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2019年11月 8日 (金)

天神地祇への祭祀と危機の打開

『日本書紀』巻第十三の允恭天皇五年(四一六)七月の条に次のように記されている。「五年の秋七月(ふみづき)丙子(ひのえね)朔(ついたち)己丑(つちのとのうしのひ)に。地(なゐ)震(ふ)る」。

これが『日本書紀』に記された地震の記事の初出である。ということは国史の文献にはじめて記された地震の記事ということである。

巻第二十二の推古天皇七年(五九九)四月の条に次のように記されている。「七年の夏四月(うづき)の乙未(きのとのひつじ)朔辛酉(かのとのとりのひ)に、地(なゐ)動(ふ)りて。舎屋(やかず)悉(ことごとく)に破(こぼ)たれぬ。則ち四方(よも)に令(のりごと)して、地震(なゐ)の神を祭(いの)らしむ」。

この時は相当の被害であったようで、朝廷は全国の地の神を祭るようにというように「詔」を発した。

この後も、天武天皇の御代に大きな地震災害があったことが記されている。

わが国は、古来、地震など災害の多い国である。そして朝廷は、地の神を祭り、平安を祈られたのである。

今日の日本は大きな転換点に立っている。激動の時代であり混迷の時代であることは確かである。それは、政治経済面のみならず、自然環境の激動の時代である。歴史を回顧すると、時代の激動期には、自然災害が起こることが多かった。

わが國は悠遠の歴史を有している。三千年に及ぶ歴史を貫いて来たわが日本の傳統精神、民族の精神的核に立ち返って、現状を正しく観察し、変革と安定の方途を見出すべきである。

我が國は過去において何回か國家的危機に際會し、見事に乗り越えて来た。

大化改新は唐新羅連合軍侵攻の危機があった時に行はれた。元寇=蒙古襲来の時、日本國民は愛國心を燃え立たせ神國意識を強固なものとした。それは建武中興へとつながった。明治維新は欧米列強による侵略の危機があった時に行はれた。

今日においてもわが國の本来の姿に回帰することによって、危機を乗り越えていかねばならない。必ず乗り越えることができると確信する。

民族の歴史と傳統の精神を基本原理とする日本の革新即ち維新は、それを志す者が、自らの精神と行動に、憧憬すべき時代の先人たちと同じ決意と行動の源泉を甦らしめることによって實現する。その源泉は、天神地祇への祭祀である。

わが日本國民が護るべき最高のものは傳統精神であり、変えるべきものは国家民族の真姿を隠蔽する全ての事象である。

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