福祉も停滞し治安も悪くなる。亡国野党・偏向朝日の倒閣の企みを阻止しなければならない。

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千駄木庵日乗五月三十一日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、依頼された原稿執筆、『伝統と革新』編集の仕事。

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某新聞の社説を紹介します。

以下の文章は、『某新聞』本年五月二十三日号掲載の「社説」である。その新聞をさんざん批判している小生がこんなことを書くのはどうかと思うが、言っていることはほぼまともなので紹介する。

             〇

「中国は何時まで不透明で危険な軍拡を続けるのか。強まる軍事力を背景にした行為が繰り返され、国際的な安全保障環境が揺さぶられている。中国政府は盛んに協調や平和志向を強調するが、それを裏打ちする行動が伴わなければ疑念は深まるばかりだ。」

「全人代が開幕し、今年度の国防予算案が公表された。前年実績比六・六%増の一兆二六八〇元(約一九兆一七〇〇億円)。伸び率は前年比〇・九㌽厳だが、依然として高い水準にある米国の次ぐ世界第二位の規模は変らず、日本の防衛予算の四倍弱に上る。」

「詳細な内訳は非公表であり、中国軍が何を目指すのか、よく分からない。…人工知能や新たな技術分野の開発も推進されていると伝えられる」。

「きのうの全人代で李克強首相は『揺らぐことなく平和的発展の道を歩む』と訴えた。だが、額面通り受け取るのは難しい」。

「各国がコロナ対策に追われるなかでも、南シナ海ではベトナムやフィリッピンに対する威圧行為が絶えず、空母の訓練が行われた。今夏には台湾が実効支配する島の奪取を想定した上陸訓練を計画中、との報道もある」。

「すでに中国軍の膨張ぶりは自衛の範囲を越えている。…日本との関係でも、尖閣周辺での中国公船の活動が活発化している。両国の関係改善が進んでも、対中感情が好転しないのは無理もないだろう。…中国が為すべきは、自ら率先して米国やロシアなどを巻き込む軍縮を始めることだ。軍拡を継告げる限り、『平和的発展』の言葉を世界は信じない」。

              〇

さすがの『某新聞』も、余りにも露骨に軍事力を増強し、侵略策謀を活発化する共産支那に対して、危惧の念を持つようになったのであろうか。

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千駄木庵日乗五月三十日

午前は、近親者来宅。室内清掃。

 

午後からは、『伝統と革新』編集の仕事。執筆依頼など。

 

夕刻、久しぶりに谷中寺町を散策。日が長くなり七時を過ぎてもまだ明るかった。夕焼けが見えた。しかし人通りはまだまだ少ない。

 

帰宅後は,原稿執筆。

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2020年5月29日 (金)

天香具山と今即神代・神人一體の信仰

日本人には、麗しい山を神と仰ぐ信仰がある。これを神奈備信仰といふ。大和地方では大和三山・三輪山・二上山など、東國地方では富士山・筑波山など、九州地方では高千穂峰・阿蘇山が尊い神の山として仰がれる。

天香具山は、上に「天」が付けられてゐるやうに高天原から天降って来た山で、「天と地とをつなぐ山」として神聖視され、大和三山の中でもとりわけ尊い山とされる。現代風に言へば、天と地とをつなぐアンテナで、神事を行ふ際、神の降臨を仰ぐために立てる榊である「ひもろぎ」と同じ性格を持つ。

「鎮守の森」といはれるやうに神社には多くの樹木があるのは、その樹木に神が降臨すると信ずるからと言はれてゐる。わが國傳統信仰においては「神代」「高天原」と「地上」とは交流し、隔絶してゐない。日本傳統信仰は「今即神代・神人一體」の信仰である。

「香具」(かぐ)とは「輝く」を短くした言葉である。「かぐや姫」とは「輝く御姫様」といふ意である。香具山は輝く山・神聖な山として信仰の対象となってゐる。「天香具山」とは「天に通じる輝く山」といふ意で、高天原と直結する山と信じられたのである。

高天原にある天香具山について、『古事記』には、天照大神が天の岩戸に隠れになった時、大神に岩戸からお出ましを願ほうとした八百萬命が相談して、天児屋命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとたまのみこと)が取って来た天香具山の男鹿の肩胛骨を波波迦の木で焼いて占ひを行ひ、天香具山に茂った賢木(さかき)に勾玉(まがたま)や鏡などを付けて捧げ持ち、天宇受売命(あめのうづめみこと)が天香具山の日影蔓(ひかげかづら)を手襁(たすき)に懸け、真拆(まさき)を鬘(かずら)として、天香具山の小竹の葉を手に持ち、岩戸の前で桶を踏み鳴らして神憑りしたと傳へられてゐる。

また、神武天皇が御東征を終へられ大和に都を開かれる時のお祭りで用いられた神具の土器は、天香具山の土で作られたと傳へられてゐる。

國土には地の靈(國魂)が籠ってゐるといふ信仰があり、大和の都を開かれるにあたっては、大和の國の靈(國魂)を鎮めなければならない。そのために大和の地の國魂が宿ってゐると共に、天と地とをつなぐ神聖なる天香具山の土を、土器にして祭祀に用いたのである。それによって、神武天皇は大和國を治められる靈的なお力を備へられたのである。天香具山の土を手に入れることが大和全體を掌握することになるといふ信仰である。

折口信夫氏は、「天香具山の名は天上の山の名である。同時に地上の祭時に當って、天上と一つの聖地-天高市(アメタケチ)-と考へられた土地の中心が此山であった。だから平常にも聖なる地として天なる称號をつけて呼ぶ様になったのだ」「大和なる地名は、當然宮廷のある地を意味する。天は、宮廷の真上にあり、宮廷のある處は、天の真下である。即ち、國語に於ける天が下(アメガシタ)の確かな用語例は、宮廷及び宮廷の所在を示すことになる。だから、宮廷の存在なる狭義の大倭は、天が下であり、同時に天其物と觀じることが出来た。天香具山は、地上に於ける聖地の中心であった。即ち、大倭の中心である。この山の埴土(きめの細かい黄赤色の粘土)は、大倭の國魂の象徴にもなる…。」(『大倭宮廷の靱業期』)論じてゐる。

折口氏の説によると、天皇のゐます宮は「天」(高天原)・「聖地」であり、その中心が天香具山なのであり、このやうな神聖な所を神座(カミクラ・神のゐますところ)と言ふ。

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千駄木庵日乗五月二十九日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃、資料整理、『伝統と革新』編集の仕事など。

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2020年5月28日 (木)

共産支那=中華人民共和国こそ、世界最大最悪の軍国主義国家であり、侵略国家であり、独裁国家。

共産支那の全国人民代表大会は五月二八日、香港に反政府デモなどを取り締まる国家安全法制を導入する「決定」を採択した。全世界中で新型コロナウイルスへの対応が続くなか、支那政府による治安維持のための「機関」を香港に設置できる、国家の安全に深刻な危害を及ぼす行為や外国勢力が香港に関与する活動を抑制し処罰するという「法律」なるものが火事場泥棒的に制定されたのである。

これで一国二制度は完全に崩壊し、香港は支那共産政府の独裁専制政治の下に置かれる事となり市民の自由も民主体制の完全に奪われる。

共産支那=中華人民共和国こそ、世界最大最悪の軍国主義国家であり、侵略国家であり、独裁国家であ.
。これまでチベット・東トルキスタン・ベトナムなどを侵略してきた国、そして今日アジア全域において軍事的覇権を確立しようとしている国が共産支那なのである。

偏向マスコミや社民・共産両党・立憲民主党そして自民党左派は、こうした実態を知っているくせに、共産支那を厳しく批判しない。そして、わが國政府の防衛力整備を非難している。なんとも許し難い。

「中華」を名乗っている支那大陸の政権は、有史以来、帝国主義的侵略支配を意図してきた政権である。

 支那共産政府の現在の領土の六三%は一九四九年まで支那人以外の人々の領土だった。サッチャー元英国首相はかつて「大英帝國も大日本帝國もなくなったが、中華帝國は残っている」と言った。その支那共産政府がわが国を侵略国家・軍国主義国家呼ばわりするのは、文字通り盗人猛々しいというほかはない。

真正保守運動・愛国運動は、戦後一貫して共産支那批判を行って来た。そして共産支那や南北朝鮮に対する土下座外交・謝罪外交・弱腰外交を糾弾してきた。愛国運動・民族運動の訴へて来たことがいかに正しかったかが、証明されている。

我々が、「共産支那脅威論」を論じ、共産支那への経済協力を批判すると、親支那派の人々は、「日本が対中協力をすることにより、中国が発展して豊かになれば、民主化が促進され、中国の脅威などは無くなる」などと反論した。こうした論議が全く間違っていたことが、近年明白に証明された。

また、「日本は平和国家として出発したのだから、軍事力を強化してはならない。憲法違反の自衛隊は無くしてしまい、日米軍事同盟も破棄すべきだ。それが平和への道である」という論議がいかに間違っていたかも明らかになった。

「間違っていた」どころではない。東アジアの平和と日本国の独立と安全を根底から脅かす論議である。

南北朝鮮や共産支那に経済協力をすることは即ちわが国及びわが国民の安全を脅かすことなのである。また軍事力を軽視することは、侵略者・無法国家を増長させるだけである。わが國は、何が何でも共産支那の侵略から祖国を守る体制を確立せねばならない。自主防衛体制が確立されるまでは、日米軍事同盟を堅持し強化する以外に、無法国家・侵略者から祖国を守る手立ては無い。

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千駄木庵日乗五月二十八日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、資料の整理、『伝統と革新』編集の仕事、書状執筆など。

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2020年5月27日 (水)

安倍総理の言ふ「日本を取りもどす」とは?


「日本を、取り戻す」は、平成二十四年から安倍晋三氏と自由民主党が使った自民党政権公約の題名である。同年に行なはれた自由民主党総裁選挙でもこの言葉を使ひ、安倍氏は勝利した。さらに同年に行なはれた第四六回衆議院議員総選挙でも自民党は大勝した。

安倍晋三氏は平成二十五年の著書『新しい国へ 美しい国へ 完全版』(同年一月二十日第一刷発行)でこの言葉について「これは単に民主党政権から日本を取り戻すという意味ではありません。敢えて言うなら、これは戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦いであります」と説明したといふ。私はその著書は読んでゐない。

安倍氏が取り戻すべき「日本」とは何時の事であるかといふと、「戦後ではない時代である」といふことになる。この考へ方は、私は正しいと思ふ。戦後日本の混迷から一日も早く脱却することが大切だからである。

ところが、『文藝春秋』令和元年十二月号所載の田崎四郎氏による安倍晋三総理へのインタビュー記事「安倍『最長期政権』の秘密 失敗が私を育てた」において安倍氏は、「我々は一二年十二月の選挙で『日本を、取りもどす』というキャッチフレーズのもと、とにかく長引くデフレに終止符を打ち、強い経済を取りもどすことを国民の皆さんに約束しました」と語った。

安倍氏の言ふ「日本を取りもどす」とは「戦後日本」を否定し、本来のあるべき日本の姿に回帰する、といふ意味であるか思ってゐた私は少しがっかりした。それでも、安倍氏の言ふ「日本を取りもどす」とは、「戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦い」といふ意味だと信じたい。


さうは言っても、戦前の日本が完全無欠の理想の日本であり、「戦前回帰」が正しいとするわけにはいかない。戦前の日本が完全無欠の理想の國であったのなら、昭和維新運動などの変革運動は起らなかったはずである。

やはり我々は明治維新への回帰そして神武創業へ回帰を目指さねばならない。もっと言へば、肇国以来の日本のあるべき姿に回帰することが大切である。

『文藝春秋』令和元年十二月号所載の田崎四郎氏の安倍晋三総理へのインタビュー記事「安倍『最長期政権』の秘密 失敗が私を育てた」において安倍氏は「上皇陛下がご退位され、天皇陛下がご即位されるというのは、二百年ぶりのことでした。そのなかで元号が決まっていく。国民の皆様から受け入れられるかどうか、相当なプレッシャーを感じていました。もし国民の皆さんに受け入れてもらえなければ、取り返しのつかないことになります。私自身としては『令和』に新しい時代を感じましたが、……決定するまでの間は、本当に七転八倒の思いでした。しかしながら、多くの方々に祝福の中で、この新しい元号を受け入れて頂き、本当にホッとしましたね。重い肩の荷を下ろした気がしました」と語った。

『Hanada』令和元年九月号所載の「安倍総理、大いに語る 朝日新聞と無責任野党に問う」といふ櫻井よしこ氏との対談記事で安倍総理は、「お陰様で『令和』を多くの国民から評価、歓迎して頂き、肩の荷が下りてホッとしました」「これまで守り続けてきたもの、大切なものは何かと、悠久の歴史の中で培ってきた伝統や文化にも目を向け、考える機会が増えたのではないか。そのなかで、私たちが長年保守し続けてきた元号に対しても、多くの国民に今回、『やはり守り続けて良かった』と思っていただけたと感じております」と述べた。

まことにその通りであり、保守政治家・安倍晋三氏の面目躍如の発言である。

さらに安倍氏は、「新元号制定に向けて多くの方々にご尽力いただきました。みなさんそれぞれの分野で、役人は役人人生をかけて、元号の考案者は学者生命をかけて取り組んで下さった」「(日本国民が・注)自分たちのアイデンティティに、静かな誇りを持つことはとても大切なことです。たとえば海外に出て行った時、『日本人として恥ずかしくない行動をとる』と言った考えや気概を育むことにも繋がっていくと思うのです」と語った。

