« 千駄木庵日乗一月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十日 »

2019年1月19日 (土)

日本天皇の国家統治の御精神は「和」「仁慈」だけではなく「剣」の精神がある

神武天皇御製 

 

みつみつし 久米の子らが 粟生(あはふ)には 臭()韮一(みらひと)(もと)(かみらひともと) そねが茎 そね芽繋ぎて 撃ちてしやまむ

 

 神武天皇(神日本磐余彦尊・かむやまといはれひこのみこと)は、九州日向(宮崎)の美々津の浜を出発され、瀬戸内海を東へ進み、紀伊半島を迂回され、熊野から吉野を経て、大和に入られた。これを「神武天皇の御東征」と言ふ。数々の戦闘が行はれたが、大和の忍坂(おさか・今日の奈良県桜井市忍坂)で、神武天皇に抵抗し奉った長髄彦といふ豪族の長を討たれる際に、神武天皇の軍を激励して詠まれた御歌がこの御製である。

 

【みつみつし】「久米」に掛かる枕詞。威勢がいい、強いの意。「御稜(みい)()」と同意義で、武力が強いといふ意だけでなく、霊力があるといふ意が含まれる。【久米の子ら】久米部の兵士たち。久米は氏族の名。神武天皇の御東征につき従った。【粟生】粟畑。【臭韮一茎】臭い韮が一本。【そねが茎 そね芽繋ぎて】その根元と芽を一つにつないで。古代日本においては、韮や山椒など刺激が強い臭気や味を持つ植物には呪力が宿ってゐると信じられ、武器となったといふ。

通釈は、「いかめしく強い久米の人々の粟の畑には臭い韮が一本生えてゐる。その根のもとにその芽をくっつけてやっつけてしまふぞ」といふ意、

 

烈々の攻撃精神が充満してゐる。日本天皇は「もののふの道」の體現者であらせられることを示す御歌である。

 

日本天皇の国家統治の御精神は「和」「仁慈」だけではない。「剣」の精神がある。「武」「軍」「戦ひ」を否定してゐるのではない。上御一人日本天皇は「もののふの道」「ますらをの道」の體現者であらせられる。「ますらをぶり」は日本民族の基本的道義精神である。一たび戦ひとなれば、神武天皇御製に歌はれたやうな「そねが茎 そね芽繋ぎて 撃ちてしやまむ」といふ雄々しさ・勇気・戦闘心が発揮される。

 

「三種の神器」は、日本天皇の國家統治・日本民族の指導精神の象徴でり、皇位の「みしるし」であり、皇霊が憑依すると信じられ、歴代天皇が即位と共に継承されてきた。その「三種の神器」の一つは「剣(草薙剣、くさなぎのつるぎ)」である。「剣」は、「武・軍事・たけきこと・克己心・荒御魂・鉄器文化」の精神を表象してゐる。

 

「鏡(八咫鏡・やたのかがみ)」は、「澄・祭祀・明らかなること・美意識・和御魂・太陽崇拝」の精神を表象し、「玉(八尺瓊勾玉・やさかにのまがたま)」は、「和・農業・妙なること・豊かさの精神・幸御魂・海洋文化」をそれぞれ表象してゐる。祭祀・軍事・農業を司りたまふ天皇の御権能が「三種の神器」にそれぞれ表象されてゐる。

 

神武天皇の御東征の御精神について、『日本書紀』に「…神祇(あまつやしろくにつやしろ)を禮(ゐやま)ひ祭(いは)ひて、日の神の威(みいきほひ)を背(そびら)に負ひたてまつりて、影(みかげ)のままに壓躡(おそひふ)まむには。かからば則ち曾て刃に血ぬらずして、虜(あだ)必ず自らに敗れなむ…」と記されてゐる。

 

御東征の戦ひは神を祭り、神の霊威を背負ひ神の御心のままの戦ひであった。故に武は「神武」であり、剣は「神剣」であり、戦ひは「聖戦」となる。そして「刃に血ぬらずして」まつろはぬ者どもを平定する。

 

「ますらをぶり=武士道」と「剣」とは一體である。剣は殺傷の武器ではない。日本刀=剣は製作過程からして既に神道祭式の宗教儀式になってゐる。刀鍛冶は職人にして単なる職人ではなく、朝から斎戒沐浴して仕事(これも仕へまつるといふこと)にかかる。仕事場に榊を立て、しめ縄を張り巡らせて、その中で仕事をする。剣の製作は、神の魂が籠るものを作るのであるから神事であるのは当然である。

 

古代日本における剣・矛・弓などの武器は、鎮魂の祭具であり神事的意味を持つ。

 

わが國においては、武器は神聖視されてをり、倫理精神の象徴であり神社における礼拝の対象となってゐる。奈良県天理市にある石上神宮の御祭神は、布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊である布都御魂大神 (ふつのみたまのおおかみ)である。剣・刀が「忠義と名誉の象徴」「武士の魂」として大切にされてきた根源にはかうした信仰がある。

|

« 千駄木庵日乗一月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十日 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本天皇の国家統治の御精神は「和」「仁慈」だけではなく「剣」の精神がある:

« 千駄木庵日乗一月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十日 »