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2019年12月24日 (火)

靖国神社について

昭和天皇陛下そして、先帝陛下は、昭和殉難者が祀られてゐても、靖国神社の春秋の例大祭に勅使を差遣されてきた。これが歴代天皇の大御心であると拝する。

また毎年終戦記念日に武道館で行はれてゐる「全国戦没者追悼式典」で追悼の対象となる戦没者には昭和殉難者も含まれてゐる。昭和天皇、先帝陛下は、「全国戦没者追悼式」に御親臨あそばされ、慰霊の誠を捧げられてゐる。「A級戦犯がどうのこうの」と論ずる余地はない。

昭和天皇・先帝陛下は、昭和殉難者の靖国神社合祀を否定されたのではない。まして、靖国神社を否定されたのでないことは明々白々たる事実である。このことは、靖国神社に勅使を差遣されてゐた事に正しく示されてゐる。

以前、運動の先輩が「靖国神社に祀られてゐる神は、神話の神様でもなければ偉人聖人でもない。普通一般の庶民である。多くは農民であり、市井の一般庶民である。中には前科者もゐただらう。ヤクザもゐただらう。聖人君子ばかりだったわけではない。戦争で斃れた人々即ち国の爲に命を捧げた人々の御霊が祀られてゐるのだ」と話されたことを聞いて感激したことがある。

靖国の英霊とは国の爲に殉じた尊い御霊なのである。戦勝国の復讐によって「処刑」されたり「獄中死」した殉難者が祀られてゐるから「参拝しない」とか「祭神から取り外せ」などといふのは余りにも理不尽である。昭和天皇・先帝陛下がそのやうな御心をお持ちになってゐたなどといふ事は絶対にあり得ない。

昭和殉難者について昭和天皇はかう仰せになってゐる。
「戦争責任者を連合国に引き渡すのは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引き受けて退位でもして納める訳にはいかないだろうか」(木戸幸一日記・昭和二十年八月二十九日)
「戦犯といえども米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり」(同・昭和二十年十二月七日)〉
「戦争の責任は全て私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼等には責任はない。私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする」(マッカーサーとの会見・昭和二十年九月二十七日)

さらに昭和天皇陛下は、東條英機元総理について「東条は平沼から云はれて辞表を提出した。袞龍の袖に隠れるのはいけないと云つて立派に提出したのである。私は東条に同情してゐるが、強いて弁護しようと云ふのではない、ただ真相を明らかにして置き度いから、之丈云つて置く。」(『昭和天皇独白録』・文藝春秋刊)と仰せになってゐる。

東條由布子さんは「昭和天皇さまからは東条はいろいろなお気遣いを賜っておりました。昭和二三年一二月二三日に七人が処刑されて以来、毎年、祥月命日には北白川宮家から陛下のお使いの御方が見えられ、御下賜の御品を頂戴し、また“東条の家族は今どうしておるだろうか?”というお言葉まで頂戴しておりました。祖母からその話を聞きました時は、感動で胸が一杯になったことを覚えております。ですから、陛下が“富田メモ”にあるような事を言われる御方とはとても思えないのです」と語ってゐる。

昭和天皇陛下が、昭和五十年のご親拝以降靖国神社にご親拝されなくなったのは、昭和殉難者が合祀されたからであるいふことはあり得ない。昭和天皇陛下は、東條英機氏などの昭和殉難者に対して悪感情を持ってをられたなどといふことはあり得ない。

先帝陛下も同様であると拝し奉る。先帝陛下におかせられても、靖国神社に勅使を差遣され、『全国戦没者追悼式』にご親臨あそばされてゐる。また、南部利昭宮司が就任する際、先帝陛下から特に御依頼がありお受けしたと承ってゐる。先帝陛下におかせられも昭和殉難者が祀られてゐるからといって、靖国神社を尊崇してをられないといふことはあり得ない。むしろ靖国神社を尊崇し御心配になってをられると拝察する。

天皇陛下だけでなく、皇族方もずっと機会あるごとに何のわだかまりもなく靖国神社に参拝されてゐる。古賀誠などの政治家の中に、「皇室の方々もお参りできるための対応こそ、我々がやらなければならない」と述べる人がゐるが、こんなことを言ふのは、昭和殉難者を分祀しなければ皇族が参拝されることができない状況を作り出さうとしてゐるとしか思へない。

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