これらの発言は、日本国の総理大臣として正しき姿勢と考へ方を披歴してゐる。かうした発言を讀むと、今の野党のどの政治家よりも安倍晋三氏が日本国の総理として相応しく安心できる人であると確信する。

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千駄木庵日乗五月二十七日

午前は、諸事。

 

午後からは、在宅して、室内整理、資料整理。『伝統と革新』編集の仕事。

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2020年5月26日 (火)

国難の時期においてこそ、厭世的ではなく逃避的でもなく、清潔さを好む、明るくおおほらかなる祭祀の精神を回復すべきである

神祭りは、日本傳統精神の原点であり日本傳統文化の祖型である。神道の基本行事たる「祭り」とは神に奉仕(仕へ奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従ひ奉ることである。つまり神の御心のままに勤めることをお誓ひする行事である。祭祀は、〈神人合一〉の行事である。

「祭祀」とは、「始まりの時」に行はれた行事を繰り返し行ふことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓ひ、祝詞奏上、玉串奉奠などを行ふことによって、罪けがれを祓ひ清めて、人としての本来の姿に立ち帰るといふ行事である。言ひ換へると、禊祓ひによって生成の根源に回帰するといふことである。「無私」になって神に一切を「まつろふ」(従ひ奉る)から「まつり」といふのである。

「祭り」とは厳粛なる行事ではあるが、堅苦しい苦行ではない。明るく愉快な行事である。神人融和・神人合一の状態は明るく面白いのである。

「阿波礼、阿南於毛志呂、阿南多乃之、阿南佐屋気、於気於気(あはれ、あなおもしろ、 あなたのし、あなさやけ、おけおけ)」
日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「まつり」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふの言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。

これは、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で神々が歌ひ踊って喜ぶ場面の掛け声である。

日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「祭り」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふの言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。決してしかめつらしい境地ではない。

厭世的でもなければ逃避的でもないといふのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができる信じ続けてきてゐるのである。

また「さやけ」といふ言葉には、日本人の清潔好きといふ感覚が表現されてゐる。面白く、楽しく、清らか、といふのが「まつり」なのである。

ここに日本神道=日本傳統信仰の特質がある。「難行苦行を経なければ神の許しを得ることはできない。そして神は常に人間に対して罪を犯したら裁く、神に背いたら報復すると脅し続ける」といふ恐怖の信仰ではない。

今日のやうな大国難の時期においてこそ、厭世的ではなく逃避的でもなく、清潔さを好む、明るくおおほらかなる祭祀の精神を回復すべきである。

民族の魂の甦りであり日本の道統への回帰である維新の精神を、最もよく表白した歌は伴林光平の次の歌である。

 「度會(わたらひ)の 宮路(みやぢ) に立てる 五百枝杉(いほえすぎ) かげ踏むほどは 神代なりけり」

 伊勢参宮の時の実感を詠んだ歌である。伊勢の神宮は度會郡に鎮まりましますゆえに伊勢の参道のことを「度會の宮路」と申し上げる。「五百枝杉」とは、枝葉の茂る杉のこと。「伊勢の神宮に茂る杉の木陰を踏み行くと今がまさしく神代であると思われ、自分自身も神代の人のように思われる」というほどの意である。

「今即神代」が日本伝統信仰の根本である。伊勢の神宮に行くと今日においても誰でもこの思いを抱く。近代歌人のこれと同じ思いを歌に詠んでいる。

窪田空穂は

「遠き世にありける我の今ここにありしと思ふ宮路を行けば」と詠んでいる。

 今を神代へ帰したいという祈り即ち「いにしえを恋うる心」がそのまま現状への変革を志向するのである。しかも光平のこの歌は、それを理論理屈ではなく、日本人の美的感覚と文芸の情緒に訴えているのだ。だからこそ多くの人々に日本の道統への回帰を生き生きと自然に神ながらに促すのである。

 光平は「いにしえを恋うる歌」を詠みつつそうした絶対的な信念に根ざしつつ現実の変革への行動を起こした。それが文久三年(一八六三)の天誅組の義挙への参加である。

同年八月十三日攘夷祈願のため大和に行幸され畝傍の神武天皇山陵に親拝される旨の勅が下った。これを好機として一部の公家や勤皇の志士たちは倒幕を決行せんとし、「天誅組」を名乗って決起した。ところが八月十八日に政変が起こって朝議が一変し、大和行幸は中止となった。決起した志士たちは逆境に陥り、壊滅させられてしまった。伴林光平は天誅組に記録方兼軍義方として参加したが、捕らえられ、元治元年二月十六日京都にて斬罪に処せられた。光平の歌でもっとも人口に膾炙している歌は、
 
 「君が代は いはほと共に 動かねば くだけてかへれ 沖つしら浪」

 である。京都にて斬刑に処せられる際の辞世の歌と伝えられる。死への恐怖などというものは微塵もないこれほど堂々としたこれほど盤石な精神の満ちたこれほど力強い辞世の歌は他にあるまい。

 「君が代はいはほと共に動かぬ」という信念は光平の「神代即今」「今即神代」という深い信仰が基盤になっているのである。草莽の志士たる光平をはじめとした天誅組の烈士たちの熱い祈りと行動が、王政復古そして維新の原動力となったのである。

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千駄木庵日乗五月二十六日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後からは、在宅して、室内整理、資料整理・検索。

この後、連載原稿執筆・脱稿・送付。

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2020年5月25日 (月)

この頃詠みし歌


真夜中の如くに暗き街となるわが千駄木の午後八時過ぎ

食べ物を詠む歌多き我をしも食ひしん坊なるかなと恥ずかしく思ふ

美しき女(ひと)の面影懐かしく今日も浮かびて我を励ます

美しきものは永遠の喜びなりとの言葉くりかへし人を偲びぬ

今度会ふ時までは元気に生きようと友と自らに言ひ聞かせゐる

久しぶりに来たりし酒場で昔からの知り人と密な接触しつつ酒酌む

お馴染みさんといふ言の葉のピッタリな人々がカウンターに並び酒呑む

隣席に座りゐる青年は楽しげにチューハイを何杯も呑む

元大統領を三十六年も監獄にぶちまんとする文在寅次は汝の番と覚悟せよ

バスは走りタクシーは走り人は歩き日常の生活戻りつつあり

次第次第に人も自動車も多くなるを喜ぶべきか不安な心

ホテルと旅館閉館のニュース聞くごとにわが旅心萎へてゆくなり

十二億の民を支配するに強権と武力に以外に術なき如し

吉井勇の歌を讀みなばわが心癒されてゆく京を思ひ出し

近江路に雪は降りつつ湖に船浮かびゐて静かなりけり

古代よりの歴史を刻む近江の海に訪れし日に雪降りしきる

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千駄木庵日乗五月二十五日

午前は、諸事。

 

午後からは、在宅して、室内整理、資料整理、原稿執筆の準備など。

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2020年5月24日 (日)

小池百合子氏について

先日、私のフェイスブックで、「今回の疫病猖獗に対して都知事としてよくやっているのではないか、小池百合子さんは、日本初めての女性宰相に一歩近づいた感があります」と書いたら、正真正銘の保守思想の持ち主と思われる方から、反対論が寄せられました。私は小池さんが女性宰相に一歩近づいたと書いただけで、宰相になってほしいと主張したわけではありません。それでも相当な反発があるのですから、小池氏を嫌う人が多いことは事実です。

 

小池百合子さんについて以前掲載した文章を再掲載させていただきます。

 

『伝統と革新』誌に掲載された小池氏の主張

 

「小池百合子さんは、小生が編集を担当させていただいている季刊誌『伝統と革新』第十一号(平成二十五年四月十五日発行)で、小生の質問に答えて次のように語った。

「中國はかねてより、太平洋の野望を抱いていることは知られている通りです。二〇〇八年、米国上院で当時のキーティング太平洋軍司令官がその旨を証言しています。「中国軍高官が太平洋の東西を米国と中国で分割しよう」と。その後、ロシアの中古空母を改造するなど、着々と準備を進めていた。そこに、日本の政権交代です。民主党政権の誕生により日本が混乱することで、中国の戦略行程を前倒しにした感があります。鳩山首相の普天間基地の扱い、つまり「海外、少なくとも県外」発言や、小沢さんが百四十三人もの現職民主党議員を引き連れての朝貢外交など、北京からすれば、小躍りしたくなるような政権でしたからね。中國からすれば、尖閣は単なる突破口でしょう。

 

このせめぎ合いは十年、二十年と長期にわたるものとなるでしょう、有事に備えるのは当然ですが、一方で痺れを切らした方が負けです。日米同盟の強化とともに、官邸にNSC(国家安全保障会議)を創設し、省庁の縦割りを排し、復情報も一元化すべきです。中長期的な日本の安全保障を構築しなければなりません。ただ、NSCの機能を高めるためには。しっかりした国家観を有するリーダーシップを抱かねばなりません。さもなければ、無用の長物になる恐れがあります。

 

自民党は憲法改正を党是とし、長年議論を重ね。憲法改正草案を作成してきまた。草案に盛り込まれた「集団的自衛権の行使」「や「国防軍創設」にはもちろん賛成です。

 

本来、憲法は国民を守るために存在するわけですが、憲法発布の頃と比べ、世界情勢も大きく変化してきました。左派と呼ばれる方々は、戦後の日本の平和を憲法第九条のおかげと言われますが、現実は日米安全保障が日本の平和と安全を支えたと言っていいでしょう。日本の憲法改正を批判するのは中国と韓国くらいじゃないですか。軍国主義に後戻りするとか言ってそれは、彼らが日本を自縄自縛させている方が都合がよいからなのであって、彼らの都合です。それをさらに日本の左派メディアが強調する。そもそも原文が英語で、それを日本語に翻訳しただけの現憲法はいわば「もらいもの」。

 

日本中の街角で最もたくさん見かける国旗といえば、実はイタリア国旗ではないかと思うんです。…ピザ屋やスパゲッティ屋さんの店先に揚げられているでしょう(笑い)。アメリカでも、フランスでも、中国、韓国でも、自国旗はどこでも誇らしげに掲げられています。日本の国会議員として日の丸の掲揚キャンペーンもやりたいですね。

 

防衛大臣を務めた期間は短かったですが、私が最も力を入れたのが情報保全対策でした。そこで、ぜひとも実現したいのがスパイ防止法の制定です。日本はスパイ天国ですよ。危機意識の薄い日本では機密保持についてオオ甘です。最悪が国会議員(笑い)。「これは秘密ですから」などと枕詞がつけばなおさら喋りまくる習性があります。たまに開かれる議院運営委員会での秘密会など、数分後には漏れています。笑えない事実です。

 

私は、日本の中にある伝統、文化など、全てを凝縮しているのが皇室だと思っています。大臣就任中にはありとあらゆる皇室行事に参加させていただきました。新嘗祭、歌会始……すべてです。閣僚である際にしか参加できない行事も多いことから、貴重な機会を逃すまいと思いました。そこで実感したのは、陛下のお役割やお務めがいかに厳しく、かつ重要かということです。陛下は思いをこめてお務めされているのです。アラブの湾岸諸国には王朝・首長制の国々は多数あります。そういう国々へ総理大臣や閣僚が一万回出向くよりも、陛下や皇室の方が一度いらっしゃるだけで、日本のプレゼンスは格段に上がります。日本の皇室の存在はかけがえのないものです」。

 

 

小池百合子氏が小沢一郎氏と決別した理由
小池百合子氏は、『文藝春秋』平成二十年一月号で、一時は政治の師と仰いだ小沢一郎氏と決別した理由について次のように書いています。

           〇
「政策上の理由では、三点ある。…国旗・国歌法案と外国人参政権の法案をめぐる対応、そして安全保障上での国連中心主義に対する見解の相違が大きい。私は国旗・国歌法には賛成。外国人参政権には否定的な立場で、自由党内の大勢も同じ見解だった。…しかし、公明の取り込みという政局的観点からか、党内議論とは別に、国旗・国歌法に反対、外国人参政権に賛成とした。…この大転換は私にとって衝撃だった。この二つの問題は国家のあり方の背骨の部分である。日本という国家としてのあり方を問う主要な政策を政局の道具として使うことに違和感を覚えた。いったん芽生えた不信感は、次第に膨れ上がって行った。いま思えば、これが〝小沢離れ〟のきっかけだったかもしれない。…そして、小沢氏の国連原理主義に対しても、じつは私は懐疑的だった。…国連はそれほど立派なものなのか。国連憲章に則って現代の国際社会を読み直せば、それは欺瞞に満ちた構図しか見えてこない。いまや日本の国連予算はアメリカに次ぐ世界第二位にもかかわらず、国連憲章にはいまだに敵国条項が残っている。つまり、第二次大戦での敗戦国である日本の地位は、国連のなかにおいていまだに回復されていない。…その国連での決議が、果たして錦の御旗になるのだろうか、という疑問も残る。…日本は独立した主権国家である。主権国家たるもの自主独立の精神を貫くべきだ。自国の存立にかかわる判断基準を国連という外部組織に求めるべきではないだろう」。

 

ほぼ正論と思います。

 

