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2020年3月31日 (火)

日本伝統信仰に今こそ回帰し、今日の危機を乗り越えるべきである

新型コロナウイルス感染症が猖獗してきており、感染拡大を押さえられるかどうか重大局面になってゐるといふ。東日本大震災ではは、地震と大津波といふ大自然の脅威と原発事故といふ科学技術に脅威とが同時にわが国に襲いかかってきた。

日本のみならず今日の人類の危機的状況は相当深刻である。現代社会は精神的にも物質的にも大きな困難に直面してゐる。各地で民族紛争・宗教紛争が起こり、資源が枯渇し、自然破壊が進み、人類は困難な道を歩んでゐる。

現代文明・文化は西洋文化・文明が主流となってゐる。現代文明とは、「科学の論理によって技術革新を行ふやうになった文明」と定義されてゐる。それは、産業革命以来機械技術の発達を促し、経済至上・物質的繁栄至上の社会を作り出した。

ところが、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊・人心の荒廃・経済の破綻そして今回の原発事故を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかってゐるやうである。機械技術・科学は今回の疫病を完璧に抑へ込むことができるであらうか。

今日の混迷を打開するためには、これまでの先進諸国の〈近代合理主義〉を根底に置いた科学技術・物質文明に偏した考へ方を改めて、人間の精神性の復活が大事だと思ふ。物質文明及び経済至上主義の行きづまりによる今日の混迷を打開するためには、正しき「宗教精神」への回帰が大切である。

壮大なる宇宙の神秘=無限の可能性は、人間の理性や知能によって全てが説明できるものではないといふ謙虚な姿勢を持つべきである。「神への回帰」「自然への畏敬」といふ精神性を重視した世界観・文明観を確立することが、これからの人類の生存のために不可欠である。

しかし、「宗教精神」への回帰とは、安易にしていかがはしい神秘主義や狂信的な教団宗教へのよりかかりであってはならない。むしろさうしたものを厳しく否定しなければならない。

日本は、四季の変化が規則正しいだけでなく、全て穏やかな自然環境に恵まれてゐる。ゆゑに日本人は、衣食住はもちろん人間関係をはじめあらゆる生活の安定と豊かさは、人間が自然のままに、自然に随順して、自然を規範として生きることによって、実現することができた。自然に随順することが生活規範であり哲学であったと言っていい。まさに「神ながら 言擧せぬ國」なのである。
これが、日本民族が現実を肯定し、自然を神として拝む態度で生活し、殊更に論理や教条を構築する必要がなかった原因である。

日本人は自然のみならず、歴史からも「道」を学んだ。わが國に傳はる「道」は歴史に現れてゐるのだから、体系としての世界観や人倫思想を人為的に「さかしらなる知識」をもって言挙げし作りあげなくとも、日本の國の歴史の事柄・事実に学べばよかったのである。

稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生
きて来たので、自然を神と崇めた。鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってゐると信じて来た。

鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じて
きた。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。

麗しい日本の天地自然そして農耕生活の中から生まれてきた「神ながらの道」といふ信仰とは、天地自然と祖靈を神として拝ろがみ祭る信仰である。わが國の神は、天津神、國津神、八百万の神と申し上げるやうに、天地自然、祖霊を神として拝ろがむ信仰である。

日本人は祖先から稲の種と水田と農耕技術といふ恵み祖先から傳へられたので、祖先に感謝する思ひが強かった。ゆゑに自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる自然信仰と共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る祖霊信仰を抱いた。これを「敬神崇祖」と言ふ。その最も端的な例が天照大神への信仰である。

天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来た。わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められてゐる天照大神は、皇室の祖先神であると共に、自然神たる太陽神である。

わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、信仰共同體國家日本の土台、言ひ換へれば日本國體の根幹を成してゐる。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。  

日本伝統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。それは日本民族の実際生活から生まれて来た信仰である。この日本伝統信仰に今こそ回帰し、今日の危機を乗り越えるべきである。これは安易なる神仏へのよりかかりではないし、叶はぬ時の神頼みでもない。わが国は、古代以来、神への祭りによって大国難を乗り切ってきた歴史を有するのである。私はそのことを信じて疑はない。

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