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2019年6月 9日 (日)

村上佛山の漢詩を読みて思ふ

村上佛山は(江戸後期-明治時代の漢詩人。文化七年生まれ。豊前(ぶぜん)京都(みやこ)郡稗田村。現在の福岡県行橋市の人)は次の詩を詠んだ。

「 落花紛紛  雪紛紛,
雪を踏み 花を蹴(け)りて  伏兵起る。
白晝斬り取る  大臣の頭(かうべ),
噫(ああ) 時事知る べきのみ。
落花紛紛  雪紛紛,
或ひは恐る天下の多事此(ここ)に兆(きざ)すを」

「桜田門外の変」はながく続いた徳川幕藩体制の致命傷となり、時勢は急転直下維新へと向って行った。

桜田門外の変=井伊直弼誅殺は、直接行動の有効性を天下に示した。そして、幕末期は、「天誅」といふ名の直接行動が多く起るやうになった。これは明治期に至るまで続いた。井伊直弼打倒とは即ち尊皇であり攘夷であった。

桜田門外の変参加者佐野竹之助は次の辞世を詠んだ。

「敷島のにしきの御旗もちささげ皇軍(すめにみいくさ)の魁(さきかげ)やせん」

国家変革は、一国の体制を打倒するか擁護するかのぎりぎりのところまで高まると、直接行動は不可欠となる。それは桜田門外の変であった。ただ直接行動の有効性などと言う政治的意義ではなく、桜田烈士そしてそれに続いた尊攘の志士達の篤い尊皇の思ひが根本にあったのである。


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