           〇
以上のように、小池百合子さんは、今の政治家の中で、まともな考え方を持ってゐる人と思います。

 

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千駄木庵日乗五月二十四日

午前は、諸事。『政治文化情報』発送完了。

 

午後からは、在宅して、資料整理、検索、原稿執筆の準備など。

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2020年5月23日 (土)

大嘗祭の意義と「現行憲法」

 日本は、今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に國家の伝統精神に正しく回帰することが大切である。

 愛國運動・維新運動は、現代に危機感を抱いている者たちによって行われる事は言うまでもない。維新変革は、この國を何とかしなければならないという情熱を持つ者によって行われる。情熱は時として誤れる方向に突っ走ることがある。それを防ぐためには、深い神への祈り、神を祭る心、神の意思通りに生きんとする心を持たなければならない。

 明治維新が徳川幕藩體制を打倒して天皇中心の國體を明らかにした如く、現代における禊祓いとは、今日の日本に巣食っている邪悪な者共を殲滅することである。そして現代における祭りとは、禊祓いの後に天皇國日本の真姿を回復することである。

 「日本國の象徴」「日本國民統合の象徴」と規定している「現行占領憲法」の「天皇条項」は、「やすみしし わが大君」といふ「天皇は四方八方を統合する」という意味であり、空間的統合性は表現してゐる。しかし、「高照らす 日の皇子」即ち「天皇は天照大御神の生みの御子であらせられる」といふ時間的連続性・伝統性はまったく表現されてゐない。

 天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は天神地祇を祭られる<天皇の祭祀>である。

特に大嘗祭・新嘗祭は、天皇が天照大神の「生みの御子」即ち「現御神」であらせられるといふ肇国以来の伝統信仰即ち時間的伝統性を継承する祭祀である。決して「国民統合の象徴」という空間的統合性を確認するだけの祭祀ではない。

稲作生活を営む日本民族にとって太陽はなくてはならぬ存在であるので、わが國では、日の神信仰(太陽信仰)はきわめて強固なものであった。その日の神の御子が祭り主日本天皇であらせられる。

 天皇は天照大胡神の生みの御子として國民を統率して、國民を代表して、神様に祈り、神を祭り、神の御命令を民に傳へる役目を果たされる。ゆへに、民から仰ぎ拝すれば、天皇は地上における神の御代理即ち現御神であらせられるのである。   

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千駄木庵日乗五月二十二日

午前は、『政治文化情報』発送作業。作業は終わったのですが、職員が全員出勤していないとのことで、郵便局が取りに来てくれません。困ったことです。郵便局は簡保保険などを含めて、ブッタルンデルと思います。

午後からは在宅して、資料整理、原稿執筆の準備など。

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2020年5月22日 (金)

最近思ったこと

街が次第ににぎやかになって来ました。人通りも走行する自動車の増えました。街が空いていて空気がきれいで騒音も少なくていいなあという思いもありますが、やはり街は賑やかな方が活気があって良いと思います。第一、経済活動が停滞したままでは、国は成り立たず、国民は疲弊します。

具体的な国名は書きませんが、近隣諸国の人々が日本に来なくなったことは、嬉しく思います。これは小生の率直か感情です。「侵略された」「植民地支配された」「徴用された」「姓奴隷にされた」などと憎悪し、嫌い、敵視し、攻撃する相手の国に何でたくさんの人がやって来るのでしょうか。私にはその心理を理解できません。

二つの近隣国家の数多くの人々がわが国内を集団で歩き回る姿を見てゐると、「祖霊ましますこの山河 敵に踏ませてなるものか」という「武田節」の一節を思い出します。何しろ二つの近隣国家は、わが国領土を軍事的に占拠し侵略せんとしているのです。

小池百合子東京都知事、吉村洋文大阪府知事は新型コロナウイルス対策でよく努力していると思います。また安倍晋三総理そして安倍内閣もさんざん非難攻撃されながらも、よくやっているのではないでしょうか。だから、他国と比較して日本は感染した人、亡くなった方が比較的少ないのではないでしょうか。

小池百合子さんは、日本初めての女性宰相に一歩近づいた感があります。ところが小池さんには敵が多いのも事実です。自民党東京都連・都議会議員団は小池さんを相当嫌っているようです。小池さんの外交・安保政策は、良いことを言ってゐると私は思っていますが…。

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千駄木庵日乗五月二十二日

午前は、諸事。

近親者来宅して、室内清掃。

午後からは、在宅して、資料整理、原稿執筆の準備など。

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私は昔から賭け事は大嫌いでした。しかし私が清潔な人間とは全く思ってゐません。ただ嫌いなだけです。

ギスギスした世の中を肯定するか、順法精神、法の下の平等の精神で如何なる軽微な犯罪でもこれを厳しく摘発し断罪するか。どちらが、今日の日本そして将来の日本にとって良いことなのかよくよく考えねばなません。

以前、新潟県警に視察に行った関東管区警察局長が県警本部長たちと賭けマージャンをして処分された事件を思い出しました。官官接待ということでもありこれはまずかったと思います。

また以前、退職後我々の運動に熱心に参加してゐた警察官OBの人が「私がある警察署の保安課長をしていた時、その警察の一室で記者たちが警察官と賭け麻雀をしていたので、怒鳴りつけて止めさせた。次の日署長に呼ばれてかえって怒られたことがあった」と話してゐたことを思い出しました。

賭けマージャは誰でも何処でもやっていることです。これを厳格に取り締まるというのは文字通りギスギスした世の中にするということになるのでしょうか。検察トップになる予定の人が賭け事をするのはやはりまずいのでしょう。

私は昔から賭け事は大嫌いでした。しかし私が清潔な人間とは全く思ってゐません。ただ嫌いなだけです。

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千駄木庵日乗五月十八日

午前は、諸事。

 

午後からは在宅して、資料の整理、原稿執筆など。

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2020年5月20日 (水)

賭けマージャンやパチンコをした新聞記者・公務員は懲役三十五年という法律ができるのだろうか。

韓国検察は、「国政介入事件」と「国家情報院の特殊活動費上納事件」破棄差し戻し審とやらで、朴槿恵元大統領に懲役35年を求刑した。韓国という国はまったく常識では考えられない國であることがまたまた明らかになった。

今の文在寅とかいう大統領も辞職した後、今の野党が政権を握ったら監獄行きになる事は火を見るよりも明らかだ。

黒川弘務東京高検検事長が緊急事態宣言下で、新聞記者と賭けマージャンをした疑いがあると週刊文春が報道したが、日本が韓国のような国だったら、この検事長そして一緒にマージャンをした朝日の産経の記者も懲役二十年くらいに処せられるのではないか。

賭けマージャンが違法であり反道義行為ならもパチンコもそうであろう。賭けマージャンやパチンコをした新聞記者・公務員は懲役三十五年という法律ができるのだろうか。

ともかく世の中はだんだんまともではない方向に動いているように感じられる。そうしたなかで最も危険なのは共産支那の動向である。わが国は何があっても、共産支那に対する警戒を強めねばならない。

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理想と現実の混同はまことに危険である。特に対支那・対朝鮮半島との関係にそれか言えるのではないだろうか。

全世界の國家がさうであるやうに、東アジアにおいても大陸國家と半島國家・海洋國家とに分けられる。支那は大陸國家であり、朝鮮は半島國家であり、日本や東南アジア各國は海洋國家である。戦争が起こる確率が高いのは半島國家だといふ。

これまでの歴史を顧みると、わが國は朝鮮半島や支那大陸に進出すると手ひどい目に遭ってゐる。成功したためしはない。戦前は、軍事的・政治的に大陸に深入りして、ソ連中共の謀略に引っかかり、泥沼の戦ひとなって日米戦争にまで進み敗北した。戦後は、支那大陸に経済的に深入りして、金と技術をまきあげられ、共産支那を軍事大國にしてしまひ、かへってわが國の安全と独立が脅かされてゐる。

朝鮮半島についても同じことが言へる。朝鮮半島と支那大陸に深入りすることは日本にとって利益にはならない。實際、近代日本は、半島と大陸に深入りしすぎて、結局亡國への道を歩んだのだ。近代どころではない、古代日本の白村江の戦ひの敗北、豊臣秀吉の朝鮮出兵の失敗を見てもそれは明らかである。我々は歴史に學ばねばならない。

近年の日本も支那大陸・朝鮮半島に政治的経済的に深入りしすぎてきた。日本のお蔭で経済発展した支那韓國は、日本に牙を向けて来てゐる。日本はまづ自らの主体性を正しく確立しなければならない。

韓國の防衛は韓國自身と韓國の同盟國アメリカに任せればいい。わが國が中華帝國主義と対峙しこれに打ち勝つためには、軍事面では、核武装が必要なのではないか。

日本傳統精神を興起せしめ道義國家日本の真姿を回復し、アジアの平和のために貢献することは大切であるが、それは支那朝鮮に対して妥協したり、媚びへつらったり、深入りしたり、言ひなりになることではない。

もちろん、四海同胞・八紘爲宇・アジアナショナリズム・アジア解放の理想は正しいが、アジアは一つであっても、各民族・各國家はそれぞれ全く異なる文化と歴史と民族性を持ってゐることをはっきりと認識しなければならない。理想と現実の混同はまことに危険である。特に対支那・対朝鮮半島との関係にそれか言えるのではないだろうか。

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千駄木庵日乗五月二十日

午前は、諸事。

 

午後からは、在宅して、『萬葉集』講義原稿執筆・脱稿・送付。資料整理など。

 

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2020年5月19日 (火)

『萬葉集』とは如何なる歌集か

 『萬葉集』は、全二十巻・約四千五百首。少なくとも五、六人多ければ十数人の手によって、時を異にして編纂されたといわれている。にもかかわらず、全体としてはかなり統一がとられている。

 「原萬葉集」といわれている巻一と巻二は「勅撰和歌集」という説が有力である。「勅撰和歌集」とは、天皇の綸旨または上皇の院宣によって和歌を収集する事業を起こし、完了して無事奏覧を経て流布される歌集のことである。

 他は巻によって編者が異なり、全二十巻をまとめたのは大伴家持(養老二年<七一八>~延暦四年<七八五>。少納言・参議・春宮太夫)であり、橘諸兄(天武二年(六八四)~天平宝字元年(七五七)。大納言・右大臣・左大臣を歴任)がその助力したという説が有力である。

 内容は、大歌所(天皇御即位の儀式で奏される國風歌舞の演奏を担当する機関)に集められていた古歌集・個人歌集・歌謡・民謡などを集大成したといわれている。

 『萬葉集』全体が、純粋な勅撰集とはいえないまでも、平安朝の人は、『萬葉集』を勅撰と受け取っていた。

 「記紀・萬葉」と並び称される所以は、萬葉集が記紀と並んでわが國の文字通りの「古典」だからである。それは、ただ単に江戸時代以前の歌集という意味の「古典」ではなく、天皇國日本形成の精神即ち日本國體精神をうたいあげた歌集という意味の「真の古典」である。

 さらに『萬葉集』は、『源氏物語』と並んでわが國の文學書として世界の誇るべきものといわれている。折口信夫氏は、「誠実な、強健な、その上、最純粋な、そして新鮮な抒情詩たる為には、萬葉以上の歌風は、わが文芸の上に現はれてゐなかった…。」(「萬葉維新」)と論じている。

 大伴家持は、日本の国の国柄の素晴らしさを後世に伝えなければいけないという使命感を持って、『萬葉集』の編纂に関わり、自らも歌を数多く詠んだのである。『萬葉集』は平穏無事の時代に編纂されたのではない。大化改新・壬申の乱などという大変革・大建設の時代に、日本の国の理想・國體の本姿を語り伝へるために『萬葉集』は編纂された。

 しかし、支那と比較すればわが国は平穏に歴史を経過して来た。支那は「易姓革命」といって、王室の姓が変わる革命が繰り返された。「易姓革命」とは、儒教の政治思想の一つで、天子は天命により天下を治めてゐるのであって、天子に不徳の者が出れば、天命は別の有徳の者に移り、王朝が交代するといふ思想である。

わが国の天皇統治の道統には一切さういふ思想はない。天皇その方が天の神の地上における御代理・御顕現であり、現御神(うつし身として現れられた神)である。天皇の御意志そのものが天命なのである。一系の天子が永遠にわが国を治められるのである。だから支那のやうな王朝の交代とそれに伴ふ国家の分裂や興亡は起こらなかったのである。

『萬葉集』という名称は、色々な説がある。万(よろづ)の葉を集めたという説がある。「葉」とは「言の葉」のことであるとして「多くの人の言葉を集めた」という説である。一方、「葉」を時代と解釈して、「万代まで天皇の御代が続くことを祈る」といふ意味であるといふ説がある。いづれにしてもめでたい歌集であるといふ意味であるには変りはない。この頃は和歌を「言の葉」といふことはなかったといはれてゐるし、『萬葉集』の歌の内容や配列などを見ると、後者の説が有力である。

 「萬葉」とは、・万世に伝わるべき歌集・多くの人々の言の葉を集めた歌集、などの説がある。・が有力といわれている。理由は、萬葉集の名称をつけるに当たって、漢籍の用例にしたがっているとすれば、漢籍において萬葉の語は数多の木の葉を意味し、詩歌には用いない。しかし漢籍では、萬葉という言葉を、万代・万世に意味に用いる例は甚だ多いからである。

