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2020年4月 5日 (日)

伊勢の皇大神宮は日本傳統信仰の結晶

伊勢の皇大神宮は、日本傳統信仰の最尊最貴の聖地であり、日本傳統精神がそこに現実のものとして顕現している。日本傳統精神とはいかなるものかを実感するには、伊勢の神宮に参詣し神を拝ろがめば良いのである。理論理屈はいらない。日本傳統信仰が自然に伊勢の神宮といふ聖地と聖なる建物を生んだのである。それは太陽神への無上の信仰であり、皇室への限りなき尊崇の情であり、稲への限りない感謝の心である。

天武天皇は、壬申の乱の時、朝明郡迹太川(とほかわ)で伊勢の神宮を遥拝された。柿本人麻呂の高市皇子への挽歌では、伊勢の神風を称へてゐる。

西行(平安末期・鎌倉初期の歌人、僧)は、治承四年(一一八〇)六十三歳のときに三十年ほど過ごした高野山から伊勢に移り、伊勢の神宮で

「何ごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるゝ」

と詠んだ。

葦津珍彦氏は、「伊勢に鎮まります天照大御神の神宮は、荘厳にして高く貴い。しかもいささかの人工的な飾り気がなく、誠のおごそかさを感じさせるが威圧感もない。ただ清らかで貴い。この清らかさ貴さは、天照大御神を皇祖神として信奉される天皇の御信仰の気風の自らなる流露でもあるかと察せられてありがたい。」(『皇祖天照大御神』)と論じてゐる。

昭和四十二年の秋、イギリスの歴史學者、アーノルド・J・トインビーが夫人と共に参宮された時、内宮神楽殿の休憩室で「芳名録」に記帳し、

「この聖地において、私は、あらゆる宗教の根底をなすものを感じます」

と書いた。

人類は様々の宗教を信じてゐる。そしてそれらの宗教はそれぞれ特色があり、人類に救ひと安穏をもたらしてゐる。しかし半面、人類の歴史は宗教戦争の歴史であったともいへる。それは今日に至るまで続いてゐる。神を拝み神を信じる人々による凄惨なる殺しあひが行はれて来た。
しかし、宗教の根底にあるものは同じなのである。それは、天地自然の中の生きたまふ「大いなるもの」への畏敬の心である。伊勢の神宮はまさに、最も純粋に最も簡素にその「大いなるもの」をお祭りしてゐる聖地なのである。

吉川英治は、昭和二十五年十二月に参宮した時、

「ここは心のふるさとか そぞろ詣れば旅ごころ うたた童にかへるかな」

といふ歌を詠んだ。 

日本國民の伊勢の大神への崇敬の心は、教義教条に基づくのではない。日本人としてごく自然な「大いなるもの」への畏敬の心である。だからこそ、仏教徒もそして外國人も伊勢の神宮に来ると「大いなるもの」への畏敬の心に充たされ心清まる思ひがするのである。

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