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2019年2月13日 (水)

日韓関係について

 

事大主義(じだいしゅぎ・小が大に事(つか)えること)が韓国の歴史的外交姿勢である。強い方に着く。近代史の限っても、支那・ロシア・日本・アメリカそして最近は支那に事えている。新羅・高麗・李朝など朝鮮半島に生まれた王朝の多くは、支那大陸の中原を制した国家に対して事大してきた。朴正煕は「自律精神の欠如」としてこれを批判していた。真の王朝を大中華、自国を小中華として喜んでいた。

漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた迎恩門とは、支那皇帝の臣下であり、冊封国であった李氏朝鮮の歴代の王が、明代および清代の支那皇帝の使者を迎えるための門である。迎恩門とは恩のある支那皇帝の使いが通る門という意である。

 

崔基鎬氏によると、迎恩門は朝鮮国王が三跪九叩頭の礼によって明代および清代の支那からの使者を迎えた場所である。その迎恩門に隣接して建てられていた慕華館は、清の使節団が滞在する建物である。慕華館とは字面を見ても明らかだが『中華を慕う館』という意である。

 

かくの如く李氏朝鮮は、支那の属国であった。韓国は弱いものをいじめる。事大主義は今も生きてゐるのだから日本は韓国に強き対処した方がいい。韓国に対して強く出た方がいい。

 

韓国は、血縁集団の集合体である。宗族とは男子単系血族で構成される同姓血縁集団であるという。全州李氏・慶州金氏とかいうのがある。この相続が男系の子孫を確保するために他の異姓の血縁集団と婚姻関係を結ぶ。

 

しかし、女性は婚姻によって他家に移っても、宗族の系図(族譜)に名が記されることがない。女性は男子単系血族の子孫を生む<道具>に過ぎない。従って、父系祖先の祭祀には通常、女性は参加できない。いわんや祭祀主になることはできない。

 

支那韓国の最高の徳目は「孝」。そして儒教の「孝」とは単に両親を大切にすることではなく、両親と祖先への孝であり、家系を継ぐべき男子を生むことが大切である。

 

日本人が「忠」を大切にするのは非血族を含む「家」の存続を大切にするからだと呉善花氏は言う。わが国皇室には「姓」はない。

 

日韓併合は侵略搾取だったのか、近代化促進だったのか。韓国民の反日感情は永遠に解消されないのか。

 

日本と韓国は、文化的・宗教的相違点と相似点を正しく考究する必要がある。私は、日韓にはあまり相似点はないと思う。我が国と韓国の関係は近親憎悪と言う人もいるが本当に「近親」なのか。我が国と韓国とでは儒教・仏教の受容の態度も異なる。

 

日本はキリスト教を受け容れなかったが、韓国は受け容れている。キリスト教徒が多いのは何故か。しかも韓国にはオカルト的なキリスト教が多いのはどういうことか。

 

多神教であり自然を神として拝み、八百万の神を拝むため、一神教が浸透しなかった日本と、一神教を信ずる人が多い韓国とは基本的に信仰精神・文化感覚が異なると思う。日本は包摂・包容の文化であり、韓国は排他・独善の文化である。

 

呉善花さんは、「韓国には日本の神社や神道というクッション(媒介)がないため、日本のように、多神教の持つエネルギーを現代市民社会のより高度な発展へと向かう力に変えることができていない」「韓国の多神教の伝統は、日本のようにクッションを通して市民社会の無意識層に浸透しているものではなく、市民社会とは別個に、田舎、あるいは前近代的な場においてだけ、各地に細々と生きているにすぎない。この点日本と大きく事情が異なっている。韓国は儒教、キリスト教という外来の器に自前のシャーマニズムを流し込んでゆくが、日本は神道という自前の器に外来の宗教を受け入れ飲み込んでしまうのである」と述べている。(『續スカートの風』)

 

また「日本語の文字には漢字、カタカナ、ひらがながあって、どんな外国語の受け入れにも対応できるようになっている。受け入れを身上とする日本文化ならではのものと言えるだろう。漢字で中国大陸から入った文化用語や形式的な言葉に対応させる。またカタカナで主に欧米からの外来語に対応させる。そして、平仮名によって固有語をそのまま残すことができる」と論じている。(『續スカートの風』)

 

儒教は、「怪力乱神を語らず」という思想があるが、韓国にシャーマニズムが残っているのは何故か。

 

最近の日本に「ヘイトスピーチ」「レイシズム」が起きていると言うが、憎悪表現・人種差別は韓国の方がひどいのではないか。

 

反日・嫌韓は無くならないのか。無くす手立てはないか。日本人は、韓国とは異文化・異民族であることをもっと確認すべきだ。日本と韓国とは近親でも身内でもない。別の国であり別の民族である。地理的には近隣でも文化的・民族的には決して近隣国家ではない。相当の違いがある。つまり日本は韓国に深入りしない方が良いのである。

 

アジア・東洋で「ひとくくり」にするのも誤りである。アジア諸国家・諸民族には大きな違いがある。それぞれ個性がある

 

日本人そして日本文化は排他的ではないのに、韓国のそれは何故排他的なのか。

 

日本近代は開国攘夷、韓国近代は鎖国攘夷であった。韓国が近代化できなかった原因は何処にあるのか。

 

韓国政治家の、天皇陛下に対する許し難い侮辱発言、さらに、反日デモ隊が、天皇陛下やわが国政治家の人形を路上で焼いたりして侮辱するは許し難い。この事で、「日韓友好」などという事は金輪際あり得ない。

 

竹島問題は取られたら取り返せばいいだけの事である。今の日本にその決断と実行力がないだけの事である。

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