 巻一巻頭歌と巻二十最終歌を読むと、萬葉とは、天皇國日本・日本國體の永遠(天壤無窮・皇位不滅)を祈り、祝福する意味であると考えられる。

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千駄木庵日乗五月十九日

午前は、諸事。親族来宅、室内清掃。


午後からは、在宅して、『萬葉集』講義原稿執筆など。

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久しぶりに夜の懇親の集いに参加

今日は初めてトルコ料理というのを食した。トルコという国は、親日国家であると聞いている。ロシア・ソ連にいじめられ続けている国なので、日露戦争でロシアを撃ち破ったわが日本に対して親近感をもっているという。

在日トルコ人では、ユセフ・トルコ氏、ロイ・ジェームス氏を思い出す。ユセフ・トルコ氏は、両親がトルコ人。ロイ・ジェームス氏はロシア革命後にロシアから日本へと亡命してきたいわゆるカザン・タタール(カザン・トルコ)人である。

お二人とも、ユーモアのある面白い人物であったので小生は好感を持っていた。今日は愛想の良いトルコ人従業員が運んでくるトルコ料理を食しつつ、お二人のことを思い出した。

ユセフ・トルコ氏とは、トルコさんがある国民運動団体に関係しておられてので、何回も会合などでお会いし、色々お話しした。本当に日本語がペラペラの方だった。トルコさんは、由利徹の弟子となり、喜劇役者としても活躍した。由利徹氏主演の新東宝映画で、スカルノの役で出演した。プロレスのレフリーをしていた頃は、メキシコから来日したオルテガに散々やっつけられてシャツをびりびりに破られてゐた。しかしトルコ氏は本当は強かったという話である。

ロイ・ジェームス氏もテレビで司会などを務め、江戸弁ペラペラであった。

ともかくお二人とも私の幼少時代からの思い出の人である。団塊の世代の人々はみんな知ってゐる人と思う。

今日集まった友人たちは、強いアジアへの連帯感情を持っている人々であった。落語家の方も、防衛省自衛隊で柔道教官・講師等を務める異色の人物である。柔道家であるから小生と体型が似ていてスリムである。(ムスリムではありません)。

ある雑誌の編集長も、勤皇精神・大アジア主義を信念として言論活動に励んでおられる。

五十年来の友人は、三上卓氏を尊敬し、不撓不屈の精神と行動力で、京都・岐阜・東京で、今流行の言葉でいえば、「県をまたいで」と言うよりも、全国的に永い間活躍してきている。

午後八時で閉会となり、小生が帰宅しましたが、他の方々は他の店に移り、美味な焼肉を食べたようです。

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2020年5月18日 (月)

千駄木庵日乗五月十八日

午前は諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃、資料整理、『伝統と革新』編集の仕事。

午後五時より、日暮里のトルコ料理店にて、五十年来の友人、落語家、某雑誌編集長などと懇談。こうした夜の懇親の会合は、二カ月ぶりくらいではなかろうか。トルコ料理というのは初めてであった。

帰宅後は、原稿執筆。

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2020年5月17日 (日)

舎人皇子が詠まれた「ますらをぶり」の戀歌


  
ますらをや 片戀せむと 嘆けども 醜(しこ)のますらを なほ戀にけり

 舎人皇子が舎人娘子に贈った「ますらをぶり」の戀歌。舎人皇子は、天武天皇第三皇子。天武天皇四年(六七六)~天平七年(七三五)。第四七代・淳仁天皇の父君。勅を奉じて『日本書紀』を選進した責任者。没後、太政大臣を贈られた。舎人娘子は、伝未詳。

 「ますらをや片戀せむ」のヤは反語(本来の意味とは反対の意味を含ませる表現法。多くは疑問の形で、例えば「これが嘆かずにいられるか」のように表す)。「堂々たる日本男児たるもの片思ひなどするものか」といふ意。自嘲的響きもある。「醜のますらを」は自己嫌悪感を表現してゐる。自分の不甲斐なさを嘆くと共に、戀心を表白してゐる。

 通釈は、「堂々たる日本男児たる者片戀などするものかと嘆いても、みっともない男児である私はやはり戀してしまふ」といふほどの意。

 日本男児たる者、常に國家を心に置き、大君に仕へ奉るべきだとするのが、この時代の男性の心意気であった。それなのに一人の女性に戀々とする自分自身を恥じて「醜の」と詠んだ。

 また、日本男児の戀は、女性から愛されて結ばれるのがあるべきなのだが、戀の相手がなかなか私のことを思ってくれないみっともない私はそうはいかない、といふ自嘲的な気持も込められてゐる。

 ただし、この歌は相手の女性に贈った歌であるから、本心から自分のことを「不甲斐ない奴」と思ってゐたわけではないし、自分の戀を嘆いてゐるわけでもない。また「醜」とは現代語の醜いとはやや違った意味であって、「かたくなに」「強い」といふ意味もある。防人の歌に「今日よりはかへりみなくて大君の醜(しこ)の御楯と出で立つ吾は」(今日以後他の一切を顧慮することなく、卑しき身ながら大君の御楯となって出発します。私は)といふ歌がある。

 この歌はもちろん相手の女性(舎人娘子)に訴へかけた戀歌であるが、「片戀」といふ言葉以外に直接的に相手に訴へかける言葉はない。しかし、それだけにこの歌を受け取る女性にとっては、「これほどまでに私のことを戀ひ慕って下さるのか」といふ心を起こさせる歌である。またそれを期待して詠んだ歌であるともいへる。

 『萬葉集』とは「ますらをぶり」の歌集であると、近世(江戸中期)國學者の賀茂真淵が主張した。「ますらをぶり」とは、「男らしく」「日本男児らしく」といふほどの意で、「男性的で大らかな歌風」のことをいふ。さらに、『古今和歌集』は以後の歌風を「たをやめぶり」(女性的で優雅な歌風)といった。『萬葉集』の「ますらをぶり」の歌とは、この舎人皇子の御歌や防人の歌である。

 そして、真淵は「ますらをぶり」とは大和の國を都とした時代(白鳳・天平時代)すなわち萬葉時代の歌風であり、「たをやめぶり」は京都の文化であるとした。しかし、『萬葉集』を「ますらをぶり」だけの歌集だとすることはできない。大伴家持の歌などにはむしろ平安朝の歌風に近い歌も数多くある。

 それはともかく、賀茂真淵は、和歌は「すめらみくにの上つ世の姿」、つまり萬葉時代に帰らなければならないと主張した。「ますらをぶり」の精神風土を尊重しなければいけないとした。それは平安時代以来続いた「たをやめぶり」への反発であった。

 真淵は現在の静岡県出身であり、東國の人であった。そして、徳川吉宗の子の田安宗武の和歌の師であったので、武家の美學を昂揚させようとして、「ますらをぶり」「萬葉ぶり」の復活を唱へた。

 しかし、賀茂真淵の弟子の本居宣長は、『源氏物語』を高く評価し、「たをやめぶり」も日本の文化の大切な流れであるとした。

 儒教や仏教の影響からか、武士たるもの、戀愛を文學にしてはならないといふやうな風潮が生まれた。語ってもいけないといはれた。「男女の愛」を文や歌に表現することは武士のやることではないとされるやうになった。

 しかし、神話時代や古代日本においては、武士の元祖のやうな方であられる須佐之男命や日本武尊は、戦ひの歌・「ますらをぶり」の歌と共に、戀愛の歌を大いに歌はれた。天智天皇・天武天皇そして藤原鎌足も戀歌を歌った。

 わが國のますらをは大いに戀愛をし、戀を歌った。須佐之男命が妻を娶られた時の喜びの歌である

「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」(多くの雲が湧く。出で立つ雲の幾重もの垣。妻ぐるみ中に籠めるやうに幾重もの垣を作る。ああその八重垣よ、といふほどの意)

は、和歌の発祥とされてゐる。

 古事記・萬葉の世界では、「武」「歌」「戀」の三つは一体なのである。わが國文學は戀愛が大きな位置を占める。男女の愛情を尊んだ。『萬葉集』の戀愛歌・相聞歌を見ればそれは明らかである。                    

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千駄木庵日乗五月十七日

午前は、諸事。

 

午後からは、在宅して、室内清掃、資料整理、『伝統と革新』編集の仕事(企画案作成)。

 

 

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2020年5月16日 (土)

持統天皇御製を拝し奉る


 第四十一代・持統天皇の御製。

藤原(ふじはら)宮御宇(のみやにあめのしたしらしめしし)天皇代(すめらみことのみよ) 高天原(たかまのはら)廣野(ひひろの)姫(ひめの)天皇(すめらみこと)

春過ぎて 夏來(き)たるらし 白たへの 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山  (二八)

 持統天皇は、天智天皇第二皇女。天武天皇の皇后。藤原宮は、持統・文武・元明天皇の宮廷。

通釋は、「春が過ぎて夏が来たらしい。天の香具山に美しく真っ白な衣が干してあるなあ」といふほどの意。

 「春過ぎて」のスグは、盛りが過ぎる、経過するなどの意。すっかり春が行ってしまったの意。「来たるらし」のキタルは、手許に来た、此処に来たといふ風な意。ラシは自信を持った想像を言ふ。「…に違ひない」といふ意。この歌の場合の想像の根拠は、「白たへの衣ほしたり」である。

「白たへの」は、「衣」「「たすき」「ひれ」「ひも」など、布で作ったものにかかる掛かる言葉。タヘは楮(こうぞ・くわ科の落葉低木)の樹皮で作った白い布。「衣」は、洗濯して干した衣。「ほしたり」のタリは、現在完了助動詞。乾してあるといふ意。

「天の香具山」は、奈良県橿原市にある山。大和中央平原部に位置し、藤原京東南約一㎞にある。海抜一四八mの山。麓からは四八m。「天」を冠するのは、高天原の香具山が地上に降って来たからとされ、「大和三山」(奈良盆地南部にある天香具山・畝傍山(うねびやま)・耳(みみ)成山(なしやま)の総称。藤原京を三角状に囲む。)の中でも特に神聖視された。

高天原にも香具山があり、天岩戸開きの時には、香具山の種々の物が使はれた。また神武天皇が橿原に都を開かれる直前の丹生川の祭事においても大和天香具山の土で祭器を作られた。古代祭祀では、地上の祭りも、天上において行ふのと同じ意義があった。「今即神代」「高天原を地上へ」といふ信仰である。
 
持統天皇が藤原京の宮殿から、初夏になって爽やかな日の下の青々とした新緑の天香具山で、民草が白い布の衣服の虫干してゐる風景を眺めて、「春が過ぎて夏が来た」といふ季節感を歌はれた明るく大らかな御歌。『百人一首』にも収められてゐる。

 季節感がこの歌の主題である。四季の変化への感動を歌ってゐる。初句と二句で夏が来た感動を歌ひ、三句と四句でその感動を起こさせた対象を歌った。そして結句で天香具山といふ具体的な場所を歌ってゐる。

 日本人の生活はきはめて規則正しい四季の変化の中で営まれる。故に日本人は季節の変化に敏感で季節感を非常に大事にする。ゆゑにわが國の詩歌には季節の移り変りを歌った秀歌が多い。この御製はその代表である。

「夏來たるらし」「衣ほしたり」といふ歯切れのいい調べを重ね、最後に「天の香具山」と体現止めをして格調が高い。天皇は並びなき方であらせられるので、その御歌には格別の大らかさ・力強さがある。「白い衣」「新緑」「初夏の光」といふ明るいイメージがこの御歌に満ち溢れてゐる。生命の喜び・自然の美しさを讃へてゐる。
 
『日本書紀』は持統天皇の御事を「沈着(しめやか)にして大度(おほきなるのり)有(ま)(ま)します」(沈着な御性格で広い度量をお持ちであった)と記してゐる。まさにこの御製にかうした持統天皇の素晴らしい御性格が見事にあらはれてゐる。

 持統天皇はこの御製で、四季の変化や景色を詠まれただけではなく、「壬申の乱」による混乱も収束し、理想に近い都である藤原京を造営された喜びと将来への希望を民の生活に即して歌はれたと拝することもできる。季節の移りに即して民草が衣を干すといふ生活と生業を歌はれたのであり、民を思ふ大御心のほどがしのばれる。

天孫降臨の時、天孫瓊瓊杵尊は天津神から齋穂を託され、稲穂を地上において多く実らせることを命令された。これがわが肇國の理念であり、天皇國家統治の基本である。地上で産物の豊饒を実現される事が、天皇の最大の御使命である。この御製は、民の生産品である白い布が神聖なる天香具山に干されてゐる事を喜ばれた御歌であり、天皇の國家統治の御精神が歌はれてゐるのである。


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千駄木庵日乗五月十六日

午前は、近親者来宅。、室内清掃。

 

 

午後からは、資料の整理。書状執筆。『政治文化情報』発送準備など。

 

 

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2020年5月15日 (金)

今の野党の党首の顔ぶれを見ていますと、安倍晋三氏に代わって総理になってほしい人は一人もいません。これが日本の悲劇です。

ベランダから表通りを眺めましても、走行する自動車の数も、歩行者の数も増えているようです。また、買い物に行きましたら、谷中銀座も夜店通りも人出が多くなっています。これは喜ばしいことではありますが、半面何か不安を感じます。安倍総理や小池都知事が心配してゐる事態にならないようにやはり不要不急の外出はできる限り抑えるべきかと思います。

