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2019年11月15日 (金)

「天皇制廃止」を目指す日本共産党は、日本國體と絶対に相容れない政党である

日本は天皇を祭祀主と仰ぐ人倫国家である

昨日の小生の論述は、決して安倍総理をかばうに書いたのではない。日本国にとって最高の慶事の直前にスキャンダルめいたことを取り上げるべきではない。大嘗祭が終了してから行うべきだということを主張したのである。

そもそも祭祀は「神人合一」の行事であり、無我になって神にまつろひたてまつる行事である。その最高の祭祀主が、天皇であらせられる。即ち、天皇はわが国において最高の無我のご存在であり、清らけく明けきご存在なのである。

天皇の神聖権威(御稜威)と、天皇にまつろひたてまつる国民の尊皇精神・忠誠心が、日本国家存立の原基である。日本国は権力・武力による専制支配によって成立してゐる國ではない。日本が人倫国家である所以である。しかもそれは、神話時代から継承されてきた傳統である。

信仰共同体・祭祀国家の祭祀主たる天皇は、道義の中心であり体現者である。そして、道義の要としての天皇に對し奉り、絶対的忠誠を捧げるのは国民としての「道」であり最高の「道義」である。

新渡戸稲造氏は、「我々にとりて天皇は、法律国家の警察の長ではなく、文化国家の保護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもうのである」(『武士道』・矢内原忠雄訳)と論じてゐる。

倫理(人のふみ行ふべき道。人間関係や秩序を保持する道徳)は共同体国家において確立される。共同体の中で生きてゐるからこそ、人間に倫理が必要となる。言ひ換へれば人間が獣ではなく、まさに「人」として多くの人々共に生活と倫理とは一体である。倫理を人倫と言ふのも、人にとって倫理が不可欠だからであらう。

わが国が素晴らしい特質は、倫理・信仰・文化が天皇・皇室を中心として継承されてきたところにある。わが國の国柄・國體が万邦無比といはれる所以である。

日本共産党の「綱領」に、「情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」と書かれている。これは、「天皇制廃止論が多数になれば憲法を改正して天皇制を廃止する。そのために日本共産党は努力する」という事である。

「天皇制廃止」を目指す日本共産党は、日本國體と絶対に相容れない政党である。共産党は「国民が主人公の政治を実現する」などと宣伝しているが、共産主義国家とは、共産党の独裁者が主人公になり、国民は永遠に虐げられる社会であることをわれわれは正しく認識すべきである。


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