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2019年1月 2日 (水)

昭和天皇御製に拝する「現御神信仰」

 

報道によると、先帝・昭和天皇が晩年、御製を推敲あそばされた際、お使いになったとみられる原稿が発見されたという。

 

御歌集『おほうなばら』に収められた

 

御題

秋なかば国のつとめを東宮にゆづりてからだやすめけるかな

 

との御製の推敲前の御歌は

 

秋されば國の務を日のみこにゆづりてからたやすめけるかな

 

であったという。

「日のみこ」が「東宮」に変ったのであるが、「東宮」とは皇宮から見て東方に位置する宮であり、東は「五行説」で春に相当するため春宮(とうぐう/はるのみや)とも記され、では長子を意味する震卦にあたることから、皇太子の居所とされた東は、四季の春に配されて万物生成の意をもち、また易では長男を表す震にあたり、宮殿が皇居の東にあったところから、皇太子のお住まひになる宮殿を「東宮」と申し上げ、 皇太子の御事も「東宮」と申し上げるようになったと承る。

 

東は太陽・日の神の昇って来る方角である。「東宮」と書いて「日嗣の御子」とも申し上げると言う。

 

昭和天皇おかせられては、昭和三十四年、『皇太子の結婚』と題されて、

 

あなうれし神のみ前に日の御子のいもせの契りむすぶこの朝

 

と詠ませられてゐる。

 

「日の御子」とは「日の神すなはち天照大御神の御子」といふ意味である。「日嗣(ひつぎ)の御子」と同じ意義である。この御製は、戦勝國アメリカの占領軍の無理強いによって発せられた『昭和二十一年元旦の詔書』が「人間宣言」であったなどといふことを根底から否定する。 

昭和天皇におかせられては、天皇及び皇太子は「天照大御神の生みの御子=現御神である」との御自覚はいささかも揺らいでをられなかったことは、この御製を拝すればあまりにも明白である。

 

『萬葉集』に収められてゐる柿本人麻呂の歌には「やすみしし わが大君 高照らす 日の御子 神ながら 神さびせすと…」と高らかに歌ひあげられてゐる。「四方をやすらけくたいらけくしらしめされるわが大君、高く光る日の神の御子、神ながらに、神にますままに、…」といふほどの意である。この歌は、古代日本人の現御神日本天皇仰慕の無上の詠嘆である。

 

「高光る 日の御子 やすみしし わが大君」といふ言葉は、『古事記』の景行天皇記の美夜受比売(みやづひめ)の御歌に最初に登場する。現御神信仰は、わが國古代以来今日まで繼承されて来たてゐる。

 

歴代天皇そして皇太子は、血統上は天照大御神・邇邇藝命・神武天皇のご子孫であり血統を継承されてゐるのであるが、信仰上は今上天皇も皇太子もひとしく天照大御神の「生みの御子」であらせられるのであり、天照大御神との御関係は邇邇藝命も神武天皇も今上天皇も皇太子も同一である。  

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