自動車の走行が少なくなりますと、必然的の街の空気がきれいになります。率直に言ってこれは喜ばしいことです。東京の街の空気がいかに汚くなっていたかを実感します。ともかく、ウイルス菌が一日も早く消滅することを願います。

保健所を見ても分かる通り、これまで長い間公務員の数を減らすことに躍起になりすぎて来たのではないでしょうか。その責任はみんなにありますが、公務員の削減を言い続けたのはメディアであり民主党などの野党でした。ともかく民主党は(今は立憲民主・国民民主などに分裂していますが)自民党批判ばかりやってゐて、自分たちのやってきたことに対する反省はまったくないようです。

今の野党の党首の顔ぶれを見ていますと、安倍晋三氏に代わって総理になってほしい人は一人もいません。今の野党連立政権は亡国への道です。これが日本の悲劇です。

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千駄木庵日乗五月十五日

午前は、諸事。

 

午後からは在宅して、室内清掃、資料整理など。

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共産支那・ロシア・韓国はわが国にとって凶悪なる敵性国家である

世界最大の侵略国家、軍国主義国家である共産支那は新型コロナウイルス感染拡大によって各国がその対応に追われてゐる中にあって、沖縄県尖閣諸島沖で日本領海への侵入を繰り返し、さらに五月八日には、支那海警局の公船四隻がわが国領海に侵入し二時間にわたって航行したばかりでなく、日本漁船に接近追尾した。さらに、この公船は九日夜に再び侵入し、十日夜まで二十六時間にわたって我が国領海内に居座った。

わが國の抗議に対して、共産支那外務省は「日本の漁船はわが国の領海で違法に操業してゐた」と逆に日本を批判した。盗人猛々しいとはこうした支那の行為である。何とも許すことはできない。軍事組織でる人民武装警察隊に移管された支那公船には機関砲のようなものが搭載されている。

共産支那は尖閣諸島・沖縄への侵略行為をますます強めている。またロシアはわが国固有の領土北方四島を軍事占領し続け軍事基地化してゐる。韓国も竹島において同じことをしている。

共産支那・ロシア・韓国はわが国にとって凶悪なる敵性国家である。断じて警戒を緩めてはならない。領土問題の完全解決がない限り、この三国との友好・協力関係を結ぶことはできない。

共産党・立憲民主党などの亡国野党、そして朝日新聞などの偏向メディアは、。「検察官定年延長」問題とやらで政府攻撃を繰り返しても、共支那・ロシアの・韓国のわが国に対する侵略行為、軍事的圧迫に何ら批判しない。こいつらは侵略国家の手先である。断じて許してはならない。

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2020年5月14日 (木)

千駄木庵日乗五月十四日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、資料の整理など。

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『占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定している

ある神社が発行する「社誌」には、ある高名な学者が次のやうに論じてゐる。
「天皇は古代以来、…その時々の政治上の最上位者を『任命』するお立場にあられた。今も、内閣総理大臣と最高裁判所長官を『任命』し、『国権の最高機関』たる国会をより上位の立場から『召集』される。まさに公的秩序の頂点におられる。今の憲法では、それを『日本国の象徴』と表現している。そのお立場を表示されるのが、この儀式(四宮注・「即位礼正殿の儀」)の意義だ」「大嘗祭は『稲作』という伝統的かつ前近代では最も普遍的な生業を仲立ちとして〝天皇と国民のつながり〟を皇位継承のたびに確認する意味を持っていた。それはまさに『国民統合の象徴』にふさわしい祭儀と言うことができる」「大嘗祭固有の意義とは…天皇が歴史的に国民結合の中心であられたこと、今も現に『国民統合の象徴』であられることを〝証明〟するのが、他の儀礼が持ち得ない大嘗祭だけの意義と言える」。

この学者が、『現行占領憲法』で「表現している」と言ふ「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」の前提は、「主権が国民に存する」といふこと即ち日本國體とは絶対に相容れない「国民主権論」である。

『現行占領憲法』の国民主権論に基づく「象徴天皇論」は日本國體とは縁もゆかりもない。従って「大嘗祭固有の意義とは、天皇が歴史的に国民結合の中心であられたこと、今も現に『国民統合の象徴』であられることを証明する」などといふことは金輪際あり得ない。

『現行占領憲法』には「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている。

「象徴」という言葉は、天皇の空間的統一性・統合性をある程度表現してはいるが、天皇の時間的連続性・伝統性は全く表現されていない。言い換えると、「象徴」という表現は、何ゆえ天皇は国家国民を統合される御存在であるのかという理由が示されていないのである。

天皇は、日本國及び日本国民の歴史と傳統、そして日本国民の普遍意志=過去・現在・将来にわたる日本国民の伝統的な普遍意思を体現されるご存在である。天皇が日本国の本来の統治者・君主として仰がれてきたという事実と、天皇が日本国の歴史と傳統そして国民の普遍意志の体現者である事実とは、不可分の関係にある。

『現行憲法』の「天皇は象徴である」という規定は、この不可分の関係を無視し、あわせて日本伝統信仰(神道)の最高祭祀主としての天皇の地位と権能を否定し去っている。

『現行占領憲法』は、経過的暫定の制度として彼らの言う「天皇制」を承認し、やがては廃止を理想とした米国占領軍の意図を反映したものだからこういう規定になったのである。

三島由紀夫氏は、天皇のご本質について「天皇は、われわれの歴史的連続性、文化的統一性、民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴」(『反革命宣言』)「われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すもの」(『反革命宣言補註』)「国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇」(『文化防衛論』)と論じてゐる。

『現行占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇の尊厳性を隠蔽している。天皇が、日本国及び日本国民を統合される御存在であるのは、天皇が歴史的伝統性・時間的連続性を継承され体現される御存在であるからである。

「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」といふ規定は、天皇のご本質の半面しか表現していない。天皇の空間的統一性は表現されているが、歴史的伝統性・時間的連続性が表現されていない。

さらに言えば、『現行占領憲法』は『国生み神話』『天壌無窮神勅』、『萬葉集』に歌われた伝統的國體精神を全く継承してゐない。

『現行占領憲法』は最も大切な『大日本帝国憲法』の第一条から第三条までの國體条項を抹消した。さらに、『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

ゆえに、『大日本帝国憲法』を改正した憲法であるとする『現行占領憲法』は、『大日本帝国憲法』の改正限界を大きく超えて國體の基本を隠蔽してしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

『現行占領憲法』は國家の存立の基本を隠蔽しているのであるからこれを全面否定しなければならない。

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千駄木庵日乗五月十三日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、原稿執筆、脱稿、印刷所に送付。

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2020年5月13日 (水)

この頃詠みし歌

油虫も虻も動き始めたり新型ウイルス猖獗してをれど

谷中霊園でひときわ大きな墓石は徳川慶喜と渋澤栄一

妻もゐて子供らもゐたる友達も何ともさみしき生涯を終へぬ

大量の人を殺せば英雄で少なく殺せば犯罪者とチャップリンは言ふ(映画『殺人狂時代』)

惨き兵器を用いて多くの人々を殺したるスターリン・トルーマン・毛沢東は英雄なるか

歴史上の英雄譚を肯定する心少しく薄らぎてきぬ

混迷の世に夜空を仰ぎたればアララキララ星座は今日も広がりてをり

若き医師の言葉を一語一語真剣に聞きつつ明日よりの健康を期す

腹一杯になるを喜ぶ我にして團子坂下にてカルボナーラ食す

塩分をひかへるべしとの御託宣は何としても守らねばならぬ

カラスミもコノコもコノワタも食したけれども食してはならぬ

夕食をつくると言ってもレンジに入れチンをするだけの手間にぞありける

贈られしマスクをつけて商店街を闊歩する時の心地良さかな

若き友が背中を丸めて料理作る夕闇迫る根津のパスタ店

林檎一つ買ひて家路を急ぐなり半世紀以上の独身生活

はるばると訪ね行きる奥飛騨の村人たちとの宴懐かし

奥飛騨の村人たちの作りくれし山菜料理を今に忘れず

仏像も神像も我に有難く展覧会場で早く拝みたし

何時になったらこの国難は終るのか上野なる美術館に早く行きたし

もうすでに七十歳は過ぎたるになかなか安穏の境地にはなれず

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千駄木庵日乗五月十二日

午前は、諸事。親族来宅、室内清掃。

午後からは、在宅して『政治文化情報』の原稿執筆など。

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2020年5月12日 (火)

「なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな」   与謝野晶子

なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな

与謝野晶子

明治三十四年刊行の『みだれ髪』に収められた歌。抑へきれない恋心を歌ってゐる。

「何となくあなたが待ってゐてくれるような心地がして出てきた花の咲いてゐる野原に夕月が出てゐます」といふほどの意。

人恋しさに耐へられず家を出て来ると、花が咲き乱れた夕暮時の野原の上に月が出てゐるといふ、何とも切なくも美しい光景である。上の句は作者の心、下の句は動作と情景が詠まれてゐる。花の咲く野原と夕月といふ取り合はせによって、若き頃の与謝野晶子の浪漫的気分が歌はれてゐる。耽美主義の歌の典型と言ってよい。

下二句は、倒置となり「夕月夜」を強調してゐる。「君」は、与謝野鉄幹の事かどうかは断定できないといふ。「恋に恋する」若き女性が生んだ空想の世界の歌かも知れない。「夕月夜」は、晶子自身がふったルビによって「ゆふづくよ」と古典的に読むのが正しいとされる。

清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよひ逢ふ人 みなうつくしき

同じく『みだれ髪』に収められた与謝野晶子の代表的名歌。「清水へ行こうと祇園をよぎって行く桜の花が咲いてゐる月夜、今夜逢ふ人は皆美しいなあ」といふ意。

この歌も夜桜と月の取り合はせが巧みで耽美的な歌である。与謝野晶子の歌には固有名詞を生かした歌が多いがこの歌も然りである。

月はロマン派・耽美派の歌人に好まれるようだ。京都の情緒をたっぷり湛へた美しい作品になってゐる。

日本は、日の本の國と言はれるのに、なぜか太陽を歌った詩歌は少ない。『萬葉集』の時代から今日まで日本人は歌や俳句によく「月」を詠んできた。日・月・星の中でも、月が最も日本人に親しまれて来たと思はれる。日常生活において、「月」は最も親しい自然景物なのではないか。

日本の自然は美しい。特に「月」は、日本人に愛されてゐる。月が人間にやすらぎを与へるからであらう。月の不可思議な光は、恋に悩めるものを慰め、労はってくれる。それは日本人特有の信仰精神と美意識に深くかかはる。古来日本人は、夜空に浮かぶ月を見て格別の詩情をそそられ、月もまた何事かを地上の人間に語りかけて来た。

月の不可思議な光りは、恋に悩める人を慰め、労はり、更には恋心を増幅させた。

ただ月は高尚な美感覚や恋愛の心のみを語りかる自然景物ではない。きはめて庶民的・開放的な自然景物でもある。だからこそ、一般庶民大衆に愛され親しまれてきたのである。

福岡県に傳はる民謡で全國の人々に愛誦されてゐる『炭坑節』は「月が出た出た 月が出た(ヨイヨイ) 三池炭坑の 上に出た あんまり煙突が 高いので さぞやお月さん けむたかろ(サノヨイヨイ)」である。

また月は貴婦人の世界のみに登場するのではない。昔の任侠の世界を歌った歌にも登場し親しまれてきた。『名月赤城山』『大利根月夜』『勘太郎月夜唄』といふ歌謡曲の歌詞を見ればそれは明らかである。

「月」が歌ひこまれた歌謡曲は數限りがないほどある。曲名に「月」がついたヒット曲は、『月がとっても青いから』『月の法善寺横丁』『お月さん今晩は』『月よりの使者』『月光値千金』『三日月娘』『夕月』などがある。曲名に「月」といふ言葉がなくとも、『青い背広で』には「月も青春 泣きたい心」、「王将」には「月も知ってる おいらの意気地」、『旅の夜風』には「月の比叡を 独り行く」、『チャンチキおけさ』には「月がわびしい 路地裏で」など歌詞に月が登場する歌は枚挙にいとまがない。

お月様、お日様、お星様といふ言葉がある。日本人は自然を尊び愛し敬意を持ってゐることの証しする言葉である。英語にかういふ表現があるのであらうか。「ミスター・ムーン」「ミス・サン」「ミスター・スター」といふ言葉はないのではないか。

日本人は、これからも自然と共に生きる姿勢を保っていくべきである。人間の力が自然を征服するなどといふ傲慢な考へを持たず、古来、太陽を天照大神、月を月讀命と呼んだように、自然に「神」を見なければならない。自然に宿る神々に畏敬の念を持つことが大切であらう。

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千駄木庵日乗五月十一日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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2020年5月10日 (日)

「萬邦無比の國體」と「祭祀」

 日本國家の存立の精神的中核は、天神地祇を尊崇し稲穂を大切にする信仰精神であり、日本という國家は<天皇を祭祀主とする信仰共同體>なのである。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。

 天皇が現御神であられるということは、天皇は「今生きておられる神」「この地上に実在する神」「人にして同時に神なる方」「天神地祇・稲穂の神靈の體現者」ということである。

