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2019年9月 8日 (日)

日本民族が継承してきた伝統的な正しき信仰精神を正しく現代において生かす事が必要

<近代合理主義>を根底に置いた物質文明及び経済至上主義の行きづまりによる今日の混迷を打開するためには、正しき「信仰精神」への回帰が大切である。「神への回帰」「自然への畏敬」「祖先を尊ぶ」といふ精神性を重視した生活を確立することが、これからの生存に不可欠である。

 

そのためには、日本民族が継承してきた伝統的な正しき信仰精神を正しく継承し現代において生かす事が必要だと考へる。

 

「神道(神ながらの道)」といふ伝統信仰を保持する日本が、新しい文明を切り開いていく可能性が非常に高いと思ふ。

 

「神道」をやまとことばで「神ながらの道」と言ふ。「神ながら」(漢字では『随神・惟神』と書く)といふ言葉が、最も古く用いられてゐる典籍は、『日本書紀』孝徳天皇三年四月の条である。そこには、「惟神(かむながら)も我(あ)が子(みこ)治(し)らさむと故寄(ことよ)させき。是(ここ)を以(も)て、天地の初めより、君(きみ)臨(しら)す國なり」(神ながらにわが子孫に統治させようと依託された。それゆゑ、天地の初めから天皇の統治される國である)と書かれてゐる。この条の『註』に「惟神は、神道(かみのみち)に随(したが)ふを謂ふ。亦自(おの)づからに神道有るを謂ふ」とある。

 

この条について平田篤胤は、「真の神道と申すは、…天つ神高皇産靈、神皇産靈神の始めまして、伊邪那岐伊邪那美神の御受継ぎあそばして…其功徳は、天照大神に御傳へあそばし、皇御孫邇々杵尊天降り遊ばさるる時、天つ御祖、靈産の御神、天照大御神より、皇御孫命の御代々々、天の下知し召す、御政のやうを御傳へあそばし、扨、御代御代の天皇其の御依しのまにまに、己命の御さかしらを御加へあそばさず、天地と共に御世しろしめすことぢゃが、此の道を神道と申した」(真の神道とは天つ神・高皇産靈神、神皇産靈神を始めとして、伊邪那岐・伊邪那美神が継承され…その功徳は、天照大御神にお傳へになられ、皇孫・邇々杵尊が天降りあそばされる時、天の御親の神、産霊(むすび)の神、天照大神より歴代天皇の御代御代、天の下を統治され、まつりごとのあり方をお傳へあそばされ、それから、ご歴代の天皇は神々のご依託のままに、ご自分の才覚をお加へにならず、天地と共に御代を統治されることだが、この道を神道と申した)と論じてゐる。 

 

「神ながら」は、「神」の「柄」(その物に本来備はってゐる性質、性格。本性の意。人柄の「柄」と同じ)といふ意味だとされる。「な」は助辞で「の」の意。
つまり「神ながら」とは「ある行動などが、神としてのものであるさま。神の本性のままに。神でおありになるさまに」「ある状態などが、神の意志のままに存在するさま。神の御心のままに」といふほどの意味になる。

 

『日本書紀』『萬葉集』の「神ながら」といふ言葉の意義を踏まへて「神ながらの道」を定義すれば、「自分の私心を加へないで、神の御意志通りに、神のなさることをそのまま踏み行ふ道」として良いかと思ふ。

 

つまり、天地自然と祖靈を神として仰ぐところの人為の理論・教条ではない虚心坦懐な信仰が、「神ながらの道」である。

 

熊沢蕃山は、「天地は書なり。萬物は文字なり。春夏秋冬行はれ、日月かはるがはる明らかなり。これ神道なり」(集義外書・巻十六)と述べてゐる。

 

我々の生活が神のみ心通りの生活になり、神のご生活と我々の生活が同じになることをことが「神ながら」なのである。一言で申せば『神人合一』の生活である。そしてその神とは抽象的な概念ではなく、天地自然と共に生きたもう神である。

 

「日本神道」がわが國の太古からの信仰であるとともに、文化文明の発達・進歩と共に生き続け、現代文明・科學技術とも融合し共存する洗練された信仰である。このことは、今日の日本において、近代的なビルや工場などを建設する際、「神道」の祭祀が行はれることに端的に示されてゐる。

 

現代日本は、文字通り内憂外患交々来り、未曽有の危機にある。さうした状況を打開するには、日本人が古来抱いて来た自然の中に神の命を観るといふ信仰精神を回復しなければならない。

 

日本国土の自然は實に美しい。四季の変化も規則正しく、気候も比較的穏やかである。しかし自然は、時に、東日本大地震など多発する地震そして火山の噴火のように物凄い猛威をふるひ、人間に襲ひかかって来る。そして人間の命を奪ひ生活を破壊する。

 

日本における科学技術の進歩とその利用は目を見張るものがある。現代社会の便利な生活は、その科学技術によるものである。しかし大自然は、時としてその科学技術によって成り立つ人間の生活をも一瞬にして破壊する。そして人間は、悲惨に状況に追い込まれる。

 

これだけ文明が発達し、科学技術が進歩した、その恩恵によって成り立ってゐる現代人の生活は、自然の猛威によってもろくも破壊され、多くの人々が惨禍に喘ぐこととなる。科学技術が進歩してゐるが故になほさら惨禍がひどくなる。
われわれは、自然および科学技術文明との付き合ひ方を今一度深く考へ直すべきである。麗しき自然に恵まれつつも自然の脅威にさらされる日本民族、科学技術を巧みに使ひこなして来た日本民族は、さういふ使命を帯びてゐると思ふ。

 

そのためには、「現代に生きる神話」たる<祭祀>を根幹とした瑞穂の國日本の回復・祭祀国家日本の再生が大切である。日本人は自然と共生し、自然を畏怖すべきものとして接してきた。そして自然を「神」として拝み、信仰の対象にした。われわれ日本人は、これからも自然と共に生きる姿勢を保っていかなければならない。

 

人間の力が自然を支配し征服するなどといふ傲慢な考えへ方を持たず、自然の命を尊び、自然に「神」を見なければならない。天神地祇そして祖霊へのお祭りをしっかりとさせていただきましょう。

 

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