« 千駄木庵日乗五月三日 | トップページ | 萬葉古代史研究會 のお知らせ »

2019年5月 4日 (土)

根津神社について

15_4

今日、参拝させていただいた根津神社は、小生の地元の氏神・鎮守の神社です。東都北鎮といわれております。「由来書き」によると、根津神社の由緒は次の通りです。

 

「根津神社は今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。

 

江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。宝永二年五大将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行なった。翌年(1706)完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。

 

明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。

 

御祭神は、須佐之男命・大山咋命・誉田別命・大国主命・菅原道真公」。

 

私は、全国各地を旅行し、神社仏閣などにお参りをしましたが、日本武尊にかかわる伝説は全国に数多くあります。また、須佐之男命を御祭神にしている神社がとても多いようです。

 

この御二方は、英雄神であられるとともに、大変な苦難を経験した神であられます。また「やまと歌」を詠みになっておられます。

 

須佐之男命の 「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」という御歌は、わが国の和歌の発祥と言われております。

 

日本武尊は「倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 倭しうるわし」など多くのお歌を詠まれています。

 

二神とも、剣魂歌心を身を以て実行された英雄神てあられます。古来、わが国民はこの二神に特別の親しみと仰慕の念を持っていたと思われます。日本武尊が千駄木の地に須佐之男命を祀られたのが根津神社の発祥であるという伝承もそのことを証ししています。

日本は古代より言葉の真の意味における平和な國でありました。伊勢皇大神宮の祭祀とたたずまひほど平和で清らかなものはありません。伊勢皇大神宮に限らず、全國各地の神社・神宮は清浄であり、穏やかであり、美しい。

國全体の祭祀主として、天皇がおはします。日本各地に神社があります。天皇は祭祀共同体日本の精神的中心者であせられ、神社は各地の共同体村落の精神的中心であります。五穀の豊穣と民の幸福といふ共同体共通の祈りが捧げられ、願ひが訴へられる場が神社である。

 

神社とは、常に村全体、共同体全体の神が祀られてゐる社(やしろ)であります。そしてその神社に祀られてゐる神を「氏神」と申し上げ、その神社を崇敬する人々は「氏子」と呼ばれます。それぞれの共同体において日本の神々は「親」と仰がれ、民は「子」として慈しまれます。

小生が居住する東京下町の千駄木(旧町名・駒込坂下町)の周辺には古くからの神社があり、初夏から秋にかけて祭りが行はれます。わが家は、千駄木の隣町・根津に鎮座する根津神社の氏子です。根津神社の御祭神は須佐之男命で、景行天皇の御代に日本武尊が御東征の折この地に来られた時、千駄木の地に須佐之男命を追慕して創始したと傳へられます。

 

文明年間(一四六九~八七)大田道灌が社殿を奉建した。徳川五代将軍・徳川綱吉は宝永三年(一七〇六)、根津の地に社殿を造営しました。明治維新後、明治天皇により、勅祭社に准じられました。大東亜戦争で被災せず、徳川綱吉が造営した時の建造物が現存しており國指定の重要文化財となってゐまい。

わが町周辺は日本武尊の遺跡が多い。近くの湯島には日本武尊と弟橘姫を祀った妻恋神社があります。駒込といふ地名も日本武尊があたりを見渡して「駒込み(混み)たり」と言ったことに由来すると傳へられま。馬がたくさん生息してゐたといふ地名傳説です。

湯島には、湯島神社が鎮座します。御祭神は、天手力雄命・菅原道真公。雄略天皇二年(四五六)一月、勅命により創建されたと傳へられる。

北側の隣町・本駒込には、天祖神社が鎮座します。小生が通った中学校の隣にある神社で、御祭神は天照大御神。文治五年(一一八九)五月、源頼朝が奥州の藤原泰衡追討に赴く途次、靈夢により創建したと傳へられます。

本駒込には、さらに富士神社が鎮座します。御祭神は、木花咲耶姫命。加賀前田藩邸(今日の東京大学)に祀られていましたが、寛永五年(一六二八)の現在地に遷座しました。霊峰富士への山岳信仰の神社です。

東側の隣町・日暮里には、諏方神社が鎮座します。この神社はどういふわけが「諏訪」とは表記しないで「諏方」と表記します。御祭神は、建御名方命。元久二年(一二〇二)豊島左衛門尉経泰が信州諏訪神社より勧請して創建したと傳えられます。日暮里・谷中総鎮守です。

このやうに、わが家近くの神社には、皇祖天照大御神、須佐之男命、天手力雄命、木花咲耶姫命、建御名方命、日本武尊、菅原道真公などの神々が祀られてゐるのです。そしてこれらの神社を中心とした共同体が今も生き続けてゐます。有難き限りです。

 

|

« 千駄木庵日乗五月三日 | トップページ | 萬葉古代史研究會 のお知らせ »