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2018年11月30日 (金)

「現行占領憲法」にどう書かれてゐようとも、天皇の祭祀の道統は守られなければならない

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし自然の中に神の命を拝ろがむ心である。そして祖先を尊ぶ心である。されはきはめて自然で自由で大らかな精神である。自然は人間と対立するものではないといふ信仰即ち自然を神として拝ろがむ日本の傳統的信仰精神が自然破壊を防ぐ。日本傳統信仰の基本行事である祭祀が自然を破壊し人の命を軽んずる現代を救済する原理となる。

 

我々日本民族の祖先が有した人生や國家や世界や宇宙に対する思想精神は、我が國の後世や外國に見られるやうな誰かが説いた知識として独立的に存在してゐるのではなかった。神とか罪悪に関する考へ方が、全て祭祀といふ實際の信仰行事と不可分的に生まれてきたやうに、抽象的な論理や教義として我が國傳統信仰の精神即ち神道を理解することはできない。我が國においては生活そのものの中に傳統信仰が生きてゐるのである。

 

わが國の神々とは天地自然の尊い命であり先祖の御靈である。わが國の神は天津神、國津神、八百萬の神と言われるやうに、天地自然の尊い命であり、先祖の御靈である。 

 

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になってゐる。我が國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。我が民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。それは鎮守の森には、神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精靈が生きてゐると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られたのである。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至ってゐる。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

我が國傳統信仰すなはち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の靈を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」といふ。その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

 

わが國の麗しい山河、かけがへのない道統を重んじ、日本の傳統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識を回復しなければならない。我が國は神話時代(神代)以来の傳統精神すなはち日本國民の歩むべき道といふものがある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。それ以外に道はない。

 

わが國の傳統信仰における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である。わが國の傳統精神は、一人の教祖が説いた教義・教条ではない。教条的で固定的な教義を絶対的なものと信じ、これを信じ込ませるといふのではない。祭祀は、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。日本傳統精神の価値は今日まことに大切なものとなってゐる。天皇中心の道義國家の本姿を回復することが現代の救済につながる。

 

天皇は日本國の祭り主であらせられる。御歴代の天皇はわが國建國以来、常に國民の幸福・世界の平和・五穀豊饒を祈念して来られた。『日本書紀』神武天皇即位前紀戌午年九月甲子の段に「丹生川上に陟(のぼ)りて、天神地祇を祭りたまふ。」と記されてゐる。

 

わが國の傳統精神は、現代において〈天皇の祭祀〉といふ生きた形で継承されてゐる。太古の祭祀が、外来宗教を摂取し且つ近代科學技術文明が発達した今日唯今の日本において、現実に國家元首であせられられる天皇によって執り行はれているいふ事實は、世界の奇跡である。

 

天皇の御使命は、地上に稲作の栄える瑞穂の國を作られることにある。これが天皇中心の日本國體の根幹である。稲作生活から生まれた神話の精神を、祭祀といふ現實に生きた行事によって今日ただ今も継承し続けてきておられる御方が、日本國の祭祀主であらせられる日本天皇である。その天皇の〈まみつりのこころ=無私の御精神〉を仰ぎ奉ることが、我が國の道義の中心である。天皇を中心とする信仰共同體が神話時代以来の日本國の本姿なのである。「現行占領憲法」にどう書かれてゐようとも、この道統は守られなければならない。

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