 そしてわが國には太古以来の信仰が、祭祀という行事と共に今もわが國民の日常生活に生きている。また、天皇の祭祀は今日唯今も生きた姿で傳承されている。

 つまり、日本傳統精神は、天皇の祭祀を通して、今もなおその生命を傳えてられいるのみならず、現実に天皇及び皇室の自然の命を慈しみたもう御精神と御行動そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食い止める大きな力となっている。

 伊勢の神宮の神殿は、二十年目ごとに必ずくり返される式年遷宮によって永遠に新しい姿に復元し生まれ変わる。古代の神殿が永遠に新鮮な姿で我々の眼前に立っている。

 このように、日本民族は古代信仰を今日唯今も生活の中に生かしているのである。そして古代信仰の祭祀主を今日の日本国の君主として仰いでいるのである。これが日本國の素晴らしさである。

 今上天皇は、初代の神武天皇から数えて第百二十六代の御子孫であらせられると共に、現御神として邇邇藝命・神武天皇そして御歴代の天皇と全く同じご資格で國家を御統治されている。萬世一系の皇統は、高天原より地上へと、天照大御神・邇邇藝命・神武天皇から今上天皇へと、時間を超えて一貫して連綿として傳えられている。

わが国は、古代以来一系の天子が國家の君主であられるのである。これは世界史の奇跡であり、他の國家・民族には見られない事実である。まさに「萬邦無比の國體」である。         

 神道の基本行事は、神を祭ること即ち祭祀である。「祭り」とは神に奉仕(仕え奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。

 人は、はじめから神に生かされ、神と離れた存在ではなく神と一體の存在であった。しかし、様々の罪穢が神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまった。禊によって罪穢を祓い清め、祭りと直會(神と共に供え物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の傳統的な信仰である。

 「維新」とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 今日唯今も実際に全國各地で毎日のように行われている禊と祭祀は信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

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千駄木庵日乗五月十日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、原稿執筆など。

町の様子を見ていると、いくらか人通りが増えているようである。

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最近思ったこと

最近の海外からのニュースで、コロナウイルスの蔓延を防ぐための様々に規制に反発する市民に対して、警察官が取り締まりというか規制措置をしている映像を見てゐると、警察官が相当強力に対処していることが分かる。それは、独裁国家だけではなく、自由平等博愛を標榜するフランスや、アジアの自由国家インドなどで、抵抗する市民を殴ったり蹴ったりしてゐる。

私が、イギリスへの返還前の香港に行った時、私の乗っている自動車の運転手が交通ルールを守らなかったらしいのだが、警察官がその運転手を怒鳴りまくってゐた。共産支那の警察ではなく、香港の警察であっても、市民に対してはとても高圧的であった。

支那大陸の警察の方が市民にそれほど高圧的ではなかったように思う。何しろ一般家庭の夫婦は夫婦喧嘩を家の外で始める。道路上で怒鳴り合いをする。近所の人が集まって来る。
警察官も来る。そして夫婦のどちらの言い分が正しいか判定するのである。なかなか面白かった。

ただし、特務警察が我々を尾行してゐたようである。ある国民宿舎のような宿泊施設に入りベッドに入って寝ようとしてゐると、警察官が来て、「皆さんのような外国の友人の方はこういうところに泊まって頂いては困ります。しかしもう寝る準備を終えているようなので、明日は別のホテルへ移って下さい」と言われた。

アメリカに行った時は、警察官が口笛を吹いたり鼻歌を歌ったりして仕事をしているのである。また、女性警察官がピストルを下げ男性警察官と全く同じ職務をこなしてゐた。アメリカは明るい国であると思った。

タイでは、国家警察軍と言う日本で言えば警察の幹部が、酒場を経営しているのである。そして我々を接待し、女の子の世話までしてくれる。日本ではちょっと考えられないことだ。

またフィリッピンでは、小さな酒場でも、レジのそばに銃を持ったガードマンが立っている。それだけ拳銃を使用した犯罪が日常茶飯事なのである。

ともかく日本は他の國と比較すれば平和である。

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千駄木庵日乗五月九日

午前は、諸事。近親者来宅。室内清掃。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』原稿執筆。

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2020年5月 8日 (金)

「不要不急」という言葉について

「不要不急」という言葉がよく使われますが、私が生きること自体、「不要不急」と思う時があります。しかし、早く死にたいと思ってゐるわけでは全然なく、静かにゆっくりと慌てずに生活していきたいと思ってゐるということであります。

もともと何かに急かされているという思いで忙しなく生きてきたのです。しかし、近年、心臓を痛めましたので、慌てず、騒がずに生きていくより仕方がないのであります。七十歳を過ぎますと、そういう生活をしましても収入が激減して明日の生活費も無くなるということも無いのでほっとしています。元々収入が少ないのですから当然です。

ともかくできるだけ勉強し、本を讀み、良き文章・佳き歌を詠みたいと思ってゐます。いやいや、こういう欲望を持つこと自体、静かに、ゆったり、慌てずにと言う生活態度に反しますね。

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千駄木庵日乗五月八日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、原稿執筆の準備、資料検索、原稿執筆。

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2020年5月 7日 (木)

今日の疫病猖獗などの國難打開のために、建國以来の歴史に学び、全國の神社・仏閣に國家國民が一丸となって國難打開の祭祀・祈願を行ふべきである

『政治文化情報』四月号の「皇都の一隅より」の拙文にも書かせていただきしたが、東京及び東京近辺の大神社、大寺院が今回の国難打開のための祭祀、祈祷會、法要を行ったという情報がありません。多くの神社仏閣がお祭りや法要を中止或は小規模にしたということを聞くのみでした。

本来なら国難打開の大法要そして救済活動を行なうべきなのに、毎年正月三が日には多くの参拝者でにぎわう即ち莫大な額のお賽銭を集める成田山新勝寺は僧侶を自宅待機にしたということを聞いて、少々呆れてしまいました。

どこかの教団の名誉会長とかいう人はまるで生き仏・生き神・世界の救済者のように崇められていますが、今回の国難で具体的にどのような救済活動をしたのかは全く報じられていません。本人が病身なのでやむを得ないとは思いますが…。

既成宗教にしても新宗教にしても新々宗教にしても内紛・後継者争いの無い宗教は無いと言っていいと思います。もっともキリスト教も仏教も回教も、内紛、近親憎悪の歴史であったと言っていいと思います。殺し合いすら行っています。これはどうしようもないことでしょうか。この度の苦難を乗り切って、人類全体が真の平和を実現することを望みます。

後土御門天皇は、明応四年(一四九九)に次のやうな御製を詠ませられた。

「伊勢
にごりゆく 世を思ふにも 五十鈴川 すまばと神を なほたのむかな」

この御製は聖天子の篤き祈りの御歌である。いかなる濁れる世、乱世であっても、否、さうであればこそ、上御一人日本天皇は、神への祭祀、祈りを深められた。そしてその事が、日本國再生の基となった。

今日の日本も「にごりゆく世」である。また文字通り有史以来未曽有の國難に遭遇してゐる。今こそ、祭祀主・日本天皇の御稜威の下、本来の日本の清き姿に回帰し困難を打開しなければならない。

今日の疫病猖獗などの國難打開のために、建國以来の歴史に学び、全國の神社・仏閣に國家國民が一丸となって國難打開の祭祀・祈願を行ふべきである。

わが國においては、大化改新、建武の中興、明治維新等の大変革が實現する直前に内憂外患に見舞はれ、國家の存続すら危ぶまれる状況において、全國民が一体となって、神仏への祭祀と祈願を行った。そして危機を打開し、維新変革を實現してきた。今日においても歴史に学ぶべきである。

ところが、今日に於いては「現行占領憲法」の亡國的制約によって、國民的規模・國家的規模の國難打開の祭祀も祈祷も行ひ得ない状況になってゐる。これを根本的に改めなければならない。

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千駄木庵日乗五月七日

午前は、病院に赴き、検査と診察を受ける。特に病状の悪化はないということで安心する。

東大構内、不忍池の新緑が美しかった。

帰宅後は、原稿執筆の準備、書状執筆。

夕刻は、近所の居酒屋で、若き友人とほんのちょっと一杯。

本日も、ある先輩同志より、マスクを多数お贈り頂く。有り難し。

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2020年5月 6日 (水)

『現行占領憲法』の「象徴天皇」規定は日本國體と絶対に相容れないし、「大嘗祭」とは全く無関係である。

先日も書いたが、ある有名な学者が、ある神社が発行する「社誌」で、「今の憲法では、それを『日本国の象徴』と表現している。そのお立場を表示されるのが、この儀式(四宮注・「即位礼正殿の儀」)の意義だ」「大嘗祭は『稲作』という伝統的かつ前近代では最も普遍的な生業を仲立ちとして〝天皇と国民のつながり〟を皇位継承のたびに確認する意味を持っていた。それはまさに『国民統合の象徴』にふさわしい祭儀と言うことができる」「大嘗祭固有の意義とは…天皇が歴史的に国民結合の中心であられたこと、今も現に『国民統合の象徴』であられることを〝証明〟するのが、他の儀礼が持ち得ない大嘗祭だけの意義と言える」などと論じた。。

この学者が、『現行占領憲法』で「表現している」と言ふ「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」の大前提は、「主権が国民に存する」といふこと即ち日本國體とは絶対に相容れない「国民主権論」である。

「皇位」は「天津日嗣の高御座」と申し上げる。これは、「高天原にゐます天照大御神の靈統を繼承される御方の座される高い御位」といふほどの意である。まさに神聖不可侵の「御位」なのである。その神聖なる御位=「天津日嗣の高御座」の繼承のあり方を、権力國家の行政機関や立法機関で決定しては絶対にならない。

まして況や全くわが國體と相容れない原理で成り立った『現行占領憲法』のいはゆる「象徴天皇」規定とは絶対に相容れない。

「天津日嗣の高御座の繼承」といふ神聖不可侵の事柄を、上御一人の御意志をうかがふこともせず、政争が繰り返される権力機構たる議會で決めるのは、間違ってゐる。

日本國の生命・歴史・傳統・文化・道義の体現者たる天皇の大御心・御意志にまつらふことが日本國民の道義心の根幹である。そして天皇の大御心・天皇の國家統治の基本は、天照大神の御命令である「高天原の理想を地上に実現する」といふことである。

 「現御神信仰」の公的表現は、『宣命詔勅』に「現神(あきつかみ)と大八洲知ろしめす倭根子天皇(やまとねこすめらみこと)」と示されている。とりわけ『文武天皇即位の宣命』には「天津日嗣高御座の業と、現神と大八嶋知ろしめす倭根子天皇命の、授賜ひ負賜(おほせたま)ふ貴き高き廣き厚き大命受賜り恐み坐して……明き淨き直き誠の心以て、御稱(いやすす)み稱(すす)みて緩怠(たゆみおこた)る事無く…」と示されてゐる。 

「明き淨き直き誠の心」こそ、わが國の道義心の根本である。天皇は現御神として天の神の御心を地上で実現されるお方であり道義精神の最高の実践者であらせられる。その大君に對し奉り、臣下國民は赤き心直き心で仕へまつるのが日本國民の道である。そして上御一人の大御心は『おほみことのり』即ち詔勅・大御歌・公的御行動によって示されるのである。

『現行占領憲法』第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれてゐる。

「日本国及び日本国民統合の象徴」といふ規定の意味はきはめて限定的である。「象徴」といふ言葉は、天皇の空間的統一性・統合性をある程度表現してはゐるが、天皇の歴史的傳統性・時間的連続性は全く表現されてゐない。言ひ換へると、日本天皇は何ゆゑ国家国民を統合される御存在であるのかといふ意義が示されてゐない。

天皇は、日本國及び日本国民の歴史と傳統、そして日本国民の普遍意志=過去・現在・将来にわたる日本国民の伝統的な普遍意思を体現される存在である。天皇が日本国の本来の統治者・君主として仰がれてきたといふ事実と、天皇が日本国の歴史と傳統そして国民の普遍意志の体現者である事実とは、不可分の関係にある。

『現行憲法』の「天皇は象徴である」といふ規定は、この不可分の関係を無視し、あはせて日本伝統信仰の最高祭祀主としての天皇の地位と権能を否定してゐる。「天皇の御地位」は果たして何を根拠としてゐるのかが全く示されてゐない。

「日本国及び日本国民統合の象徴」といふ言葉には、『萬葉集』柿本人麻呂の長歌の「やすみしし わが大君」(四方八方をたいらけくやすらけく統治される)といふことはある程度表現されてゐるが、「高照らす 日の皇子(みこ)」(高く照らす日の大神の皇子)といふことは表現されてゐないのである。

『現行占領憲法』は「経過的暫定の制度」として、いはゆる「天皇制」を承認し、やがてはこれが廃止をせんとした戦勝国の意図を反映したものだからかかる規定になったのでらう。

三島由紀夫氏は、天皇のご本質について「天皇は、われわれの歴史的連続性、文化的統一性、民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴」(『反革命宣言』)「われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すもの」(『反革命宣言補註』)「国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇」(『文化防衛論』)と論じてゐる。

『現行占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇の尊厳性を隠蔽してゐる。天皇が、日本国及び日本国民を統合される御存在であるのは、天皇が歴史的伝統性・時間的連続性を継承され体現される御存在であるからである。「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」といふ規定は、天皇のご本質の半面しか表現してゐないのである。

