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2019年6月 8日 (土)

桜田門外の変について


桜田門外の変の三月後の万延元年六月に、岩倉具視が、孝明天皇の諮問に応へて奉った「上書」には次のやうに論じられた。

「関東の覇権はもはや地に墜ち候て、昔日の強盛にはこれなく、井伊掃部頭は大老の重職に居り候て自己の首領さえ保護仕りがたく、路頭に於て、浪人の手に相い授け申し候。これ明確たる一証に御座候。かように覇権の地に墜ちたる関東に御依頼遊ばされ候て、内憂外患を防遏(ぼうあつ)仕り、皇威御更張と申す儀は、世俗の諺に申し候、長竿を以て天上の星をたたき落とすが如き者に御座候て、徒労多く実効を見る事能はざる義と存じ奉り候。因て関東え御委任の政柄を、隠然と朝廷え御収復遊ばされ候方略に拠り為されられ、輿議公論に基き、御国是を御確立遊ばされ候儀、天下の爲長計過ぎざるの儀と存じ奉り候」。

桜田門外の変=井伊直弼誅殺は、直接行動の有効性を天下に示した。そして、幕末期は、「天誅」といふ名の直接行動が多く起るやうになった。これは明治期に至るまで続いた。その基本的行動原理は即ち尊皇であり攘夷であった。

桜田門外の変参加した志士・佐野竹之助は次の辞世を詠んだ。

「敷島のにしきの御旗もちささげ皇軍(すめにみいくさ)の魁(さきかげ)やせん」

まさに、安政の大獄と桜田門外の変は、明治維新実現の魁であり第一歩であり発火点となったのである。

内憂外患の危機にある今日こそ、我々は日本民族の歴史とその精神を学び、それを現代に生かさねばならない。それは日本民族の歴史に久遠に通じてゐるところの「道」を学ぶことである。歴史に学ぶとは、先人の志と事績を学ぶことである。歴史は抽象的な理論ではなく事実に即して「日本の道」「日本の伝統精神」を明らかにする。

わが國には、対外的危機感が伝統精神の復活・回帰の熱望を呼び覚してきた歴史がある。現代もさうした時期である。民族の歴史を我々一人一人の精神の中で甦らせて、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって民族意識が形成される。民族主義・愛國心・ナショナリズムと歴史意識とは不離一体である。

そして日本の民族精神の勃興は、天皇中心の國體の開顕と一体である。天皇中心の國體とは、「神話の世界以来の傳統信仰に基づく一系の道統と血統を保持し継承される現御神日本天皇を君主と仰ぐ國家の真姿」である。日本天皇は、肇國以来今日に至るまで、神話の世界からの道統である祭祀を行ってをられる。

天皇は日本伝統信仰の祭祀主であらせられ、生きた体現者であらせられる。天皇の國家統治は、「権力・武力による人民と領土支配」ではなく、祭祀主としての宗教的権威による国家と國民の統一・統合といふことである。それは信仰共同体國家たる日本独特の國柄である。

天皇を神聖君主と仰ぐ日本國體は、古代から今日に至るまで如何なる政体の変化があっても、わが國の歴史を貫いて来た。この國體の本来の姿・あるべき姿に回帰し開顕する運動は國家的危機において興起した。特に欧米列強の侵略の脅威が迫った幕末において、「尊皇攘夷」を思想的原理として危機の打開が目指された。

西洋列強の日本に対する圧迫といふ有史以来未曾有の危機に際会した時、「藩といふ地域」そして「士農工商といふ身分制度」を乗り越え打破して、天皇を中心とした統一國家・民族の一體感・運命共同意識を、醸成し回復することによって危機を撥ね退け国家民族の独立を守った。それが明治維新である。

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