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2019年12月21日 (土)

祭祀が自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する


原子力開発が「自然の摂理」に歯向かふものであり絶対的な悪であるかどうかは、私には分らない。しかし、日本人のみならず現代の人類は、自然を破壊し自然の摂理に逆らって文明の進歩発展・経済発展の道をひたすら突っ走ってきたことは確かである。

近代以後、科学技術の進歩発展によって、人間生活が快適になると共に、自然を神・仏・精霊として拝み、愛し、畏れる心が希薄になってしまった。自然を征服しようとか、自然を造り替へようなどといふ文字通り「神をも恐れぬ考へ」を捨てて、自然を愛し、自然の中に神仏の命を見る心を回復しなければならない。つまり、神々を祭る心の回復が大切である。古代日本の信仰精神に回帰しなければならない。荒ぶる神も祭祀によって鎮めることができるのである。

自然に宿る神や霊魂を畏敬する心を復活することが大切である。太陽の神・大地の神・海の神・山の神・水の神など、ありとしあらゆるもの、生きとし生けるものを、神と崇める日本伝統信仰に回帰することが今一番求められてゐる。

自然保護・自然との共生は、法令や罰則の強化による以前に、日本人が本来持ってゐる信仰精神を回復し今日に蘇らせることが自然保護の最高の方策である。法令や罰則の強化は必要ないとは言はないが、それ以前に、自然に宿る神や霊魂を畏敬する心を復活することが大切である。人間が自然を支配し造る変へることは正しいとする人間中心思想を脱却するにはこうした信仰精神に回帰するしかない。

自然保護・自然との共生は、自然の中に宿る生命と人間の生命とが本来一体であるといふ信仰的真実を実感し、自然を畏れる心を大切にすることによって自然に実現するのである。

武智功氏(奈良新聞取締役)は近著『記紀に見る日本の神々と祭祀の心』において次のように論じてゐる。「混迷の時代には原点に帰れと言われている。今こそ私たちは『記』『紀』の神話や、その息吹が今も息づく各地の祭りなどに、日本の原点を学ばなければならない」「万物に神が宿るという思いは、一神教に見られる人間が自然を支配するという考えとは異なり、地球環境問題を考える上で大切な思いである。自然を神と置き換えれば、現代人はまさに神をも恐れぬ存在になっている」。

中河与一氏は次のように論じてゐる。「私はいまさらのように東洋に遍満している汎神論、すべてのものの中に神を見るという思想――それこそが今日の文明のゆきづまりを打開するものではないかと考える。科学文明を否定せよとはいわぬが、それがもっている性格を充分理解して、新しい観念を樹立しなければならぬ時代に入っている」「日本の神話の中にある天皇は祖先神であって、神であって、同時に人間であるという考え方に立っている。神話の発想の中にあるものは、地上におりて来て地上をしろしめすことであって、『豊葦原の中つ國は吾が児の王たるべき地なり』とあるように、それが地上の君主として今日につづいている。それはシナイ山の山頂でモーゼが神と契約する苛烈な条約とはちがう」「古来日本の皇室は、無所有の神聖ということをもって国を治め、徳を建てることによって連綿として皇統を維持した。ヴェルサイユやマドリードの宮殿にあった構想はかけらさえなかった。それは覇者としての威圧や誇示ではなく、皇祖の遺訓の中に生きようとした形態としか思えない。もしそれを美しいとすれば、これほど美しい宮殿は世界のどこにもない」(評論集『森林公園』・昭和四十七年刊)。

今日の日本人は「まつりの心」を回復しなければならない。宮中祭祀を中核とする日本の祭祀は、自然神と祖霊神を祭祀する行事である。自然を尊ぶ日本人の伝統精神の最高の継承者・実践者が天皇であらせられる。日本の神話は、「天皇の祭祀」によって生きた現実として太古より今日まで継承されてきてゐる。世界に国家多しといへども、古代祭祀が建国以来、国家元首によって継承され続けてゐる国は日本のみである。

宮中祭祀は、日本民族の傳統的世界観・国家観・人間観・神観が示されてをり、日本文化の中核である。そして、文化・文藝・政治・経済・宗教など人間のあらゆる「いとなみ」を聖化し「いとなみ」の模範となる行事である。

イデオロギーや特定の教義によるのではなく、自然と共に生きるといふ日本傳統信仰を回復し、自然と人間に宿る生命を護る態度を養ふことが大切である。宮中祭祀を中核とする日本傳統信仰の祭祀こそ、その原基である。

宗教には、救済宗教と祭祀宗教の二つがあるといはれる。そしてキリスト教が救済宗教で、神道は祭祀宗教であるとする。しかし、祭祀は自己の罪穢れを祓ひ清め神と一體となる行事である。救済宗教の役目も持ってゐる。

「祭祀」および「直會」は、神と人との一體感を自覚する行事であると共に、それに参加する人々同士の一體感も實感する行事である。お互ひに神と一體となりお互ひが一體となる「まつりの精神」が世界に広まれば世界は平和になる。魂的信仰的一體感が、世界人類の交流と共存の基盤となる。まつりが世界で行なはれるようになれば世界は平和になる。まつりの世界化が大切である。

現代に生きる人々は、自然の中に生きたまふ神々、そして祖霊への感謝と畏敬の念を回復すべきである。近年大きな自然災害を経験してゐる日本人は、このことに目覚めなければならない。真の意味で自然との共生を実践できる日本伝統信仰を根底に置いて生活することが、日本人が生き延びる道である。

全てに神佛の命を見る日本伝統信仰への回帰が現代の混迷を打開する。「日本の神々と祭祀の心」に回帰することが現代の日本を救ふ方途であると確信する。自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である祭祀が、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。

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