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2019年3月22日 (金)

維新運動の今日的使命

 祖国日本は益々混迷を深めている。 国際的には、民族紛争・宗教紛争・領土紛争が各地でまき起こり、わが国も北朝鮮・共産中国の軍事的脅威・アメリカの経済支配の脅威にさらされている。

 国内的には、保守と革新の区別がつかなくなり、体制側の中に、日本国民としての自覚と誇りを喪失して、皇室を軽んじ、靖国神社解体の狂奔し、元号を用いず、現行憲法の三原理を肯定し、自虐史観に汚染された反日本・非日本勢力が浸透している。とりわけ、皇室への尊崇の念の希薄化は最大の問題である。 

 また戦後日本・現代の日本の混迷の原因は色々あるが、その大きなものに憲法があることは言うまでもない。憲法は国家の基本法であり、「国家の統治体制の基礎を定める法・国家の根本法」と定義されている。

 現行憲法は「前文」には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し…」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した」と書かれている。これは「東条内閣の行為によって行われた侵略戦争は二度と致しません。日本国および日本国民が安全を守るのも生存していくのもアメリカ様・ソ連様・中国様というような公正と信義のある国に一切委ねます」という意味である。これは「詫び証文」である。

 銃剣の圧力のもとに無理やり押し付けられた憲法すなわちアメリカという戦勝国側の作文通りの憲法であるからこういうことが書かれているのである。
 
これは、戦勝国の押付けである現行憲法の三原理である「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」を堅持するということである。しかも大東亜戦争を侵略戦争であると断定した上でそういうことをしようというのである。

屈辱的なこの詫び証文を肯定した上で、現行憲法の一部の条文を変えるするということは誤りであれ神の改憲にはならない。

もしもそうした憲法改正が実現した場合、大東亜戦争はわが国の侵略であったという歴史認識の上に立ち、「三原理」を基本とした憲法が、わが国の自主的な意志によって制定されることとなるのである。つまり、日本人自身の手による亡国憲法が制定されるということである。

 憲法改正或いは自主憲法の制定は国家緊急の課題である。しかし、現行憲法の最大の欠陥は、憲法三原理にある。これを根本的に改めないで各条項だけを改めるというのでは真の憲法改正にはならない。
 
小生は憲法の専門家ではないから極めて杜撰な論述なると思うが、憲法三原理は根本的に見直されなくてはならないと信じる。
 
まず「主権在民」「国民主権」という原則からしておかしい。わが国は三千年前に建国された天皇を中心とする信仰共同体国家である。欧米のような契約国家でもなければ権力国家でもない。ゆえに、君主と国民が対立関係にある国家ではない。従って「主権」(この定義も色々あるようだが)が「君主にあるのか、国民にあるのか」などということを成文憲法に規定すること自体わが国の国柄とは相容れない。

 現行憲法の「平和主義」というのは前述した通り「わが国は大東亜戦争という侵略戦争をしたので、これからもなにをするか分からない言わばオウム真理教のような国ですから、アメリカやソ連・中国といった公正と信義のある国に生存も安全すべて任せる」というエセ平和主義である。

 「基本的人権の尊重」も字面は正しいし、文句のつけようもないが、基本的人権の土台に、正しい道義心すなわち言ってみれば「基本的人徳」がなければならない。ところが戦後の風潮を見れば明らかなように、日本国民の多くは、誤れる「個人主義」「平等主義」「欲望民主主義」に陥り、「自分さえよければそれでいい」「他人のこと、いわんか国家社会なんてどうなってもいい」という考え方に支配されている。これが今日の道義頽廃の最大原因である。

 ともかく、現行憲法の三原理が今日の日本の混迷の元凶なのである。これを基本的に見直さなければ真の憲法改正・自主憲法制定にはならない。戦勝国の押付けであり日本国を混迷に導いた現行占領憲法の無効を確認し、日本国家の道統に基づいた自主憲法を制定しない限り、日本国は真の独立国家たり得ないのである。また、大東亜戦争はわが国の一方的な侵略戦争ではなかったという正しい歴史観に立脚した憲法でなければならない。

 戦後長い間、わが国内は保守勢力と共産革命勢力戦いの歴史であった。そしてその時代は敵と味方の判別が実に分かりやすかった。ところが最近は、保守といわれる陣営の中に、戦後の誤れる「平和と民主主義思想」「人権思想」にマインドコントロールされ、「東京裁判史観」「自虐史観」を肯定し、その歴史認識の上に立って国家の将来を決定しようとする者が存在するようになっている。彼らの「保守」とは、「戦後体制保守」であり「日本國體の保守」ではないとしか思えない。

 愛国運動・維新運動とは、民族の道統に立脚した革新運動である。保守と革新の判別がつきにくくなっていると言われるが、真の保守とは天皇中心の國體の保守である。真の革新とは戦後体制の打倒・真正日本の回復である。
 
國體を破壊し戦後体制を保守せんとするあらゆる勢力を駆逐し、皇室の尊厳性を冒・する朝日新聞をはじめとした現代の朝敵を撃ち平らげなければならない。それが維新運動・愛国運動の今日的使命である。

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