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2019年8月31日 (土)

日本人の伝統的な<ものの考え方><生活態度>の基本的特質は如何なるものであろうか

 日本人の伝統的な<ものの考え方><生活態度>の基本的特質は如何なるものであろうか。それは西洋人をはじめとした外国人と比較してみるとよく分かる。西洋人や支那人は、表現の仕方では、言いたいことはすべて言い尽くし、自己の能力についても、持てるものを全て並べ立てて見せるのが一般的である。

 日本には、「以心伝心」という言葉があり、「言わず語らず心と心」という歌謡曲の歌詞もある通り、日本人は、ちょっとした言葉の端・さりげない態度物腰から、その人の言いたいこと・思っていることそして人柄や教養までも判断する。

 日本人は理屈でいくら説得されても、「駄目なものは駄目」「嫌なものは嫌」という態度を取ることが多い。「腑に落ちない」という言葉があるようにどんなにうまい理屈を並べられてもそれだけでは絶対に納得しないところがある。つまり頭で理解できても五臓六腑では納得できないのである。この場合の五臓六腑とは、<情念><感性>と言い換えても良いかもしれない。

 家族共同体的な結合・仲間関係があるからこのような日本人の特有の生活態度が成立するのである。そしてその仲間関係の基盤は古代から今日まで伝承されてきた農耕生活より発しているのである。

 弥生文化と呼ばれるところの古代日本の農耕文化は、稲作生活によって成立している。ということは種まき・田植え・収穫という毎年同じことが繰り返される生活である。そして日本の気候は四季の変化が規則正しい。毎年同じことを同じ場所ですればいい文化である。弥生文化の特質が家族共同体的な結合・仲間関係を生んだのである。そして家族共同体的な社会は、何でも規則や法律で規制しなければ秩序や共同体が維持できないというようなぎすぎすした水臭い社会でないのである。稲作生活の祭り主である天皇を中心とした信仰共同体社会がそこに成立したのである。

 稲作を基盤とし規則正しい四季の繰り返しの中に生活してきた日本民族は、人間関係のみならず文化も宗教も政治も経済活動も、自然の摂理に準じることを基本として来た。自然との調和が日本民族の生活原理であった。自然に逆らったり自然を作り替えることは、むしろ共同体の安定と繁栄を害することが多かった。

 これは狩猟文化とは決定的な違いがある。狩猟文化は何が起きるかわからないという偶然性が稲作文化より圧倒的に強い。また一定の場所にずっと定住するということもない。だから何でもかんでもいちいち規則や法律によって規制しなければ秩序を維持できない。西洋には契約国家思想が生まれたのもこれが原因である。

 なお、東京文京区には逢初川という小さな川流れている。古代、その川のそばに人が住み、水田が作られた。故に小生が生まれ育ち現在も住んでいる千駄木やその近くの動坂そして弥生町に貝塚が発見された。ゆえに古代日本稲作文化は弥生文化ともいわれている。明治一六年文京区弥生の貝塚で発見された古代稲作農耕文化時代の土器を弥生式土器と呼んだことによる。そしてその時代を弥生時代と言うようになった。

 さらに、日本人の農耕生活・弥生文化から生まれた信仰は、天地自然を神として拝む信仰である。天も地も山も海も川も樹木も、神の命としてこれを尊ぶ心が日本人の根幹にある。天地自然に神の声を聞くのである。殊更に宗教教義を作り出してこれを遵守しなければ神の怒りにふれるなどという観念は日本伝統信仰には無い。日本の伝統信仰には、西洋的意味での神学もイデオロギーも無い。

 それは倉前盛通氏が、「『自然界の声』が、日本の伝統的な自然宗教の基本となっているので、『神学』や『イデオロギー』のような虚構論理とは全く異なった『自然神』の声が、日本人の思考と行動を抑制するのだと言えよう。」(艶の発想)と論じておられる通りである。

 あまりべらべら喋りまくって自己主張をすることをよしとしない考え方が日本にあるので、古代から日本は「言挙(ことあげ)せぬ国」といわれている。「言挙せぬ」とは言葉を全く発しないということではない。「理屈」「論理」を弄んだり振り回したりしないということである。

 だから日本人は、理論体系を作り出すことはしない。日本伝統信仰においては、キリスト教やイスラム教そして仏教や儒教のように、一人の人物の説いた教義を絶対のものとしてこれを信奉し、これに反するものを排撃するということをしない。

 日本人は、人としての自然な情感・感性・驚きというものは大切にするが、そうしたものから遊離した超越的な『真理』『論理』『原理』と称するものを設定しない。なぜなら超越的な『真理』『論理』『原理』と称するものは、作り事であり、嘘や独善と隣合わせであると直感するからである。

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