『現行占領憲法』は最も大切な『大日本帝国憲法』の第一条から第三条までの成文化された國體法を抹消した。『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

そして、日本の國體に全く合致しない「国民主権論」といふ西洋の悪しき普遍主義に毒されてゐる。西洋成文憲法というのは、専制支配者であったイギリスのジョン国王とそれに対立する貴族との間で結ばれた契約である『マグナカルタ』が起源である。そして「國民主権論」は、専制国王ブルボン王朝を打倒したフランス革命から発した思想である。そしてそれに基づく『現行占領憲法』の「象徴天皇」規定は日本國體と絶対に相容れない。

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千駄木庵日乗五月六日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後からは在宅して、資料の整理など。

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2020年5月 5日 (火)

今日のやうな大国難の時期においてこそ、厭世的ではなく逃避的でもなく、清潔さを好む、明るくおおほらかなる祭祀の精神を回復すべきである


神祭りは、日本傳統精神の原点であり日本傳統文化の祖型である。神道の基本行事たる「祭り」とは神に奉仕(仕へ奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従ひ奉ることである。つまり神の御心のままに勤めることをお誓ひする行事である。祭祀は、〈神人合一〉の行事である。

「祭祀」とは、「始まりの時」に行はれた行事を繰り返し行ふことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓ひ、祝詞奏上、玉串奉奠などを行ふことによって、罪けがれを祓ひ清めて、人としての本来の姿に立ち帰るといふ行事である。言ひ換へると、禊祓ひによって生成の根源に回帰するといふことである。「無私」になって神に一切を「まつろふ」(従ひ奉る)から「まつり」といふのである。

「祭り」とは厳粛なる行事ではあるが、堅苦しい苦行ではない。明るく愉快な行事である。神人融和・神人合一の状態は明るく面白いのである。

「阿波礼、阿南於毛志呂、阿南多乃之、阿南佐屋気、於気於気(あはれ、あなおもしろ、 あなたのし、あなさやけ、おけおけ)」

これは、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で神々が歌ひ踊って喜ぶ場面の掛け声である。

日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「祭り」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふの言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。決してしかめつらしい境地ではない。

厭世的でもなければ逃避的でもないといふのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができると信じ続けてきてゐるのである。

「まつり」とは厳粛なる行事ではあるが、堅苦しい苦行ではない。明るく愉快な行事である。神人融和・神人合一の状態は明るく面白いのである。

「あはれ、あなおもしろ、 あなたのし、あなさやけ、おけおけ」

これは、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で、神々が歌い踊って喜ぶ場面の掛け声である。『古語拾遺』(平安時代の神道資料)に記されてゐる。

日の神たる天照大御神の再臨は、笑ひによって實現した。日本民族にとって「笑ひ」とは、暗黒や邪気を除去し明るい日の神を迎へる歓びであった。つまり祭りの原義と一體である。

日本人が「まつり」が好きなのは、日本人が本来明るい性格の民族であるからである。「面白い」といふの言葉は、實に天の岩戸開き以来の言葉である。神人合一とは、明るい面白い境地なのである。

厭世的でもなければ逃避的でもないといふのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができる信じ続けてきてゐるのである。

また「さやけ」といふ言葉には、日本人の清潔好きといふ感覚が表現されてゐる。面白く、楽しく、清らか、といふのが「まつり」なのである。

ここに日本神道=日本傳統信仰の特質がある。「難行苦行を経なければ神の許しを得ることはできない。そして神は常に人間に対して罪を犯したら裁く、神に背いたら報復すると脅し続ける」といふ恐怖の信仰ではない。

今日のやうな大国難の時期においてこそ、厭世的ではなく逃避的でもなく、清潔さを好む、明るくおおほらかなる祭祀の精神を回復すべきである。

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千駄木庵日乗五月五日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃、原稿執筆の準備など。

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この頃詠みし歌

「マスクをつけ顔の三分の二見えない人多しこの頃会ふ人みな美しき」

與謝野晶子の歌「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」の「本歌取り」です。
かういふことは入院してゐた時に看護師さんを見る度に思ひましたが、今や町全体がそんな感じですので、思はず腰折れ歌にしてしまひました。

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『大嘗祭』と『現行占領憲法』に関するある神道学者の主張への疑問

祭祀とは神人合一の行事であり、「大嘗祭」は、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。神道の基本行事たる「祭り」とは神に奉仕(仕へ奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従ひ奉ることである。つまり神の御心のままに勤めることをお誓ひする行事である。つまり、祭祀は〈神人合一〉の行事である。

さらに「祭祀」とは、「始まりの時」に行はれた行事を繰り返し行ふことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓ひ、祝詞奏上、玉串奉奠などを行ふことによって、罪けがれを祓ひ清めて、人としての本来の姿に立ち帰るといふ行事である。

言ひ換へると、禊祓ひによって生成の根源に回帰するといふことである。「無私」になって神に一切を「まつろふ」(従ひ奉る)から「まつり」といふのである。神祭りは、日本傳統精神の原点であり日本傳統文化の祖型である。 

天皇が御即位された後初めて行はれる新嘗祭である大嘗祭は、全國各地から集めたお米などの穀物を天照大神にお供へをして、五穀の豊饒を感謝すると共に、天皇がお供へしたお米をなどの穀物を神と共に食される。そして天皇・神・穀物の霊が一体となる行事である。

このみ祭りによって、天皇は、現御神(地上に現れた神」としての神聖性を継承され保持される。

「大嘗祭」は、天孫降臨の繰り返しの行事である。そもそも「まつり」とは元初(ものごとの一番始め)の行事の繰り返しである。

天照大神は邇邇藝命に稲穂をお授けになって「このお米を地上にたくさん実らせ、豊葦原瑞穂の國を統治しなさい」と御命令になる。

邇邇藝命は、その稲穂を奉持して、真床追衾(まとこおふふすま)に包(くる)まれて地上の高千穂の峰に天降られる。真床追衾とは、床を覆ふ夜具で、おくるみ(赤ん坊を抱く時、衣服の上からくるむもの)のやうなものであると承る。

日継の皇子の御魂と天照大神と神霊と稲穂の霊と一体となり、日継の皇子が日の御子(現御神)としての神聖性を開顕される祭りが大嘗祭である。

「大嘗祭」によって新しい天皇が、先の天皇と同じやうに神と一体となられるのである。つまり歴代の天皇は、御肉体は変られても、「やすみししわが大君 高照らす日の御子」といふ神聖なる本質・神格は全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。

「大嘗祭」は、天孫降臨といふ元初の事実の繰り返しであり、歴代天皇が天照大神の御神霊と一体になられるおまつりであり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。大嘗祭は、持統天皇の御代から行はれるやうになったと承る。

近年、保守の立場であるとされ、皇室を崇敬するといわれる学者・評論家の中に、以上述べた様な「天皇の祭祀」とりわけ「大嘗祭」の意義に否定的見解を示す人が出てきてゐる。しかも、祭祀や皇室の伝統について無知な人ではなく、相当な見識を持つ人がさういふことを論んじられてゐる。驚くほかはない。折口信夫氏の『大嘗祭の本義』における論述を「妄説」などと切って捨てた方もをられる。

宮内庁あるいは政府には、大嘗祭をはじめとした「天皇の祭祀」そして「即位の大礼」の諸行事が、「現行占領憲法」の「政教分離」の規定及び「国民主権」の原理に反するとの批判を恐れるあまり、「現御神信仰」「天皇卽神論」を隠蔽したいといふ意向があると思はれる。つまり。押し付けられた「占領憲法」の原理と規定によって日本國體・皇室の道統を隠蔽してゐるのである。

保守派学者の論議は、政府宮内庁に同調した動きであろうと思われる。きはめて憂慮すべき事である。

折口信夫氏の論を全て肯定するかどうかは別として、祭祀とは神人合一の行事であり、大嘗祭は、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。このことは絶対に隠蔽してはならない。

令和の御代の御大礼について、平成の御代の御大礼と同じやうに、「現行占領憲法」のいはゆる「政教分離」の「原則」そして「国民主権」の「原理」との「整合性」なるものを成立させ維持するために、政府及び宮内庁は日本皇室の道統、皇室祭祀の伝統を軽視或は隠蔽する重大なる姿勢を示した。そして、さうした宮内庁の姿勢を肯定し、理論的正当性を与えんとする学者・評論家がいる。

例へば、神社が発行する「社誌」には、ある高名な学者が次のやうに論じてゐる。
「天皇は古代以来、…その時々の政治上の最上位者を『任命』するお立場にあられた。今も、内閣総理大臣と最高裁判所長官を『任命』し、『国権の最高機関』たる国会をより上位の立場から『召集』される。まさに公的秩序の頂点におられる。今の憲法では、それを『日本国の象徴』と表現している。そのお立場を表示されるのが、この儀式(四宮注・「即位礼正殿の儀」)の意義だ」「大嘗祭は『稲作』という伝統的かつ前近代では最も普遍的な生業を仲立ちとして〝天皇と国民のつながり〟を皇位継承のたびに確認する意味を持っていた。それはまさに『国民統合の象徴』にふさわしい祭儀と言うことができる」「大嘗祭固有の意義とは…天皇が歴史的に国民結合の中心であられたこと、今も現に『国民統合の象徴』であられることを〝証明〟するのが、他の儀礼が持ち得ない大嘗祭だけの意義と言える」。
この学者が、『現行占領憲法』で「表現している」と言ふ「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」の大前提は、「主権が国民に存する」といふこと即ち日本國體とは絶対に相容れない「国民主権論」である。
『現行占領憲法』の国民主権論に基づく「象徴天皇論」は日本國體とは縁もゆかりもない。従って「大嘗祭固有の意義とは、天皇が歴史的に国民結合の中心であられたこと、今も現に『国民統合の象徴』であられることを証明する」などといふことは金輪際あり得ない。

日本國體と「国民主権論」について論ずれば、西洋の国法学説でいう「主権」とは、近代中央集権国家がフランスに初めて成立する過程において国王の権力の伸長を国内外に主張し、絶対王政を正当化するための理論的武器となったものである。それは「朕は国家なり」という言葉でも明らかな如く、国王は何ら制約を受けない最高絶対の権力者とされ、国民は国王に信者の如く絶対服従するものとされ、国王と国民とは二極の対立概念として理解されているのである。

 西洋の国民主権論は、もっとも徹底した「反君主制」の理論として確立されたのである。そしてかかる反君主制の思想が、敗戦後戦勝国によって憲法の中に盛り込まれたのである。

 こういう史的・思想的背景を持つ西洋の主権概念は、日本國體とは絶対に相容れない。なぜなら日本では、古来西洋のような闘争の歴史は無かったからである。

日本の歴史と伝統は、天皇を中心として君民一体となって民族共同体・信仰共同体を形成し発展させてきた。天皇と国民、国家と国民の関係は、相対立するものではなくして、不可分一体の関係にある。天皇と国民を、氷炭相容れない対立関係と見るのは、西洋流の考え方に立っており、日本の伝統ではない。

 我々がここで確認しておきたいことは、国民主権は決して人類普遍の原理ではないということである。前述したように、国民主権という考え方は国王・皇帝と国民が対立し抗争した歴史を持つ西洋諸国の考え方である。十七世紀のヨーロッパにおける国王と人民との争いの中で、ルソーが理論化した考え方が国民主権であるといわれている。国王の権力の淵源は国民の委託にあるのだから国民に主権があり、国民の意向に反する君主は何時でも打倒できるという考えである。

「主権」という言葉は西洋の国法学の影響により、国家における最高の政治権力と一般に解せられており、権力至上主義の臭みが濃厚である。「主権」という言葉が古来無かった日本は、主権が君主にあるとか国民にあるとかを成文憲法に記す必要はない。事実、『大日本帝国憲法』には「主権」などという思想も言葉もないのである。

まして況や、「大嘗祭」は、「国民主権論」とそれを前提とする「象徴天皇論」とは一切無関係である。

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千駄木庵日乗五月四日

午前は、諸事。

午後からは在宅して、室内清掃、資料整理・検索。『政治文化情報』原稿執筆。

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2020年5月 4日 (月)

真に國體精神に基づく憲法を回復しなければならない

今日は、押し付け憲法・占領憲法が施行された日だという。しかし、新型コロナウイルスの猖獗により、全く話題にならなかった。

百年河清を俟つという言葉があるが七十二年河清を待っても駄目だった。「現行占領憲法」の改正すべき項目を項目ごとに国会で改正を発議し、国民投票を行うと、全ての改正を行うのに、三十年くらいかかるという。とてもそんな悠長なことはやっていられない。改正するなら全面改正でなければならない。

ところが、自民党は「ワン・イシュー(一つの論点)でやる。パッケージ(ひとつに包装する)ではなく一つ一つ丁寧にやる」と言ってしまった。前面改正をしないのであれば、各方面から出されている「改憲試案」というのが無意味ということになりかねない。

