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2018年11月10日 (土)

防人の歌のますらをぶり

 

 防人とは、国土防衛の兵士のことである。古代において、新羅が唐を背景としてわが国を侵略する危険があった。これに対してわが国は、太宰府を置いて、九州と壱岐・対馬二島を管理せしめ侵略軍を防がんとした。このために東国諸国の国民から選抜し、筑紫・壱岐・対馬で守備の任にあたらせた。それが防人である。

 

 『萬葉集』にはその防人たちが詠んだ歌が収められてゐる。防人の歌は、大伴家持が兵部少輔としての職掌柄、諸国の部領使たちに命じて防人たちの歌を収集したものである。 

 

 「大君の 命かしこみ 磯に触り 海原渡る 父母を置きて」

 

 助丁丈部造人麻呂<すけのよぼろはせつかべのみやつこひとまろ>の歌。「大君の仰せをかしこんで、任務を果たすため、磯に触れながら海原を渡ります。父母を国許に残しまして」といふ意。

君に忠・親の孝の道義精神が歌われている。「萬葉集」には、防人たちが家族や戀人たちとの離別の悲しさを歌った歌が数多く収められている。しかし、「大君の命」をかしこむ心は絶対である。それが「もののふ」のみならず日本国民の最高の倫理である。

 

 「今日よりは顧みなくて大君の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つ吾は」

 

 下野の国の防人・火長今奉部與曾布<かちゃういままつりべのよそふ>の歌。「防人としての任務につく今日からは、最早我が身のことは一切顧みないで、ふつつかながら大君にお仕へ申し上げる兵士として私は出発致しますといふ意。「醜」とは身の卑しさを言うよりも、大国主命に別名葦原色許男(しこお)の「しこ」と同様に勇猛と解釈する説もある。御楯は大君のために矢面に立つ者の意。

 

火長とは十人の兵隊の長。十人を一火として炊事を共にさせた。與曾布には大君の醜の御楯としての光栄・自負心・矜持・歓喜がある。故に父母・妻・子を顧みないのである。この歌も「海ゆかば…」と同様に千古万古に国民の胸に躍る決意の響きがある。

 

 阪東武者といわれる東人は、常に野にあって勇猛であった。武士の語源が「野に伏す」であることにも関連する。第四十八代・称徳天皇の神護景雲三年(七六九)に、朝廷守護のために東人を召された時の「詔」で、「この東人は常にいはく額には箭(や・矢)は立つとも背には立たじといひて、君を一心に護るものぞ」と宣せられた。東国武士は忠勇義烈であり、卑怯未練の振る舞いがないと仰せになっているのである。

 

東国武士が勇猛なのは、神代よりの伝統である。甲信越に勇者が出るのは、信濃の諏訪に建御名方神が祭られており、鹿島神宮に建御雷神、香取神宮に經津主神が祭られているからである。だから、東国人が防人として出発した時に、「鹿島の神を祈りつつ」と歌ったのだ。

 

 「あられ降り 鹿島の神を 祈りつつ 皇御軍(すめらみくさ)に 吾は來にしを」

 常陸の国の防人大舎人部千文<おほとねりべのちふみ>の歌。「鹿島の神に祈   りつつ天皇の兵士として私は来たのだぞ」といふ意。

「あられ降り」は「鹿島」に掛る枕詞。あられが降るとかしましいからという意。

 「鹿島の神」即ち鹿島神宮は、茨城県南東部、北浦と鹿島灘に挟まれた鹿島台地上に鎮座する。古くは『常陸国風土記』に鎮座が確認される東国随一の古社であり、日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する建御雷神(タケミカヅチ)を祭神とする。建御雷神は、邇邇藝命降臨の際、先に天降って国土を平定された軍神。敬神愛国武勇の歌。

 

「天地の 神を祈りて 幸矢(さつや)貫(ぬ)き 筑紫の島を さして行く吾は」

 下野の国の防人・火長大田部荒耳<おほたべのあらみみ>の歌。「天地の神に   祈って、矢を身に帯びて筑紫の方を目指して行くのであるといふ意。

 

 「幸矢」とは狩猟に用いて効果ある矢のこと。「貫き」とは矢を身に帯びること。これは天神地祇に祈りつつ勇気を振り起こして、防人として出発していく精神を歌っている。「さして行く吾は」に歌の調子を強くする効力がある。神の守りを信じて勇んで征途につくますらをの心がよく歌われている。

 

「今はこう」「今はこれまで」と悟った時、日本の武士は、まっしぐらに顧みることなく死ぬことを潔しとした。これが、日本的死生観である。武士道は仏教から発したものでもなく、儒教から発したものでもない。古事記・萬葉の歌々を見ても明らかな如く、日本伝統的な中核精神(神道)から発した。主君に対する忠誠と名誉が根幹である。新渡戸稲造は、吉田松陰の

 

「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」

 

といふ歌を引用して、「武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、国民および個人を動かしてきた」(「武士道」)と論じてゐる。

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