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2019年5月25日 (土)

自虐史観の払拭=大東亜戦争の意義の恢弘と占領憲法無効・正統憲法への回帰とは一体の運動である

石川県護國神社境内に建立されてゐる『大東亜聖戦大碑』は平成十二年八月四日に建立された。草地貞吾元陸軍大佐(関東軍参謀作戦班長)の書。高さ十二㍍。『銘』には草地氏の「大東亜 おほみいくさは 萬世の 歴史を照らす 鏡なりけり」といふ歌が刻まれてゐる。またこの碑建立に貢献された個人・団体の名が刻まれてゐる。背面には「八紘為宇」と刻まれてゐる。

桑木崇秀氏(陸軍軍医としてインパール作戦に参加。ビルマ英霊顕彰會副會長)はこの大碑の意義について、「大東亜戦争が英霊のお蔭で白色人種の植民地を解放し、萬民平等の世界をつくった―――そのことを日本人は世界に誇るべきであるのに、日本は侵略戦争をした、アジアに迷惑をかけたなどと謝罪ばかりしている。広島でも、國際法無視のアメリカの原爆にやられたのに、『二度と過ちは繰り返しません』などと、まるで日本が悪かったように反省している。…こうした日本の空気を、日本人の心を一新しようというのが、この聖戦大碑建立の意義であろう」(平成十二年八月二十五日 『戦友連』三七九号)と述べてゐる。

すぐそばに『清水澄博士顕彰之碑』建てられてゐる。清水澄博士は、明治元年金沢市に生まれ、東京帝國大學法科を卒業後、學習院大學教授となり、明治三十八年法學博士の學位取得し、宮内省、東宮御學問所の御用掛を拝命された。大正天皇、昭和天皇に御進講され、行政裁判所長官、枢密院顧問官を経て、敗戦後、最後の枢密院議長に任ぜられた憲法學者である。

碑文には大要次のやうに記されてゐる。「憲法學者清水澄博士(金沢市東山三丁目御出身)は占領軍司令部が強制した日本國憲法施行の日、日本國の天皇制(原文のまま)の将来を憂慮され、幽界よりわが國體の護持と皇室の御安泰、今上陛下の御在位を祈願しようと自決を決意され、憂國の至誠極まる所、汨羅(べきら)の淵に身を投じた楚の國の忠臣屈原の故事に倣い、九月二十五日、熱海の錦ヶ浦の波涛に愛國赤心の躯幹を投ぜられた。敗戦日本の正気阻喪の惨状は正視するに耐え難いものが連続的に生起した。博士はわが國の傳統・文化の変革し行く姿を見、祖國の将来を憂慮され、ことに建國以来、國の生命、民族の中心として連綿と存在する皇室の上に思いをいたされ、身の置き処が無かったのである。東京の青山墓地に眠る博士の墓石に記された嗣子虎雄氏の碑文の中に『ケダシソノ生涯ハ君國ニ対スル忠誠ノ念ヲモッテ終始シ』とある如く、博士の衷情はただ一つ祖國の道義を萬代に堅持せんがための至情以外の何ものでもなかった。新憲法下ここに三十年、博士の憂慮された如く、この間政治 経済 文化 その他あらゆる分野において、正統の道義は地に落ち、全て自己中心の個人主義の思想が瀰漫し、國の傳統と民族の歴史に背反すること夥しく、まさに祖國の危機と言わざるを得ない。この亡國的惨状打開の途は、國の歴史と傳統に基づく民族の正気の恢弘、維新以外にあり得ない。云々 昭和五十二年九月 林屋亀次郎」。

汨羅は支那湖南省北部を流れる湘江の支流。江西省修水県の西南を源とし、西流して湘水に入る。

林屋亀次郎氏は、明治十九年金沢市生まれ。昭和五十五年逝去。昭和二十二年以来、参議院議員三期。

 清水澄博士の『自決ノ辞』には次のやうに記されてゐた。
「新日本憲法ノ發布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル團体及個人アリタリ其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ或ハ戦争責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ我國ノ將來ヲ考ヘ憂慮ノ至リニ堪ヘズ併シ小生微力ニシテ之ガ對策ナシ依テ自決シ幽界ヨリ我國體ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈願セント欲ス之小生ノ自決スル所以ナリ而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ択ビタルハ楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ
元枢密院議長  八十翁 清水澄  法學博士  昭和二十二年五月 新憲法實施ノ日認ム
 追言 小生昭和九年以後進講(宮内省御用係トシテ十数年一週ニ二回又ハ一回)シタルコト従テ龍顔ヲ拝シタルコト夥敷ヲ以テ陛下ノ平和愛好ノ御性質ヲ熟知セリ従テ戦争ヲ御賛成ナカリシコト明ナリ」。
 
今日、「碑文」に書かれた憂慮すべき状況は愈々益々深刻になってきてゐる。憲法改正が現實の問題として論じられて来てはゐるが、肝心要の國體については、欧米の権力國家観・契約國家論に基づく『國民主権』といふ日本國體に合致しない『原理』を踏襲するのでは、真の「憲法改正」でもないし「自主憲法制定」でもない。現行占領憲法には「天皇条項」は第一章であるのに、これを第二章に移し、第一章を「國民主権」にするなどといふのはまさに國體隠蔽であり憲法改悪である。

日本天皇は権力・武力を以って國家國民を支配される御存在ではない。また、天皇と國民は権力的対立関係にあるのではない。天皇と國民は精神的信仰的一体関係にある。これを君民一体の國柄といふ。主権が君主にあるとか國民にあるとかといふことは、わが國の國體には全く無関係なのである。したがって、「國民主権」などということを憲法に麗々しく憲法に記す必要はさらさらない。そのやうなことを記すことは天皇を権力者と仰ぎ奉ることになり、重大な國體破壊である。

『清水澄博士顕彰之碑』のすぐ近くに『大東亜聖戦大碑』が建立された事は實に意義深いことである。自虐史観の払拭=大東亜戦争の意義の恢弘と占領憲法無効・正統憲法への回帰とは一体の運動である。

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