手続きにおいても、「現行憲法」の無効を確認し、全く別の自主憲法を制定するか、「帝国憲法」を復元する方が時間も費用もかからない。効率的である。

三潴信吾氏執筆の「憲法問題に対する基本的態度」(昭和三十七年発表)と題する論文に極めて重大なことが論じられているので紹介する。

「およそ一国の憲法典が憲法典として成立するための要件を二点に要約することが出来る。即ち、一、自主的に制定されること。二、国家傳統(立国法、國體法又は不文法)に立脚すること。…日本国憲法制定の当時は、国家としての占領下にあり、国民は重大な飢餓と住居難に直面し、おびただしい未帰還者、追放者、処刑者があり、物心両面にわたり未曾有の恐怖、不安、混乱状態にあったのであるから、国家の自主、自由の志向や行動などは到底思ひもよらなかったのである。…我々は、日本国憲法を、…断じて憲法として認め難い。人々は或は云ふ。天皇の裁可を得て、天皇の詔書によって公布された正式の憲法であり、又帝国議会の議決を経て、憲法上の改正手続を正式にとったものであると。しかし、吾人は、その底に、『ポツダム宣言の受諾』と『占領』との重大事実のあったことを見逃してはならない。『総司令官の下に従属せしめられた』天皇や議会、それは、畏れながら『管理天皇』であり、『管理議会』であったのであり、占領中の詔書は『管理詔書』であったのであって、『萬世一系の天皇』のそれではあり得なかったのである。マ司令官と仮に一体たらせ給ふた天皇のそれに他ならない。従って、最高司令官も、占領も、すべてが消滅したる今日に於ても尚且これを憲法として、詔書として有効ならしむべき何等の筋合も無いものである。即ち、日本国憲法は今日に於て、全く憲法典としての資格自要件を欠如して居るから、看板だけを以てこれを憲法なりと云ふわけに行かない。…ただ、日本の主権回復後に於てもこれを、他の法律や命令等の諸々の国法に対し、より高次の国法(その意味での最高法規)として、自主制定の憲法の確立するまでの過渡期を担ってゐる『臨時基本法』として黙認されてゐるに過ぎない。その意味での最高法規ではあるが、憲法では絶対にあり得ない。…主権の回復後既に十二年。一日も速やかにわが国家伝統に立脚した憲法を回復しなければならない」。

三潴信吾氏は、『現行占領憲法』は「憲法」ではないとされ、「有効ならしむべき何等の筋合も無い」と断じているのである。そして、「一日も速やかにわが国家伝統に立脚した憲法を回復しなければならない」と論じてゐる。即ちこの文章は、『現行占領憲法』無効、『大日本帝国憲法』回復を論じているのである。
『現行占領憲法』を改正するということは、無効であるところの『現行憲法』が有効であることを承認することになり、日本の歴史伝統の継承、國體精神の継承について、大きな禍根を将来に残してしまう。しかも、改憲は煩雑にして時間のかかる作業である。

『現行占領憲法』が無効である事実を確認し、速やかに『大日本帝国憲法』を回復・復元するべきである。それこそが「現行憲法改正」とは比較にならない正道であると信ずる。

「現行占領憲法」は、「大日本帝国憲法」の第一条から第三条に成文化された最も大切な国体法を抹消した。「占領憲法」は、「大日本帝国憲法」には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

 ゆえに、「大日本帝国憲法」を改正した憲法であるとする「現行占領憲法」は、「大日本帝国憲法」の改正限界を大きく超えて國體の基本を隠蔽してしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

 田尾憲男氏は、「これからの憲法改正に向けての国民のとるべき道は、明治の先人が諸外国の憲法を参考にしながら君民一致で作り上げた帝国憲法とその立憲精神をこそ憲法改正の最も大切な指針とすべきです。その際、原典の帝国憲法の条文に一旦立ち戻り、現憲法とよく較べ合せて学習してみることが大事です。GHQが帝国憲法を変革して新規に付け加えたわが國の國體にふさわしくない条文や文言を削除して書き直し、既に定着している良いものは残し置き、およそ一国の憲法として備えるべきものを欠き、またその後の事情で新たに必要とする事項については、さらに追加新設も考えていくべきです。そういったやり方で、与野党を問わず、いったん全条文の見直しを行ったうえで、あるべき『日本国らしい憲法』をめざすのが本筋の改正方法だと言えます。法手続き的には、現憲法は、不本意ではあっても、帝国憲法を改正したものであり、これからの改憲は、帝国憲法の再改正にほかならないからです。敗戦占領下の混乱時に米国人の手によって、一週間余で作成された現憲法をありがたがって、それを改正の出発点としてしまっては、日本の國體を顕現することは到底できない」と論じている。(「國體から見た大御心と臣民の道」・二二号所収『伝統と革新』)

『現行占領憲法』は『大日本帝国憲法』を改正したとされる。しかし、『大日本帝国憲法』第七十五条には「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」とある。

『現行憲法』制定当時、戦勝国アメリカにより「天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」(「ポツダム受諾に関する八月十日付日本国政府申入」に対する米英ソ支の政府を代表したバーンズ国務長官の回答)とされてゐた。

英語の原文は、「The authority of the Emperor and the Japanese Government to rule the state shall be subject to the Supreme Commander for the Allied Powers who will take such steps as he deems proper to effectuate these terms of surrender.」である。「subject to」をわが國外務省は「制限の下」と訳したが、正しくは「隷属下」である。

つまり、「摂政」が置かれるどころか、天皇陛下の統治の大権が外国の軍人・マッカーサーの隷属下に置かれていたのである。このような状況下において行われた『憲法改正』は、違法であり、無効である。つまり、『現行占領憲法』は法的に全く正統性が無いのである。ゆえに、無効が確認され、『大日本帝国憲法』が復元するというのが法理論的に全く正しいと考える。

成文憲法が国家の存立の基本を破壊もしくは否定するのであれば、これを破棄しなければならない。「現行占領憲法」はまさしくそういう憲法である。

 「現行占領憲法」に貫かれている「国家=権力支配組織」とする西洋法思想は、日本の国柄とは絶対に相容れない。なぜなら日本国は権力国家(統治権力組織)でも利益国家でもなく天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家・信仰共同体であるからである。

「現行占領憲法」を改正するというのでは、國體隠蔽という根本的欠陥を是正することはできない。やはり、「帝国憲法」復元改正が正しいと信ずる。真に國體精神に基づく憲法を回復しなければならないのである。

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千駄木庵日乗五月三日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃。連載原稿執筆、脱稿、送付。

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2020年5月 3日 (日)

この頃詠みし歌

皆家に籠りゐるらし人影のなくなりし道灌山交差点に立つ

 

父母を送りて強く覚知せり如何ともし難き父母との別れ

 

大聖寺藩下屋敷跡といふ公園に鬱蒼と茂る樹木を仰ぐ(千駄木にある須藤公園は品川弥二郎屋敷跡なり)

 

明治維新を権力の移動なりと厳しく批判せし人もゐるなり

 

山県有朋品川弥二郎は殿様になりたる気分で豪邸に住みぬ

 

明治政府を足軽政府と罵りし荷風散人を半ば肯定す

 

家に籠り原稿書きてゐれば良き我はまだ幸せなるや

 

骨壺に入りて帰宅せし女優これほどあはれなる事なかるべし

 

白髪の随分増えたるその夫骨壺抱へて礼をして家に入る

 

あまりにもあっけなく世を去る人多し医学進歩せりといふ今の世の中

 

遠き日を思ひ出しをれば出でて来る友らの多くはこの世を去りし

 

会へずなりて五十年は過ぎにけり静岡引佐に住みゐたる友

 

お暑いこってと挨拶されし老人は引佐の郡のわが友の父

 

幻よりもはかなくも浮かび消えにけり友の故郷の引佐の山河

 

一心欲見佛不惜身命人の命の力強さよ

 

現世安穏後生善処を信じつつ生きてゐるなる人の幸せ

 

キャンキャント吠えるばかりのレンホーさんもう好い加減に引っ込むが良し

 

総理も都知事もやや疲れたる顔をする内憂外患のうち続く日々

 

足を引っ張りケチをつける他に何もなき立憲共産は汚らはしきかな

 

悪逆ロシアに奪はれにける島々を取り返すべき時近づきぬ

 

友達と知床半島を旅行きてカムイワッカの滝に遊びぬ

 

奪はれし国後島が目の前に見ゆるが悔しき知床の旅

 

 

 

 

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2020年5月 2日 (土)

千駄木庵日乗五月二日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃、資料整理、原稿執筆など。

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2020年5月 1日 (金)

日の神を祭る祭祀共同體が我が國の起源であり本質である

伊勢の神宮に奉斎されてゐる神鏡が、崇神天皇の御代に皇居からお出ましになり、大和笠縫の地に奉斎され、ついで垂仁天皇の御代に伊勢に奉斎されたと傳へられてゐるが、この事は、天照大御神が皇室の御祖先神であらせられると共に、日本民族全體の祖先神・御親神であらせられることを示したと思はれる。

『記紀』の神話は、かうした神聖なる宗教的統一が行はれた日本國生成の物語が語られてゐる。

柳田國男氏は、「皇祖が始めてこの葦原中つ國に御入りなされたときには、既に國土にはある文化に到達した住民が居た。邑に君あり村に長ありといふのは有名な言葉で、彼等は各々その傳統の祭りを續けて居たと思はれる。それが幸ひなことには、互ひに相扞格(かんかく。お互ひに相手を受け容れないこと・註)するやうな信仰ではなかったのである。天朝はそれを公認し又崇敬なされて、いはゆる天神と地祇との間に何の差等をも立てられなかったこと、是が國の敬神の本義であり、國民も又範をそこに求めて、互ひに他の氏ゝの神祭を尊重したことは、國初以来の一大方針であったらう…それが互ひに隣を爲し、知り親しむことの深きを加ふると共に、少しづゝ外なる神々の力を認めるやうになりかけて居たといふことが、欽明天皇の十三年、新たに有力なる海外の一種の神を迎へ入れんとした機縁を爲したかと思はれる。」(『氏神と氏子』)と論じてゐる。

これはきはめて重要な論述である。日本國は各地方の共同體・村落の祭祀を廃絶し滅ぼして宗教的統一を達成したのではなく、各地方の共同體・村落の祭祀が統合され平和的に包容されて日本國といふ天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同體國家が生まれたのである。日本國は、いはゆる天孫民族が先住民を侵略し滅亡させて建國されたのではない。それは大和朝廷の「信仰・祭祀」と出雲・三輪山・葛城山など数多くの地方共同體の「信仰・祭祀」との関係を見れば明らかである。このことが、仏教といふ外来宗教を包容摂取する基盤となったのである。
日本傳統信仰たる神社神道を一般の教団宗教と同一視して、「政教分離の原則」をあてはめることはまったく日本の傳統にそぐはないことなのである。全國津々浦々隅から隅まで神社があり、鎮守の神様が祀られてゐる。日本は神社國家と言って良い。

宗教的祭祀的権威による國家の統一とは、これを迎へる民にとっては、日の大神の来臨であり、豊饒と平和とをもたらす神の訪れであった。古代における天皇の各地巡幸と國見の行事はその継承であらう。

 ともかく日の神を祭る祭祀共同體が我が國の起源であり本質である。権力・武力によって統一されたり建國された國ではないのであるから、欧米の諸國家とはその成り立ちが全く異なるのである。ゆへに、欧米國家観によって我が國體を規定してはならない。

天皇と國民と國土は靈的・魂的に一體の関係にある。神話とは、現實の歴史を反映し理想化して描いた物語であり伝承である。日本國の祭祀的統一の歴史が、神話において物語られた。君主と國民とは対立関係にあるのではないし國家と國民も対立関係にあるのではないことは、日本神話に示されてゐる。

村岡典嗣氏は、「(國家の神的起源思想の特色として・註)國家成立の三要素たる國土、主權者及び人民に對する血族的起源の思想が存する。即ち皇祖神たる天照大神や青人草の祖たる八百萬神はもとより、大八洲の國土そのものまでも、同じ諾册二神から生れ出たはらからであるとの考へである。吾人は太古の國家主義が實に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即國家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が國土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の國家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想氏研究』四)と論じてゐる。
日本國は神の生みたまひし國である。日本國の肇國・建國・生成は、決して武力や権力による統一・結合そして支配被支配関係の確立ではない。

伊耶那岐命・伊耶那美命は、自然神であると共に、人格神であらせられた。岐美二神はお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて、國生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって國土が生成されたのである。國土ばかりではなく、日本國民の祖たる八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神のよって生まれたのである。

國土も自然も人も全てが神の命のあらはれであり、神靈的に一體なのである。これが我が國太古からの國土観・人間観・自然観である。

日本神話においては、天地が神によって創造されたのではなく、二柱の神の「愛・むすび」によって國土が生まれた。つまり神と國土・自然・人間は相対立し支配被支配の関係にあるのではなく、神靈的に一體の関係にあるのである。ここに日本神話の深い意義がある。神と人とが契約を結び、神は天地を創造し支配するといふユダヤ神話とここが全く異なる。

伊耶那岐命が伊耶那美命に「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ。だから・註)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に、刺し塞ぎて、國土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまふた。
伊耶那岐命が「國土を生みなさむ」と申されてゐるところに日本神話の素晴らしさがある。

中西進氏は、「(世界各地の神話は・註)人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、國土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色で…」(『天つ神の世界』)と論じられてゐる。

岐美二神は、単に大地の創造されたのではなく、國土の生成されたのである。太古の日本人は劫初から、國家意識が確立してゐたのである。この場合の「國家」とは権力機構としての國家ではないことはいふまでもない。

天皇と國民と國土の関係も、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。靈的魂的に一體の関係にある。これを君民一體といふ。

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千駄木庵日乗五月一日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、室内清掃、資料整理など。

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