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2018年12月 1日 (土)

祭政一致とはいかなることかー天皇の日本國家統治の本質

 

 わが國古代においては、祭祀と政治は一體であった。だから祭祀も政治も「まつりごと」という。祭祀とは、五穀の豊饒と國民の幸福を神に祈る行事である。政治とは、規則と制度と行政によって國民の幸福を実現することである。祭祀と政治は本来その目的は一つである。これを「祭政一致」というのである。「祭祀」が「政治」と一體であるのは古代からの伝統である。祭祀によって國家國民の平和と繁栄を祈ることと具體的な施策や制度(すなわち政治)によって國家國民の平和と繁栄を実現することとは分かちがたいものであった。

 

日本國の祭り主であられる天皇は、「無私」になって神のまつろい奉る御方であり、神のみ心を伺い、それを民に示される御方である。また民の願いを神に申し上げて神の御加護を祈られる御方である。だから民から天皇を仰ぐときにはこの世に生きたもう神すなわち現御神(あきつみかみ)あるいは現人神(あらひとがみ)と申し上げるのである。

 

 「無私」が祭祀の本質であるから、神のみ心のままの政治、私を無くした政治、これが祭政一致であり、天皇の日本國家統治の本質である。だから、日本國はその長い歴史において、多くの競争が行われ戦いがあったが、「無私」の御存在であられる天皇は、唯一神聖不可侵な御存在として絶対的な御位におられ続けた。国民主権といふ概念とは全く無縁なのである。

 

 日本においては、日本神話の「神聖な歴史の物語」は、今日ただ今も<天皇の祭祀>に生きている。神話の世界で、天照大神が行われたと同じ祭祀(新嘗祭)を、今上陛下は今日も行われている。よその國では滅びてしまった「神話の世界」が、日本においては、仏教やキリスト教といった世界宗教が日本に入ってきた後もそして、近代科学技術文明が入ってきた後も、<天皇の祭祀>として今も現実に生きている。日本の國の素晴らしさはここにある。つまり<天皇の祭祀>は日本における「生きた神話」なのである。

 

 神話と祭祀とは、日本民族の固有の精神の在り方を示すものであり、日本という國の根底にある精神的道統・価値観・國家観・人間観を・文化観・宗教観を體現している。であるがゆえに、日本國家の統合・安定・継承・発展の基礎である。このことは敗戦後戦勝国によって押し付けられた「占領家憲法」の規定などとは全く関係ないことである。

 

 

 これまでの日本は日本天皇の中核として統合・安定・継承・発展を遂げてきた。特に、今世紀の日本は、世界の中でめざましい変化と発展を遂げた國である。しかし、日本は進歩し発展はしたけれども、祖先から受け継いだ伝統を決して捨て去ることはなかった。むしろ伝統を堅固の保守し続けてきた。現実面の変化の奥にある不動の核があった。それが日本天皇であることはいうまでもない。

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