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2019年1月12日 (土)

永遠に護られるべきわが國の國柄とは

柿本人麿は、輕皇子(かるのみこ・後の第四二代・文武天皇)がの安騎野(あきのの・奈良県宇陀郡大宇陀町一帯の山野)へ行幸された時に、

 

 「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子(みこ) 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせすと……」(やすらけくたいらけく四方八方を御統治あそばされるわが大君、高く照らすわが日の神の皇子は、神様であるままに、神様らしく振る舞はれるべく……という意)

 

 と歌った。

 

 「やすみしし わが大君」は、萬葉仮名では「八隅知之」と書かれてゐる。「四方八方を知る」といふ意である。「天皇は空間的に日本國の四方八方をしろしめしたまふ」といふことである。或いは、「安見知之」とも書く。これは「やすらけくこれを見、知る」といふ意で、「天皇は空間的にたいらけくやすらけく日本國をしろしめしたまふ」といふことである。

 

 「高照らす 日の皇子」は、「高く照っておられる日の神の皇子」といふ意である。これは、日の神であらせられる天照大神が、生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせたまひて天の下を統治せよと御命令になって以来、邇邇藝命の子孫である天皇が日本國を統治されてゐるといふ時間的事実をいった言葉である。

 

 つまり、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句表現は、現御神として日本國を時間的に空間的に統治される天皇の御本質を、神話的・詩的に美しく表現した言葉なのである。かうした表現は、『日本書紀』の歌謡の中に現れ、『古事記』では景行天皇記の日本武尊の御歌の中に「高光る 日の御子」といふ言葉がある。

 

 天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は太陽神を祭られる<天皇の祭祀>である。

 

 このやうな『古事記』『萬葉集』以来の我が國の精神伝統が、永遠に護られるべき「わが國は天皇を祭祀主と仰ぐ神の國である」とする「國體」「國柄」なのである。

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