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2020年4月 2日 (木)

台湾の独立精神を切々とうたひあげた台湾の人々の「やまと歌」

以前、台湾の蔡焜燦先生より、「臺灣歌壇創立四十周年紀年歌集」及び「臺灣歌壇第十集」をお贈り頂いた。これには呉建堂氏(故人。筆名は孤蓬萬里。医學博士。菊池寛賞受賞者)が、四十年前に台湾に於いて創立した和歌の會・「臺灣歌壇」に参加した方々の作品が収録されてゐる。

 二二八事件とその後の強権政治を歌った歌

「接収の 高官一味 魑魅魍魎 國を食ひものに 私腹を肥やす」許育誠氏
「横暴の 軍官兵士 理不尽に 鎗火を浴びせ 萬骨枯るる」同

台湾に進駐して来た國民党軍は劣悪であった。支那人権力者特有の強権政治・賄賂政治が行われ、汚職が横行した。
その實態を歌った歌である。

「『先に行く』 一言残して 烈士去る 夜明けの馬場町 熱血に染む」 江槐邨氏
「『親を頼む』 言葉今尚 胸を裂く 白色テロ の遺族の悪夢」同
「『生きたい』と 一人呟く 二条一項の 獄友(とも)に慰めの 言葉浮ばず(二条一項は死刑)」同
「緑島に 『今日も暮れゆく異國の丘』歌ひ 日暮の台湾 見詰む(注・緑島は政治犯が収容された監獄のあった島)」同
「吾を憂ひ 病み臥す母を 緑島に 最期の別れ 叶はぬを嘆く」同
「緑島(しま)に二年流され 新店の監獄に十年の 青春を空しく過ごす」同
江槐邨氏がどのやうな事情で國民党当局に逮捕されたかは分らないが、獄中における悲惨な体験を切々とそして怒りと嘆きを込めて歌はれ、読む者の胸を打つ。


「軍法は 獄窓に重く たれこめて 政治判決 覚悟してまつ」陳火桐氏
「獄窓は わが青春に 独立の 夢を刻みし 真空の舞台」同
「犠牲者の 無念と 遺族の涙こめ 二二八の雨 一日を止まず」林聿修氏


反支那感情の歌

「台湾に 世界記録あり 外来政権 戒厳令の 三十八年」蔡西川氏
「纏わりて 身から離れぬ 吸血鬼 脱身の術を イソップに問ふ」同

「敗戦して フォルモサに 逃げ延びて 来た人ら 愚かに夜郎自大ぶる」(林澤榮氏)

「品性は 下劣で腹の黒い人多く 不気味な國よ チャイナは」傳仁鴻氏
「約束は 守らず騙す ごまかすは アサメシ前である 支那人なり」同
「支那人に 欠けてゐるのは 品性と 良心なりと 宣教師語る」同

「外省人(よそもの)も 共に戦慄け ミサイルの 数一千は 友を選ばす」陳皆竹氏

「いざ子らよ 嘘つき 騙り 唐人の 悪しざま學ぶな 潔き道ゆけ」蔡焜燦氏

「美しき わがフォルモサに 塵散らす 外省人は 道で痰を吐く」荘淑貞氏
 
すさまじいまでの反支那感情の表白である。以前ある國體研究家と言われる人物が小生に、「黄文雄氏の本は反中國感情貫かれている。一冊読めばわかる」などと言った。まるで台湾人が「反中國感情」を抱くのが間違ってゐるかのやうな発言であった。
民族対立は無い方が良いに決まってゐる。しかし、過去長い間台湾人を迫害し、残虐極まりない圧政を行った支那、そして今日唯今武力を用いて台湾を併吞し侵略しようとしてゐる支那に対して、台湾人が「反中國感情」を持つのは当然のことである。

蔡焜燦氏は二二八事件について「陳儀の援軍要請を受けて送られた二個師団は、三月八~九日中に北部の基隆杜南部の高雄に上陸し、台湾人への報復を開始した。中國兵は、トラックの荷台に据え付けた機関銃を乱射しながら町の大通りを駆け抜け、男も女も老いも若きも片っ端から射殺していった。…知識層が無實のまま次々と殺され、そして裁判もなく虫けらのように処刑されていったのである。この白色テロの犠牲になった台湾人は三萬人とも五萬人ともいわれている…。」「二・二八事件のとき、陳儀と和平交渉を行った王添丁・台北市會議員などは、数日前まではお互いに酒を酌み交わしていた外省人の憲兵隊長にガソリンをかけられ、火をつけられて焼き殺された。」(『台湾人と日本精神』)と書いてをられる。

台湾独立を目指す正義の戦ひは止むことはないし、それに反対する勢力との闘ひも終ることはない。

台湾独立への思ひを歌った歌

「わが夢の 最たるものと こひねがふ 台湾独立 この眼で見るを」呉建堂氏

この呉建堂氏の歌に和した歌が次の歌である。
「独立が 最なる夢の 師の歌の 今ぞ顕ち来る 台湾萬歳」洪坤山氏
「星ひとつ またも消えゆく 台湾の 独立のさきがけ 安らかに眠れ」同

「二二八 涙止まらぬ 大合唱 我ら台湾の 独立はいつ」欧陽開代氏

「台湾と シナの戦ひ 早や起こり 眠る芋っ子 早く目覚めよ」黄華浥氏

「御祖より 流れ継ぎ来し わが血潮 漢にはあらず フォルモサの血ぞ」蔡焜燦氏
「六十年の 外道の圧政 耐へし祖國 この陣痛の つらさ耐へよや」 同

台湾民族の独立精神を切々とうたひあげた歌である。しかし、共産支那の台湾武力侵攻の恐れは十分にある。また日本語を理解し、自由に使ふことができる世代が少なくなったのも現實である。台湾が、かかる歌を自由に詠むことができ、発表することができる自由國家であり続けてほしい。そのために日本は台湾に出来る得るの協力を実行すべきである。

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