« 千駄木庵日乗五月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月十一日 »

2019年5月11日 (土)

大伴家持のますらをふりの歌

『萬葉集』には、確かに優雅にして麗しい歌が多く収められてゐるが、日本の伝統的な「ますらをぶり」の精神を歌った歌も収められてゐる。

ますらをとは、丈夫・武士・健男・益荒夫と書く。強く堂堂とした、りっぱな男子。ますらたけを。人並み優れて強い男子を誉めて言ふ。つまり英雄のことである。

賀茂真淵は、歌の調べとしての「ますらをぶり」は、清(さや)けく、明るく、のどかしきこととし、ますらをのてぶりをもって人のまごころの素直な表現であるとしている。

ますらをぶりは、大伴旅人の子である大伴家持の『族に喩す歌』に表白されている。

 「剣太刀いよよ研ぐべし古(いにしへ)ゆ清(さやけ)く負ひて來しその名ぞ」
 (わが一族の伝統の刀をいよいよ研ぐべきである。古来より清くさやけく伝えてきた大  君の辺にこそ死なめという大伴氏の名であるぞ。祖の名を曇らすことなきように磨けよ)という意。

研ぐという言葉に剣太刀を研ぐと家名を磨くことを掛けている。

 家持は、旅人の子で、奈良朝末期の人。大伴氏は、遠祖天忍日命(あめのおしひのみこと)が天孫降臨に際して、武装して供奉してより、代々武を以て朝廷に奉仕した。中央地方の諸官を歴任。晩年は中納言・東宮太夫。藤原氏の権勢が強まるに中にあって、神代以来の名門の悲運を身に負った人生であった。そうした生涯にあって家持は、神ながらの精神・日本の伝統精神を守ろうとし、私権を以て世を覆おうとする者たちに対して悲憤して止まなかった。
 
 この歌は、天平勝宝八年(七五六)聖武天皇が崩御されると間もなく、大伴氏の有力者古慈悲が朝廷を誹謗した廉で解任された。家持は氏の上としての責任感から詠んだ「族を喩す歌」である。「剣太刀いよよ研ぐべし」ときわめて断定的な歌い方をしている。興奮した歌いぶり。
 ますらを(丈夫・武士・健男・益荒夫と書く。強く堂堂とした、りっぱな男子。ますらたけお。人並み優れて強い男子を誉めて言う。つまり英雄のこと。「~ぶり」▽雅語的)賀茂真淵は、歌の調べとしての「ますらをぶり」は、清(さや)けく、明るく、のどかしきこととし、ますらをのてぶりをもって人のまごころの素直な表現であるとしている。ますらをぶりは、大伴家持の『族に喩す歌』に表白されている。

 「剣太刀いよよ研ぐべし古(いにしへ)ゆ清(さやけ)く負ひて來しその名ぞ」
 (わが一族の伝統の刀をいよいよ研ぐべきである。古来より清くさやけく伝えてきた大  君の辺にこそ死なめという大伴氏の名であるぞ。祖の名を曇らすことなきように磨けよ)という意。研ぐという言葉に剣太刀を研ぐと家名を磨くことを掛けている。

 家持は、旅人の子で、奈良朝末期の人。大伴氏は、遠祖天忍日命(あめのおしひのみこと)が天孫降臨に際して、武装して供奉してより、代々武を以て朝廷に奉仕した。中央地方の諸官を歴任。晩年は中納言・東宮太夫。藤原氏の権勢が強まるに中にあって、神代以来の名門の悲運を身に負った人生であった。そうした生涯にあって家持は、神ながらの精神・日本の伝統精神を守ろうとし、

私権を以て世を覆おうとする者たちに対して悲憤して止まなかった。 

 この歌は、天平勝宝八年(七五六)聖武天皇が崩御されると間もなく、大伴氏の有力者古慈悲が朝廷を誹謗した廉で解任された。家持は氏の上としての責任感から「族を喩す歌」と言ふ長歌の反歌である。
「剣太刀いよよ研ぐべし」ときわめて断定的な歌い方をしている。高潮したした歌いぶりである。

 この反歌には、三大思想が詠まれている。一、祖先を尊び家柄を重んじる。二、忠孝一本の思想。三、名を重んじ、家名を重んじる。反歌はそれを歌っている。これは、大伴一門の伝統的忠誠・尊皇思想を歌っただけでなく、わが国民精神を歌ったと言える。 

『族に喩す歌』には、史書が描かない真の歴史を歌いあげ、天孫降臨すなわち肇国のはじめからの精神を貫こうとした。それは、降臨された天孫に仕え、代々の天皇に仕えた大伴氏の勤皇の誇りであった。

「剣太刀いよよ研ぐべし」という武門の名誉そして「赤き心を皇辺に極めつくして止へ来る」という赤誠心詠んだ。この歌は、神代以来忠誠を旨として来た大伴氏の家柄を詠じて、一族の奮起を促した。この歌は、決して口先だけの生易しい歌ではなく、氏の長者としての責任の重大さを痛感して、心肝を吐露し、熱誠を披瀝した血の出るような声である。名を重んずる心が歌の句の間に溢れている。
 
「さやけく」とは「清明心」である。「清明心(清く明らかなこと・きよらけくあきらけき心)」は、神話時代以来わが国の重要な道徳観念である。天照大神は、高天原に上ってきた須佐之男命に「しかあらば、汝が心の清く明きは何をもって知らむ」と仰せられた。「清明心」「清き心」の伝統は、日本の倫理思想の中に力強く生きている。清さとは、一面において清く明らかなさを求め、あっさりとしていて、名誉・利益などに執着(しゆうじやく)しないさまである。

 天智天皇御製に、
「渡津海の豐旗雲に入り日さし今夜の月夜清明(あきらけく)こそ」
(海空に、豊かに旗の如くたな引く雲、それに入り日がさしている。今夜の月夜は明らかなことであろう。)
 がある。「清々しい」というほどの心にこの「清明」の文字をあてた心が大事である。清明(汚れなく・清く・くもりなく・明らけき心)にあこがれる心が日本人の心である。

|

« 千駄木庵日乗五月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月十一日 »