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2019年7月 2日 (火)

維新運動・民族運動の基盤には、日本傳統信仰たる神道・國體信仰がある

維新運動・民族運動の基盤には、日本傳統信仰たる神道・國體信仰がある。大化改新も建武中興も明治維新も、その基盤に國體信仰があった。日本国は、危機に瀕すると必ず、國體信仰が甦る。そして国を変革し危機を乗り越える。これがわが国の光輝ある歴史である。

 

今日の日本も深刻な危機的状況にある。しかし、國體信仰を甦らしめることによって、必ずこの危機を打開することか出来ると信じる。大本の出口王仁三郎氏は、戦前、頭山満・内田良平氏と共に、維新運動・愛国運動を展開され。昭和神聖会を結成した。

 

神道精神・國體信仰は、決して偏狭にものではないし、独善的ではない。八紘を掩いて宇(いえ)となす精神であり、四海同胞の精神であり、真の世界平和の精神である。この精神に回帰し、世界に闡明することが大切である。

 

つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

今日、混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の伝統的な信仰である。

 

維新とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。
 
國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、キリスト教や浄土思想の説くような遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

実際、日本民族は、全國各地で毎日のように禊と祭りを行っている。それは信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

 

神への祈り・神を祭る心を回復すべきである。國家を愛することができなくなっているのは、國民の多くが國家に対して誤った見方をしているからである。精神的共同體としての國家と権力機構・経済體制としての國家とをはっきり区別して考えなければならない。権力機構・経済體制としての國家がいかに混乱し破滅的状況にあっとしても、精神的共同體としての國家は永遠に不滅である。

 

わが國の歴史を顧みても、これまで、壬申の乱、南北朝時代、応仁の乱そしてそれに続く戦國時代というような大混乱の時代も経験したが、天皇を中心とする精神共同體としての國家・日本は生き続け、國家的・民族的統一を全く喪失する事なく必ず太平の世を回復してきた。

 

 我が國國民は祭りが好きである。ということは日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができると信じ続けてきているのである。

 

 今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に國家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

 

 維新変革は、この國を何とかしなければならないという情熱を持つ者によって行われるのである。そして深い神への祈り、神を祭る心、神の意思通りに生きんとする心を持つ者によって行われなければならない。

 

明治維新が徳川幕藩體制を打倒して天皇中心の國體を明らかにした如く、現代における禊祓いとは、今日の日本に巣食っている邪悪な者共を殲滅することである。そして現代における祭りとは、禊祓いの後に天皇國日本の真姿を回復することである。

 

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